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「孫文(孫中山)在澳門」

中国革命の先駆者で、辛亥革命の基盤を作り、中華民国(現・中華人民共和国)の初代大統領として人々から「国父」と呼ばれる孫文(孫中山)。 ハワイで西洋思想を学び、香港で医学を修得した後、マカオで医師として過ごしながら、革命運動を推進していました。 清朝政府から追われ、亡命生活をイギリス、アメリカ、日本、香港と転々とする中、唯一古い仲間達に囲まれ、家族と共に安住できたのは、どの国家に対しても中立を固持した、ここマカオだけだったのではないのでしょうか。

孫文(孫中山)孫文が医師として初めて、そして長らく勤めた「鏡湖医院」です。 今はマカオ最大の病院として24時間体制で機能しています。 ちなみに鏡湖とはマカオの俗称で、「鏡湖医院」は、訳すとさしずめ「マカオ病院」と言ったところでしょうか。 孫文はこの病院に長らく勤めた後、この病院から借金をして自身の病院を建てたそうです。 そこが中国革命のアジトとなったのでした。









孫文(孫中山)19世紀の思想家、鄭観応の旧家屋敷跡。 鄭観応はマカオ在住の中華思想家で、孫文の革命思想に多大な影響を与えた人物。 たぶんここも、革命家達のアジトとなっていたことだろう。 (この建物自体は、世界遺産に指定。)




孫文(孫中山)「国父記念館」(孫中山記念館)。
1890年代に建てられた当初は、孫文の実母と第一婦人のためのお屋敷だったそうだ。 ポルトガル様式の建物の多いマカオにあって、ムーア風のこの建物は奇異であったらしく、人々は特別な思いを込めて「孫府」と呼んでいたそうだ。 
第一婦人が1952年に他界した後、孫文記念館として今に至ります。


孫文(孫中山)公開されてる部屋、されてない部屋とさまざまですが、どの部屋も当時の孫文ゆかりの品でうめられ、特にこの部屋の「晴天白日旗」は今の中国にあって印象的でした。





孫文(孫中山)国父記念館中庭にある、孫文の銅像。 
バックに書かれた「天下為公」は、なんとなく映画「英雄」で最後の方で、残剣が無名に託した台詞とかぶるんですが.......










孫文(孫中山)ってなわけで、国境(僕は今もそう言いたい)近くの記念公園にも行ってみました。






孫文(孫中山)入り口にはこれ見よがしに孫文が立っています。












孫文(孫中山)狭いマカオにおいても(カモンエス公園に次いで)最大の広さの公園なので、色んな施設があります。
ちなみに左の小川の向こうは内地中国。 この小川が国境です。





孫文(孫中山)マカオ半島部で2つしかない公営プールのひとつがここ。 (もうひとつはロイヤル・ホテル前にある花園プール)






孫文(孫中山)「九曲橋」。 
ここの九曲橋はロウ・リム・イオック公園のものより規模は小さいけれど、綺麗な九曲が見れます。






孫文(孫中山)公園の中に小さな図書館があるのが、いかにも孫文記念公園らしいと言ったところでしょうか。