高岳堂Blog

上方落語を愛す

きょうのNHK「演芸図鑑」は、出演がハマカーン、笑福亭松喬、トークゲストは高橋英樹。
松喬師は「初天神」。
出だしは羽織の件りから両親の秘密の暴露話で、ごく正統的。
親の言いつけを守らない場合のお仕置きが入って、「大川にほかす(カッパの餌食)」「丹波のおじさんのところで炭焼き奉公」「サーカス団の人買いに売る」。
みたらし屋での応対も上方版の丁寧さ。「上方」をアピールする姿勢が濃厚。

戸部田誠「笑福亭鶴瓶論」読了。
テレビ・ラジオ、新聞・雑誌、ネット記事上などで鶴瓶師が発言したことを引用して論を構成している。キーワードとして「彼の生き方に通貫している『スケベ』な思想」を掲げ、「スケベ」を拠り所として進める。
その膨大な出典には感心するが、言葉の切り取りによって積み上げられた論であるため、その検証には時間を要する。著者も「もし鶴瓶本人が本書を読めば、きっと『俺、こんなん違う!』と言うだろう」と自覚はしているが、それでも推測に導かれる鶴瓶像は大きく的を外していないだろうと思わせる。「スケベ」というキャッチーなフレーズには奇をてらった作為を感じさせるけれど。

11月12日放送のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴く。
2006年6月17日の録音で、桂梅團治師の「佐々木裁き」。
豪放なだみ声でトントンと調子よく、なぜか笑福亭の香りがする。
お奉行事(ごっこ)の喧嘩口論の申し開きの説明で、もはや「古語」の「へんねし」を使ったり、「揃うてやすか」の鉄っちゃんの口調はまるでおっさんだったり、イマドキではないところが逆に可笑しい。
四郎吉帰宅時の綱五郎の愚痴では、「お奉行事」の前に「葬礼(そうれん)事」が入っていた。
奉行との問答の仙人の件りで切って、サゲ。

きょうのNHK「演芸図鑑」は、出演が青空球児・好児、三遊亭王楽、トークゲストは桂歌丸師。
球児・好児先生の漫才はスタンドマイクがない。結構動き回る。往年の「ゲロゲーロ」。
王楽師は「高砂や」。
落語というのは常識を教えるものでもある。常識を踏まえた上で、誤解や失敗が落差となって笑える、というのがよくわかる。

いろはさんのススメで11月5日のABCラジオ「日曜スペシャル」をタイムフリーで聴いた。
桂吉朝師の命日に合わせた企画の「ラジオ師匠噺!」。出演は、桂吉弥と同期の桂春蝶の両師。エピソードが満載。
春蝶師は「吉朝師から4本のネタをもらっている」。「七段目」で「どこのどなたか存じませんが」のところを「どこの誰かは知らないけれど」と言ってしまうと、「それは月光仮面なわけや」と突っ込まれた。こういうことをおもしろがる一端が垣間見られる。
稽古のあと、よく蕎麦屋・ゆたか庵に連れられたが、その際「他人にわからずとも自分だけの笑いのツボはあるか。その笑いの世界観を古典落語に落とし込め。それがお前のネタになる。間に合う。収まってる場合やないで。無茶苦茶やれ」と言われ感動。
三代目桂春團治師のところに吉朝師が「高尾」の稽古で訪れたとき、その様子を見ていたが、稽古すら様式美、数見た稽古のうち最も「綺麗な稽古」だった、と言う。
吉弥師は、東京の落語会での「東の旅」のリレー落語で、「発端」の叩きを「こんなん(イマドキ)わかりますか?」と愚痴りながら(茶化して)やって舞台を降りたとき、「そういうのとちゃうねんなあ」と言われて堪えた。後刻「お前が発端の叩きを(正統的に)やって東京の客をびっくりさせてほしかったんや」と言われた、という話。
弟子を取って間なしの責任感や緊張感から生まれる、師匠である吉朝師と吉弥師の関係性、直弟子の立場と孫弟子の立場で接する米朝師との関係性、他門の弟子師匠の関係性など、微妙な機微に関わるエピソードがたくさんで大変おもしろく聴いた。
最後の「あなたにとって師匠とは」の問いに、春蝶師は三代目を「バイブルであり、濱田家に最も影響を与えた人」、吉弥師は「カーナビのような方位磁石のような存在」。
こんな番組は大歓迎。

11月5日放送のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴いた。
前半は、来年1月20日にアルカイックホールで行われる「第116回上方落語を聴く会」の告知。
昼の部の出演は、桂文珍、笑福亭仁智、桂米二、桂吉の丞、月亭方正の各師。夜の部は、「しごきの会」として笑福亭銀瓶師がネタおろし三席。助演に笑福亭松喬、桂南天の両師。
楽しみな番組である。しかも当日は生放送もある。太っ腹もたいがい。首が長くなる。
後半は、この会の第1回の録音から、橘ノ円都師の「高尾」。

きょうは吉朝忌。今年は十三回忌に当たる。
もう12年も経ってしまったのかと思う。ひと回り。存命なら62。どれほどの味が出ていただろうかと思う。
今年は弟子たちによる追善の一門会が全国4ヵ所で行われ、多くのファンが師を偲ぶことになるだろう。会では生前の映像が流されるそうで、大阪・国立文楽劇場では「化物つかい」、名古屋・中電ホールは「住吉駕籠」、東京・国立劇場は「猫の忠信」、尼崎・ピッコロシアターは「昆陽の御池」だという(大阪・名古屋は済んでいる)。
さて今年は、「化物つかい」を聴くとするか。

きょうのNHK「演芸図鑑」は、出演がマギー司郎、桂米團治、トークゲストは桂歌丸師。
米團治師は「京の茶漬」。
往年の米朝師を彷彿とさせる。外貌は親子だから当然として、ちょっとした仕草や大袈裟と思われる口調にさえ若き日の米朝師が偲ばれるのは、遺伝としか言えない。
ようやく一膳をよそえた茶漬にしては口にする量に合点がいかないけれど。

きょう16時から放送の「平成29年度 NHK新人落語大賞」を観た。
今回の出場者と演目は、立川こはる「権助魚」、桂三度「つる(と、そのつづき)」、古今亭志ん吉「紙入れ」、三遊亭歌太郎「磯の鮑」、笑福亭喬介「牛ほめ」。司会は林家たい平師と南沢奈央。審査員は桂文珍師、柳家権太楼師、近藤正臣氏、やまだりよこ氏、井上勝弘(NHK)の5人。収録はNHK大阪放送局のスタジオ。
こはる「権助魚」は、性別不詳の外貌や声質から、特に女流であることの不利を感じさせなかった。
三度「つる(と、そのつづき)」は、後半の創作部分が意外性に富んでいて、非常におもしろく聴いた。それだけに前半の「古典」部分の粗さが残念に思う。
志ん吉「紙入れ」は、この噺を得意としていると見受けられ、安定感がある。近藤氏の講評のとおり、おかみさんの描き方が巧い。審査員の講評では当たり障りのないことが多いが、権太楼師が「旦那登場時の視線」について言及したのが印象的。
歌太郎「磯の鮑」は初めて聴く噺。与太郎の「与太郎ぶり」が、おそらく本人のフラに合致して惚けた味わいになっている。
喬介「牛ほめ」も本人のフラが滲み出ていて、歌太郎のケースと違って「大阪のアホ」が強烈。権太楼師が「『時うどん』は演るか」と問うのもよくわかる。
審査は、審査員がそれぞれの演者に10点満点で採点し、合計得点が最も多い者が優勝。結果、歌太郎が48点、喬介47点、三度46点、こはると志ん吉は42点。収録会場の立地や観客の入れ具合もウケ具合に影響が出ると思うが、高座での出来からすると順当だと思った。むしろ各審査員がどのように配点したかに興味があったが、そのタイミングでちょうど牛乳屋さんが集金に訪れたので観られなかったのが残念。

読売テレビ「平成紅梅亭」の第100回分の公開収録が10月31日にあったようだ。
ホームページ内の募集要項によると、出演は桂米團治、桂福團治、笑福亭松喬、桂文枝ほかとなっている。
かつてとは放送間隔が恐ろしく空いて、ホームページやTwitterの更新もたまにしかなく、気にはしているのだがなかなかチェックが難しい。
さてオンエアは今月か。

移動の合間、10月29日放送のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴く。
2014年2月1日の「第112回ABC上方落語を聴く会」昼の部の録音から、桂雀三郎師「哀愁列車」。
失恋のセンチメンタルジャーニー行程にある男は、大学8年めというから26歳以上。高座の雀三郎師はとてもそうは見えないはずだが、落語は見た目を打破する。新しい恋の出会いを妄想するのは定番と言えるかも知れないけれど、期待を外す面々が強烈だから破天荒の度合いがエスカレートする。
11月26日の独演会では「船弁慶」「質屋蔵」とこの噺をかけるらしいが、どんなアレンジが加えられるのか、興味深いところである。

きょうのNHK「演芸図鑑」は、出演がロケット団、桂佐ん吉、トークゲストはジュディ・オング。
佐ん吉は「盗人の仲裁」。
目の前の夫婦喧嘩の仲裁をすべきか否かの葛藤は標準語の悪魔と天使。標準語が良いのかどうか。全国放送を意識したものか。
夫の大工が掲げる物は道具箱のはずだが(少々大きいような気もするが)、客席は理解しているだろうか。細かい仕草の意味が伝わらないとつらい。他にも箪笥から着物を出す順番や荷造りの所作など、細心の注意を払っていると思われるが、さてお客に伝わっているのかしらん。
夫婦のそもなれそめから結婚に至る経緯は、聞きようによってはノロケでもあり、わざわざ仲裁に入る盗人を含め、実は愛すべき人間ばかりが登場する噺で、いかにも落語らしいと言える。

10月22日放送のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴いた。
まず桂文枝師のインタビュー。芸能生活50周年の公演の告知が主眼で、過去を振り返る。「大変だったのが富士山初登頂での落語会」、「創作落語のヒントを永年司会の『新婚さん いらっしゃい』で得たこと」、新開地の新しい定席のこと、などなど。
落語は初代桂春團治の昭和5年のSPレコード録音で「喧嘩の仲裁」。
ボケ役のヨシの言葉遣いを聴くと、桂枝雀師を思い出す。初代のファンだったらしい枝雀師の口調は、鮮やかな初代の模倣となっていて、師の遊び心と傾倒ぶりが今さらながらによくわかる。

今朝のMBS「らくごのお時間」は、6月17日に行われた昼夜公演の「ぷいぷい落語会」での開口一番、桂三語「狸の賽」と桂佐ん吉「桃太郎」。
三語の「狸賽」は以前にも何かで観ておもしろかった印象が残っているが、今回もサイコロの目が七や十であったりの工夫を加え、息と間(ま)のツボを心得た進め方。
佐ん吉「桃太郎」は、少々噛むところもあったが、「歳はコンセントが抜けて消えてしもた」など、イマを意識した工夫を盛り込んで、落語初心者への配慮に苦心している。
最後に、10月8日の大阪松竹座での「三喬改メ七代目笑福亭松喬襲名披露公演」の様子をチラリ。
次回は11月26日の放送。

今朝の日経新聞文化面「交遊抄」に、立川談四楼師が「永遠のマドンナ」と題して寄稿している。「交遊」のお相手は今陽子。
談志師のオッカケをしていた頃にデビューしたピンキーとキラーズのボーカル・今陽子のファンになり、弟子入りして付き人となって、談志師が司会の歌番組で会うことはあっても、そこは身分が違う。12年後、例の協会脱退騒動を元にした小説をきっかけに夕刊紙の対談ホスト役となった折り、彼女をゲストに招いて以来交遊が始まり、お互い公演に行き来するようになったという。
この欄に登場する人は往々にして会社の偉いさんだったりするが、交遊の度合いはそれぞれで。濃度は薄味だが、タイトルのとおり「永遠のマドンナ」の関係性なのが巧みな文章でよくわかる。

タイムフリーで聴いた10月15日放送のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」は、笑福亭鶴二師の2008年7月の録音で「七度狐」。
基本的に正調も、野宿のクスグリでは「市場で寝たら『いちじく』か」を加える。
口跡鮮やか。言い廻しに仁鶴師が入ることがある。師匠ではなく超兄弟子に当たるわけだが(六代目の筆頭弟子と最後の弟子)、不思議と似ることもあるのだろうか。

きょうのNHK「演芸図鑑」は、出演がタイムマシーン3号、隅田川馬石、トークゲストは瀬古利彦。
馬石師は「鮑のし」。
お祝い事は「今晩地主さんのところで婚礼」。
魚屋が鮑を薦める際に「尾頭付きじゃないが、鮑は熨斗の根本だから」と言うのは、あとで教えてくれる友人が登場しないから。「つなぎ」の意味も口上の教授の中で説明する。
サゲは「(事情がわかったのなら)お返しに一円ください」。
持ち時間が少ないので、頼りない甚兵衛さんのボケぶりが主。

関容子「客席から見染めたひと」読了。
舞台俳優から歌舞伎役者、狂言師、落語家まで、関氏の「ラブコール」で叶ったインタビュー。
取り上げている舞台人は、仲代達矢、串田和美、小日向文世、岸部一徳、麻実れい、桐竹勘十郎、中村扇雀、片岡秀太郎、藤間勘十郎、中森貫太、野村萬斎、矢野誠一、桂米團治、柳亭市馬、柳家小満ん、春風亭小朝という錚錚たる面々(矢野氏だけ評論家だが)。
自らを語ることは師匠を語ることになっている。
特に印象深かった師匠のエピソードは、柳亭市馬師の項で、「師匠(五代目小さん師)が泣いている姿を三回見たことがあるという。『一人は大阪の六代目(笑福亭)松鶴師匠が亡くなったとき。若いころから兄弟分のようにして親しかったそうですから。もう一人は藤山寛美さん。大の贔屓だったみたいです。それから三人目は、初代(尾上)辰之助さんのとき。息子さんに先立たれたお父さんの二代目松緑さんの気持ちを察して、たまらなくなったんだと思います』」の件り。
本人の芸に向き合う姿勢とともに、師匠の人柄も滲み出ている。

10月8日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴いた。番組が始まってちょうど20年という。得難い番組である。
出演は六代目笑福亭松喬師、2004年10月の録音で「首提灯」。
正統的に、「上燗屋」から。
酔い方の度合いが難しかろうと思う。あまりに酔い過ぎて、リフレインが多くなると聴きづらいし、流暢に喋ると酔っていないように聴こえるし、それこそ上燗ではないが「頃加減」が難しい。ほろ酔い程度が適当だろうが、それもまた人それぞれだろう。我が身では妥当な線がなかなか把握できないかも知れない。他人の様子が参考になるはずだ。

きょうのNHK「演芸図鑑」は、出演が海原はるか・かなた、柳家喬太郎、トークゲストは瀬古利彦。
喬太郎師は「茶代」。
珍品の部類なのだろう。小咄がひとまわり大きくなったような噺で、些細なことだけどウィットがある。この番組の持ち時間では、このくらいの小品が適している。噺の選択も演者のセンスだと言える。

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