「今年はゆっくり日本で年越せそうですねぇ。」
そう言って何かを思い出しながら乾いた笑いを発するのは、言わずと知れた特命係の亀山薫である。
「毎年ゆっくり過ごしてる予定ですがねぇ、僕としては。」
何事もなかったかのように相変わらず紅茶を嗜むのも、特命係の杉下右京である。
「・・・あれが?ゆっくり???」
去年の今頃のすったもんだを【ゆっくり】【過ごした】と言ってのけるのも、それは貴方だからですよ、と開いた口から飛び出しそうになるが、そこは長い付き合いの薫、ぐぐっと飲み込んだ。
「まぁ確かに、歌合戦を見ながら除夜の鐘を聞いてゆっくり炬燵に入ってる右京さんなんて想像できませんけどね。」
まだ熱いコーヒーに息を吹き掛けながら今度は面白そうに笑う。
やっと顔を上げた右京はさも心外、という目で相棒の男を見上げた。
「失礼ですねぇキミは。僕を何だと思ってるんです?」
「いや、そういう深い意味はなくてですねぇ・・・!」
思いの外怒らせてしまったと慌てて薫は言い訳を考え始めた、が。
「僕は炬燵は持ってませんよ。」
「いや、そっちですか?!」
衝立に掛けていた肘がガクンと落ちる。
「じゃ、じゃあ右京さんの普通の年越しって何してるんです?」
「普通の年越し、ですか。取って置きの紅茶を淹れて、第九を聴きながら除夜の鐘を感じる、でしょうか?」
「俺が言ったのとあんまり変わらなくないですか?」
飲める程度になったコーヒーをずずっと啜り、薫はまた、次は完全に呆れたように笑う。
「違います!僕は炬燵には入りません!」
「いや、だから何でそっちなんですか?!」
傍目には非常に面白い会話をしている2人だが、今日は覗きに来る人間は隣には居ない。
暇かと訪ねる男は、自分が暇じゃないそうだ。
だから、というわけで晦日の今日は特命係の2人は留守番を仰せつかっていた。
現場を手伝えと言われなかったのは、人手は足りている、そういうことだろう。
もしくは。
杉下右京に首を突っ込まれると必要以上に事件(ヤマ)がデカイことになるのを避けた、これが正解かもしれない。
こっそり薫はそう思っていた。
多分、当たっている。
しばしの沈黙を終了させたのは18時のアラームだった。
「時間ですね。」
「です、ね。」
留守番は定時まで、そう約束していたので右京はさっさと立ち上がりティーセットの片付けに入る。
同様に薫もコーヒーメーカーの片付けに動いた。
一通り終えて、一緒に名札を返し電気を消すと、フロアが急に静まり返ったような気がした。
「今年もお世話になりました。」
組対五課を通り過ぎながら薫は右京の背中に年末の挨拶を掛ける。
「ええ、今年もお世話しました。」
挨拶すら忖度しない右京は本当に、今年も・・・【相変わらず】だった。
それ以上なにも言わず2人は黙って廊下を歩き、エレベーターのボタンを押し、玄関を出ると急冷凍の風が頬を叩く。
「大晦日は美和子さんと2人で年越しですか?」
「え?あ、いや今年は美和子のやつ市民合唱団に入ったみたいで、そこで第九歌うんですって、その練習に。」
「ほう、でしたら一人の寂しい年末になりますねぇ。」
右京のマフラーが首元でハタハタと彼の頬を撫で、うっそり微笑む口を半分隠している。
「それがですねぇ。」
予想に反して薫の口からは非常に不本意とばかりに口を尖らせた。
「大晦日に益子さんと俺と3人で同期の家に呼ばれてるんですよ。ったく、大晦日に何でこんなめんどくせぇ・・・。」
「おやおや、キミにもまだ残ってる同期が他にもいたんですねぇ。」
「ま、それはそれで嬉しいことなんですけどね?益子さんとってのは百歩譲って良いとして、あーーー・・・もぉっ!」
短い髪をぐしゃぐしゃと掻き毟るとふんっと鼻息を荒く鳴らした、音は聞こえなかったが、この寒空の下では白い息がまるで蒸気機関車のように勢いよく吹き出すのが見えた。
「じゃ、右京さん良いお年を!」
手を上げて走り去る薫を見送りながら、右京は軽く手を上げて踵を返した。
・・・と、ふと、立ち止まる。
「亀山くんと益子さんと3人で・・・?・・・んふふっ。」
思わず出た笑いに右京はもう見えなくなった薫が走っていった道を振り返る。
「珍しいこともあるもんですねぇ、何も起こらないと良いのですが。」
これが予言になるとは思う筈もなく。
右京は帰路についた。
そう言って何かを思い出しながら乾いた笑いを発するのは、言わずと知れた特命係の亀山薫である。
「毎年ゆっくり過ごしてる予定ですがねぇ、僕としては。」
何事もなかったかのように相変わらず紅茶を嗜むのも、特命係の杉下右京である。
「・・・あれが?ゆっくり???」
去年の今頃のすったもんだを【ゆっくり】【過ごした】と言ってのけるのも、それは貴方だからですよ、と開いた口から飛び出しそうになるが、そこは長い付き合いの薫、ぐぐっと飲み込んだ。
「まぁ確かに、歌合戦を見ながら除夜の鐘を聞いてゆっくり炬燵に入ってる右京さんなんて想像できませんけどね。」
まだ熱いコーヒーに息を吹き掛けながら今度は面白そうに笑う。
やっと顔を上げた右京はさも心外、という目で相棒の男を見上げた。
「失礼ですねぇキミは。僕を何だと思ってるんです?」
「いや、そういう深い意味はなくてですねぇ・・・!」
思いの外怒らせてしまったと慌てて薫は言い訳を考え始めた、が。
「僕は炬燵は持ってませんよ。」
「いや、そっちですか?!」
衝立に掛けていた肘がガクンと落ちる。
「じゃ、じゃあ右京さんの普通の年越しって何してるんです?」
「普通の年越し、ですか。取って置きの紅茶を淹れて、第九を聴きながら除夜の鐘を感じる、でしょうか?」
「俺が言ったのとあんまり変わらなくないですか?」
飲める程度になったコーヒーをずずっと啜り、薫はまた、次は完全に呆れたように笑う。
「違います!僕は炬燵には入りません!」
「いや、だから何でそっちなんですか?!」
傍目には非常に面白い会話をしている2人だが、今日は覗きに来る人間は隣には居ない。
暇かと訪ねる男は、自分が暇じゃないそうだ。
だから、というわけで晦日の今日は特命係の2人は留守番を仰せつかっていた。
現場を手伝えと言われなかったのは、人手は足りている、そういうことだろう。
もしくは。
杉下右京に首を突っ込まれると必要以上に事件(ヤマ)がデカイことになるのを避けた、これが正解かもしれない。
こっそり薫はそう思っていた。
多分、当たっている。
しばしの沈黙を終了させたのは18時のアラームだった。
「時間ですね。」
「です、ね。」
留守番は定時まで、そう約束していたので右京はさっさと立ち上がりティーセットの片付けに入る。
同様に薫もコーヒーメーカーの片付けに動いた。
一通り終えて、一緒に名札を返し電気を消すと、フロアが急に静まり返ったような気がした。
「今年もお世話になりました。」
組対五課を通り過ぎながら薫は右京の背中に年末の挨拶を掛ける。
「ええ、今年もお世話しました。」
挨拶すら忖度しない右京は本当に、今年も・・・【相変わらず】だった。
それ以上なにも言わず2人は黙って廊下を歩き、エレベーターのボタンを押し、玄関を出ると急冷凍の風が頬を叩く。
「大晦日は美和子さんと2人で年越しですか?」
「え?あ、いや今年は美和子のやつ市民合唱団に入ったみたいで、そこで第九歌うんですって、その練習に。」
「ほう、でしたら一人の寂しい年末になりますねぇ。」
右京のマフラーが首元でハタハタと彼の頬を撫で、うっそり微笑む口を半分隠している。
「それがですねぇ。」
予想に反して薫の口からは非常に不本意とばかりに口を尖らせた。
「大晦日に益子さんと俺と3人で同期の家に呼ばれてるんですよ。ったく、大晦日に何でこんなめんどくせぇ・・・。」
「おやおや、キミにもまだ残ってる同期が他にもいたんですねぇ。」
「ま、それはそれで嬉しいことなんですけどね?益子さんとってのは百歩譲って良いとして、あーーー・・・もぉっ!」
短い髪をぐしゃぐしゃと掻き毟るとふんっと鼻息を荒く鳴らした、音は聞こえなかったが、この寒空の下では白い息がまるで蒸気機関車のように勢いよく吹き出すのが見えた。
「じゃ、右京さん良いお年を!」
手を上げて走り去る薫を見送りながら、右京は軽く手を上げて踵を返した。
・・・と、ふと、立ち止まる。
「亀山くんと益子さんと3人で・・・?・・・んふふっ。」
思わず出た笑いに右京はもう見えなくなった薫が走っていった道を振り返る。
「珍しいこともあるもんですねぇ、何も起こらないと良いのですが。」
これが予言になるとは思う筈もなく。
右京は帰路についた。