読んだ本の紹介、感想を含め、面白かったものや楽しかったことについて書いていくつもりです。

プロ棋士の子供時代にはよくあるエピソードと聞きますが、今の将棋界でトップに立つ名人・佐藤天彦さんも、小学校時代の文集に「未来の夢は名人」と書いたそうです。
ただし佐藤さんの場合は、同じことを書いた他のほとんどの子供と違い、本当に名人になってしまいました。
昨年(2016年)の名人戦7番勝負で、羽生善治さん(現3冠)を4勝1敗で破ってタイトルを奪取したのです。将棋400年の歴史で名人位に就いた棋士はわずか26人、その1人に名を刻んだわけです。

前にここで何度か書いた通り、僕は「観る将棋ファン」なので、一般向けに書かれた将棋の本は買って読むことが多いのですが、当初、本書『理想を現実にする力』にはあまり食指が動きませんでした。
三浦弘行九段の不正疑惑事件とそれへの対処を見て将棋界に失望してしまい、将棋への興味がどこか減退していたというのもあるのですが、こういう種類の本(一流棋士が勝負師生活から得た、一般人の生き方や働き方にも応用できるノウハウや教訓を伝えるというもの)は多く刊行されており、内容の新しさにあまり期待できないのではないかと思ったのです。

これは佐藤さんが良いとか悪いといった話ではなく、トップクラスで勝ち続ける秘訣というのはどうしても同じようなものになりがちかと思い(これはアスリートなども同様かもしれません)、斬新さという点でどうなのかという印象を持っていました。
しかし、何の気なしに読み始めたところ、僕の予想は良い方に裏切られました。
内容は個性的で、しかも佐藤さんの主張には曖昧さがなく非常にわかりやすい。一冊全体で見ても漫然とした箇所がなく、充実していました。

本書の核となる佐藤さんの主張は明快です。成果を上げるために最も大切なのは「理想を持つこと」だというのです。
さらに、その次に必要なのは「自分の現実を理想に近づける」ステップだとして、具体的にこう説明します。

〈理想の状態と現状を比較して、何が足りないのかを明らかにし、自分の長所や弱点を冷静に把握するということ。そしてシビアな現状でもまっすぐ客観的に見つめ、そこから方法を導くという逆算の思考法です〉

では、現状を理想に近づけるのに必要なものは何か。もちろん、毎日の努力、日々の勉強になります。
これについて佐藤さんがユニークなのは、努力の方法論として「1つの得意分野を極めること」を選んだという点です。
どんな戦法も指しこなすオールラウンダー的な棋士ではなく、居飛車の戦法のみを極めることを目指したというのです。居飛車に熟達していないのにたとえば振り飛車に手を出しても、どちらも器用貧乏的に、中途半端に終わってしまう気がしたのだとか。

〈変化をつけるにしても、まずは一つのことを徹底的に突き詰めること。すると後々いろいろなことにチャレンジしやすくなります。そしてそれが巡り巡って、理想への近道になる〉

こういうクリアな方針のもとに勉強を重ね、実際に居飛車の本格派となったことが、後の大活躍の基礎になったわけです。

最初に上記の基本的な価値観が語られ、そこから論旨が展開して、いろいろな「学び」を与えてくれる本ですが、僕にとって特に大きく参考になったのは3点です。
それは「逆転を呼び込むための心構え」と「勉強法」と「メンタルコントロール術」。以下、順番に紹介していきます。

佐藤さんは「逆転を得意とする棋士」とよく評され、中でも有名な逆転劇は、前述した2016年の名人戦7番勝負の第2局でした。すでに初戦を落とし、連敗すればかなり不利になるため「背水の陣」のつもりで臨んでおり、何が何でも勝たなければならない戦いでした。

この勝負で佐藤さんは、公式戦で指すのが3年ぶりの「矢倉」戦法を思い切って採用するという大博打に出ます。
結果が上がっていないからこそ、新鮮な感覚と、挑戦へのモチベーションを取り戻すべく、あえて矢倉を指すという冒険をしたというのです。なかなか真似のできない、一流の勝負師のギリギリの覚悟と思い切りを感じます。

戦いは佐藤さんが劣勢に陥ったものの、羽生さんが間違えて詰みを逃し、佐藤さんの逆転勝利に終わります。僕も覚えていますが、この対局は「羽生が詰みを見落とすという大きなミスで敗れ、それが名人失冠の大きな原因になった」という切り口で多く報じられました。
簡単に言えば、佐藤さんが実力で勝ったというより羽生さんが転んだというふうに受け取られる傾向が強かったわけです。本書で興味深いのは、そういう見方に対し、佐藤さんが以下のように淡々と反論している点。

〈宝くじが当たっていきなり幸運が舞い込んできた、というわけではありません。
途中心折れかけながらも、私なりに逆転を呼び込むためのテクニックを積み重ねていました。(中略)羽生さんが詰みを逃したというのはその通りなのですが、その文脈だけで本局を、そしてこのシリーズを語ることはできない気がします〉

自分なりに死力を尽くして踏ん張ったから逆転して勝ったのだ──という静かな矜持が感じられ、好ましい印象を持ちました。

そして僕が感心したのは、佐藤さんが語る「逆転を実現するための考え方」。これが将棋だけでなく、仕事や人生全般にも十分に応用できる、優れたものなのです。

逆転の必要があるのは、いうまでもなく自分が悪手を指して、形勢が不利になったとき。そこからひっくり返すには、相手に悪手を指させ、間違えさせなければなりません。
ただし、相手の意表を衝くような手を指して一発逆転を狙うのは禁物だ、と佐藤さんは説明します。プロ同士なら手の意図はすぐわかるし、失敗してむしろ傷口を広げやすいというのです。

〈私はそういう一発逆転は好みません。一手一手を丁寧に指して、逆転の火種を少しずつ盤上に植えていくことを大切にしています。
それはつまり、局面を複雑化するということです〉

状況が複雑になれば、相手にとって、それだけ考えなければならない要素が増えます。したがって相手は間違いを犯しやすくなり、逆転の可能性が上がるのです。

また、形勢が悪いときは、逆転を狙うだけでなく、状況がそれ以上悪化しないように注意する必要もあります。
人間は不利に陥ると、焦って闇雲に動きたくなったり、逆にやる気をなくしたりしますが、どちらも厳禁。まず冷静かつ客観的に自分の状況を把握してから、逆転の種を地道に撒いていくことが重要なのです。将棋で言うと、王将(最も大事なもの)を守るために守備を固めたり、遊んでいる駒(活用できていない戦力)を動かして戦いに参加させたり……といったこと。
このように、苦しい中でも耐えて、逆転のための“仕込み”を細かく続けることの狙いを、佐藤さんはこう述べます。

〈端的に言ってしまえば、局面を長引かせることが必要になります。相手に決め手を与えずに、自分の主張点をつくり、焦らせる〉

先のポイントと一緒に秘訣をまとめると、「不利なときは、局面を複雑化し、長引かせよ」となります。
言い換えれば、形勢が悪くなったときは、戦線を拡大し、戦いを長期化させる──ということでしょうか。わかりやすく論理的な説明だと思いました。

本書で得た2つ目の大きな学びは「勉強法」です。
佐藤さんのやり方でユニークなのは、ひたすら「本質的な実力をつけるための勉強」を追求していたという点。その背後には、自らの経験と大きな苦労がありました。
ちなみに僕は以前、佐藤さんが「将棋世界」のインタビューで似た話をしていたのを少しだけ紹介したことがありますが、本書では当然ながらもっと分量を割いて語られており、改めて記しておきたいと思います。

知られている通り、将棋界では奨励会(プロ棋士養成機関)を勝ち上がって四段になって、初めてプロとしてのデビューになります。佐藤さんは奨励会で、プロの一歩手前の三段たちが戦う「三段リーグ」をなかなか勝ち抜けずに苦労しました。
結局、高校を卒業してまもなく、晴れて四段に昇段しましたが、プロになってもしばらくの間は破竹の快進撃とは行きませんでした。今、プロデビューしてから無敗で18連勝(現時点で)している藤井聡太四段とはずいぶん違ったわけです。いちばん下のC級2組を5年間も勝ち抜けず、停滞しているうちに、周囲の若手棋士で活躍する人たちも現れ、当然ながらつらい思いをしたのだとか。

ところがデビューして5年ほど経った頃、佐藤さんは急に勝ち始め、B級からA級へと昇級を重ねていきます。結局、C級2組を突破してから名人になるまでわずか6年。
なぜ、そんな変化が生じたのでしょうか。
佐藤さんは本書でその理由を、低迷期の5年間に力を蓄えていたこと、それも小手先の情報や知識の蓄積ではなく〈目先の勝利にとらわれずに本質的な力をつける〉のを意識して勉強を重ねたことだと述べています。

そのときどきに多く指されている流行形を多く研究すれば、確かに一時的には対局で有利になります。
しかし、流行形が指されなくなったら、その情報は使えなくなってしまいます。

佐藤さんが目指したのは、時間が経って流行が移り変わっても常に強力な武器となる「本質的な実力」をつけることであり、そのための「土台づくり」でした。
具体的には、そのときどきの流行形の知識を得るよりも、偉大な先人たちの棋譜をじっくり勉強し、そこから重要なエッセンスを吸収しようとしたのです。大山康晴、升田幸三、中原誠、谷川浩司、羽生善治など歴代の大棋士たちの棋譜を並べて、本質を学ぼうとしたそうです。

〈時代や人によって流されることのない力が欲しいと思いました〉
 
〈そういう棋士(羽生さんや渡辺明さんなどタイトルを持つような棋士=引用者注)と戦っても勝つビジョンを持てる勉強法をしたいと思いました。目の前の相手にしか通用しない戦法に頼って、いまこの瞬間に勝ちを重ねるよりも、本質的な力をつけることが先決じゃないか、と考えたのです〉

この姿勢は、流行りのハウトゥ本を読んでさまざまなスキルを身につけることよりも、長く読み継がれてきた古典に接し、教養を得ようとするスタンスと同様と言えます。
自分の人生にとって長期的に何が最も大切かを見据えた、素晴らしい考え方だと思います。やはり言うまでもなく、将棋以外の勉強に通じるものでしょう。

ただし実際には、過去の大棋士たちの棋譜を学んだからといってすぐに結果が出るわけでもなく、流行形に精通した若手仲間に負けたりもして、「自分は棋士として花が開かないのではないか」と悩んだ時期もあったそうです。
しかし、心折れることなく「長期的な土台づくり」を続けたところ、ある時期から急に成果に結びついていって、自分を頂点に押し上げてくれたというのです。

そして僕にとって大きな参考になった3番目の注目点は「メンタルコントロール」のやり方。これは主に第5章「勝負は感情で決まる」で詳しく説明されています。
結果が出なかったり、失敗したりしたとき(つまり棋士だと対局に負けたとき)、人間はどうしても悔しさやつらさといった感情が高ぶってしまいます。そんなとき、絶対にやってはいけないのは「いたずらに感情の赴くまま行動を起こすこと」だと佐藤さんは説きます。

〈感情に支配された状態で行動すると、さらにおかしな方向に進んでしまう可能性があります。まさに感情的な行動が二次的被害を招くといっても過言ではありません〉

失敗によって感情的になっているときに最も必要なのは、冷静さと論理的思考です。
佐藤さんが勧めるのは、まず「自分が目指していること」「そのために自分がしていること」「自分がしていることの中での失敗の位置づけ」をあくまで冷静に検証した上で、「今の方向性を維持していていいのか」「変えなければならないことはあるのか」をロジックで考えていくこと。
これはやはり、さまざまな世界で物事を進める際に応用できると思います。

また、結果が良くないときに、「もっと頑張らなければ」と思い込む場合もありますが、これも逆効果になりがちだと本書では指摘されています。前より高いハードルを自分に課しすぎても無理が出るだけで、目標を達成できずに終わってしまうことが多く、そこからさらに自分を否定して、自信喪失に陥ったり心のバランスを崩したりするというのです。
「自分を責めない」ことを、佐藤さんは対局や人生における基本哲学として大切にしているそうです。

人間には、羨望や嫉妬という厄介な感情にも支配されがちです。「自分と他人と比較する」「自分よりも結果を出している人を羨み、妬む」という気持ち。
苦しいのはわかっていても、はまってしまいがちな罠ですが、その対策についても、うまいコントロール方法が説明されています。
佐藤さんが教えるのは、羨望や嫉妬にとらわれたとき、まずは「人間なのだからネガティブな感情に陥るのは当たり前だ」と受け入れること。その上で、

〈自分だって同じような要素で羨ましがられることはあるかもしれない、と考えるのです。(中略)そうすると羨ましいという感情はもちろん、ネガティブな気持ちになっても比較的すぐに消えていき、そのうちに自然とまた前向きな力が湧いてくるのです。
負の感情を抱いたときこそ、論理で解消するというのが私の常日頃の習慣になっています〉

この問題に対して、「自分を他人と比べるな」と説く本はいくつも読んだことがありますが、「論理の力で解消せよ」というアドバイスは初めて見ました。
考えてみると、勝ってすべてを得るか負けてすべてを失うか、オール・オア・ナッシングの勝負の世界に生きている棋士たちは、他の分野の人々よりも他人へのネガティブな感情を持ちやすいのかもしれず、また各自がそういった感情を早めに処理して精神の平衡を保つノウハウを持っているのでしょう。

紹介した以上の3点の他にも、本書には学べる点がいろいろあります。内容のクオリティが高いだけでなく、29歳の若さでこれだけはっきりと自分の哲学を語っているという点でも、優れた1冊だと思います。
佐藤天彦本書影

今ではそんなことを言う人は誰もいませんが、昔はよく「プロレスは真剣勝負か、それとも八百長か」といった議論がありました。
また、やはり今では聞かれなくなりましたが、「プロレスの試合の多くはシナリオのあるショーかもしれないが、本気でリアルファイトをやればプロレスラーが一番強い」と主張する人もいました。

プロレスを純然たるエンターテインメントとして楽しむ歴史のある欧米と比べて、日本ではずいぶん長いこと、「プロレス=真剣勝負の最強の格闘技」と信じられてきたようです。
その強烈な幻想が形成されるのに最も寄与した団体の1つが「UWF」。
本書『1984年のUWF』は、これまで『1976年のアントニオ猪木』『1985年のクラッシュ・ギャルズ』など格闘技を扱った数々の優れた作品を発表してきたノンフィクション作家・柳澤健さんが、このUWFの誕生から隆盛、衰退、消滅、さらに存在意義までを詳しく記した一冊です。
膨大な取材とよく練られた構成で読者を惹き込む柳澤さんの魅力的な作品世界を、またもたっぷり堪能できます。

本書の中心となる登場人物は、人気プロレスラー「タイガーマスク」として一世を風靡し、後に総合格闘技シューティング(現・修斗)を創始した佐山聡。UWFのエースとして活躍し、やがて追われるように辞める佐山の天才性を、柳澤さんは何度も称賛するのが印象に残ります。

高校を中退し、憧れのアントニオ猪木率いる新日本プロレスに入門した佐山は、まもなく先輩から「プロレスは結末が決まっているショーだ」と聞かされてショックを受け、呆然自失。それまでずっと、プロレスは真剣勝負だと信じ、自分もリアルに強くなることをめざしていたのです。
ショーを演じるか、絶望してプロレス界を去るか。普通はその二択しかないところですが、佐山は違いました。弱冠18歳にして、「打・投・極」をコンセプトとするリアルファイトの新格闘技(現在の総合格闘技あるいはMMA)を構想したのです。
柳澤さんはそのクリエイティビティをこう評しています。

〈天才としか言いようがない。佐山聡以前に、そのようなことを考えたプロレスラーはひとりもいなかったのだから〉

佐山は、「プロレスの試合」と「新格闘技の構想立案」という二重生活に入ります。やがて1981年、タイガーマスクというスーパースターになってからも、新格闘技を忘れることはなく、技やルールを考え続けました。

83年、佐山は25歳のときに新日本プロレスを退団して新団体「UWF」に参加。また、新日でくすぶっていた前田日明は佐山に先駆けてUWF入りしていました。
こうして佐山と前田の運命は絡み合いながら、それぞれ違う形で大きく開けていくことになります。

84年4月の旗揚げ後も、資金もテレビ放映も外国人レスラー招聘のルートもなく、最初から存続が危ぶまれていたUWF。ところが、週刊プロレスと山本隆司(ターザン山本)記者の全面的な協力を得られることになり、藤原喜明や高田延彦も移籍して少しずつ注目を集めていきます。
そして、84年7月に後楽園ホールで開催されたUWFの特別イベント「無限大記念日」に参加した佐山は、華やかでスピーディな技を見せ、会場を熱狂させました。観客たちはUWFの試合を真剣勝負の格闘技として受け止め、大声援を送りました。
しかし実際に行われていたのは、あくまで昔ながらのプロレス、つまり結末の決まったショーでした。

一方、佐山の頭に壮大なアイデアが生まれます。それは、プロレス団体であるUWFのリングに厳格なルールを持ち込み、最終的にはリアルファイトの新格闘技に変えてしまおうという破天荒な考え
前田や高田、藤原らプロレスラーにとってプロレスは生活の手段であり、最も重要なのは、プロレス団体としてのUWFを維持拡大すること。ところが佐山にとって一番大切なのは、自分が創り上げるリアルファイトの新格闘技であって、UWFではありませんでした。
そこから、佐山と他のレスラーたちとの間に思惑の違いが生まれ、少しずつ大きくなっていきます。

佐山はやがて、自らが構想する新格闘技を「シューティング」と呼び始め、UWFをシューティングの団体に変えることを目標とするようになります。
藤原や前田らとプロレスの試合をしながら、他方ではリアルファイト指向の若者たちを集め、シューティングを教えるジムを設立する。将来、彼らにはUWFのリングで、純粋な真剣勝負のシューティングのみをやらせる。時間の経過と共に昔からのプロレスラーたちは退き、UWFは自然に格闘技団体に移行する──。
佐山はそんな未来予想図を描きました。

しかし、そこから佐山とUWFはさまざまな苦難に翻弄されます。僕が本書を読んで驚いたことの1つは、このUWF設立の1984年から85年にかけて、これでもかこれでもかというほど、信じられないような事件が何度も起こること。
断片的に知っていたこともありますが、本書でまとめて読んで、まさに波乱に満ちた濃密きわまりない時期だったことを知りました。

まず、佐山の壮大な構想をたった1人支持してくれていたUWFの社長が強要罪で逮捕。経営は破綻寸前の状態に陥ります。
85年に入り、ようやく新たなスポンサー企業が決まって一息つきますが、なんとその会社は、巨額の組織的詐欺事件を起こしていた豊田商事の子会社でした。同年6月、豊田商事の永野一男会長が衆人環視の中で惨殺されるというショッキングな事件が起こり、テレビの試合放映の話も他社からのスポンサードの計画も雲散霧消し、UWFの運営は絶望的になりました。

そういう苦境と並行して、人間関係の亀裂も大きくなります。
当時の前田日明は「UWF存続のためなら何でもやる」という自己犠牲の精神を持ち、素朴で温かい気持ちを随所に見せていました。他の選手たちと道場で一緒に汗を流し、チャンコの鍋を囲む生活をしていたそうです。
一方、佐山はシューティングの「スーパー・タイガージム」を開き、それにかかり切りで、UWFの道場でチャンコを食べることなどありませんでした。当然ながら次第に孤立し、前田とも対立していきます。

UFJは佐山1人が考案した詳細な「シューティング・ルール」を採用すると発表し、ファンを驚かせます。形の上では、プロレスとの決別と競技のスポーツ化を宣言したわけです。
それでも佐山の孤立は深まるばかりで、前田に試合で「制裁」を加えられそうになったり、他の選手にシューティング・ルールを無視されて反則のプロレス技を使われたりといった目に遭いました。特にプロレス技が試合で使われたことは、シューティング・ルールが他の選手たちから拒絶されたことを意味し、佐山の構想は崩壊。
彼はUWFを総合格闘技団体に変えるどころか、退団するしかなくなります。プロレスと縁を切り、自らの手でリアルファイトで戦う総合格闘家を育てる方向に転換したのです。

たった1人だけアイデアと思想を持っていた佐山が去って、昔ながらのプロレスラーたちがUWFを運営していけるはずもありませんでした。
新しいムーブメントが燃え上がり、散っていくまでのわずか1年数ヵ月を描いた第7章「訣別」を、柳澤さんはこう締めくくっています。

〈佐山と浦田の去ったUWFはたちまち経営危機に陥り、フロントは散り散りになった。藤原、前田、高田などのレスラーたちは、新日本プロレスに復帰した。
結局のところ、彼らはプロレスラー以外の何者でもなかった。
UWFの思想は、佐山聡ひとりの中だけに存在したのだ〉

度重なる激動と衝突の後に何も残らなかった諸行無常。時代の数歩先をひとり疾走していた天才の孤独と悲劇──。
そういった虚しさをじんわりと感じさせ、どこか哀しい後味が胸にしみる章末部です。

プロレス界と格闘技界の虚々実々の人間関係は、本書の後半でさらに複雑に絡み合い、壮大な喜悲劇の様相を呈します。
その中心は前田日明。新日本プロレスに戻った前田は、86年から「新・格闘王」と呼ばれ人気が急上昇。しかし、「協力して技を掛け合う」という不文律を破り続ける前田は周囲のプロレスラーたちの反発を買い、長州力を“蹴撃”した事件をきっかけに、新日本プロレスを解雇されます。

こうして追放された前田を含めて、たった6人の選手で88年、新生UWFが発足しました。
ここで大きな皮肉となったのは、かつて佐山のシューティングを全否定した前田が、新生UWFでは佐山の「リアルファイトの総合格闘技」というコンセプトをそのままコピーしたこと。
実際に行われたのは、相変わらずの、結果が決まっているプロレスでしたが、ファンたちは健気にも「真剣勝負」という幻想にまだ浸っていました。そして「前田こそがリアルファイトの総合格闘技で最強の戦士だ」と信じたのです。

前田はかつての猪木のように異種格闘技戦にも進出しましたが、外国人の有名な空手家や柔道家と行った試合は、やはり「前田勝利」の結果が決まっていたフィックスト・マッチでした。
しかし、その点に疑問を持つ人はまだわずかで、UWFは専門メディアの枠を超え、テレビのニュースにも取り上げられるなど社会現象化。前田はバラエティ番組や広告にも登場して時代の寵児になりました。

ところがタレント活動に忙しくなった前田は、トレーニング不足で身体がたるみ、試合の動きも精彩を欠いていきます。
同時にUWFのブームはピークを過ぎ、退潮へと向かい始めました。UWFの試合は大阪球場も東京ドームも満員で大成功と報じられましたが、実際は大量の招待券をばらまいて何とか客席を埋めたものでした。

こうして赤字が膨らんでいって起こったのは、下降線をたどる組織にお決まりの内紛劇でした。エース前田と経営陣が互いに不信感を募らせ、対立した結果、90年暮れに社長と専務が辞任します。
ところが、選手たち主導で運営に当たることになったUWFでまた内部対立が勃発。高圧的な態度を取る前田から、選手たちが次々と離反していったのです。
結局、UWFは、高田延彦が中心のUWFインターナショナル、藤原喜明率いる藤原組、そして前田が設立したリングスに分かれていきます。
こんなふうに、怒り、恨み、疑念、欲など、人々のむき出しの感情が入り乱れて短期間で目まぐるしくドタバタと展開するドラマに、僕は映画「仁義なき戦い」シリーズを思い出しました。

ちなみに柳澤さんは本書(及びその元になった雑誌連載記事)を書くに当たって、前田にまったく取材を申し込んでおらず、一部の読者からはその点に疑問の声も出ているようです。
確かに、主に本書の後半には前田に対して批判的な記述もいろいろあり、批判するのならば相手の言い分も聞いて両論併記すべきではないかという意見もあるでしょう(ただし前半では、発足したばかりのUWFを支えるために前田が献身的な努力をしたことや、周囲の関係者たちに温かく接していたことも記されており、フェアな姿勢だと思います)。

この点について、いくつかのメディアで見た柳澤さんの主張は、UWFに対する前田自身の証言や、前田の見方に基づいたUWF関連の著作は何百冊も刊行されており、自分が取材しても同じ話を聞かされるだけなので、あえて取材しなかったというもの。
しかも過去の前田の証言と他の関係者たちの証言を突き合わせると、前田の話だけ整合的でない場合もあり、であれば本書に関しては彼に取材しなくても問題はない──という趣旨だったと記憶しています。
一般論として、通常のノンフィクションであれば、主要キャラクターの1人であり同時に何度か批判的に言及される人物に対しては、取材を行って言い分を紹介する(もしくはそうしたいという意思を示す)ことが望ましいでしょう。
しかし、すでに前田の回想がさんざん世に出ており、“前田史観”の本も山のように書かれているという特殊な状況では、あえて前田に話を聞かず、“佐山史観”で書き上げるという方法論もあってよいのではないかと僕は思いました。

さて、UWFを去った佐山が本格的に始めたシューティング(現在の修斗)は、日本発祥の総合格闘技としてMMAなど世界の格闘界に絶大な影響を与えることになります。
86年、無名の若者たちによる必死のリアルファイトが試合として初めて公にされ、89年にはプロとしての活動がスタートしました。
その間、佐山は新生UWFから「戻ってきてほしい」とプロレスへの復帰を打診されます。しかし、好条件のその話を言下に断ったそうです。

90年に入って少しずつ押し寄せてきたのは「リアルファイト」の世界的潮流でした。本書では、プロレス最強という幻想に包まれてきた日本のファンが、次第に“真実”に気づいて行く流れもうまく描かれています。
91年5月に前田が旗揚げしたリングスには、さまざまな分野の格闘家が参戦して人気を集めました。基本的にリングスの試合はプロレスでしたが 一部ではリアルファイトが行われていたそうです。

格闘技界にとってきわめてショッキングで重要な出来事が起こったのは1993年のことでした。
米国でバーリ・トゥード(何でもあり)の異種格闘技イベント「UFC」(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)が開催され、参戦した空手家やレスラーなどを制して、まだ無名だったブラジリアン柔術家ホイス・グレイシーが優勝したのです。このことが、本書の最終部の展開にうまくつながっていきます。

本書の構成の巧みさの1つは、伝説の格闘家で佐山の弟子でもあった中井祐樹を、冒頭の序章と巻末の最終章(及び「あとがきにかえて」)に、いわば狂言回しとして登場させている点にあり、読者の心に深い感銘を残す上で効果を上げています。
序章「北海道の少年」ではまず、中井が子供の頃から熱狂的なプロレスファンで、中学2年のときに出現したUWFに夢中になっていった様子が綴られます。
UWFが標榜する「真剣勝負」を信じ、将来の入団を心に誓った中井は、北大で柔道部に入りましたが、1年生の夏に新生UWFのある試合の映像で見て一大ショックを受けます。高田延彦が船木優治をキャメルクラッチで破った試合でしたが、真剣勝負が、互いの協力を必要とするキャメルクラッチで決着することなど絶対にありえません。
「UWFも真剣勝負ではなかったのか!」と中井は失意のうちにプロレスとの訣別を決めました。

最終章「バーリ・トゥード」は、その序章を再び引き継ぐ形で、以後の中井の軌跡が紹介されます。
UWFに絶望した中井はやがて、佐山が設立したシューティングの選手になることを決意します。92年、北大を退学し、上京して佐山のスーパー・タイガージム横浜に入門。やがてUFCでホイス・グレイシーが優勝したことを知ってグレイシー柔術に興味を持ち、その技術を取り入れて、シューティングの寝技をバーリ・トゥードに対応できるよう改良していきます。
そして意気揚々と出場した「バーリ・トゥード・ジャパン・オープン95」で歴史的な悲劇が中井を襲います。1回戦で対戦したジェラルド・ゴルドーから右目にひどい反則攻撃を受けて、失明してしまうのです。
それでもゴルドーを下し、ヒクソン・グレイシーとの決勝戦も正面から堂々と戦ったのは見事でした。このときの中井が、視力を失いながらも心折れることなく奮闘を続けた映像を僕は何度か見ましたが、そのたびに“震えが来る”のを感じます。
結局、中井は最後に屈し、ヒクソンが前年に続いて優勝しました。

ヒクソンは中井との試合から約2年後の97年10月、PRIDE1で高田延彦と対戦し、勝利を収めます。僕もこのとき(もう20年も前になるのですね)東京ドームで観戦したのを懐かしく思い出します(余談ですが、先日亡くなった空手家の黒澤浩樹もこのときロシアの格闘家イゴール・メインダートと対戦し、これは別の意味でショッキングな試合内容でした)。
劣勢を承知で戦った高田には失礼ながら、試合開始のゴングが鳴った途端にヒクソンの周囲をぐるぐる回り始めた様子は、さながらヘビに睨まれたカエルのようで、おそらく見ていた人の大半が完敗を予想したでしょう。周囲の観客席からいっせいに溜め息が漏れたのをよく覚えています。
その予想通り、高田は事実上ほとんど何もできずにギブアップしました。

高田に対するヒクソンの勝利は、単にバーリ・トゥード最強の格闘家が日本の人気プロレスラーに勝ったというだけの意味には留まりませんでした。「UWFは真剣勝負」「プロレスは一番強いリアルファイト総合格闘技」という日本のファンの思い込みも葬り去ったのです。なぜなら、UWFによって日本人は「プロレスは最強の真剣勝負」という幻想を抱き、高田はそのUWFの看板選手の1人(UWFインターナショナルのエース)だったからです。
まさに時代の流れを大きく変えた一戦だったわけで、その意義を柳澤さんはこう的確にまとめています。

〈高田延彦はプロレスファンの幻想を守るためにヒクソン・グレイシーとリアルファイトを戦い、そして敗れた。
プロレスを代表して戦った勇者を、誰が責められるだろう。
高田延彦がヒクソン・グレイシーに敗れたとき、UWFの存在理由はなくなった〉
しかし、同時に総合格闘技の時代が切り開かれた〉

その後の20年で、プロレスと総合格闘技は完全に別物として扱われるようになりました。
前者は純然たるエンターテインメント、後者は厳しいトレーニングを積んだエリートアスリートのみが生き残れるスポーツ。両者を混同する人はもはやいません。
これは、どちらが上という話ではなく、プロレスも総合格闘技も独立したジャンルであって、それぞれに大切な価値があるという真っ当な見方が定着したということです。プロレスと総合格闘技をつなぐ架け橋、あるいは過去と現在をつなぐ架け橋の役目を果たしたのがUWFだった、というのが柳澤さんの基本的な立場。
本書に盛り込まれている膨大な喜悲劇も、プロレスと総合格闘技が今のような成熟の時代を迎える前の、産みの苦しみだったのかもしれません。

その歴史を総括する中井祐樹の言葉が最後部で紹介され、静かな感動を呼びます。中井は以前、「真剣勝負を追求する佐山が正しくて、プロレスの枠から出ない前田や高田が間違っている」と考えていましたが、今はすべてを肯定したとして、次のように語るのです。

〈日本の格闘技はプロレスから生まれた。1984年に生まれたUWFはひとつの分岐点だったけれど、佐山先生も前田さんも高田さんも結局は同じ。過去を否定するべきではないと思います〉

そうやって始まった新しい時代の象徴が、桜庭和志でしょう。
かつて高田のUWFインターナショナルに所属するプロレスラーだった桜庭は、総合格闘技のリングに上がると、ホイラー、ホイス、ヘンゾ、ハイアンとグレイシー一族のファイターを次々と撃破するなど大活躍を見せます。
実はしばらく前、僕はあるトークイベントで柳澤さんの話を聞く機会がありました。その席で柳澤さんは、次作として『2000年の桜庭和志』を構想していると僕たちオーディエンスの前ではっきり語っていました。読むのが今から待ち遠しくてたまりません。桜庭の全盛期だけでなく、たとえば2015年の暮れに桜庭が青木真也に敗れた試合なども、柳澤さんの中でどのように位置づけられているのか、興味津々です。

ともあれ本書も、前述したような構成の妙に加え、徹底的な取材、読みやすい文章、ドラマ性の多い描写、クールさと温かさが共存した視点など、魅力的な要素が満載です。
柳澤さんの他の著作と同じく、とにかく圧倒的に面白くて、僕は巻を措く能わずという勢いで最後まで一気読みしてしまいました。
1984年のUWF書影

社会人になったばかりの頃、「人間の成長」について、何かの本で読んだ言葉が今も記憶の片隅に引っかかっています。
誰が書いたどんな本だったか、そしてその言葉の正確な字句はどのようなものだったか、何とも残念ながら忘れてしまったのですが、こんな趣旨の言葉でした。

「人間は孤独な時間の中にいるときにしか成長できない」

そのときは意味がよくわからなかったのですが、時間が経つにつれて、これは真実ではないかと何となく思うようになりました。
といっても論拠となるロジックはなく、あくまで感覚的なものなのですが……。

確かに友人や知人と楽しく過ごすときも、仕事仲間と議論しているときも、家族と語り合っているときも、知識や情報を得たり、気持ちの温かさに触れたり、ときにネガティブな感情が湧き上がったりして、たくさんの刺激を受け、自分の中に吸収します。
しかし僕の場合、それだけで前に進めるわけではありませんでした。

吸収したさまざまなものを、自分1人でいるときにあれこれ考え、心と脳の中で撹拌した結果、まったく新しい気づきや発見を得ることが何度もありました。
そういったとき、「ひょっとすると自分は一歩成長したのかもしれない」と思い、前述の言葉が記憶からよみがえってきたりしたものです(もちろん、これはあくまで僕個人の話であって、他の人に同様の経験があるかどうかはわかりません)。

久しぶりにこんなことを思い出したのは、作家・田中慎弥さんが書いたエッセイ風の人生論『孤独論 逃げよ、生きよ』を読んだからです。
田中さんは芥川賞や三島賞などの受賞歴がある純文学作家で、中でも一般によく知られているのは、芥川賞受賞時の記者会見で「(賞を)断って気の弱い選考委員が倒れたりしたら都政が混乱するので、都知事閣下と東京都民のためにもらっといてやる」などと、選考委員の石原慎太郎氏を挑発するような発言をしたことでしょう(一種の愛嬌を感じました)。
僕もそれで興味を持って受賞作『共喰い』を買い、独特の作品世界を堪能したことを覚えています。

ただし、いくら会見で面白い発言をしたところで、作家の本業は、長い時間をかけてひとりぼっちでコツコツと原稿を書くこと。まさに孤独の中で少しでも理想の表現に近い文章を探して苦闘する仕事でしょう。であれば、孤独と付き合った経験や孤独について考えた蓄積は、人一倍持っているのではないか──。
本書のタイトルを見てそんなふうに思ったのが、読んでみたきっかけでした。
もちろん、著者が田中さんなので、軽いエッセイ風の作りでも、いい加減な中身や手抜きのような内容はまったくないだろうと信頼していました。

ちなみに話はやや脱線しますが、僕自身、最近ではときどき仏教の本などを読んで死についてあれこれつたない考察を巡らせるようにもなり、やはり「人間はたった1人で生まれてたった1人で逝くのだ」という思いを改めて強めたりもしています。
もちろんそれは、人とのつながりを疎かにするということではなく、人間関係や友人関係は従来にも増して大切にしたいのですが、「人間は本質的に孤独のうちに生きている」という覚悟は持っておきたいと近頃よく考えています。本書に興味を持ったのはそういう事情もありました。

そして、たったひとりで執筆を行う作家の中でも、特に田中さんの場合は、孤独と向き合ってきたレベルが半端ではありません。
1972年生まれで今年45歳。幼い頃にお父さんを亡くし、兄弟もおらず、家族はお母さんとお祖父さんのみ。大学受験の失敗がきっかけで、山口県下関市の実家で引きこもり生活を始め、およそ15年の間、定職につかずアルバイトもせず、ひたすら本を読んでいたというのですから筋金入りです。
 
引きこもりの中でやがて小説を書き始め、33歳のときに作家デビュー。以来10年以上、読者数が決して多いとは言えない純文学分野ではあるものの、前述のようにいくつもの文学賞を受賞するなど、創作を続けて実績を積み上げてきました。
組織に属したことも積極的に人と関わることもほとんど経験していないという田中さんは、こう述べます。

〈波乱万丈の半生だったというほどではありませんが、少々特徴的だと思われる点を挙げるとすれば、孤独な時間がほかの人に較べて多めだったし、それはいまでも変わりません〉

そして返す刀で、今の社会の「人とつながりたがる」風潮を次のようにばっさり斬ります。

〈わたしの目には、世の中の人たちはいま、あまりにも孤独を恐れすぎているように映ります。なにをそんなに怖がっているのか〉

この一節を読んで急に思い出したのは、かつてここでも紹介したことがある村上春樹さんの『職業としての小説家』でした。自伝的エッセイと宣伝された同書は、作家活動以外の職業にも十分応用できる村上さんの仕事哲学、生き方哲学がぎっしり盛り込まれており、その中核にあるのは「たったひとりで長く戦い続けるために何をすべきか」というテーマだったと思います。
まさに孤独と向かい合いながら充実した人生を生きるための姿勢を提唱しているという点で、田中さんの『孤独論』と共通しているのではないか。キャリアも作風も大きく異なる2人の作家が同じようなテーマを書籍にしているのですから、面白いものです。

本書には、人が勁(つよ)く生きるための貴重なヒントがいろいろ詰まっていますが、実は、いちばん大切なポイントは「孤独」ではありません。
田中さんが読者に訴えかけていることをシンプルにまとめると、「奴隷状態から抜け出して自由に生きろ」というもの。孤独になるのは、最も重要な目標である「奴隷状態からの脱却」を実現するために不可欠な要素だ──というロジックです。

〈仕事、学業、人間関係、因習、しがらみなどによって、いまを生きる人の多くは、「奴隷」になってしまっているのではないか〉

と指摘する田中さんは、「奴隷」とそこからの脱却のしかたを、次のように簡潔に定義します。

〈「奴隷」とは、有形無形の外圧によって思考停止に立たされた人を指します〉

〈自分の頭で考える──。このシンプルにして味わい深い営みが、奴隷状態から抜け出すポイントだとわたしは考えます〉

数年前、いわゆる“意識高い”人たちの間で「リベラルアーツ」がもてはやされたことがありました。
リベラルアーツとは、古代ギリシャとローマに由来する基礎的な教養・学問のことですが、この「リベラル」とは「奴隷でないこと=自由市民であること」を意味する、と何かで読んだことがあります。
つまりリベラルアーツとは、単なる一般教養ではなく、「奴隷にならず自由人として生きるための思考に必須の知」を指す言葉なのだとか。
 
田中さんが「思考をやめてしまった人間は奴隷であり、奴隷から抜け出す道は自分の頭で考えることしかない」と断じているのを読んで、僕が思い出したのは、この「リベラルアーツ」の本来の意味でした。
古代ギリシャの知識人と21世紀日本の作家が、人が自由になるために不可欠の手段として「思考」を挙げている……。そのことに、僕は少しばかり感動を覚えました。

考えることを他人任せにしてしまうと、いつまで経っても、独立した自由な個人として生きることができません。その例として本書では、編集者の要求通りに作品を書き直す作家の話が紹介されています。
編集者に言われるがままに作品を書き直していると、作家にとってその場は楽だけれども、いつまでも自分で覚悟を決めて挑戦しないので、能力が衰えてくる。当然ながら新しい価値を生み出すことができず、作家として創作活動ができなくなるというのです。
他人に従うだけで、状況を自分でコントロールできない奴隷のままに終わってしまうわけです。

興味深いのは、奴隷状態から抜け出したいのに抜け出しにくいのなら、意地も見栄もプライドも捨てて、無責任だと悪口を言われても気にせず、今いる場所からなりふり構わず逃げ出せ──と田中さんが説いている点。
会社をやめる、学校をやめる、引っ越す、実家に引きこもる、公的機関やNPOなどに逃げ込む……などの手段で、奴隷状態のつながりを断ち切り、自分の命を守って自由な生き方を取り戻せ、というのです。 

そして奴隷状態から逃れたら、次にすべきは、自分にとって価値のある「なにか」を模索することだ、というのが本書の教え。
実家に引きこもっていた無名時代の田中さんにとって、価値ある「なにか」とは「小説を書くこと」で、外出も仕事もしなくても、それを手繰り寄せるための努力だけは続けていました。つまり、まだ誰も読者がいない中、たった1人で毎日、小説を書き続けていたのです。

〈わたしは、じっくり、ねちっこく、あきらめずに過ごしていたことになります〉

と述べていますが、読者が付くかどうかわからないのに、職業作家になれるかどうかわからないのに黙々と小説を書き続けるというのは、僕には、気が遠くなるほど重い「孤独との戦い」のように思えます。
現代の日本人が、何かにつけて「孤独」を避けようとするのとは真逆の姿勢がそこにはあります。

多くの人が、幼い頃から「友達100人できるかな」などと友達を多く作らねばならないという強迫観念を植えつけられ、自分が仲間外れにならないよう徹底的に気を遣い、いつもSNSで「友だち」を増やそうと努め、人とつながっていようとしますが、田中さんに言わせると、

〈それらはすべて、だれもが抱えているはずの孤独を隠すため、もしくは紛らわすための行動にすぎない〉

〈友だちの数の多さや、場を盛り上げたり場に馴染むコミュニケーション能力を重宝する風潮は、過剰防衛の虚しい反転にすぎません。そんなものはなくても立派に生きていける。独りになり、陰口をささやかれ、後ろ指を指されようとも、気に病むべきではない。むしろ同調圧力から解放されて、自分を顧みる機会を得たのだから、喜んでいいくらいです〉

となります。
誰と一緒にいようが、人間は根本的に孤独な存在なのに、なぜ孤独を恐れ、悲しみ、恥じるのか。裸の自分の本質を見つめる機会なのだから、進んで引き受けるべきではないか。
僕も同調圧力が苦手なので、この箇所には大いに元気づけられました。

そして本書の最大のポイントは、自分にとって価値ある「なにか」を追い求めて歩き始めるとき、人間は必ず孤独になる──という指摘でしょう。田中さんのように、十数年も引きこもって孤独の中で小説を書き続けて作家になったというのは極端なケースでしょうが、

〈孤独を拒んでなしえることなど、なにひとつありません。自分のやりたい道に舵を切れば、必ず孤独に直面します〉

と本書にある通り、クリエイティブな活動だけでなく、勉強でも研究でもスキルの習得でもスポーツでも、事情は同じです。
自分が真剣に追い求める道で成果を上げようとすれば、1人で相当の時間をかけて、考えに考え抜きながら、苦闘しなければならないのです。やはり、他人と一緒にいるときには人間は成長できないのです。
 
たった1人のチャレンジの中で、孤独は自分の思考を強化し、自分の可能性を広げ、自分を解放し、チャンスが来たときにそれをつかむ力を与えてくれる、というのが田中さんの説明。
だから孤独の中で思考することが、奴隷状態から抜け出すための最も大切なフェーズである──という実にわかりやすくロジカルな説明がなされます。

では、孤独の中で自分の思考を鍛えるために具体的に何をすればよいのか。
最も有効な手段として田中さんが挙げるのは「読書」です。しかも、読書を勧めるといったレベルに留まらず、「人間は本を読み続けなければならない」とまで強く断言しているのが印象的です。
本の中でも「古典」こそ、ビジネス書や実用書に比べて一見迂遠に思えるものの、実は最も「知と言葉の底力」を付けてくれる、という指摘には大いに同感しました。
ここまでずいぶん長く書いたのでそろそろやめますが、この箇所は読書論、古典論としてもシンプルながら重要なもので、特に、人生における読書の意味について知りたい若い人には、ぜひ読んでほしい内容なので、詳しくは本書をご覧ください。

少ない分量で手に取りやすい本書は、自己啓発本のような派手な成功論とは無縁ですが、長いスパンで人間を少しずつ幸せに導く本質を教えてくれる一冊です。
孤独論書影

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