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錫杖岳は,漫画「孤高の人」を読んでから憧れの山であった.
北アルプス全山縦走の最後の山で,主人公がフィギュア4も交えたテクニカルなフリーソロで未踏ルートを登っていた.
今回は入門の3ルンゼだけど,それでも憧れの山に取り付けるのは嬉しくもあり,自分の実力が通じるか不安でもあった.
大阪からは5時間ほどのアプローチ.
深夜に槍見温泉周辺の駐車場に到着し,仮眠をとる.
SAエリアのトイレにダウンを忘れ,岩瀬さんをざわつかせるも,結局車内で見つかった.
おっちょこちょい長谷川の2つ名を賜った.
結局ほとんど寝れず,行動スタート.最初はトレースがあったが,北沢出合からは3ルンゼに向かって斜面をラッセルした.
少し平らなところでテントを張ってデポ.
幕営地から見る前衛壁がおどろおどろしく,本当に登れるのか不安だ.
それでも壁に近づいて3ルンゼの中を見ると行けそうだと感じた.
3ピッチ目,リードでいかせてもらう.中間部のチョックストーンが結構難しい.2回ほど上り下りしてホールドを探る.
左手のフェース上をアックスで探り,1つ1つホールド見つける.徐々に登るイメージを固まってきた.
よし,行ける.
1手目,左手ショート順手で1cmほどのカチにアックスをかけ,足を上げる
2手目,右手ショート逆手で1cmほどのフレークにアックスを横がけしてさらに体を上げる.
3手目,チョックストーンの左側のベルグラに左のアックスを優しく刺す.
4ピッチ目は岩瀬さんリード.岩穴を登って行く.
楽しい!って言いながら登って行くので見ているこちらも楽しい.
でもフォローでは気が抜けて変なムーブして疲れた.というかベルグラで普通に緊張する.
岩瀬さんが格好良い!アルパインクライマー長谷川!とめっちゃ褒めてくれた.
チョックストーンを超えると,さらに上にチョックストーンが見えた.6ピッチ目のだろう.
このルート,チョックストーンだらけだな.
ピッチを切ろうか迷いながら,とりあえずチョックストーン直下まで行く.
左手は人工ルート,右手はフリーのルートらしいと思い出す.
右いけそうだな.疲労もないからこのまま行こう.
岩瀬さんには申し訳ないけど,でも登りたいという自分の気持ちを大事にしたかった.
壁を目の前にすると怖いと思うことの方が多いのだけれど,今回はとても楽しい.
恐らくチョックストーンはボルダーチックで,普段のジムの感覚と近いのだろう.
しっかりオブザベして,イメージを固める.
右側のルートは,よく見ると3ピッチ目のフェースより良いホールドが多い.
それを繋ぎながら上がっていき,チョックストーンと壁の間にアックスを差し込んだ.
これで安心,さあ上がろうと顔を上げると粉吹雪が顔面を直撃した.やべ,息できなくなる.
一旦顔を下げ,アックスにぶら下がってレスト.バラクラバを上げる.やり過ごしてから登ろうと思ったが,一向に粉吹雪が止まない.
2回目,待っても仕方ないから正面突破!しかし,目が開けられず押し戻され,もう一度アックスにぶら下がる.
3回目,目をつむりながらエイヤで上がろうとすると,左アックスで刺してた氷雪が壊れた.なんとか岩間のアックスで保持し,またぶら下がってレスト.
岩間のアックスのグリップレストにどんどん雪が積もり固まり,握れなくなってくる.次がラストチャンスかな.
4回目,左のアックスをよく分からないところに刺して正面突破を試みる.やっぱり吹雪がきつい.
これ以上はきついので,右の側壁に垂れるスリングでA0した.そのまま雪壁を登り,灌木で終了点とした.
あーあ,やっちまった.けどA0したポイントを見ると,そこだけ竜巻のように吹雪が滞留していた.
でも下部の岩とベルグラのパートを越えれば登れそう.もっと強かったら行くんだろうな.もっと強くなりたい.
グラスホッパーはやはり格好良いルートだな.いつか絶対登ろう.その時は3ルンゼから継続して登りたい.
2日目は快晴.青空を突く前衛壁の格好良いことよ!!
見ていると,他の山登ってる場合じゃねえなと思えてくる.
昨日の夜は30cmほどの降雪があり,本日は快晴.普通なら雪崩を警戒するところである.
しかし,昨日会心の登りができたこと,格好良い壁を目の当たりにして新たな目標ができたこと,仲間も同じ志を抱いており会話に夢中になったことですっかり頭が一杯になり,警戒を怠っていた.
飲み込まれる前の数秒で,あ,これは生きれるやつだと感じた.流量はそれほどでもない.
それでも雪に埋もれながらゴロゴロ横回転で落ちていった.視界は完全に雪で覆われていた.
アックスは絶対離さないと握り直す.
腕で顔を覆いエアーポケットを確保する.
この下何もないよな,
などと考えていたら流れがとまり,起き上がることができた.
「大丈夫ですかーーー!!」まずは叫んだ.辺りを見回すと,上方で岩瀬さんが起き上がっており,安心する.
次の雪崩がないとも限らないので,急いでデブリから離れる.
岩瀬さんと顔を見合わせると,感覚が麻痺っているのかお互い笑いが込み上げる.
不謹慎だが,そうでもしないと,やってしまった,また多くの人を不安にさせてしまう,次に同じことがあったらどうなる?という不安で押し潰されそうであった.
岩瀬さんがいてくれて本当によかった.
幕営地に戻り休んでいると,まさに青天の霹靂,雷のような音が鳴り,1ルンゼで雪崩が起こっていた.
あそこは今朝取りついているパーティがいたが,手こずっていたので1ピッチ目にいるはず,雪崩は最終ピッチ周辺,大丈夫だろう.
そう思ったが,岩瀬さんは安全確認,場合によっては救助のために雪崩装備を持って向かうことを提案した.
確かにもしものことを考えると行くべきだ.この人の判断はいつも的確で,早い.
ダッシュで1ルンゼに向かうと,今朝付けたトレースが完全に埋まっていた.
周囲を見渡すと,1ピッチ目の上部からちょうど懸垂用のロープが垂れてきた.
声をかけると,大丈夫,今日は危ないからやめる,とのこと.
無事で本当によかった.
その後の下山中も,1ルンゼは何度も音を立てて崩れていた.
下山中,帰阪中はずっと雪崩対策について話していた.
帰阪後,岩瀬さんからお薦めされた「アルパインクライミング考」を読んでみた.
一番最初の話が雪崩の話で,なんとタイムリーなんだろう.
横山さんたちは池の谷ガリーで雪崩にあったそうだが,その時は焦りで思考が一杯だったらしい.
僕らの場合は興奮で一杯で,警戒を怠っていた.どんな感情にしても,それだけで頭が一杯になることは命取りである.