2012年06月

2012年06月29日

求めません 望むだけです



深夜の3時半にWOWOWでサッカー欧州選手権が生中継されているのでそれを観賞しようと、
WOWOW加入者であるマネージャー江口くん家に向かう、
という日々が続いていた六月であったが、
本日は準決勝最後の試合イタリア対ドイツという好カード、
果たしてイタリアは3バックで挑むのか、
ピルロはどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、
などなど、
お家芸であるガッチガチの守備型スタイルを捨てて、
もう、
息もつかぬような攻撃的サッカーで今大会おもわぬ変貌を遂げながら勝ち進んできたイタリアサッカーを存分に楽しむべく、
家を3時に出て自転車置き場に向かったが、
なんだか知らないが僕の自転車の後輪は空気洩れをおこして、
スッカスカになっていて、
なんだ、
しょうがないから歩いていくかと、
ふて腐れながらWOWOW加入者が住む新中野に向かうことにして、
もう空もすこしばかり白み始めてきていて、
なんだ、
うわあ、
もう夏が来ちゃうのね、
とかしみじみ考えたらここ最近に自身に起こったことやずいぶんと昔の記憶、
それは子どもの頃に家族みなで由良海岸に行ったときの事や、
弟のまっくんと爺ちゃんと夏休みに東映のアニメ映画、
ドラえもん のび太のリトルスターウォーズ、
とか見に行って映画館で同級生の女とばったり会ってしまい、
途端に恥ずかしいとゆうか気まずいとゆうか、
握ってた爺ちゃんの手を冷たくはらってしまい、
所在なく、
ずっと憂うつな気分で映画どころではなく、
あとで布団のなかで爺ちゃんにごめんと謝ったこと、
うわ、
こんなにはっきりと昔のことを、
すっごく詳細まで思い出してしまったと自分でもびっくりし、
夏の威力、
ひとえにセンチメンタルを引き起こす力つったらハンパないなと大まかに知りつつ、
足はそのまま山手通りを突っ切って大久保通りに入り、
信号待ちしてる、
おそらく勤務を終えて帰途につく、
独り暮らしなのかそれとも家で男が待ってるのかわかんないけど、
まあとりあえず携帯で誰かと電話しながら信号待ちしてるキャバクラ嬢の後ろ姿を僕の眼球はとらえ、
しかととらえ、
近づいてじっとお尻を眺め、
その膨らみを包むミニのワンピースが柔らかい風によって揺らされる様子に僕は無量になり、
所有してみたいと思い、
いけないいけないと煩悶し、
振りかえる素振りもみせない彼女の話し声を聞いていると、
なにやらすごく性格の優しそうな女の子で、
親の心配などをしている内容の会話で、
そんなのを聞いてしまうと一瞬にして恋に落ちてしまうほど僕の貞操というのはゆるいようで、
いや、
恋というよりこれは父性本能か、
次の信号で追い越したときにちらっと顔を覗いてみたかったんだけどタイミングを失い、
願いかなわず、
ゆっくり歩くわけにもいかず、
ちょっと無理して早歩きしてセブンイレブンに入って買い出しして、
ようやく江口くん家に着くと彼はいかにも眠たそうな感じで、
だるそうな感じで僕を招きいれ、
でもやっぱり話をきくとどうやら風邪気味のようで、
今日は休もうか、
僕は帰った方がいいんじゃないかと提案したが彼は大丈夫だからサッカーみようと言い、
もう試合開始から25分過ぎていたがふたりで大声を出すのをこらえながら、
さすがに深夜、
というより朝方なので、
それでもピルロの華麗なパフォーマンスには口を閉ざすことなど出来るわけがなく、
バロテッリの豪快なシュートも決まり、
いよいよ2-0でイタリアが勝とうとしていて、
江口くんは調子が悪そうに何度かトイレにたち、
お粥でもつくってあげたい気分になり、
風邪がひどくなるのはおそらくこれからだから明日あたりもう一回ここに来て昆布ダシでねぎが多めのお粥をつくってあげようと思い、
そしたら江口くんは「明日あたり彼女に連絡して看病してもらおっかな」とか言って、
とってもにやけた顔をみせるので、
ふんっ、
て思い、
試合終了間際にドイツがPKでやっと1点を返したけどそのまま試合は終わり、
これで決勝はスペイン対イタリアということになり、
僕たちはそれをとても喜びあい、
なぜならばどちらも凄く攻撃的なサッカーをするためであり、
両者が交互に攻めあがるとても見応えのある展開が予想されるからであり、
きっとヨハン・クライフが大喜びしそうな試合になるだろうね、
って僕たちは話して、
風邪はやく良くなるといいね、
って言って、
うん、
ってうなずいて、
もし酷かったら今日会社休んだら?って言って、
江口くんうん、
ってうなずいて、
じゃあね、
おやすみなさい、
って家をでた。






koi_to_taikutsu at 11:06|PermalinkComments(4489)TrackBack(0)

2012年06月05日

17年

先日のこと。
サッカー日本代表戦をテレビで観ていたら緊急ニュース速報が。

画面の上に、元オウム真理教信者の菊地直子が逮捕されたとテロップがでた。



地下鉄サリン事件が1995年の3月だったから、
あれからもう17年が経った事になるんだね。
僕は高校3年になる直前だった。
春休み中だったんだけど大学進学志望者向けの勉強会に出席するために、家を出て学校に向かった。

教室に入るとなんだか皆がざわついていて、変だなーと思いながらでも別に気にしなかった。
社会科の大山先生が大慌てで走ってきて「いまさっき東京で大変なことが起きた。日本で無差別テロが起きてしまった」
と興奮して黒板をたたいた。
僕はそこで初めてニュースを知った。まだ寒い日なのに先生は顔を真っ赤にして、汗をかいてた。


「テロ」の意味があの時はいまいち僕はわからなくって、
でも大山先生の必死なしゃべり方からおそらく、大事件なんだろうなとは予測した。

こわいなーとは思いながらも、おかげで授業が潰れたことに僕は嬉しくもあり、おそらくあの教室にいた生徒全員が同じ思いであったと、あの雰囲気をおもいだすとそう思う。
みんな不安で、みんななにかを待ち受けていた。






菊地直子さんは17年間の逃亡のあいだ、名前を変えて各地を転々として、身を隠して生活していたという。
櫻井千鶴子(ちづこ)という偽名をつかっていた。

オウム真理教の教祖の名は麻原彰晃。
本名は松本智津夫(ちづお)。


誰にも気づかれまいと17年も逃亡を続けた人間の気持ち。
常に人の目を気にしながら生活して、ばれるのではないかと恐怖のなかで生き続ける。逃げ続ける。僕には知るよしもない。知るよしもないのだけど。


自分の偽名を考えるとき、彼女は教祖と同じ(ちづ)という言葉を名前にいれた。
逃げ続けなければならないというのに。
どうしてわざわざ、(ちづ)なんか。

どこかで彼女はみつけてほしかったのかな。
自分ではない自分を、はやく暴いてほしかったのかな。






ほんとに僕は、知るよしもないのだろうか。
僕はなにかから逃げ続けることを、ほんとに知らないんだろうか。
なにかに、誰かの目に、怯えてはいないんだろうか。
自分ではない自分をもっていないだなんて、本当に言い切れるかな。




koi_to_taikutsu at 03:27|PermalinkComments(639)TrackBack(0)