2007年04月12日

和田一族最終回

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4.乱起こる
義時は、和田一族のただならぬ気配を感じ手を打った。一番気になる三浦の動き、
北條に匹敵勢力一族が親戚筋の義盛の加勢をすれば情勢がどう流れるかわから
ない。北條義時、広元の館で三浦義村と密かに会って工作す。
義時「義盛は、上総介を望み三浦本家の三浦介に並ばんと望んだ。今回仮に和田
の企てが成功すれば、侍所の別当に加え上総介に補任され、三浦本家をしのぐこ
とになる」と言って義村の微妙な心理刺激した。
次に「将軍家は、母尼御台様の意に逆らって北條家と事を構える気持ちはない、
そうなると和田が立てば賊軍になる」と北條の正義を述べた。
さらに「北條と供に賊軍と戦ってくれれば、和田を除いた後義村に侍所の実権を
与え、後々は一国の国守に推薦する積もり」と利を持って誘った。
義村は、北條方に付く決心をさとられぬよう、起請文義盛もとに差し出した。一
方将軍実朝も実非尋ねる使者送る。
義盛「大殿薨御の後未だ二十年を歴ず。将軍家に伝えていただくようお願いした
その声が届きません。今や孤高をかこつ身です。だからといって謀叛を企ててい
るわけではございませんが」
その言葉とは裏腹に、義盛の館に勇士列座して、一族縁者武装せり。この旨聞い
た義時は、近在御家人御所に呼ぶ。義時次男朝時は、女性問題引き起こし将軍怒
り蟄居の身。武勇優れた我が子をば勘当解いて駿河より戻れと至急使者送る。将
軍家再度軽挙を止めんとて義盛もとに使者送る。
義盛「上様には全く恨みを持っておりません。義時の所行傍若無人のため、子細
を尋ね承らんが為に押しかけようと、近日若い者達が協議しております。私は度
々これを諫めましたが、一切聞いてくれません。これ以上私の力では止められそ
うもありません」
建暦三年(1213年)五月の二日、義盛の館に多く兵あると大管令に報せあり
折りしも酒宴最中なれど、屋敷を飛び出し義時館、囲碁の最中義時は勝ちを確認
その後に、御所に入りて、尼御台、御台所を八幡宮へ避難さす。日の傾き始めの
四時の頃、雲垂れ込めて薄暗い若宮大路、和田一族と与力の兵数百五十、三手に
分かれて進発す。一手は広元館まで半里の道を駆け抜ける、酔客多く容易に落ち
る。一手は鼻先義時館、留守を守りし壮士等がよく戦えど多数傷つき倒れたり。
御所はそこからすぐ近く、途中の三浦の館より兵加わると思いしが、あにはから
んや三浦軍御所の中より矢を放つ。起請文書きながらの裏切りか、かくなる上は
将軍家我等のもとにお迎えせんと、一斉御所に押し寄せる。北條、三浦、御家人
等兵を集めて防戦す。和田軍の朝夷名三郎義秀が惣門破り侵入し、火の手が上が
る。義時、広元将軍家奉じ、御所裏山の法華堂。両軍相討つその中で義秀最も猛
威をふるう。いどみし兵は皆討たる。義盛甥の重茂は、和田一族でただ一人幕府
方にて戦うが、義秀と組討末に討たれたり。和田軍の、つわもの武勇をふるえど
も、夜に入りて矢も尽きて、馬も疲れて館落ち、浜辺近くに退却す。粮道絶たれ
、兵疲れたり午前四時、かって約束横山党兵を率いて馳せ来る。新たな馬が三千
騎、さらに加わり来る中村党。力回復和田軍は再び御所襲おうと奮い立つ、義時
は将軍印の御教書で様子見御家人駆り立てる。集まり来る御家人と和田軍ぶつか
る若宮大路。大軍に押され和田軍由比ガ浜。兵士各々戦ううちに、和田の四郎の
義直が矢を受けどうと倒れたり。可愛い息子の義直を敵に渡してなるものか、義
盛飛び出し自らも敵の矢受け倒れたり。小屋に運ばれ、駆けつけた常盛、義秀、
朝盛に、苦しい息のその下で「もはやここまで、もうよい、そちらは落ちのびて
なんとか生き延びよ、朝盛にわしの冑の仏を預ける故どこかの寺に収めて供養し
てくれ」
ここに至りて、和田軍総崩れ、屍累々由比ガ浜。朝盛入道は、生き抜いてみよう、
さすれば己の何であるかが見えてくるかもしれないと思った。
義秀戦場逃れ安房の地へ、領地も近いと思えどもそこには既に手が回り、襲われ
討死首取らる。常盛も頼りし先で裏切られ、自ら命断ちにけり。朝盛はただ一人
逃れて都に上りけり。
鎌倉の境を流れる片瀬川、首実検終えてさらされ二百三十四人。
この戦一番手柄はだれなるか、仲間を食った三浦なり。

時移り時代は変わり、三浦初音の高円坊、さびれた寺に伝わるは、二寸に満たぬ
地蔵の坐像、義盛お守り冑の仏、寺の由緒に語られる。

世の中は常にもがもな、渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも(百人一首の源実朝の歌)
<ああ、世の中はわし一人置き去りにして変わって行く>

和田一族墓

























<由比ガ浜付近の和田一族の墓>

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koike631 at 23:27│Comments(9)TrackBack(0)小説 

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この記事へのコメント

1. Posted by nakamura   2007年04月13日 22:57
こんばんは。
>源実朝の歌

が、最終回に味を添えているようです。
2. Posted by ゆーしょー   2007年04月14日 11:14
5 おはようございます。 ゆーしょーです。
今日も朝から、歴史の勉強です。
写真もよく撮れていますね。
「世の中は常にもがもな、渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも」
(百人一首の源実朝の歌)
我が家にも百人一首のカルタがありますが、こういう歌を詠むとじんと来るのですよ。
ポチ!
3. Posted by ゆーしょー   2007年04月15日 01:25
ゆーしょーです。 こんばんは。
今夜は、遅くなりましたので、ポチだけで。
ポチ!
4. Posted by ゆーしょー   2007年04月16日 23:33
こんばんは。 ゆーしょーです。
歴史に弱い私は、最初から読み直しです。
ポチ!
5. Posted by ゆーしょー   2007年04月18日 01:39
こんばんは。 ゆーしょーです。
だいぶん和田一族のことが分かってきました。
ポチ!
6. Posted by indoor-mama   2007年04月18日 16:38
こんにちは〜、ブログにご訪問&コメントありがとうございます〜。

木曽義仲が大好きで、義仲→巴御前→和田義盛つながりで和田義盛も好きになりました。

混乱の中、東北へ逃げた義盛の息女・輝姫の子孫の東北・和田家・・・神話の時代も大好きな私は、その和田家に伝わる「東日流外三郡誌」にも興味があります。
ポチッときました〜
7. Posted by ゆーしょー   2007年04月21日 21:37
こんばんは。 ゆーしょーです。
今日は曇り空の中、南西の風が吹き、
5月のような暖かさでした。
今夜から明日にかけて、雨らしいです。
ポチ!
8. Posted by ゆーしょー   2007年04月24日 01:17
こんばんは。 ゆーしょーです。
この和田一族の次は何が出てくるのでしょう。
楽しみにしています。  ポチ!
9. Posted by 石川 豊   2008年10月11日 19:09
こんにちは始めまして!石川豊と申します。
母方の先祖は和田義盛とのことで、本来は由緒ある家柄のはずが、吉良家のように悪役呼ばわりされて、ただの口伝で言い伝えられていました。
今回あなたのブログに

「木曽義仲が大好きで、義仲巴御前和田義盛つながりで和田義盛も好きになりました」
の記事を見て
ただただうれしくなってカキコミしてしまいました。

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