読んだ本の紹介、感想を含め、面白かったものや楽しかったことについて書いていくつもりです。

人間は、肉体が生命活動を停止したときに死ぬのではない。自分を記憶している人が誰もいなくなったときに、本当に死ぬのだ──。
正確な字句は忘れましたが、何かで読んだこんな言葉が印象に残っています(出典ともども正確にメモしておけば、後でまた読み返せたのにと小さく悔やんでいます)。

今回、久しぶりにこれを思い出したのは、BuzzFeed Japan記者・石戸諭さんの著書『リスクと生きる、死者と生きる』を読んだから。
(ちなみに本書を読もうと思ったのは、2ヵ月ほど前に石戸さんと河野通和さんとのトークイベント「ネット時代に読むべきノンフィクション」でいろいろ面白い話を聞いたことがきっかけでした)

本書は、東日本大震災と福島第一原発事故の被災地及び被災者を取材した出色のノンフィクション。BuzzFeed Japanに掲載された記事を中心に、大幅に加筆を施して書籍として構成した1冊です。
そんな本書の中でも、第2章「死者と対話する人たち」を読了したときに、冒頭の言葉が記憶からよみがえりました。

東日本大震災がもたらした膨大な「喪失」。
多くの生命、共同体、インフラ、そして人々のつながりが失われていく中で、そこに住む人間は何を思い、何を語るのか。非常にリアルで生々しく、同時に細やかな報告が、本書ではなされています。

そして前述した第2章では、震災と原発事故により、人々にとっての「生」と「死」の境界線が大きく揺らいでいること(そして震災から6年以上が経った今も揺らぎ続けていること)が明らかにされていきます。
たとえば被災地では、震災の犠牲者たちの「幽霊」の噂がしばしば語られるのだとか。「幽霊を乗せた」というタクシー運転手の証言は少なくないそうです。

中でも僕が深く心を打たれたのは、12歳の次女を亡くして小学校の遺族会会長を務めた男性が、震災から何年も経ってからもその娘さんに手紙を書いているという話。
「いまどこにいるの? もう五年半も帰って来ないから心配しています」「近くに来ているの?」といった文面は哀切きわまりないだけでなく、生き延びた人々が今もなお自分たちの「生」と犠牲者たちの「死」を分けられていない事実を、ストレートに突きつけてきます。

ちなみに、次女の遺体が発見されたときの描写は、あまりにも悲しくて、胸を揺さぶられるのと同時に、襟を正したくなるような厳粛さもあわせ持つ、本書でも屈指の劇的なシーンで、ぜひ直接読むことをお勧めします。
この男性にしっかり向かい合い、寄り添って、最も辛い思い出を詳しく語ってもらい、明晰に表現したことひとつ取っても、著者の石戸さんが取材者/執筆者として卓抜した力量を持っているのは明らかです。

本書のスタイル(文体)は全編を通じて素晴らしいものですが、特にこの悲痛な話の叙述において、美質が見事に発揮されていると思います。
平易で読みやすく、どこまでも淡々と事実を伝え、クールに自分の考えを述べながら、行間からほのかに温かさが伝わってくる。決して感情を露わにしないのに、世界に対する静かで強い意志が感じられる……。
そんな文章で書かれた先の悲劇的な場面を読みながら、僕は、エリック・クラプトンが4歳で亡くした息子へのメッセージを歌った「ティアーズ・イン・ヘブン」を思い出していました。

死者に対して敬意を抱きつつ、「幽霊でもいいから会いたい」と願う──。
その両方の思いを持つ人々との出会いから、次のような〈二つの視座を得ることになった〉という石戸さんの回想はきわめて説得力があります。

〈一つは死者の数をもって災害の大きさを語ることは、実際には何も語っていないに等しいということ。もう一つは「死者」とは単なる「死んでしまった人」ではない、ということである〉

東日本大震災(及びさまざまな災害)に関する多くの報道や言説で、「死者」はすでに現在と断絶した過去の存在とされ、同時に、その数が災害の規模を象徴するものとされてきました。その“旧常識”を真っ向から排した、これらの新しい「視座」は、読者にも新鮮な発見を与えてくれます。

石戸さんは1984年生まれで、東日本大震災のときは、毎日新聞に入社して岡山支局で約5年の記者経験を積んでいました。僕には、以前からSNSなどで活発に発信していた記者というイメージがあり、その発信を見て、毎日時代の署名記事を面白く読んだこともあります。

大震災から10日後、自ら志願して現地に取材に入った石戸さんは、岩手県宮古市の田老地区で1つの街が完全になくなっているのを目の当たりにして、衝撃を受けました。

〈この光景を見たとき、報道は何も伝えていないと思った〉

〈描写する言葉が出てこなかった。何を書いていいのか、何を取材していいのか、この光景をどう伝えたらいいのか。さっぱりわからなくなってしまった〉

このとき、「何事も取材して調べれば記事を書ける」という自負は打ち砕かれたようです。
その衝撃の中で、後に本書に結実する、まったく新しい報道スタイル=ノンフィクションの模索が始まったのでしょう。

先に触れた第2章のみならず、本書には、大震災でさまざまなものを失った人々が登場します。記された彼らの言葉と今に至るまでの人生は、いずれも個性的かつ複雑で、よくメディアで紹介される「苦しむ被災者」のイメージには収まりません。
 
しかし考えてみると、被災していようがいまいが、あらゆる人には個性があり、他に同じ人間がいないという意味で唯一の存在で、それぞれに複雑な人生を生きています。
つまり本書が描いているのは、あくまで震災によっていろいろなものを失いながら、なおも入り組んだ人生を続けねばならない個々の「人間」であって、類型的に語られる「被災者」ではないのです。

たとえば(詳しくは本書を読んでいただきたいのですが)原発から30キロ圏内で兼業米農家を営む男性が、ある思い切った行動に出て、今も後悔と罪悪感に苛まれている話。
あるいは、中学教師をしていた男性が、避難した子供たちや孤立した父親たちなど人々のサポートに尽力したものの、事故から5年後に教え子の1人が呟いた言葉に衝撃を受け、思い悩む話……。

このように本書には、救いのない話や問題が解決していない話も少なくありません。しかし、トーンは決して暗くはなく、さまざまな不条理さや理不尽さに揉まれながらも、少しずつ歩を進めていこうとする、人々の前向きな意思を伝えています。

それはおそらく、本書に「被災者のストーリー」ではなく、「人間の人生」が描かれていることの反映でしょう。
人生においては、往々にして、問題がすべて解決することは稀で、オチや起承転結もありません。そのような摩訶不思議な「生きることのリアリティ」を十全に描き出している点で、本書は優れた短編小説集のようでもあります。

ちなみに全編を読む余裕のない人も、第3章に登場する、かつて東京電力の社員として福島原発で働き、事故の翌年に退職した36歳の男性の話だけは、ぜひ一読してほしいと思います。僕は、これが本書の白眉だと思います。

彼の生家の事情や、若い頃の原子力発電への憧れ、原発で働く日常生活、地域コミュニティとの交流、恋愛、結婚、そして大震災……と続くパーソナルヒストリーから、日本の現代史や社会問題が次々と浮かび上がってくるのです。個人の幸福と国家の繁栄の、そして個人の悲劇と国家の敗北の交錯を、そこに見ることができます。
「原子力発電」と「原発の地元の共同体」の両者が、公私共にこの男性のアイデンティティの中心を形作ってきたのです。原発事故が壊したのは「地元」であり「人の心」だった──と語る彼の言葉は、理屈だけの原発論とは段違いに重く、ずしりと響きました。

こうした人々とその言葉が、既成の報道記事の“型”とは大きく異なる構成と文体で記されていきます。必ずしも読後にカタルシスが残るわけでもないので、一般的な読み物の記事をイメージしていた人は、戸惑いを感じるかもしれません。 
 その意味で、本書に収められた物語群は、メディアや書籍でよく見る、いわゆる「わかりやすい」話(既成の型に沿って書かれた話)とは違います。ステレオタイプの「被災者」というマクロの括り方を排し、徹底して「個人」や「個人の心」というミクロの次元で取材を進めるという姿勢と手法を採ったがゆえでしょう。その哲学は次のように語られています。

〈「わかりやすさ」だけの話を書けと言われたらいくらでも方法があったし、自分もいくつかの仕事でやってきた〉

〈私たちはインタビューでどこまで人に迫れるのだろう。(中略)あまりにも繊細な心の揺れをどこまでインタビューで引き出せるだろうか〉

もちろん、完全なインタビューといったものはありませんが、繊細な心の揺れをじっくり引き出し、紹介するという点で、従来の方法論から大胆に離れた本書は、優れた成果を上げています。

その斬新さは、紙媒体と比べて分量の制約が厳しくないため取材した内容をたっぷり盛り込めるという、ウェブメディアの特性によるところも大きいかもしれません。「紙の雑誌では掲載できないほど長いノンフィクション原稿をウェブメディアに掲載→それに加筆・修正を施して書籍として編集し、刊行」というやり方の、本書は成功例の1つと言えるでしょう。
 取材・執筆のスタンスだけでなく、ノンフィクションのコンテンツの作り方、さらに社会への届け方についても、新しい可能性を拓いた1冊だと思います。
リスクと生きる書影

ある分野について概要を知りたいとき、どんな入門書を読むべきか。
正確な字句は忘れましたが、作家の故・丸谷才一さんは、「偉い学者の書いた薄い本」に優れた入門書が多いので勧めたい、という趣旨のことをどこかで書いていました(逆に読まない方がいい入門書は「偉くない学者の書いた厚い本」なのだとか)。
そんなことを思い出したのは、「最良の仏教入門書」と高く評価されている本書『ブッダが説いたこと』を読んだからです。

文庫本で、本文部分が200ページにも満たないコンパクトな分量。著者のワールポラ・ラーフラは、1907年に上座部仏教の国セイロン(現スリランカ)に生まれ、伝統的な修行を積んで僧侶となり、同時に科学的な仏教研究も進めた人物です。
セイロン大学やカルカッタ(現コルコタ)大学に学び、パリに留学し、アメリカの大学で教授として教鞭を執り、スリランカ仏教教団から学僧としての最高の称号を贈られました。1997年没。

そのような、修行でも学識でも仏教を最も深く知る第一人者が書いた本書は、実に明快でわかりやすく、論理的。今枝由郎氏の翻訳の良さも相まって、本当に「最良の仏教入門書」と呼ばれるにふさわしい1冊だと思いました。
まず冒頭で、

〈私はこの小冊子を、仏教に造詣はないけれども、ブッダが本当に何を説いたのかを知ろうとする、教育があり、知性のある一般読者を対象に著した〉

と、「誰に向けて書いたか」をはっきり述べ、本としての位置づけが明らかにします。
おかげで読者は、前もって「これを読むのに専門的な知識はまったく必要なく、ある程度の一般教養さえあればいいんだな」と心の準備をすることができ、ぐんと内容に入っていきやすくなります。

そんな本書が依拠するのは、仏教が諸宗派に分かれた後の教典ではなく、ブッダ自身の言葉をパーリ語で記録した最古の仏典のみ。まさしくブッダ直々の教えのうち、中心的、基本的な部分が説明されているのです。

考えてみると、仏教は、日本では昔も今も日常生活の非常に近くにありながら、教義の本質や特徴は何かと問われると、多くの人にとって説明が難しい奇妙なものです。
全国に数え切れないほど寺があり、人々は正月になると初詣に行って賽銭を投げ、家族が死ぬとお坊さんに葬式をしてもらいます。なのに、「仏教とはどんな宗教なの?」と聞かれると、おそらく答えに窮してしまう。僕などは「仏教とは……そりゃ仏教だよ」などと同語反復的なことしか言えないかもしれません。
「葬式仏教」という言葉もあるように、日本における仏教は、社会的にいろいろな機能を担っているのでしょう。他方、人間の存在の意味や心の救済を説く教えとしては、少なからず形骸化しているのかもしれません。

本書はその点、仏教の本質と特徴を平易な語り口で教えてくれ、目から鱗が落ちるような納得感と共に、「仏教とは何か」の理解を進めることができます。とにかく、「なるほど!」と膝を打ちたくなるような指摘が多いのです。

その第一は、宗教の開祖としてのブッダを、あくまで「人間」だとした点。
仏教において、ブッダは神でも絶対者でもなく、また神や絶対者の代弁者でもなく、1人の「目覚めた人」「真理を覚った人」なのだというのです。その点が、本書ではこう簡潔に述べられています。

〈彼は「自分は単なる人間以上の者である」と主張しなかった唯一の開祖である〉

また、ブッダが超越的な絶対者(神)やその代弁者ではないのに加え、「そもそも絶対者の存在を認めない」という点も仏教の特徴です。
神を信じ、神の教義に従うのではなく、あくまで「人間」が自ら正しい生き方をすることで覚りに到達し、苦しみから解放される──という教えが基本になっており、それを本書は次のように説明しています。

〈ブッダによれば、人間存在こそが至高である。人間は自らの主であり、それより高い位置から人間の運命を審判できる(神のような)力はない〉

〈ブッダは、自己解放は人が自ら真理を実現することによって得られるものであり、神あるいは外的な力から従順な善い行ないに対する報いとして与えられるものではない、と考えていた〉

絶対者や神はいないとしているのですから、当然、それらを信じること、すなわち信仰とも仏教は無縁です。
日本語には「神仏」という言葉があるためか、あたかも「神」と「仏」を同格の超越的な存在として考えてしまいがち。しかし、両者がまったく別の位相にあること(つまり一緒くたに並べるべきものではないこと)がよくわかりました。

神は信仰の対象ですが、ブッダは信仰の対象ではありません。
世界の宗教の大半が「絶対者や神を信仰すること」に立脚しているのに対し、仏教は「物事をありのままに見ること、知ること」の重要さを強調します。「信じること」は仏教に含まれていないのです。

まず「ありのままに見ること、知ること」の第一歩として、〈今この時点で、今行なうことに集中する〉〈今の瞬間、今していることに生きる〉などが重要だと本書は説きます。その実践によって人を〈安全、平安、幸せ、静逸、ニルヴァーナへ導く〉のがブッダの教えだというのです。

このくだりを読んで急に思い出したのは、タイで出家した上座部仏教の僧侶プラユキ・ナラテボー師の教えでした。
僕がしばらく前、プラユキ師の共著書を興味深く読んで、師が瞑想を指導する会に参加したことは以前書いた通りですが、そのときに教わった(著書にも書かれていた)のは、「今、ここ」に気づくことの大切さでした。
過去に対する怒りも、未来に対する不安も、「今、ここ」にいる自分が勝手に作り上げている物語でしかないのだ、と。それに気づくことが抜苦与楽(苦しみを除いて安楽を与えること)に至る道なのだ──とプラユキ師は説いたのでした。

あのときのお話こそ、まさに本書の教え「今に集中する」「今していることに生きる」を具体的に敷衍したものかもしれない、と思って僕は大いに頷きました。
そうか、ブッダが説いたことの核心は、2500年の時間を超えて、プラユキ師が教える「『今、ここ』に気づくこと」や手動瞑想に通じるのか、と。この発見によって、自分の前の視界が不意に広がったように思え、ある種の感動を覚えました。
「今に生きることの勧め」が凝縮された次の一文は、あくまで日本語訳で原語のニュアンスはわからないにもかかわらず、美しささえ感じてしまうほどです。

〈本当の人生は、過ぎ去った、死んだ過去の記憶でもなく、まだ生まれていない未来の夢でもなく、この瞬間である。今の瞬間を生きる人は、本当に人生を生きており、もっとも幸せである〉

他にも本書のおかげで、仏教に関する誤解が解けたことがいくつかあります。
一例を挙げると、僕は仏教を何となく、「人生は『生・老・病・死』という苦しみである」と説いた宗教だと思っていました。別に理由はなく、人口に膾炙した俗説を鵜呑みにしていただけです。
それはまた、日本だけでなく、世界中で少なからぬ人々が同じように誤解をしているのだとか。

しかし本書によると、「仏教は人生を生老病死の苦しみだとする教え」というのは、ブッダの言葉の間違った解釈から生じた謬説なのだそうです。具体的には、「ドゥッカ」という単語を「苦しみ」と訳してしまったのが、誤解の原因だと言います。

ドゥッカは本来、苦しみだけでなく、「不完全さ」「無常」「空しさ」「実質のなさ」といった意味をあわせ持つ深く多層的な言葉。ところが、それに「苦しみ」という安易で不適切な訳語を当てたため、多くの人に「仏教は厭世的だ」という誤ったイメージを植えつけることになりました。

ならば、厭世的でなければどんな教えなのか。オプティミスティックなのか。
当然生じるそんな疑問に、著者はこう端的に答えます。

〈仏教は悲観主義でも楽観主義でもなく、しいていえば、生命を、そして世界をあるがままに捉える現実主義である〉

このようにドゥッカの意味を簡潔に説明し、仏教に関する誤解を払拭してから、ブッダが「四聖諦」として説いた四つの真理を説明していくプロセスは、ところどころで好奇心を刺激し、知的なスリルを与えてくれます。
また、「無常」「ニルヴァーナ」「渇望」など、普段よく見聞きするのに意味がわかりにくい概念についてもきわめて明快な説明がなされています。特に、完全に自由で絶対的な境地を意味する「ニルヴァーナ」についてきちんと知ることができたのは、僕にとって本書の大きな収穫でした。

ほとんどの宗教で、「最高善」には死後にしか到達できないとされているのに、仏教では、ニルヴァーナを今の生で実現できるとしている──。このユニークな特徴に、ブッダの思想が今なお人々を惹きつけてやまない理由があるように思えます。

僕は、プラユキ師の瞑想指導の会に参加したとき、師のお話を、非常に論理的でわかりやすかったと記しました。これはプラユキ師の説明のうまさによるところが大きいのはもちろんですが、前提としてまず、仏教の教えそのものがロジカルで明晰なのだということが本書でよくわかりました。

〈私が教えているのは、この生におけるそうした苦しみの「消滅」である〉

ブッダのこの言葉を中心に、膨大な思念と言葉が星のようにぐるぐる回り続けてきた精神の宇宙──。本書を読み終えて、改めて仏教についてそんなイメージが湧いてきました。
ブッダが説いたこと書影

「ウェブメディアでは分量の長い記事があまり歓迎されない」という話を聞いたことがあります。
事情に詳しくないこともあり、うろ覚えなのですが、誰だったかプロのライターがそう書いていたのが記憶に残っています。
書き手の側がかっちりと取材・調査してボリュームのある原稿を書いても、編集部からは「2000字以内に収めてくださいよ」などと渋い顔をされる──。確かそんな話でした。

そういうウェブメディアの世界で、BuzzFeed Japanの記者をしている石戸諭さんの署名記事には、割と長めのものが多いという印象を持っていました。
特に東日本大震災や福島第一原発事故について、現場でいろいろな人や出来事を取材した記事はいずれもしっかり分量があり、にもかかわらず最後まで飽きさせずに読ませる力があったことを覚えています。

今回、その石戸さんがまさに大震災と原発事故をテーマに書いてきた記事が、『リスクと生きる、死者と生きる』という本になり、刊行記念イベントが行われると聞いたので、行ってきました。
この前の日曜日(2017年9月24日)の晩、会場は東京・下北沢の書店B&Bで、イベントの内容は、石戸さんと編集者の河野通和さんとの「ネット時代に読むべきノンフィクション」と題した対談でした。

河野さんは、中央公論新社で『婦人公論』や『中央公論』の編集長、新潮社で『考える人』の編集長などを歴任した、レジェンドというべき有名編集者。今年(2017年)4月に糸井重里さんの「ほぼ日」に入社し、今は「ほぼ日の学校長」として、古典を教えるプロジェクトを準備しているそうです。
僕はしばらく前に河野さんの書評集『「考える人」は本を読む』を実に面白く読み、ここで紹介したことがあります。なので、石戸さんだけでなく、河野さんの話が聞けるイベントとしても楽しみでした。
 
実際、2時間の対談は非常に中身が濃く、示唆に富む話がたくさんありました。ノンフィクションやメディアだけに留まらず、今の社会を広く考える上で大いに参考になる内容でした。

また、興味深く感じたのは、対談の中で繰り返し、ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんと故・山際淳司さんの話が出てきたこと。
石戸さんは10代の頃から沢木さんと山際さんの著書を愛読し、その中には「教科書」と呼ぶものがあるほど、今のジャーナリスト活動にも多大な影響を受けているそうです。そして河野さんは、まさに沢木さんや山際さんと編集者としてタッグを組んで仕事を重ね、親しく付き合ってきました。

以下、備忘録も兼ねて、お二人の言葉で特に印象に残っているものの一部を、僕なりに整理・要約して断片的に記してみます。

●石戸さん「ネットメディアの大きな可能性は、アーカイブできるところにある。書かれた記事がどんどん積み上がっていき、膨大な量になっても、読みたいものにすぐにアクセスしてできるのが非常に大きい」

●石戸さん「(毎日新聞から2016年1月にBuzzFeed Japanに転身したことについて)新聞の文体は、報道のために、ある意味で完成されたものだと思うが、自分が書きたいものを書くためには、新聞の文体を離れなければならないと考えた。
そのとき、立ち返ろうと思ったのが、沢木さんや山際さんをはじめとする1970年代から80年代のノンフィクションだった」

●河野さん「(『リスクと生きる、死者と生きる』を読んだ感想は)嬉しいの一言。自分より一世代下の人が東日本大震災後の世界をこういうふうに切り取って書いたのか、と嬉しく思った。
おそらく石戸さんには新聞の「文体」の制約が息苦しく、今の時代にそぐわなくなっていると感じたのではないか。BuzzFeedに移って、水を得た魚のように記事を書き、動機も手法も達成もすべて違和感のない本ができたと思う。褒め殺しみたいですが(笑)」

●石戸さん「東日本大震災を取材したら、自分では書き切れないことや受け止めきれないことがたくさんあった。新聞記事を書く記者は、どうしてもきれいにまとめようとするが、実際の震災の現場では、まとめきれないことの方が多かった。
しかし、それこそが真実であり、僕が書きたいものだった。ではどういう文体で書いていくかとなったときに、教科書の1つにしたのが、沢木さんの『彼らの流儀』だった。
 僕は、被災地で普通に暮らしている普通の人のことを書きたいと思った。その際、やはり普通に生活している人たちの一瞬のきらめきを切り取って描いた『彼らの流儀』を参照点として意識した」

●河野さん「私はかつて『婦人公論』と『中央公論』の両方の編集をやっていたが、前者で使うのは体温のある『生活の言葉』であり、後者で使うのは『科学の言葉』という違いがあった。言い換えれば、訓読と音読の違い。
両方の編集部を行き来するうちに、次第にその溝が大きくなるのを感じていった。それは社会の溝でもあっただろう。
石戸さんも、新聞が使う決まった文法内の言葉と、リアリティを伝えられる言葉の間に溝を感じたのではないか」

●河野さん「沢木さんが登場したのは1970年代。オイルショックなどがあって日本が足踏みしているときだった。それより前の日本では、ずっと成長を続けていくという国民的ストーリーか、その裏にネガとしてある公害などの社会問題かがもっぱら語られていた。
しかし沢木さんが書いたのはそのどちらでもなかった。そこが当時の若い読者には新鮮だった。
今回、石戸さんの本を読んでそんな沢木さんを思い出し、懐かしく感じた」

●石戸さん「沢木さんと山際さんは、タイプは全然違う書き手だが、1つ共通点があると思う。それは、取材対象を見る目が厳しくないということ。
取材対象を、愚かな部分なども含めて、そのまま受け入れて書いている」

●石戸さん「1970年代から80年代には、社会や人物の描き方をすごく真剣に考えていた書き手が多くいたと思う。紋切り型を避けたり、ストーリーを先に作ってそこに事実を当てはめていくやり方を嫌がったり。
沢木さんも山際さんも、そうやって新しい書き方をしていくかを切実に模索した結果、優れた作品をいくつも生み出したのだろう。ただし、数多く現れたエピゴーネンたちは、沢木さんや山際さんのようにはなれなかった。表面的だったり、自分語りを繰り返したりするばかりの人が多かった」

●河野さん「エピゴーネンたちは手法を真似しただけだった。ドラマツルギーの真似はできなかった」

●河野さん「世の中で起こる出来事にはさまざまな面があり、絡み合っていて、善と悪にはっきり分けられる訳ではない。しかしSNS時代の今、人々はあまりにも単純に、善と悪に分類してしまう。
30年くらい前には、そういう“わかりやすさの罠”にとらわれずに複雑な現実を描いて、しかも面白いノンフィクションがいくつも書かれた」

……などなど、上記はお二人の話のごく一部にすぎません。みっちり2時間、多岐にわたった対談から、興味を感じた部分をときどきメモしておいたので、それに自分の記憶で補足し、ざっと列挙してみました。

1984年生まれの石戸さんと53年生まれの河野さんの年齢差は31歳。立場も記者と編集者というふうに異なりますが、話はがっちり噛み合って内容は濃く、雰囲気も楽しい対談でした。
世代は違っても、新聞社と出版社というオールドメディアで培った蓄積を新たなフィールドで活かしている点でも、お二人には共通点があるのかなと思いました。
 
実は、著者には恐縮ながら、僕は 『リスクと生きる、死者と生きる』をまだ読んでいません。すでにいくつかの書評が出ており、いずれも非常に好評のようなので、ますます興味が湧いてきました。1冊購入したので、まもなく楽しみに読むつもりです。

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