6月14日(火)播州 倉谷、沢登り。メンバーK・T(記録)

山岳会に入会し、縦走・ロッククライミング・アイスクライミング・雪山テン泊…と、様々な山行を経験した今、いつチャンスが訪れてもいいようにスタンバってたけど、遂に「その時」がやってきました!!

そう、それは「沢登り」*\(^o^)/*

場所は兵庫県、播州の「倉谷」。

前日迄雨続きで当日は梅雨の晴れ間、しかも山岳会の超ベテランのKさんからマンツーマンの手解きを受けられるという、なんとも贅沢なデビューとなりました。

Kさんのアドバイスで購入した高性能の沢用ウエアを全身に身にまとい、10時入渓!


なだらかな道を歩き始め、程なくして現れた一つ目の滝。

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ここはロープを出して右側から登ります。
もちろん私はセカンドで。

登るKさんの動きを一つ一つ頭の中で録画するが如く神経を集中して見上げながらビレイします。

華麗なムーブでいとも簡単に上まで登るKさん。

そして遂にいよいよ人生初の沢登り一登目がやってきました!

いつもなら充分体重をかけても大丈夫な位のホールドも、水や苔で滑る滑る(^。^)

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滑って咄嗟に掴んだ草は、案の定「ブチッ!」と切れ、苦し紛れに掴んだ草も期待を裏切らずこれまた「ブチッ!」とf^_^;)

これ以上滝の壁の草むしりをするのはやめ、確実な岩だけを慎重に選んで登る事にしました(^.^)

そして無事到着〜〜*\(^o^)/*


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その後も幾つか何十メートルという高さの滝を登り、美しい滑滝を歩くなか、Kさんが、
「ここから先歩き。自分でルートファィンディングしながら先に登るのが楽しいから。」
と(*^^*)

それまでKさんの後ろから忠実に後を追ってた私が先に歩き出した途端、その意味がわかりました!

数十センチ違うところを選んで歩くだけで、その表情が変わる沢の奥深さ!未知のルートを開拓するようなアドベンチャー感がたまりません*\(^o^)/*

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流れに逆らい遡上する気分は、すっかりインディジョーンズ(≧∇≦)

その時私は、大きな岩が転がって来ても、虫の大群が押し寄せても勇敢に進む冒険家と
化していました(#^.^#)



それにしてもネットで下調べをしていた中、水量は私の想像を遥かに超えており、Kさん曰く、「過去最高の水量」だったそうです^ ^

そして沢の水が殆ど無くなるまで上流まで登った後は、山頂の段ガ峰まで道無き道を藪漕ぎして進みます。

滝が連続する山だけあって、半端ない急登(^^;;
暑くて何度も水着一枚になろうと思ったけど、傷だらけになるのがわかっていたので我慢しました(^。^)


そしてやっとの事で稜線に出ると、其処に待っていたのは、素晴らしい眺望!

2人で熊笹の上に寝転び、流れる雲を眺めていると、さっきまでのインディジョーンズから、頭の中は一気に「枕草子」にシフトします。

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ゆったりの流れる白い雲、鳥の囀り、頬を撫でる風。


一昨年前の冬はせいぜいスノーシューで楽しむくらいが関の山であった私が、昨年は厳冬期の北アルプスでテン泊までする様になり、自分の理想である「地球と遊ぶ暮らし」に一歩近づいている気がします^ ^

肌を刺すような空気の冷たさ、岩の鋭さ、水の激しさ、苔の優しさ、そよぐ風の心地良さ、水底から見上げる水面に揺らぐ太陽の眩しさ。

以前は漠然とした理解しかなかった「枕草子」の意味が、その情景を鮮明に思い描けるようになったのは、自分が自然と向き合い出したからだと思っています。

五感で自然を感じ、その恩恵を楽しむ暮らしの幅をもっと広げていきたいと思う中、安全に、そして実りある山行が出来るのも、山岳会に入ったからこそ。


素晴らしい時間をありがとうございました!

2016.6.19 比良 奥ノ深谷

2016.6.19 比良 奥ノ深谷 メンバーOTAUI(記)


「久しぶりに沢に登りたい!」「ん?既に前回の沢登りから約2年が経過している!?」「これはいかん!!」・・・・という訳で、何かと思い出深い?奥ノ深谷遡行へ参加させて貰う。


6月19日(日)

6時にテントから起き出し、F社の高価な沢服を身に纏い準備を整え出発する。

恰好だけ?は気合十分だったが、早速、雨が降り出し出鼻を挫かれる。

「なんだかな~俺ってやっぱり雨男!?」と皆さんに申し訳なく思いながら、林道を駆け上がる。快速のOさんについて行くだけで精一杯だ。快速過ぎて危うく入渓地点を行き過ぎるところだった。

準備して沢に入るが、アッという間にOさん、Uさんの姿が見えなくなってしまう。

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こりゃ追いつかないかもと半ば諦めつつ進むと、
F1上でちゃんと待ってくれていました。

F2は左岸を巻いて大岩右横の滝をへつりながら登ったのだが、今日一番の核心が早くも訪れた。(勿論自分にとって!)久しぶりの高度感、ラバーソールの沢靴と相性の悪いヌルヌルの岩が絶妙の恐怖心!?を煽り出す。生まれたての子羊よろしく自然と足がカクカクするのを何とか堪えながらクリアー。Tさんは右岸を巻いて登ってきた。

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F3
440メートルは、左岸を登るが、雨で濡れた岩はいかにも滑りそうで嫌らしい。

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F4
F6は、まとめて左岸を大きく巻く。
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F8
は、右岸を木の根っこを掴みながら高巻いたのだが、ここは結構立っていてスリップは許されない。

F9は、右岸をへつり、水流にドボンして滝の中ほどを直登する。
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F10
は、滝の左側から右へ抜ける。
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F11
は、深い釜の左岸をへつって登り、滝の落ち口を右に抜けたのだが、ヌルヌルで滑り易くバランスがいる。
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ここでちょっとしたアクシデントが発生する。最後の
Tさんを落ち口の窪みで肩絡み確保していたのだが、丁度死角に入りロープが弛んだところでスリップ。裁いていた右手が弾かれ咄嗟に両手でロープを掴むも、一旦走り出したロープは握った掌を凄い勢いで流れていく。皮手をした掌とロープの摩擦が凄まじい。必死で握ったロープが漸く止まる。滝壺手前の滑り台で水流に態勢を立て直せないTさんが見えた。ゆっくりロープを延ばして滝壺へ流し、事なきを得る。幸い大事に至らなかったものの、自分の甘い確保でTさんを危ない目に遭わせたことを反省する。

F13は、右岸を高巻く。

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F14
は、ゴルジュを見下ろしながら岩の右岸を通過し、抜けたあたりで一息入れる。

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F15
の岩間斜瀑は真ん中あたりを登って抜ける。
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先のナメが美しい。
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少し進むと深い釜が現れる。夏の暑い時期なら間違いなくドボンだが、なんせ寒いうえに雨が降っており、冷えた身体ではとても入る気になれない。残念ながらパス。

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F16
は、右岸を登る。
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F17
は、右の小さな滝を抜けたのだが、Uさんは果敢にも強い水流の左を抜けていた。

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続くナメ滝の左を抜け
5分程進むと登山道に合流し、遡行を終える。
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一息入れて、本降りの雨の中、滑り易い登山道を慎重に駆け下る。


悪天候の中、皆さん、お疲れさまでした!


0650P0740入渓地点~1000登山道~1130P

2016.3.19~20 仙丈ヶ岳

2016.3.1920 仙丈ヶ岳 メンバーHI(記)



「今シーズン、もう一つ冬山へ行きたいなぁ!」

ということで、予定が合ったHさんと無謀にも2日!?の行程で南アルプスの女王へ



3月19日(土)

夜の高速を伊那へ向かうが残念ながら大雨、駒ヶ岳SAでのんびりして雨をやり過ごす。幸い戸台の駐車場に着いた頃に小降りになり、雨が止んだ1030頃出発する。駐車場には15台ほどの車が停まっていた。

丹渓山荘跡までは延々と単調な河原歩きで、寝不足の身体に堪える。
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角兵衛沢手前あたりから雪がちらほら。八丁坂の急登は雨で溶けた雪が滑り易く気を遣う。
尾根に乗ると雨の後の割に、そこそこの積雪量だったが、先行トレースを有難く辿らせてもらう。
途中、
Hさんが、雪面に「天使の羽根?」なるものを作ってはしゃいでいた。勧められたが、残念ながら登りで疲れたオッサンには真似してやる余裕が全くなかった(笑)。
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大勢のテン場と化していた北沢峠を通過し、
1700少し前に北沢長兵衛小屋前に到着。水場があるのが嬉しい。整地してテントを張り、夕食を食べて速攻爆睡する。非常に暖かくぐっすり眠れた。先月の阿弥陀南陵との寒暖落差が凄まじい・・・。


◆戸台駐車場
10301650北沢長兵衛小屋前BC

3月20日(日)

0500出発予定が若干寝坊し、0540頃アタックザックで出発する。
北沢峠から尾根を忠実に辿る。
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幸い先行者の有難いトレースで膝位のラッセルすることなく高度を稼ぐ。樹林帯の中の単調な登りがしんどい。標高
2400メートル付近で、先頭を行く若者3人パーティーに追いつく。追い越すが思いのほかラッセルが深く苦戦する。特に藪沢大滝ノ頭手前のトラバースの雪が深く、後から追いついてきたパーティーとラッセルを交代しながら進む。
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こりゃ頂上までは無理かなと思い始めた頃、突如樹林帯から抜け出す。晴天の展望にテンションが上がるが、締まった雪上を歩く
脚の出は鈍い

そんなこんなで、小仙丈ヶ岳到着が1015となってしまう。リミットを1030に設定していたので、無情にもタイムアップ。もう少しで手の届きそうな頂上と南アルプスの山々を目に焼き付けて泣く泣く小仙丈ヶ岳を後にする。
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陽だまりとなったテン場のベンチで小仙丈を見ながらのんびり昼食を食べ、テントを片付けて下山開始。
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これまた長~い河原を延々と歩いて漸く日没直後に駐車場到着。「やっぱり2泊3日は欲しかったな」と、ひしひしと感じながら温泉で疲れた身体を癒して帰路に着く。
Hさん、強行軍!?お疲れさまでした。


BC05400820藪沢大滝ノ頭~1015小仙丈ヶ岳~1245BC13451830戸台駐車場


阿弥陀岳南稜 part2

阿弥陀岳南稜           平成28年2月6日ー7日

                 I瀬、M居、U本、T(記)

 

 恒例行事となりつつある冬の阿弥陀南へ、またしても行くことに

する。なんせ休みが二日しか取れないので、他に行くところが思いつかない。

 会の共同装備として、M社の4人用テントを購入したので早速

それを使わせてもらう。念のために、従来から使用しているE社の

5人用も車に積んでおく。

 前夜22時に伊丹を出発し南諏訪まで高速を走る。舟山十字路には

3時ごろ到着し、急いで仮眠する。翌朝7時起床、8時出発。

DSCF1215(青ガレ)

 何回も歩いているはずの道を歩き、旭小屋に到着し、そこから

尾根に上がり、東進する。他のパーティに抜かされたり、追い抜いたり

しながら1,2のコルあたりのテン場に到着する。空きスペースを心配し

たが、雪も多いため合計7~8張りのテント村が最後には出来上がった。

テント完成15時。
DSCF1224(天場から拝む夕焼け)

 初めて使う4人用テントはやや狭いが、冬山でぎりぎり4人で生活でき

る広さだ。冬用外張りがないと風がスースーしてやや寒い。

 鶏塩鍋をつつきながら、焼酎のお湯割りを回し飲む。あー旨い!

 そうこうするうち、日も暮れたので寝ることにする。18時。

 翌3時起床。夜中は強烈に寒かった。冷凍庫のような寒さだ。

 狭いテントで各自荷物をまとめ、装備を身に着けて出発。5時。

P3ガリーの基部まで来てみると、先行パーティが登っていた。

1455198147819(空気が寒い)
1455198158842DSCF1228

 暫く待機した後、登攀開始。締まった雪がべっとりついているので

登りやすい。ロープが要らないくらいだ。合計3ピッチでガリーを

抜け、多少緊張するトラバースなどを交えながらもう1ピッチロープを

出し、平坦なところに出る。そこからは歩いて阿弥陀山頂まで30分ほど。

 山頂で登頂の握手を交わし、寒さのため記念撮影は忘れて、下山を開始する。

 とにかく寒いのでまったく余裕がない。手足の指先も感覚がなくなって

きている。阿弥陀中央稜は正しいトレースがばっちり付けられていたので、

迷うことなく下山できた。しかし上部は結構急斜面なので注意が必要。

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(御小屋尾根遠望)






 舟山十字路着。14時。もみの湯によってから帰神。22時解散。

 

NOTES:

 ・12月と違い、2月の南は雪が付いていて核心のガリーは通過しやす

  かった。その代り二日間とも強烈な寒気で、ポケットの中のゼリーや

  チーズも皆凍ってしまった。

 ・手袋は薄手と中厚手を持参したが、厚手でないと2月の寒気には太刀

  打ちできなかった。

 ・靴はM社のアルパインクルーザー3000だったが、底を張り替えて

から微妙にサイズが大きくなり、遊びが大きくなった。+インナー靴下

1枚で丁度か。今までは厚手1枚だったが。

 ・ここまで寒いと各装備にも気を配らないと簡単に体温が奪われる。

  稜線でのコンロなしのツエルトビバークは死に近いだろう。

 ・昔は邪道と言われた使い捨てカイロも、現在では大変にあり難い装備だ。

  凍傷予防にも必須。

 ・雪山ではほとんどコールが聞こえない。笛も前後のパーティと混信する。

テンションをかけたロープで意思疎通できるまで練度を上げておかねば。

 ・M社のステラリッジ4は長方形のため4人で寝るときは互い違いに体を

寄せ合うことになる。寝相の悪い人は要注意。縦方向には荷物が置ける。 

総合的にはH社の5人用の方が重たいが正方形で4人で使いやすい。

 ・最初の計画通り3人パーティなら、P3手前で引き返すのが賢明な判断

だったと思われる。皆さん、お疲れさまでした!

 

 

 

2016.2.6~7 阿弥陀岳南陵

2016.2.67 阿弥陀岳南陵 メンバーTMUI(記)



昨年春の明神以来、優しい山歩きは続けていたものの、アルパインからは遠ざかっていた。

相方が遠方へ転勤し、冬山への熱意も冷めかけていたが、鈍った身体に喝を入れるべく、Tリーダーの中堅係員募集のお知らせを見て、急遽、4度目!?となる南陵に参戦させて貰う。


2月6日(土)

4時頃に舟山十字路に到着し、仮眠、6時半過ぎにTリーダーの一声で目覚める。

本日は南陵を目指すパーティーが多い。我々もそそくさと準備して出発する。
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トレースはバッチリ。旭小屋からの急登を越え南陵に入る。

久しぶりの重荷に足が前へ出ない。必然的に最後尾に位置して黙々とトレースを辿る。
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青ナギから先の無名峰までも高速道路並の有難いトレースで、これまでの最速で
P1コルに至る。
コルは、一大テント村が出来上がり、大賑わい。
早速我々もUさんが担ぎ上げてくれた新品のモンベルテントを設営し、M君ご持参のバラエティーに富んだアルコールを飲みつつ寛ぐ。
相変わらず、Tリーダーにテント内の物の置き方、位置取りについて、叱られる。
16時ころから夕食、M君が用意してくれた鳥鍋で温まる。
その間にTリーダーが、「いつまでワシがこんな雑用を、せなあかんねん!」とボヤキつつ、ひたすら雪を融かして、水を作ってくれていた。Tリーダー、ありがとうございます。出来の悪い中堅係員で申し訳ありません・・・。
早めにシュラフに潜り込むも、余りにも寒すぎて殆ど眠れない。皆、眠れず苦労していたようだ。

◆舟山十字路07500920旭小屋~1150立場山~1345P1コル

2月7日(日)

P3の渋滞を予想して3時半起床、またもやTリーダーに先を越される。

慎重に棒ラーメンを作って腹ごしらえし、かじかむ手でテントを畳んで出発する。

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2パーティーが先行していたが、P3ガリーに着くと、丁度最後のフォローが登っていくところだった。ここで渋滞したら、凍えること必至だったのでナイスタイミング。

ロープを出してTリーダー先行、相変わらず声が届かず、コミニケーションに苦労する。

M君、Uさんの順で先行してもらい、最後に引っ張り上げてもらう。

初冬のころは、出だしの岩場、ガリー内がベルグラで嫌らしいが、この時期はべっとり雪が着いていて全く様相が違う。完全に雪で埋もれていて、ロープなしでも行けそうな感じだ。

雪溝を中間岩場まで登り、2ピッチ目を先行。先行パーティーは何れも右の草付に取り着いていたが、セオリー通り左の岩場の間を抜けて灌木でビレー。しかし寒すぎて、血流が身体の中心部に集まり、手がかじかんで一時動かせなくなったのは焦った。カラビナにロープを通すのにも一苦労だ。

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3ピッチ目は、Tリーダーに草付の斜面を先行してもらい、同じ順番で登る。

本来なら登り切ったところで、ほっと一息だが、吹き抜けていく強風で寒すぎ、皆その余裕がない。

早々にP4に向かい、左の細いバンドを慎重に渡って登り、最後は急な雪壁を登って山頂に出た。

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山頂は風も穏やかで、360度の展望、皆固い握手で、ほっと一息つく。

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下山は、中央稜、分岐付近急斜面の雪が脆く、一番の核心だった。

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有難いトレースを辿りながら、第二岩峰は右からバックステップで下りて回り込み、第一岩峰は手前の樹林帯を左から巻いて下る。

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途中、Tリーダーに「人間GPSがいるから安心やな!?」と言われ、調子に乗って先行していると右俣へ下る分岐を見過ごしてしまう。このため、最後は右俣と左俣分岐付近の急斜面を下る羽目になり、皆さんに余計な疲れをかけさせてしまいました。申し訳ありません・・・。

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陽だまりの中、樹林帯と林道を下り、舟山十字路に無事、辿り着く。

帰りは、勿論もみの湯でほっこり。

皆さん、お疲れさまでした!



◆P1コル06100655P3ガリー~0855P4~0920山頂~1125第一岩峰直下~1320右俣左俣分岐~1430舟山十字路



 


 



 


 

1月10日 雪彦山アイゼントレーニング

DSC_0385DSC_037814525088426561452508833668DSC_03771452508977347雪彦山をアイゼンで周回しました。
最難関の縦走路と思われます。最後は灘のお好み焼き屋で反省会でした。






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南米大陸最高峰アコンカグア遠征

DSC05505こんにちは、アライです。
喜ぶべきか否かはさておき、今回のクリスマスと年越しは南米の山の中となりました。
スペイン語力0の僕にとって南米という地は何か別の星であるかのように、トライ&エラーの連続でしたが、喉元すぎれば、今となってはその思い出もまたキラキラ輝く宝物です。僭越ながら日記を載せさせていただきます。

12月19日
春風が近い夏の躍起を待ちわびる頃、登山拠点の町メンドーサ(アルゼンチン)は緑と人で賑わっていた。
町の活気とは対照的に僕の体調はすこぶる悪かった。というのも計30時間エコノミークラスのシートに座っているとシートベルトがだんだんと拘束具のように感じられ、本来快適さを保つためであろう空調からは白い冷気が吹き出しているのかと見まごうほどの機内の冷えっぷりで、ばっちり風邪を引いてしまったのだ。必死で気を紛らわそうと機内では何本もの映画を見た、ラッシュアワーなどは1,2,3すべて見てしまった。
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海から吹く湿った風はアンデスの高峰にはじかれ、ここメンドーサ一帯は乾燥している、それを見越して出発前にダイコクドラッグで98円でリップクリームを買っていた自分を褒め称えたいところである。


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さっそく町の登山用品店で「オラ、ソイ、ハポネ、トレス、ポルファボール(こんにちは、僕は日本人です、これをふたつください)」などと支離滅裂なスペイン語を無理やり並べ、ガスやナイフなどを買う。

日本からの移民の増田さんという方が経営している民宿アコンカグアという宿がかつてメンドーサにはあり、植村直己さんや野口健さんといった名だたる登山家もアコンカグアへ上る際はそこを利用していたのだが法律が厳しくなり営業を続けるのが困難になったそうだ。少しでも植村さんの旅の跡に残る匂いを嗅ぎたかった僕ではあったが40年という年月は植村さんの足跡を次々と吹き消していく。いつまでも人の足跡を辿ることなんて出来ないのかもしれない。増田さんが紹介してくれた小さいホテルに宿をとった。明日から山に入るのだ、おいしいご飯を食べておかねばと、僕はホテルで知り合ったカナダから来た女性と最後の晩餐を楽しんだ。
嬉しかったのは彼女が、僕が英語圏で育ったのかと思うほど僕の英語力が上がっていたことである。これも日本での勉強に加え機内で勉強がてらに見たトイストーリー2も遠因してるのではないかと思うとウッディ(主人公)に感謝である。
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20日~
これまた冷蔵庫のように冷やされたバスに追い打ちをかけられながら3時間、山の入口プエンテ・デル・インカへと着いた。ここの小さな掘立小屋にいるオズワルドという男に大きい荷物を預けた。僕の荷物はベースキャンプまでムーラ(馬とロバの交雑種)が運んでくれる。小屋の中には生卵が山というほど積んであって、僕はその中の一つを貰い、オズワルドが用意してくれたおそらく一度も洗われてないであろうコップに生卵を割って丸呑みした、小屋の中ではスペイン語のラジオが流れていたが僕の頭の中ではロッキーのEye Of The Tigerが流れていたと考えてもらって差支えないだろう。
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ここから3日かけてゆっくり高度順応しながらベースキャンプ(BC)のプラサ・デ・ムーラス4300mまで登った。アコンカグア登山で許可される日数は20日、入山料は10万円、BCではメディカルチェックも受けなければいけない。だがそんなしがらみなど忘れ去れるほどBCまでの景色は美しかった。
ここ1ヶ月、体は学校と家を往復していても、僕の心には常に遠いアコンのベースキャンプが眩しく投影されていた。

稀代のアルピニスト、メスナー氏は言った
「たとえどんな氷壁を前にしても、準備を重ねていたのなら怯むことは無い。全てが集中しているから
これから自分がロープをかけて登っているルートしか見えなくなる」

未知への不安と、挑戦への期待との玉石混淆の心は、僕の準備不足を表していたのだろうか。

どちらにせよ、コンピュータのソフトで描いたような真っ青な天井から地平へ落ちていく水色のグラデーションを、今にも剥がれ落ちそうな巨大な一枚の岩壁を、体に吹き付ける砂交じりの風を、僕はまさに今 目で匂いで体でアコンカグアを感じている。母が「体にいい」と言っていたルイボスティーでウガイをしていたお蔭か風邪も小康を保っている。
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そこらじゅうに落ちているムーラの糞がある種道しるべとなっていて、僕は登りながら暇つぶしがてらに、一番健康状態の良い糞を探したりしていた。



23日
昼間の半袖でいられるほどの陽気なBCでフェリックスとフアンは今日も何やら相談をしながら大きなテントを立てている。フェリックスとフアンは僕が利用している登山サポート会社のフアン・トラベルサービスで働いていてBCでテントや食事を提供している。BCにある他の大きな会社とは違い客も僕一人だけで家族のように接してくれる。大きなテントを立てるのを手伝いながら飲むマテ茶にアンデスの芸術のような岩峰の景色は癒しであった。
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二人は相談しながらしきりに「~Si(yes)、ポキート、ポキート」と言っているがポキートの意味を本当に知りたい。オーナーのフアンは整地をするときにスコップいっぱいに砂利を入れるのに対し僕はそれの半分くらいしかいつも掬えない、「スゴイ!」と言うとフアンは得意げに「ボウズ、パワーじゃなくてテクニックだよ」と嬉しそうに教えてくれた。
日系ブラジル人3世のタナカ・カラさんは常に僕の体調など心配してくれた。
そんな良い人たちとの出会いの反面、頭も体も食器も服も洗わずのここでの生活は耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ぶ2週間だ、山での生活に備え家でもシュラフで寝て、風呂にもろくに入らずにいたのだが、、、
そんな山での唯一の娯楽といえばBCで働くきれいなお姉さんと話すことだった。
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24日
羽毛服を着ていてもさすように冷たい夜のBC、テントの外からは聖夜を祝う曲や賑わう人の笑い声が聞こえる。
僕の目の前にはアルゼンチンの肉とワインが置かれた。「外を見ればアルゼンチンの山だってあるぜ」とフェリックスは笑いながら冗談を言う。明日からBCをついに離れる僕に、フェリックスの優しさが垣間見れた。
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26日~
今朝は5000mというのによく眠れた、小便に行こうとテントを開けると朝日に輝く岩と雪のゼブラ調、空のキャンバスに白い絵具は描かれていない。
2度に分けて荷上げしていた荷物をC1(キャンプ1)からC2までは1度で済ませた。晩に食べたカレーは非常にうまかった。パッケージには、知らないおじさんの顔と「私も推薦します!」といったことが書かれている。5500mではボトルの水も歯を磨いた後のブラシも凍ってしまう寒さというのに中辛というからさは僕の頭皮から汗をふきださせ、血行をよくした。
BCから上はゴミはおろか自分のしたウンチも袋に入れて持ち帰らなければいけないため、C2で僕は石を組んでより良いトイレつくりに専念した。石で作った便器の中に袋を敷き、回収しやすい構造にしたのだ。便器の横にはしっかり小石でもって「TOTO」と文字どった。これで幾分か便をするのは快適になったのだが一つ誤算だったのは、最終的には乾燥して持ち帰るときに軽くなっているだろうと踏んでいたのだが、そうはいかず夜に凍ってしまい冷凍ウンチになってしまったことだ。
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BCより下にあるプラサ・フランシアで会ったきりだったカナダ人のクレイクとそのガイド、シーザーとC2で再会した、息が合う僕らは再会を喜び抱き合った。僕の小さなシングルウォールのテントとは違いノースフェイスの5人ほど寝られそうなドームテントの彼らは、入れ入れ!と言って中に招き入れてくれた。ギリギリまで荷物を切り詰めている僕とは違い天井も高く快適で食べ物だってガスだって十分すぎるほどある。さすがクレイクがシーザース・パレス(ラスベガスの高級ホテル)と呼ぶだけのことはある。
高山病にならないためにも水を飲めと言ってお茶を出してくれたり、ここは自分の家だと思えといって食べ物やお菓子もくれた。僕たちはこの娯楽の無いC2で冗談を言い合いストレスを紛らわした。
シーザーが「たしか2012年、日本のテレビが来たよ、僕の10倍くらい眉毛の濃い女のコメディアンだった」といったのを聞いて「イモトだ!」と言ったら、「彼女はほかの日本人の登山者に写真を頼まれていたけど断ってたよ」とシーザーがいった、するとクレイクは「ということは、彼女は美しいのか?」と聞いたのに対し僕とシーザーが「NO」と口をそろえていったので三人で大笑いした。この日シーザースパレスから笑いが絶えることはなかった。

太陽がアンデスの果てしない山々の間に引きずり込まれ厳しい寒さが待ちわびた顔をのぞかせる夜を何度も経て僕はいよいよC3まで上がっていた。
呼吸が浅くなる夜中など息苦しくなり何度も起きるのが普通になっていた。その都度冬眠から覚めたかのようにゴソゴソとシュラフから手だけを出しテントのチャックを少しだけ開け新鮮な空気を吸うのだ。自分の吐息の湿気がテントの内側で凍りつき僕のテントの中で雪が降るという事態には閉口した。
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ノルウェー、アメリカ、カナダ、僕、それに東大の山岳部、計10人ほどで風の強いC3でテントを寄せ合った。
東大の山岳部の2人は医学生で口数も少なく寡黙で落ち着いていて格好良かった。僕は彼らに関大の山岳部に入ろうとしたときの話をした。
僕が部室に行った時の話である。コーチは壁にかけてある数枚の写真を指差し「これ、何の写真かわかるか?」と、僕の中の何か探るような目で言った。僕はわからなかったので、質問の答えを聞くような目をコーチに向けると少し間があいて、「この部で、山で無くなった人の写真や」と言われた。それは僕に本当に山をやる覚悟があるのか聞いていることを意味している気がした。
そんな話をすると東大の一人が「実はその写真の中の一人がうちの叔母なんです。」と口を開いた。
だから僕はまた一度部室に行って手を合わせなければならない。

31日朝2時
運動会の前日のようにアタックへの興奮と不安が心の中で渦を巻き、寝ることはできなかった。
ガスに火をつけ氷を溶かし水を作る。フリーズドライのパスタと温かいスープを一緒に口へとかきこむ、ハァと白くて温かい溜息を一つ。指先を温めながら出発の準備をする。4時半にテントを出ると星たちは輝きを競い合い月は山を冷たく照らす。
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数歩進んではゼェゼェと息を切らしたまらずその場に座り込む、すると寒くて体がガクガクと震え始めるからまた登りだす。そんな気の遠くなるようなことを空が明るくなっても、左右の切れ落ちた雪の稜線でも必死で続けた、大晦日の朝11時、日本でいう夜11時、僕は6962m南米大陸で一番高いところに立っていた。宝箱があるわけでも何でもない。何もないただの岩の頂上。でもこのために全身全霊で集中してきたのだ。
友達は僕に「なんでそこまでして登るの?」と聞く。僕もその理由を心の中から探し当てることはできない。でもここから、果てしない岩の山脈を、そこへキラキラ輝く氷河を、オリオン座を隠すほど眩しい星雲を見れば少しだけその答えが僕にもわかる気がした。
それはBCを出て7日目だった、ちなみに植村さんはBCを出て15時間で登頂した。
僕はその日のうちにBCまで降りて年越しを祝った、フェリックスは僕の登頂を喜んでくれた。
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1日
羽毛服やブーツ、アイゼンなど僕の登山用具はBCで帰りのための6000ペソ(6万円)ほどの現金へと変わってしまった。

2日
僕はメンドーサにある国立病院に来ている。
登頂した日、僕の足の指先に感覚は無かった、スカルパのモンブランというブーツでは寒さをしのぎ切れなかった、そして今も感覚がないのだ。ちょうど長時間の正座から立った時のようにしびれている。
なにせスペイン語だからどこへ行けばいいかわからず、館内のあちこちでジェスチャーで聞いては違う診療科へいざなわれてしまうトライ&エラーを繰り返しやっとたどり着いた、アコンカグアに登るほうがよっぽど簡単だと思ったくらいだ。産婦人科に来てしまったときは、お前は妊娠しているのか?と周りのみんなに笑われてしまった、順番待ちの間、他の患者たちが「どれ俺に見せてみろ」と言って僕の指を押したりして診て言うには、マッサージをして温かくしておけば大丈夫だ!とのことだがこれほどまでに説得力の無い診察など他にないだろう。
いよいよぼくの番が来た。
先生ともなろう人なら英語の少しは話せるだろうと「アブレ イングレス?(英語話せますか)」
と聞くとNOとバッサリ。
かくなるうえは!と、地球の歩き方の巻末のスペイン語集をちぎっていたのを取り出し「エスカラダ アコンカグア、デド ムーチョ フリオ ムーチョ フリオ!(アコンカグア登る、指むっちゃ寒い、指むっちゃ寒い)」と呪文のように唱えた。
すると理解してくれたように見え、ひとしきり爪を押したりして確認してくれた、そしていよいよ先生は奥から注射針を取り出してきたので「あぁ21歳にして俺は足の指を失ってしまうのか」と唾をのみ必死で人差し指を横に振りノー!ノー!と叫んだ、しかしこれはただチクチクとさして確認してるだけだった。
そして最後に先生はこういった。「ノープロブレム」
この瞬間はスローモーションにに見えたといっても過言ではないほど神からの啓示のように僕の心に何度も響き渡った。

今となってはこれもまた宝物のようにキラキラ輝く思い出である。
よく「親はなんて言ってるの?」と聞かれる。
もちろん僕が山に入っている間は心臓がよじれるほど心配しているだろう。でも決してだからと言って、とめはしない。いつも応援してくれる。
「ああ無難に生きてきてよかった」と言って死ぬ人間などいない。父も母も何が人生の喜びであり楽しみなのか知っている。だから僕の挑戦も失敗も一つの経験、スキルとして認めてくれる。
だから僕は本当に親や周りの応援してくれる人たちに感謝しなきゃいけない、一人で登っても手伝ってくれた人を含めればこれは単独登頂ではないんだと思う。

他人と比べて、どうだから。というわけではない。僕は自分の中で勝手に満足している。他人と比べだすときりがないし、比べるから羨ましくなり、なんぼのもんじゃと否定したくなるのだとおもう。
そんなことを帰りの飛行機の中で本を読みながら思った。



ありがとうございました。次の目標はデナリです。
もちろん今のままではスキルが到底足りないのでこれからも先輩方にご指導いただき精進していきます。
どなたか一緒にデナリ行きましょう!

伊吹山 雪中行動訓練

伊吹山    平成27年12月18日
U本 T K島 満寿居(記)

18日、雪中行動訓練として伊吹山に行ってきました。
暖冬らしく、まだまとまった雪が降ってないみたいです。どうやら今夜に雪が降るとの事…

17日 21:00
三ノ宮に集合。Tさんの車でU本さんの運転で滋賀県へ

24:00
道の駅、伊吹の里に到着、まだ雪はない…就寝前にいつもの小宴会を開始。
ビールが冷たかったけど、、焼酎のお湯割りも美味しかった、気温は何度かは見てなかったので分かりませんが、それほど寒くはなかったのかよく眠れました。

18日6:30起床
本当に雪が降るのか心配でしたが朝起きて伊吹山をみるとうっすらと雪が積もっていました。どうやら、寝てる間に降ってたみたいです。駐車場には雪はなかったです。
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6:45
各自で簡単な朝食を食べる予定でしたが、何とK島さんがサプライズで全員分の朝食を持ってきてくれてました!それがこちらです!やっぱ女性は違いますね…自分はカロリーメイトで済ますつもりでしたので、有り難いです!流石です!
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7:45
準備し上野登山口へ出発。

8:00 
登山口の目の前の旅館の駐車場(500円)に車を止めさせて頂きました。駐車場を管理している方にみかんと飴と伊吹山の地図を貰いました、山行後、靴を洗う為のブラシも使って良いとの事。まさに至れり尽くせりです。トレランの人がいました。

8:30
登山開始IMG_3059
 

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うっすらとしか雪が無かったですが5合目を越えたあたりから、しっかりした雪の登山道がちらほらと…それでもアイゼンは要らないぐらいです。
 

8合目を越えたあたりで朝のトレランの人とすれ違いました。
山頂から戻ってきたみたいです。今日2周目と聞き一同驚愕。
これは、ずっとアイゼン要らないかも…雪中行動訓練なのに。
樹氷が綺麗です。IMG_3091





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13:00
山頂到着
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結局、アイゼンは使用せずに頂に。
天候も良く崩れなさそうなので食事をここで取る、雪と戯れたりと…風もそれなりに吹いていて止まっていると流石に寒い!

14:00
下山開始

16:30
上野登山口到着                             
下山報告をし、ブラシを借りて靴をきれいに洗いました。

17:30
あねがわ温泉へ、源泉かけ流し・炭酸泉浴・蘇生の湯などで、半分は露天風呂になっていてずっと露天風呂で足のマッサージしてました!最高でした!そこで晩御飯も食べ、のんびりと過ごしました。

20:00
あねがわ温泉を出発

22:30
三ノ宮到着 

雪は少なかったですが、それも幸いしてか無事に何事もなく登頂する事ができました。
たまにはのんびりした山行も良いもんですね。 

赤岳 主稜

赤岳 主稜          平成27年12月12日-13日

               L三浦 橘(記)


 約3年前から、行こう行こうと決めていた赤岳主稜についに

行ける日が来た。仕事と体調のスケジュール管理が大変だが

何とか1週間の仕事を乗り越え、金曜の夜21時に集合し、

美濃戸を目指して出発する。前日に食当のA君が不参加となった

ので予定していた朝飯と晩飯を持ってきてもらう。全部レトルト

で、若干拍子抜けする。

 翌朝3時に美濃戸着。雪は全然ないが早速仕事の疲れをとるため

仮眠する。朝7時を過ぎると続々と車がやってきて目が覚める。

 朝8時、行者小屋を目指して出発。この道を歩くのは何年振り

だろうか。何故か懐かしく感じられる。南沢のだらだらとした

登りを睡眠不足の体を一歩ずつ引き上げていく。やがてだらだら坂に

にも飽きたころ、突然行者小屋が現れる。平らなテントサイトを

探してうろうろした後、適当なスペースを見つけてテントを張る。
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 まだ12時過ぎなので、早速レトルトを開けて昼飯とする。

 しばらく酒などを飲んで寛いでいたが、もうやることもないので

とりあえず明日の取り付きを見に行こうということで装備を整え

出発する。酒が入っているので異常に息が上がる。心臓も止まりそうだ。

 文三郎道も階段や鎖場があって、なかなか手ごわい。やがて黒い

遭難碑が現れ、暫く迷った後、左に伸びるルンゼの道を発見する。

 中間部には岩にアンカーも打たれていて確保に使えそうだ。

あとは明日の天気次第ということで取り付き分岐点にマークを付けて

引き上げる。テントに戻って、晩飯のレトルトの準備をする。

 あーレトルトはわびしい。行者小屋のBCで栄養をつけて疲労回復

する予定だったが。それでも何とかデザートも作り、お茶などを飲んで

18時過ぎ、寝ることにする。隣の学生テントがうるさいので思わず

「静かにしてくれ!」と叫んでしまった。まだ時間も早かったが・・・

 それでも夜中の12時過ぎ、小便をしにテントを出るとまだ遠くの

テントでわいわいガヤガヤとやっている。さすがは八つの行者小屋だと

呆れて怒る気にもならなくなってしまう。鉱泉もさぞ賑やかいことだろう。

 気温は高いが朝4時に起きてみるとうっすらと雪が積もっていた。

 朝飯の棒ラーメンではなく、またもやレトルトを食べ餅を7個ほど

食べてカーボロードしてから、5時過ぎに出発する。1時間ほどで

分岐に到着するとすでに1パーティが暗い中取り付いている。

真っ暗な中、よう行くわと感心する。我々も負けじと薄明かりが

差してきた来た中をトラバースを開始する。朝なので体も固い。

2ピッチでチョックストンに到着し立派なビレイ点も整備されているので

登攀を開始する。雪は少ないので石の下を潜って取り付く。適度にガばが

あるのでそう難しくはない。しかし中間支点はほとんどないので落ちたら

大変だ。その後は釣瓶でピッチ交替しながらひたすら頂上を目指す。

 なんか足がグラグラするなとよくアイゼンを見てみたら、愛用の

グリベルエアーテックの2列目の爪がちびて丸くなっている。この

アイゼンはもともと爪が短いので先が丸くなったら致命的だ。前爪で

登るところはまだよいが、草付きの斜面になると足を置くたびにぬるっと

ずれる。これはいかん、アイゼンを研いでくればよかったがちびていて

研ぎようもない。帰ったらほかすことにしてなんとか今日一日頑張ろう。

 思えば不動岩でもよく足が滑ったが、原因はこれだったか・・

相方はクオーク2本とペツルのモノポイントアイゼンで頑張っている。

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 今回こそは忘れ物をしないと心に決めていたが、結局カメラとアイゼン

研ぎを忘れていた。その他にも久々の釣瓶登攀なのでどうも動作もちぐはぐ

する。天気は曇りで視界は悪いが明日は回復傾向なのでこれ以上は悪く

ならないだろうと推測する。風は弱くて助かる。しかし常用のモンベルの

冬靴が底が割れたので修理に出したため、約27年前に買ったハンワグの

革靴を引っ張り出して履いてきたがやはり昔の靴は保温性が悪く、靴下

1枚では冷えてきたので急いで靴用のカイロを入れる。あー極楽。歳は

取りたくないものじゃのう・・。靴は27年前の青年だが履く本人が

お爺さんになっていたとは!。しかし革靴の耐用年数はすごい。

もうすぐ抜かされそうだ・・

 分けのわからんことを考えながら合計10ピッチほどを越え、ふと

見ると縦走路を歩く登山者が見える。あー着いたと最後の簡単な道を

進んで縦走路で相方のM君と握手をする。いつになっても完登後の

固い握手はいいもんだ。縦走路を少し歩くと突如赤岳頂上山荘が現れ

登山者をがっかりさせる。そこから少しで赤岳頂上着。
PC130608PC130607 (1)

写真をとり、

行動食を食べた後、文三郎を目指して出発。すぐに分岐着。急傾斜の

一般路も鎖や梯子がないと非常に危ないので慎重に下りる。階段を

アイゼンで慎重に踏みしめながら樹林帯まで下り、少しで行者小屋着。

11時30分。疲れた体をテントで寝転んで癒したいがそうもいかない

ので行動食を食べ、テントを撤収して下山を開始する。美濃戸着14時。

 登山者専用の温泉「もみの湯」で二日間の汗を流してから、長い

道のりを神戸まで戻る。


 NOTES:

   

   ・ビレイ点は以前登った時よりも40m毎に整備されていた。

    (ペッツルのアンカー2個)中間支点は相変わらずハーケン。

   ・キャメロットの5番手位が非常に出番が多く重宝した。

   ・風が吹くとほとんどコールもかき消されて聞こえない。

    聞こえないときにどうするかの意思疎通も必要。

   ・撤退はさらに困難。アクシデント時は縦走路まで登り切るか

    エアーレスキューを要請するしかない。

   ・八ヶ岳西面は独特の雰囲気がある。

    

 

 

冬富士 山行


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参加者:O島氏 M寿井氏 H瀬氏 A井(筆)

21日(土)早朝
4人の乗った車は、朝モヤの抜けきらない0合目(1400m)馬返に足を止めた。
車内で温風に甘やかされた僕の体は、外に出たとたん鳥肌となって悲鳴を上げた。
Oさんは僕とは違い、寒いなどとは一言も言わず黙々とパッキングをしている、そしていつも僕たちよりスムーズに用事を淡々と済ませる。さすがリーダーたる人間だなぁと勉強させられる、KAC切っての山男だ。
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Hさんが撮ってくれた写真には、
運転免許を持たない僕が道中、皆交代で運転する中一人爆睡をかました結果が表情となり
顕著に出ていると思う。

右後部座席のヌシとなった僕は、役立たずの烙印を押されない為にも6人用のテントを背負う義務を覚えた。

今日の行程は5合目までの4時間程のコースでハイキングのようなもの
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自然と遠くの山が何山なのかが気になる、、
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何と端的明瞭な看板だろうか。
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8合目からしか雪が無いのは見てとれたのは残念でもあるが、無い物ねだりも良くない、天気が良いだけでもラッキーと思わねば。と自分に言い聞かせながら登る。
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Oさんはツメイリのズボンにピンクの軍手、それにサングラスといった、とても若手には真似できないベテランのコーディネートだったが、それとは裏腹にパッと見、昼休みに抜け出してきたヤンキー高校生にしか見えなかったのには笑わずにはいられなかった
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昼には5合目のテント場に着き、明日に備え早めに食事などを済ませる。明日の頂上ピストンを控えた我々は試合を控えた代表選手さながらの鋭気に満ち溢れた手際の良さだ、Hさんが「山やる人って、マメな人が多いですね」と口をこぼす程だ。Mさんは、これが初めての冬山らしいが用意周到に荷物も充実している。些か写真の表情とは矛盾しているが、、
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ハンバーグカレーというカロリー満点なのも嬉しい
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22日(日)朝3時
なかなか寝付けないなぁという記憶を最後に目を覚ました。
本来なら一番若手の僕が動かねばならない筈が他3人に諸用意をさせてしまった。
僕が持ってきた朝御飯のトルティーヤは巻くのが面倒で食べにくかったのに皆おいしいといって気を使ってくれた。
まだまだ冷え込む4時にはテントを出た、薄い雲の奥に星は小さく、しかし強烈に輝きを放ち月明かりが僕らの道を照らす。

5分ごとに時計の標高計を確認するが日本一の山に対してはあまりにも振れ幅が小さい。
次第に空は明らみ行動食を食べるペースも上がってきた、つくづく自分の燃費の悪さを憂う。

ここまで快調だったMさんのペースが落ちた。
カカトの靴擦れがひどくなってしまったそうだ。
やはり冬山は多くの要素の上に総合力が成り立つゆえ何があるかわからないというのはOさんの言葉の端々から学べた。
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Oさんはショートホープを香ばせて待っている。
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全体のペースを遅らせまいとするMさんの気遣いも感じられた。
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アップダウンは無く6時間ほどのアップを続け、ついに9合目までついた。Mさんは靴擦れの為9合目にて待機することになった。
悔しかったと推察できる、次へのリベンジの楽しみが出来たと考えるべきか、植村直己さんの言葉になぞらえて言えば、五体満足ならまた次に行ける。という事になるのだろう。

やっとこさ、お鉢につく頃には11時を回っていた。
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歩くのも難しいほど風が吹き付ける場所もあった
風によってザックの紐などが体をバタバタと叩く。
身の危険を感じずにはいられなかったが
そこはOさんの経験に裏付けされた背中が僕の精神的支柱となった。

僕は体調を伺うようにHさんに目をやったが、疲れた表情は伺えなかった。

白く輝くしなやかな雪の稜線を上がったところに3776mの頂上がある。
僕達はアリの様に歩を進めて登頂した。
そこにみせた晴れ間は富士さんがくれたご褒美だと勝手に思っている。
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長い道のりを下りきりテントについた時には夕方4時を回っていた。実に12時間の格闘であった。
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23(月)帰り道
富士山の見える温泉に入り、高速道路で帰る。

窓に広がる日本のトップを尻目に
車のラジオから流れるカーペンターズのTop of the worldを聴くともなく聞きながら右後部座席のヌシは眠りにつくのであった。


皆さん、ありがとうございました。
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