「・・・ふぅ・・・・・・って、あれ?右京さん、本当に戻ってたんですか?」
何処か勝手に行っているものだと思っていた亘は、本当に特命係の部屋で遅くなった午後の紅茶を嗜んでいる右京を見て驚いた。
「戻ると言いましたから戻りました。・・・何か不都合でも?」
「いえ、別に何も。・・・ただ、本当にいらっしゃるとは思わなかったものですから。」
衝立の向こう側にある椅子に座り、足を組んだ。
途端にじんわりと疲れが足の裏から登ってくる感覚に長い間立ちっぱなしだったことを思い出す。
「随分根に持っているようでしたから。僕が勝手に一人でどこかに行ってしまう事に対して。」






「持ってませんよ。」
「そうですか?」
「そうですよ。」
「そうですか。」
長い沈黙の後、カフェイン率の高いコーヒーを淹れる為に亘が立ち上がった。
「鑑識に何を返しに行ったんです?」
「はい?」
語尾を上げる得意の返答とティーカップをソーサーに置く音は同時だった。
「取調室に入る前、何かを取りに行って鑑識に返しに行ったんですよね?」
コーヒーの粉を慎重に量り、セットする。
凝縮されたこだわりの香りと濃い色が、亘のカップに吸い込まれていく様子を確認して、右京に目を向けた。
「特に大したものではありませんよ。ちょっと僕も気になりまして、少しだけ調べてみたんです。それに必要なものを鑑識からお借りしていたものですから。返却ついでに情報をお伝えしに行っただけです。」
「気になった?・・・何がです?」
ぽたぽたと落ちていく音も癒しの効果があるようで、聞こえる範囲内にそれを置き右京の話の続きを促した。
「ハイヒールの位置です。捜査一課の彼等も仰ってましたが、あんなに散乱した状態で自殺なんて・・・心を死に決めた人間があんなに取り乱すとは思えない。取り乱すぐらいなら死を選ばないでしょう。恐らく、結果的に自殺だったとしても、この状況に陥る何かがあると思いましてね。彼等の捜査の過程で村松さんが今沢さんだという事は分かっていましたから、ちょっと今沢康子さんのご自宅にお伺いしたんです。お母さまがご健在で彼女の部屋も見せて頂けました。何一つ動かされていないと言われた彼女の部屋で唯一、たった一つだけ。変わっていたものがありました。彼女の・・・携帯電話だけが無くなっていたんですよ。それについてはお母様も覚えがないと言われましてね・・・その事を鑑識を通じて、捜査一課にお伝えしただけです。実際問題として、幽霊が着信を残す、なんてことはあり得ませんから。そう考えれば答えは一つ。携帯電話を疑われず持ち出せる人間であること、5年前の事件を知っている人間であること、そこまで考えれば自ずと現在、誰が彼女の携帯電話を持っているのか?導き出せます。」
「・・・それだけですか?」
「それだけです。」
にべ無く言ってのける右京は、再び立ち上る紅茶の香りを楽しむ素振りを見せて、にこりともせず組対五課の暇そうな捜査員を珍しくこちら側から観察している。
「結局右京さんも気になってたんですね・・・この事件。」
「別件で鑑識に伺った際に、ちょうど見せてもらいました。」
米沢が居ない鑑識課に行って見せてくれるようなそんな気前の良い人間が居るとは思えない。
恐らく、盗み見た・・・が合っているのではないだろうか?
しかし、それはあまりにも聞こえが悪いし、右京も否定するだろうから黙っていることにした。
「事件の全容は明らかだったので少し覗いたらお暇する予定だったんですけどねぇ・・・キミが止めるから、結局最後までお付き合いすることになりましたけど。お陰で午後のお茶の時間が遅くなってしまいました。」
「・・・え?・・・まさか・・・途中で動いたのって・・・。」
当然、取調室に乱入するものだと思い込んでいた。
だから亘は伊丹の静かな激怒に水を差すのは絶対に止めておいた方がいいと思ったからこそ、右京を止めたのだ。
「キミが何故止めたのかは分かりませんけど。キミがもう少しだけって言うものですからねぇ・・・。」
「あ・・・え・・・と、それは・・・。」
言い澱む亘の前のコーヒーは既に全て落ちきって、最後の一滴が重力よりも軽くそこに留まっている。
彼の行動と、それ以前から右京が言うところの根に持っていること、そして右京が特命係の中で待っていた時間、何を思っていたかも話していたかも知らないが、最後の一口を残してふわりと・・・微笑んだ。
「『彼等が間違いなく信念を持った警察官であるという事を知っているだけ』です。あの場で僕が口を出す必要性は何もありません。そして、冠城君、あと、一つ。」
「・・・何ですか?」
コーヒーをやっとカップに注いだ相棒の表情を確認し、妙な自信に満ちた笑みを口の端に浮かべてこう、告げた。
「もし、僕に何かあったとしても。僕はそう簡単には死にはしませんし、簡単に危険な目に合う事も無いと思いますから。何故なら、過保護なまでに心配するキミと、彼等が、いらっしゃいますからねぇ。」
「過保護って・・・!!」
納得するとしても、その言い方はどうだろうか?
もう、二度と目の前で傷つくこの人を見たくなくて・・・もしかして死んでしまうのではないかという理由なんかいらない恐怖をもう味わいたくなくて・・・全て亘本位の感情ではあったが、誰がそれを覚えさせたのか、分かっているのだろうか?
間違いなく目の前に居る、彼だ。
「おや、気に入りませんでしたか?その言葉では。では、言い換えましょうか【過剰な心配】と。」
どっちもどっちだ。
「もう、どちらでも結構です。」
考えるのもバカバカしくなってきた。
それに、先程の伊丹との会話で殆ど落ち着きを取り戻していたから、右京の軽い言い様に完全に平常心に戻っていた。
「少なくとも、僕を守ってくれる人間がいる、という事ですよ。キミを含めて。」





いつかまた・・・いや、必ず。
今度こそは本当に。
相反し対極の正義が激突する日が来る。
どちらに勝利の女神が微笑むかは分からない。

・・・勝利・・・勝者と敗者で分けられていいものなのだろうか?

ただ、分かっていることは。

後悔するようなことは絶対にしない、それだけだ。