2018.2.25 氷ノ山東尾根

2018.2.25 氷ノ山東尾根 メンバーO夫妻、U、I(記)

 

久しく会の山行と冬山にご無沙汰していた今日この頃・・・。

ふと思い立ち、Oさんに急遽お願いして、氷ノ山東尾根計画に参戦させて貰う。

しかし、天気予報は曇り⁉さて雨男、どうなることやら⁉

 

2月25日(日) 曇り時々晴れ

思いのほかスキー場まで時間がかかり、早速、大きく出遅れる。

O夫妻、Uさん、寒い中待たせて申し訳ありませんでした‼

残念ながら、頭上は重苦しい鉛色の曇り空だ。

リフトを二つ乗り継ぎ、ワカンを装着して準備する。

Oさんから、先行するよう言われるが、初見の氷ノ山、勝手がわからず、現在地さえ不明状態⁉

慌てて地図を広げるも、呆れたOさん、スキーで先行し見えなくなってしまう。

後を追って南東から東方向の林道を少し歩くと、東尾根登山口の標石がある。
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ここからは東尾根に乗るまで、樹林帯の急坂をジグザグに登る。

しっかりとした有難いトレースがあって踏み固められており、ワカンも要らない位だ。
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尾根上の避難小屋付近で一息入れてワカンを脱ぎ、以後、つぼ足で登る。
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先行するOさんは、見えなくなる度に要所でちゃんと待っていてくれる。

尾根上は、ガスっていて景色は望めず、トレースを辿りながらトボトボと登る。
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O
さんと「雲海が見えたらいいね。」なんて話していると、標高1,200メートル付近で本当に雲が切れ始め、太陽が顔を出す。
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頭上の枝から溶け落ちた雪が、ダイアモンドダストの様に煌めき、テンションも急上昇だ。

慌てて、日焼け止めクリームを顔に塗りたくる。

森林限界を抜けると、下界には素晴らしい雲海が広がる。自分一人なら、こうはいかなかっただろうな()
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巻雲が浮かぶ青空を目指しながら、続く緩やかな雪稜をトレースに導かれ踏ん張って登ると頂上に到着。
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頂上は、大勢の登山客で賑わっていた。

初めての氷ノ山山頂で記念撮影し、喜びを分かち合う。

避難小屋内が満杯なので、南東側で風を避けながら昼食を摂る。

素晴らしい景色を眺めつつ、Oさんが担ぎ上げてくれた「おでん」を食べて温まる。

春の様な暖かい日差しも加勢し、贅沢な時間を過ごす。

景色を堪能し、昼寝したいところをグッと堪えて下降に移る。

Oさんは、スキーで颯爽と滑り、O夫人は、スノーシューでスタスタと快適に下って行く。
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自分とUさんは、つぼ足で後を追う。

景色に見とれながらトレースを漫然と下っていると、早速、尾根を踏み外す。

Oさんの呼びかけで、軌道修正したが、この後もう一度尾根を間違えそうになる。

地図上の1,394ピーク付近と、標高1,250メートル付近は、右手の尾根に入り込みやすいので注意が必要。

東尾根上の避難小屋に着く頃には再び辺りはガスに包まれ始める。タイミングが良かった。
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一息入れて、樹林帯の急坂を下り、スキー場へ無事帰還。

帰りは、スキー渋滞を避けようと温泉を我慢したのだが、しっかりと渋滞に捕まる。

時折忍び寄る睡魔を堪えながら、温泉に入らなかったことを後悔するのであった・・・。

O夫妻、Uさん、楽しい山行ありがとうございました‼

 

コースタイム:東尾根登山口09200955東尾根避難小屋~1050標高1,150メートル付近~1200氷ノ山頂上12501335標高1,150メートル付近~1400東尾根避難小屋~1425東尾根登山口

平面距離:7km、累積標高(登り)921m、(下り)869m

八ヶ岳 阿弥陀北陵

八ヶ岳 阿弥陀北陵           2018年1月21-22日
                          T内 M田 T(記)

 阿弥陀南陵の計画を立て、それを実行すべく出発したが、生憎二日目の
核心部通過で降水確率90%の予報が出ていて、しかもその後には今シーズン
最大の寒波が到来するというあり難くない気象予報が出ているため、どうするべ
かと考えながら現地へ赴く。車中会議で初日の天気が良いうちに登れるルートに
しようということになり、初日に阿弥陀北陵、二日目に地蔵か文三郎を上がって
概念把握をしようという結論に達する。ベースは行者小屋に張ることにする。
 1月20日(土)夜9時過ぎに西宮を出発。美濃戸口に午前3時到着。美濃戸
へと林道を上がるが道が凍ってスタッドレスでは四駆でも上がれず、久しぶりに
チェーンを巻く。駐車場に着いたら即寝て、明日に備える。(睡眠2時間)
 1月21日(日)午前8時出発。南沢を重い装備を担いで登る。途中凍った道で
2回転倒し、アイゼンを付ける。また、この道は陽が差さず、異様に寒い。
 左手と左足が感覚が無くなってきたので張るカイロを借りて付ける。
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11時30分頃、行者小屋に到着。太陽が当たり、八ヶ岳西壁も見渡せて
非常に気分がよい。テントを設営し、ここでアルコールを入れたら今日の行動
打ち切りは確実なので中には入らずに北陵へと出発する。阿弥陀へと向かい、
途中から北陵末端へ向かうトレースがあったのであり難く使わせて頂く。
 1時間ほどで次第に傾斜がきつくなり、第一岩峰の基部に到着する。前回来たのは
20年くらい前なので記憶も薄いが、簡単な岩場を越え、あとは細い雪稜を
少し歩けば頂上だったかなと必死で脳みそから記憶のカスをかき集める。
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 さて、正面に立ちはだかる岩壁は12mほどだがやや立っている。前回はこんな
垂壁を登っていたのかと過去の自分の姿に疑問と感動を覚えながら取り付いてみると
全然身体が上がらない。こんなはずでは、ともがきながら2個目のハーケンに
辿り着くが、その上はクラックがあるがピンが上の方だ。ナッツやカムは置いてきた
ので無理に突破は危険だなあ。しかもメンバーの力と残された時間を考えると
こんなところで時間を使うのは宜しくないと判断してあっさりと降りることにする。
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 クライムダウンして左から巻いてみると、有りました、3級-のルートが。
 しかし左の雪稜を巻くトレースの誘惑とメンバーの足並みに対する不安が
脳裏をよぎり、ここは一番安全なトレースを辿ることにする。ナイフリッジを
横目で見ながら雪稜を上がると次第に傾斜が失われ、頂上に到着。14時。
 記念撮影の後、下山を開始。下山は一般縦走路なので楽勝かと思いきや、
結構傾斜がきつく、ところどころバックステップで降りる。そのうちメンバーの
一人が降りられなくなってきたのでロープを出し確保する。初心者二人を連れての
バリエーションはやや荷が重い。そこでM田君には先に行ってもらい、T内さんのガイド
役に専念する。タイトロープと言われる、ロープを2,3m位に保ちながら常に張り
テンションがかかったら即座に止める方法で下す。やや長い鎖場では20m位を出して
半マストで確保する。状況に応じて繰り出すロープを調整するのが邪魔臭いが、
これも練習のうちだ。ようやっと急斜面を降り終え、中岳沢は雪の量も多くなく
天気も安定しているので最短距離で降りることにする。約1時間でBC着。16時。
 T内さんに水を汲みに行ってもらうが、その時珍事件が発生した。夕食は特製クッパを
頂く。これが又美味しく、食当T内さんの腕は確かだ。その夜は本日の反省やら〇泣かせの
話題やらを酒とともに話し合い、韓国の方のテントの喧しさに耐えながら眠りにつく。
 韓国テントは12時を越えても騒いでいた。有り得ないマナーの悪さだ。
 今回のテントはアライのエアライズ3にICIの冬用外張りと豪華なのでなかなか
暖かかった。
 1月22日(月)朝5時に目覚めると、T内さんが足の小指の調子が悪化したらしく
テントで待機するという。今日は天候悪化も予想されるし、登っても午前中少しだけ
なので、早めに下山しようということになって少し寝てから撤収下山することにする。
 8時30分下山開始。11時美濃戸駐車場着。もみの湯によって汗を流す。
 途中諏訪湖SAで昼飯を食べ道路案内を聞いてみるともうすぐ大雪接近ということで
道路を閉鎖するらしいとのことで慌てて出発する。しかし大寒波につかまり中央道では
雪の中、10年目のスタッドレスで何回も横滑りしながら難儀して神戸まで戻る。
 関ケ原から栗東あたりでもまた雪につかまり難儀する。皆さん、お疲れ様でした!










比良 堂満ルンゼ 中央稜

比良 堂満ルンゼ 中央稜                2018.1.8     
                                            M田 T(記)
 またもや堂満ルンゼだ。近くて雪が多くて良い練習になる。今回のパートナーは若手のM田君。
 やる気があるので頼もしい。 前夜に南比良に着くとあいにくの雨が降っている。テントのフライを
忘れてきたし、濡れるのも嫌なので橋の下の空き地を見つけてそこでにわかホームレスの仲間入り
をする。大阪市内だったら本物のホームレスになりそうで怖い。1時就寝。
 翌6時起床、7時発。天気は晴れ、気温は高い。 1時間ほどで青ガレに到着、1ルンゼを左へ入る。
 30分程で取り付きに到着。先行Pを待って登攀開始。1P目Tリード。 出だしが少し厭らしい。
 年々岩も脆くなっているようだ。 2P目。M田リード。雪をかぶった大岩が厭らしい。今回は左に
回り込まず、先行Pと同じく正面から突破を試みる。 ピンは無く、キャメロットとロックスで取り、途中
泣きが入るもオーバー手袋を外して何とか上部のピンに辿り着き、のっこす。セカンドで登ってみると
やはり難しく、新調したモンベルのフリース手袋2900円が岩になじまず滑るので、常用のウールに
履き替えて何とかのっこす。前回のテムレスといい、今回のフリースと言い、新しいものを試しては
使えずに元に戻る。結局ウールの手袋が一番だ。シュラフの羽毛も然り。3Pは簡単。4Pは上部
チムニーでM田リード。岩の乗り越しと上部チムニーが年々脆くて神経を使う。そこを抜けるとあとは
簡単な雪稜で、ロープを解く。堂満岳へ行ってもよかったが長くて単調なので、今回は1ルンゼを下降
してみることにする。 出だしは急斜面の下降にややビビるが上手く下降するとあっというまに中央稜
取り付きに戻る。あまりに早いので次回はもう一度ピッチを交替して中央稜を2度登ることにしよう。
 ただしルンゼは雪崩の危険性大なのでいつでも降りられるというものではない。14時駐車場着。
 比良トピアで汗を流してから帰神する。M田君、ナチュプロの練習をもう少ししましょう! 立木が
あるのに加重と逆方向のカム1本でのビレイポイントは危な過ぎる!

 

アイスクライミング 八ヶ岳 南沢大滝 峰の松目

アイスクライミング

八ヶ岳 南沢大滝 峰の松目

12/23~24

メンバー:K谷(L)、A田、A井M田(記)

 

こんにちは~!M田です。

今回は人生初のアイスクライミングにチャレンジしました。

 

ボーナスでPetzlのクォークを買ってからというもの、この日をどれだけ心待ちにしたことか

 

1222()の夜にK谷さんの車で神戸を出発。仕事終わりなので車内でぐっすり寝かせてもらいました。

23日朝に美濃戸口の駐車場に着。

春山のような陽気の中、散策路のような道を歩き南沢を遡って、まずは小滝に着くと、小滝は完全には凍り付いておらずあまり良くないコンディション。

すぐさま大滝に移動すると大滝はバッチリ凍っていて、先に登っているパーティーもいる。しばらく場所が空くのを待ってこちらもスタート。(待ち時間がメッチャ寒いのは予想外でした


待ちに待った人生初めてのアイスクライミングですが、第1登はかなり苦戦!バイルの刺さり方が甘いし、アイゼンの蹴り込み方がダメダメ。予想しては居たけど、アイスクライミングってかなり腕が疲れますねK谷さんの指導を受け、A田さん&A井くんや、他のパーティーの方の登り方を見てから登った第2登では、「上手くなった」と褒められる。自分でもかなりマシになったという手応えを感じとても嬉しい。
A井くんは初めてリードに挑戦、とても初めてとは思えないような慣れた感じで登っていく姿には驚かされました。

この日はお昼頃まで登ってのんびり撤収。



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今回が初リードのA井くん、めっちゃうまい。

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真ん中のテラスで支点を取ってトップロープ。

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いざ人生初アイスクライミング!

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A田さんも上手い。

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自画自賛ながら、二登目はいいかんじでした。


登山口まで戻り、この日の宿泊地、美濃戸高原ロッヂへ。ロッヂではこたつ付きのかなり広い部屋を与えられ、晩ご飯まで温泉につかったりこたつで寝たり超まったりしました。

晩ご飯がすき焼きと、これまた豪華で至れり尽くせり。そして晩ご飯後にはお待ちかねのクリスマスイベント、プレゼント交換!自分はK谷さんからpatagoniaのフリスビーとなんちゃってビクトリノックス?のマルチツールをいただきました。大事にします!

 

2日目は峰の松目へ、A田さんの抜群の記憶力を頼りに難なく氷瀑にたどり着き、F1F2を登りました。K谷さんはこの日は足の具合が良くアイスクライミングに参加、A田さんは昨日のA井くんに続き初めてのリードに挑戦、二人とも本当に上手なので自分もいい刺激になります。私もF2の簡単そうなルートでリードにチャレンジ!アイススクリューを設置する際に両手を使うことにはビビりました。


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ベテランK谷さんは余裕の笑顔

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女ターミネーター?A田さん


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昨日より上手くなったかな???

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阿弥陀岳をバックに記念写真

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帰路へ、今度来るときはもっと奥まで行ってみたい。

 

下山後は樅の湯で赤岳・アイスキャンディに言っていたT口・M下チームと合流、帰りの運転はA井くんががんばってくれたおかげでぐっすり眠ることが出来ました。

 

初めてのアイスクライミングはとても刺激的でワクワクな体験で、ブログを書いている今でもまたアイスクライミングをしたくてウズウズします。

 

またこのメンバーで来られたらいいなと思う楽しい2日間でした。

八ヶ岳 阿弥陀岳中央稜

八ヶ岳 阿弥陀岳中央稜       2017年11月26日ー27日

                    竹内 前田 橘(記)

 毎回手古摺らされる阿弥陀中央稜に、今度は登りでチャレンジする

ことにする。毎回下りでやられるので、登りならもう少しスムーズに

上がれるかもしれない。密かにトレースも期待する。

 土曜日21時半、JR西宮駅に集合し一路高速に乗って諏訪南を目指す。

 インター近くにあるコンビニで最終食料を少し買い足し、林道を舟山

十字路に向けて進む。全然雪がないので不安になるが杞憂だった。

 翌6時起床8時出発。仕事明けなので眠い眠い。林道ゲートをくぐり、

終点までトボトボと歩く。終点が中央稜末端で、右の沢に入るか左に

するか迷うが、大きな字で「左 登り」とあるので、迷うことなく左の

沢に進む。(後で考えるとこれが藪漕ぎのスタートだった)

 次第に傾斜がきつくなり、薄氷で足元も滑るので各自アイゼンと

ピッケルに換装する。小一時間ほど上ると立派な道に出た。この道は

どこから来ているのかとふと疑問に思った。(後でわかるが右の沢から

だった)やたらと「四区」と赤字で書かれた看板や木の幹が多い。

 このペースなら今日中に阿弥陀と赤岳を片づけ、行者小屋迄延ばせるDSCF1486

のではと鳩首会議の結論が出た。(これは甘かった)DSCF1447DSCF1445

 やがて次第に雪が深まり膝位のラッセルとなる。トレースもないので

時間がかかる。2200m位は傾斜もなく、テントが張れそうDSCF1448だが

まだ13時なのでもう少し距離を延ばすことにする。しかし上部は

よいテン場はないはずなので、下手をすると中岳沢をヘッドラで降りる

ことになるかとも考える。そうこうするうちに4テンが二つ張れそうな

枝尾根の頭に到着し、少し風がきついがここより良い場所はなさそうなので

少し偵察に行ったあと、また戻ってテントを設営することにする。

 初冬のサラサラ雪で踏んでも踏んでも雪が固まらずピッケルも刺さらない

ので難儀するがようやく張り終える。(15時)3人がようやくテントの

所定位置に収まり、やっと設営祝いのビールにありつく。雪の混じった

安物ビールがこの世の物とは思えぬほど旨い。またまたアマゴ酒などを

やりながら、今回は黒門市場で仕入れてきた(竹内さん有難う)牡蠣を

ふんだんに入れた特製牡蠣鍋を食す。今までのベスト3に入る美味さで、

夜はおならが出て難儀した。(意味不明)とりあえず18時就寝。 

 あーよく寝たと目を覚ますと24時だった。(いつものパターン)
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 トイレに出て寝なおし、起きると5時だった。若干朝の飯つくりに               蕎麦焼酎が綺麗だ(雲海)

もたつきながら、7時出発。この調子では時間がかかりそうなため、

計画を変更し、御小屋尾根下山は諦めて、テントをデポしたうえで中央稜を

自分たちで付けたトレースを辿って降りることにする。やがて岸壁が現れる。

 多分右に巻くだろうと適当に見当をつけて巻く。やがて急な草付きを

M君が登りだすが、一般道ではなさそうなので引き返す。急なルンゼが

現れ、腰までの吹き溜まりにもがきながらなんとか上まで辿り着くがどうも

またおかしいので取り付き迄戻る。まだ右に巻くが次第に南陵が近づいて

きた。これまたおかしい。このまま南鐐でもと思ったが登攀装備がないので

考え直す。ここでM君が冷静な意見を述べ、なるほどそれはそうだと

納得し、原点に戻って稜を忠実に登り返すと第一岩峰が巻けて第二岩峰が

現れた。これまた右に行ったり左に行ったりしながら最後は左から

巻きあがる。そのうち第3岩峰が現れるが、もう頭が回らず訳が分からん

うちに巻く。(左だったか?)最後に少し藪を突破すると久しぶりに小さな

赤テープが出てきてそこからは明瞭な登山道となった。なんとも世話の焼ける

尾根だ。時間も押し気味なので12時になったら引き返すことにして、

とりあえず阿弥陀頂上を目指す。見えているようでなかなか近づかない。
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 やがてやっと御小屋尾根に斜めに合流し、単独行の変なおじさんと会話を

したりしながら3人そろって頂上を踏む。これ以上ないような快晴だ。
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 12時30分、下山開始。下りは何時間かかるか分からないがとりあえず

雪道で迷うことはない。しかし最後の植林帯で日没になったら森の中で

ややこしいことになりそうなのでテンポを上げる。

 ひいひいの竹ちゃんマンを励ましながらやっとのことで広い河原の道に

出て、ほっとする。(16時半)そこからは道がしっかりしているので

どんどん歩いて最後はヘッドラを点けながら歩いて車のデポ地迄戻る。DSCF1505

(17時半)皆さん、お疲れ様でした。帰りの終電がなくなる恐れがある

ので温泉はカットして神戸まで戻る。(23時半着)

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 NOTES

・久しぶりに地形図とGPSを凝視しながらの歩きとなった。

 地形図だけでは多分現在地の特定は難しいだろう。

 次回はまた違うトレースを付けるかもしれない。

・縦走でも雪山ならシュリンゲ数本とカラビナ数枚は必須。

 メンバー2人がどちらも0には驚いた。(次回から計画書通り持参

 すること)

・ロープを腰に直巻く方法(二重ブーリン等)や、肩がらみ・腰がらみ、

 グリップビレイ、器具なしでの懸垂下降の方法(色々ある)を覚えて

 おくことも必要。臨機応変が肝要。

2017.10.17~22 南アルプス縦走(白峰南嶺(青薙山~広河内岳)~蝙蝠岳)

2017.10.1722 南アルプス縦走(白峰南嶺(青薙山~広河内岳)~蝙蝠岳) メンバーI(記)

 

4年前の大峯奥駆(逆峯)以来となる単独縦走を計画する。

南アルプスでも知る人ぞ知るマイナールート。計画は、白峰南嶺と蝙蝠岳を繋ぐ周遊だ。

いい計画だと思ったが、季節外れの秋雨前線の影響で全行程⁉雨予報となる。

しかし、この機会を逃すと、次に歩けるチャンスがあるかどうか。

悩んだ末、雨歩き覚悟で決行とする。
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10月17日(火)『初日』 雨のち曇り
単独運転だったので、早めに家を出たが、沼平到着が午前7時を過ぎてしまう。

車は勿論、自分の1台だけ。しとしとと雨が降る中、雨具を着て、重い足取りで林道を歩き出す。
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ダム湖終点辺りが、青薙山の取り付きだ。雑草に覆われた階段を登ると、出だしから踏み跡が薄い。
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今にも崩れそうなジグザグの急坂を喘ぎ登ると、石の積み重なった小台地に出る。

ここで、右手の送電線巡視路に誤って入り、鉄塔まで登って漸く間違いに気付く。

雨で下を向いて歩きすぎた。約30分ロスする。小台地を左手に進むのが正解。

急な尾根を登りきると、トラバース道に入り、やがて沢音が聞こえてくる。

池ノ平はテント適地のオアシスだ。窪地にこんこんと水が湧き出している。時間的に所の沢越までが怪しくなったので、ここで水を汲んでおく。
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重いザックを背負い直し、谷間を登り切ると赤崩の縁に出る。足元から切れ落ちている広大な黒い崩壊地は迫力満点だ。畑薙橋付近に大量に堆積している土砂は、ここから流れ出たものだ。
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崩壊地を左手に斜面を登ると赤崩の頭。晴れていれば大パノラマだろうが、雨は止んだものの雲しか見えない。この辺りのルートが、草木が繁殖して判別し難い。よくよく探すと右手に僅かなトレースとピンクテープがある。
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このルート上にある比較的新しいピンクテープは、有難く活用させていただいた。

暫く樹林帯の谷間を縫うように進む。

やがて右手の尾根を登ると、青薙山の急登が始まる。思いのほか、足が前に出ず、どんどん時間だけが過ぎてゆく。この登りで、本日、所の沢越まで到達しないことが決定的となる。

疲れ切ったころに漸く傾斜が緩やかになり、青薙山山頂に到達する。樹林帯に囲まれ展望はないが、周辺は傾斜が緩くテント適地だ。しかし、次の日の行程を考えると少しでも進んでおきたい。
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青笹ルートの分岐を越えると尾根は細くなり、藪っぽくなる。
藪をかき分け進むと2368の次のピークでタイムアップ。秋の日没は早い。あっという間に辺りは暗闇に包まれ、初日が終わった。

 

コースタイム:沼平07500910青薙山取り付き~1205池の平12201315赤崩の頭~1605青薙山16201715小ピーク

平面距離:11.66km、累積標高:(登り)1958m、(下り)586m

水場:池の平

docomo電波:青薙山(何とか入る)


 

1018日(水)『晴天』  晴れのち雨

日出前からヘッドランプを点けて歩き出す。幸い尾根が細く、それほどルートを外す心配もない。

が、僅かなトレースとテープを疎かにすることはできない。少しでも「おかしい」と感じたら、それはルートを外していることを意味する。そう感じたなら、焦らず正しいルートまで一旦戻る。この山脈を歩く上で大事なことだ。

右手から朝日が昇り、雲海の上に富士山が浮かび上がる。何度見ても心打たれる感動の瞬間だ。
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稲又山山頂も樹林帯に囲まれ展望はない。ここから北上する際は、山頂手前を右手に折れ、トレースの判然としない斜面を下る。テープはあるが、見落とし注意。
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倒木を越えて進むと、ルートは尾根沿いにあり、薄いトレースと所々にあるテープを丹念に拾って進む。

小屋跡を越えると斜面が広がりルートがわかり難いが、右手の尾根沿いに下って行くと所の沢越に出た。

荷物を置いて5分程下ると沢の音が聞こえ、水場に着く。沢の南側は、よいテント適地になっており、昨日到達できなかったことが悔やまれた。
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布引山への登りは出だしからルートが判然としない急登だ。一旦コルへ下り、約400メートルの再急登が始まる。ほぼ尾根沿いに登るが、布引大崩れ辺りで一部踏み跡が崩壊している。
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大崩れを越えて樹林帯をジグザグ登り、最後は斜面左手の藪を進む。藪漕ぎにうんざりする頃に老平からの登山道に飛び出した。布引山山頂は直ぐそこだ。樹林帯に囲まれ展望はないが、疲れたので大休止する。
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ここから、これまでとは違い踏み跡が濃くなる。広い山頂部を下って行き、コルから再度200メートル登り返すと二百名山の笊ヶ岳山頂。嬉しいことに360度の展望で、
これが、この山行一番の展望となった。
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山頂から小笊の延長に見える富士山が印象的だ。振り返れば歩いてきた青薙山、稲又山は、綺麗に紅葉している。遙か遠くに間ノ岳も見える。あそこまで歩けるだろうか。日没までに転付峠へと思い、先を急ぐ。

椹島下降点まで一気に200メートル下り、再び這松尾山手前までの登り返し。下降点からの先の稜線も踏み跡は比較的しっかりしている。
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這松尾山付近で、周囲が雲に覆われ始める。既に天気は下り坂だ。ここで富士山も見納めとなった。

上倉沢上部のガレ縁を通過して一登りすると生木割山山頂。立派な標識とテレビアンテがあるが樹林に囲まれ展望はない。既に時間は午後2時だが、転付峠まで4時間と表示されている。やれやれ・・・。
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この先から南アルプスらしい静かで深い樹林帯が続く。辺りは雲が湧き始め、幻想的な雰囲気だ。
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小さいプレート表示のある天上小屋山ピーク(展望なし)を越えると稜線西側のトラバースルートに入る。幅の狭い踏み跡を黙々と歩く。結構長い。

トラバースが終わり、稜線沿いの樹林帯を少し下ると林道に出る。何とか日没前でホッとする。林道だが、草木が立派に繁殖し、法面も所々崩れ石がゴロゴロしているので歩き難い。
転付峠まで急ぐが、あえなく日没となり、ヘッドラのお世話になる。
転付峠直前で突然、濃い霧に覆われ、ヘッドラの光が蒸気に反射して3メートル先の視界もままならなくなる。手探り状態で何とか転付峠標識に到着。
水を汲みに行きたかったが、視界がないうえにルートが濃い笹藪に覆われていたので断念する。

するとポツリと奴が来襲し、疲れた身体に追い打ちをかけるのだった。

 

コースタイム:小ピーク05200615稲又山~0715所の沢越07451010布引山10201155笊ヶ岳12251245椹島下降点~1405這松尾山14201445生木割山~1555天上小屋山~1710林道~1755転付峠

平面距離:17.88km、累積標高(登り)1739m、(下り)2064m

水場:所の沢越、転付峠

docomo電波:布引山、笊ヶ岳、転付峠(良好)

 

1019日(木)『冠雪』  雨(霙)

昨夜から降り始めた雨は、出発になっても止むことなく降り続いた。今日の関東地方は、12月中旬並みの季節外れの寒さとなるとのこと。周囲に雪が積もっていなくてホッとするが・・・。
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暫く水場がないので、サブザックで水を汲みに行く。転付峠標識から笹藪を掻き分け、雨で滑り易い斜面を左手に下って行く。10分程で水場だ。塩ビ管から細い水が流れ出ている。水分不足の身体には有難い。直ぐ傍にテント適地がある。

転付峠に戻り、雨で展望のない林道をトボトボと歩く。予報とおり寒く、冷たい風雨が身体を刺す。
林道は直ぐに草木の繁殖が著しくなり、開通からの時代を感じさせる。この林道もいつかは、草木に埋もれていくのだろう。
途中、木々や落ち葉の上に積雪があるのに気付く。見上げれば雨に霙が混じっている。

林道を50分程進むと、各記録に載っている法面崩壊地に突き当たる。ここは法面上部を迂回する。北上時は迂回ルート終盤の下り斜面が急で崩れている。
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2
時間程で地図上の広場に到達する。晴れていれば荒川岳と徳右衛門岳のパノラマだが勿論展望ゼロ。
更に1時間程歩いてやっと林道終点の奈良田越に到着。辺りには、古い建設資材等が散乱している。
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ここからの北へ白剥山の急登となる。テープも少なく、濡れた地面と積雪でルートが判別し難い。

ルートを慎重に見極めながら、樹林帯の尾根を登ると白剥山山頂に到着。ここも樹林帯で展望はない。
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このピークの先で右手の谷に迷い込んだり、2重ルートで折り返してしまい、雪面に着いた自分の足跡でハッと気づいたりした。雨で俯き加減で歩くので、どうしても視界が狭まってしまう。

そんな天候に嫌気が差しながらも、深い樹林帯を黙々と高度を稼ぐ。

樹林帯の窪地の先から徐々に藪が激しくなる。怒涛の藪漕ぎの始まりだ。
序盤はシャクナゲの藪と格闘しながら尾根上を進む。
尾根を左に越えると這松帯の露地に出て、漸く雲に見え隠れする笹山南峰を捉える。
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尾根左斜面の這松帯を漕ぎながら、僅かな踏み跡とテープを探しながら進む。ルートを外すと這松地獄が待っている。風雨の中、ただでさえ消耗しているので、それだけは避けたい。水分をたっぷり含んだ這松漕ぎで登山靴は水浸しだ。

ルートは尾根上に戻り、谷間を登って、再び尾根左斜面に出る。うんざりする這松漕ぎと脆い露地を交互に越えて行く。砂利の斜面でルートは直角に右に折れ、広場(テント適地)に出る。そこから左手に一登りで笹山南峰に出た。
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藪漕ぎで全身ずぶ濡れ状態なので、立ち止まると急速に身体が冷えていく。樹林帯の陰で行動食を詰め込む。

ここから先は笹山ダイレクト尾根を利用するハイカーが結構いるので、踏み跡は濃くなる。翌日の天気次第だが、とりあえず白河内岳手前の森林限界まで進むこととする。

展望のない笹山北峰から一旦下り、少々ルートが不明瞭な露岩帯を越える。

その先の濃い這松帯を抜けて、樹林帯を一登りすると白河内岳手前の森林限界台地に出た。
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ここからは暫く吹き曝しの稜線となる。相変わらず、冷たい風雨が西から東に吹き抜けていく。

全身ずぶ濡れの辛い一日となった。

 

コースタイム:転付峠05100520水場~転付峠05450625乗越~0740広場~0850奈良田越09101020白剥山~1230樹林帯の窪地~1350笹山南峰14151420笹山北峰~1525白河内岳手前

平面距離:13.49km、累積標高(登り)1646m、(下り)863m

水場:転付峠
docomo電波:笹山南峰、白河内岳手前(良好)


1020日(金)『疲労』  雨

雨は断続的に降り続いていたが、昼頃から明日の午前中までは一旦止むとの予報。台風も本土接近が23日以降とのことだったので、予定通り進むことにする。

暗いうちから歩き始めたが、白河内岳南面は広い。少し進むと暗闇でルートを失った。ここは迂闊に進むと這松漕ぎで大変なことになる。2年前のそれを思い出す。おまけに雨の日出特有の濃い霧が辺りを包み、ライトが反射して方向が定まらなくなる。ここは落ち着きと慎重さが必要だ。

幸い南斜面のど真ん中を進めばいいことは分かっていたので、這松帯を慎重に躱しながらガレ場を登ると上手い具合に山頂に出た。ここから先は吹き曝しの稜線となり、西から吹き抜けていく風雨が強くなる。

広大な山頂を右手に下り稜線沿いを大籠岳へ進む。西からの風雨をもろに受け、左半身が凍える。

大籠岳直前は濃い這松帯なので、斜面右手の稜線沿いから下り、低い這松帯を抜ける。

大籠岳から稜線の西側の踏み跡を北上し、2772ピークを越えたあたりで、漸く雨が小降りとなる。
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稜線西側斜面のルートを外さないように下る。

緩い登りからルートは左に直角に曲がり、広河内岳への急登が始まる。
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稜線沿いをジグザグに登ると小ピーク。冬仕様が始まった雷鳥ファミリーがウロウロしていた。
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小ピークから右手の稜線沿いを登ると広河内岳山頂に着いた。風が強く、とても休める状態ではない。写真だけ撮って進む。
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ここから先は一般登山道だ。

一旦大門沢下降点まで下り、稜線の東側陰で、少し行動食を補給する。

ここから農鳥岳までは稜線東側斜面の登りなので、若干風が和らいだのが有難かった。

農鳥岳山頂東面の陰で再度エネルギーを補給し、西農鳥岳へのトラバースに入る。
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予想通り風がきつく、雨が降ってないのが不幸中の幸いだった。濡れたガレ場のトラバースと登りは思いのほか時間がかかる。

西農鳥岳を越えて視界の効かない急坂を下って行くと突然、農鳥小屋が現れた。人気のない小屋を過ぎて三国平へのトラバース道分岐手前で一息つく。すると雲が切れ始め、少しだけ周囲が見えるようになった。

一休みして西の間ノ岳斜面に見え始めたトラバース道に進もうとしたが、情けないことに記憶違いで分岐がわからず、行ったり来たりを繰り返し、大幅にタイムをロスする。悪い思い込みの典型だった。

何とかトラバース道に辿り着き、農鳥沢を越えて登り切った頃には、疲労感満載となっていた。
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農鳥沢を越えると起伏は少なくなるが、トラバース道は延々と長い。
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三国沢の水場で一休みしてからも長く感じた。

三国平に着く頃、再び辺りは雲に覆われポツリと雨が降り始める。

電波が入ったので天候をチェックすると、台風21号の本土接近が早まり、明後日から暴風雨予報。しかも、その影響で前線が活発化して明日の朝から雨が降り出し、大雨とのこと。蝙蝠岳を越えての下山を急がなくてはならない。

さっさと下って熊ノ平に着きたかったが、既に足取りが重い。残念ながら、雨の中、雪投沢まで3時間かけて歩く気力が湧かなかった。ここは切り替えが必要と割り切る。今日は思い切って早く休み、明日超早出で頑張るしかない。

10年振りの熊ノ平は、水も豊富で変わらずオアシスであった。


コースタイム:白河内岳手前04550535白河内岳~0620大籠岳~0750広河内岳~0815大門沢下降点~0915農鳥岳09251005西農鳥岳~1045トラバース分岐手前11051210農鳥沢~1300三国沢~1350三国平~1420熊ノ平

平面距離:12.08km、累積標高(登り)1144m、(下り)1329m

水場:三国沢、熊ノ平
docomo電波:農鳥岳、トラバース分岐付近、三国平(良好)、熊ノ平(なし)


1021日(土)『核心』  曇りのち雨

深夜零時に起きて、午前1時に出発。幸い雨は止んでおり、直ぐに降りそうでもない。暗闇の樹林帯をヘッドラ頼りに黙々と進む。

1時間半ほどで小岩峰に到着。10年前は、朝日に照らされた周囲の稜線に感動したものだが、今日は周囲のぼんやりとした稜線が見えるか見えないかだ。

2542のコルで一休みし、見覚えのある北荒川岳の登りにとりかかる。登りの最後は変わらずの這松帯で、漕いで行くと見晴しのいいはずの頂上に出た。正面の暗闇に塩見岳の山容がぼんやりと浮かび上がる。

エネルギーを補給して崩壊地の縁を進んでいくと、例の日出前の濃い霧に包まれる。ライトが反射して視界が効かない。広いガレ場でルートを失うとはツイてない。記憶を頼りにガレの縁をゆっくりと進んでいくと、旧テン場の白い小屋が現れた。何とかルートを外さずに済んだ。

ここからは再び踏み跡を辿る。一般道の割に藪が煩く、葉に着いた雨露でどんどん身体が湿っていく。日出を迎えたが、塩見岳からいかにも降り出しそうな雲が越えて来る。吹き曝しの稜線で悪天に捕まるのだけは避けたい。

雪投沢から、北俣岳分岐への急なガレ尾根を急いで登る。しかし、登りで遂に雨が降り出す。天気は早くも下り坂だ。
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ガレ尾根の上部は急峻だ。登ると足元から崩れていくので消耗する。踏ん張って登り、6時過ぎに北俣岳分岐へ到着。雷鳥ファミリーがウロウロしているのを見て少し心が和む。

残念だが、塩見岳は割愛して先を急ぐ。細い岩尾根を慎重に越えると北俣岳。標識はない。
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ここから晴れていれば気持ちがいいであろう広大な砂利の稜線を蝙蝠岳に向かって進んでいく。雲の切れ間から時折、蝙蝠岳が見え隠れするのが救いか。
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広大な稜線を下り切ると、蝙蝠岳への登りに入る。頂上まではいくつもの肩を越えて行く。頂上と思って越える度に、落胆することを繰り返す。しかもルートを這松が覆い尽くしているので、掻き分けながら進まざるを得ず、頭の先から爪先まで全身ずぶ濡れとなる。これには正直参った。

偽ピーク?に落胆すること数回、やっと這松も低くなり、次かと期待して登っていくと二本の標柱が見えた。
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ここが蝙蝠岳のピークだった。
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振り返れば鎧兜のような塩見岳、南西には不気味な雲に覆われた悪沢岳が見えた。この天候で、これだけ見えただけでもラッキーだった。
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一時、感慨に耽った後、蝙蝠岳に別れを告げ、下降に移る。

ガレの斜面を右手に下って行く。地図では踏み跡なしとなっているが、所々にケルンが積まれている。踏み跡は蝙蝠岳北面よりも濃いと感じた。尚も這松帯の稜線を下って行くとガレ縁の四郎作ノ頭に到着。

徐々に雨脚が強まってきたが、ここから左手の森林限界下に入る。安全圏に入ったので、後は少々天候が悪くなろうとも何とかなる。踏み跡はしっかりしているが、ここからやたらと倒木が多くなる。
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濡れて蒸れ、擦れた両足は腫れあがり、下る度に痛む。しかし二軒小屋まで延々と1200メートルの下り坂なので泣き言は言っていられない。幻想的な南アらしい深い森が唯一の慰めだ。

樹林帯を下り2581ピークを右から回り込むと、再び徳右衛門岳への登りが始まる。徳右衛門岳は少し上空が開けた樹林帯に囲まれたピークで、展望はない。小さなプレートに徳右衛門岳とあった。
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少し先で雨を避けながら、登山靴を脱ぐと両足は悲惨な状態だった。これだけ濡れていては、テーピングも無意味だ。靴下を絞り、気合を入れて下る。

一度の休憩を挟み、長い尾根の樹林帯を時に滑って転びながら、がむしゃらに高度を下げる。やがて尾根は急峻になり木の根を掴みながらの下りとなる。右手の大井川西俣の沢音が近くなったころ、中部電力管理棟に飛び出す。雨は相変わらず降り続いていたが、周囲の尾根は立派に紅葉していて綺麗だった。
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ここから一下りのはずだったが、この下りが最も悪かった。急な細い尾根上で、苔が生えた滑り易い石、下り方向に伸びる木の根が多く、その上に濡れた落ち葉が積み重なり、滑らずに歩く方が難しい。

しかし、この急斜面で転ぶ訳にはいかない。慎重に一歩一歩下るしかない。最後の核心を下り切り、林道に辿り着いてホッとする。ここから蝙蝠岳へ登るとなると、いきなり萎えそうだ。

二軒小屋まで林道を歩いていると入山日以来の人に出会う。二軒小屋の宿泊者だった。30分程で小屋に到着。
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当初は、テント泊後、翌日、林道約20キロを8時間かけて歩いて沼平まで戻る予定だった。しかし、明日は既に台風接近により大雨予報。それを気遣ってくれた受付のお姉さんが、小屋は素泊り可能で、それなら宿泊者扱いとなり、二軒小屋から畑薙ダムまで車で送って貰えると教えてくれる。ここまでの行程と明日の天気を考えれば、林道歩きに拘る必要はない。ここは素直に素泊まりとさせて貰う。

少々値は張ったが、荷物を乾かせ、何より風呂に入れ、暖かい布団で眠れたのは有難かった。

ベッドで山行の余韻に浸りつつ、激しくなる雨音を聞きながら、受付のお姉さんと小屋に感謝するのであった。

コースタイム:熊ノ平01100240小岩峰~0425北荒川岳04300535雪投沢~0610北俣岳分岐~0635北俣岳~0810蝙蝠岳08250900四郎作ノ頭~1030徳右衛門岳~1255中部電力管理棟~1410登山口(林道)~1445二軒小屋

平面距離:20.15km、累積標高(登り)1599m、(下り)2780m

水場:二軒小屋

Docomo電波:北俣岳分岐、蝙蝠岳(まずまず)、二軒小屋(なし)

 


10
22日(日)『台風』  大雨

6時少し前に起きて、小屋のテラスで朝食を摂る。雨は、昨日より激しさを増している。

雨が降っていなければ、最高のロケーションだが、台風が相手では仕方ない。

いつか、この山行を振り返る歳になった時、この小屋に泊まってみたいなと思った。

送迎の車を待っていると、今後の雨で林道の状態が悪くなると予想されることから出発が早まるという。

小屋の宿泊者7人に交じり、四駆のバンに載って椹島に向かう。各沢から流れ出した水で、既に林道は川の様になっていた。

椹島には宿泊者はおらず、同じ車で畑薙第一ダム向け出発する。長い林道を車で揺られながら、歩きじゃなくて良かったとしみじみ思った。

沼平のゲートで下ろしてもらい、ポツンと停まる愛車へ。下山連絡したかったが、二軒小屋から沼平にかけては電波が入らない。

せっかくなので白樺荘に寄って温泉に入り昼食を摂る。柔らかいぬめりのある泉質で、さっぱりできた。

暫く車で走り、田代付近でスマホをチェックすると会長から着信ありの表示。折り返し下山連絡を入れる。

ご心配かけて、すみませんでした。

帰りの高速では、大型台風の猛烈な暴風雨の洗礼を浴びまくるが、何とか無事帰宅できた。

雨山行の〆が「台風」とは・・・、自分の「雨男」全開⁉ぶりに哀しくなるのであった・・・(完)


中央アルプス 南木曽山

中央アルプス 南木曽山(なぎそやま)     平成29年10月27日ー28日

                          Y村、T内、T(記)

  金曜夜発で念願の(?)安平路山に行く予定だったが、先週土日の21号に続き、今週土日にも律儀にも台風22号が日本列島を縦断してくれそうな気圧配置だ。予報を聞いても大雨なのか曇りなのか気象予報士さえ判断できないような台風君のおかげで山に行く判断も付きかねる。

 とりあえず出発してラジオの天気予報を注聴するがどうも日曜日が一番荒れそうなので、安平路に登るには林道を最奥部まで車で詰めなければならず、途中で山崩れでもあれば万事休すだ。
登山道に限れば別に問題はないが)

 協議の結果、手前にある南木曽山ならば登山口と頂上にも避難小屋があり、林道も短いので300名山でもあるし、こちらに変更しようということになる。しかし携帯は圏外で変更の連絡はつかなかった。夜中の1時過ぎ、登山口に到着。まだ雨は降っていないのでテントでも良かったがせっかく快適な小屋もあるので使わせて頂く。朝までに数台の車が来たようだが、皆台風接近の予報のためか帰ってしまった。我々は土砂降りでも行く。槍が降ったら中止だが。
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 しかし朝、目が覚めると結構雨が降っていた。くじけそうになるが、合羽を着こんで出発する。雨は降ったりやんだりの連続で訳のわからん天気だ。

 コース図では山頂まで4時間くらいなのでそう焦らずに登る。この山は珍しく入山と下山が周回コースで一方通行に決められており、時計回りに歩くことになっている。何故そうなっているかは周回してみて何となく分かった。登りも下りも木製の梯子場が多く、これをすれ違うにはかなり時間のロスが発生するのでそれを避けるためだろう。結局山で出会ったのは昨日に頂上避難小屋で泊まって下りてきた夫婦2名のみだった。
 水場は金名水というのが下の方にあるだけなので、各自2Lを余分に担ぎ上げる。何回か休憩を挟み、約4時間半で山頂避難小屋に到着。いつになっても小屋が目の前に現れた時はホッとするというかなんとも安堵した気持ちになる。そこで鍵でもかかっていたら、雨の中ツエルトで3人固まって震えながら一晩過ごすことになるので天国と地獄の差だ。
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変なポーズを決めるY係長


 

さて、小屋の中は広くテントなら4つは張れそうだ。暫くしても他のパーティも来ないので、貸し切りとなる。あとはもう酒を飲むしかやることがない。これは至福の時間だ。甘酒の日本酒割り、焼きアナゴ入り熱燗、リンゴ、何を食べたか思い出せないくらいで最後に牛すき焼きとなったがもうお腹も満腹といったところだ。カロリーオーバーで血糖値が怖い。

 18時おやすみ。あーよく寝たと目が覚めたら22時だった。

 一晩中悪夢にうなされながら次に目覚めるとすでに朝食のラーメンの準備をしてくれている。うーんこれは楽ちん。ワシは食べるのが仕事だ。今まで、テントで雑用係として水を作っていたのが嘘のようだ。朝からビールを胃に流し込み、ほろ酔い気分で下山を開始する。(マネしないように)
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雨の階段下りは大変
おっととっと

 しかし台風のせいかやや風がきつい。昨夜はラジオを聴きながら寝たが、ヤナーチェクの弦楽四重奏だけが感動できた。山ではクラシックに限る。それも器楽独奏曲よりも四重奏やオーケストラがよい。なぜかと考えてみたが、山々にある木や葉、風や太陽、雨や鳥や星や虫や動物達の色々な単体が組み合わされて自然ができている。そこに流れるのはアコースティックな弦楽曲だ。スメタナ、ドボルザーク、チャイコフスキー、シベリウス、コダーイ、ヤナーチェク、フォーレ、サン・サーンス、シューマン、シューベルト、・・挙げだしたらきりがない。しかしラジオから流れるのはポップな電気音楽と雑談程度のディスクジョッキーばかりでうんざりする。 (閑話休題)

 さて、棒ラーメンもおいしく頂き、雨の中意を決して下山を開始する。予定行動時間は3時間半。下りは延々と木製の梯子が続き、踏み外して大けがをしないように慎重に下りる。11時、最後に男滝と女滝を鑑賞して無事誰もいない駐車場に到着。本降りの雨の中、小屋がなければ荷物の整理も大変だが、有り難い避難小屋の中でゆっくりと荷物整理をする。岐阜県さん、有難う。途中、しなびた温泉を発見し入湯。弱アルカリ性のさわやかなお湯だった。やや狭いが、檜風呂もよかった。帰りは本格的に台風がやってきて、土砂降りの雨の高速を慎重に運転して神戸まで戻る。途中事故現場遭遇。

 参加の皆さん、お疲れ様でした。天気の悪い時は本当に山小屋はあり難いですね。それにしても毎月毎週雨ばっかり。うんざりです。しかも翌日から晴天続き。なんじゃこら。。。(完)

 

 

2017年10月7-9日 前穂高岳北尾根

2017106日、メンバー、T口、M田、M()

いよいよ出発の日、夜自宅に集まり1台で長野県へ、土砂降りの雨に不安を覚えつつも、大きな期待感も同居しており、なかなか複雑な心境だ。

去る一月前、10月の3連休を使って、前穂高北尾根へ行こうという計画が持ち上がった。まだ入会して日は浅く、山行へ参加していない身だが、その魅力的な提案に飛びつき、参加を表明した。当初経験豊富な先輩を含む6人で行く予定だったが、都合が悪くなり、計画が中止となった。しかし残った初心者3人は諦めきれずに、北尾根の計画を推進することにした。3人とも穂高は初めてで周りから不安の声もあったが、事前に情報を集める、雪彦山でマルチピッチの練習をするなど準備を行い、挑戦することになった。

 

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未明に平湯のあかんだな駐車場へ到着、やはり三連休ということで、3時半開門の駐車場には20台ほどの車の列が出来ており、最後尾で仮眠とするも後からどんどん列は伸びていった。4時頃、周りの車が慌ただしく動き始め、熟睡している何台かを追い抜いて、バス停の近くに駐車できた。装備を整え荷物を背負うとズシッと重く、先行きの不安が強まってくる。バスは臨時便もあり早めに上高地へ到着、トイレを済ましレインウェアを羽織って、いざ出発。T口さんは上高地に幼い頃に来た以来で、M田君は上高地初めてとのことなので、お猿だらけの河童橋を渡って、風景の綺麗な自然探索路を通っていくことに、三連休の上高地とは思えないくらい人が少なく、重荷に体を慣らすには丁度良い。



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(上高地は猿だらけ)


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(静かな自然探索路) 



 新村橋を渡ると、雨も弱くなったのでレインウェアを脱ぎ、奥又白谷登山口から進んで行くと、徐々に斜度が上がり始める。涸沢方向への分岐を奥又方向へ進むと、松高ルンゼと中畠新道の選択を迫られる。松高ルンゼは厳しそうなので、右の尾根に向かうと入り口にレリーフがあり、かなりの斜度で手と足を使って登って行く。

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(真ん中がルンゼ、右側の尾根に進む) 

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(入り口のレリーフ)

それにしても背中が重い、重すぎる。高度があがるほど息切れも激しく、休み休み登っていくと、踏み跡が大きく左へ曲がる所で、翌日のコルへ行く分岐を発見。そのまま進むと尾根を越えた瞬間目の前に池が現れる。非常にドラマティックでここが天空の別天地、奥又白池かと感慨にふける。見えるテントは2張、池の奥の小山の近くに広めの場所があり、4人用テントを広げる。雨が強くなってきたので、翌日の偵察は諦め、相当早めの晩ご飯にする。暖めたおでんがうまく、残った汁にご飯を入れるとこれまたご馳走に、歩く時は重い荷物のビールに感謝しつつ、寝不足なので早々にシュラフに入るとまどろんで行った。

 

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3時過ぎに起床、雨は完全に止み睡眠も十分、4時過ぎにヘッドライトを付けて出発。分岐を越えたところで、湿った岩に足を取られて転倒してしまった。傾斜がゆるめの所なので大事には至らなかったが右腰を岩に打ち、痛みと共に進むことになってしまった。気を引き締めよう。谷には雪は無く、浮き石だらけのガレ場を進むと、途中のケルンを最後に目印が無くなった。5.6のコルへの道は尾根を登って行く道なので、前方の尾根に目星を付けて、踏み跡を進む。しかし、途中から非常に厳しいクライミングで行き詰まってしまい、道を間違えた事に気付く。やや明るくなってきて、先の尾根に踏み跡っぽい物を見つけ、トラバースするか悩んだが、懸垂下降で谷まで戻る事にした。すると後発のパーティーが谷を歩いているのが見え、我々より大分下の方向へ歩いて行く、懸垂を急いで谷に戻り、下るとペンキの丸マークが一杯あった。


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(正しいルートには丸ペンキ)   

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(取り付きの丸を見つけて進む)

バリエーションルートは目印は無く、地形と踏み跡を見て進むという先入観と下調べ不足が失敗のもとであった。そこから正規ルートを登ると、まもなく先ほどのパーティーに追いつく、我々は5峰の尾根に登っていたようで、驚いたとのこと、北尾根からA沢を降りると告げると、「A沢は登るより降りる方が危ないから気をつけろ」との助言を頂き、更に気が引き締まる。5.6のコルへは8時着で予定より遅いが、景色の美しさに感動。


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      (コルからの眺めが素晴らしい)


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    (涸沢はテントだらけ)


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(草付き5峰)

 

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(浮き浮き
4峰)

いよいよ北尾根に向かう。5峰はのんびりだが4峰は岩が抜けやすく浮き石も多い。ルートファインディングが難しく、石が動かないか確かめながら怖々進むと、3峰に数パーティー取りついているのが見える。3峰の下に着き、広島から来たパーティーと話していると、「さらに前のパーティーには岩登り未経験者がいる。既に1時間半以上待っており、涸沢に下るのを諦めて、奥穂高の山荘に泊まろうかと考えている」とのこと、また我々の行程を話すと「夜のA沢下降は危ないから、ビバークした方が良いのではないか。」との助言を頂き既視感を覚えると共に、前穂高山頂14時をレッドラインに定めた。先行パーティーが進み、2ピッチ登ると、出発前にO島さんから頂いた助言を思い出し、ロープをまとめて涸沢側を回ると先行パーティーを追い抜いてトップに出た。2峰を懸垂で降りると、前穂高山頂に到着。


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 (岩登り3峰)     


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(前穂高山頂)

山頂にいた登山者に「どこから登って来たのか」と驚かれた。また、先行していた未経験者を連れたパーティーのリーダーが「渋滞起こして申し訳無い」と話してきて、聞くところによると「前日涸沢で懸垂下降の練習をした」とのこと。初心者3人の我々も我々だが、なんともすごい話だ。広い山頂で景色を楽しみ、写真を撮っていると、タイムリミットが近付いてくるので高度計を調整し、明神方向へ降り始める。三本槍がどれのことか良く分からなかったが、左方向を注意しながら降りていくと、3000m付近でピナクルに赤テープを発見、そのまま進むと懸垂支点も発見。



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(下の方に赤テープ)

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                 (奥が懸垂支点)


次の懸垂支点が分からないので、60m50mのロープを結び、とりあえずA沢を降りてみることに、すると30mほどで次の懸垂支点を発見。しかし、岩にかけたダブルロープが、どれだけ引っ張っても動かない。3人がかりで力をかけたが、それでも動かない。時間もどんどん進み、焦り始める。結局、M田君が登り返し、ひっかかりを外し、歩いて降りてきた。自然の岩のエッジがきついのか、今後の対策を考える必要があるが、何より下降を急ぐ。ダブルロープはさばきづらいので、シングルに変更し、懸垂下降を続ける。25m一杯のあたりに次々懸垂支点があり、4回ほど懸垂したところで、踏み換え点へ到着。このあたりで大分暗くなり、ヘッドライトを装備する。傾斜が緩やかになると歩けるので、懸垂して降りたら歩けると思い2回懸垂、もう暗くて次の懸垂支点が見つけられない。谷はガレてて、一歩毎に岩が崩れる。ビバークするか強行するか悩んだ末、T口さんが下方に奥又白池のテントの明かりを発見し人の声がしたので、改めて地形図を確認、地形と奥又白池の方向、方角を確認したら間違いない。谷はガレてるが、草も付き始め歩けなくはなさそうな傾斜、何より水が残り少ない事から、強行を決断、お互いの落石に注意しながら下ると谷の左側にしっかりした踏み跡を発見、注意しながらも安堵し、踏み跡を下ると、突然目の前にテントが現れた。8時到着なので、行動時間ゆうに16時間を要してしまった。乾いた喉を水で潤し、人心地ついたところで食べた麻婆春雨とご飯、行動食の残りの柿ピー、虎の子のビールがうまくないはずが無い。周りのテントが就寝してるので、静かに無事を喜び、あたたかいシュラフに潜り込んだ。

 

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5時に目覚め、テントを出るとまた素晴らしい快晴。朝日の当たる前穂を見ると、昨日下ってきた中又白谷が見え、あんなところを下ってきたのかと驚く。


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(今日も快晴)

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      (逆さ穂高)

天気が良いので、荷物をまとめ、外の石のテーブルで朝食のラーメンを作る。温かくて塩分と炭水化物をとれるラーメンに餅を追加して、万全の朝食を頬張る。多少テントを乾かし、7時過ぎに撤収。荷物を担ぐとやはり重く、二日目に打った腰にベルトが当たり痛い。初日より軽いハズだがあまり実感が湧かない。しかし下りなので、ペースは全然速い。所々危ないので、注意しながらも、あっという間に下ってきた。徳沢でカレーの臭いに誘惑されつつ、ソフトクリームと前穂高のバッチをゲットするとバッチのデザインはなんと北尾根。大勢の登山者を見て、晴れた10月の三連休の力を思い知らされると共に、バス待ちに危機を感じて上高地へ急ぐ。バス待ちは長蛇の列だったが、下山報告しながら待っていると、次々バスが来てそう待たずに駐車場へ到着。平湯のバスターミナルの温泉で三日分の汚れを落とし、バスに置き忘れたM田君の財布を回収し、飛騨牛の鉄板焼きを食べて帰神。高速は多少渋滞していたが、許容範囲。非常に天気に恵まれて、紅葉に染まる美しい山々を眺め、楽しい思いと共に反省点も多く、色々勉強になった山行であった。

 

読書感想文

沈黙の山嶺」  第一次世界大戦とマロリーのエベレスト

                                                                                                                
                                       岡島

養生中に読んでいた山の本の感想、と言うか、あらすじの紹介です。

 

エベレストに初登頂したのはヒラリーとテンジンということはご存知でしょう。しかし、それ以前からエベレストへの挑戦は行われていました。1924年にマロリーとアーヴィンが頂上に向かったまま行方不明になってしまったのですが、本当は初登頂していたかもしれないという話です。また、「何故山に登るか?」とのしつこい質問に対して、マロリーが“Becouse it‘s there.”と返答した話も有名です。

 この「沈黙の山嶺」は単にマロリーのエベレスト登山記ではなく、19世紀末から第一次世界大戦、大戦後の1920年代にかけての大英帝国、インド、チベット、清朝、ドイツ帝国、ロシア帝国などの文明の衝突まっただ中の世界史の大変換期の中で、エベレストを舞台にした世界最高峰の初登頂に挑むアルピニスト達の実録です。

 前半は殆ど第一次世界大戦の西部戦線の話です。と言うのは、1920年台の登山家の殆どは戦争の生き残りなのです。当時のヒマラヤ遠征隊とは、国家のミッションを受けた戦闘部隊のような組織でした。

 

 

 主人公のマロリーは1921年4月8日にマルセイユを汽船で出発し、キャラバンの出発点となるダージリンに5月11日に着いています。そしてエベレストの登山口ともいうべきロンブク氷河のベースキャンプを見つけたのが6月の終わりです。やっと、そこから登頂可能なルートを探し始めます。そして北東稜のノース・コルに至ったのが9月20日過ぎでした。今でこそ、エベレストの登頂時期はプレモンスーンの5月後半がアタック・ラッシュというのは常識で、天気予報で登頂日を決める時代ですが、当時は気象条件も殆ど未知だったのです。

ここまでが第1回目の遠征です。登頂可能なルート探しが目的でした。またチベット側は地図の空白地帯なので三角測量による地図作成も重要な目的でした。

 
 翌年の1922年、早くも第二次遠征隊が送り込まれます。この時に最も高い高度まで達した隊員がフィンチという技術者で、酸素ボンベの装備係りでした。
フィンチは、登山の素人の軍人、ブルースと二人で8321メートルまで達しました。5月26日でした。帰路は夜になりルートを見失う危険に遭遇しますが生還しました。

 更に、マロリーの頂上への執念は強く、第3次アタックが計画されます。酸素の有効性を痛感した彼は、酸素ボンベと高所キャンプを担ぎ上げるためのポーター14人を伴って、再びノース・コルを目指します。しかしコルへ上がる斜面が雪崩れて7人のシェルパが死亡するアクシデントが起こります。これで第二次遠征隊は幕引きとなります。

 
 第三次遠征隊は1924年。途中は割愛してマロリーの最期の状況だけ。最終キャンプのC6を出発したマロリーとアーヴィンが頂上ピラミッドの基部を登っていく様子を、キャンプ5にいたサポートメンバーのオデルが確認しています。6月8日の12時50分。これが彼らの最期に目撃された彼らの姿でした。

 

 この本の最終章は現代に飛びます。かつてのチベット側からのルートは、中国隊の独壇場となっています。ロンブク氷河の入口までジープで入れるそうです。

 「昔の登山姿の遺体が北東稜に転がっていた。」との情報が、中国の登山家から報告がありました。積雪の非常に少ない年で、鋲靴にゲートルの格好をした遺体が雪面から出ていました。戦前の登山者です。そこからマロリーの遺体の捜索が始まります。頂上アタックに向かったときマロリーはコダックのポケットカメラを持って行ったことが判っています。もし彼らが頂上に達していればそのフィルムが残っているかもしれません。








比良 八池谷 

比良 八池谷                                                                 平成29年9月24日
                                                                           前田 山村 橘(記) 

  あまりパッとしない谷名だが、色々調べてみると日本でも有数の秀渓であるらしいことがわかり、
期待してガリバー旅行村へと車を走らす。登山者用の駐車場に車を停めさせて頂き、少しアルコール
を注入してから眠りにつく。Yさんは明日に備えてか宴会にも参加せずに早々と寝ていた。
 翌6時過ぎ起床。天気は快晴で、これなら沢に入れそうだと期待する。暫く林道を歩いてから魚止
の滝を目指して沢に下りる。 いきなり秀麗な滝が現れるが、心の準備も出来てないので巻かせて頂く。
 その後もいくつも綺麗で均整のとれた美しい滝が現れるので極力沢沿いに登る。よく見ると左右に
整備された巻き道も垣間見れるのでここは度胸を決めてゴルジュに入らねば、山の男がすたる。
 さて、美しい滝を越えていくとあっけなく大擂鉢に来た。ここも風景がよく、一幅の絵の中にいる
ようだ。しかしやや人工物が多く、やたらと鎖や鉄のステップ、緑の残置ロープなどが出てくる。
 それはそれであると安心ではあるが・・。ロープは50mを持参したが、小滝の乗越ではやや長すぎて
持て余した。特にロープワークに慣れていないと、出すたびにスパゲティが絡まるので解すのにも
時間がかかる。最後に貴船の滝が現れ、そこは圧巻の風景だった。そこを左の梯子で越えると次第に
両側に走っていた登山道も消え、滝を登るか、高巻きするかしかなくなる。次々に現れる6~8m位の
滝の乗越が非常に楽しい。直登を諦めて高巻くと上へ上へと追いやられ、遂には踏み跡も無くなる、
ということが2,3度有って懸垂などして基部に戻り、よーく観察してみると弱点が見えそこを登ると
意外とするりと抜けられる。だが、落ちたら大けがの高さなのでロープと支点用のカム・ナッツ類、
大スリング等は必携だ。そのうちに午後3時を過ぎ、この調子では釣瓶岳どころではなく、早く広谷へ
到達し、一般登山道を歩いて戻ろうということでペースを上げる。午後3時半、広谷着。栄養補給を
して、約1時間半でガリバー旅行村の駐車場に戻る。下山が楽な沢は有り難い。大峰ならもう少し
必死で歩かねばならないだろう。さて、下山は楽だったが、帰りの湖西道路がよく混み、結局温泉にも
入れずに神戸まで戻ることとなった。めでたしめでたし。
                                                        (完)
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