読んだ本の紹介、感想を含め、面白かったものや楽しかったことについて書いていくつもりです。

〈人間とはおもしろいものなのだ。そのおもしろさを伝えていきたい〉

近年、数々のスクープを連発してきた「週刊文春」の勢いは、相変わらず衰えることを知りません。
この快進撃の立役者となった新谷学編集長の著書『「週刊文春」編集長の仕事術』の核心は、煎じ詰めると先に引用した一行に尽きるのではないかと思います。

本書には何度も「おもしろいコンテンツを読者に提供したい」「人間ほど多面的で興味の尽きぬおもしろいものはない」という趣旨のことが記されています。僕なりに整理すると、

「おもしろいものを世の中に出していきたい。
世の中でいちばんおもしろいものは人間である。
だから人間のさまざまな面を追って取材し、記事にする」

というシンプルな三段論法(?)が、おそらく新谷さんの仕事哲学の中心にあるのでしょう。
そして、対象が政治家でも経営者でも芸能人でも、題材が権力闘争でも凶悪事件でも男女関係でも、どこまでも「ヒューマン・インタレスト」に応えていく形での編集が、読者の多様な好奇心を刺激して、週刊文春の好調を生んだのだと思います。

とにかく、新谷さんの「人間」と「おもしろさ」への徹底したのめり込みぶりには、感心するしかありません。特に、いろいろな場面で「人間」を大切にするということで、新谷さんのレベルを上回る人はほとんどいないのではないでしょうか。
この点は、週刊誌の編集者だけでなく、メディア関係者だけでもなく、「人間」と一緒に、「人間」に向けて、「人間」のために働くすべての人にとって、重要な哲学とノウハウになっていると思います。

人のさまざまな言動をおもしろがること。
それだけではなく、多くの人と直接会ってまめに付き合い、信頼関係を築くこと。
毎日、自分から積極的に新しい人と会うこと。
キーマンを探して関係を深め、「キーマンから最初に思い出してもらえる人間」になること。

……と、「人」「人との出会い」「人との関係構築」「人との関係の維持発展」などについて、貴重な知恵が明かされていきます。こういったスキルは、単に実用的に仕事に役立つだけでなく、何よりも実践して楽しいものでもあると思います。

〈どれだけ人に会うか、その出会いをどれだけ大切にするかに尽きる〉

〈我々は会った人によって鍛えられる〉

そう語る新谷さんが「すごい人」だと評価する人たちの特徴というのが、また非常に興味深いものでした。すごい人ほど他の人との関係を大切にする、として、具体的に2つの特徴が指摘されています。

「すごい人」の1つ目の特徴は、誰かと会話していて「また会いましょう」「今度食事でもしましょう」などとなったとき、「具体的な日にちはまた改めて」ではなく、その場でスケジュールを調整して決めてしまうこと。
これは、いわば「あなたとの関係を深めていきたい」「あなたは私にとって非常に大切な存在です」といった意思を伝える何よりのメッセージでしょう。
僕自身の経験でも、これをやられると感激して、「この人とは誠意を持って付き合いを続けよう」という気になります。
(逆に、会うたびにいつも「今度飲もうよ。連絡する」などと言いながら、まったく連絡してきたことのない人に対しては、正直なところ、「こういう人間は信用できないな」と思います)

そして、新谷さんが挙げる「すごい人」の2つ目の特徴は、肩書きで人と付き合わないこと。
相手の所属先や地位や肩書きを見るのではなく、相手の所属先や地位や肩書きが変わっても、信頼できると見れば、1人の人間としてフラットに付き合いを続けるということでしょう。本書には以下のような興味深い指摘もあります。

〈おもしろいことに、肩書きが外れても人間同士の関係を維持するタイプの人の方が、その組織の中で圧倒的に出世している〉

このように、いろいろなやり方で「人間」を大切にしているという新谷さんは、浅薄な正義感で人を裁いたり、イデオロギーによって人の言動を判断したりしません。
複雑に入り組んだ、ある意味で矛盾に満ちた人間の多面性を「ああ見えるあの人には、実はこういう意外な一面もあるんだよ」というように、非難も糾弾もせずにただ提示していく。そんな“大人の姿勢”こそが、週刊文春の編集スタンスに反映して、読者獲得の原動力になっているのでしょう。
 
故・立川談志は「落語は人間の業の肯定だ」という名言を残しましたが、それと同じく、週刊文春も人間の業を肯定する──と本書では語られています。善悪や正邪の判断は読者に任せ、人間のさまざまな言動をひたすらファクトとして報じ、おもしろがらせるという姿勢です。

本書ではもう1つ、新谷さんが語る「リーダー論」も興味深いものでした。
週刊誌編集部という大所帯で、非常に個性的な編集者や記者たちを率い、彼らに力を発揮させて結果を出すのには、優れたリーダーシップが必要でしょう。少なくとも、闇雲に尻を叩いたり、おだてたりするのでは意味がないことは明らかです。
 実際、本書で明かされているリーダー哲学は、他のいろいろな組織でも十分に応用できる普遍性の高いものだと思いました。

特に興味深かったのは、新谷さんが、「嘘をつかない」「弱い者いじめをしない」「仕事から逃げない」の3原則を自分と部下に徹底させている点。そして、「フェアであること」を大切にしている点です。
特に後者については、「ネタ」に対しても、「人」に対しても、「仕事」に対してもフェアであろうと努めているとして、こう記しています。

〈特定の人間ばかりを重用することはない。(中略)特別なことがない限り、現場の人間とは食事に行かない。一人と行ったら、他の人とも行かないと不公平になってしまう。中には、お気に入りの人、優秀な人とばかり付き合う編集長もいる。しかし、依怙贔屓をしてしまうと、それ以外の人のモチベーションが下がる〉

この引用部分の「編集長」を「上司」という言葉に入れ替えれば、これがどの分野のリーダーにとっても大切な姿勢であることがわかるでしょう。同時に、「お気に入りや優秀な部下ばかりと付き合わない」「依怙贔屓をしない」というスタンスを持っているリーダーが実際にはいかに少ないかということも……。

結局、組織をマネジメントするに当たっても、新谷さんは「人」及び「人との信頼関係」を大切にしているということがわかります。
リーダーシップの根源は「信頼」であって、そのために部下との信頼関係を築こうと努めている旨が本書では説明されていますが、それはまた、外部の人との間で信頼関係を構築すべく常に腐心しているのと同じことなのでしょう。
すべては人である、という本書の大きなテーマは、リーダー論にも通じているわけです。

また、新谷さんが挙げる「ダメなリーダー」の説明にも大いに納得しました。中でも、僕が直接経験したり、間接的に見聞したりすることの多い、明らかに悪しきリーダーのパターンが3つ紹介されていて、思わず「その通り!」と膝を打ったので、その説明を引用します。

〈最悪なのは「俺はこうやろうと思う」と言って企画を提示したら、みんながシーンとなり、右から左へそのまま通ってしまう組織だ。誰も異を唱えないのは危険極まりない。そういう組織はリーダーが反対意見を言う人間を左遷したり、干したりしていることが多い。そんなことをしていたら、あっという間に「裸の王様」の誕生だ〉

〈リーダーが厳に慎むべきは、部下からの報告に「そんなことは知っている。俺のほうが詳しい」と張り合うことである。こういう上司はどの世界でも意外に多い。記者が目を輝かせて報告しても、「そのネタ元とは俺のほうが古い付き合いで、俺が聞いている話はこうだ」と大勢の前でこれ見よがしに言われては、モチベーションは一気に下がる〉

〈いちばんダメなのは、最初からレッテルを貼ったり、予断を持って「あいつやる気ないからダメだよ」とたらい回しにするようなリーダーだろう〉

いずれもごもっとも、と言うほかはありません。

最後に僕が新谷さんと週刊文春に希望するのは、本書に記された「親しき中にもスキャンダル」を最近の事件でも実践してほしい、ということです。
週刊新潮が先日、安倍政権の御用記者と呼ばれている有名ジャーナリストのレイプ疑惑事件を報じました。このジャーナリストは、いったん準強姦罪容疑で逮捕状が発布されたものの、政権に近い警察幹部の意向で執行が見送られたというのです。被害者だという女性が顔を出して会見した、勇気ある姿も印象的でした。
 
本書では、以前このジャーナリストが週刊文春にスクープ記事を寄稿したときの経緯が記されています。新谷さんにとっては、いわば恩義のある筆者なのでしょう。そのせいかどうかはわかりませんが、週刊新潮が最初に報道し、他のメディアも一斉に後追いしたレイプ疑惑について、僕が知る限り、週刊文春はいままで報じていません。

しかし、この問題こそが「親しき中にもスキャンダルあり」を実践するのにふさわしいケースではないでしょうか。一度は週刊文春に注目記事を寄稿したジャーナリストが起こしたこの問題と背後の事情を週刊文春が追及し、スクープを放ってくれたら、まさにタブーなきメディアとして真価を大いに高めるだろうし、僕もさらに尊敬の念を持つと思います。
新谷氏著書書影

一口に「書評」や「ブックガイド」「ブックレビュー」と言っても、いろいろなものがあります。
本の内容紹介に徹して評者があまり感想や意見を書かないものもあれば、厳しく批判的な筆致でその本をバッサバッサと斬っていく、いわゆる「辛口書評」もあります。
あるいは、自分の身辺の事柄に絡めて評するエッセイ風のものもあれば、有名筆者が書いた本を不自然に持ち上げて、論壇や文壇での“政治的効果”を狙ったと思しきものもたまに見かけます。

そういった数ある書評の中で、本書『「考える人」は本を読む』のいちばんの特徴は「読書欲を激しく刺激すること」だと思います。本書では合計27冊が取り上げられているのですが、それぞれの評に目を通すと、紹介されている本を強烈に読みたくなるのです。

中でも、現代芸術家の秋山祐徳太子さんが個性的なお母さんと暮らした日々を自分の人生に重ねて振り返った『秋山祐徳太子の母』や、30歳年下の女性と再婚したテレビドラマ演出家の杉田成道さんが、その経緯と再婚後の生活を記した『願わくば、鳩のごとくに』は、それぞれの評を読み終えると、すぐに入手したくてたまらなくなりました。
アマゾンで見たところ、前者は紙の本が残部僅少ながらもまだあり、後者はKindleで電子書籍になっていたので、いずれもすぐ注文しました。
河野さんの書評から伝わってきたのは、『秋山祐徳太子の母』が、無限に与え合う親子のストレートな愛情が軸となる回想記であること。そして、『願わくば、鳩のごとくに』が、人生への覚悟の上に経った家族への深い愛情を語るものであること。
方向性は違うものの、共に強烈な「愛」を描いたものであることが指摘されていて興味が湧き、2冊とも読みたくて仕方がなくなったのです。

河野さんは「婦人公論」「中央公論」「考える人」といった雑誌の編集長を歴任するなど(現在は糸井重里さんの「ほぼ日」に所属)、出版の第一線で長く活躍してきた名編集者です。
本書では、取り上げた本の紹介と論評の合間に、ご自身の回想が交じるのが特徴で、それは独特の柔らかな味わい深さを生んでいます。その回想に登場するさまざまな筆者や関係者のエピソードは、単なる個人史にとどまらず、出版界やメディア界についての貴重な記録でもあります。

中でも、一緒に仕事をしただけでなく、個人的にも親交があり今では故人となった筆者たちの思い出を記す文章からは、温かい友情と深い悲しみが伝わってきます。
たとえば、井上ユリさんが書いた『姉・米原万里 思い出は食欲と共に』の評。
同書は、56歳で亡くなった人気ノンフィクション作家の米原万里さんについて、妹の井上ユリさん(作家の故・井上ひさし氏の夫人)が、その子供時代から死去までを回想した一冊です。米原さんは優れたロシア語同時通訳として活躍した後、転身した文筆の世界でも売れっ子になったのはご存じの通り。

河野さんは中央公論社時代に米原さんと何度も仕事をしたそうですが、もともとはずっと以前、学生時代からの友人でした。東大文学部ロシア文学科の学生だったとき、米原さんが大学院生として同じ研究室に在籍していたというのです。
亡くなる前は、独特の風貌と歯に衣着せぬ辛辣な発言で、迫力満点のゴッドマザー的な論客というイメージが強い米原さんでしたが、河野さんが持っていた大学院生時代の彼女の印象は逆で、

〈むしろ繊細で、どこか不安そうで、さびしがり屋の表情が強く印象に残っています〉

と振り返っています。10代を長く外国で過ごし、日本文化に疎外感を抱いている様子の米原さんを、「自分の居場所を探している人なんだな」と思っていたそうです。
結局、彼女は生来の「詩的な資質」を開花させることなく逝きました。その内面の一端を妹の目から描いた同書の紹介は、こんなふうに締めくくられます。

〈よく知られた万里さんではなく、私たちにはまだ見えていなかった米原万里の魂を近しく感じさせてくれる1冊です〉

悲しみを声高に叫ぶのではなく、同書の感想を淡々とした口調で語り、それゆえにかえって哀惜の念が深みを増して伝わってきます。

同じように、仕事を超えた友情で結ばれた、今は亡き筆者の本を紹介して印象に残るのが、山際淳司さんの『スローカーブを、もう一球』の評。この本は、有名な「江夏の21球」など8編が収められた、スポーツノンフィクションの短編集です。
山際さんが本名で書いていた人物ルポを週刊誌で読んだ河野さんは、すぐに会いに行って意気投合し、付き合いが始まり、やがて編集者と筆者の関係を超えた友情が育まれていったようです。

この項でもまた、『スローカーブを、もう一球』の魅力を語り、スポーツライティングの歴史の中で同書をきちんと位置づけつつ、46歳の若さで他界した亡友の思い出を交えて、巧みに紹介していきます。
しかも本文にとどまらず、項の最後に記されているエピローグ的な注にも、山際さんのことをこう記しているのです。

〈もっと長生きしてほしかった大事な友人の一人〉

感傷に溺れず、言葉に厳しい優れた編集者が、「友人」という単語を軽々しく使うとは思えないので、2人の間に存在したのは、本当にかけがえのない友情だったのでしょう。
さらに、山際さんの書き手としての基本的なスタンスをこう説明します。

〈注がれる眼差しが温かく、それでいて湿っていないのが特徴でした〉

きわめて簡潔かつ的確な説明であり、賛辞だと思います。同時にこれは、執筆における河野さん自身の姿勢でもあるのではないでしょうか。
僕はこのくだりを読んで、抑制された語り口の背後にある、友を失ったことの痛みにしばし思いを致しました。こんな小さな級数の文字で書かれた注を読んで、手を止めることになるとは考えてもいませんでした。

知己の死といえば、まさに本書の第5章のタイトルは「生と死を考える」ですが、他の章で紹介される本にも「生」「死」「命」「人生」などをテーマとして扱った、あるいはそれらを深く考えさせるものが多いように思います。
たとえば、『つながりあういのち 生き物博士 千石センセイ最後のメッセージ』がその1つで、著者は動物学者の千石正一さん。
がんで余命宣告を受け、死を目前にした千石さんが、地球上の動物たちの生命と自分の残り少ない命を見つめて、「命とは何だろう」というテーマについて考察した本なのだとか。内容の切実さのみならず、刊行を待たずに亡くなったという話が胸にのしかかってくるように感じられました。

また、D・ラピエール&L・コリンズ『さもなくば喪服を』も濃厚な死の匂いに満ちていることが、河野さんの評から伝わってきます。
同書は、1930年代から60年代のスペインを舞台に、ある天才闘牛士の人生を描いたノンフィクションで、主人公の家族や近隣の住民を始め、戦争や内乱の犠牲者や、闘牛士として命を落とした若者など、多くの人々の死が描かれているそうです。さらに、そういった死のイメージを通奏低音とした、叙情性あふれる骨太のノンフィクションであることが紹介されて、これまた激しく読書欲を喚起されます。
途中、この本を深く愛し、44歳で亡くなった(つまり死を迎えた)ノンフィクション作家の井田真木子さんのエピソードにさらりと触れられるのも印象的です。

本書のもう1つの特徴として、いわば「不屈の魂」を持って戦っている著者や登場人物に応援のエールを送っている、という点もあります。
たとえば石橋毅史『「本屋」は死なない』は、出版不況の中で、それでも本を読者に届けようと奮闘する書店主や書店員たちを取材したルポルタージュ。厳しい環境に置かれてもできる限りのチャレンジを試み、矜持を持ち続ける彼らと、その姿を紹介していく著者を、河野さんは穏やかに励ましています。

同じことは、我武者羅應援團の『僕らの仕事は応援団。 心を揺さぶられた8つの物語』の書評も言えるでしょう。
一生懸命生きる人をがむしゃらに応援する。相手の1人1人からじっくり話を聞き、その人生に寄り添って、世界にたった1つだけの、その人のためのエールを送る。かつて「逃げて」しまった、くすぶり続けてきた自分の人生にけじめをつける──。
そんな我武者羅應援團にも、彼らに応援される人たちにも、本書では優しい眼差しが注がれています。

〈応援という仕掛けにことよせて、語られているのは人と人とのコミュニケーションの根幹です。学ラン姿での声を限りの熱狂とは違う、真摯に生きようとする者の一途な叫びが、読者の胸を揺さぶります〉

という一節が、見事に同書の本質を言い当てているのでしょう。

興味深いのは、しばしば自分の仕事の軌跡と絡めた書評をしながら、河野さんが「私」という一人称をあまり記していないこと。意識的にか無意識のうちにか、本書のきわめて明晰で読みやすい文章からは、「私」が注意深く排されていると僕には感じられました。
自分の主観を伝えるよりも、なるべく多くの人に本の面白さや魅力を教えたいという意図でしょうか。勝手な推測ですが、膨大な教養を持ちながら基本的にプロデューサーとして黒子に徹しようとする、河野さんの「プロの編集職人」の誇りが反映されているのではないか、とも思いました。
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タイで出家した日本人僧侶のプラユキ・ナラテボー師については、前に2冊の共著を非常に興味深く読んでここで紹介したことがありました。
1冊は、プラユキ師を含めて5人の僧侶が「死」をどう考えるかを述べた『僧侶が語る死の正体』で、もう1冊はプラユキ師と仏教学者・魚川祐司さんとの対談書『悟らなくたって、いいじゃないか』
その後も僕は、師の教えに興味を持ち続け、『苦しまなくて、いいんだよ。』『「気づきの瞑想」を生きる タイで出家した日本人僧の物語』を読みました(そのうちここで内容紹介や感想などを書きたいと思います)。

その理由は、上座部仏教に対する好奇心をそそられたというのもあるのですが、どこか直感的に、プラユキ師の教えには自分の人生を良い方向に導いてくれるものがあるような気がしたからです。
また、10年くらい前だったか、岩波文庫から刊行されている原始仏典『ブッダのことば』『ブッダの真理のことば 感興のことば』を読んで深く感銘を受けた(中村元先生の翻訳も非常に読みやすかった)ことを思い出したりもしていました。

そんな経緯があって、しばらく前に、プラユキ師に瞑想と仏教を教えていただく会に参加しました。
結論から言うと、師のお話を聞き、瞑想の指導を受けて、心が穏やかに落ち着いていき、以前から持っていた怒りや苛立ちといった負の要素が何となく溶けかけていくような状態になったのを感じました。

もちろん、指導を受け始めたばかりなので、一気に心の完全な平安を得たわけでも、ネガティブな部分がゼロになったりしたわけでもなく、ほんの少しだけそういう方向に進んだのを感じたという程度にすぎません。
しかし、わずかであっても良い状態になったのは間違いなく、その流れにさらに乗りたくて、毎日短時間でも、教わった瞑想の練習をするよう努めています(ただ、うっかり忘れてしまうことがあるのが悩みなのですが)。

僕が参加した会には、30〜40人くらいが来られていたと記憶しています。皆さん、自分の心にとって大切な何かを求めてこの会場に集まっているのだなと思うと、何だか不思議な、その事実だけで嬉しくなるような気がしました。
そのときにプラユキ師に教えていただいた内容のうち、特に印象に残った部分をいくつか、配布された資料と自分で取ったメモと記憶に基づいて、以下に振り返ってみたいと思います。
(ただし仏教に関する僕の知識はいうまでもなく足りないので、不正確な記述もあるかもしれません。ご容赦ください)

まず、最も印象的かつ興味深かったのは、プラユキ師のお話が非常に論理的であることでした。宗教というと、何か神秘的で理屈を超えた話などが連想されがちかもしれませんが、師の説明はきわめてロジカルで、かつわかりやすかったのです。
仏教の目的について、プラユキ師が最初におっしゃった大前提を僕なりにまとめると、以下のようになります。

多くの人がさまざまな苦しみを抱えている。仏教の目的はその「苦」を滅すること、すなわち「滅苦」である。滅苦までのプロセスこそが「仏道」である──。

実に明快です。この前提を踏まえて、「では、いかにして苦を滅していくか」の具体的な説明に入っていくので、話の流れが論理的なのです。
滅苦に至るには4つの段階があり、それは以下のようなものだそうです。

①まず苦しみを明らかにし、それと向き合う=苦諦(くたい)
②苦しみには必ず原因があるので、それを知る=集諦(じったい)
③苦しみを滅する方法があるので、それに正しく取り組む=道諦(どうたい)
④そうすれば、苦しみを滅することができる=滅諦(めったい)

プラユキ師によると、①の「苦しみを向き合う」段階で、多くの人がまずつまづいてしまいがちなのだとか。
苦しみと向き合うのではなく、苦しみにはまり込んだり、苦しみに溺れたり、苦しみと戦おうとしたり、苦しみから目をそらして逃げようとしたり、苦しみを抑圧しようとしたり、苦しみを人のせいにしようとしたり……といった反応が代表的なパターン。
考えてみれば、これらのいくつか(全部?)を僕もやった経験があります。 

しかし、そんなことをしていては滅苦に向かって何も始まらない、というのがプラユキ師の教えです。
苦と触れ合い、苦を認めることがスタートだというのです。苦しみは、見て、向き合うものであって、戦うものでも逃げるものでもないのだ、と。

その滅苦に向かう手段としてプラユキ師が指導するのが「気づきの瞑想」です。やり方がいくつかある中で柱となるのが、14の手の動きを繰り返す「手動瞑想」であり、これをYouTubeに自ら説明されている動画があります。
この手動瞑想については、手の動かし方に加えて、心の持ち方についても大切なポイントをいくつか教えていただきました。以下、僕なりに理解したことを箇条書きにします。

・まず、動作の1つ1つにおける手の位置を、動かしながらその都度しっかり確認すること。そして、「リアルな手が今、ここにある」と気づくこと(ちなみに「今、ここ」というのはプラユキ師の教えにおける重要な概念です)。

・手を動かしているうちに、心の中にさまざまな想念や気分、イメージ、状態などが湧き上がってくるけれども、それらを悪いものと考えず、オープンハートで「オッケー」とすべて受け入れること(「オープンハート」もやはり師の教えでは大切なキーワード)。

・心に浮かんだ想念などをいったん受け入れたら、再び、動かしている手の位置を確認して、「今、ここに手がある」と気づくこと。

・この気づきを繰り返すことで、心の安らぎや明晰さ、生き生きした感覚などが生じ、ネガティブな感情が少なくなっていき、やがて滅苦に至ること。

・瞑想しながら、「自分はこういう性格だ」といった先入観や思い込み、「こうあらねばならない」といった構えなどは捨てるようにすること──。

僕はこれらの諸点を念頭に置きながら、手動瞑想を少しずつでも続けるようにしたところ、確かに心の落ち着きが増すと同時に、ネガティブな思いが減って行くような実感がありました。ただし、前述したように、まだほんのわずかな前進にすぎませんが。

そして、気づきの瞑想における重要な5つのポイントを、師に以下のように教えていただきました。それは、①信(=信頼力)、②精進(=努力)、③念(=覚醒力)、④定(じょう=受容力)、⑤慧(え=洞察力)の5点です。
ただし、これらの意味をきちんと説明するのは僕の手に余るので、詳しく正確に知りたい方は、プラユキ師の著書などを読まれるのがよいと思います。

いずれにせよ、瞑想によってこれらの力を高めていくと「心がブッダクオリティに近づいていくんだよ」と師は話されていました。
「ブッダクオリティ」とは実に簡潔でわかりやすい表現だと感心させられ、しかも自分がそこに至る道を歩き始めたのかもしれないと思うと、何だかワクワクしてきました。

では、そもそも「苦」というものはどうして生まれるのでしょうか。
人間のさまざまな苦しみは「過去や未来にとらわれること」から生じる。気づきの瞑想によって滅苦に近づくのは、過去にも未来にもとらわれないようになるからだ──とプラユキ師は説明します。
これを聞いたとき、僕は、突然目の前がスッと明るくなったような気がしました。
 
人間は、過去に起こったことに怒りや後悔の気持ちを抱いたり、未来に起こることを思い悩んだり心配したりしがちなものです。それが、過去や未来にとらわれることであり、苦しみを生む原因だというのです。
たとえば「失敗」した経験を、ネガティブな感情と共に思い出すことは多くの人が経験しているでしょう。つらい記憶がよみがえったり、「失敗してしまった」と後悔したり、「あんな失敗をした自分はダメな人間だ」と自己否定したり、「また失敗してしまうのではないか」と不安を抱いたり、「あいつのせいで失敗した」と犯人捜しをしたり……。

しかし、プラユキ師によると、これらはどれも「過去」ではありません。いずれも、「今、ここ」で、体験の記憶を起点に作っている「物語」にすぎず、過去でも何でもないのだ、と。
嫌な過去、つらい過去、腹立たしい過去だと思っているものは、実は「今、ここ」で起こっているアクションの結果なのです。
未来のことについて思い悩むのも同じです。それは、あくまで、「今、ここ」にいる自分が未来について作っている「物語」であって、未来ではないということ。
であれば、それらの「自己否定の物語」を編集して「学び」にすればいい、と師は教えてくれました。

ネガティブな感情が「物語」であることを知るために、前述したように、すべてのことを「オッケー」と受け入れながら「気づきの瞑想」を実践するわけです。
その結果、自分がとらわれている過去や未来は、実は「今、ここ」で起きている物語にすぎないと少しずつわかってくる──というのがプラユキ師の説明です。

やがて、気づきや受容が勝手にやってくるようになる。「自分はこういう性格だ」といった思い込みも、実はまったく根拠のない、自分の中で妄想した単なる「物語」であることがわかってくるようになります。
まさに「気づき」がどんどん到来するわけです。

ただし、その気づきの力を養うには、日頃から瞑想をする習慣をつけておくことが非常に大事です。スポーツや勉強と同じように、瞑想も毎日少しずつでも続けなければ効果が上がりにくいのだとか。「継続は力なり」です。
日々続ける瞑想によって気づきを重ねていくと、やがて自分の周りに「今、ここ空間」と呼ぶべきスペースができる、とプラユキ師は教えます。すべての出来事は「今、ここ」のもので、現在進行形で起こっているだけだと理解できるようになる、と。

最後にプラユキ師が話された、ご自身の変化の話も興味深いものでした。
仏教に出会う前の師は、コミュニケーションに自信がなく、人と接するたびにいつも不安や怯えを感じていたそうです。それが仏教を知り、気づきの瞑想を重ねることで、見事に払拭されたのだとか。
「若いときの私はいつもびくびくしていたんだよ。今は比丘(びく=僧侶)だけどね」
というジョークに皆さん大笑いし、まもなく楽しく散会となりました。

今後、僕ははたしてどれだけ「滅苦」に近づけるのだろうか。
そのことを常に意識しながら、「気づきの瞑想」の練習を続け、今後もときどきプラユキ師の会に出席して、なるべく「今、ここ」に生きていきたいと思います。気づきの瞑想書影

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