冬富士 山行


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参加者:O島氏 M寿井氏 H瀬氏 A井(筆)

21日(土)早朝
4人の乗った車は、朝モヤの抜けきらない0合目(1400m)馬返に足を止めた。
車内で温風に甘やかされた僕の体は、外に出たとたん鳥肌となって悲鳴を上げた。
Oさんは僕とは違い、寒いなどとは一言も言わず黙々とパッキングをしている、そしていつも僕たちよりスムーズに用事を淡々と済ませる。さすがリーダーたる人間だなぁと勉強させられる、KAC切っての山男だ。
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Hさんが撮ってくれた写真には、
運転免許を持たない僕が道中、皆交代で運転する中一人爆睡をかました結果が表情となり
顕著に出ていると思う。

右後部座席のヌシとなった僕は、役立たずの烙印を押されない為にも6人用のテントを背負う義務を覚えた。

今日の行程は5合目までの4時間程のコースでハイキングのようなもの
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自然と遠くの山が何山なのかが気になる、、
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何と端的明瞭な看板だろうか。
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8合目からしか雪が無いのは見てとれたのは残念でもあるが、無い物ねだりも良くない、天気が良いだけでもラッキーと思わねば。と自分に言い聞かせながら登る。
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Oさんはツメイリのズボンにピンクの軍手、それにサングラスといった、とても若手には真似できないベテランのコーディネートだったが、それとは裏腹にパッと見、昼休みに抜け出してきたヤンキー高校生にしか見えなかったのには笑わずにはいられなかった
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昼には5合目のテント場に着き、明日に備え早めに食事などを済ませる。明日の頂上ピストンを控えた我々は試合を控えた代表選手さながらの鋭気に満ち溢れた手際の良さだ、Hさんが「山やる人って、マメな人が多いですね」と口をこぼす程だ。Mさんは、これが初めての冬山らしいが用意周到に荷物も充実している。些か写真の表情とは矛盾しているが、、
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ハンバーグカレーというカロリー満点なのも嬉しい
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22日(日)朝3時
なかなか寝付けないなぁという記憶を最後に目を覚ました。
本来なら一番若手の僕が動かねばならない筈が他3人に諸用意をさせてしまった。
僕が持ってきた朝御飯のトルティーヤは巻くのが面倒で食べにくかったのに皆おいしいといって気を使ってくれた。
まだまだ冷え込む4時にはテントを出た、薄い雲の奥に星は小さく、しかし強烈に輝きを放ち月明かりが僕らの道を照らす。

5分ごとに時計の標高計を確認するが日本一の山に対してはあまりにも振れ幅が小さい。
次第に空は明らみ行動食を食べるペースも上がってきた、つくづく自分の燃費の悪さを憂う。

ここまで快調だったMさんのペースが落ちた。
カカトの靴擦れがひどくなってしまったそうだ。
やはり冬山は多くの要素の上に総合力が成り立つゆえ何があるかわからないというのはOさんの言葉の端々から学べた。
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Oさんはショートホープを香ばせて待っている。
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全体のペースを遅らせまいとするMさんの気遣いも感じられた。
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アップダウンは無く6時間ほどのアップを続け、ついに9合目までついた。Mさんは靴擦れの為9合目にて待機することになった。
悔しかったと推察できる、次へのリベンジの楽しみが出来たと考えるべきか、植村直己さんの言葉になぞらえて言えば、五体満足ならまた次に行ける。という事になるのだろう。

やっとこさ、お鉢につく頃には11時を回っていた。
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歩くのも難しいほど風が吹き付ける場所もあった
風によってザックの紐などが体をバタバタと叩く。
身の危険を感じずにはいられなかったが
そこはOさんの経験に裏付けされた背中が僕の精神的支柱となった。

僕は体調を伺うようにHさんに目をやったが、疲れた表情は伺えなかった。

白く輝くしなやかな雪の稜線を上がったところに3776mの頂上がある。
僕達はアリの様に歩を進めて登頂した。
そこにみせた晴れ間は富士さんがくれたご褒美だと勝手に思っている。
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長い道のりを下りきりテントについた時には夕方4時を回っていた。実に12時間の格闘であった。
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23(月)帰り道
富士山の見える温泉に入り、高速道路で帰る。

窓に広がる日本のトップを尻目に
車のラジオから流れるカーペンターズのTop of the worldを聴くともなく聞きながら右後部座席のヌシは眠りにつくのであった。


皆さん、ありがとうございました。

釈迦岳~大日岳

大峰 釈迦岳~大日岳        平成27年10月19日  T(単独)



 急遽月曜日が休みとなったため、家でゴロゴロするか山でブラブラするか

迷った挙句、山でブラゴラすることにする。のんびりカメラ片手に紅葉でも

撮影しようということで、山行連絡は割愛してしまったがこれはまずかった。

山では何が起こるかわからないので、山行計画は事前に連絡しなければ

ならない。(反省)

 さて、眠い目をこすりながら運転に耐え、やっと旭口の国道168号分岐

に到達する。ここからまた1時間ほど夜中の林道を走らねばならない。

 途中で限界を感じ、適当なスペースで駐車してテントを張って酒盛り後

仮眠。 熊注意の看板が立ててあり、神経が昂る。ヘッドランプで闇を照らすと

可愛らしい二つの目があちこちからこの闇の闖入者を見張っている。わおおー

と気勢を上げ威嚇するが可愛らしい二つの目はなかなか興味深いのか現場を

立ち去ろうとはしない。もうええわいとあきらめてアルコールの力で寝る。

 朝方、家で目を覚ましたつもりが起きてみるとそこは山中だった。家でも

銀マットと寝袋なのでどこで寝ても同じだ。夜中と明け方に3,4台の車が

通過していったので奥の駐車場は結構賑わっているかもしれない。

 少し車で走ると登山口があり、それを超えてまた少し走るとトイレのある

立派な登山口についた。車が7,8台停まっている。平日の割には賑やかな

山のようだ。準備をして8時前に出発。出だしは遊歩道のような快適な

登山道だ。40分ほどで稜線分岐にあがり、そこから30分ほどで古田の

森と呼ばれる見晴らしの良い台場に着いたので休憩する。まわりの登山者は

皆チリンチリンと熊よけ鈴の音色が賑やかい(喧しい)。鈴を3,4つ着けた

おっさんが煩いので足早に追い抜くと「追い抜くときは挨拶をせんかえ!!」

と怒られる。会釈では通じないらしい。人に抜かされることが嫌いなのか?

 しかしそもそも怒鳴りつけるようなことか??呆れながら先を歩く。

 1時間ほどで釈迦岳到着。なかなかの絶景だ。八経岳や山上が岳が

よく見える。おにぎりなどを食べているとやがて先ほどの人物もやってきて

お釈迦様の写真を撮ると景色も見ずに先へ歩いて行った。何か用事があるらしい。
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 30分ほど山頂で寛ぎ、奥駆道を深仙の小屋を目指して歩きだす。

 40分ほどで深仙の小屋に到着。お堂と避難小屋があり、快適なところだ。

が、地図には香精水と水場表記があるが岩清水が一滴ずつしか出ていない

ので要注意だ。釈迦岳山頂手前の千丈平の隠し水は大変おいしい水だった。

 写真も撮れたしもうここら辺から引き返そうかとも思ったが400mほど

前方にそびえる大日岳にそそられて、とりあえず13時を回ったら引き返すことにして

さらに足を延ばすことにする。大日岳直下は縦走というより3級マイナスくらいの

岩登りでそこは行場の一部だった。トラロープと鎖は架かっているが非常に怖い。
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DSC_0210 しかしここで引き返しては末代までの恥と心に決め、浮いた石に足を乗せ、手は

鎖を鷲掴みにしながら必死で登る。鎖が切れたら終わりだ。しかもおそらく鎖の

支点はペッツルなどのアンカーではなくもっとしょぼい原始的な固定のされ方を

しているだろう。やっと10mほど上ると頂上に出、如来像のようなお地蔵さまが

据えられているので無事に登って来られたことを感謝して手を合わす。さて下りも

鎖に頼りながら5mほどのスラブを懸垂下降し、横にトラロープがあったので

そちらに回って降りようとするがトラロープの支点の木が皆がすがる為か、もう

グラグラで引っ張ったら抜けそうな感じだ。下から登ってきた人にトラロープが

信用できないことを申し伝える。

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 さて、心地よい緊張感のあと、近道などを探しながら元来た道を忠実に下り、

鹿君たちと対面しながら駐車場に降りてきたのは午後4時だった。また長い林道と

曲がりくねった国道にウンザリしながら帰神した。



 Notes:



・釈迦岳は近年人気のある山らしく、月曜でも六甲山並みの人出だった。

 昨日の日曜日は観光バスもやってきて、すごい人だったとのこと。

 夕方から入山し、避難小屋に泊まる人も結構いた。

・熊が怖いのはわかるが六甲山や高御位でもやたらと鈴を鳴らす人はいる。鈴は

 必要に応じて鳴らすようにしたい。人の大勢いるところでは迷惑だ。

・追い越して怒られるのは初めて。変な人もいるので注意しよう。

・千丈平の湧水は非常に美味しかった。奥美濃石徹白の水以来の味だった。



 


 


 


 


 

御在所 中尾根

御在所 中尾根                   平成27年9月20日     H野 U本 T(記)


 四半世紀前から気になっていた中尾根についに行く事にする。噂(?)によると
かなり難しいらしい(NP5級?)。当初4人の予定だったが、突如仕事のため一名
欠席となり、3人パーティとなる。
 前夜伊丹に集合し22時出発。御在所の藤内小屋入り口の駐車場には0時過ぎの
到着。相変わらず暴やんが多い。夜中にも拘らず爆音を鳴らして行ったり来たり
してご苦労なこった。あまり御在所に足が向かないのはこういった雰囲気があるため
かも知れない。藤内小屋まで行けば雰囲気は良いのだが。どうも里が近くて落ち着か
ない。テントを張ってしばらく酒盛りの後、2時過ぎに寝る。明け方、蛭の攻撃にあう。
 翌6時起床。もう沢山の車が来て駐車場も賑やかい。8時出発、藤内小屋を経て
一の壁出合いに9時過ぎ、そこから沢をつめ、一の壁を通って少し迷いながらルンゼを
横断し中尾根取り付きに9時半頃に到着。天気はよいのだがここ中尾根は日当たりが
悪く、一日中日陰で寒い。向かいの前尾根は燦燦と陽光を浴びて快適そうでそそられる。
 出発時にわかったが私が家にクライミングシューズを忘れてきてしまい、5級の
ルートを運動靴で登る試練を神様から与えられる。果たして完登出来るのだろうか?
 P4をH野君リードでスタート。前のパーティの男性がいきなり小墜落して肝をひら
せられる。なんか前後のパーティは中高年が多くて安心ではあるが。P4の2ピッチは
苦しいながらも運動靴でのフットジャムもきまり、なんとか越えられた。これなら行けると
踏んだが甘かった。P4を上りきると懸垂1回でP3基部へ。P3でも前のパーティの
女性トップが墜落し、カムで止まる。カムが外れたら大変だった。
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ここの1ピッチは上部が難しく、微妙な態勢を強いられる。見ていても皆登り方はバラバラだ。
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風穴をくぐるとピークに出て、そこから眼前に迫るP2の威容にびびらされながらP2基部に
懸垂で降りる。P2が一番難しいらしいが、アブミに取り付いてみると久々の縄梯子に
パワーを吸い取られる。アブミ最上段に立っても次の支点に手が届かず、足は運動靴で
決まらず、ホウホウの体で何とか誤魔化しながら高度を上げる。しかし誤魔化しながら
セカンドで登っても達成感がない。俺の靴はどこへ行った。。(家にあった)
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 P2を2ピッチで越えるが最後のお握りと呼ばれる箇所もなかなかプレッシャーのかかる
地形だ。最後は全アブミを駆使してピンを頼りに強引に登る。頂上からは懸垂支点を
使って50mの懸垂でP2基部におり、そこから少し微妙な岩場をトラバースして、
また懸垂支点を使って40mの懸垂でルンゼに下り、そこからは慎重に歩いて
一の壁まで戻ってくる。(15時) 中尾根上のコルというコルは風の通り道で日陰と
相まって大変寒かった。藤内小屋16時、駐車場は17時前だった。そこから湯ノ山
温泉希望館に立ち寄り、登攀の疲れを癒し、反省会等をしてから帰神する。


NOTES:
 聞いていたとおり、中尾根はなかなか手ごわいルートだった。たしかに5級という
 感じだ。そこにNPでリードなのでH野君はお疲れ様でした。同じくらいのクラックが
 下部や上部に現れるので、カムは2セット携行しないとランナウトとなるので要注意。
 リードするときは十分にNPの練習をしておかないと危ない。一日に2回も墜落に
 遭遇。有名だけど手強い感じでした。次回は是非クライミングシューズで登りたい。
 U本君はトップとセカンド間の意思疎通の練習が課題。まだNPのリードは早かった!



モンブランとエルブルース山 山行日記

8/



DSC05135 こんにちは。新人のアライです。
日本の山での経験もままならないにもかかわらず
生意気にもモンブランとエルブルースに登頂させて頂きました。
書きつけた日記を載せます。

8/12 晴れ

夕方、モンブラン登山の拠点の町、フランス・シャモニに着いた。

ここから望むヨーロッパアルプスの岩峰は鋭く険しく、日本の槍ヶ岳を何峰もくっつけた様で、そうかと思えば、まるでケーキをナイフで切り開いたかのように平らな岩壁も鎮座しており、そこに白く輝く雪が何本もの列をなしている。その神々しさたるや、霞みがかる雲さえもが美しく映るほどだ。

中華料理店の店主が

夜ならウチの店のテラスにテントを張っても良いと言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。

随分と登山用品店やレストランが立ち並び賑わいを見せる街並みは、

40数余年前に植村直己さんが見たシャモニと変わらないのだろうか、少なくとも町から望むモンブランの燦然たる眺めだけは今も変わっていないだろう。

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8/13 雨
暇なので日記をつけるのが唯一の楽しみ。キャンプ場にてバナナをむさぼりながら書いている。

天気予報によると向こう一週間雨。

それに加え、7月の酷暑により落石が多発しノーマルルートが閉鎖されているそう。進退極まったが、自分の目で確認する前に人に言われただけで諦める事があるだろうか。

僕の心を奮い立たせたのはハングリー精神、ではなく植村直己さんの「諦めないこと。どんな事態に直面しても諦めないこと」という言葉だった。

8/14 勢いを増す雨

ついにモンブランの銀嶺は雨に姿を隠した。
何かを思い付き、ザックの中をゴソゴソと探っているうちに、自分が何を探しているのかを忘れてしまい、ただただ意気消沈する。

何度見た所で変わらない天気予報とのにらめっこが続く。

8/16 雨 キャンプ場
居てもたってもいられずついに3300mテートルース小屋まで足を運んだ。

そしたらどうだ、町での「今シーズンは危険すぎて一人もクライマーは登っていない」という情報に反しクライマーがちらほら居るではないか。

やはり何事も自分の目で確認するべきだ

話を聞いたところ、夜明け前の気温が低い時間帯を狙えば落石が少ない

とのこと。

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8/17 テートルース小屋 晴れ

徐々に白む明け空。息が白い。気温が低い証拠だろう。空に雲はない。

他のパーティーの後ろをストーカーのように追いかけるようにして、キレットのような岩稜を登りついにグーテ小屋3800mまで上がった。

この小屋は今年閉鎖されているのでさらに4300mヴァロ避難小屋まで一面雪の稜線を他パーティーとラッセルを替わりながら進む。

左手にはエギーユ・デュ・ミディの岩峰が凛々しくも絵のように景色している。

既に雲海は眼下。

前を歩いていたイタリア人が目の前から消えた。

見ると足下の雪がストンと抜けてクレバスに落ちていた。

幸い小さいクレバスだったので容易に脱出できたいた。

高山病で、頭が痛い。イタリア組が良いペースで登っているのが不思議なほど。

正午、間があきながらもついにヴァロ避難小屋についた。午後からは天気が崩れる。

イタリア組はシュラフを持っておらず「我々はここまでだ、シンゴ、グッドラック!」と言って僕と握手を交わすとそそくさと降りていってしまった。

一人で明かす4300mの夜は少し、いやかなり心細かったが日記や読書、壊れてしまって火が起こせなくなったバーナーの修理などをして気を紛らわした。

バーナーが直り、もう生野菜をポリポリかじらなくて良いのだと思うと少し嬉しかった。既に外はガスにおおわれてホワイトアウトしている。

本を読んでいると「楽しいだけだと思った?」と植村直己さんに諭されている気がした。

夕方5時、外から声がする。人だ。

僕は主人の帰りをを待ち望んだ犬の様に小屋から飛び出した。

聞くと、ウクライナから来て、今晩はここで寝るらしい。

僕は嬉しくなってその時調理していた夕飯を食べさせてあげてしまった。

二人は英語が出来ない為ボディランゲージでコミュニケーションをとった。

山の話で盛り上がり、場所を説明するのにヘルメットを2つ重ねて地球を作ったりした。

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8/18 晴れ 朝4時

ウクライナ二人は4時に起きると言っていたのにグースカいびきをかいて寝ている。一人で朝食を作る。

外は風でゴーゴーとうねりを上げ、まるで新幹線に乗っているよう。

7時に3人で出発。雪は良好でアイゼンが良く効く。ウェハースを踏むようとは良く言ったもの。

そしてついにやった。4800m、3人でヨーロッパアルプスのてっぺんに立った。

二人はウクライナ国旗を広げて喜んでいる。

帰りはガスにおおわれて、5m先を歩く人間がうっすらみえるだけでそれ以外はどこを見ても真っ白。トレースだけが頼りだった。

落石多発地帯では目の前でゴロゴロと車が走る様な音をたてて登山靴ほどの石が目の前を落ちていった。否が応にも緊張する。しかし僕が通るときは小石一つの落ちてこず、拍子抜けだった。

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面白かったのはポーランドから来た9人の男女混成パーティーだった。
真面目にそそくさと登る僕とは対照的に

「楽しくいこうぜぇ~」といった具合にガヤガヤ談笑しながらゆっくり登っている。

いち早く4300mの避難小屋まで上がり、孤独に打ち勝ち一人で夜を明かすとも覚悟しながら天気をまつ僕

「楽しくいこうぜぇ~」といった感じで毎日少しずつ僕に近づくポーランド隊

ついにアタック日に僕より30分ほど早く出発し頂上に先に立っていた。

くだりも「楽しくいこうぜぇ~」っていったかんじで動画など撮りながら下るから

ポーランド隊を先頭に数メートル渋滞ができた。


8/19 シャモニの町

雪を溶かした黄ばんだ水しか飲んでなかったので

今日、町でコーラを飲んだら、脳ミソに新鮮な刺激が走って5秒くらい真顔でフリーズした。


8/20 スイスへ向け移動 晴れ

電車は切り立った斜面にへばりつくように走り、いくつもの小さいトンネルをくぐり、アルプスの渓谷を縫っている。

左手には青く高く抜けた空と白い雪、それにそそりたつ岩峰。

右手にはヤギが草を歯み、牧羊犬が緑の丘を走り回っている。

「口笛はナゼ遠くまで聴こえるの♪」という歌詞がアルプスの少女ハイジならぬ少年シンゴの頭の中で流れている。

教えてくれるおじいさんは居なかったが

乗り換えを車掌さんは教えてくれた。


8/21 晴れ マッターホルン

マッターホルンの頂上を目指したがヘルンリ小屋から30分ほど登ったところで雪のコンディションが悪く単独では危険と判断して懸垂をして、町のキャンプ場まで撤退した。

たとえ100人が登れると言っても、自分が危ないと思ったら登らない。これでいいんだと思う。


8/23 マッターホルンのヘルンリ小屋で知り合った日本人と二日ほど一緒に旅をしている。二人でチューリヒのクライミングジムに行った所、店員さんたちに「今晩はBBQするから良かったら来い」と言われたのでご相伴に与かった。

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8/24

次なる山エルブルース5642mに登るべくすぐにロシアへ向かうつもりだったが30日までその山の天気が崩れるとの予報を受け、その間イタリアを観光してやろうと思いベネチアを訪れた。(ここでの物価の高さが災いして後々ロシアで苦労する)

一泊15ユーロ安宿は男女混合の相部屋だがそれがまた良かった。しばしば多国間の井戸端会議が開催され景色なんかよりもそのコミュニケーションが楽しい。翌朝、相部屋だったイタリア人の女の子と二人で観光に出かけたことを携帯で友人に伝えると皆口を揃えて「さぞ楽しい夜をお過ごしになった事でしょう」と言いやがる。よくもまあこんな人間ばかりで日本はもっているなあと思った。この時ばかりは「類は友を呼ぶ」という言葉を信じたくなかった。


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LCCでロシアへ飛んだ。ブダペストの空港でのトランジットが夜をまたぐため、ぼくも他の乗客の見よう見まねで空港の空いたスペースに寝っころがった。要領のいい人間はクッション性の良い椅子を確保している。僕の背中には厳選された山道具が詰まっており、シュラフを取出し廊下の隅で快眠した。貴重品は小さいバッグに入れ体に巻きつけておいた。

モスクワではスーパーマーケットでさえ空港の保安検査のような金属探知のゲートがあり驚いた。

ロシア名物のマヨネーズやブロッコリーをかごに入れレジへ並んだ。中年太りしたレジのおばちゃんはガムを噛みながらこっちを見ている。なんだろう、どちらかというと野原で牛と目があったような感覚に近い。ふと「日本のスーパーにこんな態度のレジ打ちがいたら」と考えると笑ってしまった。

8月27日 深夜12時 ロシア・テレスコル

フロントガラスにヒビが入ったオンボロ車は、寝静まった深夜のテレスコルにそのエンジンを休めた。エルブルース登山拠点の小さな町だ。活気あふれるシャモニとは打って変わったこのどこか静けさが、より気温をより寒く感じさせた。

ドライバーは少し疲れているように見えた。

後から聞いた話だが、僕がシートベルトをしていなかった為、僕が寝ている間にドライバーは検問で1000ルーブル徴収されていたらしい。

にもかかわらず「スパシーバ(ありがとう!)」と満面の笑みで握手を求めた物だから恥ずかしい。

モスクワから飛行機で2時間ほど南下したところに位置するミンボディ空港からディマという名前のロシア人のハイカーとタクシーを乗合してここまで来たのだ。

途中ドライバーはディマとの会話に息づまるとクッション役として「シン!(シンゴ)兄弟はいるか?」と、後ろでザックにもたれ掛って寝る僕に話のパスを出してくるのでなかなか寝られなかった。


28日

この日、うすうす気づいていた重大な問題にいよいよ直面した。モンブランの後、物価の高い西ヨーロッパの観光にうつつを抜かしていた僕はこの時点で手持ちのキャッシュをほぼ使い果たしていた。クレジットカードでキャッシングができるだろうとタカをくくっていたのだが、カード会社に電話して問い合わせたところ僕のカードではキャッシングできないし可能にするには手続きに一週間かかると言われた。その返事は僕の全所持金が1000ルーブル(1800円)になることを意味していた。これではせいぜい帰りのバス代ほどである。人間というのは簡単なものでそうとわかると、日本がはるか遠くのように、エルブルース山が3000mほど隆起したように感じられた。しっぽを巻いて帰るしかないのかと本気で思った。タクシーを乗合したディマはそんな僕を気遣い、「僕には多すぎるから」と言って嫌な顔一つせずに朝昼晩のご飯を分けてくれた。恥ずかしくてこんなこと親にも言えなかった。そんな時僕の頭の中でふと蘇った植村直己さんの「いいかい、君たちはやろうと思えば何でもできる。」という言葉が僕を日本には返してくれなかった。いくつもの逆境を自分の力で切り抜けた植村さんの言葉には力があり、説得力があった。

「たとえ一度日本に帰ったとしても、また登りにとんぼ返りしてくる」といった私を見兼ねて、ディマは自分の財布の中から無理して僕にお金を貸してくれた。「絶対登ってやる!」と叫んだ。

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29日

昨晩レストランで出たパンをポケットに入れて持ち帰っていたのにマヨネーズを塗って朝ごはんにした。
ディマに気を使わせないよう部屋でこっそり食べた。

リフトの発着場のアザウまで歩いていると僕の横を一台の車が通りすぎた後、バックで私のもとへ下がってきた。窓が開いた。小太りのおじさんが中から笑顔で、「乗れ!」と言わんばかりに親指を後ろへ振っている。「僕はお金を持っていない」とジェスチャーすると、「かまわん!」と言わんばかりだ。スパシーバと言って乗り込んだ、英語で話しかけても、何処吹く風と言った感じだったのでザックの中から、日本から印刷してきたロシア語帳を取り出し、「ぼくの名前はシンゴです」とやった。

するとそれまでフリーズしたようだったのが電波を得たかのように会話になった。そしてアザウで降ろしてくれた。

最初のリフトにのり3500mまで上がったがそこからさらに上がるには200ルーブルかかると言われたのでバカらしくなり砂利道を自分の足でのぼった。そのままバレルス小屋(3800m)を通過しプリュート小屋(4150m)についた。途中クレバス(氷河の裂け目)もその口を開けていたが飛び越した。

ここの食堂小屋に山というほどパンが置いていたので人目を盗んで、口に入れた。

この山は、急峻な岩峰に雪がしがみついた様なスイスのアルプスとは一転して、東と西の2つのピークめがけて続くなだらかな斜面に雪が覆い被さっている。ちょうど両膝を立てて上から布団をかけた様で、その上の濃い青空は、色合いで言うと明治ブルガリアヨーグルトと瓜二つだった。

今夜はこの小屋に泊まった。

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30日 高度順応日

小屋に居合わせたガイドが、他のソロクライマーを紹介してくれた。

とりあえず今日はこのウラジーミルという男と一緒に高度順応の為に5000m地点までを往復した。

彼は僕と会うなり挨拶もままならぬまま「君の経験は?」などと無骨に聞いてきたし登るペースも遅かった。

その日の夕方、僕は彼に「今晩アタックをかけよう。」と持ち寄った。天気が明後日まで持つかわからなかったからだ。

彼は少し間をあけて僕にいった。「オフにすべき。」

「じゃあ僕ひとりで登るし君は明後日に一人で登りなよ」

すると彼は

「パートナーが居ないと危なくて登れない、シンゴが明日登るなら俺は下山する」といってはばからなかった。

彼にも登頂してもらいたかったし、でも今晩にアタックもかけたかった。

「天気が明後日までもつかわからないし、それに」と言いかけた所で「分かった分かったよ、もう」と言って僕の意見を聞いてくれなかった。そして彼は下山した。

僕は自分が間違っているとは思わなかったし、結局彼が言っていた日は風が強く登頂断念者が続出したそうだ。

僕たちは互いに一人で入山し、僕は一人でも登るつもりだったしその準備もしていた、しかしウラジーミルはハナからパートナーを見つけるつもりで何かあったらパートナーに助けてもらおうと他力本願な所があった。

もちろん二人以上で登るほうが安全だ。でもそれは何かあったら自分の命は自分で守るという強い意志とスキルを身に付けた二人であるべきだとおもう。だから、彼は下りて正解だったと思った。

僕は入念にストレッチをして19時にベッドに入った。

体は疲れているはずだし高山病の兆候は何一つ無かったのに寝付けなかった。

頭のなかで不安と期待がぐちゃぐちゃに混ざり合い、それが一つの不調和な色になって僕の心に塗り散らかっていたんだろう。

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31日 深夜 アタック

少しウトウトして時計を見ると2時10分。

モスクワのスーパーで買ってきたカップ麺にソーセージを入れ、それと一緒にロシア人のおっちゃんにもらったパンを口に放り込んだ。僕が目が合う度に挨拶するものだからおっちゃんはよく食べ物をわけてくれていた。

少しでも体を軽くしようと思い気休めにしかならないだろうがウンチもしておいた。トイレットペーパーは使い果たしていたので野口健さん著の本の白紙の部分をちぎって、お尻を拭いた。なんとかギリギリ本文のページだけが残った。


3時20分

ザックと満月の星空を背中に、アイゼンで雪を踏みしめた。

良いペースで他のクライマーをグイグイ抜かし最初の一時間で450mほど高度を上げた。よほど一週間前に登ったモンブランが順応になっているのだろう。このままどこまででもいけそうな調子だった。

途中唯一僕を抜かしたのは、有料で乗車できる雪上車だけだった。5000m近くまであがる雪上車には「ずるい!」と思ったが

あわよくば自分も乗りたいという気持ちがあるからこそ、ずるい!と思うのだと思い未熟さを反省した。徐々に火照る体と、熱を奪い去る風とのバランスが調度いい。写真を撮るときにグローブを片方飛ばされてしまった。かじかんだ指は股間に手を突っ込んで暖めた。ラグビー部で培った手段だ。


5時30分

徐々に空が赤らみ、東面を赤く染められたコーカサスの峰々が美しかった。

いよいよ空気も薄くなってきて数十歩すすんではハァハァと息を切らし立ち止まらずにはいられなくなった。

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朝8時

西と東の頂上との谷間になっているコルへ出た。より高い方の西の頂上へ向け登りだすといよいよその頂上がこの目に見飛び込んできた。「あそこまでいったらもうこれ以上、登らなくていいんだ」と思った。

その時 前に居てスノーボードを担いでいた若いクライマーが少しなまった英語で話しかけてきた。

「あれ?一週間くらい前モンブランに居なかった?」

「居たけど?」

「君の帽子が特徴的で覚えてる、その時俺も居たんだよ!」と。

まさかここでポーランドからの9人パーティのうちの一人と再会するとは!

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10時過ぎ

5600m、ヨーロッパ大陸の上で一番高い場所。そこにこの足で立った。

ポーランド再会男は「You should be here!」と書かれた面白い旗をを手に写真を撮っている。「それ良いね!貸してよ!」と言って借りた。僕より少し遅れて登頂してきたロシア人の、ご飯を分けてくれたおっちゃん達も写真を撮っている。ポーランド男は「俺は時間が無いからそこへ割り込んで旗を広げろ!」と強く言って来たが、言葉も通じない僕にご飯をご馳走してくれたおっちゃん達に対して割り込んで写真を撮るなど、そんな無下な真似はとても出来なかった。

「割り込め」「できない」の押し問答が続き結局僕は「分かった、じゃあこの旗は返すから先に降りなよ」と言い、奇跡の再会は半ば喧嘩別れとなった。

くだりというのは、持参したプラスチックの簡易スコップを尻に敷いて斜面をバウンドしながら滑り一時間ほどでプリュート小屋までおりてしまった。

この日をオフにしていたガイド衆は僕を昼食に招いてくれた。

「いただきます」の意味を教えるととても良い発音で「いただきます」と言うので、あまりの発音の良さにご飯を吹き出してしまった。言葉の教え合いの交流はいつも楽しかった。
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昼食をそこで済ませ、その足でテレスコルまで下り、さらにバスで飛行場のミンボディまで移動した。

これがくせ者。

結局山よりも何よりも一番恐かったのはこのバスだった。

片側一車線の山道を運転手は気が狂ったかのようにスピードを出すので、何度も体はフワッと浮く感覚を覚え、生きた心地がしなかった。よっぽど、山用のヘルメットを被ろうかと思ったくらいフロントガラスを固唾をのんで見守った。

僕はスピード違反で3回捕まり免許取消になっているがこの時ばかりは警察にもっと取り締まってほしいと思った。

他の乗客は皆、地元のロシア人だった。イギリス、アメリカといった人たちのモアイ像のようにほりが深い顔とはまた少し違いアジア人にも似た面影があった。衣装もモンゴル系と混ざってアラビックな雰囲気を醸し出していた。


9月3日

シベリア鉄道に乗って日本まで帰ります!!とみんなに大見栄を切っていたのに「はやく日本に帰りたい、一週間も鉄道に乗ってられるか」という心境に変わっていた。そこへ来てアエロフロートロシア航空の日本まで4万円という安さが加わり、結局一日で日本まで飛行機で帰ってしまった。

3キロほど体重が落ちた僕は、町にでていきなり、やれ肉だ魚だフルーツだと栄養のあるものばかり口にしたのが逆に良くなかった。

今までジャガイモにマヨネーズだった僕の体のバイオリズムが崩れた。

お尻からは赤い下痢が止まらず、鼻は日焼けと相まって赤く腫れ上がった。

旅にでて以来最初の風邪が今日だった。


結局僕は登った時こそは一人だったけれども、それを支える広いすそ野を作ってくれた周りの方々なくして登頂はなかった。

実際に山に入って登る時だけが登山なのではなく、それに至るまでに数々の準備や、さらにはキャラバンを組んだといってもおかしくないほど受けたサポート。
僕はそこのあらゆる人のつながりを含めたものを“登山”と呼ぶのだと学んだ。

若くて経験もない僕がこんなことを言うのは生意気だと思う。一人の若僧が何か騒いでいやがるなぁ、といった程度でいい。読んでもらえて本当に嬉しく思います。




 

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剱岳チンネ左稜線と八ツ峰

こんにちは、濱野です。
8月12日から16日まで初めての本チャンに池くんとチャレンジしてきましたので、その記録です。
前夜から出発し立山駅で仮眠、ケーブル始発の1時間半前にチケット買いに行くが、すでに30人ぐらいの列が、、、。お盆休みは侮れない。
臨時便も出て7時のケーブル、美女平から高原バスで室堂へ。
これからの道のりは長いので、早速出発です。
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駅でザックの重さ量ったら二人ともほぼ22キロでしたΣ(゚д゚lll)知らな方が良い事もあります。
雷鳥沢に下ったら剱御前小屋まで地獄の登りが始まります。
前にここを通った時はこんなにしんどくはなかったはず、、、、。あ、今回はクライミングギアとロープがある、、。普段からトレーニングもしてないし(´・ω・`)
何とか剱沢キャンプ場まで
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ここからもう少し下って剱沢雪渓へ。この時期の雪に嬉しがりの二人でとりあえず写真撮影ヽ(´▽`)/
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笑ってられるのはこの時だけでした。
600m下って長次郎雪渓の出合いまできたら、幕営地の熊の岩までひたすら登り、、、。すでに疲れているのに、これはキツかったです。10歩ごとに↓
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遠くに見える熊の岩が全然近くならない(;´Д`)
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正直、二度と来たくないと思いました(笑) 僕が足を引っ張ったので、予定よりはるかに遅れてしまいテントを設営したのは17時。
めっちゃしんどかったけど、やっぱりこの景色は素晴らしい!すぐ目の前に八ツ峰が見える。
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休憩もそこそこに腹も減ったので、カレーを作る。米を炊くも芯が残りまくりで半分生米、まだまだ修行が足りませんでした。この日はかなり疲れたので食事したら急激に眠気がきて、次の日も早いので19時に就寝。
凄く眠気がスッキリして目が覚めたので、そろそろ3時かと時計を見たら二時間しか経ってなくて、ここから長い夜が、、、、。

13日3時起床するが外は小雨の為、二度寝する。6時頃雨が止んでたので、さっと朝食食べたらチンネの予定を変更して、この日は目の前に八ツ峰Ⅵ峰を登ることにします。
雪渓を横切り取り付きまで10分、レインウェアとクライミング道具を装備したら、Cフェース剣稜会ルートを登攀開始。
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短い小雨がたまーに降るので、岩は濡れたままなので、慎重に手足を進める。思いの外、浮石の多くてそっちの方が気になる。
ガスの切れ間から長次郎雪渓やテントが見えると高度感が凄い!
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両方が切れ落ち下まで見下ろせるリッジがスリル満点。どんな絶叫マシーンより刺激的です(笑)
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特に問題なく11時に登頂し、縦走路を道に迷いながらⅤ、Ⅵのコルへ降りる。ロープは出さなかったが下手すれば危ないクライムダウンでした。
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時間あるので、Aフェースの魚津高ルートもトライ。ハング下に荷物をデポ
最初のクラックがⅢ+でカムを効かせなが登る。濡れているのでジャミングが滑りそうで少し緊張した。
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このルートもリッジを登るんやけど、剣稜会よりも傾斜がきつくほぼ垂直なリッジで、登りごたえがありました。
頂上にハイマツに割と新しいロープやスリングが巻きつけてあったので、3回の懸垂で降りテントへ帰還。
牛丼食べたら作戦会議をして21時就寝。携帯ラジオを持ってきておらず、携帯も圏外で天気予報がまったく見れない。出発前の予報通りだと14日が一番天気悪い、、、、。
14日3時起床するもやっぱり雨、さらに馬鹿でかい音の雷付きときた|д゚)
二度寝確定。この日は二日間の疲れを癒すことにする。

15日3時起床して満天の星空や天の川に感動して、今日なら行ける!と確信する。
チンネへのアプローチは雪渓を登りつめて池ノ谷ガリーを下り三の窓へ行くのが一般的だが、八ツ峰縦走路からトラバースするルートを選択した、、、、しかし、これが大失敗だった、、、。
Ⅴ、Ⅵのコルへ向かう途中、足元が危ない所を通ってしまい、池くんが転倒し滑落は免れたものの、もう少しで大怪我になる所だった。先頭を歩く僕が道を誤ったと反省です。
コルから一昨日下降した縦走路を念のため、ロープだして登り始めたけど、、、、ん?何か違う?迷ってしまった、、、。
このまま進むのは危険と判断してクライムダウンしました。結局雪渓を登り池ノ谷を目指すことに、、、。
この時点で3時間の無駄になってしまった、、、。
熊の岩からの雪渓は斜度もキツく雪渓も切れていたりと緊張しながら登り、池ノ谷ガリーを落石に注意しながら下ったら三の窓へ
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もう一度アイゼンを装着してチンネまでトラバース。出遅れたので当然だが順番待ちで、僕らが最後だった。
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さて、いよいよ登攀開始。浮石がやはり多いのと、ピトンが古いので細心の注意を払いながら登る。
2ピッチ登っただけですでに高度感が^ー^これがチンネか!
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先行パーティーがいると、登り方やピッチを切る場所が参考になるので良いと思ったけど、すぐに離された(笑)
池くんが八ツ峰でⅢ級が想定より難しく感じたらしく、自信喪失してたので無理をさせる訳にはいかないし、僕がリードを引き受けました。やっぱりロープやギアの受け渡しで時間かかったり、ロープも捻れてしまったりとなかなか上手くいかない。
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登っても登っても岩峰は続く。1ピッチだけ平坦なリッジがありロープ無しでも行けたけど、念の為ロープを出して池くんに行ってもらった。DSCF4012DSCF4014
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この時は最高の天気で風もなく、遠くまで山々が見渡せて来て良かったと思いましたねヽ(・∀・)ノ
8ピッチからはピナクルが連続するリッジで、ロープの流れが悪い。
いよいよ核心の鼻が見えてきた。ここは流石に渋滞していたので、小ハングの乗越を見させてもらったが、なかなか難しそうに登ってるのを見て不安になる(´・ω・`)
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しかし登ってみると、ガバもすぐに見つかるし、ピトンも連打してあるので問題なく登れたけど、その後ロープとギアが足りなくなってしまいそうになり、焦った。
そうこうしてると、前はクライマーが見えなくなって、僕らだけ取り残された感じに、、、。ガスと風も出て寒くなり、登っても登ってもどこまでも続く岩稜。もう何ピッチ目かも分からない。懸垂もしないといけないし、暗くなる前にテントに戻れるかとてつもなく不安になる(T_T)焦ってきた僕らは景色も眺める余裕もなく、早く降りたいと思い始めてました。
ようやくチンネを登りきって一安心して写真を撮ってもらいました。
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時間に余裕がないので、すぐに下山に取り掛かる。懸垂場所を見つけて下降開始しましたが、これまたガラガラの岩場。50mほぼいっぱい降りた所にもう一箇所残置スリングがあり、2回の懸垂で池ノ谷ガリーへ。
暗くなって来て急な雪渓を下るのに安全の為、ロープを張る準備をしてたのですが、僕がアイゼンを裾に引っ掛けてバランス崩し、1m角ぐらいの岩に寄りかかったらその岩と共に倒れてしまいました。僕は下敷きにならなかったけどロープが下敷きになってしまい、どうしたら良いのか分からなくロープをそのまま置いてきてしまいました。本当に申し訳ないです。
ヘッドライト付けてようやくテントにたどり着いた時の安堵感はなかったです。心の底から無事に帰ってこれて良かったと思いました。
よく考えると登るのに必死で行動食もろくに食べてなく、テントに戻ってきてからの食べ物が、何より一番美味しかった。
食べたらすぐに眠気が襲ってきて、この日だけは一度も起きることなく朝を迎えました。

16日8時に熊の岩を出発。剱岳本峰を経由して下山も考えましたが、失敗が続いているので無難に来た道を下山。
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初めて本チャンにトライした訳ですが、準備不足だったと大反省です。この計画をたてる上で、僕はクライミングのグレードしか見てなかった。クライミングとセルフレスキューの練習はしてきましたが、リーダーとしての状況判断やルート選びが全然未熟でした。僕の安易な判断で池くんにも不安と危険な目に合わせてしまった。アイゼンのトレーニングもしてないから、コケてしまいロープも下敷きに、、、。チンネへのアプローチをミスした段階で止めておくべきだったのかも。今回は運良く無事に下山できましたが、もっと多くの事と経験を身に付けて登らないと危険だと感じました。

百丈岩でセルフレスキュー練習

こんにちは、濱野です。
8月1日の集会後に百丈岩へ移動して、野営。2日はセルフレスキューの練習を数名で行いました。
木陰に覆われていたので、午前中はとても涼しくて良かったです^ー^
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セルフレスキューの内容は、ビレイヤーの自己脱出から救助者を振り分け懸垂で下ろすというもの。
僕も何度か講習を受けましたが、たまにやっとかないと忘れてしまうので、お盆の剱岳行く前にチェックできて良かったです。
とは言え、こう言う事態が起こってはならないんですけどね(・・;)
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僕が感じた事ですが、何より落ち着く事。
しかし、実際にその状況になったら落ち着いて冷静で迅速な判断ができるのかと思いますが、普段からよく練習して自信を付けてく事が大切な気がします。
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作業の大まかな流れとして
1、ビレイの仮固定をして両手を使えるようにする。
2、フリクションノットで荷重を支点へ移動させ、ロープを本固定
3、ビレイヤーが自己脱出して、救助者の所まで登る。
4、救助者より上で強固な支点を構築し、フリーロープを使って救助者まで懸垂下降
5、自分と救助者を連結し懸垂下降する
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注意する所は必ずバックアップを取ると言う事。
フリクションノットはどれを使うかなどはロープの経によっても変わるし、セットする位置や長さによっては作業がしにくくなってしまう為に、何度も練習してコツを体得しておく必要があると思います。

昼からは本チャンに向けてパートナーとダブルロープの練習もできました。
ロウソク岩もなかなか切り立った迫力のある岩で、また機会があれば登ってみたいと思います^ー^

比良山系 奥の深谷(沢登り)

2015.7.25~26  メンバー T,H野,M本,Y山,I,満寿居(記)
 
初めまして、今年の初めに入会した満寿居(マスイ)と申します。
7/26に沢登りに参加させて頂きました。
 
25日22:00に西宮駅にTさんとY山さんと合流しTさんの車で比良山坊村へ0時頃に駐車場に到着し小宴会をして就寝。
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翌26日8:00にH野さん、M本さん、Iさん、も到着し6人で8:30山行開始。天候も良く気温も高く沢登りには最高の気候です。
9:10に牛コバの入渓点に到着しそのまま入渓…思ったより水が冷たい。でも気温が高いので出ると寒くない。
川の状態は普段より水量も多いみたいで、泡が立ち底が全然見えない状態で深みにドボンする事多々。
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11:00に途中で昼食。滝に打たれてみました。
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大きな滝が連続で続いていましたが、結構流れが速く巻き道を取る事もしばしば、クライミングが不慣れな自分には巻き道もスリリングでしたが、先輩方がしっかりと確保してくれていたので難なく登ることができました。
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泳いだり飛び込んだりシイタケ?みたいなのを集める人や食べる人がいたりと…
14:10登山道合流地点に到着。長めのコーヒーブレイクをし15時頃に登山道から下山開始。暑い…また沢に入りたくなってきます。
やっと、駐車場に到着し温泉に行くのも帰り道と反対方向なのでここで水浴びして解散することに。
やっぱ海とは違いますね。すっきりしました。
無事、事故も怪我も無く楽しい初沢登りとなりました。
またよろしくお願いします(´∀`)






シイタケ?はTさんは家でバター炒めにして頂いたそうです。
H野さんは奥さんに捨てたれたそうです。山には毒キノコもありますしね(゚∀゚)

ウスヒラタケかな?こんな感じでした。
 
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三峰山(みうねやま)

三峰山(みうねやま)   平成25年7月12日  M居、A井、T(記)


 奈良にある、300名山の三峰山(1236m)へ登る事にする。
 メンバーは新人二名。メインはまたもや前夜の宴会か。
 前夜22時に西宮駅に集合し、そこから車を飛ばしてR165から
R380に乗り継ぎ、登山口の御杖旅行村の駐車場に0時30分頃に
到着する。なんだか人里が近い。このあたりはあまり山奥ではないようだ。
 さっさとテントを張って宴会を始める。今夜のディナーは各自持ち寄った
肉だ。肉を食べるのは1週間ぶりくらいなので大変美味しかった。箸休めの
餃子も旨い。肉もなくなったので寝ることにする。
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 翌朝、目が覚めると7時過ぎだった。これは少し遅刻したかもと、急いで
支度をして、8時に出発。登り尾コースをとることにする。しばらく歩くと、
立派な山小屋がある。中には囲炉裏もあり、冬は快適に過ごせそうだ。
 やがてしばらく歩くとまたもや林道合流地点に立派なログハウス風2階建て
の山小屋がある。ここも開放されており、2階に上がるとこれ以上ない位に
快適な小屋だ。いつかここに来て雪を見ながら一泊したいものだ。
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少し中途半端な地点なので泊まるほどの距離でもないが。小屋に別れを告げ
もうしばらく歩くと、不動滝コースとの合流点にでた。ここにも避難小屋が
あり、広いが暗くてあまり中に入る気はしない。ここだけはエアリアマップに
載っている避難小屋だ。人が多くなった道を尚も登ると三畝峠に出、そこから
また少し登ると山頂に出た。(10時半)たいした展望もなく、やたらに
小バエとトンボが多い。
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小バエがいるからそれを捕食するトンボも多いそうだ。
 賑わう山頂を後にし、稜線を逆に縦走し、新道峠まで歩く。そこからは
また明瞭な道を歩き、鹿よけネットを通ってしばらく行くと、御杖の青少年
旅行村に出た。(14時)家族連れで一杯だ。家族でこんなキャンプ場に
遊びに来ていたのは何十年前であったろうか。。3人で下山祝いにコーラを
自販機でゲットし、祝杯を上げながら元来た道に戻り、駐車場に置いてある
車を拾って、姫石の湯で汗を流してから帰神する。この温泉はなかなか
良かった。

5月31日堡塁でクライミング

こんにちは、濱野です。
またもや雨が振りそうな予報でしたが、打って変わって快晴!
今回は新会員の方や未会員の体験者の方も含め7名でクライミングをしてきました。
朝は肌寒い感じでしたが、日が昇ると日向は暑かったですね。それでも標高がある分、涼しい方だと思うのでクライマーも沢山いました。

二つのパーティーに分かれて、空いてるルートを登りました。
割とパワーを使うルート登るのが多かったかな。
スカイフレークでみんなの登ってる写真を撮ったんですが、携帯なので綺麗に撮れなかったのが残念(´・ω・`)
背景にもう少し町並みが入るかと思ってたけど、、、、。なかなか上手く撮れないですね。
西稜ではカムが外れてグランドフォールされてた方がいて、びっくりしましたΣ(゚д゚lll)
足から落ちたのと尻餅ついてバウンドしたので、怪我はされてなかったようで登り返してましたが、メンタル強いですね、、、。

薄暗くなるまで遊んだので、人数の割には沢山登れたんじゃないでしょうか?
外岩に慣れてない方は大変疲れたと思いますw
みなさんの写真を貼り付けておきます。まとめてで申し訳      
またみなさんで登りに行きましょうヽ(*´∀`)ノ  IMG_0752IMG_0748IMG_0747IMG_0757IMG_0759IMG_0762IMG_0770IMG_0775IMG_0780IMG_0786IMG_0787                               

明神東稜

明神東稜                                    平成27年5月4日ー6日
                                               I瀬、H瀬、橘(記)


 何とかGW4連休を勝ち取り、念願の明神東稜へと出発する。メンバーは
I瀬君と新人のH瀬さん。新人でも行けるか迷ったが、前後を固めればなんとか
なるだろうと考えて、縦走ではなく雪稜登攀とする。越百~空木も行きたかったが。
 5月3日20時発の予定が、高速道路の渋滞などで集合に手間取り22時発
となる。うーん、仮眠の時間が削られた。やや混雑した高速を乗り継ぎ、アカ
ンダナ駐車場に3時過ぎ到着。早速仮眠する。
 5月4日7時起床。Hさんのアイゼンの調子が悪いので、I君の予備アイゼンを
調整して持って行く事にする。久し振りに65リットルザックを担ぐので重い重い。
 上高地着9時半。この時間からではひょうたん池泊りか。観光客で賑わう
上高地を後に、明神池まで歩き、そこから明神沢へと入る。天気は曇り。
 そのうちに振り出しそうな気配だ。下明神沢、上明神沢を通過。
 降雪が多いと雪崩れそうな嫌な感じの道だが、今日は連日の晴天続きの
ためか雪も殆どない。何度か休憩を挟みながらひょうたん池到着は14時過ぎ。
 ここまで雨の中の歩きだったのでザックやズボンはびしょ濡れだ。
 ラクダのコルまでとも思ったが、プラス4時間すると日没前後なので、大人しく
テンバ跡にテントを張る。テントの中で濡れた衣服を乾かしていたらフリースに
穴が空いてしまった。フリースはよく燃えるので注意しよう。今日のメニューは
餃子鍋。担ぎ上げた大量の餃子が旨い。デザートの抹茶プリンを食べ終え、明日の
晴天を期待しながら半乾きの衣服でシュラフに潜り込む。春山の雨は侮れない。
                                                    雪稜を歩く
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 5月5日3時起床。月が出ている。今日は晴れのようだ。岳人の朝飯棒ラーメン
を食べ、ハーネスやギヤを付けて出発。しばらく雪稜を歩くと第一階段と呼ばれる
岩稜帯に出た。簡単そうではあるが落ちたら命はない所なのでロープを張って
登る。3級(-)40m2ピッチ。
第一階段                           
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     雷鳥の夫婦 接近しても逃げない                                          
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DSCN1720    悪場を巻く
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 尚も痩せた脆い岩稜と雪稜を進むとやがてラクダのコルに到着。
 3張りほどのテンバ跡があるが雪もだいぶ溶けかけ、なかなかスリリングなテントサイトだ。
 夜中の用便は命がけかも。休憩を挟みながら尚も進むが次第に日差しは強まり、雪が
腐ってくる。
 東面なので日当たりも良いようだ。
 ラクダのコルまでテンバを上げられたら雪の固いうちに悪場を通過できてよいだろう。
 そのうちにバットレスト呼ばれる核心部手前の小ピークに差し掛かったが、右から巻いて
いるトレースはあるがコンテナほどの大きさのブロックの真横であれが崩れたら一溜まりも
ないということで左から巻くことにする。
 (30m1ピッチ)巻き上がるとバットレスの基部でテンバ跡が3つほどあるが、さらに融雪は
激しく殆ど張る気はしない。
 核心部のバットレス基部に支点のアングルを打ち足し、I君リードで登る。
 文献どおり、なかなか左手のつかみはあるが、右手右足の置き場所がない。
 しかし20mの下部と上部には残置ハーケンは多数あり。
 中間部はカムが使えるためか支点が薄い。
 一番きつい乗越し手前に残置スリングがぶら下がっており、これは使える(というか使わないと登れなかった)
 しかし20キロほどのザックを背負うとこれほどにも登攀がしんどいとは!!

核心のバットレス(4級20m)     
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前穂高
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 不動の凹角(4級+)でザックを背負って練習すべきだった(後の祭り)。
 何とか楽しく3人で登攀を終え、しばらくガラ場を落石に注意しながら歩くと
明神山頂に出た。(14時)山頂標識もない、地味な山だ。しかし展望は最高。
 360度眺められる。ここから見る明神2峰は浮石の積み重ねのようなピークで
登攀意欲はあまり沸かない。しかし足の揃ったパーティならばさくさくと超えていき
たくなる所だろう。我々は足並みが遅いので残念ながら奥明神のコルを目指す事にする。
 ガラ場を少し迷いながら夏道に合流し2ピッチの懸垂を交えて奥明神のコルに到達。
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ひたすらバックステップで降りる

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 ここからひたすら奥明神沢を後ろ向きに降りて岳沢を目指す。2時間ほどで小屋に
到着。テンバ代一人1000円を支払い、快適な一夜を過ごす。晩飯はまたもや
棒ラーメン。棒ラーメン好きには堪らない。20時就寝。
 5月6日6時起床。本日も超快晴だ。山を降りるのがもったいない。このまま
山賊になったろうかとも思う。朝飯にもう一度棒ラーメンを食し、岳沢を後にする。
 後は重い足を引き摺りながら上高地まで頑張り、記念撮影をしたりして土産を買って
からバスに乗り込む。朝の観光客のまばらな上高地は素晴らしい景色だった。
 いつもバスで来る団体さんとかで河童橋もどうかと思ったが爽やかな人のいない
上高地は登攀の疲れを引きずった3人の心と身体を癒すには十分すぎるものだった。


NOTES:
 文献に有るとおり、核心部のバットレスをザックを背負ってクリアできることが
 第一条件と思われる。4級くらいか。冬なら手袋なのでさらにレベルアップ。
 その前の岩場も一部垂直が現れ、気が抜けない。しかも脆い。
 アプローチも近くスケールは小さいかもしれないが中身の濃い、気の抜けない
 (テント場も含めて)辛口ルートであると感じた。スピードと歩荷力も要求される。
 ないパーティは我々のようにひょうたん池泊~奥明神沢となる。
 新人訓練というよりは中級パーティがより爪を磨くのに適しているのではと感じた。
 今度は雪のない時期にさくさくと再訪したい。

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