前回の記事で、ミュシャの《スラヴ叙事詩》と拙著『乙女戦争』の関連について書きましたが、先日ミュシャ展を観てきました♪

予想通りかなり混んでいましたが、絵が巨大で、会場も広かったので満足に鑑賞できました。
会場一時間前から並んで、早めに入場できたのも良かったです。

《スラヴ叙事詩》を改めて鑑賞して発見したことですが、ヤン・ジシュカがあちこちに描かれてしました!

前回紹介したように、『ヴィートコフ山の戦いの後』にははっきりと描かれていますが、
NMF015_After_the_Battle_of_Vitkov
 
さらに、『ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス師』 と、
Kazani_mistra_jana_husa_v_kapli_betlemske_81x61m
 
『グルンヴァルトの戦いの後』、
After_the_Battle_of_Grunwald_-_Alfons_Mucha
 
そして連作の掉尾を飾る『スラヴ民族の賛歌』の中にもジシュカが描かれています。 
slav00_02
 
片眼に黒い眼帯をしているのが特徴です。

ここに載せた画像では小さすぎてわからないでしょう。
ぜひミュシャ展の会場に行って探してみてください。
双眼鏡やオペラグラスを持参するのがお勧めです。

さらに、《スラヴ叙事詩》とあわせて展示されているプラハ市民会館の天井画にもヤン・ジシュカが描かれていて、一緒に『乙女戦争』の登場人物のヤン・ロハーチ(ドゥベーのロハーチ)もいます。
《闘う魂 ヤン・ジシュカ》
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《堅固 ドゥベーのロハーチ》
Alfons_Mucha,_Jan_Rohač_z_DubeWS003234

ここではジシュカが若々しくて、ロハーチがかなり老けているのもなんだか面白いですw


ちなみにミュシャが描くジシュカは、絵によって眼帯をつけているのが右眼だったり左眼だったりします。隻眼だったということしかわかっていなかったので、他の人の手によるジシュカの図像類も同じくまちまちなのですが、ミュシャの中でも左右不統一なのはなぜなのか…?

近年発見されたジシュカの遺骨を調査した結果、幼少期に左眼を失明し、晩年に矢傷で右眼も失明したことが今では判明しています(なので左眼に眼帯が正解ということになります)。