これは血を吐くような一冊だな、と読み終えてまず思いました。
2016年10月に表面化して将棋界に激震をもたらした、三浦弘行九段の将棋ソフト不正使用疑惑。
まさに将棋界の存続に関わる大事件であり、この文章を書いている現時点(2016年12月11日)もまだ、はたして解決に至るのかどうかがまったく不透明です。
しかし、これは単に三浦九段の個人的な問題にとどまらず、そもそもがコンピュータ将棋との関わり方を最初から誤った日本将棋連盟の姿勢に問題があり、ひいては、馴れ合いと問題の先送りばかりを繰り返してきた将棋界の運営に根本的な原因がある──。
本書『棋士の一分 将棋界が変わるには』で、自らが棋士である著者の橋本崇載八段は、大変な憤りを込めてそう主張しているのです。

橋本さんと言えば「ハッシー」の愛称で知られ、A級に在籍経験がある実力者であるのに加えて、将棋普及のためにバーを経営したり、芸能事務所に所属して頻繁にメディアに登場したり、一般誌で連載コラムを持ったりと、いろいろな才能を発揮しています。
そんな人気棋士のイメージが強かった橋本さんが、本書では〈将棋界は今、未曾有の危機を迎えている〉とした上で、

〈いよいよ本格的に日本将棋連盟、そしてプロ将棋界が崩壊するカウントダウンが始まることにもなりかねない〉

などと大いなる危機感を吐露しました。
内容は、将棋界の危うい実情を次々と明かしつつ抜本的な改革が急務であることを訴え続け、悲痛な真情を感じさせるもので、いわゆる暴露本の類ではありません。

ただし、将棋連盟の上層部の運営方針を遠慮なく批判しているので、橋本さんは将棋界内部からかなりの“逆風”を受けるかもしれず、ひょっとしたら、三浦九段ではありませんが何らかの処分が下されるかもしれません。
しかし、橋本さんはそういう場合も想定して腹をくくっているようで、次のように述べています。

〈発言が許されず、なんらかのペナルティが科せられる可能性がまったくないとはいえない。しかし、ここで私は示しておきたいのは“正論”である。
正論の発信が許されないのであれば、そのときはこの業界を去ることも辞さない。
それだけの覚悟を持って私は棋士でいる〉

これは凄い。まさに将棋界からの引退を覚悟して刊行した本というわけで、ファンサービスでおどけた振る舞いをしている橋本さんの印象が強い僕は、少し驚いて襟を正したいような思いになりました。

橋本さんはもともと、コンピュータ将棋に対して一貫して否定的スタンスを取ってきました。
棋士がソフトと戦ってスポンサーから一時的にお金が入ったところで、長い目で見れば百害あって一利なし、将棋界の存続を危うくするものだと昔も今も考えているようです。
本書ではまず、これまで将棋界がコンピュータと関わってきたやり方の問題点を整理してわかりやすく指摘してくれます。

その中で僕がまず興味深く感じたのが、将棋連盟とコンピュータ将棋との関わりが「お金を前提に成り立ってきた」という指摘。僕なりに翻訳すれば、将棋界の拝金主義が生んだものだという指摘です。
しかも棋士対コンピュータ将棋の対局が始まった原因は、将棋界全体ではなく、故・米長邦雄さん(前将棋連盟会長)個人の私利私欲だった、と名指しで断じているのはショッキングでした。
2012年、米長さんは1000万円の対局料欲しさにボンクラーズと戦った、と橋本さんは述べています。
しかも完敗し、世間に「コンピュータは人間より強くなっているのではないか」という印象まで与えてしまった、と。

米長会長はそれまで棋士たちに対し、コンピュータとの無断対局を禁じる命令を出していたのですが、それは、棋士が負ける事態を避けるためという名目によるものでした。
ところが、自分の懐に結構なお金が入るとなると、大義名分などなかったかのように逆に自ら出ていって敗北を喫し、将棋界にダメージを与えてしまう。
橋本さんは当時のことをこうストレートに振り返っています。

〈将棋界の未来を危うくしていく歴史は、米長会長の策謀から始まったのだ。
棋士もメディアもそうだが、棋士とコンピュータ将棋の対局を牽引したのが個人の私利私欲だったという事実とはきちんと向かい合おうとはしない〉

金銭問題だけでなく、米長さんが完全な独裁体制を敷き、常軌を逸した言動が多かったことへの批判も強烈です。
そして、後を継いだ谷川浩司現会長についても、〈谷川さんは長く米長会長の側近としてやってきていてその暴走を止められなかった人である〉とバッサリ。
谷川さんの評価が的を射ているかどうかはともかく、橋本さんは本当に覚悟を決めて書いているのでしょう。

やはり2013年4月、A級棋士の三浦さんがGPS将棋というコンピュータソフトに完敗したときの影響は大きかった、と橋本さんは振り返ります。
そこから将棋界の拝金傾向にも負の連鎖が始まり、一転してコンピュータと対局したがる棋士が増えたというのです。
それは、三浦さんが敗北したので、どの棋士もコンピュータに負けても失うものがなくなり、しかも多額の対局料を受け取れるようになったからだとか。

もう1つ、コンピュータが強くなっているにもかかわらず、対局の公正さを確保するための仕組みやルールが作られないまま(つまり不正行為を防止するための厳格な対策がなされないまま)、棋士の自主性に任されていたことも、橋本さんは強く批判しています。
ずいぶん前から、対局中に不正行為ができる余地はいろいろあったのに、「不正はありえない」という根拠なき暗黙の了解のみをもとに、スポーツにおけるドーピング検査のようなチェックは一切してこなかったというのです。
その根底にあったのは、「棋士は絶対に清廉潔白な聖人君子である」という幻想でした。

このように危機に直面しているのに、あまりにも無策な将棋界自体も、橋本さんは舌鋒鋭く批判します。
特に、ずさんな運営に対して何も意見を言わない中堅層の棋士たちに容赦がありません。

〈トップだけの問題ではない。争いごとに巻き込まれるのを避けようとするように発言を控えている人たちが多いことがこの業界の特徴になっている。
とくに本来であれば、組織の中核になるべき四十代、五十代の棋士たちがまったく動こうとしない。
この世代には、俗にいう羽生世代も含まれる〉

この点は僕も前から不思議で、もちろん盤上だけに全精力を傾ける棋士がいてもいいのですが、その一方で、なぜ羽生世代やその前後の世代に、将棋界を変えようという強い意志を表す人が見当たらないのだろう、と思っていました。
谷川さんも、強力なリーダーシップを発揮して問題解決に当たるためというより、何となく他に適役がいなくて担ぎ上げられた会長という印象が否めませんし……。
(棋士としては偉大な方だと敬意を感じていますが)

橋本さんはそんな将棋連盟を変革しようと、2015年の理事選に立候補しますが、次点で落選してしまいます。
その心労から精神的に追い詰められて自殺を考えたこともあり、今後は理事選に出馬するつもりは一切ないそうです。

橋本さんが最大の憂いと苛立ちを表明しているのは、将棋界は未来が決して明るくない「斜陽産業」なのに、内部の危機感があまりにも乏しく、運営を抜本的に変えようという意識がないことに対して。
プロ棋士志望者が減っていく兆しが見え、棋士の数は一向に減らず、経営のプロや各分野の専門家を入れないアマチュア的経営を続け、厳しい状況にある新聞社にスポンサーとして依存しすぎており……という構造的な問題を抱えた将棋界を、

〈斜陽産業の中で生きているのを忘れ、ぬるま湯に浸かりきっている人があまりにも多いように見えてしまう〉

と痛烈に評するのですが、これは将棋連盟だけでなく、過去に凋落していったさまざまな国家や組織や企業にも当てはまる特徴だと思います。
もちろん、僕は将棋連盟の凋落をまったく望んでいませんが……。
 
まもなく、「棋士」は生活が保証されない立場となり、職業ではなく資格になるかもしれないという懸念に脅かされつつ、〈ここで立ち上がる者が現れなければ、間違いなく将棋界は崩壊してしまうだろう〉と決意して本書を書いた橋本さん。
彼の“捨て身の一手”とも言える提言を、将棋界は少しでも受け止めるのでしょうか。
棋士の一分書影