高岳堂Blog

上方落語を愛す

三代目金馬「居酒屋」と「品川心中」

今夜のTBSラジオ「ラジオ寄席」は三代目三遊亭金馬特集。「居酒屋」と「品川心中」。
代名詞となったと言われる「居酒屋」である。さすがに手馴れた感がある。
「男」は、酔うほどに茶目っ気が出てくるものの、ごく常識人に思える。二杯めから出るしゃっくりのようなものは、酔いの進行度合いのシグナルなのだろうが、酒呑みであるはずなので、酔うのが少し早い気がする。
「品川心中」は(ええかいなと思うほど)なんでもよく笑う客。
「女」は師の声の質のせいか結構な大年増のイメージがする。
噺に引き込む力は並大抵ではない。
いつも思うが、サゲにつながる暗闇のどさくさは、本筋からはかけ離れているので興醒めにしかならない。なんでこんな噺の構成になったのかしらん、と思う。

「第1863回黒門亭」

きょうの黒門亭第1部(第1863回)は「光る二ツ目の会」。入りは八分だが、前の人が背の高い人で、すなわち座高が高く、観にくい(仲入り後に帰られたので後半助かる)。
出演・演目は、
三遊亭しあわせ(前座)「子ほめ」
柳家花いち「弥次郎」
柳亭こみち「白鳥版明烏」
仲入り
三遊亭時松「花見酒」
柳家右太楼「小間物屋政談」

前座の噺は短縮版が多く、同じ噺でも
人によって構成が違うもので、しあわせの「子ほめ」は厄年以降の上の年齢手順を省き、すぐに子どものケースを尋ねる。自ずと通りすがりの男や伊勢屋の番頭は出てこない。後半がメインだから持ち時間によってはこれでよい。
冒頭に「『錆田』の隠居」や「のり屋の婆」が出てくるのは初めて聴くが、なんとなく上方の匂いがする。

花いちの「弥次郎」のとき、前が観にくいから俯いて聴いていたら、いつのまにやらウツツとしていた。不覚。

こみちの「白鳥版明烏」はオリジナルを店の従業員からの視点で見た噺に改編されているもので、本編を知っているとなおおもしろい。禿が登場し、花魁が人生訓を語り、若旦那の後日譚が加えられているのが新味である。吉原を虐げられた女性の末路の場としない視点が新しい。女流に合っている。

時松の「花見酒」は達者な印象。酒好きが一杯めから酔うのは、しばらく呑んでいなかったとは言え、また三升の樽を担いでいるとは言え、あまり合点がいかないが、呑みっぷりがいいものだから「うまい酒」が呑みたくなってくる(いつも安酒ばかりだから尚更)。
うまくできた噺である。

出噺が「外記猿」で、それだけで意識があらぬほうへ行ってしまうが、それはさておき右太楼の「小間物屋政談」はきっちりと聴かせる高座だった。もちろん笑いも十分に確保し、二ツ目の力量はとうにクリアして次の段階を視野に捕らえていると言える。
欲を言えば、独創的な(あるいは彼のカラーによる)噺の解釈がみえるとなおよいのだろうと思う。気に入っているがために、あえて注文をつけたい。

右太楼「寄合酒」

落語協会のHPの「インターネット落語会」で柳家右太楼「寄合酒」を観た。池袋演芸場の二之席での収録。
「酒は自分が用意するから、肴をめいめい持って来い。『寄合酒』しよう」と言う。たしか上方版ではこの会合を「寄合酒」とは称していないが、こう言い切ってしまったほうが主題がはっきりするということだろう。
鱈、数の子、鰹節、鯛の材料収集まででサゲたが、収集の過程はほぼ同じ。前の三種はすべて乾物屋からの強奪で、気の毒なこと。鰹節のケースは、子供数人の遊びの輪に入り、乾物屋子息をそそのかす。
「寄合酒」と言いながら酒は一切出てこない。

卒業間近

落語協会や寄席のHPを見て、今月来月の若手の会をチェックした。
そんな中で目についたのが3月21日から真打に昇進する春風亭一之輔の出番。
鈴本早朝寄席では、3月11日と3月18日に名前が挙がっていた。いわゆる「卒業公演」の意味合いがあるのだろうが、まさに昇進(21日の鈴本の下席から)直前で、2週続けての出番は注目すべき。おそらく満席になることが予想される。
もうひとつは「福袋演芸場」。池袋演芸場で紋日に行なわれる二ツ目の会のはずだが、5月3日の第94回では「番頭」として一之輔の名前がある。時期的には二ツ目ではなくなっているわけで、どういう立場かと不思議に思うけれど、そんなことはどうでもよい。
また、9月17日の第96回でも「番頭」として古今亭朝太の名があり、古今亭菊六も出番になっている。こちらは昇進は「2012年秋」だから直前でのお披露目なのだろう。
真打昇進が決まっているということは実力のお墨付きがあるわけで(ことに今回の小三治師主導の経緯からすれば尚更である)、期待の若手を気安く観られるのはありがたい機会である。

上方落語寄席発祥の地

120204 帰省中。
かと言って落語会に行ける余裕もなく、なんとか間隙を縫って「上方落語寄席発祥の地」の顕彰碑が建立されたと聞いていた坐摩神社に行ってみた。
本殿にまずは詣り、左手に碑があるのはすぐわかる。
大坂で初めてこの地に常打ち小屋をつくったとされる初代桂文治を讃えたもので、碑には肥田晧三氏と現代の常打ち小屋である天満天神繁昌亭開設に尽力した桂三枝会長の文章が書かれている。中央には当時の興行番付の銅板がはめ込まれている。
ただ現状では見る人も少なかろう。この碑の存在と初代文治の偉業をもっと広く知らしめるためにはなんらかのイベントが必要ではないだろうか。

菊志ん「本膳」

アパートに電話を引いて(ひかり電話)仕事上のパソコンを持ち込み、インターネットが自由にできる環境が整った。
おっとり刀であちこち散策し、落語協会のHPの「インターネット落語会」のアーカイブから古今亭菊志ん「本膳」を観た。この噺は初めて聴く。
同種ならば「茶の湯」も同じ位置にあると言えようが、権威に対する笑いという意味からすればさらに真にすばらしい落語であると言える。田舎者が主人公であることから、逆説的に二重のアイロニーがある。そういうことから高度な成立意味があるが、こと笑いを求める本能からは物足りなさがある。学術的に立派なだけではなかなか継承されないのが大衆芸能である。

朝太「壺算」と白酒「代脈」

今夜のTBSラジオ「ラジオ寄席」は、古今亭朝太の落語、Wコロンの漫才、桃月庵白酒の落語。
朝太は「壺算」。ではあるけれど「壺」のことを「甕(かめ)」と言っている。一荷入りの壺が割れた経緯や買い物天狗の具体例はなく、要点に絞った簡略版である。非常にあっさりとした印象。サゲは一荷の代金の三円を返す型。
白酒師は「代脈」。一之輔にも似て(年功から言えば一之輔のほうが似ているというべきか)、愚鈍な人間がハイテンションで、気持ちいいほど。ばかばかしいくらいの勢いが明るくていい。

わさび「湯屋番」と木久蔵「やかんなめ」

きょうのNHKラジオ第一「スタパ落語会」は、柳家わさび「湯屋番」と林家木久蔵「やかんなめ」。
わさびの「湯屋番」の番台上での妄想で、継承なのだろうが「養老年金」や「幼稚園」、「サーベル」などという言葉に時代設定との違和感を覚える。やや早口ではあるけれど(勢いがあるとも言い換えられる)、達者な語り口だからもっと独自の工夫を加えてもよいのにと思う。
木久蔵師「やかんなめ」は、可もなく不可もなくといった感じで、まあ普通。

「第1856回黒門亭」

ネタ出しされていた古今亭菊之丞師の「たちきり」を目当てに「第1856回黒門亭」に行く。案の定、満員札止め。
出演・演目は、
春風亭朝呂久(前座)「花色木綿」
月の家圓鏡「代書屋」
林家錦平「片棒」
古今亭菊之丞「たちきり」

朝呂久の「花色木綿」は前座にしては随分と上手い。それもそのはず、調べてみると11月には二ツ目に昇進とのこと。
しかしながら、自信を持っているであろうテクニックに溺れるきらいがあるように思える。シンプルに演るが良いと思う。

「月の家圓鏡」と言えばいまだに先代の現・橘家圓蔵師を思い浮かべてしまうが、本人が意識しているのかどうか、似ているところが多い。
「代書屋」は、どういう流れで伝播しているのか知らないが、柳家権太楼師のがベースにあるようで、そうでもなさそうで。学歴のくだりまで行って、「ところでどこへ就職に?」「アリコ」「そんな一流企業があんたなんか採用するもんか」「大丈夫。だって『50歳から80歳まで入れます』って言っている」がサゲ。
登場人物ふたりともが上から下に視線を置いて喋っているのは致命的。

錦平師の「片棒」は、淡々、飄々として、これがベテランの味というものかというような安定感のある高座。あえて逆に言えば、特徴的なものがないとも言える。落語とは難しいものだ。

菊之丞師の「たちきり」は、番頭が百日目を強調しなかったり、小糸が「小春」であったり(東京では他に「小久」とかもあるようだ)、小春の朋輩の登場がなかったり(若旦那の訪問前に来ていた設定)、無人の三味線の音が「黒髪」であったり(事前には下座が入るのかしらんと心配になっていたのだが)するけれど、大筋の基本は上方と同じ。
番頭の硬軟の対応の仕方、小春からの手紙の内容を知った若旦那の動揺、若旦那の来訪を受けて躊躇する女将など、機微の見せ場を確かに表す技術力の高さが明らかであった。観ておいて正解と思わせる、すばらしい高座だった(もう少しで泣けたけど)。

宮崎金次郎「桂枝雀 宮崎金次郎写真集」

宮崎金次郎「桂枝雀 宮崎金次郎写真集」読了。写真集だから読了というのもおかしいけれど、プロローグと「想い出を語る」として三つの短文(あとひとつは小佐田定雄氏)と「あとがきにかえて」を著しているので「読んだ」と言っていいだろう。枝雀師との「そもなれ初め」からの「写真家と噺家」のつきあいが興味深く語られている。「同行拒絶」の経緯など、枝雀師の一面を窺うことができる。
写真のほうは、CDジャケットや米朝師など他の人の文献でも見たことのあるスナップもあるが、高座の写真はどれをとってもリアルな息吹が感じられる生々しいものばかりである。
「高津の富」の夢想男、「茶漬えんま」の蜘蛛の糸、「くしゃみ講釈」のとんがらしくすべ、「七度狐」の大井川、「親子茶屋」の狐釣り、「口入屋」の井戸墜落、「鷺とり」のこぼれ梅、などなど、セリフばかりでなく息遣いまでも聞こえてきそうである。
宮崎氏の努力と枝雀師の落語に対する気持ちの表れた写真集だと思う。徒然にぼんやりと眺めていたくなる。

「スタパ落語会」終了の危惧

きょうのNHKラジオ第一「スタパ落語会」は「名人選」というお題目で、柳家喬太郎師の「うどんや」の一席のみ。大相撲中継による時間短縮の関係のようだ。
「うどんや」はどうやら昨年12月11日放送分の再放送。「かぜうどん」に「替り目」と「住吉駕籠」や「上燗屋」のエピソードの混在型。
最後にスタジオでの公開収録の整理券発行(抽選)時刻の変更お知らせ。火曜日午後1時からだったのを2時からに変更とのこと。来場数が少ない場合は追加で入場させるというクレジットを加えているところをみると、意外と空いているのかもしれない。
会場周辺のざわざわした音を拾っているのを聴くと、落語会としての環境は決してよくないはずで、早晩番組が終了してもおかしくはないと思ったりする。

長らく降っていなかった雨だが、久しぶりに東京地方に降ったのはみぞれ混じりの雪。この分だとうっすらと積もるだろう(いまいるのは大宮で、埼玉のほうが降っている)。北国の人には鼻くそみたいなもんだろうが、雪に慣れない地方の者にとってみれば扱いにくい代物だ。
雪と聞いて思いつくのは猫の「雪」。今晩、遅まきの新年会があるから、カラオケスナックで唄う歌からの連想に過ぎないけれど。
落語では「除夜の雪」。なんとも情緒にあふれ、いい演り手が演るとまことによい噺だ。久しぶりに聴くのもよい。

中島英雄「最後の噺家 こだわり文治の泣きどころ」

中島英雄「最後の噺家 こだわり文治の泣きどころ」読了。
著者の中島氏は「初代桂前治」と称していて、本業は医師の、いわば天狗連でありながら文治師の身内として名前をもらった方で、正式に前座修業をしていないからいわゆる落語家とは言えないはずである。だからか、全編これ師匠崇拝に偏るきらいがあり、文治師をよく知らないこともあって少々引き気味に読んだ。
師は滑稽噺を旨とし、「江戸っ子」を標榜し(俄然主張し)、着物姿で暮らす、ストイックな面が表に出ている印象がある。「文治」というよりもやはり「伸治」のイメージが強い(だいたいが「東京の文治」に抵抗感があるのは、上方人のプライドかもどかしさか。はっきり言えば、他の名跡を含めて「持って行かれた」意識がある)けれど、師の主義は文章から伝わってくる。

二ツ目の試練のはじまり

今年最初の「鈴本早朝寄席」行く。程よい八分の入り。堀井センセはきょうは下手(しもて)最後列。
出演・演目は、
柳家花いち「運命」
初音家左吉「初天神」
三升家う勝「正調とんびの夫婦」
春風亭ぴっかり「鼓ヶ滝」

花いちは登場人物が女性ふたりだけの「運命」という新作。ふたりだけなのに描き分け不足で差異がない。

左吉は季節物の「初天神」。出掛ける前のごちゃごちゃはなく、屋台までの道中での親子の会話が多い。団子の蜜浸けは親だけでサゲる。

う勝はマクラで、聴かせる話術が上手い。噺は他の噺家も演っているという自作の「とんびの夫婦」の正調版。これも女性ふたりがメインの噺だが、時代設定は擬似古典の世界。いまに通ずる普遍の情があるから他の人も演ろうとするのだろう。

昨年11月に前座から二ツ目になったぴっかりは、早朝寄席の慣例でトリをとる。強いて笑いを求めぬ講談調の「鼓ヶ滝」だからか、口調ははっきりしていることもあり安心して聴けた。
終わって御祝儀に南京玉すだれ。多少の失敗もご愛嬌。

志らく「親子酒」

今夜のNHKラジオ第一「真打ち競演」の出演は、昭和のいる・こいるの漫才、原一平の声帯模写、立川志らくの落語。
志らく師はマクラで、直前の原一平のネタ絡みで「男はつらいよ」シリーズ全作のマドンナ役の女優名を列挙して映画フリークぶりを誇示する。
噺は「親子酒」。呑み助親子の息子の方が酒で失敗をし、親旦那が禁酒に同調したものの二三日で我慢がいかず、息子の手前から止める妻女を説得して三合ばかりをたいあげる過程や勢いが止まらぬグズグズは、いままで聴いたことのない型。
帰宅した息子の「おとっつあん、ただいま戻りました!」の一言で息子も禁を破ったとわからせ、その後のサゲ前の趣向は従来どおり。
志らく師の再構築力には目を見張らせるものがあると思った。

大したABC

最近はあまり訪れることがなくなってしまった「ねたのたね」に久しぶりにアクセスして、来々週に大したイベントがあることを知った。
「ABCラジオ 上方落語をきく会」がそれで、今月23日から28日の6日間連続で7公演が行なわれるという。ABC創立60周年記念のプログラムらしい。
出演がまた錚々たるもので、HPによると、
 23日が、桂文珍、笑福亭三喬、桂こごろう、桂かい枝、ほか
 24日が、笑福亭鶴光、桂文太、桂雀三郎、桂あやめ、ほか
 25日が、林家染丸、笑福亭生喬、桂文三、桂吉弥、ほか(「ねたのたね」では林家笑丸)
 26日が、笑福亭福笑、桂文福、桂小枝、桂団朝、ほか
 27日が、桂南光、笑福亭仁智、桂小春團治、桂文我、笑福亭鶴二、ほか(以上、会場はABCホール)
 28日の第一部は、笑福亭仁鶴、桂ざこば、月亭八方、桂きん枝、桂梅團治、笑福亭銀瓶、第二部が、桂春團治、桂三枝、桂塩鯛、桂米團治、笑福亭三喬、桂文華(以上、会場は梅田芸術劇場・シアター・ドラマシティ)
の各師となっている。23日と25日に出演予定だった笑福亭松喬師は病欠(残念だが)。上方の有力噺家を網羅していると言ってもよい。
25日だけ「特集」として「東の旅発端から三十石まで」とネタを予告している。
有料の公演ではあるが、各日とも開口一番以降を生中継するというのも大したものである。
関西の放送局も捨てたもんではない(ABCなりゃこそ、か)。

たい平「明烏」と「お見立て」

「林家たい平落語集 たい平よくできました 5 『明烏』『お見立て』」を聴いた。
たい平師の音をまともに聴くのは初めてか。吉原二題の「明烏」と「お見立て」はともにテンポがよくセリフ廻しもよく、洒落(としてやっていると思う)の現代的ギャグもセンスがよい(噺の舞台当時にはないであろう言葉も含めて)。「明烏」での札付きの開き直りや「お見立て」の墓参りでのお大尽の声の遣い方がうまい。

上方の型

今夜のTBSラジオ「ラジオ寄席」は、ナイツの漫才、堺すすむのギター漫談、三遊亭歌武蔵の落語。
歌武蔵師は「子ほめ」。構成にしろクスグリにしろ、ほぼ上方の型と同じ。サゲは「半分」。

EXILE が1面の

日曜日に湯島に行くといつもピックアップするようにしているTOKYO HEADLINE のvol.537(合併号)に、今年真打に昇進する春風亭一之輔と古今亭菊六の対談が載っていた。
前座のころの話、真打昇進の連絡の経緯、披露パーティーの予定、今年の抱負など。
冗談を交えた対談だが、一之輔の「現状維持をするための努力をしたい」というのが印象的。

第1845回黒門亭

午前の仕事が思わぬ早じまいで、予定を変更して急遽黒門亭の1部に行くことにした。入りは適度に35〜6。
出演・演目は、
古今亭きょう介(前座)「たらちね」
三遊亭歌扇「紙入れ」
林家彦いち「二月下旬」
仲入り
柳家小団治「がまの油」
柳家喬之助「按摩の炬燵」

きょう介は奇しくもきのうの駒松と同じ「たらちね」だったが、同系統門とは言えテキストは微妙に違った。

歌扇は、鼻にかかった言葉遣いが「紙入れ」の手練のおかみさんに合っている。こういうのが似合う。

彦いち師のは「卒業文集」としてもよいのだろうが、出口の演目を書いたホワイトボードには「二月下旬」とあった。SWAの活動のなかで生まれた噺のようで、説明が少ないために設定の理解が追いつかないけれど、ギャグはおもしろく、サービスの「初天神」のエッセンスや楽屋落ちもおかしい。師のセンスが光る。

小団治師は古風な演り手という印象で、マクラから固まっているといった風の型どおりの「がまの油」であった。

喬之助師の「按摩の炬燵」は、かつての商家の風景や按摩の独り語りによる人情、酒好きの気持ちなどがよく表れていて、うまい中堅だなあと思った。じっくりと聴かせてもらい、秀逸と言ってよい。
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