孤独

2009年09月03日

六畳暮らし

僧「先生。あの少年は入門者でもないのに、なぜここに?」
老師「わしが村から連れて来たのだ。あのように体が不自由なうえに口もきけず、心無い者に虐められておったのでな」
僧「生まれながらに、大きな不幸を背負っているのですね」
老師「なぜ不幸だと思うのだ?あの子には雀や子羊や、優しい仲間が大勢おる。あの子は物の言えぬ口と、ねじれた手足を持って生まれた。しかし自然は、生き物と心を通わせ合うという素晴らしい力を与えた。それは富や名声よりも、王侯貴族となるよりも遥かに素晴らしいことではないか」


僕の当時の生活は・・・。
バイトは日給五千円。
貯金などない。もちろん仕送りもない。
学生時代は、ある家に間借りしていたのだが、そこを引っ越して古いアパートに入っていた。
生まれて初めての、完璧なる一人暮らしというわけだ。
そこは六畳一間。ちっぽけな台所付き。
当然、風呂無し。
そしてトイレと電話が共同。
いやはやの、床ミシミシ安アパートだった。
それでもそれなりに貧乏暮らしをどこか楽しんでいたのだから、呑気なものだ。
銭湯とコインランドリーの生活。
テレビとビデオデッキの独身バイト暮らし。
それ自体の苦しさや飢餓感などは、今も思い出せない。
仕事に追われ、仕事を追いかけ、ただただ忙しく、馬鹿のような自分なりの充実感・・・そんなものがあったような、若輩の日々・・・。
編集部のテレビでもっぱらウケていたのが、「スケバン刑事」。
僕は帰宅途中、駅のガードの辺に張られていた映画のポスターが妙に忘れられない。
「ブラックレイン」。
松田優作はまだ生きていた。
それから少しして、いきなり死んだ・・・。




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2009年08月19日

ルンペン?

高僧「何を悲しむのだ?」
僧「(盲目の)先生のことを・・・」
高僧「なぜ?」
僧「雲も、水面の陽光も見られないからです。鳥の羽も・・」
高僧「目が心を曇らせることもある」
僧「どのように?」
高僧「上辺だけ見ても仕方がない。羽の色だけが鳥だろうか?」
僧「違います」
高僧「自然と一体になれば、鳥も太陽も雲も知ることが出来る。光を失ったからといって、失うものはない」


悪夢の追い出しコンパを終えて、僕にはやることがなくなった。
大学は予定?どおり、辞めてしまったし、それ以前に自分勝手な勉強もどきを適当にこなしていただけの、すでにマトモな学生などではなかった。
周囲は当たり前のムードで就職活動・・・。
それとても、友人の一人もいなかった僕には何の情報も噂も入ってこず、部活の現役でなくなった時点で、僕はまったく何の変転もなしに、完璧なる無職無能の無名人に流れ果てていた。
当時はまだニートだのプータローなどという言葉はなく、時代遅れに言うなら、ルンペン?三無主義?挫折派?
しかし当の僕には、悲壮感など少しもなかった。
鈍感というか、浮世離れしていたというか、とにかく入学時から卒業&就職なんて常識コースを自ら拒否したドロップアウト気取りの者としては、今さらジタバタする気もハナからあるはずもなく、当面はただただ部活の続きを楽しみたい、という、ほとんど出鱈目な趣味人を気取って、年末から春にかけて、御気楽なバイト生活に身をやつしていた。
もっぱらのバイト先は東京駅での新幹線の清掃員。
年中仕事があって、いつ行っても働けるという、僕みたいな気まぐれなる怠け者には、好都合の単純肉体労働だった。
冬場、寒いホームでずっと待って、いざ到着した折り返し発車の新幹線に乗り込んでの慌しい作業は、たちまちの汗だくものだったが、旅行姿の親子連れも、背広でキメたサラリーマンも、いちゃいちゃモードの同年代カップルも・・・僕は全然気にすることなく、まるで空気かホコリでも見ているかのように、ただ黙々と仕事していた。
プロ意識なんてカッコいいものではない。
無関心で、無気力で、要は・・・若さが無かっただけだ。
23歳にして、僕は老生に近いような、孤独と無事に憧れる、どうしようもない枯れた野郎だったのだ。
部活での散々な蹉跌のせい?
そんなことではなかった。
僕は元から、そんな生命力も向上心も欲望すらひどく薄い、剥落の異端だったのだ。



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2009年08月04日

帝国・・・

村人「こんな凄い技は初めて見ました。あなたは本当に強い方だ」
僧「・・・人を殺しても、何の名誉にもならない」
村人「これからどうするんです?」
僧「働き、さすらい・・・できれば休息も・・」


僕は殺陣に熱中した。
まったく諦めかけた頃に訪れたチャンバラへの自信と会得。
正直、後輩のことも部活全体のこともどうでもよくて、ただただ自分のチャンバラを楽しむことだけに、エネルギーを注いだ。
こんなに部活の愉悦に浸れたのは初めてだった。
一、二年の時はどこまでも上からしごかれる立場だったし、三年生にやっとなったら、下からは馬鹿にされ、上からは見放され、同輩はそれぞれ好き勝手にくっ付いたり離れたり・・・。
僕ひとりだけが、いつもイジけていた。
何のためにこんなに苦渋しているのか、わけが分からず、幾度も放り出して、暴れだしたい気分に狂った。
そんな僕にようやく巡ってきた至福の時間。
どうせもはや同輩に期待するものはなかった。
OBだって所詮は、あの人でなし学部野郎Oの一派だった。
そして後輩は、頼りない女子だけと、反抗に目覚め始めたガキ共・・・。
僕はどこまでも汚れようとしていた。
徹底して開き直り、不貞腐れの自棄酒を吐き散らすみたいに、独り勝手放題のウサ晴らしに高じていた。
誰から軽蔑されようと構わなかった。
どんな奴に嫌われようが、知ったことではなかった。
この部活はもう俺のものだ!
俺がひとりで苦しんで、遂にここまで引き摺り上げてきた、俺だけの帝国だ!
僕の"選ばれし者"気取りはこうして始まった。
そうでもしなければ、僕は誰からも守ってもらえない、生きていくことも認められない、永遠の"いじめられっ子"だった。




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2009年07月23日

いじめっ子へ・・・

老師「どっちが悪なのかな?鼠は穀物を盗むのが商売だ。ところが猫は、鼠を殺すように生まれついている」
僧「鼠は盗みます。でも、鼠にとって猫は、悪です」
老師「猫には、鼠が悪だ」
僧「では、どちらも悪ではないのですか?」
老師「鼠は盗むのではない。猫は殺すのではない。雨が降る、川が溢れる、が山は沈まぬ。ひとつひとつが、自然にかなっているのだ」
僧「では、悪はないのですか?何をしても、それがその人にとって善なら、許されるのですか?」
老師「人は自分に都合のいいことだけを言う。しかし宇宙には、その人間ひとりが住んでいるわけではあるまい?」

僕は荒れた。
独りで、あがいていた。
頼りになる同志などはいなかった。
先輩は実質、引退。
会長は部の外形だけを体育会系っぽく変容させようとしているだけの形式主義者。
同輩は論外だった。
女子もとうとう二人だけになり、どちらも事なかれ派。それどころか、後輩の男子の誰かと・・・。
男も二人だけになっていたが、よりにもよって、そいつが最低。
お調子者を通り越した、勝手極まる無責任野郎。
いつもヘラヘラして、ずうずうしい上に礼儀知らずの出鱈目男。
無神経プラス傲慢ときているから、先輩にはあきれられ、同輩からは早くから敬遠され、後輩からもごく当然に侮蔑され・・・。
そのくせ本人はてんで鈍感に、女子にはセクハラまがい、男子には御大層な事大説教・・・。
本当に、もし他に一人か二人、まともな男子が残っていたら、とっくにクビになっておかしくない、鼻つまみ者だった。
そんなどうしょうもない奴と二人だけで、混乱した部活に対していかなければならなかったとは・・・。
僕は独善に走った。
一人ではね上がり、唯我独尊に邁進した。
僕のエゴでしかなかっただろう。
僕の弱さの裏返しだっただろう。
けれど僕は必死だった。
まるで約三年ぶりに再び来襲してきた"イジメ"の現実に立ち向かっている憤怒の気分だった。
僕の稽古は冷酷と呼ばれた。
それも溌剌とした厳しさのない、陰惨で理不尽で、相手の憎悪をわざとほじくり返すような、嫌悪感漂う有様だったと聞く・・・。
僕は、止められなかった。
自分を、この現実を、まさに無情な運命を、唾棄すべき貧乏くじを・・・。
僕は、いじめっ子になっていた。
けれどそれは、強いられたものなんだと、僕は己が信念にしがみ付き、もがき続けた。





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2009年07月17日

無知の平穏?

少年「どうして暗闇の中で的が見えるの?」
僧「私の目を見て・・・(目をつぶったまま的を射抜く)」
少年「どうやってやるの?」
僧「やるのではない。自然に、"なる"んだ」
少年「自然って、どういうこと?」
僧「的に当てようとしなくても、当たるんだ」
少年「どうして?」
僧「的と矢と弓は、ひとつだ。別のものじゃない。同じものなんだ、ひとつの」
少年「へぇ・・・そうかな。よく分かんないけど」
僧「それでいいんだ」
少年「何がいいの?」
僧「こういうことは、理解したいと焦っては駄目だ。焦りが消えた時、おのずとわかる」


平穏な日々だった。
部活はきつく、ほとんど毎回地獄だったが、終わった後の飲み会には必ず参加した。
そこにはイジメもしごきもなく、先輩達は稽古中とはうってかわって、僕を迎えてくれた。
ただ飲んで話して時間を過ごすだけ。
けれどそんな平凡な交流こそ、僕には未知のものだった。
当たり前の歓談が、馴れ合いが、僕にとっては新鮮で、豊穣な時間だった。
帰ったらテレビを見るか、ゴロゴロしているだけ。
せっかく上京したというのに、有名な場所などほとんど訪ねようとはしない。
映画もあまり見なくなった。
バイトもしないのでカネがもったいなかったせいもあるが、何も出掛けなくても、僕は十分、この退屈?な日常に満足していた。
夏休み、一年生だけで島へ遊びに行ったことがある。
ある同輩はそこでカノジョを見つけた。
別の同級生は、先輩と付き合いだしていて、結局参加しなかった。
もちろん一年生同士のロマンスも多分、きっと・・・。
僕はまったく無関心だった。
他人の色恋沙汰にも、己が異性に対する好奇心にも。
こんなに自然極まる一種の"三無主義"?に、僕はどこからドップリ漬かるように成り果ててしまっていたのか?
わかるはずもない。
焦りも何も、それが僕だけの若さだったと、今も昔も自得するしかない・・・。

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2009年07月15日

隠棲独居

少年「何してたの?また瞑想してたの?」
僧「無念無想。雑念を払って、こころを清めるんだ」
少年「で、それをやればどうなるの?」
僧「あらゆるものの、真の姿が見えてくる」
少年「ものの真の姿?」
僧「真実といってもいい。何ものにも囚われない心だけが、真実を見ることが出来る」


部活以外に何をしていたか・・・何もしていなかった。
バイトも勉強も、恋愛も、もちろん闘争なんてやらも・・・。
僕は籠もった。
ひきこもり、なんて言葉がまだ全然ない空虚?な時代に、僕は積極的に隠棲と独居に努めた。
80年代初頭。
学生運動なんて記録映画の中だった(一応は上映会なんか行われていたが)。
シラケは去った。
バブルはまだだった。
三無主義なんて、過去のものだった。
勝ち組志向?呑気なものだった。
つまり言葉にしようもない、無味乾燥の時代。
だからというわけでは、まるでなく、僕はもっぱら部屋の中だった。
出かけない。
誰とも会わない。
何もしない。
僕はその自由を満喫していた。
無為の供する安泰と静寂を存分に味わっていた。
やはりイジメのトラウマだ。
僕はまだまだ、そこからの解放的喜びに浸っていられずにはおれないリハビリ期間を送っていたのだ。
しんどい部活だけは絶えることなく・・・これが僕の大学生活だった。
僕はそういう生き方に、早くも達観していた。

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2009年07月12日

大学

僧「先生、寂しいと思うことはありませんか?」
老師「お前は寂しいか?」
僧「いいえ。世間の人のように、別に家庭が欲しいとも、家族の団欒が欲しいとも思いません」
老師「初めてここ(少林寺)へ来た日のことを憶えているか?お前は雨の中に立っていた。他の子と遊びもしなかった」
僧「早く両親に死に別れ、いつもひとりぼっちでした」
老師「それでこの寺に入るために、あのように辛抱強く待っていたのか?」
僧「はい」
老師「寺はにぎやかな所だと思ったか?」
僧「でも、ここでは皆が一緒に暮らしていました」
老師「他の生物と同じように、人も仲間と暮らすようにできている。しかし仲間と暮らすことの意味は、しょせん人間はひとりであるということを、しっかりと見極めることだ」
僧「それを教えて下さるために、入門を許して下さったのですか?」
老師「お前はすでに知っておった。だから入門を許したのだ」


僕は大学生になった。
東京でアパートを貸り、一人暮らしを始めた。
入学式、それに続く学部別の説明会、各種セレモニー、ゼミ合宿・・・。
様々なことが駆け巡った。
僕はそのひとつひとつを、常にひとりで体験した。
元より地元続きの知り合いなどはいない。
最初から、ひとりだ。
どこへ行っても、一人だ。
それが僕には、要するに心地よいものであった・・・。
合宿である講師に言われた。
君はハナから悟りきってるようで、イヤだなぁ、と・・・。
いじめられっ子だった僕が、何と傲慢不遜に見えたのか?
そんな態度が自然にあふれ出る、僕は可愛くない偏屈野郎だったのか?
自分では分からない。
ただただ毎日がうれしいだけだった以外は。
もういじめられることはない。
ここでは僕がいじめられっ子であったことなど、誰も知らない。
そして好きなだけ一人になれた。
どこで何をしようと、一人のままで周囲はいさせてくれた。
一人の買い物、一人の風呂、一人の生活・・・。
僕にとって生まれて初めて味わう完全なる孤独は、至福だった。
僕はそのことをこそ最も悟りきっていた。
大学も、学問も、遊びも出会いも・・・僕の独りの人生にとっては、ただの随行だった。

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2009年07月07日

孤高の自由

娘「わたしが行くのは、皆のためよ。わたしがいなくなっても、皆少し寂しい思いをするだけで済むわ。でも山を失えば、人間らしく自由に生きることも暮らすことも出来ないのよ。あなたでもそうするでしょ?」
僧「私は、あなたではない」
娘「ではどうしたらいいか、教えて」
僧「皆のためでも、あなたが自分自身を恥ずかしめることが、正しいことだろうか?」
娘「わたしが訊きたいのは、そんなことじゃない、違う」


僕は予想通り、浪人した。
偏差値がおよそ足りないのは、分かりきっていることだった。
すべり止めで受けた別の大学に一つ補欠合格していたものの、早稲田以外、眼中になかった。
それくらい僕は自分の作家的才能に、いつの間にか溺れていた・・・?
予備校に通うようになった。
クラス編成ではあったものの、特にいじめられることもなく、淡々とした日々が始まった。
いや、少し僕は変わった。
イジメという呪縛から解放されたせいだろうか。
少し積極的になり、何と同じクラスの女の子に誘いをかけてしまっていた。
おとなしそうで地味な印象しか残っていない髪の長い女の子。
けれどあっさりフラレた。
たった一度だけ公園を二人で過ごしただけで、受験に専念したい、という彼女の一言で、あえなく消失した。
僕はようやく己の人生を己の意思と足で歩んでいこうとしていたのだろうか。
受験勉強も、恋愛も、そして変わらず見まくっていた映画も、19歳の僕にとっては等価であり、僕は初めて自由の中で呼吸していた。
他愛ない、誰も知らない日々。
けれど孤独の質が学生時代とは明らかに異なっていた。
僕は漂白の叶う孤高という人生路に、無力の身を任せ始めていたのだ。




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2009年07月06日

脱出

軍人「お前は、かなりの腕っ節らしいな」
僧「争いは嫌いです」
軍人「ワッハハハ、面白い。争いの嫌いな男が、虎のように大暴れするとはな。わしも争いは好まん。軍隊も鉄砲も、平和を守るためにあるんだ」
僧「道具は人間を表します。土を掘る者はシャベルを、木こりは斧を、銃は平和の道具ではない」
軍人「しかし火薬を発明したのは君たちの先祖だろう?」
僧「そうです。絹も薬も、羅針盤も印刷機も。銃は違う」
軍人「虎のように戦う技を身につけるには、専門の訓練を受けたはずだ」
僧「良い兵士は乱暴ではない、と教えられました。怒りにかられず、淡白でなければならない、と」


高校卒業にあたって、僕の志望は作家だった。
当時は早稲田大学の文芸科というところが作家の登竜門のように注目されていたので、僕の第一志望はスンナリ決まった。
東京の大学へ進学したい、とは何時ごろから考えだしたろうか。
覚えていない。
ただ周囲には東京までの進学者は少ない方であり、僕はやや変わっていたのかもしれない。
そのくせ特に大それた決心も、派手な違和感も感じていなかったのは、やはり映画三昧のせいだったのだろうか。
映画の監督であれ、評論家であれ、はたまた作家であれ、まず上京こそが最初の出発点・・・僕は迷うことなくそう決めてしまったし、不思議と何の恐怖も覚えなかったのは、これまたいじめられっ子だったゆえの、一人暮らしという孤独への憧れ、逆説的な独立志向を育んでいたのかもしれない。
もちろん単なるオノボリさん的な甘さ、いい加減さ、無鉄砲さも十分だったが・・・。
卒業式にも全然感慨などなかった。
ただただこれで本当にイジメからとりあえず解放される、その安堵だけに独り浸っていた。
友情も恋愛も師弟愛も無縁だった十代の学生生活。
ただの一度も部活に入らず、あらゆる集団を避けまくって生き延びてきた、"セイシュン"とかいわれる日々・・・。
僕はそんな言葉、大嫌いだ!
一生、目にしたくもない、屈折の怨嗟のみだ。
僕には何もなかった。
蒼い彩りも、若き原石も、己の基盤たる肉体も精神も・・・。
徒手空拳のまま、僕はやっとの思いでようやく独りになれた。
明るくも健やかでもなく、良風には程遠い灰色のままの自分を背負って、僕はどうにか、人間に近づけたような気分がしていた。
いじめられっ子なんて・・・人間じゃないのだから・・・。

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2009年07月04日

自然の自身

僧「どの道を行っても、乱暴で平和を愛さない者が現れたらどうするのですか?」
老師「完全に到達するためには、人は知恵と憐れみを持たねばならぬ」
僧「でも先生、争いを仕掛ける者と争わないためにはどうしたらいいのですか?」
老師「自然と一体になっている者は、肉体が争っていても心の暴力はない。だが、自然と一体になっていない者は、肉体は何もしなくても、そこには常に暴力がある」


17歳の時、初めて成人映画を見た。
18歳になる前にポルノ映画館へ入る、というのが僕の目標のひとつだった。
切符売り場で少し震えた。
館内でほんの少し早歩きになり、席に着くや、早く暗くなってくれたら、とそればかりを願った。
大人たちは誰も僕なんかに関心は向けない。
あっさり成人映画を立て続けに三本見てしまった。
緊張は絶えることこそなかったものの、映画は映画、僕はいつものように独りの時間に沈み込むことが出来た。
団鬼六原作物が目当てだったのに中身は倦怠夫婦のSMスワップ物で少々ガッカリ。
山本晋也監督のドタバタコメディに爆笑し、残りの一本が・・・侘しく悲しい青春物語だった。テーマ曲は「わかれうた」。
当時は何の知識もなく、ただその非情な別離で終わる切ないドラマに小さく感動した。
ポルノ映画でも、ちゃんとした、いやそれ以上によく出来た物語があるんだと、僕はまた映画の魅力に新しく引き付けられた。
成人映画ゆえの、決して一般物では覗けない世界と描写に、密かな陶酔を覚えながら・・・。
17歳になってもオナニーを知らない僕は多分、勃起にも気づかず、ただ笑って、締めつけられ、大人の未来に不安まじりの興奮を抱いていたのだろう。
僕にとってそれが自然だった。
ひとりでいることが、心の静謐であり、ポルノも暴力も水のように受け入れて過ごせたこと。そこに生身の性や憎悪はなく、僕は好奇心も破壊の衝動にも囚われることなく、つまり悪の影響など少しも受けることがなかったのだ。
一人でいることが僕自身だった。
己と一体になれる自然の時間だった。
その延長が、後のAVだろうか?


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2009年06月21日

独り路

保安官「わしは知ってる」
僧「何をですか?」
保安官「死が終わりだってことだ。苦労して年をとって、死ねばすべて終わりだ、なんにもないんだ。棺桶の中は、真っ暗闇の世界だ。わしは、ここまで逃げてきた。ところがそいつは、わしの目の前にニッコリ笑って、待ち構えていたんだ」


中学に入っても何も変わらなかった。
ネズミ講のようにいじめっ子たちは増殖し、体が成長した分、イジメはキツく、苦痛を増した。
教師たちの無関心にも変化はない。
僕に出来ることは、逃げるだけ。
毎日、文字通り、学校から逃げた。
逃亡こそが、僕の中学時代のほとんどだった。
通学路は山を切り開いた、ちょっとした田舎道。
遠くの団地が見えた。
駅やバス停に続く、藪の奥の細い道もあった。
けれど僕は立ち止まって感傷にふけるヒマなんてない。
後から前から、いじめっ子どもに出会わないよう、緊張して歩かなければならなかったから。
とにかく同じ制服の姿を避けて避けて、僕は一本の短くない道を歩いて帰るしかなかったから。
当然、一人だ。
たとえいじめっ子でなかろうと、イジメから守ってくれない者は、僕にとって敵でしかなかった。
彼らはいじめっ子でも仲良くする。
僕を引っ張り込み、結局僕はまたひとりイジメられる・・・。
誰に何を話しても無駄。
僕は確信と共に歩いていた。
毎朝毎夕、孤独だけを救いに、時間を踏み消して歩き続けた。
いつかこの道を歩かなくてすむようになる。
月日さえ経てば、いじめられることのない、大人になれる。
僕に希望なんてなかった。
逃げるだけの少年期だった。
それのどこが悪い?
誰にわかる?
生も死も感じ取れるより以前に、歩くしか路はなかった・・・。

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