2016年01月11日

母と暮せば

母が観たいと言っていたので、『母と暮せば』という映画に連れて行きました。

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昭和20年8月9日、長崎医科大学で講義を受けていた福原浩二(二宮和也)は、突然の閃光と轟音で命を失った。

三年後、夫と二人の息子の墓参りを済ませた福原伸子(吉永小百合)は、もう浩二のことは諦めようと思う、と一緒に墓参りに来た佐多町子(黒木華)に言う。
町子は、原爆で死んだ浩二の許婚者(いいなづけ)だった娘だ。
長崎医科大学は爆心地に近かったため、浩二の遺体も遺品も何も残っていない。だから、もしかしたらどこかで生きているのかも、とわずかばかりの希望を持っていたのだが、伸子はもう諦めることにした。
その夜から伸子のもとへ、死んだはずの浩二が姿を現すようになる。
そして、いろいろ思い出話をする浩二だが、実は町子のことも心配で出てきたようだ。
浩二は死んだ後もまだ町子を愛しており、町子もずっと浩二の思い出を抱いて生きていたが、母の伸子は「それはいけない」と言う。
いつか町子に好きな人ができれば、浩二のことは忘れて、町子は新しい男性と幸せにならなければならないという。
「そんなの嫌だ」という浩二だったが……というお話。

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井上ひさしの戯曲に『父と暮せば』というのがあって、10年以上前に宮沢りえと原田芳雄で映画化されている。(他の俳優さんで舞台化もされている)
『父と暮せば』の映画の方は実は未見なのだが、戯曲の方は、広島の原爆で死んだ父と生き残った娘のお話。
生き残ってしまったことに罪悪感を覚えながら生きる娘を、死んだ父が勇気づけるという設定。
その罪悪感のために、求婚者が現れても「自分だけが幸せになってはいけない」と結婚や幸せから逃げている娘の背中を父が押してやる。

『母と暮せば』はその姉妹編ならぬ夫婦編(?)。笑
広島を舞台にした父と娘の『父と暮せば』の対として、今回、
長崎を舞台にした母と息子の『母と暮せば』が作られた。
その二つの作品を浅野忠信がつないでいるところがニクい。

生前、井上ひさしが「長崎を舞台にした『母と暮せば』を書きたい」という構想があって、それを山田洋次監督が作品化したということになる。
でも、おそらく『母と暮せば』はタイトルだけが井上ひさしの中にあって、原案のようなものが残されていたわけではなさそう。
内容は、やっぱり山田洋次らしい映画。

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感心したのは、原爆投下の場面。
映画評論家の前田有一なども評価しているが、これまでのきのこ雲による表現ではなくて、〈下手なCG〉で〈人体が燃える場面〉でもなく、それよりもずっと〈残虐で、恐怖感あふれる〉表現になっているのが見事。
原爆に殺された人の目線を想像する手法で、まるでそれを追体験できるような仕掛けになっている。

原爆で死んだ浩二が「僕はそういう運命なんだ」と言うのに対して、母の伸子が「それは違う」という場面がある。
「地震や津波は自然の災害だから運命かもしれないけれど、戦争は人間が計画して行なったことだ」と言う。
これがたぶん山田監督が伝えたかったことなんだろうと思う。
そして、ここでは津波が引き合いに出されていることから考えても、原発のことも想定されているのだろう。

山田洋次らしいと考えたのは、実は作品の構造が寅さんと重なるからである。
浩二(二宮)が寅さんで、伸子(吉永)がさくらさん。
町子(黒木華)がマドンナ。
最終的には浩二がフラれて我慢する(=身を引く)という「男の美学」は、寅さんとまったく同じもの。
浩二は死んでいるからフラれるしか仕方がなく、寅さんも日本中の男性の失恋体験と孤独を背負っているからフラれる。
山田監督は、本当は寅さんが撮りたいんだろうけど、やっぱりこの構造が好きなんだろうな。
それを無理なく戦争遺族の物語に忍び込ませてゆくあたりの手法が上手いなあと思う。


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ただ、結末は、『父と暮せば』のような希望も、寅さんのような温かさもない、とっても悲しい結末。
母の伸子は「あー嬉しい」と喜ぶんだけれども、その喜びはとっても悲しい喜びでしかない。
父と母、生き残った者と死んだ者の設定を入れ替えるだけで『父と暮せば』とはまったく別方向に向かう作品になってしまうことに驚きを禁じ得ない。

鑑賞後、心に残るのは母の息子に対する想いと、こんな悲しい母子が70年前には何組もあったんだろうな、という厳しい現実に対する想像である。

山田監督自身は最後の作品になる覚悟を持ってこの作品を撮ったという。
山田洋次監督の後期の代表作といえる作品だろうと思う。





kogoroh27 at 06:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)山田洋次 

2016年01月06日

幸せのありか

少し前に京都映画サークル協議会で、『幸せのありか』という映画を観ました。

2013年のポーランドの映画ですが、原題は「Chce sie zyc」なんだそうですが、意味はわかりません。ポーランド映画祭2013では「Life Feels Good」のタイトルで上映されたようです。

1980年代のポーランドを舞台に、脳性麻痺を抱える男性・マテウシュ(ダヴィド・オグロドニク)の物語。

幼いマテウシュは知的障碍と言われ、身体にも重度の障碍があり、家族ともうまくコミュニケーションをとれない。
それでも家族の愛に包まれて、マテウシュは少年から青年へと成長してゆく。
淡い初恋、優しかった父の死、母の老化、姉の結婚……と家族をめぐる環境が変化するにつれ、マテウシュの居場所が無くなってゆき、やがてマテウシュは施設に入らざるをえなくなる。
淋しさと憤りの中で看護師にやつあたりをするマテウシュだったが、ある日、新しい看護師マグダ(カタジナ・ザヴァツカ)の美しさに心奪われ、恋に落ちる……というお話。

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ひたすら淡々とストーリーが進んでいくので、「泣かせよう」というあざとさも無く、好感が持てた。

マテウシュが、女性に胸の大きさで点数をつけているところなんかは、障碍者をいたずらに美化することなく、一人の男の子として描いているところも微笑ましい。胸の大きさで点数をつけることがいいことかどうかは、おいといて。笑

看護師のマグダは、そらもうマテウシュでなくても誰でも恋に落ちるわ、という美しさ。
しかも、ここでは書けないが、入院した男なら誰しも一度は夢に見るような場面もあり。

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そして、何よりも後半で、(たぶん)研究者の女性が現れて、マテウシュが実はコミュニケーションをとれることを発見し、その方法を見つけ出してくれて、他人とのコミュニケーションが可能になる場面が感動的。

自分たちはいつの頃からか他人とコミュニケーションをとれることが当たり前だと思って生きてきているけれども、それを他人に伝えられないもどかしさを想像することすら、忘却の彼方に押しやってしまっている。

半ば絶望的にさえ見えてしまう状況の中でも、ひたすら希望を失わず懸命に生きるマテウシュの姿に、多くの勇気と感動をもらえる映画。


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ただ、忘れてはいけないのは、この作品でも描かれていたように、障碍を抱えた人の家族が老化したり、死を迎えたりした時、あるいは何らかの変化があった時、一体、誰が彼らをサポートするのかという問題がある。

ポーランドの場合、ソ連のペレストロイカの影響もあって共産主義から民主化へ向かったようだが、民主化の流れで資本主義化してゆくと、社会的弱者は厳しい状況へとなっていったはず。

この作品も実話のモデルがあって映画化されたもののようなので、モデルの男性は結構、苦労されたのではないだろうか。
映画のエンドロールのところで、モデルの男性も顔を出す。

それと同時にエンドロールでは、主人公のマテウシュを演じた俳優さんが実は健常者だったことがわかり、その演技力に舌を巻く。

『オアシス』(韓国映画)の時に、フリーペーパー『低空飛行』に同じようなことを書いたことがあるが、撮影で長時間、腕や肢を曲げて強張らせて演技しないといけないので、実際に筋肉にはものすごい負担がかかるということを韓国のムン・ソリという女優さんが言っていたのを思い出す。

作品そのものはとても静謐で爽やかな映画だが、実は力作。

まだDVD化されていないようなので、何とかDVD化してほしい。
とってもいい映画です。



監督、脚本:マチェイ・ピェプシツァ
製作:ビエスワフ・ウィサコフスキ

出演:ダビド・オグロドニク、カミル・トカチ、アルカディウシュ・ヤクビク、ドロタ・コラク、カタジナ・ザヴァツカ



kogoroh27 at 01:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)マチェイ・ピェプシツァ 

2015年01月01日

地球防衛未亡人3

『地球防衛未亡人』という映画のDVDを観ました。
壇蜜さん主演ですが、PGとかRとかはついてません。

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東シナ海に浮かぶ三角諸島に、宇宙から飛来した怪獣ベムラスが出現する。
すると、三角諸島の領有権を主張していた中国は、急に三角諸島の領有権を放棄する。
しかし、ベムラスが核廃棄物を食べることがわかると、今度は中国を始めに各国が、ベムラスの領有権を主張する。
やがてアメリカをも巻き込んだ外交問題に発展すると、石倉元都知事の圧力を受けた宇部首相は、地球防衛軍(JAP)に怪獣退治を委ねることになる。
地球防衛軍に所属する天野ダン隊員(壇蜜)は、夫を殺したベムラスへの復讐を誓い、敢然と立ち向かうが、彼女はベムラスを攻撃するとエクスタシーを感じてしまう体質になってしまっている、というお話。

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三角諸島とか、石倉元都知事とか、宇部首相とか、JAPとか、東都電力の記者会見とか、揶揄に充ちた超B級映画。
笑えるところがいっぱいです。
アメリカのオズマ大統領の役をやっているのは、もちろん「あの人」(笑)。
地球防衛軍の長官に森次晃嗣が出ているのは、嬉しいところ。
というか、もしかして森次晃嗣の演じたモロボシ・ダン(=ウルトラセブンの主人公)とのシャレで、この映画は作られたの? とさえ思ってしまう。
それから、河崎実監督作品のヒーロー「電エース」もちょっとだけ出てくる。
けど、そんな使われ方でいいの? って言うような荒い使われ方(笑)。
いろいろ遊び心に満ちた怪作。

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ただ、内容はそういった批判というか揶揄だけの映画なので(B級映画はそんなものかもしれないけど)、それだけ。
それ以上でもそれ以下でもない作品。

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監督の河崎実は『いかレスラー』のメガフォンを握った人。
『いかレスラー』は、馬鹿馬鹿しくて面白かったなぁ。
ほかにも『ヅラ刑事』とか、『まぼろしパンティVS.へんちんポコライダー』とか、馬鹿馬鹿しい映画を撮り続けてきた人。
こういう人には頑張って欲しい。

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怪獣ベムラスがかえらしいです。

監督:河崎実
脚本:河崎実、右田昌万
音楽:黒澤直也
怪獣デザイン:麻宮騎亜
ユニフォーム・デザイン:藤原カムイ
出演:壇蜜、大野未来、森次晃嗣、堀内正美、福本ヒデ、TABO、ノッチ、なべやかん




kogoroh27 at 01:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)河崎実 

2014年12月30日

藁の楯4

少し前に『藁の楯』という映画のDVDを観ました。
幼女暴行殺人魔・清丸国秀(藤原竜也)の首に、被害者・蜷川知香の祖父・蜷川隆興(山崎努)が十億円の懸賞金をかける。命の危険を感じて福岡で自首をした清丸を警視庁へ護送することになったのが、銘苅一基(大沢たかお)、白岩篤子(松嶋菜々子)、奥村武(岸谷五朗)、神箸正樹(永山絢斗)、関谷賢示(伊武雅刀)の5名。しかし、十億円の懸賞金のせいで、日本国民全員が清丸の命を狙ってくる可能性が出てきて、護送チームは次から次に現れる刺客から命がけで清丸を守らなければならなくなるというお話。

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雑誌『映画芸術』では2013年のワースト9位に選ばれた『藁の楯』ですが、個人的には結構面白かったんです。何があかんかったんやろう?
とにかく退屈はしなかったし、原作を読んでなかったので、次はどうなるんやろう? と最後まで期待しながら見ることができました。

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また、護送チームの人間もほぼ最後まで誰を信用していいのか、疑問を持ちながら見れたので、そこも楽しい。
幼女暴行殺人魔・清丸国秀は本当にどうしようもない悪い奴で、こんな奴を守る必要があるのか? と誰しもが思うでしょうが、この作品に好感を持てたのは、答えをこちら(オーディエンス)に強要してこなかったところ。
果たしてこの犯罪者を守る価値があるのかを含めて、死刑制度や復讐(仇討)、法と罪と罰、人権や命の尊厳、被害者遺族の感情など、答えを強要されずに考えることができたところがこの作品の良いところだと思います。
よくこのテの作品にはあざといくらいに答えを強要してくるものがあるんだけど、この作品は、何とかそこのところで感情的にならずに抑えているのではないでしょうか。
もちろん、いくら十億円の懸賞金をかけたからといって、日本人全員が刺客になるということは現実にはないのだろうけど、無宗教で拝金主義的な日本だからこそ多少の説得力があるところが面白いのです。
また「被害者遺族の感情」というゼロ年代的命題を扱っているところも大変興味深い。
その「被害者遺族の感情」が極大化したものが、この『藁の楯』なのだろうと思います。

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ただ、気をつけなければいけないのは、護送チームのメンバーが命を落とすところ。
観ている側は、こんな人間のために命を落とさなければならないのか、と疑問を感じてしまいます。
しかし、その疑問は正しくない。
そう思ってしまったのなら、そこには論理のすり替えがあります。
護送チームのメンバーは、清丸国秀に依頼されて彼を守っているのではなくて、国からの命令で清丸を守り、命を落としているので、たとえ警護対象が要人であろうが犯罪者であろうが、それは職務ですから殉職という意味ではどちらも同じなのです。
にもかかわらず、犯罪者のために命を落とすと、まるで犬死のような、あるいは本末転倒のような気がしてしまうのです。
ここは勘違いをしてはいけないところ。
護送チームのSPは、誰であろうが命をかけて守ることでお給料をもらっているのですから。

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それから、新幹線での場面の撮影で日本の新幹線ではなく台湾の新幹線(?)を使っているところを批判している人があるけど、この批判はつまらない。
名作『新幹線大爆破』では、ほとんど模型を使ってるし、映画やドラマの撮影でフェイクを使って撮影するのは、普通のこと。
「京都」と言いながら、「京都」でないところを使っているのもいっぱいあるんだし。

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とにかく大沢たかおがカッコイイ。
松嶋菜々子はフェミニンな部分を封印して、ハードな役を頑張っていたかなと思います。
藤原竜也の犯人役はさすが。
この「どうしようもなく悪い奴」は彼でないとなかなかできないのかもしれない。
ただ、ちょっと顔が綺麗すぎて、幼女暴行殺人魔の「気持ち悪さ」は出なかったかな。
この顔やったら、幼女じゃなくても、普通に大人の女性に相手にされるでしょって思ってしまう。
端からそういう性癖のある人物という風に理解しないとちょっと難しいような気がしました。

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2013年の日本映画
監督・三池崇史
脚本・林民夫
音楽・遠藤浩二
原作・木内一裕
出演・大沢たかお、松嶋菜々子、岸谷五朗、永山絢斗、伊武雅刀、余貴美子





kogoroh27 at 15:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)三池崇史 

2014年10月13日

相棒 劇場版掘ゝ霏臾室! 特命係 絶海の孤島へ3

4年半ぶりに書きます。
また、書いて行こうと考えています。

仕事をしながら『相棒 劇場版掘ゝ霏臾室! 特命係 絶海の孤島へ』を見ました。
もはや「国民」的エンタメ作品となった「相棒」ですが、やっぱり相変わらず面白いです。

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【あらすじ】
太平洋に浮かぶ、東京から300キロ離れた、絶海の孤島・鳳凰島で起きた民兵の変死事件が起きた。
鳳凰島には神室司(伊原剛志)をリーダーとする民兵のグループが棲みついて訓練を続けている。
甲斐峯秋(石坂浩二)の命令で島の実態を探りに入った特命係の二人が、島をめぐる謎の全貌を明らかにするというお話。

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【感想】

今回のテーマは、「国防」「核」「平和」あたり。
映画版とかスペシャル版になるともっぱら政治色の強くなる「相棒」だけど、いろんな意味でタイムリーだと思う。
日米安保の問題は出てくるし、「核」の問題はフクシマともつながってくる。
「平和ボケ」の部分で「イスラム国」の問題ともつなげて考えることもできる。
作品の出す答えをどう受け取るかはいろんな立場があっていいと思うが、今、起きている問題について、いろいろ考える材料にはなると思う。

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個人的には、最後に犯人に対して杉下右京が告げる言葉に溜飲が下がる思いだが、これを見る、今の日本のオーディエンスはどのように受け取るのだろうか。
そもそも「相棒」を支持している層は、どういう人たちなんだろうというのが気になるところ。

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ただ、「相棒」の面白さは、やっぱりプロットにあると思う。
「相棒」という枠組みだけあって、あとはいろんなことができるというところに長寿番組の原因があるのだろう。
今回は、民兵変死事件のフーダニットから入って、間に政治的な物語を入れ込んでくるというパターン。
政治的な物語自体は解決がつかないけれども、問題だけを投げかけておいて最終的にフーダニットだけは解決させる。
その場合、フーダニットそのものの謎にヒネリはなくても政治的な物語の方の面白さで全体を持って行くことはできる。
その辺のプロットの上手さと今の私たちが抱える問題を描く現代性が多くのオーディエンスを惹きつけているような気がする。

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ビジュアル面で興味深かったのは、登場人物の大半が戦闘服を着ているために、私たちにとって「普通」である、杉下右京のスーツ姿がむしろ奇異に映っていたことである。
杉下右京はもちろん「名探偵」なので、普段の「相棒」物語の時には私たち一般視聴者を少し超越した存在である。
スーツそのものも他の登場人物よりも綺麗に着こなすことが、俳優・水谷豊には要請されているのではないかと思う。
しかし、ほとんどの登場人物が戦闘服を着ている状況下では、綺麗なスーツ姿もその非日常性のアウラを失い、差異は戦闘服とスーツ姿との間のものしか意識されない。
そのことによって「名探偵」の超越性もそのアウラを失い、杉下右京は、私たち一般視聴者の代表にしか見えない。
私たち一般視聴者の代表として民主主義的な見解を、軍国主義的な人物に突きつける最後の砦になっているような気がする。
状況によって「名探偵」の超越性は無効化してしまうのではないか。
そんなことを考えさせられた。


ちなみに冒頭の場面は、フランシス・F・コッポラの『地獄の黙示録』へのオマージュでしょう。
どう考えても。笑


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kogoroh27 at 05:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)和泉聖治 

2010年04月04日

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アブノーマルでピュア、背徳的で牧歌的。
そんな映画でした。

2005年の韓国映画。
監督・脚本キム・ギドク。音楽・カン・ウンイル。
出演:チョン・ソンファン、ハン・ヨルム、ソ・ジソク。


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【あらすじ】
海上の船の中で老人(チョン・ソンファン)と少女(ハン・ヨルム)が二人きりで住んでいる。
少女は16歳。
10年前にどこからか連れて来られたらしい。
少女は10年間、船から出たことがなく、ずっと老人と暮らしている。
老人は少女が17歳になったら結婚することを夢見て、ここまで育ててきた。
だから、老人は少女と寝食を共にしているが、手を出すことはしない。
ただ、就寝時には、二段ベッドの上下に分かれて寝て、少女の手を握って眠るだけである。
老人は、海釣りの客に漁場を提供し、日々の糧を得ており、貯めたお金で少女の結婚式の衣装を買い集めている。
釣り客が少女にちょっかい(性的いたずら)をかけようとすると、老人は弓矢で少女を守る。
仕事の無い時は、ヘグム(楽器)を弾いて少女との時間を過ごす。
釣り客に頼まれて、弓占いもするが、それは少女と老人の篤い信頼関係を象徴していた。

そんなのどかな日々に亀裂が生じる。
釣り客の中にソウルから来た男前の大学生(ソ・ジソク)がいて、少女の中にその学生への恋愛感情が芽生え始めた。
二人の様子に嫉妬の感情をどんどん強くする老人。
少女の17歳の誕生日が近づいてきた、ある日、大学生は少女を船から外の世界に連れ出し、両親のもとへ返したいと言い出した……。




というお話。


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【感想】

とにかく映像が美しい。
映っているのは最後までひたすら海と空と船だけ。
都会的なものは一切映らない。

そして、少女(ハン・ヨルム)がとにかく可愛い。
純粋で無邪気な少女の一面と、
その少女の中に巣食う、男をたぶらかす悪魔な部分とを巧みに表情だけで演じている。
というのも、少女と老人は作中、一度もセリフを発しない。(声は最後の方で出すけれども)
ひたすら表情と動きだけの演技である。
老人にヤキモチを妬かせようと、他の男に甘えて見せた時の、
あるいは老人との入浴を青年に見られた時の、
海の上での小便を青年に見られた時の、
ニッという小悪魔的な笑みがたまらない。
(ハン・ヨルムは撮影時、22歳くらいだけれども)


少女の入浴シーンもなかなかよい。
船の中の大きな盥(たらい)に裸のまま入れられ、老人に優しく身体を洗われる。
本来、16歳の少女では有り得ない入浴のしかただろうが、
この場面にも老人と少女の関係が象徴的に表現されていてよい。
彼女の胸も見えそうで見えないのがまたよい。
(結局、後で見えるのだけど、ここではわざと見せていないのが、上手い)

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そんな少女が、ソウルから来た(いかにもソウルの匂いのした)大学生に恋心を覚える場面が切ない。
少女は大学生に、今まで老人には見せたことないような笑顔を見せる。
こちらは老人に感情移入して見ているから、「そんなやつにそんな笑顔を見せるな」と腹が立ってしまう。
この作品は一見アブノーマルな物語のように見えてしまうが、実は、娘を持つ世間の男性は、みんな一度は経験している感情なのではないかとも思う。

もちろん一般的な感覚、認識から行くと、老人の行為は拉致監禁であり、児童虐待でもある犯罪となるだろう。
また、老人の「少女が17歳になれば結婚する」という欲望も、字面だけで捉えるととても汚らしいものに思えてしまうかもしれない。
だが、そんな近代主義的な倫理観を逆撫でするようなキム・ギドクの世界観。
そこには老人と少女のみが理解しうる二人だけの世界があり、二人が10年かけて作り上げてきた生活がある。
それは誰も侵すことが出来ないものであり、近代的な人権主義が絶対ではないことを示唆する。
老人の欲望もなぜか温かい愛情に裏打ちされたものであることが自然と伝わってくる。


青年の登場によって世界は壊れ始めるが、展開は意外な方に進んでゆく。
結末もなかなか衝撃的で、性のイメージも何を表しているのか、よくわからないのだけれども、そこに至ってやっと「弓」の意味するものはわかったような気がする。


東南アジアの映画(トラン・アン・ユン監督など)のような官能美。
源氏物語の若紫よりかはエロティックに、
『完全なる飼育』よりかは静謐に。
とても美しい映画。
音楽もまたいい。
カン・ウンイルという人らしい。

かなりの高評価です。



kogoroh27 at 18:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)キム・ギドク 

2010年02月10日

はやぶさ奉行3

1957年。日本映画(東映)。
深田金之助監督作品。原作・陣出達朗。
脚本・高岩肇、音楽・高橋半。
出演・片岡千恵蔵、大川橋蔵、千原しのぶ、植木千恵、岡田敏子、花柳小菊、高松錦之助大河内伝次郎、進藤英太郎。

京都テレビの中島貞夫の邦画指定席で観ました。


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【あらすじ】
江戸で評判のギヤマン水槽の水中曲芸の開かれている小屋で、見物人の大工が殺された。
衆人環視の中、見物人の中に目撃者はおらず、犯人を見たのは水槽の中のお道(岡田敏子)とおよう(品治京子)だけだった。

その頃、遠山の金さん(片岡千恵蔵)は懇意の老大工・藤兵衛(高田錦之助)が仕事で江戸を離れるため、男手のなくなる彼の家に住み込み、娘のお景(千原しのぶ)と千吉(植木千恵)の面倒を見ていた。
そのお景がお道と友達だったところから金さんは捜査に乗り出す。

その後、おようが殺され、もう一人、大工も殺された。
被害者の残した言葉が“花川戸の虎姫”だったため、金四郎は六郷藩家老・虎姫弥左衛門(柳栄二郎)の邸宅に植木職人として潜入する。
そこで金四郎はねずみ小僧(大川橋蔵)と出合い、意気投合する。

六郷藩は日光の将軍仮御殿の建設工事を幕府から命じられていたが、外様大名の六郷藩主・六郷筑前守(市川子太夫)は、これを幕府の嫌がらせと理解し、将軍・家慶(沢田清)暗殺を企てていた。
仮御殿に吊り天井のからくりを仕掛け、将軍が訪れた際にそれを落として暗殺する計画である。
それを幕府の重役・長岡有楽斎(進藤英太郎)が後押ししていた。

金四郎は大工のフリをして工事現場に潜入する。
そこでは表の工事の裏で、七人の大工が軟禁され暗殺装置を作らされていた。
やがて吊り天井のからくりが完成すると、その大工たちも毒殺されてしまった。
その中に潜り込んでいた金四郎は、ねずみ小僧と力を合わせて、事件の真相を暴露し、将軍の命を守ろうとする……。


というお話。


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【感想】

実は千恵蔵の金さんは初めて観たのだけども、やっぱり面白い。
プロットとしては微妙な部分もなくはないけど、そんなものもどうでもよくなってしまう。
まさに予定調和で、通俗の極みではあるが、だからこそ面白いように思う。

ここで桜吹雪が出るかなと思っていたら出て、ここで金さんが現れるかなと思っていたら現れる。
それでいい。
金さんにつきまとう謎の女(花柳小菊)はいったい何だったんだろうと思うけれども、それも別にかまわない。
最後のお白洲で、大名や幕府の重役を、町奉行の遠山金四郎が裁くのもびっくりしてしまうけれども、もう気にしない。

千恵蔵の金さんの啖呵を聞けば、すべてが吹っ飛んでしまう、そんな面白さである。


一つだけ気になったのは、冒頭の水中曲芸。
まるで近藤玲子の水中バレエみたいなんだけど、これはいったい誰の指導(演出)によるものだろう。
57年当時、近藤玲子の水中バレエ団はまだ結成されていなかったので、とても気になる。
この水中曲芸の場面が57年当時でのエロチシズムを醸し出していて、気に入っている。





kogoroh27 at 19:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)深田金之助 

2009年05月22日

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英勉監督作品。2008年の日本映画。
脚本:鈴木おさむ。
出演:塚地武雄、谷原章介、北川景子、大島美幸、佐田真由美、本上まなみ、中条きよし、温水洋一、伊武雅刀、ブラザートム。

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【あらすじ】
死んだ母親が残した定食屋「こころ屋」を守る大木琢郎(塚地武雄)は33歳独身で、女性にはまったく縁が無い。
料理ではイタリアに留学した経験もあり腕前も見事、人柄もよくてお店でも人気者なのだが、とにかくブサイクで、あだ名も「豚郎(ぶたろう)」、生まれてこのかた女性と付き合ったことがない。
100回以上、女性に告白してもすべて断られ、気持ち悪がられ、迷惑がられている。
彼自身も、自分がブサイクであることにとてもコンプレックスを持っていた。

その琢郎の営む「こころ屋」に、ある日、アルバイトの募集を見て超美人の星野寛子(北川景子)がやってきた。
彼女の一挙一動に胸がときめく琢郎は、ついに思い切って彼女に告白する。
しかし、寛子に「私のどこが好きですか?」と訊かれた琢郎は「目も鼻も耳も寛子ちゃんのすべて」と答え、それを聞いた寛子は店を出て行ってしまった。

またしても失恋した琢郎は、友人の結婚式で着るスーツを買うために洋服の青山へ向かう。
そこでなぜか特別室に連れて行かれ、着るだけでハンサムになれる「ハンサム・スーツ」のモニターになることを薦められる。
というよりも無理やり押し付けられる。
愛くるしい(?)顔に、もこもこボディの着ぐるみのようなスーツに袖を通すと、スーツが身体にぴったりとフィットして顔も体型もハンサムになってしまった。
ハンサムに変貌した琢郎は、光山杏仁(谷原章介)として人気カリスマモデルになり、大活躍をしてゆく。

ハンサムな杏仁としての生活はモテモテの日々で、女性たちに取り囲まれ、トップモデルの来香(佐田真由美)からもアプローチされるほどの幸せな日々。
一方、ブサイクな琢郎としての生活は仕事に追われ、変化のない寂しい毎日。
ただ、寛子の代わりに定食屋に入ったアルバイトの本江(大島美幸)は、ブサイクだが仕事は完璧な働き者で、彼女の笑顔に少し安らぎを感じ始めていた。

しかし、ハンサム・スーツには、お湯に弱いという弱点もあった。
再び洋服の青山を訪れた琢郎は、今度は「パーフェクト・スーツ」を薦められてしまう。
しかし、そのスーツは一度、着ると二度と脱げないスーツだった。
モデルとしての大舞台・東京ガールズコレクションのステージを前に、琢郎に究極の選択が突きつけられた。
仲間や友人を捨てて超人気モデル・杏仁(あんにん)として女性にモテモテの日々を選ぶのか。
もとの琢郎としてのブサイクでモテない人生を選ぶのか。
そんな時、琢郎の携帯電話に、本江が交通事故でバイクにぶつかったという連絡が入った……

というお話。




【オススメ】
とにかく面白かったです。

笑えるポイントがいっぱいありました。

笑いあり、ホロッと泣けるツボもあり、意外な結末(これは途中で読めたけれども)もあり、考えさせられるところもありのラブ・コメディで、素直に楽しめる映画というのが正直な感想です。

少し勇気をもらうことができたかもしれません。

ハンサム・スーツが欲しいか、欲しくないかと言われると、僕もやっぱり欲しいです。

琢郎が何度も実感する、「もし、僕がハンサムやったら、そんな対応せえへんやろ?」という気持ちはよくわかりますし、ハンサムだったら人生の楽しさが違うのだろうなと思います。
もしかしたら、お金の儲かり方も違うかもしれません。

映画の中のように、女性が杏仁に群がっている様子というのは、少し戯画化されてはいますが、やはり扱いが違うのは紛れも無い事実ですから。

ただ、なぜか作品の中で一番好きな場面は、琢郎と本江とが買い物帰りに二人で歩いている場面なのです。

幸せそうに歩いているカップルを見て凹む琢郎に、本江が「『他人の幸せを見つけたら10歩進むゲーム』をしながら帰りましょう」と言います。
他人の幸せを羨む後ろ向きな「男性」に対して、他人の幸せを自分の幸せに変換して前向きに生きようとする「女性」の姿が描かれています。
そして、彼女から元気をもらうことによって、琢郎は自分らしさを見出してゆくのです。

映画の中で、確かに北川景子は可愛いけれども、観ていると、大島美幸が魅力的に見えてくるのです。
そして、一緒に生きていくのなら、この本江(大島美幸)のような女性がいいよなぁって思ってしまいます。

それに気づいたときに、自分自身の「らしさ」にも気づくことができる。
そんな映画です。

脚本が鈴木おさむ(森三中の大島の夫)なので、そのことを考えると、作品が大島のプロモーション・ビデオみたいになっている感も否めない部分もありますが、でも、いい話だったので、許せる範囲内のように思います。


ただ、最後のオチは、個人的にはない方がよかったような気もします。
最後のオチは、やっぱり人間は「見た目」じゃないかと思わせてしまいます。
それか、鈴木おさむの心の奥の願望なのかもしれませんが(笑)


いい映画でした。




それにしても、谷原章介の演技力は見事でした。

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kogoroh27 at 04:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)英勉 

2009年03月22日

ピアノを弾く大統領3

昨日の夜、関西では韓国映画『ピアノを弾く大統領』を放送していました。


これという「深み」(考えさせられるようなところ)はまったくないのですが、とってもシンプルで観やすい、ロマンティック・ラブ・コメディ。

素朴に楽しめます。

芸術作品とかではないので、その面での評価はほとんどできないのだけれども、とにかく「甘くて」「楽しい」ので、僕は結構、好きです。


2002年の韓国映画。
チョン・マンベ原作・監督作品。
脚本:クァク・ジェヨン。音楽:パク・ヘソン。
出演:アン・ソンギ、チェ・ジウ、イム・スジョン、キム・ソンギョム、ユン・ヨンサム、イ・ジャンスク。

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【あらすじ】

高校の国語教師のチェ・ウンス(チェ・ジウ)は熱血すぎるためにあちこちの学校をクビになっている「問題教師」だった。

ウンスは新しく着任した女子校で、問題児のハン・ヨンヒ(イム・スジョン)と対立する。
授業中に無断で出て行ってしまうヨンヒに腹を立てたウンスは、彼女から親の電話番号を聞き出した。
勢い込んでその番号にかけてみると、そこは何と大統領府だった。
クラス一番の問題児ハン・ヨンヒは韓国大統領ハン・ミヌク(アン・ソンギ)の一人娘だったのだ。

ハン・ミヌク大統領は、潜行視察などを行ない、「国民の国民のための国民による政策」をめざす大統領で、圧倒的な支持を得ていた。
しかし、仕事が忙しすぎるために娘の教育には失敗していたのだ。
ウンスはそんな大統領を学校に呼び出して、ヨンヒの代わりに漢詩を100回書き写す罰を命じる。
大統領は忙しい中、必死にその宿題をこなした。
にもかかわらず、課題の提出に向かう車の中から、提出物のプリントが風に舞って飛び出してしまう。
ウンスに詫びる大統領だったが、ウンスはそれを信じないので、今度は大統領が彼女を食事に招待する。
そうして少しずつ二人の距離は縮まってゆき、やがて大統領とウンスは恋に落ちてゆくのだった。

自由の少ない二人は護衛のSPを撒いて、夜の街でデートをする。
そんな二人をマスコミが狙っており、ついにスクープされて、ウンスに対する批判、中傷の声が広がってゆく……。


というお話。



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【感想】

チェ・ジウが好きなので、半分プロモーション・ビデオみたいに楽しめました。



大統領の娘ヨンヒの役をしているイム・スジョンも可愛いですが、当時22歳くらいだったんですかね。
今はもう、30歳近くになっているということで、びっくりです。
ツッパリ具合もいいし、消火栓から噴き出す水をシャワーのように浴びる場面は映像的にもなかなか綺麗。


ただ、彼女の境遇に対する説明が今ひとつ不十分なのが残念です。

それと、父である大統領と担任教師のウンスが恋に落ちれば、ヨンヒは、普通もっとウンスに対して拒絶反応を示すだろうと思われるのだけれども、そこのところの部分はラブストーリーであるということに敗北している感じが否めません。



作中で『慕情』の曲が効果的に使われていますが、『慕情』の映画が朝鮮戦争の時期を舞台していることと何か関係はあるのでしょうか。
それについては今後もう少し考察を続けてみたいと思います。

韓国では、国語教師というのは政治運動をイメージさせる記号性があるそうで、ウンスが国語教師であるのは、自己主張の強い女性として表現するための設定のようです。

映像がスタイリッシュで綺麗な分、そんな政治的な面が隠れているのは、少し面白いかな、と思いました。

音楽も好きです。



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チェ・ジウの制服姿はさすがにちょっと無理がありますが、でも綺麗です。






kogoroh27 at 05:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0)チョン・マンベ 

ニュー・シネマ・パラダイス5

昔、観た映画について書きます。

一番好きな映画といっても過言ではありません。


00



1989年のイタリア=フランスの合作。

ジュゼッペ・トルナトーレ監督、脚本作品。

音楽:エンニオ・モリコーネ。

出演:フィリップ・ノワレ、ジャック・ペラン、サルヴァトーレ・カシオ、マリオ・レオナルディ、アニェーゼ・ナーノ、プペラ・マッジョ、アントネラ・アッティーニ。


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【あらすじ】


夜遅く帰宅したイタリアの映画監督サルヴァトーレ・ディ・ヴィータ(ジャック・ペラン)は、母・マリア(プペラ・マッジョ)からアルフレードが死んだという電話を受け取る。


少年時代、サルヴァトーレ(サルヴァトーレ・カシオ)は、シチリアのジャンカルド村に母・マリア(アントネラ・アッティーリ)と妹と三人で暮らしていた。
サルヴァトーレはトトという愛称で呼ばれる映画好きの少年である。

トトは母に頼まれた買い物の金で映画館・パラダイス座に通う。
そこで、トトは親子以上に年の離れた映写技師のアルフレード(フィリップ・ノワレ)と仲良くなるのだった。
トトはいつも映写室に入り込む機会をうかがっており、アルフレードはそれを追い返そうとする。
しかし、アルフレードはとてもトトを可愛がっており、トトもまたアルフレードを慕っていた。そして、トトはアルフレードによって、さまざまな映画を見せてもらうのだ。


そんなある日、フィルムに火がつき、パラダイス座は燃えてしまい、トトの懸命の救出にもかかわらず、アルフレードは火傷が原因で、失明してしまう。

やがて、パラダイス座は再建され、今度はトトがアルフレードの代わりに映写技師の仕事をするのだった。

青年に成長したトト(マリオ・レオナルディ)は銀行家の娘・エレナ(アニェーゼ・ナーノ)に恋をするが、彼女の父は二人の愛を認めず、彼女は引越し、トトは兵役につく。
やがて兵役を終えてトトが村に戻ってきても、エレナは二度と姿を現さなかった。そして、トトは、アルフレードの「帰ってくるな」という言葉を背に、都会へ出てゆく。


30年後、アルフレードの葬儀に出るためにトトは、村へ戻ってきた。
もうじき駐車場に姿を変えようとしている、荒れ果てたパラダイス座で物思いに耽るトトは、試写室で、アルフレードの形見を見つけたのだった……



というお話。


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【オススメ】

テーマは「父の愛」です。

もちろん、トトに対するアルフレードの、父のような愛。
アルフレードとトトは血はつながっていませんが、それでも、これは充分に父親の愛情といえるでしょう。
擬制の父の愛なのかもしれません。


三部構成となっていて、前半はトトとアルフレードとの楽しい日々を堪能すればいい感じです。

ただし、トトが大人に近づくにつれ、子供の頃のような楽しいことばかりではなく、愛や別れなど人生の悲しみや苦しみも増えてきます。それをじっと遠くから見守るアルフレード。
トトが村から出る時には「帰ってくるな」と、人生の厳しさをも教えるのです。


そして、何よりも圧巻なのは、後半です。
パラダイス座を訪れ、アルフレードの形見を見つけた場面は、涙無しには見ることができません。

このラストのクライマックス・シーンは、とってもオシャレな映像で、別に泣くような場面ではないのですが、それでも泣いてしまい、そんな場面で泣いている自分がおかしくなって、また泣いてしまう、という感じでした。私が初めてみたときには。

もちろん、観たことのある人は、よくわかっておられると思うのですが、これはちょっとしたサプライズ・エンディングです。

トルナトーレの作品には、こういったミステリ的手法が用いられることも時折あるようです。



とにかく、とっても素敵なラストシーンで、アルフレード(=父)の温かい愛情に包まれたような気持ちになれるので、私は大好きです。


また、この作品は、エンニオ・モリコーネの音楽も有名で、すでにパット・メセニーなどさまざまな人がカヴァーもしていますね。



昔、心斎橋に「パラダイス・シネマ」という映画館があって(今は名前が変わったのではないでしょうか)、そこでは映画が終って、電気が点くと、この曲がかかっていたような気がします。
本当に美しいメロディで、私はこの曲を聴くと、映画の場面を思い出すのもあって、つい泣いてしまいそうになります。


好きな映画は? と聞かれると、この作品を答えることが多いです。

私は、この作品をナナゲイ(十三の第七芸術劇場)の特集上映で観ました。



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kogoroh27 at 03:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ジュゼッペ・トルナトーレ