高岳堂Blog

上方落語を愛す

けさのNHK「演芸図鑑」の出演は、ホリ&山本高広、桂文珍、対談ゲストは高田明。
文珍師は「ねむれナイト」。
不眠症の男とのやりとり。小ネタが満載で、脱線可能な創作落語。今年の88独演会では、この噺を別名の「桂珍幻彩」で口演したらしい。気楽な高座だったはず。

8月7日のNHK Eテレ「落語ディーパー!」を録画して観た。今回取り上げるのは「あたま山」。
冒頭、柳家花緑師が粗筋を1分58秒で語る。
1957年の五代目古今亭志ん生師の録音や山村浩二監督の映画「頭山」も紹介される。
他のシュール落語として「胴斬り」や「二階ぞめき」が挙げられ、現実にはあり得ない、実像ではない、言葉に依存する落語の表現特性が話題になる。理論面では、二ツ目の柳家わさび、柳亭小痴楽、立川吉笑の意見はやや説得力に欠ける気味がある。むしろ素人ながら落語好きの東出昌広に、役者ながらの本能的な感性が光る。
今回は、花緑先輩の手前か、一之輔「助教」の弁に遠慮が見受けられたが、こうやってひとつの噺を基に芸談の花が開くのは楽しい。

8月6日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴く。桂ちょうば「青菜」。
スタンダードでは現代に通じにくい部分を自らの年代の感覚に置き換えている。
柳蔭や鯉、果ては青菜にまで「大名○○」と奉ることはない。「てしょう」とは言わず「小皿」。いつにない植木屋の挙動不審に大工の竹さんは「まじない」と言いつつ「儀式」とも言う。今の人にはこのほうがよいのだろうか。
「京へ行くどころか十三にも行ってまへん」は、「高槻にも」の微妙な線に軍配を挙げたい(十三の場合は阪急で、高槻ならJR=国鉄というのも良い)。
旦那が奥方の隠し言葉に気づく様が高座であったかどうか、映像ではないのでわからないが、細かい演出の有無は気になる。
植木屋のおかみさんは押入れではなく畳下に潜む。サゲが「わしの言うことがない。あー恥ずかしい、わしも穴があったら入りたい」だから整合性はある。シチュエーションが先かサゲが先か。
いろいろと工夫があっておもしろい。

珍しくCMが挟まって、1903年録音の三代目柳家小さんの「みかん屋」。3分ほどの、みかん販売はごく粗筋だけのような究極の短縮版で、時を置き、近所の火事を横浜の火事と言い、「元値は隣裏の火事」がサゲ。これが天才小さんなのか、と思う。

けさのNHK「演芸図鑑」の出演は、ナイツ、柳家権太楼、対談ゲストはビートたけし。
権太楼師は「町内の若い衆」。
サゲは「朝っぱらから」にそぐわないものだが、そうと感じさせないのはおかみさんの奔放さからだろう。
「青菜」のように、生活レベルの違うことによる言葉の意味のギャップに笑いを生じさせる仕組みの噺なのだが、いわゆる下層の庶民であるおかみさんが「ここで言うべきセリフ」と認識するきっかけに乏しい気がする。軽い部類の噺だけに、逃れられない気づき、もしくは気づいたことの表現が必要だと思われる。

7月31日のNHK Eテレ「落語ディーパー!」を録画して観た。
落語好きという東出昌大が一般視聴者に落語のおもしろさを説いて勧める。「へー、東出昌大って落語が好きなんだー。一度どんなのか聴いてみようか」と誘導するには好適な人。
春風亭一之輔師は質問に対する教授役。若手真打だから、教授というよりは准教授みたいな感じで身近に思えるのではないか。
サブの進行が法政大学落研出身の雨宮萌果アナ。変にでしゃばらないので良し。
柳家わさび、柳亭小痴楽、立川吉笑の二ツ目連中が微妙に難しい位置。変にアピールしようとすると悪目立ちするし、若手ならではの特長が出せるか。
今回取り上げられた噺は「目黒のさんま」。毎回過去の名人と言われる人の映像も流されるようだが、今回は十代目金原亭馬生師と五代目三遊亭円楽師と柳亭市馬師で、殿様が焼き上がったさんまを食する場面の比較。地の文の扱いなど演出の違いが明らかで、こういう試みはおもしろい。馬生師の的確さがすばらしい。
二ツ目に同場面を実演させるのは酷だが、ネット上で全編を公開しているのは融合の利点である。
次回は「あたま山」。とりあえず録画しておいて後日観るパターンでいこう。

7月30日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」は、桂華紋で「粗忽長屋」。
達者な語り口で、吉朝師や米團治師の口調に似ているところもある。噺自体もシュールであり、上方ではあまり馴染みがないので(すっかり上方落語になっている)、聴衆の興味をひきつけやすいのかも知れず、大きな笑いに繋がっている。将来が楽しみな若者だ。
ゲストは月亭天使。自らが主宰の落語会の告知。

NHK Eテレで「落語ディーパー!」という番組が今夜から始まるみたいだ。
東出昌大と春風亭一之輔師が主たる案内役で、各回一席を紹介するらしい。ほかに柳家わさび、柳亭小痴楽、立川吉笑らが実演したり、過去の名人と言われる人の映像など。見逃さないよう録画の準備をしておかなければいけない。
最近のNHKの「落語押し」は著しい。

けさのNHK「演芸図鑑」の出演は、おぼん・こぼん、柳家さん喬、対談ゲストはビートたけし。
さん喬師は「代り目」。
一般的には「替り目」と表記されることが多いと思われるが、今回NHKは「代り目」としている。意図があってのことだろうか。燗酒の「おかわり」のことは、本当ならどう書けばよいのか。
噺の内容も、従来のポイントではない部分に新味をつくっている印象。
実働していない俥賃を払ったり、深夜の酒肴におでんを買い求めたり(おかみさんのほうが提案している)、決して最下層の裏長屋の所帯ではない生活レベルが見受けられる。

7月23日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」は、桂米輝で「イルカ売り」。
新作。米團治独演会に前座として出演する折り、習ったこともない、存在自体知らない「イルカ売り」という噺がネタ出しされており、師匠に訊いても教えたと叱られ、出番が来たのでやむなく高座に上がったものの、知らないので演れるはずもなく、「時うどん」や「みかん屋」で誤魔化そうとしたが客に指摘され、とうとう師匠に高座を降りるよう促される。替わりに出た米團治師が謝るも、自身の事前告知のネタも「カバ洗い」。
内輪ウケの噺だけれど、シュールでおもしろい。
ゲストは桂文珍師。定例の「8・8」独演会の告知。

けさのNHK「演芸図鑑」の出演は、Wヤング、三遊亭遊馬、対談ゲストは壇蜜。
遊馬師は「佐野山」。
サゲの地口落ちでかろうじて落語らしくなっているけれども、ほとんど講談。前出の漫才で結構笑ってしまう聴衆の様子から、収録順はひょっとして落語→漫才ではなかったかと思わせる。それほどに辛抱強く聴かねばならない。

7月16日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」は、三回に亘る笑福亭三喬師「らくだ」の最終回。例によってタイムフリーで聴く。
紙屑屋の履歴にはしんみりとさせられる。実際、ヤタケタの熊五郎さえ泣いてしまう。このあとに主客逆転があるので、単に酒癖のせいばかりではなく、この効果によるものと推察できる。
「葬礼(そうれん)や、葬礼や」と囃す件りでは、前の出番の桂吉弥師が「地獄八景亡者戯」の中で「やっぱ好きやねん」を歌ったことを「二番まで歌いやがった」と皮肉り大爆笑。
らくだが棺桶(替わりの漬物樽)から脱落したり、願人坊主が焼き場で熱がったりする場面は、状況を容易に想像できなければあれほどの笑いは起きないだろう。聴衆を噺の世界に引き込んでいる証左と言える。

きのうのNHK「演芸図鑑」の出演は、桂三四郎、瀧川鯉八、柳家わさびの、珍しく二ツ目クラスの若手三人。対談ゲストは壇蜜。
三四郎は「かずとも」。幼稚園児らしき「かずとも」君の祖母のお通夜での発言は「大人の常識」とのギャップのオンパレード。
鯉八は「新日本風土記」。噺というより漫談の部類だが、聴くほうのセンスが問われる恐怖心さえ生まれる。独特の語り口はハマるとハマるはずだ。
わさびは「ぼたもち小僧」。彼だけ古典で「蛙のぼたもち」。他愛ないけれど、小僧さんは彼のニンに合っている。

7月9日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴く。三回に亘る笑福亭三喬師「らくだ」の二回め。家主への酒肴要求を断られての対策指示の場面から。
紙屑屋が「三番まで歌える」というかんかんのうを明瞭に歌う。
漬物樽を手配して戻るとヤタケタの熊が利き酒しているが、ここで「そういえばらくだの家財類はろくなものが残っていないはずだし、このときの湯呑みはどうしたものか」と疑問が湧く。すると三喬師は「家主んとこのオバンが持ってきた」「上町の寿司屋の湯呑み」と理屈づける。なるほどこれならば湯呑みの存在も、実は酒好きという紙屑屋が、いくら働きづめとは言え普通の湯呑み二三杯程度で酔っ払い状態近くに至る不審も解決でき、寿司屋の湯呑みならばさもありなんと納得できる。
煮しめの高野豆腐と小芋の食し方は音声だけの不利。おそらく腕に伝う汁をねずる場面は大きな笑いどころ。
三杯を呑み干したタイミングでフェイドアウト。

けさのNHK「演芸図鑑」の出演は、大木こだま・ひびき、柳家東三楼、スペシャル対談は山折哲雄。
東三楼師は「壺算」。
時間的制約があるためか、枝葉のクスグリはバッサリ刈り込んで、基本の筋に沿って進む。刈り込む勢いで幹にも傷がついたか、「現金の三円と壺の三円」の理解に苦しむ様には重量感が乏しい。混乱の「困り」が軽くなって勿体ない感じがする。
サゲは、東京のパターンなのだろう「この一荷入りのかめを持って帰ってください。この三円もお返しします」。これまた聴衆に「さて損得はどうなったか」と考えさせることになってしまうのではないかと思うのだが。

7月2日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」をタイムフリーで聴く。
今回から三回に亘り、「ABCラジオ第115回上方落語を聴く会」夜の部の笑福亭三喬師の「らくだ」。
今回は紙屑屋が大家に酒肴の用意を断られたところまで。
旧来の、今では通じにくくなっている言葉は変換している。また、らくだが死んだことを知った関係者の反応を、同じリアクションにしてパターン化している。
かんかんのうや笑いどころの通夜での酒肴は次回。

6月9日のNHK大阪ローカル「上方落語の会」の録画を観た。笑福亭喬若「長短」と桂団朝「一文笛」。
喬若「長短」は、気の長いほうの「間(ま)」をどれだけ許容できるか、客もそうだが演者の辛抱が大事で、どうしてもその間は笑いが少なく、恐怖心さえ覚えると思うが、気の短いほうへの転換によって大きな笑いが生まれることを糧にじっと我慢せざるを得ない。長い間の切り方も肝心。
引き換えて団朝師の「一文笛」は、もて余す間はなく、笑い自体は少ないがストーリーテリングにどっぷりと引き込まれる。後半からは子どもの生き死にに関わることなので緊張が先に立つけれど、最後の最後に明かされる種明かしで緩和による笑いが弾ける。緊張が解き放されたあとの安堵が笑いに凝縮する。

けさのNHK「演芸図鑑」の出演は、ナポレオンズ、笑福亭たま、スペシャル対談は山折哲雄。
たまは「ちしゃ医者」。
既存の型では一度だけ用いられる「高下駄とぞうりを片一方ずつ履いている」を二度ならずサゲにまで採用。タイトルの「ちしゃ」には一切言及せず「やぶ医者のお話」とサゲている。二度めからサゲには時間的にブランクがあり、シチュエーションが同じことの発想から、サゲ前の三度めも効果的。既存型でも笑いがくるのだが、よりわかりやすい上方得意の糞尿譚を強調する型にしている。
対談は珍しくロケで、嵐山の宝厳院にて。

きのう6月30日のNHK大阪ローカル「上方落語の会」は、露の団姫「松山鏡」と桂小枝「蛸芝居」。
団姫の着物は男物。「松山鏡」は、少々訛りがあり口調も大袈裟だが、子どもウケしそうな「わかりやすさ」でもある。サゲでは「尼になった」と被っていたかつらを取る。
小枝師はテレビタレントの印象が強いけれど、師匠譲りかと思われる確固とした「蛸芝居」で、ゆめゆめ侮ることなかれ。あの特徴的な髪型も黒縁メガネもそんなに気にはならず、正統的な芝居のセリフ廻しや所作に引き込まれているということか。知らなかったのだが、他にも結構大ネタを手掛けているようで、従来の師のイメージは払拭されなければならない。

25日のABCラジオ「日曜落語 なみはや亭」は、「ABCラジオ第115回上方落語を聴く会」昼の部の桂文三師の「親子酒」。
酒はあまり嗜まないという文三師だが、酔っ払いのセリフの口調は堂にいっているというか、酒呑みの酔っ払い表現と遜色はない。むしろ息子の陽気な酒は、師のニンが窺えて結構なものになっている。うどん屋に乗りツッコミを強要するところなどは、酔うているのかそういう気質の人なのかわからないほど。

きのう6月25日のMBS「らくごのお時間」は笑福亭喬介で「七度狐」。
声が師匠である三喬師に、特に「アホ声」がよく似ている。師匠選びの際には、そもそも芸の素晴らしさに共鳴するものだろうが、肌合いが合いそうだとか、自分に近いものに共感する本能が働くのかも知れない。
従来のいわゆる古典の型にいろいろなクスグリが加えられていて、そのほとんどは師匠譲りの工夫だと思われるが、ニンから滲み出る色は、喬介のものとして認知できる。ということは、この師匠と弟子は色合いがごく近いのだと言えるだろう。

このページのトップヘ