2019年01月15日

アゲイン2月催事の御案内

毎月第一日曜日13時半より武蔵小山のライブカフェ「アゲイン」にて開催中の音楽鑑賞会「ほのぼのSP講座、SP盤でたどる昭和流行歌史」の第170回の御案内です。今月より開始の新企画は季節の作品で、2月は「吹雪・曠野の歌」を集めました。1930年代の流行歌には「曠野・大陸」物と言われる分野が比較的大きな割合を占めており、支那大陸から蒙古への広大な領域が舞台で、季節は冬が圧倒的に多数でした。故郷や恋人に思いを馳せ、望郷の念を抱きながら様々な事情と役目により幌馬車・馬・橇などで行動する類型的な題材でしたが、早めのテンポの短調の佳曲が沢山ありました。

1、国境の町(東海林太郎)1934年
  (代表作品を高音質でお楽しみいただけます)
2、吹雪を衝いて(松平晃)1934年
  (江口夜詩作曲の効果音が印象的な異色作品、LPよりも格段に高音質です)
3、国境の街(古山静夫=楠木繁夫)1935年
  (弱小会社による流行作品の模倣ですが、中々巧みに出来ております)
4、吹雪峠(松平晃)1935年
  (古関裕而の力作、テンポの速さに楽団が苦労、LPでは省略の後奏最終部分もあります)
5、雪の曠野(林伊佐緒)1935年
  (若き日の林伊佐緒の美声による少し不思議な作品です)
6、吹雪の曠野(桜井健二)1936年
  (類型的ですが中々の作品で、LPよりも高音質です)
7、密使の幌馬車(灰田勝彦)1937年
  (SP盤が少ない希少作品ですが、金属原盤からの高音質で聴けます)
8、せめて淡雪(藤山一郎)1938年
  (藤山の希少盤ですが、高音質CDにより真髄が広く伝わりました)
9、大陸哀歌(結城道子)1938年
  (女性による珍しい作品で、声楽系歌手の美声が印象的で)
10、吹雪の夢唄(上原敏)1939年
  (上原の希少盤です、LPよりも迫力のある高音質です)
11、蒙古吹雪(結城道子)1939年
  (大太鼓を使用した編曲が秀逸です、自主制作LPよりも高音質です)
12、蒙古の夜風(瀬川伸)1940年
  (前奏にホルンを用いた管弦楽的編曲が秀逸な作品です)
13、吹雪の橇(菅原都々)1940年
  (少女歌手時代の歌声は戦後とは異なった趣があり、貴重な記録です)
14、曠野の北斗星(橋本一郎)1941年
  (この分野の最終時期、スタジオの残響を生かした録音が見事です)
15、国境の灯(霧島昇)1947年
  (島国に戻った日本の北海道が舞台の異色作です、復刻盤よりも高音質です)

各作品の特徴を記しました、当日会場にてお確かめ下さい。なお、「アゲイン」のHPも御参照下さい。会費2000円(飲物1杯付)15時前に終了予定です。

音楽史研究家 郡修彦

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2019年01月07日

昭和最後の日から30年

日本の元号中最長の「昭和」最後の日から30年の歳月が流れました。誠に歳月の流れは速いもので、昨日の様に思える日から30年とは改めて驚かざるを得ません。
あの日、私は社会人一年生、大学院修了後に私立高校講師と中学受験塾講師を兼務しており、かねがね陛下崩御の時には如何なる場合も直ちに皇居前広場に馳せ参じる考えでおりました。前年より陛下の容態が思わしくない重苦しい年末、後輩(現在某大学教授)が「陛下は7日に崩御あらせられます」と言い、日本の経済状況を子細に分析すると7日以外では全てが滞るとの結論でした。よもやと思いつつ年末には風邪にて床に伏しましたが漸く元気になり、7日は朝から夜まで塾の冬期講習でした。6時に起床してテレビにてニュースを見て、8時前に二子玉川の塾に出勤しますと玄関にて生徒が職員と「陛下崩御」の話をしており、思わず問い返しますに「先程」との返答に、直ちに職員室内の小型テレビを着け各局の番組に見入りました。授業開始ですとの職員の声に我に返り、流石に夜までの仕事を放棄して皇居前広場には馳せ参ずる事は出来ないとの苦渋の決断をして授業へ赴きました。
当時、私は祖母と同居しており、休憩時間に連絡を入れますに祖母も報道にて崩御を知り、直ちに半旗を掲揚したと聞きました。これは国旗を半分の位置とし、旗竿先端の竿球を黒布で覆う様式で、私の人生では初めての経験でしたが、明治生まれの祖母には三度目でした
塾の休憩時間と昼休みには駅へ赴き号外を入手し、夜に帰宅して陛下奉悼の歌を作りました。その後に同年の知人の見事な奉悼歌を目にして余りの出来の差異に愕然として短歌を止めました。
様々な事を思い出した1月7日でした。

音楽史研究家 郡修彦

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2019年01月06日

映画「素敵なダイナマイトスキャンダル」

昨年公開の「素敵なダイナマイトスキャンダル」を漸く再上映で鑑賞しました。公開時には気になりながらも多忙にて赴けず、偶然にチラシにて再上映を知った次第です。
末井昭氏の半生を映画化したもので、フィクションとの表示ながら時代考証が行き届いており、観ていて全く違和感を感じませんでした。1960年代後半のアパートや工場の様子、主人公が拾得した電気ストーブで下宿のヒューズを飛ばして交換する場面、当時の紫煙もうもうたる喫茶店、学生運動全盛時代の討論的な会話、1980年代半ばの雑誌編集部の様子等は小道具が巧みに配されており納得の映像でした。主人公や周囲の人物の髪型・服装・口調も良く再現されており、実際に末井氏が手掛けられた雑誌の実物が登場する場面も歴史の資料として貴重です。1960年代~1980年代を舞台にした映像では中々再現が難しく、一見して違和感を感じる作品が殆どですが、本作品は自然に感情移入が出来て、少年・青年時代を思い出しました。
氏の代表作である雑誌「写真時代」は当時私は殆ど目を通しませんでしたが、旧友が結婚時に創刊号を寄贈してくれ、記録として書架に保存しており、また最終号も昨今入手して最初と最後が揃っております。また、連載記事から発展した「超芸術トマソン」や「笑う写真」は単行本発行と同時に入手して愛読したものでした。
また、家内と時々訪れます写真酒場の常連の方が実は映画の考証に協力しており、映画化以前に伺った話と全く同じ点も大変に興味深く、総合的に良心的な印象に残る作品でした。

音楽史研究家 郡修彦

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2019年01月01日

謹賀新年 1月の自宅催事の御案内

謹賀新年
本年も宜しくお願い申し上げます。

早速ですが,
1月の自宅催事の御案内です。新春に相応しい新曲や珍しい作品も御用意致しました。何れも入念に手入れをし販売当時の状態に近いSP盤を、英国製の高級鉄針にて再生する本格鑑賞会です。

                              平成31年
      東  京  都  小  平  市  「  小  平  新  文  化  住  宅  」
              蓄  音  器  鑑  賞  会  &  建  物  紹  介
  米国製ビクトローラ4-40・ラッパ蓄音器使用、流行歌・クラシック等
  2000円(お茶・お菓子付)未就学児は無料・小学生は1000円
  完全予約制(前々日まで受付、多数の時は先着順、最少2名様より開催)
  1回定員6名様

1月19日(土)1.10:00~12:30  2.14:00~16:30
              (1月17日木曜日まで御予約受付中)
1月20日(日)1.10:00~12:30  2.14:00~16:30
              (1月18日金曜日まで御予約受付中)
1月26日(土)1.10:00~12:30  2.14:00~16:30
              (1月24日木曜日まで御予約受付中)
1月27日(日)1.10:00~12:30  2.14:00~16:30
              (1月25日金曜日まで御予約受付中)

◆ご予約は希望の日時・人数・全員の御名前・メールアドレス・代表者連絡先
を明記の上御申し込み下さい。折り返し詳細を御送り致します。
◆2名様以上にてお申し込み下さい(遠方の方はご相談下さい)。
◆講師:郡  修彦(音楽史研究家)
        淺井カヨ(日本モダンガール協會代表)

◆ご予約・ご質問のメールアドレス
      (info@mogakyokai.com )

◆最寄駅:西武多摩湖線「一橋学園」駅または「青梅街道」駅
          JR武蔵野線「新小平」駅
◆次回開催は3月です。

なお、大型写真機、本格映像記録機械による撮影は御遠慮ください。

音楽史研究家 郡修彦



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2018年12月29日

新宿中村屋 純印度式カリー

先日、久々に新宿中村屋の純印度式カリーを食しました。2014年10月の新社屋竣工時から味が変化しましたので、私が食した記憶を辿り味の変化を追ってみませう。
初めて食したのは1970年9月、母と弟と昼食に訪れた時でした。家庭料理のカレー(固形のインスタントや小麦粉とカレー粉の自家製)とは全く異なる「激辛であるが美味」が第一印象でした。水を飲み飲み食し、完食は無理でしたが強烈な印象を今でも鮮明に覚えています。現在とは大分異なる味で強烈に辛く、鶏肉もジャガイモも入念に煮込み、中までルーの色が染みていました。そして口直しに1階の売店で飲んだのが豆乳の「ラッピー」、これが現在の豆乳とは全く異なる実に不味で、「鼻を摘み」ながら薬と思い飲む程の強烈な味でした。
その後は暫く訪れませんでしたが、1974年にはレストランと同じ品を樹脂容器に詰めて1階にて販売しており、それを購入して自宅の鍋で温めて賞味しました。この樹脂容器の販売は比較的短期間で終了したのは何とも残念でしたが、味は1970年と殆ど変化が無く「激辛であるが美味」のままでした。
1981年4月にアルバイト先の女性と昼食に訪れた時には辛さが幾分か和らいでおり、調合が変化した事を実感しました。千葉出身の彼女は初めてで随分と辛いとの感想でした。
1980年代には年1回位の割合で訪れましたが、段階的に辛さが和らぎ乳脂肪系の増加で柔らかく濃厚な味への変化を感じました。そして、人気の上昇と共に更に辛さが和らぎ、鶏肉もジャガイモも別に調理した物を合わせる方式へ移行したのでルーの色が全く染みておらず、需要量を満たす為の大量生産を実感する様になりました。
その後は実態の確認や初めての人への紹介に訪れましたが、全く変化がありませんでした。旧社屋では2階が主レストランで、4階に昼食専用のブフェ式があり、2階の印度カリーを更に薄くしたカレーと他の種類のカレーは価格の割に美味で、空腹時には良く訪れては満腹になりましたが、旧社屋閉店時に終了したのは残念でした。
そして、2014年10月の新社屋竣工、経営形態を変えて貸しビル中心になり、純印度式カリーは地下2階となり、早速訪れました処が1970年代の味に復しており新社屋にての意気込みを感じ、何とも嬉しい限りでした。味に魅かれて当初は頻繁に訪れては往時を懐かしんだものでした。
先日の久々の再訪では1980年代半ば以降の味へと退行しており、客の好みに合わせての変化なのか、経営上の理由なのかは不明ですが、4年の間に変化した事は同行の家内も等しく認める処でした。
創業当初の味を遵守する事が至上なのか、時代に即応して変化して行くのが至上なのかは意見の分かれるところですが、私は初めて訪れた1970年の味が今でも至上であります。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年12月15日

季刊オーディオ雑誌「アナログ」第62号

2018年12月15日

本日発売のオーデイオ雑誌「アナログ」VOL.62に連載中の「いまこそ甦るSPの真髄」が掲載されております。この雑誌は音元出版が発行する季刊雑誌で、「アナログオーデイオ&ゆとりライフマガジン」との基本方針が表紙に印刷されております。高級アナログオーデイオ、アナログ党の方々、写真機、ウィスキー等の分野の様々な逸話が盛り込まれた雑誌で、小生は復刻盤の制作方法や舞台裏を中心に紹介しており、今回は11月21日にコロムビアから発売されました高峰三枝子のCDにまつわる話です。LP中心の同誌でしたが、昨今はSPも取り上げられ更に幅が広がりました。是非とも書店にて御覧下さい。

音楽史研究家 郡修彦 

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2018年12月12日

写真展の御案内

東京高円寺北口の「酒と写真と流行歌」の「バー鳥渡ちょっと」にて本日より開催(28日まで)の、年末企画展「チョット逢おうか~お題はアオ~」に私と淺井カヨが写真を1点づつ出品致しております。総勢29名による合同写真展です、是非ともお立ち寄りください。

杉並区高円寺北2-4-8-2F   
03‐3338-3331
夕方7時頃~翌朝2時頃(火曜定休)



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2018年12月10日

三億円事件50年

本日は1968年12月10日に東京府中にて現金輸送車から3億円弱が強奪されて50年に当たります。この事件は迷宮入りした大事件として普く知られておりますが、近隣で起きた事件として子供心にも深く刻まれた出来事でした。当時私は6歳、当日は雨で寒かった事を良く覚えております。当時当家のTVは故障中で、昼前位に母が近所から三億円事件の話を聞き、余りの金額に驚きました。夕刊には大々的に報道され、電車(西武多摩湖線)で一駅の国分寺の銀行の現金輸送車との事で近隣では暫く話題でした。
それから、程なく犯人のモンタージュ写真と遺留品を掲載した印刷物が各家庭に配布され、「犯人逮捕の日まで、捨てずにご保存ください」との但し書きが印象に残り、我が家では四つ折りにして祖母の抽斗に収め、時効までは保存しておりました。また、500円札の一部が新券であり番号が発表された為に、500円札を見る度に番号を確認した思い出が有ります。このB号500円札は1969年11月1日からC号に変更されて急速に姿を消し、最終的には1971年1月4日に日本銀行からの払い出しが終了しました。
小平市は犯行現場から近隣の為に我が家にも刑事が捜査に来て、周囲でオートバイに乗る青年の状況を聞いて行ったと後に母から聞きました。私の在宅中では無かったのは残念でした。小学校入学後も暫くは三億円事件は話題に上りましたが、激動の時代でしたので何時しか新規の話題に取って代わられました。
時効の1975年には一時的に再燃し、「週刊朝日」で組まれた特集が大変に面白かったのが印象に残っています。また、東映が清水一行の原作を映画化した「実録三億円事件時効成立」は事件後7年でしたので、街並みから車両まで巧みに事件当日を再現しており、現在では一変した国分寺の北口の貴重な記録が残されております。
「文芸春秋」の1980年8月号ではモンタージュ写真が、実は事件前年に事故死した実在の人物の写真の流用であった事を初めて明かして大きな話題になり、当時高校3年生の私は発売当日に書店にて読破(金銭的な余裕から購入出来ず)して事を鮮明に覚えております。
随時、この事件は取り上げられ、2000年にはビートたけし主演のテレビドラマが放送され、車両や街並みの再現が難しい事を痛感しました。部分的にしても事実の再現は時間が経過すると難易度が増して行くもので、その後の三億円関係の映画・ドラマも同様でした。
犯人は当時20歳ならば現在70歳、30歳なら80歳です。確実に地上に存在した人物による犯行ですが、犯人像が皆目見当が付かない点は実に不思議です。私は長い間学生運動の一団が資金調達の為に複数犯で行い、終了後に頭目が手下を内ゲバや毒殺で葬り、一人勝ち逃げをしたと勝手に想像しておりました。2008年12月7日発行の「別冊宝島」1574号に作家の安部譲二氏が書かれた顛末が、荒唐無稽ながら一番真実に近い様に思われます。奇想天外な事件は常識の範囲では解決しないのかも知れません。
なお、事件当日は荻野目洋子の誕生日でもあります。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年12月05日

年末催事の御知らせ・浅草花やしき

画廊・珈琲 Zaroff(東京・初台)の開店10周年を記念して、12月21日18時30分より、淺草「花やしき」にて「Zaroff十周年記念企画 平成最後の超忘年会 遊宴畸譚 ルナパアク」が開催されます。私と淺井カヨは、ポータブル蓄音器で「蓄音器の宵・師走特別篇」をお送り致しますので、是非ともお運び下さい。

音楽史研究家 郡修彦

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蓄音器鑑賞会&建物紹介12月の御知らせ

2018年12月5日

12月の自宅催事予定が決まりましたので御知らせ致します。新着のレコードもありますので、是非ともお越し下さい。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年12月01日

ライブカフェ アゲイン催事

2018年12月1日

2007年11月より継続開催中のライブカフェ「アゲイン」(武蔵小山)の催事御案内です。
今月は先月に引き続き没後40年を記念して作詞家の島田磬也の特集を御送り致します。今回は1938年(昭和13年)以降の代表作品を新たにSPレコードから復刻した新音源にて御送り致しますので、従来の音源(特にLP時代)とは明瞭な差があり新体験の音質となっております。是非とも御越し下さい。

12月2日(日)午後1時30分より
ライブカフェ アゲイン 武蔵小山下車1分
会費2000円(飲物1杯付)

音楽史研究家 郡修彦

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2018年11月21日

高峰三枝子CD

2018年11月21日

本日、日本コロムビアから発売されました2枚組CD「生誕100年記念 高峰三枝子大全集」(COCP-40561~2 3240円)はSPレコード時代(1938年~52年)の若き日の歌声38曲と、ステレオ時代(1966年~)の新曲5曲の合計43曲の代表作品を収録した撰集です。SPレコード時代の音源の復刻・調整作業を私と田村玲彦氏が担当して最上の音質となっております。
高峰三枝子はSPレコード時代に52曲、ステレオ時代の新曲24曲、代表作品の再録音の3種類があり、SPレコード時代の作品は全て復刻されてはいますが、音質不良やピッチ未調整の玉石混交でした。1998年の通信販売用3枚組CDで大半(43曲)を刷新し、今回も追加分刷新分(4曲)と向上音源(3曲)にて、52曲中の合計48曲の刷新を完了しました。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年11月15日

雑誌「望星」12月号

2018年11月15日

本日発売の雑誌「望星」(東海教育研究所発行、A5判120頁、600円)の特集「レコードに針を落とすとき」に、「個性際立つSP盤時代の音」として取材記事が掲載されました。
自宅の3台の蓄音器(スタンド型:米国ビクトローラ4-40、ポータブル型:日本コロムビア250、喇叭型:ニッポノホン)の写真も掲載され、私と蓄音器の歴史が手際よくまとめられた記事です。蓄音器は雑音の中から蚊の啼く様な音との固定観念を覆す内容であり、この3台の音は実際に自宅にての「蓄音器鑑賞会&建物案内」の催事(週末不定期開催)でお聴き頂けます。

音楽史研究家 郡修彦


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2018年11月06日

会津戦争150年③

2018年11月6日

本日は150年前の太陰暦9月22日であり、会津戦争が終結した日です。既に会津地方は冬が間近であり、東北の冬の厳しさを知らない新政府軍(西軍・偽官軍)と持久戦になれば有利になった可能性が有ります。それを承知で戦争の終結を急いだとの説があり、1812年のロシア対フランスの様に展開したかも知れません。
実は会津戦争に際して遊撃戦か籠城戦かで戦略が分かれ、結果として籠城戦を選択しました。私の先祖は軍事奉行で遊撃戦を主張したとの証言があり、戦争は名を捨てて実を取る必要が時により生じます。ですので、最終的な勝利か和睦の過程として城の有無よりも戦争の展開が重要である点を先祖は見抜いていました。そして、戦争中は勇敢に戦いましたが無駄死は避け、終戦後に相手側に処分を委ね、結果として戦犯にて自刃しました。戦争中に責任を取り自刃するのも一つの美学ですが、雌雄を決するまでは戦い抜き、戦後に一任する事が真の責任感と私は考えます。
会津戦争の降伏式は1876年(明治9年)に早川松山が描いた錦絵が有名で良く知られておりますが、実際に同席していない人物が描かれた創作であり、私の先祖も「茅野政修」の名で老人(実際は数え年41歳)として描かれております。実は直後に発行された瓦版の版画が真実に近いと思われ、新政府軍の将兵の様子も、会津側の武士の様子も当時の形態を良く捉えております。
私は季節感を重要視しますので、矢張り会津戦争の終結は太陽暦換算の本日でなければ、当日の気候や大気を実感出来ないと考えます。ですので、忠臣蔵も新暦換算でないと降雪は有り得ない訳です。
明治100年と言われた1968年から早いもので半世紀、150年を経た会津戦争終結の本日に歴史の彼方を偲び一文を記しました。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年10月08日

会津戦争150年②

2018年10月8日

会津若松城下に新政府軍(西軍・偽官軍)が侵入したのが太陰暦1868年8月23日で、太陽暦の10月8日に当たります。この日は籠城戦による武家家族の去就に際し、多くの婦女子が自邸にて自害しており、白虎隊の一部兵が飯森山にて自害した事でも知られております。
この日、私の先祖も自邸から三の丸に移動しますも、婦女子は足手まといとの当主夫人の判断から全員自害と決まりますが、本丸からの連絡により籠城戦の一員となりました。この時に曽祖父は数え年11歳(満10歳)現在の小学5年生相当でした。曽祖父の回想が幾つかの文献に有りますが、正しく間一髪との事です。武家の教育では死は恐れませんので自然・当然であり、状況の変化にての籠城戦への参戦も流れとして当然でした。状況に応じて一瞬で生死の判断を下すには矢張り日頃からの教育や鍛錬が大切であり、遺憾無く示されたと私は思っております。
白虎隊の退却兵は10月8日の気候の中で水路を抜けて飯森山へ到りますが、前日の雨や気温を考えますと困難な戦闘であった筈であり、疲労困憊により全力を発揮し得ず万全の戦闘が不可能な以上は自害するとの判断も、矢張り日頃の教育や鍛錬の結果と申せましょう。
この10月8日の敵軍の城下侵入により籠城戦が開始されますが、会津若松城は実戦経験豊富な加藤嘉明による改修により難攻不落の城となり、落城には到りませんでした。普通の城は正面入り口である「大手門」が堂々と存在しますが、会津若松城は内堀沿いに一周しても全く見えない様に設計されており、敵軍は江戸城に秘蔵されていた諸大名の城郭図から会津若松城の図を略奪して戦闘に備えたのです。しかしながら図面が有れども攻略は困難であり、大手門外側の「北出丸」への接近すらも城内からの射撃にて困難を極めました。この「北出丸」は入り口への通路が急に狭くなり一度に大勢の軍勢が入城出来ず、入城すると大手門と周囲から丸見えとなり格好の標的となる設計です。流石の敵軍も多勢にての攻略すら不可能となり、包囲戦へと移行したのです。

音楽史研究家 郡修彦



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2018年10月06日

会津戦争150年

2018年10月6日

太陰暦1868年8月21日は太陽暦の10月6日に相当します。150年前の本日、会津藩(東軍、真官軍)と新政府軍(西軍、偽官軍)との戦が開始されました。
戦闘の経緯や原因は様々な文献等に詳述されておりますが、真夏の日付が実は旧暦であり、新暦に換算すると秋の初頭である事は意外と見落とされております。冬の到来が間近な会津地方での不可避の戦争に際して、遊撃戦か籠城戦かの論議が為されて後者となり、晩秋に開城となった事は周知の通りですが、前者にて真冬の会津地方での戦闘となった場合は1812年のロシアと同様になった可能性があります。
新政府軍の奸計により一瞬にして正規軍が逆賊となり、反乱軍が正規軍になる辺りは米国の有名な映画と全く同じ展開であり、参考にしている可能性が考えられます。
この会津戦争は当家の歴史の中で最大の出来事であり、150年目の日に本稿を作成するのは不思議な縁でもあります。戦争の経緯と共に当家とのかかわりを御紹介致しましょう。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年06月19日

太宰治と玉川上水

2018年6月19日

本日は作家の太宰治が玉川上水に入水自殺を図り発見されてから70年になります。玉川上水は江戸への水路として1653年に作られ、新宿の淀橋浄水場が廃止される1965年まで重要な存在でした。太宰が入水した付近は1965年以降は通水が少なく、現在もさしたる変化は有りませんので、現状を見て太宰の入水を訝る方が散見されますが、実は1948年当時は水量が多く流れも速かったのです。
映画やTVドラマで太宰の入水場面を何種類か見ましたが、再現は現在の映像技術でも困難と思われ、相手と手を取りながら池(沼)へ進む場面や、玉川上水の土手で語る場面等がありました。夜に急流の水路に入水したのが真実で、6月19日の発見時は上流にて水量を減らしての捜索ですので、当日の写真の玉川上水は日頃の水量ではありません。
1919年には遠足の小学生が玉川上水に転落し、救助に赴いた訓導(当時の小学校教師の名称)が急流にて殉職しております。来年で百年を迎える出来事は松本訓導殉職の碑により脈々と後世に伝えられ、玉川上水が急流であった事実の証でもあります。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年05月29日

美空ひばりCD・DVD

2018年5月29日

本日は美空ひばりの誕生日(1937年、昭和12年生まれ)、それを記念して本日、日本コロムビアからCD・DVD「青空に歌声高く~ひばりデビューの頃~」(COZP1438~9)が発売されました。CDは最初期の20作品が従来よりも高品質にて収録されております。これは復刻音源の見直しを行い、SP盤の大元の金属原盤を使用した音源の音質調整とピッチ修正を施して、録音当日に記録媒体(ワックス原盤)に届いた音を再現しました。また、金属原盤の存在しない(腐食等で処分)作品は市販されたレコード(SP盤)を複数調達して最上の盤を音源として、こちらも音質調整とピッチ修正を施しました。この一連の作業は私と盟友の田村玲彦氏が担当し、品質の向上に最善を尽くしました。そして、コンピューターを使用したノイズ処理(SP盤・金属原盤を針が擦る音)を行わず、ダイナミックレンジの圧縮を避けましたので、迫力のある伸びの良い瑞々しい音が得られ、少女時代の美空ひばりの神髄を後世に伝え得ると自負しております。このCDが好評の暁には、同様の方法でSP盤時代(昭和29年半ば)の美空ひばりの全作品を集大成する可能性が開けますので、是非とも御鑑賞を御願い申し上げます。なお、一昨年病没の岳父は美空ひばりと同年・同月・同日生まれでした。

音楽史研究家 郡修彦

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2018年05月23日

小平新文化住宅6月催事の御知らせ

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  2018年5月23日

6月の自宅催事予定が決まりましたので御知らせ致します。新着のレコードもありますので、是非ともお越し下さい。1913年にメルバが録音した「カミン・スルー・ザ・ライ」(故郷の空)は旧吹込(マイクロフォンを使用しない空気の振動を直接録音する方式)時代を代表する作品のひとつです。

音楽史研究家 郡修彦

                        平成30年
      東  京  都  小  平  市  「  小  平  新  文  化  住  宅  」
              蓄  音  器  鑑  賞  会  &  建  物  紹  介
  米国製ビクトローラ4-40・ラッパ蓄音器使用、流行歌・クラシック等
  2000円(お茶・お菓子付)未就学児は無料・小学生は1000円
  完全予約制(前々日まで受付、多数の時は先着順、最少2名様より開催)
  1回定員6名様

6月9日(土)①10:00 ~ ②14:00 ~(6月7日木曜日まで御予約受付中)
6月10日(日)①10:00 ~ ②14:00 ~(6月8日金曜日まで御予約受付中)
6月16日(土)①10:00 ~ ②14:00 ~(6月14日木曜日まで御予約受付中)
6月17日(日)①10:00 ~ ②14:00 ~(6月15日金曜日まで御予約受付中)
6月29日(金)①10:00 ~ ②14:00 ~(6月27日水曜日まで御予約受付中)
6月30日(土)①10:00 ~ ②14:00 ~(6月28日木曜日まで御予約受付中)

◆ご予約は希望の日時・人数・全員の御名前・メールアドレス・代表者連絡先
を明記の上御申し込み下さい。折り返し詳細を御送り致します。

◆講師:郡  修彦(音楽史研究家)
        淺井カヨ(日本モダンガール協會代表)

◆ご予約・ご質問のメールアドレス
      (info★mogakyokai.com )か(koki2670★yahoo.co.jp)どちらか
★印を@マークに変換して下さい。



kohri0705 at 09:35|PermalinkComments(0)

2018年05月04日

催事の御知らせ アゲイン5月催事

2018年5月4日

武蔵小山駅前のライブカフェ「アゲイン」にての催事は、4月より没後40年の古賀政男の軌跡を辿る特集を始めました。4月は昭和初期のビクター・コロムビアの時代の代表作品、今月はテイチクの前半時期の代表作品を御送り致します。2004年の生誕100年の時にテイチク時代の代表作品は全て新規にSP盤から復刻作業を行い、良好な音質でCD6枚組を制作しました。現在では廃盤になっておりますので、今回の催事では前述のCDを使用して古賀作品の真髄を御伝え致します。また、付録と致しまして未復刻音源2面も再生致しますので、是非ともお越し下さい。

5月6日日曜日 13時開場、13時半開演、15時終了予定。会費2000円(飲物一杯付)

音楽史研究家 郡修彦

kohri0705 at 22:58|PermalinkComments(0)