『乙女戦争外伝 火を継ぐ者たち』第1話で描かれたハンガリー王冠盗み出し事件について解説します。

犯行日時:1440年2月20日夜
犯行現場:ハンガリー王国ヴィシェグラード城
盗難被害:ハンガリー王冠《聖イシュトヴァーンの王冠》 時価総額不明
主犯:ハンガリー王妃エルジェーベト(エリーザベト)
実行犯:エルジェーベトの侍女ヘレーネ・コッターナ

共犯:ハンガリー人の男2名(姓名不詳)
動機:エルジェーベトの夫であるハンガリー王アルベルト(神聖ローマ皇帝アルブレヒト)は先年10月27日に死亡していたが、エルジェーベトは妊娠中であり、男児が生まれれば正統なハンガリー王位継承者となるはずであった。
エルジェーベトは生まれてくる息子の地位を強固にするためにハンガリー王位の象徴である《聖イシュトヴァーンの王冠》を手に入れておきたかった。そのために忠実な侍女ヘレーネ・コッターナに王冠を密かに盗み出すように命じた。


この件に関して、ヘレーネ・コッターナ自身の手記が残っていて、それを元に犯行の経緯を整理します。

ヘレーネがエルジェーベトからこの大胆なミッションを与えられた時期は不明ですが、1440年1月18日にハンガリー王国議会がポーランド王ヴワディスワフ3世を次期ハンガリー王として招聘するための使節を派遣しているので、おそらくその情報を得た後と推測します。

ヘレーネは大いに動揺し恐怖に震えたものの、断ることもできず、有能な協力者を探しました。 最初に依頼した男は真っ青になって逃げ出しました。 最終的に「仕事に忠実で賢明で思慮深」いハンガリー人の男2名が仲間になりましたが、ヘレーネはこの人物の名前は伏せています。

作戦は以下の通りです。
まずヘレーネは、エルジェーベトの新しい侍女を何人か見繕うため(恐らくブダに)出向き、その帰途、王冠が保管されているヴィシェグラード城で一泊し、夜間に王冠を盗み出して、コマーロム城にいるエルジェーベトの元へ戻る、というもの。
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2月20日、予定通り新しい侍女たちを伴ってヘレーネはヴィシェグラード城に到着(侍女たちは犯行計画は知らないと思われる)。
ここはジギスムントがブダ王宮を築くまではハンガリーの王宮が置かれており、丘の上には城が、麓には旧王宮がありました。城は王冠などの王室財宝の保管所になっていました。
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夜になるとヘレーネは祈りを捧げると言って城に入り(王冠は聖遺物でもあり、祈りを捧げる対象にもなる)、エルジェーベトから預かった鍵を仲間の男二人に渡し、彼女自身は(罰が当たらないよう必死で)祈りつつ見張り役となりました。

2人の男は財宝保管庫に入りハンマーとヤスリで保管箱の鍵を壊しました。
音の大きさにヘレーネは肝を冷やしたが、幸い城主は体調不良のためいつもの財宝庫の隣室には居らず、誰にも聞き咎められずに済みました。
男たちが王冠を取り出すと、ヘレーネはそれを羽毛の枕の中に隠して持ち出しました。

朝になり、一行は馬車で城を発ちました。
氷結したドナウ川を渡る時、馬車の重みで氷が割れて一行の馬車の一台が横転し、乗員の何人かが川に落ちるというハプニングがあり、終始ビビりっぱなしのヘレーネはまたしても肝を冷やしました。

22日、ヘレーネ一行はコマーロム城に無事到着し、ミッションコンプリート。
まさにその日にエルジェーベトは男児ラースロー(ラディスラウス)を出産しました(女児だったらどうするつもりだったんでしょう…?)。
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《聖イシュトヴァーンの王冠》はてっぺんの十字架が曲がっていて、何時どうして曲がったのか諸説ありますが、この時盗み出された際に曲がったというのもひとつの説です。
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その後5月15日、生まれたばかりのラースロー5世の戴冠式がこの王冠を用いて行われました。
セーケシュフェヘールヴァールにてエステルゴム大司教の手で聖イシュトヴァーンの王冠を戴く、というのがハンガリー王の正統な即位儀礼でした。
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が、すでにヴワディスワフ(ウラースロー1世)の擁立を進めていたハンガリー諸侯らは当然反発し、以後2年間の内戦を経てヴワディスワフが勝利することになります。
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王冠はラースローともにウィーンの神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の庇護下に置かれ、1463年マーチャーシュ王の時にようやくハンガリーに返還されました。


『火を継ぐ者たち』第1話ではこのエピソードをアレンジして描いています。ヘレーネに協力した匿名の仕事人をイスクラにしたのも創作です。
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余談ですが、エルジェーベトがこのような大胆な犯行に出たのは、もしかすると父親のジギスムントの影響があるかもしれません。
というのも、ジギスムントもボヘミアのカルルシュテイン城から《神聖ローマ皇帝冠》を密かに持ち出させたことあったからです。

神聖ローマ皇帝冠は、ジギスムントの父である皇帝カール4世によって、カルルシュテイン城に安置されるようになっていましたが、1419年フス戦争が起きて、ジギスムントは皇帝でありながらボヘミアから締め出される格好になってしまったので、1421年、配下の騎士か誰かに命じて持ち出させてハンガリーのヴィシェグラード城に遷し、その後ドイツのニュルンベルクに遷した、という経緯がありました。

このあたりもアレンジして『乙女戦争』第8巻のエピソードにしています。
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