雑誌編集者

2009年09月10日

ほんの一行

燃えよ ! カンフー 2ndシーズン DVDコレクターズBOX 〈8枚組〉
燃えよ ! カンフー 2ndシーズン DVDコレクターズBOX 〈8枚組〉
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僧「なぜ二人は憎み合っているんですか?」
娘「最初の原因が何か、私も知らないの。きっと大したことじゃないんだわ」
僧「木に雷が落ちたのを見たことがある。小さな火が、木の内側で大きくなり、木全部を焼き尽くしてしまう・・・」
娘「私には出来ないの、人を憎むなんてこと・・・。家にいたくないの。でも家を出るのも怖い。どうしたらいいの?」
僧「・・・自分で決めなくては」
娘「私に家を出ろって言うの?」
僧「私も憎み合いや殺し合いが恐ろしい。だから去ることにしたんです」
娘「・・・」
僧「あなたにも、もう自分の人生、将来を自分で決めなければならない時が、来たのかもしれない」
娘はいきなり僧に結婚を申し出る。僧は娘の顔を鏡に写す。
僧「聞きなさい・・・そこにいるのはひとりの、つまらない男の尊敬と、そしていたわりを、無邪気に愛と思い込んでそれに応えようとした優しい純真な娘さんだ」


「しょせん裸をエロっぽく売るだけのアダルト業界。良識気取りの大衆からは蔑視され、内部ではみじめったらしいプライド比べや惰性作業が浮遊しております。しかし人間が人間のために作り出す世界である以上、そこには人間だけのおかしくも清々しい息吹きがあるのではないか?たとえ少数でも、自分らしくあろうとする人々がいると感じ、彼等の当たり前の姿をとらえようとするなんて、下らない徒労でしょうか。徒労でもいい。裸をさらす人々の中にも自然すぎるほど自然な姿があるという想いを呟きたいのです。本誌にこの稚拙なる想いがどれだけこめられているか・・・ほんの一行でも読み取ってもらえたら・・・」
第三号の編集後記。
僕はまだ無邪気?だった。
純真なまでの、性的プロレタリアートだった。
"彼等"を信じていた。
"裸をさらす人々"を愛していた。
そして"徒労"に・・・人生を賭けていた。
ほんの一行・・・・しかし今の僕には、それすら見失ってしまっているのだ。

誰も読みやしない・・・・僕の想い。

kohe000 at 12:52|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2009年09月09日

怒らせる・・・

燃えよ ! カンフー 1stシーズン DVDコレクターズBOX 〈6枚組〉
燃えよ ! カンフー 1stシーズン DVDコレクターズBOX 〈6枚組〉
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老師「影を作るのは何かな?」
僧「日時計の針です」
老師「太陽ではないのか?」
僧「はい、太陽もです。その両方で時間が分かります」
老師「しかし太陽の光を日時計が遮って、邪魔をしているのではないか?」
僧「先生、私には分かりません。先生の教えて下さることは、いつも矛盾しています」
老師「矢を射てごらん。矢が的に当たるのは矢の働きか、それとも弓の働きか、弓から一旦放たれれば矢は的に飛んでいくより仕方がない。しかし弓がなければ、矢はどこにも飛んでいくことが出来ない」
僧「まだ・・・私には分かりません」
老師「ふたつの善、あるいはふたつの悪のうち、ひとつを選ばなければならない時、例えばある者が、力でお前を襲ってきた時、相手の死を求めてはならぬ。お前が生きる道を選ぶのだ」


インタビューの仕事がまた入った。
何でもセルフタイマーで自分のヌードや屍体の写真を撮っているという、女性フォトライター。
その新進アーティストを僕は怒らせてしまった。
とうとう僕の本音が?仕事の場で噴出し始めてしまった。
原因は・・・単純なこと。
やたらに馬鹿だの死ねだの言いたい放題の彼女に呆れてしまったからだ。
どっちがバカかと言いたくなるほどの底の浅い傲慢不遜ぶりに、僕が憤慨してしまったからだ。
「男ってだらしないと思うんだよね、血くらいでギャーギャー言うなっての、バカ!」
「九州の田舎者が何言ってんだって感じ」
「ナーニあのクソじじいが古クセーこと言ってんだ、バカ、死ねって言ってやりたい」
著名人を次々バッサリ!
男になりたいコンプレックスギャル?
目標は純文学作家?
「今は色々思われてもいつかは自分が認められると思ってます。キワモノとは絶対思われたくない」
どんな風に話したかは忘れてしまったが、僕は実際のインタビュアー(女性ライター)を差し置いて、彼女の発言にイチイチ食い下がった。
恐らくは、当時からの粘着質な口調と全否定論理でもって、唯我独尊たる彼女の、結局はただの幼稚極まる主張の垂れ流しにとことんケチと揶揄を浴びせまくったわけだ。
とうとう彼女はキレてしまった。
インタビュー自体は、しょせん皮相的な姿勢しかない女性ライターにお任せでまとめ上げられたのだが、誌面にも録音テープにも無関係のところで、僕と彼女のチンケなバトルはひとしきり展開されていった・・・。
"本番カメラマン"として当時少しは有名だったそのインタビュアーの、はっきり言ってテキトーな仕事ぶりにも怒りを抑えつつ・・・僕は女性二人に掟破りの喧嘩を売ったりしていた次第なのだ。
一体何のために?などと考える意識もないままの、独断専行、反抗の内ゲバ・・・。
女性というものへの強烈な敵視だろうか?
コンプレックスを超えた怨念の裏返しからだろうか?
僕は自信満々な女性を反射的に嫌悪していた。
輝いていると自ら振舞う女性達を、愚劣で滑稽なる勘違いだと、断罪せずにはいられなかった。
いじめられっ子が、いよいよ反撃の狼煙であったか。
それは終生ついてまわる、僕の因果な宿業となるのだろうか・・・。

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2009年09月08日

初出張

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僧は恩師を助けるために皇帝の甥を殺してしまう。
高僧「お前、殿下を殺したのか?」
僧「はい・・・教えに背き、申し訳ないことを」
高僧「いやいや・・・腕を救うためには、指を切らねばならぬ時もある」


初の出張取材!
いきなりの大阪行きだった。
しかもカメラマンと二人だけ。
まだまだ新米にしては、何とも無謀?だった。
取材先は素人のSM夫婦。
ただの熟年カップルではない。
何しろ互いに鼻輪をつけてプレイしているという・・・これもボディアーティスト?
凄い夫婦だった。
本当に家畜並の鼻輪を通すために穴を開け合ってる!
しかも医者なし麻酔なしの、完全お手製・・・。
昔のSM雑誌にこういう写真が載ってたってだけで、ここまでやる。夫婦でやる!
それだけ幸せなのだ。
取材中も嬉しくて楽しくて仕方なさそうだったのだ。
僕ときたら前日からひいていたひどい風邪で、鼻水地獄、咳まみれ・・・比ぶるに、互いの肉体に刻印という名の傷を付け合ってまで快感を追求する愛の絶対。
僕には敵わなかった・・・そのプレイは・・・まったくAVなんてメじゃなかった。
僕がこれまでで見た最も荘厳にして濃厚極まる愛欲世界。
僕はただの小物だった。
それは彼等夫婦とほぼ同い年になってみた現在においてなお、痛烈なる自戒と、鬱屈を思い知るのみなのだ。

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2009年09月05日

発芽

僧「先生、愛する者を失った時は、どうすればいいのですか?」
老師「まことの愛は決して失われることがない、と知るがよい。死んだ後でこそ、初めて絆の深さが分かるものだ。そして生前よりもより強く、その人間と、ひとつになることが出来る」
僧「それは長い間知っていて、愛した人の場合だけ、そうなるのでしょうか?」
老師「時には、ほんのつかの間の巡り逢いにおいて互いの魂を永遠の絆で結ぶ者もある」
僧「行きずりの未知の人であっても、それは可能でしょうか?」
老師「魂の世界では、時間の長短はないのだ」


もうひとつの僕の重要な仕事、それは原稿とりである。
当時はパソコンも携帯電話も存在せず、よってメール入稿なんて夢のまた夢。
かくして僕は電車乗り継ぎ乗り継ぎのスケジュールで各種各センセイの大切な原稿を頂戴してまわる日々となっているのだが、同じ原稿でも自分の企画となれば、かなり様相は違う。
どういうツテだったのか全然忘れてしまったが、第三号において僕はある女子大生ヌードモデルにエッセイ原稿を依頼する役目をおおせつかった。
彼女はヌードモデル以上に、ピンク映画女優として有名だった現役女子大生。
その男勝りのサバサバした性格の彼女に、僕は何といきなり、原稿の書き直しを要求してしまったのだ。
テーマとしてはヌードモデルの本音、といった曖昧でかなりフリーなもの。
だからどんな内容でもよかったわけで、決して彼女の最初の原稿がいい加減に書かれたものとは思わなかったはずのくせに、僕は掟破りにも、原稿を一度突っ返してしまっていたのだ。
彼女の本音が吐露しつくされていなかったという不満からか、それともたかがエロ本の原稿という風に甘く見られたと感じたコンプレックスの裏返しだったのか・・・。
女子高生ヌードモデルへのインタビューではまったく当たり障りのない態度で仕事した僕が、女子大生モデルに対しては、なぜここまで本音に迫らんとする生々しい答えを強く追い求めてしまったのか?
僕の中に巣食い、やがて剥き出しの情念として噴出する"ハダカの女たち"への激しくも理不尽な暴露嗜好が、こんなところから発芽しようとしていたのだろうか・・・。
「また男は女よりも純粋である。女は計算高いが、そうしないと自分を守れないという理由がある。男のように、セックスをしても何の変化もないのとはえらく違う。だからこそ、男は純粋でいられるのだろう」
僕は書き直された原稿の中身なんて、ほとんどまともに読んでなどいなかった。
ただ彼女を追及したかっただけなのだ。
ヌードモデルでも女子大生でもない、ひとりの女として生きる彼女の本物の心に、魂に、もっともっと迫ってみたかっただけなのだ。



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2009年09月04日

初インタビュー

村人「こんな凄い技は初めて見ました。あなたは本当に強い方だ」
僧「・・・人を殺しても、何の名誉にもならない・・・」
村人「これからどうするんです?」
僧「働き・・・さすらい・・・できれば休息も・・・・」


さて第三号である。
そして遂にインタビュアーデビューである。
相手はまだ高校生の、キャンギャル出身の、秘湯の旅のウサギちゃんの・・・そして何とすでにヌードイメージビデオ出演済みの・・・。
生憎の雨だった。
駅前なんぞで写真撮ろうとするあたりが、まったくもってセンスも知恵もない駆け出し?だった。
インタビュー自体はマネージャー付きの可も無く不可も無くの人畜無害メニュー。
それよりもテープにちゃんと録音されているか、時間通りキチンと終えられるか、そんなことばかりハラハラドキドキの・・・要するに腰抜け初仕事であったわけだ。
それにしても当時は現役高校生でも堂々脱いでいた。
しかも深夜放送とはいえ、テレビの中でしっかり裸体をさらしていた。
目標としている女優が・・・石原真理子(現・真理?)!!
彼女はそれから二年後、AVデビューした。
それも本番オンリーが売りのナイス野郎メーカーからのケばい変身だった。
もちろんインタビュー中では、ヴァージンを主張していたわけだが・・・。
時代は何も変わらない。
アイドルからAVへ・・・女の子たちは、どこまでも強く、逞しい・・・。




kohe000 at 14:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年09月02日

まだ元気・・・

老師「賢い人間は常につつましく、頭を下げて歩くものだ。そのことを忘れぬがよいぞ」


「今年も過激にスキャンダル!
現代の「生類憐れみの令」"淫行"規定で揺れた六十年。規制の強さとスキャンダル性が正比例することをオッサン族はご存知ない?
オ〇〇コさえ付けてりゃムスメはみんな"歩くフルハムロード"。
そのくせ昨年最大のヒロインが日航の慶子チャンとは、ああ世も末か、風俗のエンディングか。
一寸先はスキャンダル、忘れた頃のスキャンダル、業界助けのスキャンダル。おサワガセの精神にのっとり、新年早々熱ーいターゲットを求めて、いざ乱調の街へ!」

第二号の編集後記である。
つまり我が活字化第二弾?である。
やはりワケわからん・・・。
淫行ってこの年?(昭和六十年)。
フルハムロードって・・・その主役も今や鬼籍。
日航機墜落事故。
不幸の末のヒロイン騒ぎ。
スキャンダル、すきゃんだる・・・・。
今と変わりはしない。
ただ・・・僕はまだ、元気だった?

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2009年09月01日

絡み

男「ああ・・・俺は死ぬのが恐ろしい・・」
僧「なぜ、生きることを考えない?」
男「生きられはしない・・・もう、駄目だ・・・今度こそ、おしまいだ」
僧「生も・・・そして、死も・・・眠りからの、目覚めだ」


新雑誌第二号の肉体仕事・・・やっぱりあった。どうにも、出番が待っていた。
今回はローラースケート。
また女の子ふたり。
といって小道具を買出しさせられた記憶はない。
ヘルメットに肘当てに、スケート靴?
前回の安物買い下手にコリゴリさせられたのか、僕に金を預けてもろくなことはない、と踏まれたのか・・・まあ、気楽で構わないことだが・・・・いきなりの現場。
そして絡みである。
今回は前回のようなキャピギャルではなく、ちょっと大人っぽくて静かな雰囲気のアダルトレディ。
僕はドキドキした。
完全な盗撮仕立てで、公園のジャングルジムやら滑り台やらで、キッス&ペッティング、そしてフェラ・・・。
どこまで本当にやったかも記憶にない。
ほとんど二人きりのムードに心底ドギマギして、まともなキッスも出来たかどうか・・・自信も役得もない。
二人ともヌードモデルなどしているようなタイプにはとても見えなかった。
おとなしすぎるというか、ある種しとやか、とまで言えそうか・・・。
僕はその疑問ゆえにさらなる戸惑いに巻き込まれて、厚かましい性欲を存分に発揮出来なかったようだ。
なぜ君のような子が・・・。
どうして君のような普通っぽい清楚っぽい?女の子がこんな仕事を、こんなヤツと、こんなムスコを・・・・?
僕はすでに偏向した屈折業界人だった。
こんな迷宮に文字通り絡め捕られて二十余年、今だ僕の逡巡的徘徊に終わりはなさそうなのだ。





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2009年08月31日

テープ起こし

黒人の親子。
息子「暑いなぁ」
父「暑いと思うから暑い。暑いと思わなきゃいいんだ。休まず体を動かしてりゃ暑いなんて感じるヒマはない」
息子「それ、お爺さんから教わったの?」
父「お爺さんなんて、顔も知らんよ」
息子「じゃあ誰から?」
父「自分で覚えたんだ」
息子「パパは兄弟もいなかったんだろ?」
父「ああ」
息子「寂しくなかった?」
父「思うヒマがなかった」

さて第二号である。
といってもまだまだ僕なんて下働きがいいとこ。
そこで待っているのが、テープ起こし。これ定番の仕事である。
ところが今回のはちょっと参った。
まあ大体今も昔も、録音状態が良好なんてことは滅多にないのだが、何せノンビリというか、どっか泰然自若?たる編集長氏。
喫茶店かどこかで録ったインタビューなのだが、のっけから雑音騒音乱れ音?だらけで何が何だか、まったくの解読不能!
お相手がまた芸能記者さんによる芸能スキャンダルネタときているから、その早口辛口ぶっ飛びまくりのしゃべくりぶりには、ほとんどレコーダーの方が付いていけてないかの如くで・・・いゃあ往生させられた!
とにかく聞き返しまくること数日間。
それこそ朝から晩まで、会社だけでは終わらなくて、というより雑然とした編集部では余計にラチが開かなくて、自室に持ち帰っての超ジミ作業に孤軍奮闘・・・。
ほとんどこの仕事だけにエネルギーを費やしたかのような、まさにバイト編集マンの真骨頂?本格本流たるエディター修行?
いい勉強になったというべきか・・・若さに任せた肉体訓練だったと感謝すべきか・・・。
ちなみにメインインタビューは、その年、邦画史上屈指のスキャンダル映画「コミック雑誌なんかいらない!」を撮った滝田洋二郎監督。
「俺は監督してるわけだし、評論家は評論家なわけだから。別におともだちじゃないしな。それとこういうインタビューしても、活字になって雑誌なんかにのると、ほとんど誤解されているっていうか、真意なんて伝わってないからね。だから、最初からホラ吹くことの方が多いね。状況に合わせてホラ吹くね」
言葉ではなく、映画でのみ勝負し続けて二十余年・・・アカデミー賞なんて、まさに大ボラ?いや究極の真意なせる成果か・・・。




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2009年08月30日

初めての活字

老師「何がある?」
僧「クモの巣にハエが・・・巣を壊しますか?」
老師「なぜだ?」
僧「他の虫の自由を奪いますから」
老師「よく見るのだ・・・クモが生きている限り、巣を壊してもまた作る」
僧「でもクモを殺すことは出来ません」
老師「じっと見ろ・・・クモもまた巣に捕らわれている」
僧「・・・でもこのままでは、また生き物を捕獲して殺してしまいます」
老師「羽を持って自由に飛べるハエの方が、気の毒か・・・」
僧「捕らわれの身で・・・」
老師「はっはっはっ・・・わかっとらんな。どちらが捕らわれの身だ?自由に飛び、危険に陥ったハエか?飛ぶ喜びも危険も知らず、巣に留まるクモか?」


僕の生まれて初めての活字。
それが新雑誌第一号の編集後記だ。
雑誌の投稿で活字になったことも、かつては無くもなかったが、最初からプロとして、仕事として書いた文章が、ちゃんと活字化されたのは、これがまったく初めてだった。
呆れるほどに幼稚な文章・・・。
「やっと編集後記までこぎつけました。いつ起きてもおかしくないのに、起きっこないと油断してたらやっぱり起きてしまった・・・なんて事件が今年は目立ちました。いつ出てもおかしくないのに、もう出っこないと安心してたらまさか出てしまった・・・なんて雑誌になりました。次号こそはよりおもしろく・・・とハレー彗星にでもお願いしますかね」
ひどいものだ。
ほとんど小学生並か、それ以下だ。
「・・・」の安易な多様と誤魔化しだけが、当時から今なお引きづる我が悪文癖のアイコンもどきで・・・。
事件?
やっぱり起きてしまった事件?
全然記憶にない。
編集者のくせに、マスコミの端くれにやっと引っかかったくせに・・・。
僕は鈍いだけの若造だった。
延々飛べない、自らの捕らわれ者だった。




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2009年08月29日

人形?

湖へ小石を投げていた少年の僧へ、高僧が尋ねる。
高僧「小石はどこに行った?」
僧「どこへも・・・当てのない旅です」
高僧「旅には始まりと終わりがある」
僧「水底が旅の終わりです」
高僧「小石は水に入り、新たな旅を始めたのでは?」
僧「だとすると、永遠に続きます」
高僧「人生も同じだ。始まり、終わるが、新たな旅は永遠に続く。父は息子に命を継ぎ、その息子も子に命を継ぐ」
僧「では私の始まりは、私であり、先祖でもある・・・」
高僧「まずは自分の旅の始まりと終わりを探し、さらに大きな旅の探求を進めよ。だが、この探求には忍耐が必要だ。屈することのないよう、己を守る衣をまとえ」


かくして何だかんだで、新雑誌第一号は完成した。
僕が関わったのは、例の恥ずかしロケグラビアくらいで、後は校正だの原稿取りだの・・・それでも刷り上ったピカピカの新雑誌の山を目の当たりにした時は、なかなか感動するものがあった。
今開いてみても、かなりマニアック、というよりは相当にアナーキーの、でっち上げの、ショボ臭さ。
もっぱらヌードグラビアが中心だが、砂浜での全裸結合バイク疾走、新宿ノッポビル地帯での白昼露出、プロ野球選手の愛人グラドル、未成年で逮捕されたAV女優、中森〇菜のソックリ嬢ヌード・・・。
とにかくスキャンダルと、裏ネタ、風俗ネタ、アングラネタ、お下劣ネタ・・・。
当時、SMクラブの女王様出身で新人賞受賞と話題をまいた山田詠美の緊縛パイパン写真(今ならレア物か?)まである。
「ほとんど覚えてないね。ただボーッとしてて何もしゃべらない。まるで人形みたい(な子)だった」
当時、彼女と仕事した編集者のコメントらしいが・・・僕はどんなだったろうか?
あの頃の諸先輩方の記憶には、いかに映った駆け出し編集バイトだったろうか・・・。


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2009年08月27日

初体験・・・

僧の旧友「人にはそれぞれ決まった運命がある、と申します。恐ろしいのは死ぬことより、死の恐怖です。恐怖は暗黒です。私は今、死ぬことを少しも怖れてはいません。死んだ後、残るものは富でも、立派なお墓でもありません。お付き合いいただいた方の心の中に、想い出として深く残ることです。どうか・・・」


アダルト業界の洗礼・・・。
洋の東西、老若男女を問わず?それはズバリ、ヌード出演のことである。
僕にもいきなり来た。
郊外でのロケとだけ聞いていたのに、唐突を超えた自然派でもって、僕はとっとと男優デビューさせられた。
それもしょっぱなから3Pである。しかも野外露出!である。
相手はテニスギャル二人組。
共にハタチそこそこくらいで、まあいかにもフードル的というか・・・ちっちゃくて可愛くて、とにかく軽い子ドモたち・・・。
あっけらかんとしたものだった。
ドギマギ戸惑うばかりの新米編集者を、野外構わず、設定無視の脱がせイタズラ稚児いじめ・・・ときたものか。
ほとんど説明も演出もないままの逆痴漢状態。
僕はただただ彼女たちを押さえていただけだ。
まとわりついてくるキャピキャピギャル二人を、必死の思いで支えて、抱き込んで、保護者代わりに突っ立っていただけだ。
そのくせオスとしての反応は、若さのままに・・・天なるままに・・・。
からかわれて、遊ばれて、気がつけばバチバチ撮られての、オープン遊戯。
一体何のシチュエーションだったか、今だに記憶にない。
どこのページで使われたか、多分別雑誌の穴埋めだったのだろうが、自分で編集して、つまり己が生涯初痴態?も、全然目にした形跡がない。
帰りの車はまさにハーレム状態。
後部座席の真ん中に座る僕の、一人は肩にもたれ、一人は膝枕にさせられて、東京までのWギャル、スヤスヤグーグー。
僕の男優初体験はかくして間抜けに終わった。
それは24歳にしての、童貞喪失よりも、遥かなる喜劇であった。




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2009年08月26日

初AD?

僧「母も、そして父も、死んでしまいました。(私には)助けることが出来なかったのです」
老師「お前はまだ、小さな子供だったのだ」
僧「でもその時から、私はもう子供ではいられなくなったのです」
老師「・・・雪に覆われた山は美しい。しかし雪が消えた後には、その下から新しい緑が萌えだす。失うものがあれば、得るものがあり、何かを得るには、何かを失う。どうだ、お前には分かるか?」
僧「・・・分かりません」


そうこうしている?うちに、ようやく僕の担当する新雑誌が始動することと相成った。
とは言え、新米バイトとしては、企画会議なんぞに参加させてもらえようはずもなく、どういう狙いの雑誌かもワケ分からないまま、いきなりのロケ撮影に助手として引っ張り出されることになってしまった。
テニスギャルを撮影するから、とラケットやウェアを買出しに行かされて、そこはまったくの貧乏性の世間無知の体たらく?予算オーバーのちょっとした一流品を買ってきてしまい、着任早々いきなりの大ヒンシュク・・・。
まあ編集長が温厚な人だったので、それほどメゲることなく、次に向かったのが、何の予告もなしの野外ロケ撮影。
山梨あたりだったと思うが、とにかく郊外のテニスコートにて、モデル二人を使っての定番パンチラ撮影・・・まあ、のどかというべきか、ヘアさえ写らない(写せない?)、ソフトムードたっぷりのグラビア撮影の現場であった。
僕の仕事はもっぱら・・・レフ板持ちや露出計測なんかも多少かじらせてもらったものの、メインはとにかく走れ!走れ!の往復お使い係。
機材や小道具を置いてあるのがカメラマンの車であり、その駐車場がこれまたヤケにテニスコートから距離のあること、もう絶景?!
僕はまだ免許もなく、足といえば近くの民宿で借りた古自転車のみ。
これがとんでもない代物で、ほとんど子供用なまでにサドルは低く、その上錆びつきひどくて、こぐのが大変、しかもスクラップ寸前のガタピシ仕様で、もうちょっと進むだけでケツは痛いわ、あちこち筋肉痛になるわ、不自然な力が過酷に要求されるわ・・・。
こんなものを必死でこぎ回ること、実に十数往復。
ひとつ何か取ってくると、また「あっあれも」とまた注文されて取りに帰る地獄のエンドレスロード!
いゃあ、しんどかった。
それこそチャンバラ部活のハード稽古を彷彿とさせるような・・・まあそれくらいの想定外体力勝負となってしまったわけだ。
それでも当時の僕はまだまだ24歳の若輩者。
まして独りで頑張る単純肉体労働は、自然の中と相まって、むしろ心地良きランナーズハイ状態を味あわせてくれたのも、間違いない現実。
これで終わってくれたら、生涯初のヌード撮影体験、奇妙なる爽快感のままに蒼い記憶として残ってくれたはずだったのだが・・・。
そうは問屋が卸さないのが、恐るべしエロ業界の実態?
僕には試練が待っていたのだ。
それはアダルト通過の儀式とでも呼ぶべきか、悲喜こもごもなる筆おろし体験、とありがたく頂戴すべきものであったか・・・・・?



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2009年08月25日

なぜか・・・

老師「弱さは力に勝り、優しさは力を征服する。荒れ狂う海をなだめる、穏やかなそよ風になるようにつとめねば」


かくして潜り込んだアダルト業界だったのだが、ここでしょっぱなから運命が分かれる。
僕は面接で、SMに興味があり、ぜひ御社のSM専門誌に入りたいと、結構ワンパターンに希望を述べていたはずだったのだが・・・なぜか。
本当に全然理由も事情も分からないのだったが、なぜか僕はSM雑誌に配属されなかった。
採用されたのは僕ともう一人、同い年くらいの青年がいて、なぜか彼がSMの担当部署?の席に座らされていたのだ。
僕はというと・・・これが配属不明・・・。
どうも、来月からスタートする新雑誌の担当らしいのだが、まだコンセプト等ほとんど決まっていないらしく、当分はもっぱら所属無しの雑用遊撃要員?
校正、行数計算、テープお越し、グラビア用セッティング、もろもろの買出し、その他・・・・。
とにかく朝行って、その日頼まれたことを黙々とこなす毎日。
これはこれで初めて体験する仕事ばかりだったので、それなりの楽しさと充実感は覚えられたものの、やはり当初の希望たるSM雑誌への想いは、なかなか消え去らず・・・。
上の階で行われているはずのSMグラビア撮影の様子を一人こっそり妄想してみては、いささかの忸怩たる想い・・・。
何とも奇妙な心境だった。
この不可思議なる我が運命に、どのような意味が待っているのか?
僕はとにかく、その第一歩から異端というか、傍流というか、道を外れて生きさせられた。
それが運命。
それがずっと、僕の道であったろうか・・・。

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2009年08月24日

SMなら・・

僧「真実の価値とは、何ですか?」
老師「人間を、己の存在に結びつけることだ」
僧「難しくて、私には分かりません」
老師「真実というものは、口で語れるものではない。言葉の外に存在するのだ」
僧「でも私達は常に真実を、語らなければならないのではないのですか?」
老師「人の語ることはすべて、一部は嘘であり、一部は真実だ。語る人間が完全でなければ、語る言葉もそのすべてが、完全ではありえない」


そもそも部活を終え、大学に居場所がなくなった時、僕は自分に問うた。
お前は一体、これから何をやりたいのか?
答えはなかった。
映画監督とか、作家とか、酔夢的?な希望だけはあったものの、具体的な就職となると、さっぱり要領をえなかった。
根本的に、ガキの発想から抜け出せないヤツ・・・。
そこでさらにこう考えてみた。
お前は今、何に一番興味があるのか?
答えはすぐに出てきた。
SM。
中学二年で団鬼六に魅せられたる者としての、10年以上も絶えないSM願望。
ではそこに近づくためには、どういう手段、いや職業が存在しているか?
僕は臆病だった。
SM関係のショーだのクラブだの、そういう妖しげな興業系には、どうにも足が進まなかった。
SMのAVなんて、まだまだ裏の裏の世界!そう認識していた。
そこで選択したのがSM雑誌の編集者。
けれどここに至っても僕はなお、まったくの世間知らずの幼稚野郎であって、仮にも一般バイト誌に堂々求人広告を出している出版社でさえ、危険なヤバイ会社ではないか、とひどく怯えこんでしまっていた。
結果、面接に向かった日の僕のイデタチときたら・・・。
鞄とポケットの中には護身用の果物ナイフ、財布は強奪?防止のため持参せず、紙幣は靴下の中へ・・・。
大馬鹿もいいところだった。
訪ねた会社は当たり前に普通の出版社であって、強面の兄さんも、酩酊したオヤジも、挙動不審なヤク中?も、見かけることはなかった。
そしてわずか15分ほどの面接時間。
僕は採用された。
あっさりすぎるほど、何の肩書きも特技も、それこそ覚悟も諦念もなく、僕は己が生涯を奉げる?エロ業界の一員に成れてしまった。
理由は簡単。
僕が経済誌の編集を一月ばかりやっていた?から。つまり一応経験者と見なされてもらったから。
幸運だった。
丁度、データマンのバイトを辞めた直後に、僕はSM雑誌を出している、かねてから見知った出版社の求人広告を目にすることが出来たのだから。
あと一月ずれていたら、僕はバイト誌など開かなかったろうし、当然面接を受けるチャンスにも巡り合えなかったろうし。
そもそも経済誌のバイトだって、最初はSM誌の出版社に問い合わせ、今は特に求人はしていないから、と断られたので、とりあえずやってみただけのことだったのだ。
僕は入るべくして、アダルト系の出版社に入った?
偶然を超えた巡り合わせの末、SM雑誌の編集者になった?
やはり運命、というヤツだろうか・・・。
僕はまだ24歳、いやすでに24歳。
こうして僕は、エロ業界の門を、わけも分からないまま、くぐることと相成ったのだ。


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