2016年01月06日

幸せのありか

少し前に京都映画サークル協議会で、『幸せのありか』という映画を観ました。

2013年のポーランドの映画ですが、原題は「Chce sie zyc」なんだそうですが、意味はわかりません。ポーランド映画祭2013では「Life Feels Good」のタイトルで上映されたようです。

1980年代のポーランドを舞台に、脳性麻痺を抱える男性・マテウシュ(ダヴィド・オグロドニク)の物語。

幼いマテウシュは知的障碍と言われ、身体にも重度の障碍があり、家族ともうまくコミュニケーションをとれない。
それでも家族の愛に包まれて、マテウシュは少年から青年へと成長してゆく。
淡い初恋、優しかった父の死、母の老化、姉の結婚……と家族をめぐる環境が変化するにつれ、マテウシュの居場所が無くなってゆき、やがてマテウシュは施設に入らざるをえなくなる。
淋しさと憤りの中で看護師にやつあたりをするマテウシュだったが、ある日、新しい看護師マグダ(カタジナ・ザヴァツカ)の美しさに心奪われ、恋に落ちる……というお話。

main_large


ひたすら淡々とストーリーが進んでいくので、「泣かせよう」というあざとさも無く、好感が持てた。

マテウシュが、女性に胸の大きさで点数をつけているところなんかは、障碍者をいたずらに美化することなく、一人の男の子として描いているところも微笑ましい。胸の大きさで点数をつけることがいいことかどうかは、おいといて。笑

看護師のマグダは、そらもうマテウシュでなくても誰でも恋に落ちるわ、という美しさ。
しかも、ここでは書けないが、入院した男なら誰しも一度は夢に見るような場面もあり。

sub1_large


そして、何よりも後半で、(たぶん)研究者の女性が現れて、マテウシュが実はコミュニケーションをとれることを発見し、その方法を見つけ出してくれて、他人とのコミュニケーションが可能になる場面が感動的。

自分たちはいつの頃からか他人とコミュニケーションをとれることが当たり前だと思って生きてきているけれども、それを他人に伝えられないもどかしさを想像することすら、忘却の彼方に押しやってしまっている。

半ば絶望的にさえ見えてしまう状況の中でも、ひたすら希望を失わず懸命に生きるマテウシュの姿に、多くの勇気と感動をもらえる映画。


sub2_large


ただ、忘れてはいけないのは、この作品でも描かれていたように、障碍を抱えた人の家族が老化したり、死を迎えたりした時、あるいは何らかの変化があった時、一体、誰が彼らをサポートするのかという問題がある。

ポーランドの場合、ソ連のペレストロイカの影響もあって共産主義から民主化へ向かったようだが、民主化の流れで資本主義化してゆくと、社会的弱者は厳しい状況へとなっていったはず。

この作品も実話のモデルがあって映画化されたもののようなので、モデルの男性は結構、苦労されたのではないだろうか。
映画のエンドロールのところで、モデルの男性も顔を出す。

それと同時にエンドロールでは、主人公のマテウシュを演じた俳優さんが実は健常者だったことがわかり、その演技力に舌を巻く。

『オアシス』(韓国映画)の時に、フリーペーパー『低空飛行』に同じようなことを書いたことがあるが、撮影で長時間、腕や肢を曲げて強張らせて演技しないといけないので、実際に筋肉にはものすごい負担がかかるということを韓国のムン・ソリという女優さんが言っていたのを思い出す。

作品そのものはとても静謐で爽やかな映画だが、実は力作。

まだDVD化されていないようなので、何とかDVD化してほしい。
とってもいい映画です。



監督、脚本:マチェイ・ピェプシツァ
製作:ビエスワフ・ウィサコフスキ

出演:ダビド・オグロドニク、カミル・トカチ、アルカディウシュ・ヤクビク、ドロタ・コラク、カタジナ・ザヴァツカ



kogoroh27 at 01:06│Comments(0)TrackBack(0)マチェイ・ピェプシツァ 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔