読書感想文

沈黙の山嶺」  第一次世界大戦とマロリーのエベレスト

                                                                                                                
                                       岡島

養生中に読んでいた山の本の感想、と言うか、あらすじの紹介です。

 

エベレストに初登頂したのはヒラリーとテンジンということはご存知でしょう。しかし、それ以前からエベレストへの挑戦は行われていました。1924年にマロリーとアーヴィンが頂上に向かったまま行方不明になってしまったのですが、本当は初登頂していたかもしれないという話です。また、「何故山に登るか?」とのしつこい質問に対して、マロリーが“Becouse it‘s there.”と返答した話も有名です。

 この「沈黙の山嶺」は単にマロリーのエベレスト登山記ではなく、19世紀末から第一次世界大戦、大戦後の1920年代にかけての大英帝国、インド、チベット、清朝、ドイツ帝国、ロシア帝国などの文明の衝突まっただ中の世界史の大変換期の中で、エベレストを舞台にした世界最高峰の初登頂に挑むアルピニスト達の実録です。

 前半は殆ど第一次世界大戦の西部戦線の話です。と言うのは、1920年台の登山家の殆どは戦争の生き残りなのです。当時のヒマラヤ遠征隊とは、国家のミッションを受けた戦闘部隊のような組織でした。

 

 

 主人公のマロリーは1921年4月8日にマルセイユを汽船で出発し、キャラバンの出発点となるダージリンに5月11日に着いています。そしてエベレストの登山口ともいうべきロンブク氷河のベースキャンプを見つけたのが6月の終わりです。やっと、そこから登頂可能なルートを探し始めます。そして北東稜のノース・コルに至ったのが9月20日過ぎでした。今でこそ、エベレストの登頂時期はプレモンスーンの5月後半がアタック・ラッシュというのは常識で、天気予報で登頂日を決める時代ですが、当時は気象条件も殆ど未知だったのです。

ここまでが第1回目の遠征です。登頂可能なルート探しが目的でした。またチベット側は地図の空白地帯なので三角測量による地図作成も重要な目的でした。

 
 翌年の1922年、早くも第二次遠征隊が送り込まれます。この時に最も高い高度まで達した隊員がフィンチという技術者で、酸素ボンベの装備係りでした。
フィンチは、登山の素人の軍人、ブルースと二人で8321メートルまで達しました。5月26日でした。帰路は夜になりルートを見失う危険に遭遇しますが生還しました。

 更に、マロリーの頂上への執念は強く、第3次アタックが計画されます。酸素の有効性を痛感した彼は、酸素ボンベと高所キャンプを担ぎ上げるためのポーター14人を伴って、再びノース・コルを目指します。しかしコルへ上がる斜面が雪崩れて7人のシェルパが死亡するアクシデントが起こります。これで第二次遠征隊は幕引きとなります。

 
 第三次遠征隊は1924年。途中は割愛してマロリーの最期の状況だけ。最終キャンプのC6を出発したマロリーとアーヴィンが頂上ピラミッドの基部を登っていく様子を、キャンプ5にいたサポートメンバーのオデルが確認しています。6月8日の12時50分。これが彼らの最期に目撃された彼らの姿でした。

 

 この本の最終章は現代に飛びます。かつてのチベット側からのルートは、中国隊の独壇場となっています。ロンブク氷河の入口までジープで入れるそうです。

 「昔の登山姿の遺体が北東稜に転がっていた。」との情報が、中国の登山家から報告がありました。積雪の非常に少ない年で、鋲靴にゲートルの格好をした遺体が雪面から出ていました。戦前の登山者です。そこからマロリーの遺体の捜索が始まります。頂上アタックに向かったときマロリーはコダックのポケットカメラを持って行ったことが判っています。もし彼らが頂上に達していればそのフィルムが残っているかもしれません。








比良 八池谷 

比良 八池谷                                                                 平成29年9月24日
                                                                           前田 山村 橘(記) 

  あまりパッとしない谷名だが、色々調べてみると日本でも有数の秀渓であるらしいことがわかり、
期待してガリバー旅行村へと車を走らす。登山者用の駐車場に車を停めさせて頂き、少しアルコール
を注入してから眠りにつく。Yさんは明日に備えてか宴会にも参加せずに早々と寝ていた。
 翌6時過ぎ起床。天気は快晴で、これなら沢に入れそうだと期待する。暫く林道を歩いてから魚止
の滝を目指して沢に下りる。 いきなり秀麗な滝が現れるが、心の準備も出来てないので巻かせて頂く。
 その後もいくつも綺麗で均整のとれた美しい滝が現れるので極力沢沿いに登る。よく見ると左右に
整備された巻き道も垣間見れるのでここは度胸を決めてゴルジュに入らねば、山の男がすたる。
 さて、美しい滝を越えていくとあっけなく大擂鉢に来た。ここも風景がよく、一幅の絵の中にいる
ようだ。しかしやや人工物が多く、やたらと鎖や鉄のステップ、緑の残置ロープなどが出てくる。
 それはそれであると安心ではあるが・・。ロープは50mを持参したが、小滝の乗越ではやや長すぎて
持て余した。特にロープワークに慣れていないと、出すたびにスパゲティが絡まるので解すのにも
時間がかかる。最後に貴船の滝が現れ、そこは圧巻の風景だった。そこを左の梯子で越えると次第に
両側に走っていた登山道も消え、滝を登るか、高巻きするかしかなくなる。次々に現れる6~8m位の
滝の乗越が非常に楽しい。直登を諦めて高巻くと上へ上へと追いやられ、遂には踏み跡も無くなる、
ということが2,3度有って懸垂などして基部に戻り、よーく観察してみると弱点が見えそこを登ると
意外とするりと抜けられる。だが、落ちたら大けがの高さなのでロープと支点用のカム・ナッツ類、
大スリング等は必携だ。そのうちに午後3時を過ぎ、この調子では釣瓶岳どころではなく、早く広谷へ
到達し、一般登山道を歩いて戻ろうということでペースを上げる。午後3時半、広谷着。栄養補給を
して、約1時間半でガリバー旅行村の駐車場に戻る。下山が楽な沢は有り難い。大峰ならもう少し
必死で歩かねばならないだろう。さて、下山は楽だったが、帰りの湖西道路がよく混み、結局温泉にも
入れずに神戸まで戻ることとなった。めでたしめでたし。
                                                        (完)

2017.8.19 神崎川本流

2017.8.19 神崎川本流 メンバーI(記)


今年も猛暑・・・涼を求めて泳ぎ主体の沢を計画する。
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8月19日(土)

友人が怪我で直前キャンセルとなり、結局、単独となってしまう。

神崎橋横のゲートから取り付きの取水堰堤降り口まで林道を黙々と約50分歩く。大きいヘアピンカーブを越えた辺りの看板が目印だ。登攀具を着けて沢まで下り、取水堰堤付近から入渓する。

絶好の沢日和だが、意外にも水量が多く冷たい。水は頗る綺麗だ。
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最初の瀑流は左岸を越えるが、足の短い自分⁉にとっては最後の一歩が出ず、思いのほか手こずる。
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続くS字小滝は右岸水際を進み、滝を越えて左岸を登る。冷水に身体が固まる。
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白色の巨岩(花崗岩?)が多いので、暗い沢特有の陰鬱さはなく、総じて明るい。
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出口の長淵を泳ぎ渡るとツメカリ谷が左から合流する。
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ここから暫く明るく開放的な河原(ゴーロ帯)を、朝日を浴びながら、ゆっくり遡る。
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途中、岩陰にスズメバチの巣があるので要注意。

白滝谷付近で登山道と荷揚げ用?ケーブルが河原を横切る。

これを越えると沢は狭まり、核心の30メートル長瀞。平泳ぎで進むが、葛川本流の泳ぎに比べれば可愛いものだ。
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連続する小滝を越えて行き、屈曲した瀞を泳ぎ進むと、天狗滝に到着。
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ここの釜は大きく深い。轟音を立てて滝が流れ落ちている。

何度か接近を試みるも、水流ではじき返されるので、諦めて右岸を巻き越える。

ロープが垂れ下がっているが、結構、高度感があり、急である。

少し進むと短い淵があるが、最後に急流があり、必死に泳がされる(笑)
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続いて2メートル斜瀑の淵。右岸沿いを泳いで滝に取り付くが、あと一歩のところで跳ね返される。
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ここも諦めて右岸の岩の隙間を登って越える。

再び淵(砂利に埋まった七丈淵)を少しの泳ぎで越えると、沢は再び広がりゴーロ帯となる。
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ここがヒロ沢出合であったのだが、気付かず少し行き過ぎてしまう。

戻ってヒロ沢出合で、ゆっくりと昼食を食べる。

珈琲を飲んで一服した後、登ってきた沢を歩いたり、浮いたり、泳いだりして下る。

途中、数パーティーの沢ヤさんと、ツアー客、ライジャケを来た子供達の飛び込み大会等に遭遇する。

人気の沢ということを実感する。

帰りは、開放的な河原の石の上で、ゴロゴロしながら日光浴し、冷えた身体を温める。贅沢な時間だ。

気を取り直して、のんびりと沢を下り、取水堰堤付近から林道に上がる。

長い林道歩いてゲートに戻ると、早朝の静寂が嘘のように、神崎橋付近は多くの家族連れキャンパーとその車で賑わっていた。

 

神崎川本流、明るく開放的で楽しく遊べる沢でした。入渓者、ツアー客も多く、また登攀要素も少ないので、どちらかというと初心者向けの沢という印象。足並みの揃ったパーティーなら登攀具も必要ないかも。
泳ぎの沢と思って行ったのだが、去年の葛川本流の泳ぎが凄すぎて若干の拍子抜け。スズメバチには要注意。多いと聞いていたヤマビルには幸い遭遇しませんでした。


ゲート0730~0830取水堰堤付近~0935ツメカリ谷出合~1030白滝谷出合~1100天狗滝~1150ヒロ沢出合13101540取水堰堤付近~1645ゲート

 

クライミングと哲学

クライミングと哲学

 

肋骨が折れてしまったので、あまり動かずに本を読んでいます。生命科学を哲学的にアプローチした新刊書を読んでいて、ほとんど理解できなかったのですが、クライミングのことが記載されていたので紹介します。それと私の解釈です。

 

「我々は少しの思想も交えず、主客未分の状態に注意を転じて行くことができるのである。

例えば、一生懸命に断崖を攀る場合の如き、音楽家が熟練した曲を奏する時の如き、全く知覚の連続といってよい。・・・・・・・・・・

これらの精神現象においては、知覚が厳密な統一と連絡とを保ち、意識が一より多に転ずるも、注意は始終物に向けられ、前の作用が自ら後者を惹起しその間に思惟を入れるべき少しの亀裂もない。・・・・・・・・ 」      西田幾多郎「善の研究」より

 

クライミングや音楽演奏は、思想・思考・理屈を働かせず、主観と客観も無い状態で、自然をありのまま見つめる行為である、との解釈です。「真のリアリティそれ自体が自然の中に在る」、言いかえれば、自然の「真の実在」を直感すること、それを「純粋経験」と呼びます。何の迷いもなくムーブできるクライミングの境地でしょうか。

今西錦司の言葉も出てきます。「向こうに山が見える。その山の頂上に登ったら、また向こうに高い山が見えた。だから、また次々と山に登り続ける。」

      2017.8.20 岡島

比良 奥の深谷

比良 奥の深谷         平成29年7月30日(日)

                   山吉 山村 橘(記)

 

 突然の事情で前回中止になった奥の深谷へ、梅雨明け10日を

期待して行くことにする。しかしまたしても曇天だ。どうなっているのか。

前夜発2名、現地集合1名で、未明の雷雨の後、朝8時目出度く出発する。

 林道を小一時間ほど歩き、入渓ポイントに到着し、沢に入る。
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 結構人の入っている沢なので踏み跡は明瞭だが、滝の直登には
技術が要求される。技術も体力も最近とみに落ちてきているので

出てくる滝は合掌して拝んでから巻かせて頂く。滝は登らなくても

マイナスイオンを浴びて涼むだけで十分だ。(負け惜しみか?)

 総じて出てくる滝はどれも均整がとれて美しい。未明の雷雨のためか

やや水量が多い。そのことも巻きが多かった理由かも。(言い訳か?)
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 巻けない滝ではロープを出す。私は今朝から異様に眠たく、

遡行中も生あくびの連発で、真っすぐに立つことさえ精一杯な感じだ。

なぜこうも眠たいのかと考えるが、やはり原因は過労しか考えられない。
 盆も正月もGWもなく、土曜日は平日の2倍の仕事量で、その疲れの
まま山に来ている。これは危ない

 さて今回、滝の直登は避けたため、意外と高巻きにてこずる。

 変な斜面を高巻き過ぎて緊張したりしながら、また水流に戻ったりする。

 天気はずうっと曇りで。まだ梅雨が続いているような感じだ。

 途中山吉さんが釣竿を出すがミミズをかじられるだけで終わった。

 魚もすれているようだ。眠気と闘いながら微妙な滝を越え、

ようやく見覚えのある登山道合流地点に到着する。(14時)

 今回は多めにロープで確保したのでやや時間がかかったが、

眠たくていつスリップするか自分でもわからないのでこれで良かった。

 後は色々なキノコを愛でながら、一般道を約1.5時間で駐車場に戻った。
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 やはり夏秋の山にはキノコ図鑑があれば楽しみも倍増する。次回は持って

来よう。家に帰ってもまだ眠いので沢道具を片づけて急いで寝る。

 あーしんどかった。山吉さん、山村さん、お疲れ様でした!!

 

 NOTES:

比良の沢は滝また滝の連続で休む暇がない。大峰や台高に比べると

癒し系の沢はあまりないようだ。近いのは良いが。。

沢のお土産には蛭1匹。

 

台高 黒倉又谷

台高 黒倉又谷          2017年7月23日

                 満寿居 平井 橘(記)

 

 久しぶりに台高 黒倉又谷に行くことにする。前回行ったときのことは
完全に忘れている。情報では、下山路が迷いやすいということだった。

 土曜日の仕事を12時間労働で片づけ、大急ぎで家に帰って飯を食べて

少し仮眠して、伊丹の自宅を出発。3時間ちょっとで本沢川の取り付きに

到着。しかし途中の分岐で間違い三の公川林道に迷い込み、30分ほど

時間をロスする。筏場駐車場には先客パーティの車が停まっていたが、

1時間ほど宴会をさせてもらう。今にも瞼が閉じそうだったが酒の勢いで

なんとかもった。

 翌6時起床、7時出発。装備を支度して、黒倉又谷の取り付きを目指して

山道を小一時間ほど歩く。入渓するといきなりの泳ぎだ。まだ心も身体も

準備できていない。しかし巻きもないので仕方なく泳いで3m、2mの滝を

ずるずるとずり上がる。先行2名はすんなりと越えていったが私は身体が

重いのか調子が出ないのか、2mの小滝の乗越に非常に手間取る。
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 やっとずり上がって先行2名に追いつくと、行く手に8m斜瀑が立ちふさがる。

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  見た感じ微妙で、前回の記憶もないが、とりあえず登ろうということで

ロープを付けて平井君にリードを託すが、あえなくドボン。これは無理だと
いうことで、次の一手を考えるが、微妙なスタンスで登ってきた3m、2mを

クライムダウンは無理そうなのでショルダーを使って右岸に巻き道を求める。

 すると右岸には明瞭な巻き道があった。それを使ってしょっぱなにあった

連瀑帯は全部まとめて乗越す。釜は深く、大物が潜んでそうだ。
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暫くするとナメ床が現れ、天気が良いと快DSCF1326DSCF1327DSCF1329DSCF1331DSCF1333適そうだが生憎本日は曇天で

たまにお天道様が顔
を出す程度なのでそれほどの感動はない。やがて5m

斜瀑が現れ、登れそうにないのであっさり右岸を巻き、あとは適当に現れて

くる中小の美しい滝を愛でながら、早く植林小屋は現れないかと期待しながら

うんざりする(?)ほどの滝を越えていく。出発から5時間ほどの12時に

ようやっと植林小屋が現れて、早速遡行を打ち切って飯にする。と、ヤニワに

雨がぽつぽつと降りだし直に本降りとなった。やれやれ、幸いボロボロの

小屋があるのでそちらに避難して雨宿りとする。13時、下山開始。下山は

うまくルートを拾えるよう、各自地形図やGPSなどを準備する。M君は

文明の利器、H君はH大山岳部で鍛えられたコンパスと地形図による現在地

把握で、私は第六感による下山とする。H君の読図力もなかなか素晴らしい。

 文明の利器を使わなくてもほぼ正確に現在地が把握できるのには驚いた。

H海道の沢はもっと深いらしい。途中の植林道に少し迷ったがなんとかうまい
具合に踏み跡を拾い、筏場と黒倉又谷の中間あたりの山道に下り着いた。

駐車場着14時30分。入之波温泉で汗を流し、柿の葉寿司を手土産に

神戸へと家路を急いだ。

 

 NOTES:

 取り付き早々の厭らしい滝が今回のメインだ。朝一で水泳となるので

 ラジオ体操などをして身体を慣らしたい。途中はほとんど高巻きも

 なく、美しい滝を愛でながら遡行することができる。下山路は、途中の

 枝尾根を拾うあたりでテープ等の道案内が途切れてしまうので、そこか

 らは少し迷わされた。

 

西穂高岳 北西尾根 その2

西穂高岳 北西尾根               2017年5月7日ー8日
                                I瀬、T (記)


 南岳西尾根を2泊3日で縦走する予定だったが、私の連休前の詰め込み
過重労働による体調不良のため、代案として1泊2日で西穂高の北西尾根に
変更する。現代はネットがあるため、どんなマイナーなルートでも必ず山行
記録が検索できるので便利になった。

 7日(土)22時、伊丹発。夜の高速をトヨタのコンパクトカーがひた走る。
翌3時過ぎ、新穂高無料駐車場に到着。テントを張って仮眠していたら、ここに
テントを張るなとどこからともなくおっさんが現れてまた去っていった。気色が
悪いので車で寝ていたら、朝方また現れて車のナンバーを控えたから覚えておけよ
てなことを言われて2度びっくりする。どうやら幕営禁止らしい。看板も何も
書いてはいないが・・
 8日(日)GWは今日が最後らしいので人もほとんどいない。7時半出発。
 林道を1時間ほど歩いて穂高平に到着そこから暫くで堰堤のある沢が現れ、
その右岸が北西尾根の末端だった。早速尾根に取り付くが、シャクナゲか根曲がり
竹か分からないがとにかく藪で歩きにくい。根曲がり竹を泳ぐようにかき分け、
やっと2004mのポチに辿り着く。12時。ここまで結構な急登だった。
 そこからはやや傾斜が緩やかになり何回か休憩を挟みながら15時過ぎ、
2450付近に到着。このあたりが一番平坦で景色がよく、テントも張りやすい。
 眼前に広がる抜戸岳~弓折岳~双六岳の景色に見とれながらひたすら水を
作る。景色に見とれすぎて飯の準備が遅くなり気が付いたら日が暮れだしたので
大急ぎで鍋を作って急いで食べる。夜半はやや寒かった。
 9日(月)本日は下山日&西穂登頂日なので忙しい。夜中にシュラフが破れて
中から羽毛が雪のように噴出したので焦る。25年も使っているので寿命か。
 3時半起床。大急ぎでラーメンを食べて5時半出発。春なのですでに明るい。
 出だしからいきなりの急登が始まる。ウォーミングアップしていないので身体に
堪える。しかもなぜかザックが異様に重たい。這松帯を延々とトラバースするが
アイゼンの足も縺れ、非常にパワーを吸い取られる。2時間ほどで西尾根とのJPに到着。
8時。実際にはJPは踏まずに西穂高頂上へと左折した。このあたりからやたらと
巨大雪庇が多くなる。ビル4階建てを横に寝かせたような配置で、雪庇の切れ目が
恐ろしく手前にある。特にコル上が危ない。いつかはズドンと下に落ちるのだろうが、
あんなに巨大なものが落ちたら沢筋は大変なことになりそうだ。這松帯を越え、
雪庇を何とか交わしながら登るとやがて岩稜帯となり稜線が近いことを知らせる。
 快適な岩稜帯であればよいが、この辺りは岩がボロボロで浮石も多い。なんとも
不快な岩稜だ。途中ロープを出すか相談したりしながら結局出すことなく西穂高
頂上に到達する。(9時30分)ピークを踏めたのは嬉しいが、ここまでなんとも
骨の折れる尾根だった。マイナーであることも頷ける。
 さて、頂上で暫くまどろんだ後、重い腰を上げて縦走&下山に取り掛かる。
 一般コースで○印も付けてあるがやはりなかなかにアイゼンでは歩きにくい稜線だ。
 岩が逆相でアイゼンがよく滑る。ピラミッドピーク、独標と越え、やっとほっとできる
登山道になってきた。西穂山荘到着。(12時)人も少なく天気も良く、のんびりと
ザックに残った担ぎ上げすぎた3日分の行動食を軽量化のために食べる。
 ロープウェイ駅到着13時。急いでロープウェイに飛び乗りたったの15分ほどで
下界(と言っても新穂高)に降り着く。このスピード感は堪らない。あとは土産を
少し買って、深山荘の露天風呂で2日間の汗を流し、連休の終わった快適な高速道路を
飛ばして神戸へと戻る。

 NOTES:

 ・下部はアイゼンでの藪漕ぎ、中間部は這い松藪漕ぎ&巨大雪庇(気を付けないと
  知らない間に乗っている)、上部は浮石の多い不安定な岩稜痩せ尾根、とあまり
  快適なルートではない。(これが好きだというI君のような?人もいるが)
  背後のパノラマのような抜戸岳の景色は圧巻。
 ・中間部~上部での滑落はアウトなので、再訪される方は六甲での完璧なアイゼン歩行
  練習が必須。
 ・春でも大変なので冬はもっと大変なことが記録などでもよくわかる。
 ・唯一の希望は細い稜線を頑張れば、ロープウェイというご褒美が待っていてくれる
  こと。これは沁みた。(通年)
 ・西尾根はもう少しましなのか・・・

2017.5.7~8 西穂高岳 北西尾根

2017.5.78 西穂高岳 北西尾根 メンバーTI(記)


GW
後半の休みが合ったTさんと、久し振りに山に行くことに。
ちょっとしたアクシデントで、直前に自分が希望していた西穂高北西尾根へ計画変更となる。
しかし、Tさんに作成してもらった計画書を見て、自分が西穂高西尾根を北西尾根と誤ってTさんに伝えていたことに気付く・・・申し訳ないです。(反省)
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5
7日(日)

3時過ぎに新穂高駐車場へ到着し、仮眠をとる。さすがに5月に入り寒さも和らいでいる。
出発直前までワカンを持っていくかで迷ったが、何とかなるだろうという希望的観測⁉が勝り、置いていくことにする。
右俣林道は、雪解けでほぼ夏道。ショートカットルートの入り口を見落としたため、林道をトボトボと歩く。
取り付きの柳谷まで約1時間半。一休みして柳谷を越えた尾根末端から取り着く。
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速攻で笹藪漕ぎの歓迎を受ける。先月の霞沢岳西尾根の笹藪漕ぎが可愛く思えるほど⁉のしんどさだ。
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時折出てくる赤テープとTリーダーに導かれながら、ゆっくりと高度を稼ぐ。高度200m毎に約1回の休憩を挟む。
標高1,800m付近でアイゼンを着ける。ここから標高2,000m付近までの強傾斜と笹藪漕ぎが堪える。
標高2,000m付近で北側の尾根と合流し、やや傾斜が緩くなる。
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雪も出てきて少し登り易くなるが、目指すテン場は未だ先だ。
15時前に目指す標高2,400m付近テント適地へ到着する。
Tリーダーが台地上の絶景⁉適地を見つけてくれたので、そこでテントを設営する。
見渡せば絶景の銀世界だが、強い日差しと照り返しが半端ない。
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そんな日差しを物ともせず、テント外にマイ特等席をこしらえて景色を楽しむTリーダーは流石だ。
夕食はTリーダーが担ぎ上げてくれたうどんスープ鍋。バランスの取れた食材で満腹となる。
美しい夕陽が笠ヶ岳に隠れると、とたんに寒くなり、早々にシュラフに包まるZzz・・・。

 

新穂高駐車場0700~0850柳谷取り着き~1220標高2,000m付近~1450標高2,450mテン場

 

58日(月)
午前3時半に起床する。昨日の残り鍋で棒ラーメンを作り、準備して出発する。
直ぐ上の岩稜を右に回り込むと、尾根は細くなり急峻になる。
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所々、這松を漕ぎながら雪壁を登る。この辺りが第一岩峰だろうか。
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雪壁を登ると左は切れ落ちたリッジになり、右側の這松帯を漕ぎながら登る。
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ピークが近づくと北側に雪庇が現れ始め、切れ目に注意しながら慎重に進む。
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のコルは、積雪期はテントが張れるかもしれないが、この時期は雪庇の切れ目が出ていて厳しい。
この先の岩峰は右の這松帯を回り込み、第2岩峰前のコルへ。
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第2岩峰は右から巻き登る。所々ある浮石に気を遣う。
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第2岩峰を登りきると西穂山頂は目の前だ。
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しかし山頂直下の岩稜が行く手を阻む。左は切れ落ちており、正面は被り気味なので、右にルートを取る。張り出した岩を慎重に乗っ越すと、岩稜右のルンゼにトレースが見えた。
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このルンゼ内の雪が強風で固い氷に変わっており、少し緊張させられる。
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最後に氷化したリッジを少し登ると西穂山頂に着いた。
Tリーダーと握手を交わす。結局、ロープは使わずだった。
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快晴だが風が強い。自然と鼻水が滴り落ちる寒さだ。
エネルギーを補給しながら360度の展望を楽しみ下山開始。
独標を越えるまでは気が抜けない。雪壁と岩稜帯を慎重に下る。
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を越えた辺りでアイゼンを脱ぎ、緊張感からやっと解放される。西穂小屋までは半分以上夏道だ。
西穂小屋前で大休止させて貰い、ロープウェイ駅まで駆け下りる。半袖に短パン、スニーカー姿の外人さんが登っているのにはビックリだ。
駅に着いたら、タイミングよくロープウェイが発車し、あっという間に新穂高に到着。下山届を出して温泉に向かう。
深山荘の内湯で汗を流し、開放感満点の露天風呂でゆっくりと疲れを癒す。あーまた明日から仕事か~(溜息)
Tリーダー、藪漕ぎ尾根に付き合っていただき、ありがとうございました!今度は冬期に西尾根リベンジしましょう!(笑)

 

標高2,450mテン場0530~0655JP~07302岩峰~0845西穂高岳09051045独標~1150西穂高山荘12301310西穂高口駅~1330新穂高温泉駅~1355新穂高駐車場

2017.4.22~23 霞沢岳 西尾根

2017.4.2223 霞沢岳 西尾根 メンバーUI(記)

3月から私事でバタバタしていたが、再びUさんから山のお誘いが来る。
切り替えも必要と割り切って、山に行くことにする。
山域を相談していた時に、ふと霞沢岳が目に留まる。
調べてみると山頂にほぼダイレクトに突き上げる西尾根という冬季初級バリエーションルートがあるではないか!?
Uさんを説き伏せて!?計画を作る。さて山行は如何に・・・

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4
22日(土)

山積みの仕事を切り上げ、山に向かう。
Uさんに殆ど運転して貰い、坂巻温泉へ。トンネルの間に位置するので、思わず行き過ぎてしまう。
3時過ぎに到着し、そのまま車で仮眠。
7時過ぎに起き出して、ゆっくりと準備し、駐車料金を2日分支払って出発する。
既に上高地行のバスが開通しており、バスに触手が動くが甘えを断ち切って!?上高地までトボトボと歩く。
初めて歩く釜トンネル。歩道はあるが、直近を大型観光バスが行き来するので結構怖い。バスが開通する前がベストかな。
釜トンネルを抜けると眩い白銀の世界が広がる。「あ~やっぱり来て良かった!」としみじみ思う。晴れ男!?のUさんに感謝!(笑)
ひんやりとする上高地トンネルを抜けると間もなく砂防事務所の看板が見えてくる。駐車場から約1時間10分の行程。
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看板を右折すると直ぐに取り着きの急斜面の笹藪だ。
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休憩を挟んで急斜面の登りに入る。
1700m付近までは、ひたすら笹藪漕ぎに終始する。しかも急斜面のトレース跡が凍り付いているので始末が悪い。Uさんは慣れない藪漕ぎに苦労していたようだ。
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アイゼンを装着し雪面上の急斜面を登る。傾斜がきつく立木を掴みながら高度を稼ぐ。
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高度1850m付近でやや傾斜が緩くなり、ここから1950m付近のコルまでがテント適地だ。
我々はもう少し先まで行ってみることにする。
右手の尾根と合わさる2000mを越えた辺りの傾斜が最もきつい。
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この辺りで日帰りペア2組みと出会う。見たところ登攀具なしの軽装備だ。
テン場を探しながら進むと2150m付近に何とか一張り張れそうなスペースがあった。じっくりと整地してテントを立てる。
実際ここより上は再び尾根上の傾斜がきつくなりテント適地はあまりなかった。
展望はよくないが樹林帯の木漏れ日の中、テントでのんびりと過ごす。夕食はUさんが担ぎ上げてくれた得意!?のウインナーとエリンギの炒め物&ミートスパゲッティーとスープで満腹MAXに。
翌日のアタックを描きながら、19時前に早々と眠りに着く。

 

◆坂巻温泉08200930砂防事務所看板(尾根取り着き)~1330標高2150m付近泊地

 

423日(日)

0330に起床する。流石に0度以下だが真冬と比べると断然快適である。
Uさんお勧めのトマトソース入り棒ラーメンが冷えた身体に染み渡る。
せっかくなので担ぎ上げた登攀具を装着して出発する。相変わらず急斜面の尾根を登るが荷物が軽い分、スピードが上がる。
標高2,400m付近から徐々に視界が開けてくる。徐々に昇る朝陽に照らされた乗鞍岳、背後の焼岳が美しい。
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前方に黒々とした核心の2500m岩場が見えてくる。雪があればロープを出した方がよさそうだが、今日は岩肌が露出し階段状になっている。
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中間付近の乗越がワンポイントで少々悪い。各々ロープ無しで越える。
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続く短いナイフリッジを越えると徐々に尾根は広がり山頂が少しずつ迫ってくる。
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快晴の空のもと、周囲の白銀の山々を楽しみながら雪面を踏みしめて登る。尾根を登りきると、やや左手にピークが見える。
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そして朝陽を浴びながら初めての霞沢岳頂上へ。2人で握手を交わす。
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頂上は360度の展望で、勿論貸し切り。目の前に奥穂、前穂がドーンと聳え立ち、白山、南アルプス、八ヶ岳までくっきりと見える最高のロケーションだ。
お湯を沸かしてコーヒーを淹れる。無風で音のないピークを満喫しながら暫しボーっとする。
1時間ほど景色を楽しみ、後ろ髪を引かれつつ山頂を後にする。
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帰りの岩場はロープで懸垂する。40mロープだったので、中途半端な懸垂となる。
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テン場まで戻り、一息つく。テントを片付けて下山開始。傾斜がきつい分下りは早い。
尾根を外さないよう慎重に下り、笹藪漕ぎを経て取り着きへ。おかげでアイゼンは泥んこだ。
帰りもバスに触手が伸びかけたが、ぐっと堪えて(笑)徒歩で坂巻温泉まで。
秘湯の熱い温泉に浸りながら、ふと明日のこと思う。あ~また現実世界に戻らなければ・・・(溜息×10)・・・(笑)
帰りは、またしてもUさんが1人で運転を頑張ってくれて無事、帰神。
Uさん、ありがとうございました!!

 

◆テン場04500550標高2500m岩場~0635霞沢岳07300845テン場09501125取り着き11401245坂巻温泉

荒島岳

荒島岳                    2017年4月9日

                           M田、T(記)

 

 土日をかけて、雪洞泊で経ヶ岳に行く予定だったが、うっとおしい

低気圧が居座り、雨が止まないので最新の天気予報とにらめっこした挙句、

天気の回復しそうな日曜日に前夜発日帰りで荒島岳に目的地を変更する。

 単独ならテントを担いで経ヶ岳に突入したかもしれないが同行のM田君は

雪山泊の経験がないそうなので無理はできない。雨の名神~北陸道を愛車

ジムニーでひた走るがお尻が振られて非常に怖いので80キロで大人しく

巡行する。4時間かけてやっと勝原スキー場跡に到着するが相変わらず

霧吹きでかけられたように小雨が降っており、テンションが下がる。明日も

雨なら温泉でも入って帰ろうということにしてビールを飲んで寝る。

 翌朝目を覚ますとなんとか雨も止んで、これは行くしかない。8時出発。

 スキー場跡の石のゴロゴロした道を歩いて登る。1時間ほどで最終リフト

跡に到着。なかなか雪は出てこず、代わりに泥道が出てきて靴がドロドロだ。

 そうこうするうちに今日唯一の入山先行パーティが引き返してきたので

道でも間違えたのかと話を聞くと、泥道でテンションも上がらないので今日は

これで引き返して温泉でも入って帰りますとのことで、我々もますます下がる。

 雨が強まったら引き返すことにして尚も進むとシャクナゲ平に到着し、この

辺りより雪も出てきて、我々の汚れた心を白く清めてくれる。(私だけか?)

 雰囲気のよいブナ林をキツツキと鶯の奏でる二重奏を聞きながら登ると

あー春ハズカームと叫ばずにはいられない。しかし相変わらず空は不安定で

視界が突然開けたり一瞬でガスの帳が下りたりと目まぐるしく変わる。

 途中人間の足跡に混じって熊の足跡も見えだしたので鈴やガチャの音を

鳴らしながら進む。なんせ山中我々だけなので心細い。そのうちに餅が壁と

呼ばれる鎖場にかかり、雨で溶けだした雪が不安定なため難儀して登る。

 急坂を過ぎたら上はどんなんやったかなーと進むとますますガスが深まり

何も見えなくなる。何も見えないが地面と雪庇の切れ目が左側に延々と続くの

で用心して進む。振り返ると緩い斜面が270度くらいに広がり、ホワイト

アウト時のこの山の難しさが理解できる。何度か通うと土地勘もつくが、

前回は初めてでしかもニュースで言う爆弾低気圧通過中の吹雪の中を必死で

下山したことが記憶に蘇る。あの日は我々が下りた6時間後あたりにバリエ
ーションから登ってきた2名の若者が山頂付近で疲労凍死した。やはり冬の
荒島岳は舐められない山だ。今回も雪道と雪庇の間は短い所で1.5m位しか
ない
から間違って踏み抜いたら終わりだ。さてそんなこんなで何とか頂上には12時
30分位に着き、山の神様に登頂のお礼と下山の安全を祈願して、腹ごしらえ
をしてから下山にかかる。
今回はトレースも残っているので慎重に歩いて降りる。
 前回は頂上の向こう側で雪洞泊の後、1mほど積もった新雪と吹雪の中を
初めての山域に迷いながら降り、何度か枝尾根に乗りかけて肝を冷やしたものだ。

 今回は二度目で気温も高いので比較的余裕があった。しかし雪庇の踏み抜き

には神経を使う。餅が壁の腐った雪に手こずりながら、ようやっとシャクナゲ

平に到着。大休止する。なんやかんや言ってもやはりガスの中ではGPSは

絶大な威力を発揮する。安全のためには使わない手はないだろう。

 午後を過ぎ、回復するはずの天気がますます重苦しく真っ暗になってきた

中を、雪と泥にまみれながら勝原スキー場跡に戻り、途中フキノトウを採って

帰る。疲れた身体で運転する愛車がまた疲れを倍増させ、疲労困憊して2人で
運転交代をしながら21時過ぎ、やっとのことで西宮まで戻ってきた。

 今度はベンツかロールスロイスで行こう。レクサスも。

 冬の荒島岳は何度訪れても飽きない、いい山だった。その名の由来か、

天気が荒れる程、登りごたえがあるように思う.

 

 

 

 

 

 

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