2009年07月

2009年07月31日

僧「コブラは小鳥を襲って殺す前に、まず相手の目を見つめる。両者が見つめ合った瞬間、その役割が決まる。殺す者と殺される者だ。恐れた者が負ける。しかも、小鳥の中の何かが、コブラを見るように、小鳥を駆り立てる」
賞金稼ぎ「そいつは何だ?」
僧「死への願いだ」
賞金稼ぎ「そうだ・・・そいつは一体、どんな感じだ?」
僧「お前には分かってるはずだ。私は生きようと思ってる。そして・・・恐れを感じているのは、お前だ」
賞金稼ぎ「この引き金を引きゃあ、死ぬのはお前だ!」
僧「死を求めているのはどちらだろうか・・・お前か、私か。お前は、死に心を騒がせている。その目を覗き込んでいる。お前は小鳥だ。コブラは・・・死だ」


僕の三年生時代は、屈辱と抗いにまみれていたが、とにかく一年間が過ぎようとしていた。
後は例年通り、締めくくりの学祭公演で、何とか無事、終了してくれるはずだった。
無責任な反抗分子共は、全員辞めた。
公演に向けて、どうにか一丸となれる状況だけは、ギリギリ整った。
全てはもう、念願の主役の舞台に、これまでの三年間の苦節の思いをぶつけられれば・・・そうなるはずだった。
ところが、事態は急変した。
それも本番までいよいよ追い込みにかかった、あと10日も残っていない多忙の時期だった。
僕の練習風景を眺めていたある男が、隣の部長にこう言ったのだ。
「何だ、あれ、変だぞ。やり直せ」
そいつは僕の舞台が、おかしいとケチをつけた。
動きも設定も音楽も、とにかく全部駄目だから、作り直せ、こう部長に命令しやがった。
その男はOBの一人。
だが、はっきり言って、そいつはチャンバラは出来ない!
部活関係者は誰もが知ってることで、単に籍だけ置いて過ごしただけの口先野郎。
そのくせほとんどのOBが頭が上がらないのは、学校に勤務しているからだ。
つまり大学職員として幅を利かせ、部活にもそれなりの便宜を計っているので、一目置かれていたのだ。
それを勘違いして、こいつは僕の舞台を潰してくれた。
殺陣のことなど何も分かってないくせに、気まぐれの一言で、僕が半月以上稽古してきた出し物は、見事に跡形もなく粉砕されてしまった。
部長命令に僕は従うしかなかった。
しかしほとんど、ギリギリのところで僕は爆発寸前だった。
ボイコットを考えた。
退部の強行も辞さない覚悟があった。
けれど・・・未練が僕を引き止めた。
先輩も同輩も、後輩のことだって、どうでもよかったが、とにかくここで全てを投げ出すのは、あまりに悔しかった。今までの努力と苦渋が、惜しくてたまらなかった。
あいつはそんなことも計算して?つまり絶対逆らえるはずがない、とタカをくくって僕に命令したのだ。
いや、ひょっとして、そんな現役部員の切実な思いなどカケラも気にすることなく・・・絶対そうだ。テメエはそんな情念を育むこともなく、呑気に有力OBの座にふんぞり返っているのだから。
僕の慟哭を誰も知らなかった。
むしろ、さあ本番まであと数日しかないのにどーするんでしょうか?と、野次馬的に冷やかすぐらいだった。
僕はほとんどヤケだった。
内容も衣装も音楽も、まったくテキトーに、定番と在りもので済ませてしまった。
つまりどうでもよくなったのだ。
自分のこの舞台に賭ける想いを、いい加減極まる軽薄な指令によってズタズタにされた悲痛を誰一人、理解してくれない、支持してくれない、助けてくれない!
そんなどうでもいい存在なら、誰からも顧みられない、ゴミのような自分でしかないのなら・・・。
僕は負けたのだ。
徹底して戦うこともせず、ふてくされて、ほっぽり出して、独りでいじけて・・・。
無惨な公演だった。
声援も拍手も、僕には何の感慨も呼びやしなかった。
こんな舞台、僕のものじゃない。
こんな安易でヤケクソでしかない殺陣なんか、僕が三年も苦労してきた成果じゃない!
僕の人間嫌悪は決定的になった。
同輩に、後輩に、そして先輩、OBはおろか、全ての周囲に僕は否定と憎悪で断罪するしか、自分を支える術はなかった。
もちろん、一番の仇敵は、その出鱈目OBの某O!!!
あいつは、もうとっくにそんなことをしたなんて忘れて、今もノホホンと大学で悠々過ごしているだろう。
結婚したとも聞いた。
あんな人非人とセックスする女がいるとは・・・。
僕は今でも許してなどいない。
一生呪い、たとえ死んでもこの怨念だけは絶えることを認めない。
それこそ出来るものなら・・・・。
人の一生を滅茶苦茶にしておきながら、のうのうと生きているに違いない鬼畜を制裁したい、総括したい、復讐にかけたい・・・僕の気持ちは20年以上経とうと、少しも・・・むしろ煮えたぎっている、血に猛っている。
奴は知らない。
誰も知らない。
僕は、何もしない・・・だが、忘れない。




kohe000 at 13:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)いじめ | 大学時代

2009年07月30日

こもり者

老師「ウサギは可憐な生き物だ。虎は雄雄しく、竜は凄まじく、すべて生き物は、強いものも弱いものも、自然と一体となっている。無用の命は、ひとつもない。我々が学ぶ知恵を持つなら、自然こそ我々の師匠なのだ」


僕の将来の夢はどうなったか・・・。
映画監督になりたくて入った大学なのに、映画にも演劇にも見放され、文芸なんて無味乾燥な閑職?
実習なんてもちろん無く、支給されたのは、これ見よがしに大判の原稿用紙数冊だけ。
ならばと僕は書こうと思った。
小説でもシナリオでも、はたまた評論でも、とにかくまず書くことから出発しようと思った。
シナリオが書ければ監督にもなれる。
小説が書ければ独りでも生きていける。
評論なら、大勢の人々に囲まれる可能性だって・・・。
しかし書けなかった。
一年、二年、そして三年、机にはほぼ毎日向かっているのに、ほとんど一枚も書けなかった。
プロットだけは書けた。
荒筋だけはでっち上げた。
ハコ書きだけは、何とか仕上げた。
けれど作品には辿り着けない。
小説であれシナリオであれ、きちんと人に読ませるだけの完成品には、いつまでたっても書き上げられない。
書かずの作家志望・・・典型的な口先文士だ。
それこそ明治の昔から、腐るほどの志望者が日常の中で埋没し、一生という怠惰な年月を徒労にまみれさせた、麻薬かアル中的な、虚飾、いや腐食の状況だ。
僕は完全に甘くみていた。
こんなどうしょうもない無為の時間の果てにも、いつかは書けるようになるだろうと・・・。
何の根拠も裏打ちもない、傲慢な自信だった。
それは情けない祈りにも似た、怠け者の自涜だった。
僕は大学時代のほとんどをこうして四畳半の自室か、大学の図書館で、結局何もしない、何一つ書かない、実は何ものをも考えてもいない、そんな時間で食い潰した。
僕の生き方の原型がそこにあった。
僕は所詮、こんな無策に流されるだけの、無能者だった。
僕には分かっていたのだ。
ただその現実を避けたい一心で、毎日独り、こもり続けていたのだ。

kohe000 at 13:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)小説 | 大学時代

2009年07月29日

冷たい性

僧「先生、あの少年は入門者でもないのに、なぜここに?」
老師「わしが村から連れてきたのだ。あのように体が不自由なうえに、口もきけず心無い者にいじめられておったのでな」
僧「生まれながらに、大きな不幸を背負っているのですね」
老師「なぜ不幸だと思うのだ?あの子には雀や子羊や、優しい仲間が大勢おる。あの子は物の言えぬ口と、ねじれた手足をもって産まれた。しかし自然は、生き物と心を通わせ合うという、素晴らしい力を与えた。それは富や名声よりも、王侯貴族となるよりも、遥かに素晴らしいことではないか」


僕の未熟な性は、どうなったか・・・。
彼女はいない。後輩からも慕われない、先輩からも可愛がられない。
僕の上のある部長は先輩の女子から愛されてリーダーに抜擢された。
僕のある後輩は、やはり先輩の女子の部屋に押しかけ、いつの間にか部長になった。
別の後輩は、さらに下の後輩に精神的にも経済的にも支えられて、今なお役職に祭り上げられている・・・。
僕はいつ童貞を失ったろうか。
記憶が曖昧だ。
オナニーが先だったか、セックスが最初だったか・・・。
ただはっきりしていることは、僕が風俗で童貞を喪失したことだ。
値段は確か、三万円。
当時の僕には無論、大金だったが、僕は射精まで辿り着けなかった。
多分、射精という快感行為をまだ知らなかったゆえの、あえない轟沈だったのだろうが。
別に惜しいことをしたとは思わなかった。
初めての女体に、鮮烈な興奮なども大して覚えなかった。
女性と違って、世界も歩き方も、何も変わらなかった。
薄暗い照明で、未踏だった乳房も陰部も、確認できなかったので、別段強烈な思い出にも、ましてトラウマなどにも無縁だった。
相手の顔すら覚えていない。
ただグロテスクで悪趣味な印象しか残らなかった、その淫靡な部屋の造りだけが・・・時折反吐につながるか・・・。
必死な一人相撲の大学時代だった。
性も愛も、そのためだったかどうか、僕には不毛だった。
僕の意識下には、早くも全ての人間的営みに対しての諦念と冷視が蓄積し始めていたかもしれない。
あらゆる人間に向かっての敵視と剥離、それはいじめられっ子の、どうしょうもない巡り合わせだったのかもしれない。
僕は、優しさを知らない、無力だった・・・。



kohe000 at 14:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 大学時代

2009年07月28日

泥道・・・

僧「なぜ?(彼等を殺す?)」
脱獄囚「俺を馬鹿にした。他の奴らと同じようによ」
僧「君自身、他の人に悪いことをしてないか?」
脱獄囚「出てって、縛り首になれって言うのかい?」
僧「そんなことは言わない」
脱獄囚「さっきはああ言って、今度はこう言って、お前は俺にどうしろって言うんだい?!」
僧「私は、どうしろとも言わない。君が、どうしたらいいか、自分で考えて、決めるんだ」


僕は殺陣がヘタだった。
少なくとも、三年生の間はずっとそうだった。
後輩を指導する立場にありながら、自分の技術に自信が持てない。
後輩から侮られていると疑うほど、焦りのあまり、ますます技が乱れてしまう。
スランプ?
いや、それ以前だって、人から大して褒められたこともないし、女子や後輩に賞賛されたこともないのだから、元々のコンプレックスだ。
夏休みに、あるOBの舞台発表会を後輩数人と、絡み要員として手伝った。
僕だけが怒られっぱなしだった。
何より、ひとり、手順が覚えられず、一番足を引っ張ってしまった。
二年生の頃と比べて、とにかく体が動かなかった。
全然覚えられず、焦りと自己嫌悪の限界まで追い詰められ、本当に投げ出して逃げ帰ろうかと思ってしまった。
大なり小なり、こんな鬱屈した気分のままの、イライラ指導者。
先輩にも大して教えてもらえず、それ以上に不貞腐れて教授を乞おうとはしなかった己がひねくれぶりが、さらに自棄と高ぶりをかき乱してしまい・・・。
僕は、どん底だった。
二年間の辛抱の果てが、このザマか!と、何もかもに歪んだ感情をぶちまけてしまいたい想いだった。
負け犬・・・・。
みじめで、情けなき、愚鈍のはぐれ者・・・。
僕は、いじけているばかりだった。
下手糞指導者の汚名を独り被って、開き直りの泥道に徘徊するだけだった。


kohe000 at 12:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)殺陣 | 大学時代

2009年07月26日

嘘吐き

僧「じゃあ、嘘を言ったの?」
少女「本当のことは、あなたが知ってるわ」
僧「嘘を言っていいのかな?」
少女「あなたが助かれば、それでいいのよ」
僧「よくない・・・嘘を言ったかもしれないよ」
少女「あなたは嘘なんかつかないわ。私と一緒よ、嘘なんか大嫌い!・・・もう絶対嘘言わないわ。一回だけなら私、嘘つきにはならないでしょう?」
僧「一度言った嘘は、嘘である限り、いつまでも嘘として残る。決して消えて無くなってしまうものじゃないんだ」
少女「じゃあ、一生嘘つきになっちゃうの?」
僧「そうだ」


僕と、反抗的な後輩たちとの抗争は、どうなってしまったか・・・。
唐突な終焉だった。
尻切れトンボの馬鹿馬鹿しさだった。
僕を"見限る"宣告をした二年生の男子たちは結局、全員辞めてしまった。
同級生の女子だけを残して。
泣いて在籍を懇願した女の子たちを、軽々と振り切って・・・。
「これからは影ながら彼女たちを見守っていきますよ」
あるOBにヘラヘラしながらこんなことを言ったらしい。
いい気なものだ。
テキトーな、軽薄さのみだ。
奴らに責任感などはなかった。
文句だけを垂れて、不貞腐れていただけなのだ。
実際、稽古はほとんどサボっていたし、そのくせもったいぶって、まるでこちらを牽制するかのようにダラダラと籍だけは残していたし。
威勢のいいことを口にするだけの人間ほど信用出来ない。
言葉でなら、何とでも格好はつけられる。
いくらでもご立派な理想を語れる。
「自分たちが上に立ったら、先輩たちみたいにはしないで、もっといいクラブにしますよ」
そんなことを散々吹いていた輩が、稽古はいつもほとんど後輩に任せて自分たちは顔すら出さない。
要するにキツい稽古が嫌になっていただけの不満分子。
確たる決意も覚悟もない、口からデマカセの野次馬止まり。
僕は呆れるより、ただただ蔑み、唾棄し、とうに見限って、その上をいく自棄にとどまっていた。
とっとと辞めてくれた方が、と願いつつ余分なシゴキも辞さない悪意の固まりになってでも、己が足場を保ち続けることに終始していた。
実際、早くいなくなってほしかった。
自分を軽蔑しているような奴らと、もはや共に頑張っていこうなどという先輩としての心の広さなど、孤独な戦いをかろうじて行っていた僕に、あろうはずがなかった。
僕は卑小で、厭らしい、腐りかけた指導者だった。
そんな自分を心底嫌悪しつつも、僕は生き残るための卑怯さに、その汚れの泥濘に、のたうちまわるしかない、嘘つきだった。
奴らと変わらない、傲慢な嘘吐きだった。




kohe000 at 12:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)裏切り | 大学時代

2009年07月25日

童貞

囚人「へへ、年中腹ペコで、昔から腹の減ってねぇ時なんて一度もなかった」
僧「何を思い出す?」
囚人「妹は俺のことを笑わなかった、一度もだ。けど、他の奴は・・・」
僧「笑うようなことをしたのか?」
囚人「俺は何もしやしねぇ」
僧「きっと皆を怖がらせたんだ」
囚人「俺は馬鹿で、頭も弱いんだ。だけど力はある。だから俺のことを笑う奴は容赦しねえんだ」
僧「稲を植えれば、稲が実る。恐れを植えれば、恐れが実る」


僕は孤独だった。
部活と、映画三百本を見ることだけに熱中し、そこに迷いはなかった。
学科の方は、もっぱら創作。
下らない小説を書いた。
団鬼六にかぶれたあげく、「縄師」なんかを主人公にした妄想を書き綴った。
僕は緊縛の職人で、しかし周囲からは軽く扱われ、女達からは忌み嫌われ、そしてインポで・・・そんな話。
まるでAV男優じゃないか。
10年近く後の自分を、こんなところで予感、いや予言している体たらくじゃないか。
そのくらい女の子には相変わらず縁がなかった。
女子の方が多いくらいの部活ではもちろん、学科でもさっぱり女の子との縁など生まれなかった。
積極的に動く自信もなかった?
かもしれない。
だが、とにかく僕はハズレていた。
恋愛にも、友情にも、そもそも人間という輩にも・・・。
僕はSM小説の中だけで女性を支配した。
実際は、全然モテない、頼りにもされていない、だからハタチ過ぎても当然、童貞のダサ男だった。
オナニーをやっと覚えたのは、まだだったろうか?
僕には思い出せない。
キャンパスライフなんて、屈折の青春なんて・・・僕にはありえなかった。

kohe000 at 11:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 大学時代

2009年07月23日

いじめっ子へ・・・

老師「どっちが悪なのかな?鼠は穀物を盗むのが商売だ。ところが猫は、鼠を殺すように生まれついている」
僧「鼠は盗みます。でも、鼠にとって猫は、悪です」
老師「猫には、鼠が悪だ」
僧「では、どちらも悪ではないのですか?」
老師「鼠は盗むのではない。猫は殺すのではない。雨が降る、川が溢れる、が山は沈まぬ。ひとつひとつが、自然にかなっているのだ」
僧「では、悪はないのですか?何をしても、それがその人にとって善なら、許されるのですか?」
老師「人は自分に都合のいいことだけを言う。しかし宇宙には、その人間ひとりが住んでいるわけではあるまい?」

僕は荒れた。
独りで、あがいていた。
頼りになる同志などはいなかった。
先輩は実質、引退。
会長は部の外形だけを体育会系っぽく変容させようとしているだけの形式主義者。
同輩は論外だった。
女子もとうとう二人だけになり、どちらも事なかれ派。それどころか、後輩の男子の誰かと・・・。
男も二人だけになっていたが、よりにもよって、そいつが最低。
お調子者を通り越した、勝手極まる無責任野郎。
いつもヘラヘラして、ずうずうしい上に礼儀知らずの出鱈目男。
無神経プラス傲慢ときているから、先輩にはあきれられ、同輩からは早くから敬遠され、後輩からもごく当然に侮蔑され・・・。
そのくせ本人はてんで鈍感に、女子にはセクハラまがい、男子には御大層な事大説教・・・。
本当に、もし他に一人か二人、まともな男子が残っていたら、とっくにクビになっておかしくない、鼻つまみ者だった。
そんなどうしょうもない奴と二人だけで、混乱した部活に対していかなければならなかったとは・・・。
僕は独善に走った。
一人ではね上がり、唯我独尊に邁進した。
僕のエゴでしかなかっただろう。
僕の弱さの裏返しだっただろう。
けれど僕は必死だった。
まるで約三年ぶりに再び来襲してきた"イジメ"の現実に立ち向かっている憤怒の気分だった。
僕の稽古は冷酷と呼ばれた。
それも溌剌とした厳しさのない、陰惨で理不尽で、相手の憎悪をわざとほじくり返すような、嫌悪感漂う有様だったと聞く・・・。
僕は、止められなかった。
自分を、この現実を、まさに無情な運命を、唾棄すべき貧乏くじを・・・。
僕は、いじめっ子になっていた。
けれどそれは、強いられたものなんだと、僕は己が信念にしがみ付き、もがき続けた。





kohe000 at 11:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 大学時代

2009年07月22日

悪に漬かって・・・

僧「私に悪を為す者を私が懲らしめれば、二度としなくなるかもしれません」
老師「懲らしめなければ、どうなるかな?」
僧「好きなことをしていいのだと、思うでしょう」
老師「そうだな、だが、もうひとつ。悪に報いるには、すなわち善をもってす。その心も教えるのだ」


青天の霹靂だった。
大袈裟ではなく、僕にとっては生活も、人生観も、一変しそうな現実だった。
あれほど順調と思われていた後輩との信頼関係。
それが当事者から一方的にズタズタにされるとは・・・それも、ありえない傲慢な反逆として宣言されるとは・・・。
僕は心底動揺した。
そのため焦り、はやったあげく、同輩との関係すら、ギクシャクさせてしまった。
僕は同輩との団結をアピールした。
最後まで頑張ることを皆で誓い合ってほしかった。
けれど賛同者は、一人もなし・・・。
みんな、冷ややかだった。
いや、たかが部活くらいで、大仰な僕の要求に、恐らくは辟易しているようだった。
しかし僕は同輩からまで裏切られたと感じてしまった。
指導の立場になるにあたって、さらに同輩は欠けていき、僕はますます孤立を意識してしまった。
後輩たちは案の定、思うようには動かない。
あからさまな反抗的態度ではないにしても、四年生と比べて、明らかに侮蔑を込めたような醒めた応対・・・。
おまけに新入部員も入らなかった。
例年なら10人は下らないはずなのに、その年から急に、わずか6人そこそこだった。
稽古から活気が消えた。
何せ指導する先輩ばかり10人以上もいて、後輩はせいぜい3、4人・・・。
僕はますます焦った。
毎日が苛立ちと、喪失感と・・・自己否定への戦い、いや見苦しいあがき、でしかなかった。
こんな部活になるわけがなかった。
こんな先輩になろうなんて思わなかった。
厳しい稽古を耐え抜いて、やっと辿り着いた栄光?の座が、こんなみじめで、やりきれない廃土だったなんて・・・信じられるものではなかった!
僕は後輩を憎んだ。
裏切り者の後輩たちを憎悪し、傍観者でしかない同輩たちを見限っていた。
こんな僕に、何の希望が、いかなる人間らしさが、あったろうか・・・。




kohe000 at 12:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0)裏切り | 大学時代

2009年07月21日

宣告

僧「先生・・」
老師「何だ?」
僧「いつ首を斬られるのですか?」
老師「もうお前から奪うものはない」
僧「でも先生、私は・・・何も失っていません」
老師「お前には分からんのか?」
僧「(奪われた)巻物は返ってきました」
老師「疑いを知らぬお前の無邪気さは、二度とは戻らんだろう・・・」


しかし僕は迂闊だったのだろうか。
まったく呑気な怠慢人間だったのだろうか。
あっという間に二年生は過ぎようとしていた。
いよいよ部活においては、主軸の先輩として、後輩への指導を任される立場に立とうとしていた。
が、そんな矢先の予想もつかない内部分裂?・・・・
元々僕の代は、はかないものだった。
同期は男女合わせて17人もいたというのに、一年の終わりには8人に減っていた。
しかも10人いた男子が、たったの3人に・・・。
そしてほとんど残っていた女子の一人が、ある時先輩に噛み付いた。
よりにもよって、年間の締めくくりとなる学祭の舞台終了後、一年生への三年生(指導部)の扱いが不当だとして、記念撮影や打ち上げやらを一人でボイコットしてしまった。
同期の女子は泣いた。
一年生は逆に事態を把握しきれずにキョトンとしていた。
まったくもって、そいつの独りよがり、としか思えない勝手な行動だったのだ。
けれどそれまでの体育会系的な部活内部においては、ありえない反逆行為だった。
みんな、動揺した。
打ち上げの感動など、全然ない、シラけたムードだった。
僕は裏切られた想いだった。
後輩が可哀相、などとハネ上がった、完全なスタンドプレーにしか見えなかった。
そのくせ化粧は派手で、いつも毅然とした長身の美形だったせいか、一年生からの支持はかなりあった。
それどころか、三年の男子からさえ・・・いやそもそも四年の男子の一人とどうとかこうとか・・・・ろくなウワサしか耳に入らない・・・。
僕は、うんざりだった。
せっかくの僕の聖域を、高飛車女の気まぐれで汚されてしまった気分だった。
こんな無残な気持ちで、頑張ってきたたこの一年間を終了することになろうとは・・・。
だが、これだけではなかった。
むしろこんなものは、他愛ない序章にすぎなかった。
打ち上げ後の二次会で、一年生の一人が僕に言った。
「先輩たち、誰も頼りになりませんねぇ」
信頼し合ってると確信していた後輩からの、それはまさに"宣戦布告"、いや"死刑宣告"だった。

kohe000 at 13:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)裏切り | 大学時代

2009年07月20日

反逆のフィルム

老師「自分の世界をよおく見るのだ。この池の中には十二匹の魚がいて、十二の世界がある」
僧「池は、たったひとつです」
老師「違うな。お前が見るのと、わしが見るのと、それぞれ別の世界だ。お前の世界には未知のもの、楽しいものが溢れている。わしのは見慣れた、穏やかな世界だ。お前は、わしの世界を永久に見ることは出来ん」
僧「なぜ?」
老師「お前がわしの目でものを見、考えることが出来るか?」
僧「でも先生、私達は同じ宇宙に住んでいます」
老師「そうだ。しかしやはり違う。百万の生き物には、百万の世界がある。自分が宇宙の中心だと考えてはならんぞ。自分の考えを押し付けてはいかん。人それぞれ、見かた考え方が違う。それを尊重することが大切だ」


僕は大学時代、どんな映画を見たか。
ほとんど邦画だった。それも旧作ばかりだった。
黒澤明、溝口健二、小津安二郎・・・。
大映時代劇、日活アクション、そしてにっかつロマンポルノ、ピンク映画・・・。
だが最も影響を受けたのは、やはりATG映画、そして大島渚と若松孝二だった。
前衛、という言葉を初めて知った。
革命、という世界に初めて接した。
難解で、非商業的で、しかし鮮烈にまでにメッセージ性に溢れた独立映画群。
映画という娯楽からも、ここまで強靭な"思想"が発せられることに僕は興奮した。
その具体的な思想、歴史、意味、考察については、およそ未開のままだったものの、とにかく僕は、一種の感覚として、それらのアナーキーフィルムたちに心酔してしまった。
語る映画。
考えさせる映画。
総括の映画。
革命を叫ぶ映画。
反逆のフィルム・・・・。
それは政治と性と、告発の無限ワールド。
僕も闘うべきだと思った。
こんな僕でも、いや僕のような孤立した無名者こそ、映像のテロリストたらんと・・・僕は独りで浮かれていた。
ただ、それだけの、無為な若さだった。

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2009年07月19日

年間三百本

少年「よく平気で言えるねぇ!自分で自分を腰抜けだなんて。恥ずかしいと思わないの?」
老人「思わんな。自分を誤魔化しても、どうにもならんよ」


二年生の春、僕は一念発起した。
まったく突然に、この一年で映画を三百本見ようと決心した。
別段、理由なんてない。
ただ一年の時、大して見ていなかったことを今頃後悔し始めたのだ。
せっかく名画座だらけの東京にいるのに、それが半分は目的?で上京してきたのに、これまであまりに見なさすぎた。
そう急に思い立って、さっそく翌日から怒涛の映画館通いが始まるのだが、さて困った。その時点で、年間一番ヒマであるはずの春休みが終わってしまっていたのだ。
気づくのが遅かった?
それでも諦めることなく、連日情報誌片手の名画座巡り・・・。
いゃあ、よく見た。
平日の昼間は授業と部活で潰れる場合が多かったので、選んだ手段はもっぱらオールナイト。
金曜の夜4本、土曜の夜5本、そして日曜は二軒まわって5本から6本。
レンタルビデオ屋が雨後の竹の子の如く湧き出していた当時、僕はビデオデッキをまだ買える身分?ではなかった。
というより、映画はあくまで映画館、という一般的な良心がまだ十分残っていた映画ファンだった。
こうしてとにかく次々と見まくった。
部活もさらにキツく、授業でも課題創作なんかに忙しくしていたはずなのに、都内のあらゆる安映画館を徘徊しまわっていた。
これも、ひたむき、というやつだろうか。
僕はただそれだけしか能のない、やはり孤独癖のガキだったのだろうか・・・。

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2009年07月18日

ひたむき

少年「ねぇ、どうして弓や馬のことにそんなに詳しいの?」
僧「馬も人も、同じ生き物だ。自然の恩恵を分かち合っている。ひとつのものだ」


僕は二年生になった。
初めて後輩ができた。
僕は嬉しく、毎晩のように飲みに連れて行った。
ほとんど奢ってやり、一晩で万札はたいたことまであった。
けれど惜しいなどと少しも思わなかった。
なぜだろう?
僕はただただ後輩という気軽に付き合えて、決してイジメられることもないと信じられる相手に夢中だったのだ。
そんな人間関係がひたすら有難くて、僕はカネも時間も惜しまなかったのだ。
無邪気といおうか、いい気になっていたと反省?しようか・・・。
しかし僕は純粋だった。
後輩は可愛く、僕はいい先輩であろうと、自分なりの努力を果たしているつもりだった。
僕の人生で、性や仕事やカネ絡み以外で、あんなひたむきだった時期があっただろうか・・・。
僕にとっては幸福、というヤツだった。
それを自覚する必要もない、充足の"つかの間"だった。

kohe000 at 14:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)運命 | 大学時代

2009年07月17日

無知の平穏?

少年「どうして暗闇の中で的が見えるの?」
僧「私の目を見て・・・(目をつぶったまま的を射抜く)」
少年「どうやってやるの?」
僧「やるのではない。自然に、"なる"んだ」
少年「自然って、どういうこと?」
僧「的に当てようとしなくても、当たるんだ」
少年「どうして?」
僧「的と矢と弓は、ひとつだ。別のものじゃない。同じものなんだ、ひとつの」
少年「へぇ・・・そうかな。よく分かんないけど」
僧「それでいいんだ」
少年「何がいいの?」
僧「こういうことは、理解したいと焦っては駄目だ。焦りが消えた時、おのずとわかる」


平穏な日々だった。
部活はきつく、ほとんど毎回地獄だったが、終わった後の飲み会には必ず参加した。
そこにはイジメもしごきもなく、先輩達は稽古中とはうってかわって、僕を迎えてくれた。
ただ飲んで話して時間を過ごすだけ。
けれどそんな平凡な交流こそ、僕には未知のものだった。
当たり前の歓談が、馴れ合いが、僕にとっては新鮮で、豊穣な時間だった。
帰ったらテレビを見るか、ゴロゴロしているだけ。
せっかく上京したというのに、有名な場所などほとんど訪ねようとはしない。
映画もあまり見なくなった。
バイトもしないのでカネがもったいなかったせいもあるが、何も出掛けなくても、僕は十分、この退屈?な日常に満足していた。
夏休み、一年生だけで島へ遊びに行ったことがある。
ある同輩はそこでカノジョを見つけた。
別の同級生は、先輩と付き合いだしていて、結局参加しなかった。
もちろん一年生同士のロマンスも多分、きっと・・・。
僕はまったく無関心だった。
他人の色恋沙汰にも、己が異性に対する好奇心にも。
こんなに自然極まる一種の"三無主義"?に、僕はどこからドップリ漬かるように成り果ててしまっていたのか?
わかるはずもない。
焦りも何も、それが僕だけの若さだったと、今も昔も自得するしかない・・・。

kohe000 at 11:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 大学時代

2009年07月16日

卒業拒否

老人「30年ガンベルトをつけていても一度も使ったことはなかった。わしは腰抜けなんだ。犯人のことさえ怖くて(保安官に)言えなかった」
僧「あなただけじゃない」
老人「わしには何も出来ん。今までだって、何一つとしてやったことはない」
少年「誰も人を傷つけなかったんだから、それはそれで立派だよ」
老人「わしは駄目だよ、駄目な奴だ。何一つ、やろうとしなかった・・・」


大学に入って一番驚いたのは、必修科目があったことだ。
僕はとことん田舎者?だった。
大学とは、自分の好きな専門の勉強だけが出来るところだと、入学するまで信じきっていたのだ。
考えてみれば何の根拠もない。
けれど義務教育でなし、学部も完全に分かれているのだから、それが当然だと、思い込んでいた、何たる無知・・・。
そしてこんな僕を心底憤慨させたのが、体育と英語の授業。
まさか大学にまで来て体育なんかやらされるとは想像もしていなかった。
英語なんて、将来仕事に生かしたい学生だけが自由に学べばいいと、本気で判断していた。
そして僕はもう我慢していなかった。
横暴に耐えるのは、長いいじめられっこ時代で沢山の気分だった。
大学生にもなって単位欲しさに揃って体操なんて・・・恥辱だった。よって当然、一回出ただけで以後、完全に無視してしまった。
英語しかり、その他の何やら一般教養?しかり・・・。
結果は明白なことだった。
卒業拒否。
僕は一年生の初夏には、すでに決めてしまっていた。
こういう時だけ、浪人時代の独学と反逆の精神が、不遜な僕を後押ししてくれた。
馬鹿馬鹿しい、いきがり。
ガキのたわ言。
所詮は怠け者の逃げ口上・・・。
しかし僕は本気だった。
むしろいよいよ現実に対する孤独な戦いの開幕に、ひとり興奮していた。
あの頃、僕は何も出来なかった、にすぎない一匹の鼠だったろう。
何かが出来そうで、何でも出来そうな、凡庸たる無名の若造でしかなかったことだろう。
そんな自分が、愚かなほど懐かしい・・・。

kohe000 at 14:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)反逆 | 大学時代

2009年07月15日

隠棲独居

少年「何してたの?また瞑想してたの?」
僧「無念無想。雑念を払って、こころを清めるんだ」
少年「で、それをやればどうなるの?」
僧「あらゆるものの、真の姿が見えてくる」
少年「ものの真の姿?」
僧「真実といってもいい。何ものにも囚われない心だけが、真実を見ることが出来る」


部活以外に何をしていたか・・・何もしていなかった。
バイトも勉強も、恋愛も、もちろん闘争なんてやらも・・・。
僕は籠もった。
ひきこもり、なんて言葉がまだ全然ない空虚?な時代に、僕は積極的に隠棲と独居に努めた。
80年代初頭。
学生運動なんて記録映画の中だった(一応は上映会なんか行われていたが)。
シラケは去った。
バブルはまだだった。
三無主義なんて、過去のものだった。
勝ち組志向?呑気なものだった。
つまり言葉にしようもない、無味乾燥の時代。
だからというわけでは、まるでなく、僕はもっぱら部屋の中だった。
出かけない。
誰とも会わない。
何もしない。
僕はその自由を満喫していた。
無為の供する安泰と静寂を存分に味わっていた。
やはりイジメのトラウマだ。
僕はまだまだ、そこからの解放的喜びに浸っていられずにはおれないリハビリ期間を送っていたのだ。
しんどい部活だけは絶えることなく・・・これが僕の大学生活だった。
僕はそういう生き方に、早くも達観していた。

kohe000 at 12:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 大学時代

2009年07月14日

こだわりの決心

僧「しかしそれは、君のような子供の仕事じゃない」
少年「子供じゃないよ。もう大人だよ」
僧「大人か」
少年「そうさ。銃だってもう立派に使えるんだ」
僧「銃を使える、それだけでその人間が大人になったと言えるだろうか」
少年「僕は腰抜けじゃないよ」


しかし部活は想像以上の厳しさだった。
稽古は週四回。
他の学部の同級生は、実習が多いせいか、ほとんどその半分くらいしか誰も参加出来ない。
僕だけが皆勤だった。
好むと好まざるに関わりなく、ヒマな学部に紛れ込んでしまった僕の大学生活は、ほとんど部活一色に染まってしまった。
一日約三時間のぶっとおし稽古。
それも外の固いコンクリートの上で、いつも裸足で。
声は出しっぱなし。
体は動きっぱなし。
こんなに絶叫し続けたのは生まれて初めて。
イジメ以外でこんなにドツかれまくったのも、もちろん初めて。
しごき、というヤツだ。
要するに文科系のクラブでありながら、完璧に体育会系のノリであったわけだ。
普段の挨拶からして、「ちわ!失礼します!」の世界(女子の先輩に対しても、だ)。
えらいところに来てしまったと思った。
とんでもないことに巻き込まれてしまったと・・・後悔している余裕さえなかった。
僕は休まなかった。
一人、一度も休むことなく、毎度ビクビク震えながら、部活支配?の学生生活に、ヘトヘトで邁進していた。
僕はまたしてもただの臆病ないじめられっ子だったのだろうか?
それは違う。
絶対にそれは違う。
僕は僕なりの、それは無意識のこだわり、そして運命に任せる生き様だったつもりなのだ。



kohe000 at 13:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)殺陣 | 大学時代

2009年07月13日

殺陣

少年「その弓は親父にさえ引けないんだよ。すごい力持ちなんだね。それなら相手を一発で殺せるよ」
僧「人殺しのために弓は引かない」
少年「じゃあ、何のために引くの?」
僧「心を鍛えるためだ」
少年「こころを?つまり何か考えるの?」
僧「何も考えない。ただ、的とひとつになるんだ」


僕は部活を始めようとした。
中高と一度も入ったことがなかったので、ここぞと探して、一応は悩んだ。
大藪春彦の小説に憧れて射撃部、ミュージカル研究会、映画制作関係・・・。
だが、僕が選んだのはチャンバラのクラブだった。
ほとんど一度の勧誘で、僕はアッサリ入部を決心してしまっていた。
理由は・・・結局ミーハーな限り。
三年生に芸能人がいたからだ。
東京の大学に入って、現役の本物の芸能人に少しでも近づける。
ただそれだけに浮かれて、僕はガラにもない部活を選んでしまった。
チャンバラなんて大した興味もなかった。
時代劇はテレビの「木枯らし紋次郎」と「必殺」シリーズあたりを、やはりテキトーなミーハー感覚で楽しんでいただけの、まったく平凡な一般ファンでしかなかった。
まして演劇や舞踏の一部なんて芸術的な意識のカケラもなく・・・。
どうしてああなったのだろう?
何が僕をあんなにスンナリと、その方向へ導いてしまったのだろう?
やはり運命というヤツなのだろうか・・・。
僕は何も考えずにチャンバラを始めた。
役者になろうとか、体を鍛えようとか、そんな目的は全然なかった。
僕はまったく自然に殺陣と巡り合い、その未踏の世界とひとつになったのだ。
僕の人生のかなりの部分が、そこから染め抜かれ、今なお僕という人間をどっぷりと形作っている。
当時はそんなこと、まるで予想することもなく、僕はまっさらな心と体で、殺陣の世界へいざなわれていった・・・。




kohe000 at 14:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)殺陣 | 大学時代

2009年07月12日

大学

僧「先生、寂しいと思うことはありませんか?」
老師「お前は寂しいか?」
僧「いいえ。世間の人のように、別に家庭が欲しいとも、家族の団欒が欲しいとも思いません」
老師「初めてここ(少林寺)へ来た日のことを憶えているか?お前は雨の中に立っていた。他の子と遊びもしなかった」
僧「早く両親に死に別れ、いつもひとりぼっちでした」
老師「それでこの寺に入るために、あのように辛抱強く待っていたのか?」
僧「はい」
老師「寺はにぎやかな所だと思ったか?」
僧「でも、ここでは皆が一緒に暮らしていました」
老師「他の生物と同じように、人も仲間と暮らすようにできている。しかし仲間と暮らすことの意味は、しょせん人間はひとりであるということを、しっかりと見極めることだ」
僧「それを教えて下さるために、入門を許して下さったのですか?」
老師「お前はすでに知っておった。だから入門を許したのだ」


僕は大学生になった。
東京でアパートを貸り、一人暮らしを始めた。
入学式、それに続く学部別の説明会、各種セレモニー、ゼミ合宿・・・。
様々なことが駆け巡った。
僕はそのひとつひとつを、常にひとりで体験した。
元より地元続きの知り合いなどはいない。
最初から、ひとりだ。
どこへ行っても、一人だ。
それが僕には、要するに心地よいものであった・・・。
合宿である講師に言われた。
君はハナから悟りきってるようで、イヤだなぁ、と・・・。
いじめられっ子だった僕が、何と傲慢不遜に見えたのか?
そんな態度が自然にあふれ出る、僕は可愛くない偏屈野郎だったのか?
自分では分からない。
ただただ毎日がうれしいだけだった以外は。
もういじめられることはない。
ここでは僕がいじめられっ子であったことなど、誰も知らない。
そして好きなだけ一人になれた。
どこで何をしようと、一人のままで周囲はいさせてくれた。
一人の買い物、一人の風呂、一人の生活・・・。
僕にとって生まれて初めて味わう完全なる孤独は、至福だった。
僕はそのことをこそ最も悟りきっていた。
大学も、学問も、遊びも出会いも・・・僕の独りの人生にとっては、ただの随行だった。

kohe000 at 13:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 大学時代

2009年07月10日

自虐の悟り

少年「あんた、死ぬのが怖くないって言ったけど、あれホント?」
僧「ああ」
少年「どうしたら俺もそうなれるか、教えてくれない?」
僧「それは・・・簡単に・・・教えることが出来るもんじゃない」
少年「そう・・・そうかもしれないね・・・・そういうことって多分、自分自身で、悟っていくものなんだろうね」
僧「そういうことを尋ねる者は、少ない。君のように理解出来る者は、もっと少ない」


僕の浪人という猶予期間は、あっという間に過ぎた。
そして僕は映画監督になるためには、と映画学科を受験することになった。
作家より、なぜか映画監督志望へ。
その大学は授業料が少し高めだったので、現役の時は眼中になかったくせに、今度は受験を許された。
親にすれば二浪は勘弁してもらいたかったのだろう。
とんでもない親不孝だ。
独学を謳って予備校からドロップアウトしておきながら、いよいよとなると、親がかりの好き勝手な受験生に逆戻り。
僕の決心なんてこの程度のものだったのだろうか。
それくらい、所詮は口先だけの臆病者だったのだろうか。
僕は己の不甲斐なさ、卑怯な生き方をどこかに放逐し、そ知らぬ顔を決め込んでノコノコ上京し、受験に臨んだ。
現実をナメきった姿勢はここでも変わることなく、ろくな追い込みも復習もサボりちらして、毎日昼間は名画座通いだった。
その結果が・・・当然すぎる?皮肉の運命・・・。
映画学科監督コースは、一次試験でバツ。
演劇学科演出コースは、二次試験でボツ。
かくして、やっとのことでかろうじて引っかかったのが、その名も文芸学科・・・・。
僕は監督になりそこなった。
演出家という集団作業のリーダーへの可能性をあえなく閉ざされた。
それが、僕という情けない無能野郎の命運だったのだろう。
僕はアッサリ悟ってしまった。
自分自身で、誰にも尋ねることなく、僕は己の本性をとっくに自虐していた。




kohe000 at 16:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)運命 | 浪人時代

2009年07月09日

セックスを・・・

少年「ねぇ、そうやってあちこち旅して歩いて、寂しくないの?」
僧「ひとりが好きなのさ」
少年「そう、俺もさ・・・でも、時々やっぱり寂しいよ」
僧「若いからだ」


僕は一応予備校に籍は残したものの、まったく行かなくなった。
朝、家を出て町の図書館に直行し、そこで一人受験勉強した。
もっとも実際は荷物を図書館に置いたまま映画館へ直行。
要するに進学すらも無意味でしかない、という上京までの時間稼ぎでしかなかった。
映画、それも邦画ばかり見ていた。
特に日活ロマンポルノ、それと名画座でたまにかかる独立プロの芸術映画。
地方まで届かない話題作、問題作は沢山あった。
それが見れるというだけで、僕には東京への憧憬があった。
映画監督であれ作家であれ、東京で独学しながらでも、なれる。
何の根拠もない自信と目標だった。
それくらい、結局僕は長い長いイジメから解放されて、自由と可能性を満喫していたらしいのだ。
その結果、いやそのあげく・・・だろうか。
図書館の前で毎朝ギターの練習をしていた若い女性と親しくなった。
別に好みのタイプとかどうとかは関係なく、ただ声をかけやすくて、かけてしまったら意外と仲良くなれて・・・それだけの結果だった。
そんなつかの間の出会いを、独立者気取りでいい気になっていた僕は、ある日踏みにじった。
唐突に、何の進展もなさそうな関係だったのに、僕は彼女にセックスを申し込んだ。それも手紙で・・・。
ナンセンス極まりない。
まったく軽率で馬鹿馬鹿しく、ガキだったとしか言い様がない。
彼女にはもちろん断られた。
せっかく、風のように、はかなくも淡くて自然な付き合いをお互い保っていられたのに・・・。
若さ、だろうか。
セックスという未知の行為への、無謀で邪知な欲求だったのだろうか。
そのために相手の意思も人格も無視して、結局自分も関係も、思い出さえも壊してしまう。
甘えだったのかもしれない。
ひとり、だったから。
セックスはおろか、気軽に自由に会って話せる、そんな誰かさえ、18年生きてきて、ひとりもいなかったから。
イジメのせいで・・・だから許される、甘えさせてくれる・・・きっと、きっと・・・あの子なら・・・あの子しかいないから・・・とりあえず・・・・。
愚かな奴だ。
最低のクズだ。
それからもずっと、僕はこんな、なのだ。


kohe000 at 10:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 浪人時代

2009年07月08日

独学

老師「この蓮の花というものは、まことに清らかなものだ。根は水の中にあるが、花は水の上に咲く。ようやく今、水の表に達した花もあれば、なかにはまだ水の中にいる花もある」
僧「それでは人に対する時も、相手によってそれぞれに対応の仕方を変えるべきなのでしょうか?」
老師「花を見るがよい。どのような成長の段階にあろうと、常に同じ花ではないかな?」
僧「では、あらゆる人に同じ態度で接することですか?」
老師「そうだ。卑屈にならぬ限り、出来るだけ親しみをもって接するのだ」


浪人として僕に与えられた自由は・・・しかし所詮、空虚なものだった。
僕は受験制度の奴隷であり、大人社会の飼い犬でしかなかった。
そんなアナーキーな考えに突然目覚めたのは、二冊の本に出会ってからだ。
佐藤忠男と加藤諦三。
二人とも評論家としてポピュラーだった。
けれどそういう人生の指針を教授してくれるような本を読み、心底納得したのは生まれて初めてだった。
独学とドロップアウト。
僕が両著から学んだのは、その二点だった。
そんなありきたりの指摘だけで、僕の人生観は根底からひっくり返ってしまった。
作家になるために大学進学?
何という馬鹿馬鹿しい論理か!
勉強なんて本を読めば出来る。
本物の教養とは、学校ではなく、独学でこそ学び取れる。
そして、"いい子"からの脱却。
これまでの僕は、あまりに良い子だった。
おとなしく、素直で従順で・・・教師にも親にも社会にも、まったく反抗など思いもしない、完璧な子羊だった。
その結果が、"ビクビク人間"。
僕は、そのとおりだと思った。
僕はまだ何一つ、本当に自分のやりたいことを自分の意志で選び、試したことなど全然ない、と悟ってしまった。
学校が何だ?
受験が何だ?
常識がどうした?
僕はどうしてここまで突然変異?してしまったのだったろうか。
全ての見方、考え方がすっかり変わってしまっていた。
ほんのわずかの読書だけで、ここまで生まれ変わった自分を、どこかで少し恐れてもいた。
しかしもう止まることは出来なかったのだ。
僕は予備校を辞める決心をした。
受験も放棄し、東京でアルバイト生活しながら独学しようと固く考えていた。
この方向転換は、この脱皮は、一体どこから溢れ出るものであったか・・・。
僕には分からない。
それだけこんな僕であっても、若さという"花"が、咲き誇っていた時代が、あの頃はまだあったらしい。

kohe000 at 12:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)反逆 | 浪人時代

2009年07月07日

孤高の自由

娘「わたしが行くのは、皆のためよ。わたしがいなくなっても、皆少し寂しい思いをするだけで済むわ。でも山を失えば、人間らしく自由に生きることも暮らすことも出来ないのよ。あなたでもそうするでしょ?」
僧「私は、あなたではない」
娘「ではどうしたらいいか、教えて」
僧「皆のためでも、あなたが自分自身を恥ずかしめることが、正しいことだろうか?」
娘「わたしが訊きたいのは、そんなことじゃない、違う」


僕は予想通り、浪人した。
偏差値がおよそ足りないのは、分かりきっていることだった。
すべり止めで受けた別の大学に一つ補欠合格していたものの、早稲田以外、眼中になかった。
それくらい僕は自分の作家的才能に、いつの間にか溺れていた・・・?
予備校に通うようになった。
クラス編成ではあったものの、特にいじめられることもなく、淡々とした日々が始まった。
いや、少し僕は変わった。
イジメという呪縛から解放されたせいだろうか。
少し積極的になり、何と同じクラスの女の子に誘いをかけてしまっていた。
おとなしそうで地味な印象しか残っていない髪の長い女の子。
けれどあっさりフラレた。
たった一度だけ公園を二人で過ごしただけで、受験に専念したい、という彼女の一言で、あえなく消失した。
僕はようやく己の人生を己の意思と足で歩んでいこうとしていたのだろうか。
受験勉強も、恋愛も、そして変わらず見まくっていた映画も、19歳の僕にとっては等価であり、僕は初めて自由の中で呼吸していた。
他愛ない、誰も知らない日々。
けれど孤独の質が学生時代とは明らかに異なっていた。
僕は漂白の叶う孤高という人生路に、無力の身を任せ始めていたのだ。




kohe000 at 13:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 浪人時代

2009年07月06日

脱出

軍人「お前は、かなりの腕っ節らしいな」
僧「争いは嫌いです」
軍人「ワッハハハ、面白い。争いの嫌いな男が、虎のように大暴れするとはな。わしも争いは好まん。軍隊も鉄砲も、平和を守るためにあるんだ」
僧「道具は人間を表します。土を掘る者はシャベルを、木こりは斧を、銃は平和の道具ではない」
軍人「しかし火薬を発明したのは君たちの先祖だろう?」
僧「そうです。絹も薬も、羅針盤も印刷機も。銃は違う」
軍人「虎のように戦う技を身につけるには、専門の訓練を受けたはずだ」
僧「良い兵士は乱暴ではない、と教えられました。怒りにかられず、淡白でなければならない、と」


高校卒業にあたって、僕の志望は作家だった。
当時は早稲田大学の文芸科というところが作家の登竜門のように注目されていたので、僕の第一志望はスンナリ決まった。
東京の大学へ進学したい、とは何時ごろから考えだしたろうか。
覚えていない。
ただ周囲には東京までの進学者は少ない方であり、僕はやや変わっていたのかもしれない。
そのくせ特に大それた決心も、派手な違和感も感じていなかったのは、やはり映画三昧のせいだったのだろうか。
映画の監督であれ、評論家であれ、はたまた作家であれ、まず上京こそが最初の出発点・・・僕は迷うことなくそう決めてしまったし、不思議と何の恐怖も覚えなかったのは、これまたいじめられっ子だったゆえの、一人暮らしという孤独への憧れ、逆説的な独立志向を育んでいたのかもしれない。
もちろん単なるオノボリさん的な甘さ、いい加減さ、無鉄砲さも十分だったが・・・。
卒業式にも全然感慨などなかった。
ただただこれで本当にイジメからとりあえず解放される、その安堵だけに独り浸っていた。
友情も恋愛も師弟愛も無縁だった十代の学生生活。
ただの一度も部活に入らず、あらゆる集団を避けまくって生き延びてきた、"セイシュン"とかいわれる日々・・・。
僕はそんな言葉、大嫌いだ!
一生、目にしたくもない、屈折の怨嗟のみだ。
僕には何もなかった。
蒼い彩りも、若き原石も、己の基盤たる肉体も精神も・・・。
徒手空拳のまま、僕はやっとの思いでようやく独りになれた。
明るくも健やかでもなく、良風には程遠い灰色のままの自分を背負って、僕はどうにか、人間に近づけたような気分がしていた。
いじめられっ子なんて・・・人間じゃないのだから・・・。

kohe000 at 14:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 高校時代

2009年07月05日

怨念

軍人「戦いを好まぬ者が、虎のように戦わねばならんようだな」
僧「好むと好まざると、ひとは生きる道を、選ばねばならないのだ」


変わることのない僕へのイジメ。
10年にもわたる屈辱と怨念の時間。
その頂点にあたったのが、高校の修学旅行だろう。
中学の時も寄ってたかってからかわれ、オモチャにされたが、高校生ともなるとそれは暴力だ、サディズムだ。
誰からともなく飛んでくる枕、布団、そして腕、足・・・。
嘲りの声、揶揄の言葉、蔑みの視線。
それは宿泊ホテルの大部屋という密室性によって、エスカレートし、汚泥にまみれた。
奴らは鬼畜の形相だった。
もし誰か刃物でも持っていたら、間違いなく面白半分に切り刻まれただろう。面白半分に・・・。
いじめっ子たちは常にこう答える。
ふざけてやっただけ。
だから・・・悪意はない、本気じゃない、こっちは間違ってない、駄目なのは抵抗しない方・・・コッカと同じか。
延々と続いたふざけ半分の暴力。
ほとんど娯楽と化したイジメという加虐。
僕は布団を被って、ひたすら耐えた。
少しでも抗おうものなら、奴らはまるで大異変のように僕をさらに責め立てただろう。
イジメとは、一方的だからこそ正しいのだ。
イジメに負けるな、とはいじめっ子たちのヤジと嬌声に変わりないのだ。
イジメに負けず、じっと我慢し続けることが正しいいじめられっ子、それが集団にとっての法律、学校の平和を維持するための"尊い犠牲"、まさに"おクニのために"か・・・。
翌日の早朝、一人ホテルの廊下にたたずんでいた僕は、その大窓を叩き割ってやろうかと思った。
いっそホテルに火をつけ、修学旅行なんて目茶目茶にしてやろうか・・・!
本気で行動しかけた。
でも、やはり出来なかった。
非難されるのは、どうせ僕だけ。
同級生からも教師からも、大人からも世間からも法律からも、"非国民"と糾弾されるのは、結局僕独り。
馬鹿馬鹿しくなった。
それこそ犬死にだと・・・言葉で、ではなく、感覚で僕は悟った。
悪夢の数日が終わってしばらく後、僕は通学バスの中で同じ高校の女生徒二人の後ろに座っていた。彼女たちがこう言った。
「修学旅行、楽しかったよねぇ」
「一生の思い出になるよねぇ」
同じイベントであっても、誰かにとっては、いや大多数の者にとっては至福の記念碑・・・けれどほんの一握りの無名の輩にとっては・・・地獄の記憶。
日本中が湧きかえった万博の陰で、その突貫工事の騒音に耐えかねてひとりの主婦が投身自殺したらしい。
そんなこと誰も知らない。
日本人は知らない。
センセイなんてもっと知らない。
「気合が足りないんだよ、一生いじめられるんじゃないの、ファイティングスピリッツが足りないんだよ!さあ、そんな弱虫のことなんて無視して東京にオリンピックを!」
僕は女生徒二人の会話に初めて心底から絶望した。
己の運命に、自分への不甲斐なさに、そして群生社会の冷酷さに・・・。
世の中とは、イジメる奴と、傍観する奴と、そしてこういう自分達だけの幸運に酔い痴れている奴らと・・・それだけしかいないんだ!
僕の生きる道はこうして決定した。
好むも好まざるも、僕はもはや人というものに対して何の希望も正義も、そして愛も・・・抱けなくなっていた。
僕はまだ18歳だった。
その不毛の道は、高校卒業によって子供のイジメという懲役から解放されると同時に、さらに深化した終身刑となって、僕の前を永遠に刻み続けるのだった。

kohe000 at 11:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)いじめ | 高校時代

2009年07月04日

自然の自身

僧「どの道を行っても、乱暴で平和を愛さない者が現れたらどうするのですか?」
老師「完全に到達するためには、人は知恵と憐れみを持たねばならぬ」
僧「でも先生、争いを仕掛ける者と争わないためにはどうしたらいいのですか?」
老師「自然と一体になっている者は、肉体が争っていても心の暴力はない。だが、自然と一体になっていない者は、肉体は何もしなくても、そこには常に暴力がある」


17歳の時、初めて成人映画を見た。
18歳になる前にポルノ映画館へ入る、というのが僕の目標のひとつだった。
切符売り場で少し震えた。
館内でほんの少し早歩きになり、席に着くや、早く暗くなってくれたら、とそればかりを願った。
大人たちは誰も僕なんかに関心は向けない。
あっさり成人映画を立て続けに三本見てしまった。
緊張は絶えることこそなかったものの、映画は映画、僕はいつものように独りの時間に沈み込むことが出来た。
団鬼六原作物が目当てだったのに中身は倦怠夫婦のSMスワップ物で少々ガッカリ。
山本晋也監督のドタバタコメディに爆笑し、残りの一本が・・・侘しく悲しい青春物語だった。テーマ曲は「わかれうた」。
当時は何の知識もなく、ただその非情な別離で終わる切ないドラマに小さく感動した。
ポルノ映画でも、ちゃんとした、いやそれ以上によく出来た物語があるんだと、僕はまた映画の魅力に新しく引き付けられた。
成人映画ゆえの、決して一般物では覗けない世界と描写に、密かな陶酔を覚えながら・・・。
17歳になってもオナニーを知らない僕は多分、勃起にも気づかず、ただ笑って、締めつけられ、大人の未来に不安まじりの興奮を抱いていたのだろう。
僕にとってそれが自然だった。
ひとりでいることが、心の静謐であり、ポルノも暴力も水のように受け入れて過ごせたこと。そこに生身の性や憎悪はなく、僕は好奇心も破壊の衝動にも囚われることなく、つまり悪の影響など少しも受けることがなかったのだ。
一人でいることが僕自身だった。
己と一体になれる自然の時間だった。
その延長が、後のAVだろうか?


kohe000 at 14:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)孤独 | 高校時代

2009年07月03日

わびしき平和の章

僧「先生、世の中が平和な時は少ないのに、どうしたら平和な道を歩けるのですか?」
老師「平和は世の中にあるのではない。道を歩む人間の心の中にあるのだ」


僕は小説家になりたくなった。
映画評論家もいい。
けれど角川映画にハマり、その原作小説を何冊も読んでいるうちに、こういうエンターティメントなら、書ける、いや書きたい、と思うようになった。
テレビの「刑事コロンボ」の影響もある。
金田一耕助で、探偵というヒーローにも憧れる。
それまでの僕は、小説といえばごくごく定番の純文学・・・つまり「人間失格」だの「こころ」だの・・・大して面白くはなかった。というより、受験勉強汚染?で、まったくの文学オンチ、芸術感性ゼロだった。
角川娯楽小説群は、僕に小説の面白さを教えてくれた。
松本清張のガチガチ社会派よりも、洋物の本格ミステリーよりも、ケレン味あふれる破天荒ロマンに想いを馳せた。
その延長で、何と自分で小説を書いてしまったこともある。
タイトルも忘れてしまったが、探偵物とパニックサスペンス。
所詮はサル真似だ。
完璧なるガキの遊びだ。
それでも小説を書いている時だけは幸福だった。
独りで楽しめる。
自分だけの世界で誰にも邪魔されることなく、遊んでいられる。
ただ僕の描いたヒーローたちはやっぱり孤独だった。
そして結末は、どうしても死の悲劇で終わった。
それがずっと僕だったろう。
僕の平和は、結局、淋しさと哀しみの中にしか、ありえないのだろう。

kohe000 at 16:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)小説 | 高校時代

2009年07月02日

憎悪に託して

老師「自由を叫ぶ人間は、自らそれを棄てなければならぬ時がある」


僕は毎日いじめられていた。
つまり僕の学校生活に自由なんてなかった。
どこへ行くか、誰に会うか、どこにいるか、誰と一緒に過ごすか・・・常にイジメを警戒して選択しなければならない。
それこそトイレに行くのだって、いじめっ子たちが一人でもいないか、よく注意して決めなければならない。
しゃがんでいた時、上から水をかけられたこともある。
自分の椅子に座るのだって、画鋲や糊(べったりつけられていたことがある)に気をつけていなければならない。
だから一人になることだけが自由だった。
校舎内の喧騒から、つかの間外れることが、僕に残された唯一の平穏であり、そこでだけ僕の神経は解放された。
同級生達だけではない。
ごく少数で何かのテストを受けていた時。
別の学級の教師が何人かの女生徒をつれて教室に入ってきた。
何とそのままどうでもいい雑談を始めてしまった。
土曜の放課後に行われていた内輪のテストだから知らなかった?
すぐに気づきそうなものだ。
分かっていて、担当じゃないから、どうでもよかったのか。
たまりかねて事情を話した僕を教師は苦笑いしながら無視した。
そのまましゃべり飽きるまでしゃべって、奴らは喫茶店を出るみたいにテスト中の教室を後にした。
僕は何を勉強していたかなんて全然覚えていない。
ただこのことだけを稚拙な意識に刻み込んでいた。
集団は敵だ、大人は敵だ、群れるのは悪だ・・・独りは、無力だ・・・。
僕は自由を諦めた。
そして憎悪だけを信じ、無力な自分を託した。
支えはただそれだけしかなかった。


kohe000 at 11:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)反逆 | 高校時代

2009年07月01日

裏側からの性

詩人「裏切りより産まれし愛は、生きながらえるより、死に絶えるべし」


僕がセックスというものを理解したのは高校二年の頃である。
それまでは、まったく何のことか想像も出来なかった。
テレビドラマや映画で、裸の男女が布団の中に入っていても、ただそれだけで愛し合っている、それこそ子供も出来る・・・そんな幼稚園児レベル?の知識しか持ち合わせていなかった。
大体、学校で性教育の時間なんてなかったし、あの団鬼六ですら、ソフト以上に曖昧模糊とした描写しかされていなかった呑気な時代?
70年代である。
日活ロマンポルノ全盛である。
僕は全然子供だった。
自分にも付いているこの突起が、女性の股間にあるらしい暗い穴の中へ突っ込めば・・・どうなるのかなんて、そこまでも分かっていなかったのだから、まったくどうかしている未熟児か・・・。
SM小説を読んでいた。
こっそりドキドキでマニア雑誌「SMセレクト」を買っていた。
「O嬢の物語」を書店のレジに出すまで一時間もかかっていた。
学校は共学だったのに、女子高生にはてんで興奮を感じない。
唯一、夏休みにスクール水着の同級生と偶然すれ違って、こっそり教室まで付いていったくらいが・・・。
僕の性は逆の意味で屈折していた。
セックスより、生身の女性より、小説上の、活字の形の、動かない写真の中の、女奴隷に陶酔していた。
現実には100%無縁な嗜虐の幻想だけが、僕の蒼い性の全て・・・。
今もそのままだ。
だから僕は、死に絶えるしかない・・・。



kohe000 at 14:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 高校時代