こんにちは。イシバシです。

今夏、石井スポーツさんが主催するアルピニスト基金に参加させていただき、モンブランに行ってきましたのでご報告させていただきます。

 

このアルピニスト基金は石井スポーツが独立した登山者の育成を目的として設立したプロジェクトで、半年間の国内トレーニングとその総まとめとしてモンブラン登山に挑戦しました。

 

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関西国際空港よりヘルシンキに向けて出国。他のメンバーは各自最寄り空港からヘルシンキへ向かう。

ヘルシンキまでは約10時間のフライト。植村直己さんの「青春を山にかけて」を読みながらこれからの旅に思いを馳せる。学校の先生からは受験生なのだから単語帳を片手に行くように言われていたが、そんなものはスーツケースの奥深くに忍ばせているだけだった。

ヘルシンキでメンバーと合流し、いざジュネーブへ。ここまでの飛行機とは打って変わって小さな飛行機に乗り込む。前の席の小さな女の子と顔遊びをしていると3時間のフライトはあっという間に感じられた。

前の席の女の子とバイバイしながらジュネーブ空港へ降り立つ。アルプスのある方向には厚い雲がかかっている。予報では27日と28日は天気が悪く、シャモニーの山々では雪が降っていた。今年のヨーロッパは記録的な暑さでモンブランのコンディションはよくないと聞いていた私たちはこの雪で少し落ち着くこと期待しつつ、この地にやってきたのだ。

さあここからいよいよシャモニーへと思った矢先、問題が発生。メンバー6人のうち3人の荷物がいつまでも出てこない。メンバー全員に不安がよぎる。最後まで粘ってはみたが、ついに荷物が手元にやってくることはなかった。航空会社のカウンターで荷物について聞いても、あとで問い合わせるように言われるだけで荷物がどこにあるのかもわからない。仕方なくバスに乗り込みシャモニーへ向かう。これからどうなってしまうのだろうかと不安を感じつつ現地時間の夜にシャモニーへ入った。

シャモニーの日は長い。21時頃まではまだ日が出ており、シャモニーに着いた時にはまだ少し明るかった。雲の隙間から遥か高い空に真っ白な稜線が姿を見せる。あんなに高いところを登るのかと思うと胸が高まる。しかしモンブランの頂はそのさらに上の雲の中なのだ。期待と不安の入り混じる気持ちを乗せて、バスは人気のないシャモニーの片隅に立つシャレーの前に止まった。そのシャレーも最終日には離れるのが名残惜しいほど思い出が詰まった場所となっていた。

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この日は朝からしとしとと雨が降っていた。予定では高度順応を行う予定だったが、天候とメンバーの荷物が届かないことを理由に中止となった。そのため朝からシャモニーの街に繰り出して必要な食料の買い込みや装備のレンタルを行った。シャモニーはアルプスのハイキングから本格的な雪山登山まで、幅広い登山の玄関口であり、登山道具の充実度はピカイチであった。登山用品店へ行けば装備の購入だけでなく、冬靴からアイゼン、ピッケル、ハーネス、ザックにいたるまで、必要なものはすべて借りることができてしまう。極論、手ぶらで行ってもモンブランに登れてしまうのだ。

そのほかスーパーや薬局などもいくつかあり、生活するうえで困ったことはほとんどなかった。ただし日本円の両替に関しては注意が必要で、銀行等では両替を一切扱ってくれない。エギーユ・デュ・ミディ行きのロープウェイ乗り場の前にあるタバコ屋さんが唯一両替可能な場所であるが、レートはかなり悪い。空港で両替するか、カードを使ったほうが無難である。

この日は午後にはシャレーに戻り、ロープワークの確認と打ち合わせを行い、翌日に備えた。

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この日の天候は雲が少しあるものの安定していた。予定通り氷河にて高度順応を行うため、エギーユ・デュ・ミディへ向かう。シャモニーからロープウェイに乗り、一気に富士山の山頂ぐらいまで高度を上げる。雲を突き抜けたその先には、アルプスの山々をはるか遠い先まで見渡すことができた。近くにはベルト針峰やグランドジョラス、遠くにモンテローザやマッターホルンが立ち並び、背後にはモンブランが大きくそびえていた。その白き頂は感動で涙が出そうになるぐらいに美しいものだった。2日後、自分が立っているはずであろう頂は手に取れるほど近くに見えていたが、高く遠い頂であることをまだこの時は知る由もなかった。

エギーユ・デュ・ミディでゴンドラに乗り換え、イタリアのエルブロンネへ向かう。ガンドラからは氷河に口を開けた大きなクレバスがいくつも見える。そのクレバスの間を縫うようにして進む小さな点がよく見ると登山者であった。初めて目にする氷河に感激しながら、心の中では緊張が高まる。見るだけではなく、これからあの氷河の上に降り立ち、点の一つになるのだと思うと、いてもたってもいられなかった。

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エルブロンネからは2人一組でアンザイレンして前へ進む。氷河の雪面は固く締まっていて非常に歩きやすい。でも、ところどころにクレバスがあり、周りを見て注意しておかないと見落とす。ザイルで結ばれたメンバーと互いに声を掛け合いながらクレバスを超えていく。跨げるものもあれば、飛び越えなくてはならないものや迂回しなくてはならないものまで大きさはいろいろである。中でも飛び越える瞬間は非常に怖い。靴やアイゼン、ザックもあり、思うように体が浮かない。そして飛び越える瞬間には氷の壁に挟まれた下の見えない世界が足元に広がる。これまでのジャンプの中で最も緊張したジャンプだった。

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クレバスをいくつも越え、エギーユ・デュ・ミディを目指して歩く。雲一つない晴天に、強い太陽の光が猛威を振るう。体全身から汗が噴き出るほど暑い。3000mを超えている場所とは思えないほどの暑さに苦しめられながら、3時間ほど歩いてエギーユ・デュ・ミディに到着した。眼下に見えるシャモニーの街がほぼ真下に見えるほどにエギーユ・デュ・ミディは切り立っている。その姿はとても印象的でシャモニーから見えるエギーユ・デュ・ミディの姿が私は大好きだった。

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いよいよモンブランに向けて出発する。早朝にシャモニーから少し離れたレ・ズーシュまで行き、そこからロープウェイと登山列車を乗り継いでニ・デーグルへと向かう。ニ・デーグルからはまだモンブランの姿を見ることはできない。8時半に登山開始。モンブランの名の由来となる白さと対照的に、岩がゴロゴロとしている登山道を歩いてゆく。しばらく歩くと、そそり立つように雪稜へと続く斜面が見えてきた。その上にちょこんと乗っかっている銀色に輝く小さな建物が今日目指すグーテ小屋である。そこまでは一部を除いて岩場が続く。10時半ごろにテートルースの小屋でアンザイレンし、グラン・クーロワールに差しかかる。ここは落石が多いので全速力で駆け抜ける。天候によってはここの落石が収まらず、登山を断念せざるを得なくなるという。

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クーロワールを越えるとワイヤーのはられた岩場に差し掛かる。基本的なクライミングの技術があれば岩場自体の難易度は高くないが、すれ違いざまに相手のザックについているピッケルなどが自分の体に当たらないように注意が必要である。また、岩場の左側はグラン・クーロワールにつながっているため、落石を起こさないように注意が必要となる。

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岩場を登りきると旧グーテ小屋に到着する。ここでアイゼンを付けて、稜線をしばらく行き13時半にグーテ小屋に到着した。まるで宇宙船が斜面に降り立ってきたかのようにたたずむグーテ小屋は外見も内装もおしゃれな山小屋だった。エギーユ・デュ・ミディの上にある塔もそうだが、時にとんでもないところに建物を建てるフランス人の発想力には肝を抜かされた。

2階の食堂には世界中からやってきた登山者が集まり、いつも賑やかだった。食事は18時半からで、スープ、メイン、デザートの順に運ばれてくる。どれもテーブルごとの大皿でやってくるため、小食の日本人には十分すぎる量である。どの料理もとてもおいしく、飽きることはないが、毎回出てくるカチカチのチーズにだけはうんざりさせられた。

次の日の予定を全員で確認し、この日は20時半ごろに就寝。

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この日の天候は風が強いものの快晴。朝6時に小屋を出ていざサミットプッシュへ。

小屋から出てすぐに日の出が見えた。アルプスの山々のシルエットが美しく浮かび上がる。

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ドーム・デュ・グーテの登りに入ると山陰のため、日を浴びることなく単調な登りを登ってゆく。そして8時頃にドーム・デュ・グーテのピークに達するとモンブランがその姿を現した。モンブランに登り始めてようやく見えた山頂はまだまだ遠く先にそびえていた。ドーム・デュ・グーテで一休みし、そこからバロの避難小屋に向けて登ってゆく。この時点ですでに4000mを越えている。自分が経験したことがない高さにいるのに頭上にはまだまだ白銀の尾根が続いていた。

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バロの小屋についてからロープをショートロープにする。ここからはボス山稜に向けて、急な登りを登って行く。ナイフリッヂが続き、ところどころにクレバスが口を開けている。それを避けるように登りながら一歩ずつ確実に登ってゆく。

シャモニーから見上げていた山々が足元に広がっている。そして自分の立っている稜線は青空に向けてまっすぐ伸びていた。山頂はあと少し。そう思うと自然と涙がこぼれ落ちそうになる。それをグッと我慢して残りわずかとなった稜線を登って行く。

2019731日午前1115分。ついにモンブランの頂に立つ。

自分の立っているところよりも高いところにはこれまで見たことのないほど青い空があるだけで、眼下には憧れ続けたアルプスの山々は広がっていた。何度も夢ではないかと思うほど、見えるものすべてが美しい世界だった。

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ここまで半年間、共に頑張ってきたメンバーと固い握手を交わし、互いの健闘を称えあう。一緒に頑張ってきた仲間とモンブランの山頂に立てたこの瞬間を忘れることはないだろう。

山頂に10分ほど滞在し、下山を始める。ナイフリッジは登るときより下りるときのほうが格段に難しい。山頂からバロ小屋までの下りはこの日一番緊張したであろう時間だった。この日は風が強いということ以外は何の申し分のない天候が続き、ドーム・デュ・グーテで最後にモンブランを振りかえる瞬間まで、白き女王はその美しい姿を私たちに見せてくれた。

午後220分に全員無事グーテ小屋に到着。

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昨日同様、午前6時に小屋を出てニ・デーグルへ向けて下山を開始する。グーテ小屋を出てしばらくすると朝日が昇ってきた。旧グーテ小屋へ続く稜線を朝日に照らされながら歩く。

旧グーテ小屋から先は岩場に入る。ところどころでビレイを挟みつつ慎重に下りて行く。テートルース小屋に泊まっていた登山者が続々と登ってくる。すれ違いざまに、どの登山者も気さくに挨拶をしてくれる。山の挨拶に国境はないのだ。

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グラン・クーロワールでは若干の落石はあったものの、無事にテートルースの小屋まで下りきった。いよいよこのモンブラン登山も終盤に近付いてきた。振り返ると光に照らされキラキラと輝くグーテの小屋と真っ白なビオナセイ峰が見える。名残惜しかったが、いつか独立したアルピニストになった時に戻ってこようと心に決めて、登山列車に乗り込んだ。

昼前にシャモニーの街まで下り、シャレーに帰って皆で乾杯する。メンバーお気に入りのテラスからモンブランを望みながら食べたお味噌汁が最高においしかった。

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モンブランから下りたその日の午後から雨が降り出し、この日もどんよりとした天気だった。予定ではシャモニー周辺の山へ行く予定だったが、どうもこの天候では動けそうにない。シャモニーでの最終日は終日自由行動となった。わずか1週間という短い期間しか滞在できなかったが、改めてシャモニーの街を歩くとすべてが愛おしく感じる。素晴らしい山々に囲まれたこのシャモニーでの日々は一生忘れることがないだろう。

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 朝、晴れ渡った青空にモンブランの白い頂が輝いていた。それは白き女王の名にふさわしい美しく雄大な姿だった。シャモニーを離れる最後の最後までモンブランはその美しい姿を私たちに見せてくれた。

 お世話になったガイドさんに手を振りながら、シャモニーに別れを告げた。もっとシャモニーの街にいたいと願ったが、そうはしていられない。新たな一歩を踏み出すために、帰国の途に就いた。ジュネーブからヘルシンキを経由し、翌4日の朝に関西国際空港着。

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山を始めて2年。まだまだ経験も技術も足りない新米です。そんな私にとって、今回のプロジェクトは人生の大きな転換点となりました。このプロジェクトを通して共に登らせていただいた方々からたくさんの刺激を受けて、登山者として成長できただけでなく、これから社会に出ていく人間としてどのような人生を歩んでいきたいかを考えるきっかけにもなった半年間でした。このプロジェクトで得た経験を活かし、今後もさらに高みを目指していきたいです。

プロジェクトを立ち上げていただいた石井スポーツの方々やガイドの皆様、そして応援していただいたすべての方々に深く御礼申し上げます。