大学時代

2009年08月17日

人間以下

僧「ある人間が、自ら自分のことを人間以下だと思えば、他の人もそう思うでしょう。その人は、人間以下の扱いしか受けられません。ある人間が他の人間を、人間以下に扱えば、その報いは必ずいつか、その人自身の身に跳ね返ってくるんです」


学祭が終わってしばらく経つと、さすがの僕も肩の力が抜けた。
指導部引継ぎといった最後の仕事もあるにはあるにせよ、実質的にはもう後輩達の時代になったわけで、僕はいい意味での距離を置いて、部活の残りをそれなりに楽しんで過ごすことが出来た。
戦い終わった喪失感であるか、徒労を超えた脱力感でもあったか・・・。
だが、僕にはやはり穏やかな時間は似合わなかった。
またしても、という以上の、いや想像もつかなかった地獄の見舞いが、最後の最後に僕を飲み込むべく、腐食の口を開けて待ち受けていた。
それは追い出しコンパ、つまりよりにもよって現役最後の日の宴だ。
毎年、四年生を後輩達が送り出す通称追い出しコンパは、当然大学のある地元の町で行われる。
今年も無論・・・と思っていたのが、どういう理由か、池袋という繁華街での居酒屋で行われると後輩から聞かされた。
奇妙な思いのまま、当日の夜、指定された大手チェーン店の居酒屋を訪ねてみると、これが究極の最低最悪!!
ただっ広い宴会場を薄い板で縦に仕切っただけの詰め込み商売。
当然、前後左右より他の宴会グループからの阿鼻叫喚の嬌声が、これでもかとばかり、怒涛の垂れ流し。
うるさいなんてもんじゃない。
騒がしいなんてレベルじゃない。
最後のコンパという厳粛さなど、微塵もあったものではない。
僕に限らず、人それぞれの思い入れに個人差はあろうとも、追い出しコンパとなればどんな四年生であっても、感極まる思いを抱いて真摯な気分に浸るのが、恒例の宴モード。
それがこともあろうに、こんな猥雑で下品とさえ言えるドンチャン騒ぎの真っ只中で行おうとするなんて・・・一体後輩達は何を考えているんだ?
こんな出鱈目な馬鹿騒ぎの中で、どうやって苦節の四年間に落とし前?をつけろというのか?
極めつけはラストの四年生一人ずつによる挨拶。
これが最後の、本当に現役として最後の後輩への言葉なのだ。
毎年、四年生が様々な人間性を垣間見せながら、無上の思いを後輩達に吐露する最高の神聖?な儀式であるはずなのだ。
それなのに・・・ああ、よりにもよって・・・僕の代に限って・・・。
予約した時間がもうオーバーしたという理由で店の従業員が後輩達をせっついている。
後輩は必死でなだめてコンパを継続させようとはしているが、土台そんな風にいくはずもない。
酔ったOBが指をクルクル回して「巻き、巻き」と無神経にポーズしている。
例年なら、特に部長の挨拶なら、あらゆる思いを込めて長く濃いスピーチをじっくりと聞かせる極上の瞬間のはずだ。
それが僕の時、そう本当に僕の時にだけに限って、こんなドタバタした乱れまくった状態で、無理やり押し付けられてしまったのだ。
僕は何をしゃべったか、一言も覚えていない。
誰に向かって、後輩もOBも、そこの誰を前に語りかけようとしたかなんて、カケラも記憶していない。
むしろ叫びだしたかった!
何だ?この宴会は?!何なんだ?この最低にひどい追い出しコンパは?!!
本当に後輩達をもうこの上ないくらいに罵倒して、ありったけの罵詈雑言を叩きつけて、吐き棄てて、こんな腐りきった宴会場を出て行きたかった?全ての後輩、先輩を敵に回しても、それくらいの報復は当たり前に思うほど、僕は限界ギリギリの憤激と憎悪を全身で暴れだす寸前に押さえていた。
もちろん、僕は何もしなかった。
微笑を浮かべて後輩達をねぎらい、先輩達に頭を下げて、短い嘘八百のデマカセでその地獄の宴を締めくくった。
後はもう・・・宴会場を追い出された一行は、近くの公園で校歌と会歌を合唱して何とか終了。
例年とは違った趣向?にOB達はそれなりに楽しんだだろう。
とにかく終えられたというだけで、後輩達はテキトーに緩い気分を味わっていただろう。
でも僕は・・・しかし僕は・・・。
どいつもこいつも所詮、他人事だと思いやがって!!
二次会なんて放棄したかった。
しかしやっぱり参加してしまったが、そこでも誰と何を話したか、少しも覚えているはずもなかった。
そう、こんな宴会、こんな前代未聞の追い出しコンパ!たとえ20年以上経とうと、僕には煮えくり返る怒りと怨念しか残っていない。
一体誰が仕掛けたことなんだ?
後輩の誰が、誰かが・・・いや皆だ。結局、全員だ。
地元の店がどこも予約で一杯だから、あそこでいいよ、どこでもいいよ、テキトーでいいよ、どうせあんな先輩・・・。
僕は一生許さない。
誰に何と言われようと許しはしない。
時が解決してくれるなどと、まったくの他人のたわ言だ。
年々憎悪はつのった。
毎年、今度は後輩達の追い出しコンパにOBとして参加するたびに、僕は独り絶望的な憤りにほとんど気が狂いそうになる思いだった。
翌年からまたずっと会場は地元の居酒屋。
時間的に融通も効くから、終わりを急かされることもないし、何より静かでじっくりと最後の時間を楽しむことができる。
四年生達の最後の挨拶も思う存分たっぷりと・・・。
特に僕の時の新部長だった(だからこいつがあの最低の会場を選んだわけだ)Yが、これみよがしに?長い長い、本当にうんざりするほど長ったらしい挨拶を存分に堪能しているのを見せ付けられた時など・・・。
ハラワタが煮えくり返る思いだった。
そんな好き勝手に挨拶しやがって・・・俺の時は巻きが入るわ、周囲は雑音まみれのどん底状態だったのに・・・。
僕は決して奴らを許さない。
どんな恨まれようと、そしられようと、僕はあの時の奴らの仕打ちを断固として受け入れてやらない!
僕は、人間以下の扱いを受けたと思っている。
間違いなく、あの時の僕は人間として認めてもらえず、ゴミのように片付けられただけ、と確信している。
最後の最後が、まさにこれだった。
結局僕の四年間なんて、こんな程度のことでしかなかった。
奴らは、ひとでなしだ。
僕にとっては、どうしても許すことなど出来ない、最凶の鬼畜だ。
僕が見た、地獄の宴。
死ぬまでこれ以上の屈辱は味あわないだろう。
奴らが一人でも生きている限り、僕は責めさいなむことをやめはしないだろう。
僕が先に地獄に堕ちようとも・・・・奴らも道連れだ・・・。
人間以下に扱われた者の恨み、絶対のイジメを浴びせられた者の恥辱・・・誰に分かる?一体誰に分かる?!!!



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2009年08月16日

13人・・・

坑夫「(息も絶え絶えに)どうすれば・・どうすれば・・」
僧「私を信じますか?」
坑夫「ああ・・信じる・・」
僧「本当に私を信じるなら、(この地獄から)助けてあげられます」
坑夫「・・・あ・・ああ・・」
僧「あなたは今、牢獄にいるのではない・・・牢獄は、あなたの中にある・・・」


13人。
これだけだ。
学祭参加者全員が13人。
四年生から一年生までで13人。
たったこの13人ぽっちが、僕の築いてきた"歴史"だった。
四年生になって、やっと好き放題に伸ばした長髪での夏合宿、そして学祭稽古。
もう誰にも口は出させなかった。
去年のような、大学内での地位を笠に着る横暴野郎の存在などは最初から無視してかかった。
僕のスカした態度をさすがに敬遠したのか、それとも向こうは向こうで徹底無視を決め込んだのか、軽薄OBのOも今年は何も口は出さなかった。
僕は他のOBもほとんど眼中に入れなかった。
去年、土壇場で追い詰められた僕を誰一人助けてくれなかったものを、今更何だ!と憮然の態度を隠すことなく、稽古を進めた。
後輩にも好き勝手はさせなかった。
俺の公演だと、開き直って、容赦なく指示を出し、一切の独断に迷いはなかった。
どうせ13人。
やっぱり13人・・・。
例年なら一年生だけでこれくらいの人数はいる(僕が一年生の時は全員で30人以上)。
ひとつの立ち回りで、軽く7、8人の絡みを使って、見栄えのいい殺陣を豪華に披露することが出来る。
それがたったの13人。
よりにもよって最低の13人・・・。
僕の年だけ。
僕の代だけ。
僕が入部して以来、新入部員が減り続けた。
あれほど過去には揃っていた頭数が、これでもか、とばかり毎年減少した。
あげくは、どん底の13人。
本来ならクビにしておかしくないアホ面のお調子男子を二人もやむなく残留させての、やっとの13人。
わびしかった。
悔しかった。
やりきれなかった。
もっと、少なくとも例年並に集まっていれば、色々工夫を凝らした舞台がやれたのに。
本当に自分の夢に描いた理想の、いやせめてもの憧れだった思いの殺陣を、四年目にして遂に実現出来たはずだったのに・・・。
俺のせいか?
俺がそんなに駄目なリーダーだったせいか?
でもそれなら去年は、一昨年は、一年生の時は・・・。
先輩になった途端ずっとこうだった。
人が離れる。
人が裏切る。
人にナめられる。
人に邪魔される。
そして僕はもうこんな人間になっていた。
人を寄せ付けない。
人を信じない。
人を憎む。
人を・・・人を・・・・。
たったの13人。
僕は公演を終えた。
客席からのどんな歓声も拍手も、僕は空々しい思いで拒絶していた。否定していた。
僕は圧殺されたから。
僕は全てに、憤怒していたから・・・。

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2009年08月15日

長髪

坑夫「俺は世界中の人間のために、乾杯したもんだ。全人類の健康と幸福を祝ってな。だが、どういうわけか、世間は冷たくってな、俺のことなんて誰ひとり、気にしちゃくれなかった。今の俺は、人を祝福するどころじゃないよ。一杯の水さえないんだ」
僧「なにも持っていない時こそ、人間は自分自身を高めることが出来る」


高校までの僕は優等生?だった。
頭髪、服装、持ち物検査等で、一度も引っかかることのない、模範生?だった。
それが大学に入るや、いきなり長髪族になった。
服装も持ち物も貧乏臭いだけのノーセンスだったのに、髪型だけがアウトローを気取った。
無論、時代遅れのヒッピーだのアングラだのにかぶれたわけではない。
まず部活の先輩に、ひとり長髪の人がいた。
そして長州力という、長髪のプロレスラーをテレビで知った。
この二人がやけにカッコ良く見えたからだ。
殺陣にしろ、プロレスにしろ、肉体を酷使する人間に長髪がいるということが、何より新鮮で意外な発見だった。
しかし考えてみれば殺陣とは時代劇の一部なのであり、武士であれ浪人であれ渡世人であれ、ザンバラ髪は宿命的なヘアスタイル。
プロレスにしても本場はアメリカであり、肉体ショーとしての派手さと芸能性を考えるなら、ロングヘアでのアピールもプロとしては当然の個性発揮。
まあ理屈はともかく、僕はハタチ過ぎてから長髪に目覚めた。
誰に支持されることも、ろくな歓声も受けるはずもなかったけれども、それ以降、僕はかたくなに自分だけのヘアスタイルにこだわり続けた。
公演のためや、就職等の理由で一時的に短くしたことは何度かあったものの、すぐにそのまま伸ばし放題。
多少、オールバックやらワンレン気味やらに試してみたことはあったものの、結局はミュージシャンやアーティストとかの主義主張、あるいは単なるナルシズム、営業的アピール等とは、根本的に異なるザンバラ志向は、飽きることも知らずに営々実々。
結果、20年以上経った現在は、自他共に放任まがいの落武者カット?である。
長州力に始まったプロレスヒーローは、今や究極の長髪怪人ジ・アンダーティカー。
誰もそんなことは知らない。
僕がどうしてここまで長い髪に自分を託すのか、誰ひとり尋ねも、しない。


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2009年08月14日

監督

坑夫「お前、寒さを感じないのか?」
僧「感じます」
坑夫「それでもそうやって座っているのか?」
僧「はい」
坑夫「お前、一体どういう人間なんだ?」
僧「他の人と変わりはありません」
坑夫「ふん、そんなこと信じると思うのか?お前ひとりで、大勢の見張りを片っ端から投げ飛ばした。あれだけの腕を持ってる人間は見たことはない。あれは清国で習ったのか?」
僧「ええ・・・他のもっと大切なことと一緒に」
坑夫「どんなことだ?」
僧「世の中の、すべての人の命を尊ぶことです」


翌月、性懲りもなく、僕は二回目のエキストラバイトに参加した。
やはり「時代劇スペシャル」で、川谷拓三&せんだみつお主演による「ザ・ヤジキタ」。
今度は昼間のロケが中心だったし、撮影自体もスムーズで、寒さや待ちに苦労させられることはあまりなかった。
それより何より、いきなり一人三役である。
祭りに集まる町人、旅の行商人、そして勤皇の志士。
祭り場は、まあ適当に騒いでいればそれでよかったが、勤皇の志士はちょっとした宴会シーンであり、よりにもよって隊長みたいな大男の俳優氏に酒を注いだり、アドリブ芝居が多くてまいった。
そして夕刻の宿場セットでの短い歩きシーン。
まず同じエキストラでも、旅籠の女中役である若い女優さんたちの熱心な芝居ぶりには感心した。
皆、やけに背が高いうえに美人揃い。
今だ実質童貞であった僕がドギマギしているところへ「お泊りですか?」とかの呼び込み台詞を次々かけられて、あたふたボソボソ・・・。
ところが二回目のわずかな余裕か生意気か、僕はひょいと近くに監督さんが一人で立っているのを見かけるや、よせばいいのに質問なんぞをかましてしまった。
「あのぅ・・・僕、どんな風に歩いたらいいんでしょうか?」
その質問自体は本当に迷ってのことではあったが、こんな阿呆で初歩的なことをわざわざ監督に尋ねるとは・・・助監督さんか先輩に訊くあたりが常識の、今となっては赤面ものだったのだが、その答えは、あにはからんや。
「じゃあ、君はあっちからこっちへ、こんな風に歩いて行って・・・」
何とその監督さん、こんな学生バイト丸出しの若造に、面倒くさそうな顔ひとつ見せることなく、親切適切なる演出をちゃんと指導して下さったのだ。
僕は感動した。
このわずか数秒の体験だけで、僕はプロというもの、仕事というもの、映画作りというものの素晴らしさと立派さを学び取ることが出来たのだった。
その監督は、牧口雄二監督。
かつて日本で最もガラの悪いと評判?だった東映京都撮影所で実に15年もの助監督修行をなさった苦労人。
監督作品はほとんどが低予算のポルノ、残酷物系であるにも関わらず、現場では実に温厚な方であり、メガホン片手に怒鳴りまくるなんてステレオタイプの活動屋とはまったく異質。
そもそも本番スタートの声にしてからが「よーい、スタート!!」の絶叫ではなく「よーい・・・はい!」の静かで確かな切れ味。
されど撮影途中、テレビという過酷なスケジュールのゆえか、シナリオ片手に次から次へと「このカットなし、このカットもなし」と、そんなに予定のカットを省略してつながるのかしらん、とこちらが驚くほどのプロフェッショナルな仕事師ぶりには頭が下がった。
どんな世界にも、どんな人が待っているかわからない。
僕は生まれて初めて仕事上で認められたような励ましを受けたと感じた。
放送された「ザ・ヤジキタ」では、オープニングの祭りのシーンを含め、実に10カット近く、小粒ほどながら自分の姿を確認出来た。
僕が男優として映像の中へ紛れ込めた、それは番外的なる記念碑のカケラであった。



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2009年08月13日

エキストラ

男「なぜ口をきかん?頭が空っぽだと思われるぞ」
僧「沈黙は言葉に勝る。黙るべきだ」


スーツアクター以外にも、やはり後輩の頃、テレビのエキストラのバイトに駆り出されたことがある。
最初が三浦友和と梅宮辰夫主演の「時代劇スペシャル」。
狐の面を被って二人を襲撃する妖しい一団の一人だったのだが、まずはその待ち時間の長いこと長いこと。
「まあ、昼の三時頃には終わる」とか先輩は言ってたのに、夕方になっても全然出番なし(集合は朝7時)。
二月の一番寒い時期である。
それも当時生田という東京郊外にあった野外オープンスタジオでのロケである。
こちとらは薄い半纏に短いパッチ(スパッツ?)、裸足に雪駄という格好。
寒いなんてもんじゃない!
凍えるなんてどころじゃない!
控え室はあるにはあるが、狭いプレハブ造りで、ほとんど混んだ電車状態。
オマケに生涯初のカツラとやらが、もう頭を強烈に締め付けてきやがること、言語道断!
こんな有様で待つこと数十時間?真夜中にようやく出番となるも、ものの数十分でまた待機という地獄?の繰り返し・・・。
もう全身冷え切って、固まりきって、ようやく終了解放されたのは翌日の午前9時前後・・・。
撮影というのは、こんなにも大変なものか、と呆然自失するゆとりもないままの酷寒体験極まれり、だった。


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2009年08月12日

役者

僧「先生、この世に限りのないものがあるのでしょうか?」
老師「太陽がある。月がある。そして命がある」
僧「しかし彼の命は終わりました。私よりもなお若いのに、泣いてくれる娘も、後を継ぐ息子もいません」
老師「木の葉は木によって美しく茂る。しかし葉が落ちる時、木は悲しみに震える」
僧「過去のつながりのことですか?」
老師「現在は過去に根を張っているのだ。人は根によって養分を吸い、力を得るのだ」
僧「私は・・・根のない木と同じです」


大学時代、僕は何度か役者をやった。
最初は今でいうスーツアクター。
数年前から、OBの紹介で合宿等の資金稼ぎのために、男子部員総出で、遊園地でのアトラクションを毎年行っていた。
出し物はいわゆる宇宙刑事物。
もちろん僕ら後輩は黒装束の戦闘員であり、先輩たちに奇声を発して、やられに?かかるわけだ。
連休中などに合宿して出演した。
自炊ではなかったとはいえ、夜は当然酒宴となる先輩たちとの数日は、楽しみよりも疲れる方が勝っていた。
けれどショーそのものは、常に満員である子供の観客の反応がやはり嬉しく、拍手喝采を浴びた時など、ただのエキストラとはいえ、演者としての興奮を覚えたものである。
先輩がモロに出番を忘れて舞台上でひとり固まってしまったり、同輩が調子にのってヒーローの顔へまともにキックを見舞ってしまったり・・・アクシデントも、それなりであり、先輩も普段の稽古とは違ってリラックスして割り切ってくれるから、生き物たる舞台の魅力なるものを多少、覗ける貴重な体験だった次第で・・・。
しかしだからといって、僕は役者や演劇に目覚めたわけでも、将来の才能?を予感していたわけではない。
覆面をしていたから動けたとも言えるし、端役だったから、そこそこの緊張で済んだとも言えようし。
僕は元々、演じることの悦びや陶酔感というものを敬遠していたのかもしれない。
それはやはり、大勢よりも、注視されるよりも、囲まれてしまうよりも、独りを、自由を、そして無為無風を、自然と希求する天性の弱虫だったからではないのだろうか・・・。
だが、自分が先輩となって主役のヒーローを演じる時期がやがて来たら一体どうなるか?
不安と期待?をヨソに、その伝統のバイトは、僕が二年生になるや、あっさり消滅してしまった。
事情なんて、聞いていない。

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2009年08月11日

体力

老師「これを学ぶ目的は、内なる力を鍛えることだ。力には、二種類の力がある。外なる力は、要するに体力だ。体力は年をとれば衰え、病いにも勝てない。内なる力は、これを"気(ち)"と称える。"気(ち)"は誰のなかにもある。これを真に鍛え上げるには、厳しい修行が必要だ。ひとたびこれを己のものとすれば、暑さ寒さをも超越出来る。年をとっても衰えることなく、持続するのだ」


部活を初めて何より自分でも驚いたのは、己の体力である。
高校までは完璧な運動オンチ。
スタミナはないし、不器用だし、走っては女の子にも抜かれるし。
ろくに泳げないわ、球技なんていつも格好な罵倒の的で。
中学の頃、剣道と柔道をかじらされたが、体力以上に気力が最初から萎縮していて問題外・・・。
こんなモヤシ野郎が、週に四日、炎天下での三時間ぶっ続けの気合入れまくり稽古に、ほとんど休まず参加していたのだ。
一年生の時に休んだのは、自分で自分の目尻に木剣を当てて流血した時くらい・・・その時の傷はまだかすかに残っている。
二年生では、授業で週三回になったものの皆勤。
三、四年の指導部員となれば、もちろん無休。
とにかく風邪で休んだことも、怪我に悩まされたこともない、充分な健康体を手に入れてしまっていたのだ。
後輩の時は一瞬も気を抜けないシゴキモードだったし、罵声だけでなく時には蹴られはたかれ、木剣でケツバットまがいの気合入れまであって。
一年の前期の頃は、足袋も履かせてもらえなかったから、足指の皮はいつもボロボロ。
絡み(斬られ役)は、芯(斬る役)より腰を落とせ!が鉄則だったから、稽古中はほとんどグラグラのしびれ状態。
斬られれば、コンクリートの上でバッタリだし、男子は前転やら、カエル(地面と出来るだけ平行に跳ねて、うつ伏せに体全体で着地)なんてのもこなさなくてはならないから、肩や腰や腕はアザと生傷だらけ。
どうしてこんなハードで過激な運動?に耐えられたのか、今もって不思議でならない。
後年、OBになってから、現役たちのあまりの怪我や病気の多さに呆れたものだった。
それも目立ったのが、腕の腱鞘炎、足首のひねり、腰痛・・・。
僕はとにかく一度も痛まなかった。
いや、僕の同期も、その前後の先後輩陣にしたって、そんな頻繁な故障で、休んでいる者なんて、滅多にいなかったが・・・。
十代の頃、あれだけスポーツ嫌いだった僕が、どうしてそこまで豹変出来たのか?
殺陣だったから、としか言いようもない。
肉体表現という、それまで体験したこともない領域による不可知な力、が働いたとでも考える他、説明がつかない。
結局、僕という人間に、殺陣が合っていた、ということなのだろう。
叫んで、わめいて、暴れまわって、最後に爆死する?
そんな世界が、僕の肉体を支える力の礎に適っていたのだろう。
それが後年、AVにつながるのかどうか、そこまでは考えたこともあまりない。
殺陣は、僕にとって、生ではあっても、性ではない部分だから。
同じ絶叫と、狂気に身を投げる肉体表現であろうと、僕の中でそれは、人間力の両輪なのだ、と信じたいから。





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2009年08月09日

害虫

僧「先生、力にはどう対処したら、いいのですか?」
師範「勝つことより、我々は平和と静けさを重んじる。従って方法はひとつ、極めて単純なことだ」
僧「それは何ですか?」
師範「"逃げる"、それだけだ。自然の法則を理解すれば、力によって傷付けられることはない。正面からぶつかっては、いけない。避けるのだ。力をせき止める必要はない。別の方向に向ければいい。相手が何であれ、破壊するよりも、保つ方法を学べ。食い止めるより、むしろ避けるのだ。傷付けるより、食い止めるだけに。傷付けても、カ〇ワにしないように。カ〇ワにしても、殺してはいけない。命はすべて、貴重なものだ。何ものにも、代えることの、出来ないものだ」

三年生の時、一人の一年生野郎がいた。
そいつは入部して二、三回稽古に出ただけで、すぐに連絡もとらずに姿を消してしまった。
夏の合宿にも参加せず、まあそういう幽霊部員は少なくなかったし、ほっとけば自然退会してしまうものだから気にもしていなかったが、学祭公演の稽古期間中、ひょっこり現れ、また部活に入れてほしいと、ヌケヌケ言いやがった。
学祭という晴れ舞台が近づくや、おいしいとこ取りのようにカムバック?してきたそいつを僕は即刻退部させるべし、と主張した。
だが、奴はまんまと参加を許され、それどころか持ち前のコミカルな存在感によって、公演ではちょっとした人気者に成り上がった。
なぜ奴は生き延びられたのか?
一重に男子部員が足らなかったからだ。
何しろ一年生はたった一人しか男子が残っておらず、二年(例の口先反抗グループ)はゼロ・・・これでは立ち回りにおける絡み(斬られ役)が足らなさ過ぎて、公演が成立しがたかったからだ。
つまり、そいつはこちらの弱みに付け込んだわけだ。
そのまま堂々と二年生にもなり、相変わらず出たり入ったりを繰り返しつつも、やはり一年生部員のあまりの少なさに便乗して、シャアシャアと現役の座を確保していた。
部長として今度こそ、僕は奴をクビにしてやりたかった。
だが、結局のところ、僕も自分の立ち回りにおける絡みを一人でも維持しておきたいばっかりに・・・奴を放し飼い的に残しておくより仕方がなかった。
情けなき妥協と弱さだった。
そのくせ奴は同期からも、先輩からも、後輩からまで、とにかく女子に可愛がられた。
モテる立場を利用して、奴は部活内に公然と存在を主張し、遂には僕に批判的な態度さえチラチラさせるような、のぼせ上がりを謳歌し始めていた・・・・。
Mというそいつは、現在後輩だった女子の支援でもって、ある殺陣団体の"家元"に収まりかえっている。
あの時首にしてあけば・・・いや、通常なら当然退部させられて当たり前の不良部員であったというのに・・・。
世の中には運のいいヤツが必ず、いる。
悪運だけで世間に権勢を誇示して、傲慢にのさばっている害虫がいる。
Mを切るべきだった。
僕は所詮、そんな程度のリーダーだった。

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2009年08月08日

錯乱

僧「それじゃ、この人たちをむざむざ死なせるだけだ」
工夫「おとなしくしてたって、結局は殺されるだけだ。奴らが正しいのか?俺達は人間じゃねぇのか?!」
僧「人間が虫けらと違うのは、考える力を持っていることだ」
工夫「じゃあ俺達はどうしたらいいって言うんだ?!」
僧「待つのだ」
僧の言葉を無視して闘おうとした工夫は、搾取者に撃ち殺される。
僧「闘うことは正しい。しかし勝つ望みもなしに無駄死にするのは、愚かな者のすることだ」


僕はある時、錯乱した。
本当に暴れださずには、いられなくなった。
前年の学祭公演のビデオを部活全員で見た後の指導部会議。
三年生の女子たちは楽しそうだった。
公演での自分たちの活躍に、苦笑しつつも満足しているようだった。
それはそれで構いはしなかった。
問題は、その最中、彼女たちは画面を指差しながら、イチイチ自分たちの失敗やカッコ悪さに笑い転げていたことだ。
アタシ、下手!だの、何これカッコ悪い!だの・・・。
確かに技術的には褒められたものではなかっただろう。
反省はいい。
自覚して、明日からまた努力してくれるのなら、それは十分なこと。
しかし何といっても後輩も一緒だったのだ。
しかも三年生のことをはっきり舐めてかかっている後輩たちの前で、自分から自分達を馬鹿にして見せているのである。
どうしてそんな恥知らずな真似が出来るのか?
どこまでナメられれば、気が済むというつもりなのか?
下から軽蔑の目で見られること悔しさ、情けなさ、そんな自覚が彼女たちにはてんで欠けていた。
実際、稽古中でも、返事しない後輩に対して、結局自嘲的に放任している様子が、すでにあからさまだった。
僕は激昂した。
思い切りのインパクトまで計算して、というよりそれはもう、抑え切れない憤怒の当然すぎる結果として!僕はそれまでの指導部ノートを彼女たちの前で引き裂いた!
どうして自分から卑下されるようなことをそんなにヘラヘラと出来てしまうのか、その無責任ぶりと、単純な愚かさ加減を徹底的に罵倒してみせた。
女子たちは三人とも悔し泣きした。
僕は一方的にまくし立てるだけまくし立てて、後は部室のドアを乱暴に叩きつけて、その日は帰った。
一か八かの賭けとも言えた。
これで少しは自覚してくれるか。
明日からはもっと真剣に、必死に、殺るか殺られるかくらいの意気込みで稽古に望んでくれないか・・・・・。
しかし結果はまたしても空しいものだった。
彼女たちは、やはり変わりようもなく、稽古で終始怒鳴り散らし、生意気な後輩たちと真剣勝負?いや喧嘩?しているのは、結局僕独りだった。
裏切りと失望には、もう慣れっこだった。
僕にとってはつかの間の錯乱なんて・・・わびしいウサ晴らしに過ぎなかったかも・・・しれないのだ。







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2009年08月07日

自涜

老人「人間にはそれぞれ相応しい場所ってもんがある。あんたは、ここでこんな仕事をなさるべき御人じゃない」
僧「運命は天によって定められているのです。人は運命の命じるままに動くしかありません」
老人「いゃあ、確かに。しかしどんな生き方をするか選ぶ自由も人間にはある。どうも矛盾しているようだが、両方とも真実だ。ふふ、わしにはよく分からんが」
僧「あなたは心が広い。清の国の心のように」


当時の僕の性は・・・やはり弧絶だった。
カノジョも女友達もいない。
人並みの性欲はあっても、土台対象との縁があまりに隔絶している限りは、燃え盛る機運も起こらない。
童貞喪失以降、風俗に通いたくてもカネはない。
ナンパなんて、矜持や自信や好奇心以上に、そんな余裕の意欲もない。
結局、覚えたての自涜で済ませるしか術はないようだった。
だった・・・というのは、そんな記憶が今となっては希薄だからだ。
あの頃の僕は六畳の独り部屋。
しかし毎日毎晩、毎朝毎時?オナニーにハマっていた思い出は全然ない。
偶然の動作でその効能を知ったのは、大学三年の時。
けれど、一般的に言う、サルのごとし、ほどに躍起になった覚えがまったくない。
僕の性は早くから枯れていたのだろうか。
やはりSMなんぞから出発したあたり、僕の本能は屈折していたのだろうか。
SMクラブなんて風俗を知ったのは、多分世の中にさまよい出てから・・・。
僕には大学生としての青春さえなかった。
性を生に重ね合わせる人間らしい若さすら、僕はとっくに見失っていた・・・・?

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2009年08月06日

不調和

老師「少林寺において我々が肉体を鍛えるのは、あくまで心を鍛えるためだ。肉体が鍛え上げられた時に初めて、何ものにも捕らわれない心を持つことが出来る。そのためには、自然界の生き物に習え、と先人達は我々に教えている。
鶴から我々は、優雅さと自己規制を学ぶことが出来る。
蛇はしなやかさと、実動的な持続力を。
カマキリはすばしこさと、忍耐力を教えてくれる。
そして虎からは力と、逞しい強さを学ぶのだ。
竜からは、風にのる技を学ぶ。
すべて生き物は、大小強弱を問わず、自然と溶け合って暮らしている。我々が学ぶ知恵を持つなら、彼等はそれぞれの長所を教えてくれる。
小さなカマキリの繊細な美しさと、火を吐く竜の激しさの間には、何の不調和もない。
蛇のしなやかな沈黙と、鷲の荒々しさも、見事に調和している。
自然界には対立し、争い合うものは何ひとつない。そこで、この自然界の法則を学ぶならば、人間も己の中にある対立を取り除き、肉体と心の完全なる調和を発見し、宇宙に融合して生きることが出来るのだ。これを真に会得するには、一生かかるかもしれん」


悲惨な稽古が続いた。
週の半分は一年生の女子ひとり。
たまに出る二年生は、予想通りの反抗モード。
特に女子がひどかった。
三年生の女子などハナからナメきっていて、返事もろくにしない有様だった。
僕との稽古など、ほとんど喧嘩だった。
一体お互い何を目指して怒鳴りあい?叫び合い、不貞腐れ合っているのか、まったく異様な険悪ムードだった。
何も分からないたった一人の一年生女子が、いたたまれずに辞めるのは時間の問題だった。
あの子にしても、同輩に恵まれてさえいれば、憧れの舞台を踏むことだって、出来たはずなのだ。
僕は出席しない一、二年生を憎悪した。
授業という当然の理由と承知していても、その理不尽な状況そのものへの苛立ちを、さらに理不尽にぶつけ合っていた。
哀れで滑稽な集団だった。
自虐と憎しみの醜い廃棄場だった。
こんな部活にしてしまったのは、結局は僕だったのだ。
それが分かっていても、嫌というほど思い知っていればこそ、僕には止められなかった。
行き着くところまで、盲進するだけだった。
自棄の末の毒まみれに身を投げ出すだけだった。
いじめ、よりひどい最悪の空間。
僕はただただ運命を呪い続けた。






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2009年08月05日

また、泥道へ・・・

僧「先生、人間の根のうち、どちらが強いのですか?」
老師「母の根よりも、父の根の方が勝る」
僧「根のない人間は、何ですか?」
老師「すなわち根のない木だ。太い根が地中深く伸びているほど、その木は強い」
僧「名前と、心に残る面影と、産まれた町・・・それが私が父について知っている全てです。私という人間の半分は、空しく謎に包まれています」
老師「では、捜し求めるのだ。永遠の時の中に、お前の存在を明らかにするには、お前を過去と未来に結びつけるこの繋がりしかないのだ」


だが、こんな他愛ない砂上の楼閣?は、たちまち空虚と絶望の現実に包囲された。
年が明けての新入生勧誘期。
僕は歓迎イベントでクラブ紹介のための小公演を精一杯やった。
三年前、僕をこの奇妙な部活に引き入れる一番のきっかけとなったアトラクションを、例年通りの出来栄えで、十分こなせた、と自負していた。
けれど結果はまたも無惨な有り様・・・。
いくら勧誘しても新入生は入らなかった。
今までなら初日だけで4、5人は下らなかったのに、逆に4、5日経っても全然入部者は現れなかった。
僕は焦りを隠した。
後輩にハッパをかけるまでもなく、奴らなりに張り切って頑張っているのを目の当たりにしながら、どうしてこんなに入ってくれないのか!と、叫びだしたい憤りを抑えていた。
俺の公演はそんなにつまらなかったのか?
新入生にとってまるで魅力のない、下手糞極まる失敗作だったのか・・・。
自己嫌悪は、やっとのことで入ってくれた新入生にさえ怒りとなってぶちまけられそうだった。
しかも入部したかと思えば、次にはもう来ない、連絡もとらない、結局はただの冷やかし、気まぐれ、心変わり・・・そんな現状にウンザリの限界だった。
己の技術への自信など、たちまちのうちに霧散してしまった。
新入生という新しい味方も戦力もない状態で、また今のこのどうしょうもなく煮詰まった部活を運営していかなければならない不条理に、頭がおかしくなりそうだった。
俺は所詮こうだ・・・何をやってもこうだ・・・いつだって、こんな有様だ・・・。
結局、最終的な入部者は、わずか3人。(例年なら最低でも12、3人)
常時稽古に出席出来るのは、そのうちせいぜい一人・・・最低だった。
何の希望も持てない、泥沼の出発だった。

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2009年08月04日

帝国・・・

村人「こんな凄い技は初めて見ました。あなたは本当に強い方だ」
僧「・・・人を殺しても、何の名誉にもならない」
村人「これからどうするんです?」
僧「働き、さすらい・・・できれば休息も・・」


僕は殺陣に熱中した。
まったく諦めかけた頃に訪れたチャンバラへの自信と会得。
正直、後輩のことも部活全体のこともどうでもよくて、ただただ自分のチャンバラを楽しむことだけに、エネルギーを注いだ。
こんなに部活の愉悦に浸れたのは初めてだった。
一、二年の時はどこまでも上からしごかれる立場だったし、三年生にやっとなったら、下からは馬鹿にされ、上からは見放され、同輩はそれぞれ好き勝手にくっ付いたり離れたり・・・。
僕ひとりだけが、いつもイジけていた。
何のためにこんなに苦渋しているのか、わけが分からず、幾度も放り出して、暴れだしたい気分に狂った。
そんな僕にようやく巡ってきた至福の時間。
どうせもはや同輩に期待するものはなかった。
OBだって所詮は、あの人でなし学部野郎Oの一派だった。
そして後輩は、頼りない女子だけと、反抗に目覚め始めたガキ共・・・。
僕はどこまでも汚れようとしていた。
徹底して開き直り、不貞腐れの自棄酒を吐き散らすみたいに、独り勝手放題のウサ晴らしに高じていた。
誰から軽蔑されようと構わなかった。
どんな奴に嫌われようが、知ったことではなかった。
この部活はもう俺のものだ!
俺がひとりで苦しんで、遂にここまで引き摺り上げてきた、俺だけの帝国だ!
僕の"選ばれし者"気取りはこうして始まった。
そうでもしなければ、僕は誰からも守ってもらえない、生きていくことも認められない、永遠の"いじめられっ子"だった。




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2009年08月03日

開眼?

老師「弱さは力に勝り、優しさは力を征服する。荒れ狂う海をなだめる、穏やかなそよ風になるように努めねば」


そして学年末、虚脱感に溢れた最終期の部活、僕は何の展望もなしに大学にいた。
まだ新三年生は見習い的段階であり、残ったわずかの新四年生だけの、わびしい惰性の稽古だった。
ところが、そんな淀んだ時間の切れ間に、僕をふいに意外と驚きの風が、吹き払って、駆け抜けた。
それは大袈裟に言えば、唐突なる開眼だった。
僕にとってその時までの殺陣は、どうしても自分の体にフィットしない、異物的な肉体表現だった。
どんな動作を頑張ってみても、ぎごちなさが終始付きまとって、少しも面白さや充足感を体感出来ないものだった。
そんな僕が、いきなりチャンバラを楽しめるようになった。
動きの端々まで自分の血が通い、生き生きと己が気たる殺陣を味わえている達成感があった。
まったく予想もしていなかった、生まれて初めての目からウロコの気分。
原因は多分、ビデオのせいだろう。
当時、まだまだ家庭用ビデオデッキは10万を下らない品で、金欠ぐうたら学生だった僕には、手の届かない電化物だったが、たまたまある先輩から中古のデッキを半額程度で譲ってもらえた。
そのおかげで、これまでの公演を収録したビデオを自室で何度も繰り返し見れるようになったのだ。
その面白さに魅了されつつ、知らず知らずのうちに、OB諸氏の技術の数々を意識下に習得していたようなのだ。
僕はとにかくその公演の中で気に入った出し物の動きを徹底して真似てみた。
すると思いもかけないほど、先輩のテクニックや所作が、難なく身についてくるのが堪能できるのだった。
僕にとって、それは信じられない僥倖だった。
苦節の三年間、やっと訪れた、それが僕の孤絶の底に咲いた、つかの間の華であった・・・。


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2009年08月02日

リーダー

僧「先生、争いでは勝つことが大事ですか?」
老師「何よりも、争いを避けることだ」
僧「でも・・・それでは相手に・・・負けます」
老師「争いがなければ、勝ち負けはない道理ではないか。争う心を、まず捨てるのだ。柳に雪折れなし、という言葉を知っておるかな?逆らわぬことだ」

僕のみじめな一年は終わろうとしていた。
せめてもの悦びたる学祭が無惨にも圧殺されてしまい、僕は完全に部活への意欲も、自分への奮起も、喪失していた。
しばらく大学にも行きたくなかった。
アイツに会ったら刺してしまうかも、そんなことさえ思わないではいられなかった。
しかし実際の僕は、ただの腰抜けだった。
反逆もアウトローも口先だけ、想念だけの卑怯者だった。
僕はただ残りの映画を?見続けた。
一年で三百本見るという目標だけを、己への課題、仕事、いやまったくの暇つぶしに代用していた。
もうどんな映画を見たかも覚えていない。
この時期の自分が何をして過ごしていたか、全然記憶に残っていない。
憤怒を訴える友人はゼロ。
もちろんカノジョなんて、意識の範囲外。
そうこうしているうちに、運命のイタズラ、僕は部長になっていた。
こんな部活にも、顧問的な有力OBにも、同輩後輩にも、自閉と冷視しか抱いていない不埒者が、よりにもよって、来年度のリーダーとは!
同期の男子は例のいい加減野郎しかいなかった。
女子も二人だけだった。
そして指導部たる新三年生まで女子のみ。
口先だけの反抗男子共はみんな辞めちまった。
新二年生もかなりの不満分子揃い・・・。
僕はさらに不貞腐れるだけだった。
そして苛立ちと嫌悪の底でウジウジと隠棲し続けたまま、どうにでもなれ!と、覚悟も何も放棄して、また呪うべき大学へと足を向けた・・・。

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2009年07月31日

僧「コブラは小鳥を襲って殺す前に、まず相手の目を見つめる。両者が見つめ合った瞬間、その役割が決まる。殺す者と殺される者だ。恐れた者が負ける。しかも、小鳥の中の何かが、コブラを見るように、小鳥を駆り立てる」
賞金稼ぎ「そいつは何だ?」
僧「死への願いだ」
賞金稼ぎ「そうだ・・・そいつは一体、どんな感じだ?」
僧「お前には分かってるはずだ。私は生きようと思ってる。そして・・・恐れを感じているのは、お前だ」
賞金稼ぎ「この引き金を引きゃあ、死ぬのはお前だ!」
僧「死を求めているのはどちらだろうか・・・お前か、私か。お前は、死に心を騒がせている。その目を覗き込んでいる。お前は小鳥だ。コブラは・・・死だ」


僕の三年生時代は、屈辱と抗いにまみれていたが、とにかく一年間が過ぎようとしていた。
後は例年通り、締めくくりの学祭公演で、何とか無事、終了してくれるはずだった。
無責任な反抗分子共は、全員辞めた。
公演に向けて、どうにか一丸となれる状況だけは、ギリギリ整った。
全てはもう、念願の主役の舞台に、これまでの三年間の苦節の思いをぶつけられれば・・・そうなるはずだった。
ところが、事態は急変した。
それも本番までいよいよ追い込みにかかった、あと10日も残っていない多忙の時期だった。
僕の練習風景を眺めていたある男が、隣の部長にこう言ったのだ。
「何だ、あれ、変だぞ。やり直せ」
そいつは僕の舞台が、おかしいとケチをつけた。
動きも設定も音楽も、とにかく全部駄目だから、作り直せ、こう部長に命令しやがった。
その男はOBの一人。
だが、はっきり言って、そいつはチャンバラは出来ない!
部活関係者は誰もが知ってることで、単に籍だけ置いて過ごしただけの口先野郎。
そのくせほとんどのOBが頭が上がらないのは、学校に勤務しているからだ。
つまり大学職員として幅を利かせ、部活にもそれなりの便宜を計っているので、一目置かれていたのだ。
それを勘違いして、こいつは僕の舞台を潰してくれた。
殺陣のことなど何も分かってないくせに、気まぐれの一言で、僕が半月以上稽古してきた出し物は、見事に跡形もなく粉砕されてしまった。
部長命令に僕は従うしかなかった。
しかしほとんど、ギリギリのところで僕は爆発寸前だった。
ボイコットを考えた。
退部の強行も辞さない覚悟があった。
けれど・・・未練が僕を引き止めた。
先輩も同輩も、後輩のことだって、どうでもよかったが、とにかくここで全てを投げ出すのは、あまりに悔しかった。今までの努力と苦渋が、惜しくてたまらなかった。
あいつはそんなことも計算して?つまり絶対逆らえるはずがない、とタカをくくって僕に命令したのだ。
いや、ひょっとして、そんな現役部員の切実な思いなどカケラも気にすることなく・・・絶対そうだ。テメエはそんな情念を育むこともなく、呑気に有力OBの座にふんぞり返っているのだから。
僕の慟哭を誰も知らなかった。
むしろ、さあ本番まであと数日しかないのにどーするんでしょうか?と、野次馬的に冷やかすぐらいだった。
僕はほとんどヤケだった。
内容も衣装も音楽も、まったくテキトーに、定番と在りもので済ませてしまった。
つまりどうでもよくなったのだ。
自分のこの舞台に賭ける想いを、いい加減極まる軽薄な指令によってズタズタにされた悲痛を誰一人、理解してくれない、支持してくれない、助けてくれない!
そんなどうでもいい存在なら、誰からも顧みられない、ゴミのような自分でしかないのなら・・・。
僕は負けたのだ。
徹底して戦うこともせず、ふてくされて、ほっぽり出して、独りでいじけて・・・。
無惨な公演だった。
声援も拍手も、僕には何の感慨も呼びやしなかった。
こんな舞台、僕のものじゃない。
こんな安易でヤケクソでしかない殺陣なんか、僕が三年も苦労してきた成果じゃない!
僕の人間嫌悪は決定的になった。
同輩に、後輩に、そして先輩、OBはおろか、全ての周囲に僕は否定と憎悪で断罪するしか、自分を支える術はなかった。
もちろん、一番の仇敵は、その出鱈目OBの某O!!!
あいつは、もうとっくにそんなことをしたなんて忘れて、今もノホホンと大学で悠々過ごしているだろう。
結婚したとも聞いた。
あんな人非人とセックスする女がいるとは・・・。
僕は今でも許してなどいない。
一生呪い、たとえ死んでもこの怨念だけは絶えることを認めない。
それこそ出来るものなら・・・・。
人の一生を滅茶苦茶にしておきながら、のうのうと生きているに違いない鬼畜を制裁したい、総括したい、復讐にかけたい・・・僕の気持ちは20年以上経とうと、少しも・・・むしろ煮えたぎっている、血に猛っている。
奴は知らない。
誰も知らない。
僕は、何もしない・・・だが、忘れない。




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2009年07月30日

こもり者

老師「ウサギは可憐な生き物だ。虎は雄雄しく、竜は凄まじく、すべて生き物は、強いものも弱いものも、自然と一体となっている。無用の命は、ひとつもない。我々が学ぶ知恵を持つなら、自然こそ我々の師匠なのだ」


僕の将来の夢はどうなったか・・・。
映画監督になりたくて入った大学なのに、映画にも演劇にも見放され、文芸なんて無味乾燥な閑職?
実習なんてもちろん無く、支給されたのは、これ見よがしに大判の原稿用紙数冊だけ。
ならばと僕は書こうと思った。
小説でもシナリオでも、はたまた評論でも、とにかくまず書くことから出発しようと思った。
シナリオが書ければ監督にもなれる。
小説が書ければ独りでも生きていける。
評論なら、大勢の人々に囲まれる可能性だって・・・。
しかし書けなかった。
一年、二年、そして三年、机にはほぼ毎日向かっているのに、ほとんど一枚も書けなかった。
プロットだけは書けた。
荒筋だけはでっち上げた。
ハコ書きだけは、何とか仕上げた。
けれど作品には辿り着けない。
小説であれシナリオであれ、きちんと人に読ませるだけの完成品には、いつまでたっても書き上げられない。
書かずの作家志望・・・典型的な口先文士だ。
それこそ明治の昔から、腐るほどの志望者が日常の中で埋没し、一生という怠惰な年月を徒労にまみれさせた、麻薬かアル中的な、虚飾、いや腐食の状況だ。
僕は完全に甘くみていた。
こんなどうしょうもない無為の時間の果てにも、いつかは書けるようになるだろうと・・・。
何の根拠も裏打ちもない、傲慢な自信だった。
それは情けない祈りにも似た、怠け者の自涜だった。
僕は大学時代のほとんどをこうして四畳半の自室か、大学の図書館で、結局何もしない、何一つ書かない、実は何ものをも考えてもいない、そんな時間で食い潰した。
僕の生き方の原型がそこにあった。
僕は所詮、こんな無策に流されるだけの、無能者だった。
僕には分かっていたのだ。
ただその現実を避けたい一心で、毎日独り、こもり続けていたのだ。

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2009年07月29日

冷たい性

僧「先生、あの少年は入門者でもないのに、なぜここに?」
老師「わしが村から連れてきたのだ。あのように体が不自由なうえに、口もきけず心無い者にいじめられておったのでな」
僧「生まれながらに、大きな不幸を背負っているのですね」
老師「なぜ不幸だと思うのだ?あの子には雀や子羊や、優しい仲間が大勢おる。あの子は物の言えぬ口と、ねじれた手足をもって産まれた。しかし自然は、生き物と心を通わせ合うという、素晴らしい力を与えた。それは富や名声よりも、王侯貴族となるよりも、遥かに素晴らしいことではないか」


僕の未熟な性は、どうなったか・・・。
彼女はいない。後輩からも慕われない、先輩からも可愛がられない。
僕の上のある部長は先輩の女子から愛されてリーダーに抜擢された。
僕のある後輩は、やはり先輩の女子の部屋に押しかけ、いつの間にか部長になった。
別の後輩は、さらに下の後輩に精神的にも経済的にも支えられて、今なお役職に祭り上げられている・・・。
僕はいつ童貞を失ったろうか。
記憶が曖昧だ。
オナニーが先だったか、セックスが最初だったか・・・。
ただはっきりしていることは、僕が風俗で童貞を喪失したことだ。
値段は確か、三万円。
当時の僕には無論、大金だったが、僕は射精まで辿り着けなかった。
多分、射精という快感行為をまだ知らなかったゆえの、あえない轟沈だったのだろうが。
別に惜しいことをしたとは思わなかった。
初めての女体に、鮮烈な興奮なども大して覚えなかった。
女性と違って、世界も歩き方も、何も変わらなかった。
薄暗い照明で、未踏だった乳房も陰部も、確認できなかったので、別段強烈な思い出にも、ましてトラウマなどにも無縁だった。
相手の顔すら覚えていない。
ただグロテスクで悪趣味な印象しか残らなかった、その淫靡な部屋の造りだけが・・・時折反吐につながるか・・・。
必死な一人相撲の大学時代だった。
性も愛も、そのためだったかどうか、僕には不毛だった。
僕の意識下には、早くも全ての人間的営みに対しての諦念と冷視が蓄積し始めていたかもしれない。
あらゆる人間に向かっての敵視と剥離、それはいじめられっ子の、どうしょうもない巡り合わせだったのかもしれない。
僕は、優しさを知らない、無力だった・・・。



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2009年07月28日

泥道・・・

僧「なぜ?(彼等を殺す?)」
脱獄囚「俺を馬鹿にした。他の奴らと同じようによ」
僧「君自身、他の人に悪いことをしてないか?」
脱獄囚「出てって、縛り首になれって言うのかい?」
僧「そんなことは言わない」
脱獄囚「さっきはああ言って、今度はこう言って、お前は俺にどうしろって言うんだい?!」
僧「私は、どうしろとも言わない。君が、どうしたらいいか、自分で考えて、決めるんだ」


僕は殺陣がヘタだった。
少なくとも、三年生の間はずっとそうだった。
後輩を指導する立場にありながら、自分の技術に自信が持てない。
後輩から侮られていると疑うほど、焦りのあまり、ますます技が乱れてしまう。
スランプ?
いや、それ以前だって、人から大して褒められたこともないし、女子や後輩に賞賛されたこともないのだから、元々のコンプレックスだ。
夏休みに、あるOBの舞台発表会を後輩数人と、絡み要員として手伝った。
僕だけが怒られっぱなしだった。
何より、ひとり、手順が覚えられず、一番足を引っ張ってしまった。
二年生の頃と比べて、とにかく体が動かなかった。
全然覚えられず、焦りと自己嫌悪の限界まで追い詰められ、本当に投げ出して逃げ帰ろうかと思ってしまった。
大なり小なり、こんな鬱屈した気分のままの、イライラ指導者。
先輩にも大して教えてもらえず、それ以上に不貞腐れて教授を乞おうとはしなかった己がひねくれぶりが、さらに自棄と高ぶりをかき乱してしまい・・・。
僕は、どん底だった。
二年間の辛抱の果てが、このザマか!と、何もかもに歪んだ感情をぶちまけてしまいたい想いだった。
負け犬・・・・。
みじめで、情けなき、愚鈍のはぐれ者・・・。
僕は、いじけているばかりだった。
下手糞指導者の汚名を独り被って、開き直りの泥道に徘徊するだけだった。


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2009年07月26日

嘘吐き

僧「じゃあ、嘘を言ったの?」
少女「本当のことは、あなたが知ってるわ」
僧「嘘を言っていいのかな?」
少女「あなたが助かれば、それでいいのよ」
僧「よくない・・・嘘を言ったかもしれないよ」
少女「あなたは嘘なんかつかないわ。私と一緒よ、嘘なんか大嫌い!・・・もう絶対嘘言わないわ。一回だけなら私、嘘つきにはならないでしょう?」
僧「一度言った嘘は、嘘である限り、いつまでも嘘として残る。決して消えて無くなってしまうものじゃないんだ」
少女「じゃあ、一生嘘つきになっちゃうの?」
僧「そうだ」


僕と、反抗的な後輩たちとの抗争は、どうなってしまったか・・・。
唐突な終焉だった。
尻切れトンボの馬鹿馬鹿しさだった。
僕を"見限る"宣告をした二年生の男子たちは結局、全員辞めてしまった。
同級生の女子だけを残して。
泣いて在籍を懇願した女の子たちを、軽々と振り切って・・・。
「これからは影ながら彼女たちを見守っていきますよ」
あるOBにヘラヘラしながらこんなことを言ったらしい。
いい気なものだ。
テキトーな、軽薄さのみだ。
奴らに責任感などはなかった。
文句だけを垂れて、不貞腐れていただけなのだ。
実際、稽古はほとんどサボっていたし、そのくせもったいぶって、まるでこちらを牽制するかのようにダラダラと籍だけは残していたし。
威勢のいいことを口にするだけの人間ほど信用出来ない。
言葉でなら、何とでも格好はつけられる。
いくらでもご立派な理想を語れる。
「自分たちが上に立ったら、先輩たちみたいにはしないで、もっといいクラブにしますよ」
そんなことを散々吹いていた輩が、稽古はいつもほとんど後輩に任せて自分たちは顔すら出さない。
要するにキツい稽古が嫌になっていただけの不満分子。
確たる決意も覚悟もない、口からデマカセの野次馬止まり。
僕は呆れるより、ただただ蔑み、唾棄し、とうに見限って、その上をいく自棄にとどまっていた。
とっとと辞めてくれた方が、と願いつつ余分なシゴキも辞さない悪意の固まりになってでも、己が足場を保ち続けることに終始していた。
実際、早くいなくなってほしかった。
自分を軽蔑しているような奴らと、もはや共に頑張っていこうなどという先輩としての心の広さなど、孤独な戦いをかろうじて行っていた僕に、あろうはずがなかった。
僕は卑小で、厭らしい、腐りかけた指導者だった。
そんな自分を心底嫌悪しつつも、僕は生き残るための卑怯さに、その汚れの泥濘に、のたうちまわるしかない、嘘つきだった。
奴らと変わらない、傲慢な嘘吐きだった。




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2009年07月25日

童貞

囚人「へへ、年中腹ペコで、昔から腹の減ってねぇ時なんて一度もなかった」
僧「何を思い出す?」
囚人「妹は俺のことを笑わなかった、一度もだ。けど、他の奴は・・・」
僧「笑うようなことをしたのか?」
囚人「俺は何もしやしねぇ」
僧「きっと皆を怖がらせたんだ」
囚人「俺は馬鹿で、頭も弱いんだ。だけど力はある。だから俺のことを笑う奴は容赦しねえんだ」
僧「稲を植えれば、稲が実る。恐れを植えれば、恐れが実る」


僕は孤独だった。
部活と、映画三百本を見ることだけに熱中し、そこに迷いはなかった。
学科の方は、もっぱら創作。
下らない小説を書いた。
団鬼六にかぶれたあげく、「縄師」なんかを主人公にした妄想を書き綴った。
僕は緊縛の職人で、しかし周囲からは軽く扱われ、女達からは忌み嫌われ、そしてインポで・・・そんな話。
まるでAV男優じゃないか。
10年近く後の自分を、こんなところで予感、いや予言している体たらくじゃないか。
そのくらい女の子には相変わらず縁がなかった。
女子の方が多いくらいの部活ではもちろん、学科でもさっぱり女の子との縁など生まれなかった。
積極的に動く自信もなかった?
かもしれない。
だが、とにかく僕はハズレていた。
恋愛にも、友情にも、そもそも人間という輩にも・・・。
僕はSM小説の中だけで女性を支配した。
実際は、全然モテない、頼りにもされていない、だからハタチ過ぎても当然、童貞のダサ男だった。
オナニーをやっと覚えたのは、まだだったろうか?
僕には思い出せない。
キャンパスライフなんて、屈折の青春なんて・・・僕にはありえなかった。

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2009年07月23日

いじめっ子へ・・・

老師「どっちが悪なのかな?鼠は穀物を盗むのが商売だ。ところが猫は、鼠を殺すように生まれついている」
僧「鼠は盗みます。でも、鼠にとって猫は、悪です」
老師「猫には、鼠が悪だ」
僧「では、どちらも悪ではないのですか?」
老師「鼠は盗むのではない。猫は殺すのではない。雨が降る、川が溢れる、が山は沈まぬ。ひとつひとつが、自然にかなっているのだ」
僧「では、悪はないのですか?何をしても、それがその人にとって善なら、許されるのですか?」
老師「人は自分に都合のいいことだけを言う。しかし宇宙には、その人間ひとりが住んでいるわけではあるまい?」

僕は荒れた。
独りで、あがいていた。
頼りになる同志などはいなかった。
先輩は実質、引退。
会長は部の外形だけを体育会系っぽく変容させようとしているだけの形式主義者。
同輩は論外だった。
女子もとうとう二人だけになり、どちらも事なかれ派。それどころか、後輩の男子の誰かと・・・。
男も二人だけになっていたが、よりにもよって、そいつが最低。
お調子者を通り越した、勝手極まる無責任野郎。
いつもヘラヘラして、ずうずうしい上に礼儀知らずの出鱈目男。
無神経プラス傲慢ときているから、先輩にはあきれられ、同輩からは早くから敬遠され、後輩からもごく当然に侮蔑され・・・。
そのくせ本人はてんで鈍感に、女子にはセクハラまがい、男子には御大層な事大説教・・・。
本当に、もし他に一人か二人、まともな男子が残っていたら、とっくにクビになっておかしくない、鼻つまみ者だった。
そんなどうしょうもない奴と二人だけで、混乱した部活に対していかなければならなかったとは・・・。
僕は独善に走った。
一人ではね上がり、唯我独尊に邁進した。
僕のエゴでしかなかっただろう。
僕の弱さの裏返しだっただろう。
けれど僕は必死だった。
まるで約三年ぶりに再び来襲してきた"イジメ"の現実に立ち向かっている憤怒の気分だった。
僕の稽古は冷酷と呼ばれた。
それも溌剌とした厳しさのない、陰惨で理不尽で、相手の憎悪をわざとほじくり返すような、嫌悪感漂う有様だったと聞く・・・。
僕は、止められなかった。
自分を、この現実を、まさに無情な運命を、唾棄すべき貧乏くじを・・・。
僕は、いじめっ子になっていた。
けれどそれは、強いられたものなんだと、僕は己が信念にしがみ付き、もがき続けた。





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2009年07月22日

悪に漬かって・・・

僧「私に悪を為す者を私が懲らしめれば、二度としなくなるかもしれません」
老師「懲らしめなければ、どうなるかな?」
僧「好きなことをしていいのだと、思うでしょう」
老師「そうだな、だが、もうひとつ。悪に報いるには、すなわち善をもってす。その心も教えるのだ」


青天の霹靂だった。
大袈裟ではなく、僕にとっては生活も、人生観も、一変しそうな現実だった。
あれほど順調と思われていた後輩との信頼関係。
それが当事者から一方的にズタズタにされるとは・・・それも、ありえない傲慢な反逆として宣言されるとは・・・。
僕は心底動揺した。
そのため焦り、はやったあげく、同輩との関係すら、ギクシャクさせてしまった。
僕は同輩との団結をアピールした。
最後まで頑張ることを皆で誓い合ってほしかった。
けれど賛同者は、一人もなし・・・。
みんな、冷ややかだった。
いや、たかが部活くらいで、大仰な僕の要求に、恐らくは辟易しているようだった。
しかし僕は同輩からまで裏切られたと感じてしまった。
指導の立場になるにあたって、さらに同輩は欠けていき、僕はますます孤立を意識してしまった。
後輩たちは案の定、思うようには動かない。
あからさまな反抗的態度ではないにしても、四年生と比べて、明らかに侮蔑を込めたような醒めた応対・・・。
おまけに新入部員も入らなかった。
例年なら10人は下らないはずなのに、その年から急に、わずか6人そこそこだった。
稽古から活気が消えた。
何せ指導する先輩ばかり10人以上もいて、後輩はせいぜい3、4人・・・。
僕はますます焦った。
毎日が苛立ちと、喪失感と・・・自己否定への戦い、いや見苦しいあがき、でしかなかった。
こんな部活になるわけがなかった。
こんな先輩になろうなんて思わなかった。
厳しい稽古を耐え抜いて、やっと辿り着いた栄光?の座が、こんなみじめで、やりきれない廃土だったなんて・・・信じられるものではなかった!
僕は後輩を憎んだ。
裏切り者の後輩たちを憎悪し、傍観者でしかない同輩たちを見限っていた。
こんな僕に、何の希望が、いかなる人間らしさが、あったろうか・・・。




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2009年07月21日

宣告

僧「先生・・」
老師「何だ?」
僧「いつ首を斬られるのですか?」
老師「もうお前から奪うものはない」
僧「でも先生、私は・・・何も失っていません」
老師「お前には分からんのか?」
僧「(奪われた)巻物は返ってきました」
老師「疑いを知らぬお前の無邪気さは、二度とは戻らんだろう・・・」


しかし僕は迂闊だったのだろうか。
まったく呑気な怠慢人間だったのだろうか。
あっという間に二年生は過ぎようとしていた。
いよいよ部活においては、主軸の先輩として、後輩への指導を任される立場に立とうとしていた。
が、そんな矢先の予想もつかない内部分裂?・・・・
元々僕の代は、はかないものだった。
同期は男女合わせて17人もいたというのに、一年の終わりには8人に減っていた。
しかも10人いた男子が、たったの3人に・・・。
そしてほとんど残っていた女子の一人が、ある時先輩に噛み付いた。
よりにもよって、年間の締めくくりとなる学祭の舞台終了後、一年生への三年生(指導部)の扱いが不当だとして、記念撮影や打ち上げやらを一人でボイコットしてしまった。
同期の女子は泣いた。
一年生は逆に事態を把握しきれずにキョトンとしていた。
まったくもって、そいつの独りよがり、としか思えない勝手な行動だったのだ。
けれどそれまでの体育会系的な部活内部においては、ありえない反逆行為だった。
みんな、動揺した。
打ち上げの感動など、全然ない、シラけたムードだった。
僕は裏切られた想いだった。
後輩が可哀相、などとハネ上がった、完全なスタンドプレーにしか見えなかった。
そのくせ化粧は派手で、いつも毅然とした長身の美形だったせいか、一年生からの支持はかなりあった。
それどころか、三年の男子からさえ・・・いやそもそも四年の男子の一人とどうとかこうとか・・・・ろくなウワサしか耳に入らない・・・。
僕は、うんざりだった。
せっかくの僕の聖域を、高飛車女の気まぐれで汚されてしまった気分だった。
こんな無残な気持ちで、頑張ってきたたこの一年間を終了することになろうとは・・・。
だが、これだけではなかった。
むしろこんなものは、他愛ない序章にすぎなかった。
打ち上げ後の二次会で、一年生の一人が僕に言った。
「先輩たち、誰も頼りになりませんねぇ」
信頼し合ってると確信していた後輩からの、それはまさに"宣戦布告"、いや"死刑宣告"だった。

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2009年07月20日

反逆のフィルム

老師「自分の世界をよおく見るのだ。この池の中には十二匹の魚がいて、十二の世界がある」
僧「池は、たったひとつです」
老師「違うな。お前が見るのと、わしが見るのと、それぞれ別の世界だ。お前の世界には未知のもの、楽しいものが溢れている。わしのは見慣れた、穏やかな世界だ。お前は、わしの世界を永久に見ることは出来ん」
僧「なぜ?」
老師「お前がわしの目でものを見、考えることが出来るか?」
僧「でも先生、私達は同じ宇宙に住んでいます」
老師「そうだ。しかしやはり違う。百万の生き物には、百万の世界がある。自分が宇宙の中心だと考えてはならんぞ。自分の考えを押し付けてはいかん。人それぞれ、見かた考え方が違う。それを尊重することが大切だ」


僕は大学時代、どんな映画を見たか。
ほとんど邦画だった。それも旧作ばかりだった。
黒澤明、溝口健二、小津安二郎・・・。
大映時代劇、日活アクション、そしてにっかつロマンポルノ、ピンク映画・・・。
だが最も影響を受けたのは、やはりATG映画、そして大島渚と若松孝二だった。
前衛、という言葉を初めて知った。
革命、という世界に初めて接した。
難解で、非商業的で、しかし鮮烈にまでにメッセージ性に溢れた独立映画群。
映画という娯楽からも、ここまで強靭な"思想"が発せられることに僕は興奮した。
その具体的な思想、歴史、意味、考察については、およそ未開のままだったものの、とにかく僕は、一種の感覚として、それらのアナーキーフィルムたちに心酔してしまった。
語る映画。
考えさせる映画。
総括の映画。
革命を叫ぶ映画。
反逆のフィルム・・・・。
それは政治と性と、告発の無限ワールド。
僕も闘うべきだと思った。
こんな僕でも、いや僕のような孤立した無名者こそ、映像のテロリストたらんと・・・僕は独りで浮かれていた。
ただ、それだけの、無為な若さだった。

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2009年07月19日

年間三百本

少年「よく平気で言えるねぇ!自分で自分を腰抜けだなんて。恥ずかしいと思わないの?」
老人「思わんな。自分を誤魔化しても、どうにもならんよ」


二年生の春、僕は一念発起した。
まったく突然に、この一年で映画を三百本見ようと決心した。
別段、理由なんてない。
ただ一年の時、大して見ていなかったことを今頃後悔し始めたのだ。
せっかく名画座だらけの東京にいるのに、それが半分は目的?で上京してきたのに、これまであまりに見なさすぎた。
そう急に思い立って、さっそく翌日から怒涛の映画館通いが始まるのだが、さて困った。その時点で、年間一番ヒマであるはずの春休みが終わってしまっていたのだ。
気づくのが遅かった?
それでも諦めることなく、連日情報誌片手の名画座巡り・・・。
いゃあ、よく見た。
平日の昼間は授業と部活で潰れる場合が多かったので、選んだ手段はもっぱらオールナイト。
金曜の夜4本、土曜の夜5本、そして日曜は二軒まわって5本から6本。
レンタルビデオ屋が雨後の竹の子の如く湧き出していた当時、僕はビデオデッキをまだ買える身分?ではなかった。
というより、映画はあくまで映画館、という一般的な良心がまだ十分残っていた映画ファンだった。
こうしてとにかく次々と見まくった。
部活もさらにキツく、授業でも課題創作なんかに忙しくしていたはずなのに、都内のあらゆる安映画館を徘徊しまわっていた。
これも、ひたむき、というやつだろうか。
僕はただそれだけしか能のない、やはり孤独癖のガキだったのだろうか・・・。

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2009年07月18日

ひたむき

少年「ねぇ、どうして弓や馬のことにそんなに詳しいの?」
僧「馬も人も、同じ生き物だ。自然の恩恵を分かち合っている。ひとつのものだ」


僕は二年生になった。
初めて後輩ができた。
僕は嬉しく、毎晩のように飲みに連れて行った。
ほとんど奢ってやり、一晩で万札はたいたことまであった。
けれど惜しいなどと少しも思わなかった。
なぜだろう?
僕はただただ後輩という気軽に付き合えて、決してイジメられることもないと信じられる相手に夢中だったのだ。
そんな人間関係がひたすら有難くて、僕はカネも時間も惜しまなかったのだ。
無邪気といおうか、いい気になっていたと反省?しようか・・・。
しかし僕は純粋だった。
後輩は可愛く、僕はいい先輩であろうと、自分なりの努力を果たしているつもりだった。
僕の人生で、性や仕事やカネ絡み以外で、あんなひたむきだった時期があっただろうか・・・。
僕にとっては幸福、というヤツだった。
それを自覚する必要もない、充足の"つかの間"だった。

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2009年07月17日

無知の平穏?

少年「どうして暗闇の中で的が見えるの?」
僧「私の目を見て・・・(目をつぶったまま的を射抜く)」
少年「どうやってやるの?」
僧「やるのではない。自然に、"なる"んだ」
少年「自然って、どういうこと?」
僧「的に当てようとしなくても、当たるんだ」
少年「どうして?」
僧「的と矢と弓は、ひとつだ。別のものじゃない。同じものなんだ、ひとつの」
少年「へぇ・・・そうかな。よく分かんないけど」
僧「それでいいんだ」
少年「何がいいの?」
僧「こういうことは、理解したいと焦っては駄目だ。焦りが消えた時、おのずとわかる」


平穏な日々だった。
部活はきつく、ほとんど毎回地獄だったが、終わった後の飲み会には必ず参加した。
そこにはイジメもしごきもなく、先輩達は稽古中とはうってかわって、僕を迎えてくれた。
ただ飲んで話して時間を過ごすだけ。
けれどそんな平凡な交流こそ、僕には未知のものだった。
当たり前の歓談が、馴れ合いが、僕にとっては新鮮で、豊穣な時間だった。
帰ったらテレビを見るか、ゴロゴロしているだけ。
せっかく上京したというのに、有名な場所などほとんど訪ねようとはしない。
映画もあまり見なくなった。
バイトもしないのでカネがもったいなかったせいもあるが、何も出掛けなくても、僕は十分、この退屈?な日常に満足していた。
夏休み、一年生だけで島へ遊びに行ったことがある。
ある同輩はそこでカノジョを見つけた。
別の同級生は、先輩と付き合いだしていて、結局参加しなかった。
もちろん一年生同士のロマンスも多分、きっと・・・。
僕はまったく無関心だった。
他人の色恋沙汰にも、己が異性に対する好奇心にも。
こんなに自然極まる一種の"三無主義"?に、僕はどこからドップリ漬かるように成り果ててしまっていたのか?
わかるはずもない。
焦りも何も、それが僕だけの若さだったと、今も昔も自得するしかない・・・。

kohe000 at 11:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年07月16日

卒業拒否

老人「30年ガンベルトをつけていても一度も使ったことはなかった。わしは腰抜けなんだ。犯人のことさえ怖くて(保安官に)言えなかった」
僧「あなただけじゃない」
老人「わしには何も出来ん。今までだって、何一つとしてやったことはない」
少年「誰も人を傷つけなかったんだから、それはそれで立派だよ」
老人「わしは駄目だよ、駄目な奴だ。何一つ、やろうとしなかった・・・」


大学に入って一番驚いたのは、必修科目があったことだ。
僕はとことん田舎者?だった。
大学とは、自分の好きな専門の勉強だけが出来るところだと、入学するまで信じきっていたのだ。
考えてみれば何の根拠もない。
けれど義務教育でなし、学部も完全に分かれているのだから、それが当然だと、思い込んでいた、何たる無知・・・。
そしてこんな僕を心底憤慨させたのが、体育と英語の授業。
まさか大学にまで来て体育なんかやらされるとは想像もしていなかった。
英語なんて、将来仕事に生かしたい学生だけが自由に学べばいいと、本気で判断していた。
そして僕はもう我慢していなかった。
横暴に耐えるのは、長いいじめられっこ時代で沢山の気分だった。
大学生にもなって単位欲しさに揃って体操なんて・・・恥辱だった。よって当然、一回出ただけで以後、完全に無視してしまった。
英語しかり、その他の何やら一般教養?しかり・・・。
結果は明白なことだった。
卒業拒否。
僕は一年生の初夏には、すでに決めてしまっていた。
こういう時だけ、浪人時代の独学と反逆の精神が、不遜な僕を後押ししてくれた。
馬鹿馬鹿しい、いきがり。
ガキのたわ言。
所詮は怠け者の逃げ口上・・・。
しかし僕は本気だった。
むしろいよいよ現実に対する孤独な戦いの開幕に、ひとり興奮していた。
あの頃、僕は何も出来なかった、にすぎない一匹の鼠だったろう。
何かが出来そうで、何でも出来そうな、凡庸たる無名の若造でしかなかったことだろう。
そんな自分が、愚かなほど懐かしい・・・。

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2009年07月15日

隠棲独居

少年「何してたの?また瞑想してたの?」
僧「無念無想。雑念を払って、こころを清めるんだ」
少年「で、それをやればどうなるの?」
僧「あらゆるものの、真の姿が見えてくる」
少年「ものの真の姿?」
僧「真実といってもいい。何ものにも囚われない心だけが、真実を見ることが出来る」


部活以外に何をしていたか・・・何もしていなかった。
バイトも勉強も、恋愛も、もちろん闘争なんてやらも・・・。
僕は籠もった。
ひきこもり、なんて言葉がまだ全然ない空虚?な時代に、僕は積極的に隠棲と独居に努めた。
80年代初頭。
学生運動なんて記録映画の中だった(一応は上映会なんか行われていたが)。
シラケは去った。
バブルはまだだった。
三無主義なんて、過去のものだった。
勝ち組志向?呑気なものだった。
つまり言葉にしようもない、無味乾燥の時代。
だからというわけでは、まるでなく、僕はもっぱら部屋の中だった。
出かけない。
誰とも会わない。
何もしない。
僕はその自由を満喫していた。
無為の供する安泰と静寂を存分に味わっていた。
やはりイジメのトラウマだ。
僕はまだまだ、そこからの解放的喜びに浸っていられずにはおれないリハビリ期間を送っていたのだ。
しんどい部活だけは絶えることなく・・・これが僕の大学生活だった。
僕はそういう生き方に、早くも達観していた。

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2009年07月14日

こだわりの決心

僧「しかしそれは、君のような子供の仕事じゃない」
少年「子供じゃないよ。もう大人だよ」
僧「大人か」
少年「そうさ。銃だってもう立派に使えるんだ」
僧「銃を使える、それだけでその人間が大人になったと言えるだろうか」
少年「僕は腰抜けじゃないよ」


しかし部活は想像以上の厳しさだった。
稽古は週四回。
他の学部の同級生は、実習が多いせいか、ほとんどその半分くらいしか誰も参加出来ない。
僕だけが皆勤だった。
好むと好まざるに関わりなく、ヒマな学部に紛れ込んでしまった僕の大学生活は、ほとんど部活一色に染まってしまった。
一日約三時間のぶっとおし稽古。
それも外の固いコンクリートの上で、いつも裸足で。
声は出しっぱなし。
体は動きっぱなし。
こんなに絶叫し続けたのは生まれて初めて。
イジメ以外でこんなにドツかれまくったのも、もちろん初めて。
しごき、というヤツだ。
要するに文科系のクラブでありながら、完璧に体育会系のノリであったわけだ。
普段の挨拶からして、「ちわ!失礼します!」の世界(女子の先輩に対しても、だ)。
えらいところに来てしまったと思った。
とんでもないことに巻き込まれてしまったと・・・後悔している余裕さえなかった。
僕は休まなかった。
一人、一度も休むことなく、毎度ビクビク震えながら、部活支配?の学生生活に、ヘトヘトで邁進していた。
僕はまたしてもただの臆病ないじめられっ子だったのだろうか?
それは違う。
絶対にそれは違う。
僕は僕なりの、それは無意識のこだわり、そして運命に任せる生き様だったつもりなのだ。



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2009年07月13日

殺陣

少年「その弓は親父にさえ引けないんだよ。すごい力持ちなんだね。それなら相手を一発で殺せるよ」
僧「人殺しのために弓は引かない」
少年「じゃあ、何のために引くの?」
僧「心を鍛えるためだ」
少年「こころを?つまり何か考えるの?」
僧「何も考えない。ただ、的とひとつになるんだ」


僕は部活を始めようとした。
中高と一度も入ったことがなかったので、ここぞと探して、一応は悩んだ。
大藪春彦の小説に憧れて射撃部、ミュージカル研究会、映画制作関係・・・。
だが、僕が選んだのはチャンバラのクラブだった。
ほとんど一度の勧誘で、僕はアッサリ入部を決心してしまっていた。
理由は・・・結局ミーハーな限り。
三年生に芸能人がいたからだ。
東京の大学に入って、現役の本物の芸能人に少しでも近づける。
ただそれだけに浮かれて、僕はガラにもない部活を選んでしまった。
チャンバラなんて大した興味もなかった。
時代劇はテレビの「木枯らし紋次郎」と「必殺」シリーズあたりを、やはりテキトーなミーハー感覚で楽しんでいただけの、まったく平凡な一般ファンでしかなかった。
まして演劇や舞踏の一部なんて芸術的な意識のカケラもなく・・・。
どうしてああなったのだろう?
何が僕をあんなにスンナリと、その方向へ導いてしまったのだろう?
やはり運命というヤツなのだろうか・・・。
僕は何も考えずにチャンバラを始めた。
役者になろうとか、体を鍛えようとか、そんな目的は全然なかった。
僕はまったく自然に殺陣と巡り合い、その未踏の世界とひとつになったのだ。
僕の人生のかなりの部分が、そこから染め抜かれ、今なお僕という人間をどっぷりと形作っている。
当時はそんなこと、まるで予想することもなく、僕はまっさらな心と体で、殺陣の世界へいざなわれていった・・・。




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2009年07月12日

大学

僧「先生、寂しいと思うことはありませんか?」
老師「お前は寂しいか?」
僧「いいえ。世間の人のように、別に家庭が欲しいとも、家族の団欒が欲しいとも思いません」
老師「初めてここ(少林寺)へ来た日のことを憶えているか?お前は雨の中に立っていた。他の子と遊びもしなかった」
僧「早く両親に死に別れ、いつもひとりぼっちでした」
老師「それでこの寺に入るために、あのように辛抱強く待っていたのか?」
僧「はい」
老師「寺はにぎやかな所だと思ったか?」
僧「でも、ここでは皆が一緒に暮らしていました」
老師「他の生物と同じように、人も仲間と暮らすようにできている。しかし仲間と暮らすことの意味は、しょせん人間はひとりであるということを、しっかりと見極めることだ」
僧「それを教えて下さるために、入門を許して下さったのですか?」
老師「お前はすでに知っておった。だから入門を許したのだ」


僕は大学生になった。
東京でアパートを貸り、一人暮らしを始めた。
入学式、それに続く学部別の説明会、各種セレモニー、ゼミ合宿・・・。
様々なことが駆け巡った。
僕はそのひとつひとつを、常にひとりで体験した。
元より地元続きの知り合いなどはいない。
最初から、ひとりだ。
どこへ行っても、一人だ。
それが僕には、要するに心地よいものであった・・・。
合宿である講師に言われた。
君はハナから悟りきってるようで、イヤだなぁ、と・・・。
いじめられっ子だった僕が、何と傲慢不遜に見えたのか?
そんな態度が自然にあふれ出る、僕は可愛くない偏屈野郎だったのか?
自分では分からない。
ただただ毎日がうれしいだけだった以外は。
もういじめられることはない。
ここでは僕がいじめられっ子であったことなど、誰も知らない。
そして好きなだけ一人になれた。
どこで何をしようと、一人のままで周囲はいさせてくれた。
一人の買い物、一人の風呂、一人の生活・・・。
僕にとって生まれて初めて味わう完全なる孤独は、至福だった。
僕はそのことをこそ最も悟りきっていた。
大学も、学問も、遊びも出会いも・・・僕の独りの人生にとっては、ただの随行だった。

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