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2016年、映画館で見た映画21本目。

今回は映画「砂上の法廷」(公式サイト)を観てきました。主役がキアヌ・リーブス、それもアクションではなく法廷ミステリー、と聞いて、「お、なんか新味のキアヌが観られるかな?」と思い映画館へと行ってきました。

(以下、ネタバレ注意。)
といってもやはり本作はシナリオ重視で書かざるおえないですね〜。と言うことは私はこのストーリー(脚本)はアリだな、と思っていますので。人によってはあまり好きではない方もおられるでしょうね。悪は悪、みたいにわかりやすいところが好きな方にとっては。

まず、そもそも考えないといけないのは裁判というシステムが「性善説」で行われている、という前提で皆考えている、と言うところがこの話の根本ではないでしょうか。しかしそこに敢えて「性悪説」だったら?というという一石を投げているのでしょう。この場合、犯罪の結果、法として裁かれる善悪ではなく、人の持つ心理、と言ったところの善悪です。「人は(時に)ウソをつくものだ」というところ。しかし本作では「それを正さないといけない」(=後に雇う女性弁護士視点)とならないところがまたおもしろいところなのですが。

こっからは特にネタバレ的感じなので注意を。

確かに証言はウソもある、と言うのは結末まで観ればよく分かる、と思いますし、真実はラストにかけてしっかりと描かれています。しかし、ウソはどこまでがウソだったのでしょうか?私が考えるウソの範囲を本作で考えるなら、被疑者となる少年が家に帰って来て指紋をつける、辺りまでは真実かな、と思います。その後、少年がその後黙秘して裁判を迎え、時に大きな「ネタ」を盛り込みます。しかしこれもウソ、だと思うこともできる、と私は思うわけで。例えば、被害者死亡から警察を呼ぶまでには時間があるでしょうから、少年には(本当の真実を伝えぬまま)顧問弁護士が「オレが裁判でなんとかするからおまえはまずは黙秘して、その後(インパクトが出るように)<ネタ>を明かせ」という事も可能だった、故に計画的な裁判だった、のかもしれません。だから女性弁護士は「本当に(ネタ)があったの?」と聞くわけですが、それすら「無罪を勝ち取る」という前提の前ではどうでも良い些末なこと、だったのでしょう。

90分前後の映画って、見やすくていいんですよね〜。脚本がうまくまとめられているからこそ、こうして短くもできたのでしょうけど。

演技する俳優陣はもうこれで十分かな〜、と思う感じですね。あまり激情に、というよりは(法廷真実ドキュメンタリーを見るかのごとく)淡々と進めつつ、時折「探偵パート」が出てきたかな、と思います。

ま、複雑に絡んではいますが、芯たる部分は筋が通っているので、後は自分がどこまでがウソか、と思うところによって映画そのものの評価も変わってくると思います。
私としてはこのシナリオは「アリだな」と思ってますよ。

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