2009年11月20日
1位なるまで

夕方、知らない電話番号から何回か着信があったのだ。
今までのパターンだと単なる間違い電話か、銀杏のファンの人だ。男だったりもするし女だったりもする。電話口で「死ね」って言われてガチャッと切れたり、ただ「はぁ…はぁ…はぁ、いくぅ!」と何かの行為をしているだけだったりする。
だからなるべく知らない番号はとらないようにしてる。
すると今度はメールが。
なんだか、見覚えのある懐かしいアドレスからだった。
メールを開くと、あの人からだった。
「先ほど何回か電話したんですが…」
僕は意を決して、さっきの番号の主に電話をかけた。
これを読んでいる方々へ。
あなたは、大好きだったかつての恋人と、長年の歳月を経て、再び会った経験はあるでしょうか。
胸が張り裂けるような思いです。
その人と僕は、もうかれこれ四年、会っていない。
僕の大事な大事なパートナーだった。
僕はその人に何度も何度も助けられ、何度も何度も泣きついた。
お互いの体のすみずみまで知り尽くし、それこそお尻の穴のしわの数まで知り尽くし、愛しあい、こすれあった。
最後、お互いボロボロになり、病院にもお世話になり、覚悟をきめて別れたまま、もうそれっきり会うことはないだろうと思っていた。
僕はその人と会わなくなった四年のあいだ、「もう少しなんとかできたんじゃないか」と自分の犯した罪を背負いながら、生きてきたつもりだ。
そしてその人の人生が輝けるものになりますようにと、祈らない日はなかった。
ただその人が幸せでいてくれますように。自分の無力さを呪った。
会わなくなってから、その人の偉大さに気づいた。
いつもそうさ。馬鹿やろう。
きっと、愛だ、これは。
愛ってゆうやつなんだ、これこそ。
だがもうそれは僕と君とが生んだものではない。僕だけがもつ、誰もわからない、さびしい愛なのだ。
だけどこれから、これだけを頼りに、僕は生きていく。
愛と罪はおなじものだ。背負わないと重さがわからないのだ。
懐中電灯で照らして歩こう。
漆黒の森の中どこまでも、淋しくなったら骸骨になった君に話しかけながら、歩いていこう。
夜、電話をかける僕の手は震えていた。
「もしもーし」と電話をとるその人の声は、あの頃と変わらず、元気だった。
江口豊、その人だった。
1998年、ただの友達であった間柄からGOING STEADYのマネージャーに就任し、幾多の困難を一緒に乗り越えながら、銀杏ボーイズの血と汗と涙の歴史をメンバーと共につくりあげた男。
2005年、失踪したまま廃人寸前のところで身元を保護され、惜しまれながらマネージャーをやめたまま連絡を絶ち、風の噂では上野あたりで営業マンとして立派に社会復帰したと聞いていた。
まさか、もう一度江口くんと話せる日が来るなんて思いもしなかった。
僕たちは30分、電話で話した。
四年の空白期間が嘘のように、僕たちは笑った。
積もる話は山のようにあった。江口くんがあまりにくだらない事ばかり話すので僕も小便で小便を洗うようなしょーもない話しかしなかった。
彼は山形に帰ると言う。ここには書けないがいろいろな事情があり、帰ると言う。
そっかーと僕は言った。帰る前にふたりで会おうと言った。僕たちは喜んだ。汚い笑い声で。
来週、僕は江口くんと会う。
ふたりでLaQuaにでも行こうと思う。サウナ入りながら愚痴でも聞こう。高級デリヘルでも奢ってやろう。
深夜、いよいよサンプルが届いたばかりの「ボーイズ・オン・ザ・ラン」シングルを部屋でひとり、聴いた。
江口くんのための曲を、僕たちはつくったのだなーと思った。
勝った負けたの世界だよ、ここじゃあ。
ぶざまで結構。喧嘩にルールなんてない。降参したら負けだからな。なんぼぶん殴られても、降参しなかったら負けじゃねえ。
だから、勝つまでやるんだよ。負けてもいいっすよ、またやりゃあ。あっちが戦意喪失するまでぶん殴られよう。ボッコボコで歯抜けでジジイなっても殴られよう。勝つまで。1位なるまで。
2009年11月16日
性について

ちょうどこんな冬の入り口の日だったと思う。僕たち8人がお互い避けるようになり、やがて目もあわさなくなったのは。
あれ以来、僕は彼らと赤の他人になった。もう19年も会っていない。
いきなりだが。
「性」というものの不可思議さについて、きっちりとここで話そうと思う。
だが性への目覚めについては話すつもりはない。性に目覚めた瞬間のことはあまり覚えていないからだ。自覚的じゃなかった。気づいたら性に目覚めていた。これを読んでいる男性諸君と同じく、来る日も来る日もどっぷりだった。
(これから書く内容はもしかしたら、人によっては著しく気分を害される方もおられる恐れありますゆえ、そういう方はすみやかに携帯・デスクトップを閉じてくだされるがよろし)
-リヴァプール編-
まず、ことの始まりは1989年。小学六年生のときだ。
もうすでにずっぽりオナニーの仕方を体得していた峯田少年は、胸の奥から沸き上がるどうしようもなき動物的本能に身体が支配され、親が仕事から帰ってくるまでの間に親の寝室に忍び込み、週間ポストや週間宝石や宇宙企画のカタログを見ながら悶絶していた。
射精後は罪悪感ばかりが残って仏壇を見るのが怖くて仕方なかった。
きっちりやることはやっていたのだが、果たしてどうして女の人のおっぱいやお尻を見ると欲情するのかは全くわからなかった。
ある日、保健体育の授業で、先生は「精子」という言葉を使った。
妊娠・出産についてのスピーチをしているとき、山口先生は「精子」という言葉を黒板に大きめに書いた。
せいし。
はしゃぐ奴らがいるなか、僕は口をあんぐりした。
「せいし」と言うのか、あれは。あのネバネバする水は。青天のへきれきであった。
続いて山口先生は、「精子はおたまじゃくしみたいなやつです」と言った。
「顕微鏡で見たら何千匹もウヨウヨ動いているのがわかります」と言った。
僕の頭はまっしろになった。
家に帰ってもボーッとし、高熱が三日続いた。
せいしは生き物。僕の身体の中から生き物。
それから僕は晩御飯が終わると、家族にばれないように卵焼きや豆腐の破片を半ズボンのポケットに詰めて部屋に戻り、射精したあと、卵焼きや豆腐をさらに細かく刻んで、机の上に放たれた精子にあげた。死なないでほしかった。
机の上の白い精子はだんだんと水みたいに透明になり、ネバネバ感もなくなっていく。卵焼きや豆腐はわずかだけど小さくなった気がした。食べてくれたんだと思った。
-CBGB編-
1990年。中学一年の夏休み。
悪夢のように暑い日だった。
なんぼ餌を与えても精子が成長しないことは既にわかっていた。その辺に関してはもう冷めていた。
カラオケ屋もボーリング場もコンビニもない町。夜9時を過ぎれば辺り一面まっくらな町。ヤンキーとサセコさんが幅をきかす町。
僕たち8人は勉強会という名目の元に親から宿泊の許可を得、町1番の金持ち・O君の豪邸に集結した。
男子中学生が8人も夜中に集まって、盛り上がらないわけがなかった。
「甘くて飲みやすい」と評判の「紅茶のお酒」をかっくらい、筋肉少女帯のCDを爆音でかけ、好きな女の子の名前を全員でカミングアウトし、酔っぱらってはベランダからゲロを吐き、森高千里を熱唱し、つまみ枝豆の心霊本をまわし読みし、桑田投手の投げマネをし、セメダインを軽く吸い、ムカつくヤンキーを八つ裂きにする漫画を書き、誰が陰毛が長いか勝負をし、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックを目茶苦茶に踊った。
やがて深夜になり、疲れと眠気がきて全員が横になっていた。部屋の電気をO君が消した。
そのとき、誰かがつぶやいた。
悪魔の囁きのように、誰かが「フェラチオって気持ちいいのかな」とつぶやいた。
気づくと我々は全裸になっており、上から見るとちょうど円の形になった状態で、無心でお互いのチンコを舐めていた。人間の鎖だった。
待ったナシで時間は過ぎていった。S君はB君の口の中で果てた。B君はY君の口で果てた。Y君は峯田少年の口の中で果てた。
この現象の具体的な理由は今となっては定かではないけども、普段の学校生活においてセックスもフェラチオもしたいけれども8人とも女子と縁がない。でも是非とも体験してみたい。で、手短かなところで僕たちがお互いで、という短絡的な理由、複雑かつ浅ましき事情があったと推測。
僕たちはこれを結構、続けた。
そのうち日が経つと、「こいつのフェラチオはうまい」だの「こいつのチンコは舐め甲斐がある」だの「俺はこいつの隣りがいい」だの事態はますます深刻化の一途をたどった。(当時はもちろん天国への階段ガシガシ登っちょる気分)
二学期。
メンバーがひとり来なくなった。「塾いくから」って。しばらくしてまたひとり。「彼女できた」って。どうみても嘘。
僕たちはそいつらを敵視した。
時おり公民館の図書室でも人間の鎖は遂行された。それを最後にまたひとり消えた。
秋。
3人で鎖つくるのはしんどくなった。
家を貸すO君もなんとなく嫌々なんじゃないかと思い始めた。僕とT君はやがてO君をシカトするようになった。
実は僕たちの方が全員からシカトされてると気づいた頃にはもう遅かった。変な噂も一瞬流れた。
ある日、放課後、部活の帰り、突然僕は恐怖に襲われた。
「実は俺、ホントウにヤバい事をしているんじゃないだろうか」。
どうやらこの世界には「同性愛」というものが存在している。
男どうしでやるという。僕はTのチンコをよく舐めている。
でも、僕はTのこと好きじゃない。僕が好きなのはY子さんだけ。でも僕はTのチンコ舐めて僕も舐められて。
う、う、うわー きもちわるい。きもちわるい。きもちわるい。きもちわるい きもちわるい きもちわるい うわああ
-あすなろ編-
僕はもう31歳。
あいつら、今なにやってるかな。
元気でいるかな。封印したかな。忘れちゃったかな。僕は覚えてるぞ。こんなにこと細かに覚えているぞ。
今度連絡とって会いに行ってみようかな。もちろん鎖のことは触れずに。「久しぶりー」ってなもんで。
7人みんな、山形にいんのかなー。ひとりずつ会おうかな。ドラゴンボール探すみたいに。神龍でるんじゃねーかな。
なんだかとっても切ないよ。笑えるけど笑えない。
もう二度と戻らない青春の日々。あの精子まみれの日々がまさしく青春だった。まだ性について無自覚だった、奇跡的な時期。もし今同じことを誰かとやってもあの頃のようにはいかないだろう。
ありがとうって言いたい。おまえらの精子、まっずかったけど宝物だよ。まじで。
2009年11月14日
あの素晴らしい愛をもう一度

ボーイズ・オン・ザ・ランPV完成。とおもいきや、やっぱり音の微調整だけもう一回やることに決めた。あとは問題なしだ。
よっしゃあ木本くんがんばろう!!
今週は音楽誌の取材が多く入った週だった。なにせ「光」以来だから2年ぶりの取材だ。インタビュアーの方々とも久しぶりに会う。
久しぶりに会うから、最初はお互いなんか緊張している。緊張なんてしてないぜとばかりに自虐的になりがち。なんか、こっ恥ずかしい感じ。やっぱコンスタントに作品をリリースしてないとこうなるよねーどうしても。
喋ってる途中に「なにを偉そうに俺は語ってんだ」と呆れる。それでも喋る。
たまに「これカウンセリングみたいだなー」と落ち込む。それでも喋る。
でもやっぱりインタビューはおもしろい。本当は銭湯にでも行ってサウナでひーひー言いながら勝負した後に話した方がもっとお互い本音でぶつかれそうだ。
昨日は寒いなか遊園地で撮影した。その遊園地にはミニ動物園もあって、動物園に行くのは幼稚園ぶりの俺は生の馬や猿をみて激しく咆哮した。
ウサギだと思ったら実はモルモットだった。ヨコシマな表情ひとつない天然の係員がいた。世界中の動物たちの守護霊さまを背負ったかのようなオーラに身を包んでいた。その係員が座っている僕らの膝の上に一匹ずつモルモットを置いた。僕のとこに来たモルモットは白黒模様の毛をしてて、なんと右側のおしりの部分だけ茶色の毛だった。クールだ。
寒かったからだろう、彼は小刻みに震えていた。「さむいよー」という目をしてた。キュート。
カメラマンは梅佳代さん。ばっちり撮られた。彼女はピースをすると異様に喜ぶのでいっぱい俺はピースした。村井くんも変なピース。彼女の喜ぶ顔は僕たちをとことん幸せにした。
平日のせいか、遊園地はがらんとしていた。中年のカップルがダブルデートしていた以外、他に誰も来園者がいない。
彼らはカートを漕ぎながら、ぶつかりそうになっては「許さないぞ〜〜!」とよだれを垂らして足をシャコシャコしていた。風に揺れる無人の観覧車がまたせつなかった。
最後に銀杏四人は遊園地内をぐるっと周回する機関車に乗った。
先頭車両にはまだまだ若手の男性職員。彼が顔を真っ赤にして「しゅっぱつ〜しんこ〜〜」と言ってチリンチリンと鐘を鳴らす。
僕たちはげらげら笑いながら、子供むけの列車はゆっくりと走りだした。
曇り空は仏頂面で暗くなっていく。あのカーブを曲がれば梅佳代がカメラを持って待ち構えている。
僕たちは何の合図もなしに、いそいそと裸になった。
ピンク色の髪のあびちゃんが、青春映画の主人公にみえた。
2009年11月04日
薔薇窓

赤坂にある編集スタジオにて「ボーイズ・オン・ザ・ラン」PV本編集2日目がただいま終了。だいぶ進んだ。だいぶ疲労した。
秋葉原・渋谷・中野・原宿・浅草・蒲田・池袋・大阪で撮影した1000人の男性の顔を曲の中にビチビチとハメこむ。スタッフの木本くん、たーちゃんと3人で缶詰め。部屋の空気は重い。くさい。酸っぱい。だが映像からは黄色い男汁は出てる。その味に賭けるしかない。
ここ数日間、僕は全く女性と会話していないし顔を見てもいない。エロ本が乱舞。「****(女性タレント名)とヤリてえよ」と願いながらオロチと化したいちもつを仕方なくトイレで慰める。何回か慰める。彼女、もうどのくらい会ってないんだろ。二ヶ月か。くっ。完成したら彼女とやろう。ぶっ続けでやろう。許してくれるまで。
今日も編集スタジオ近くのカプセルホテルに泊まる。自分でもこの水色の浴衣みたいな着衣は似合わないと思う。
誰もいないカプセルホテルのフロント。けったいなロビーでこれを書いてる。読んでくれて助かる。
明日か。あさってか。このビデオが黄色い汁で満たされて泡立って、いずれすぐに公共の電波に乗るのか。
答えなんて探せない。メッセージを伝える余裕もない。ただ1000人の男達がのたうちまわり、欲望を言葉に、カメラレンズを冷たくみつめるだけのビデオ。もうすぐ。だからもう少し待ってて。
寝るね。起こしてね。うそ。おやすみ。
2009年10月27日
ラヴビデオ

最近東京は雨。結構どしゃ降りな雨。
先週〜週末にかけて銀杏の新曲PVの撮影が秋葉原や池袋、中野で行われた。我々の撮影に快く参加してくれた皆さん、無理なお願いに付きあってくれた皆さん、どうもありがとうございました。
撮ったばかりの素材を荒編集しながらの作業になってますが、おかげさまでとても面白いPVになりそうです。
目標の1000人撮影までもう少し。28日には大阪で最後の撮影です。
必ずや、血管の太い作品に、「男とは?」という命題を叩きつけられる作品に仕上げます待っていてください
ずっと探しているAVの話。
僕がここ最近ずっと探しているAVは、タイトルも覚えてないし、どこのメーカーだったかも忘れてしまった。無念
初めてその作品を観たのは大学3年のときだから1998年か1999年だ。千葉県千葉市若葉区にあるレンタルビデオ店で借りた。
あの当時、親元を離れて一人暮らし生活を送ったことのある人ならわかってもらえると思うが、月末、給料をもらったバイト明けの帰りに深夜のレンタルビデオ店に入り、AVを借りて、大事そうに抱えて家路に着くのがお決まりになっていた。
店員は「また来たかコイツ」という顔をする。僕はなに食わぬ顔をしてクールに金を払う。今みたいにインターネット動画に頼ることもなかった若者はそうやって苦労してAVを借りた。
ある日、僕はそのAVと出会った。
残念ながらパッケージがどんなだったかは定かではない。ただその内容だけが記憶にある。
舞台はどこかの大学のサークル部室。「ロック研究会」という看板がある。
部室に固定カメラが2台。天井からとテーブル脇からの2台が雑誌などに隠されて置いてある。
どうやら隠し撮りのようだ。
大学生と思わしき男ふたり(顔にモザイク)に監督が今回の撮影の趣旨を伝えている。「はあ。はあ」とわかってるんだかわかってないんだかな大学生の対応。
しばらくして監督は消え、大学生ひとりだけを残して部室は静かになる。ここまで女登場せず。
残された大学生(男A)、所在なさげに煙草を吸ったりジュース飲んだり、ソファーに置いてあったギターを弾いたりしている。
男A、ラジカセにCDをセットし、再生ボタンを押す。静かだった部室に音楽が流れる。
ロック音楽だった。当時、二十歳の僕はその部室で流れている洋楽アーティストは誰なのかわからなかった。初めて耳にする音楽だった。もしかして、あのときより少しは音楽が詳しくなった今の自分なら、「あっ!--が流れてる」とすぐにわかったかもしれないけど。
雰囲気だけで思い返すとプライマル・スクリームのファーストとか、インスパイラル・カーペッツとかマイブラの中期(sunny sundae smile〜strawberry wine)か、なんかそういう感じだった。
ただ、とにかく、僕はその音楽に興奮した。かっこよかった。いま流れているこのバンドは誰!?と胸が桃色に熱くなった。
いつ、この小汚い「ロック研究会」と呼ばれし部室に女がやって来てエロいことが始まるんだろうというドキドキと相まって、その音楽は僕を勃起させた。
やがて部屋に相川七瀬風な恰好した所謂ロック好きそうな女が入ってきて、男Aは酒を勧め、服を脱がせ、昼間なのにソファーでセックスが始まった。
音楽はやむなくことなく、ふたりはファズギターのなかにだらしなく沈んだ。
その後もその部室を舞台に大学生たちが代わる代わるセックスをしていた。なんとも言いようがないセックスをただしていた。
彼らの声はプライマルだかマイブラだかにいともたやすく掻き消された。絶頂をむかえたときの女の声が曲の隙間に何度か聞こえた。固定カメラ2台は彼らを呆然と撮影しただけ。そんなAV。
僕は探している。隠し撮りのスタイルだけどおそらく全部ヤラセ。けどなんか興奮した。僕がこれまで観たどんな音楽ビデオよりも興奮し、流れる音楽に身も心も支配された作品だった。言い知れぬ背徳感と快楽。そして大学の部室の、ラジカセ音楽の調べが招くしょーもなさ満載の設定。思い出しただけで涙が出そうになる。
表向きはAVだけど、れっきとしたPVにみえた。
思えばあのAVが僕の「PV原体験」だったのかもなー。あれこそが音楽だと思った。うん。ああいった作品をつくらねば。
しかし、流れていた音楽が誰だったか知れないのが本当に悔しい。
心当たりある方、情報待ってます。
漫画喫茶より、あなたへ。
そいえば峯田ブログ5年目突入。謝謝!


