私の腰痛体験

江戸川区小岩にある小岩カイロプラクティック院 院長の宇田川です。話せばとても長いお話ですが・・・。 笑いあり涙ありのお話全部ひっくるめて、私(院長)の腰痛の体験です。 1話から読むのがお薦めですよ。

1. ある日、突然 !

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過去に腰が痛いと思ったことは1度もない。
それなのに・・・。

ある日の朝、いきなり腰がロックして動かなくなった。
枕元にある携帯電話を取るのも大変な痛み。

びっくりして病院に行ったら、レントゲンを撮られて「姿勢を良くしてね」とだけ言われて痛み止めを貰い、帰された。
「ぎっくり腰」私も年なのかなぁと思っていたけど、その時は3日位でその痛みは消えました。


あれが人生初の腰痛体験。

この後とんでもない体験をするとは、夢にも思っていませんでしたガーン

2. 私が寝たきりに?

その半年後、再び腰がロックしたように動かず、激しい痛みに襲われて病院に行きました。
半年前の初発の時のレントゲンと、今回のレントゲンを並べられ、
Dr.「これは痛いよ~。随分進んでいますね。」
私 「(心の声)痛いから来たんだよ~。何が進んでいるのさ」
ガーン
Dr.「このままいったら2年後には寝たきりになりますよ」と突然の寝たきり宣言
私 「えっどうしたら良いんですか?」
Dr.「痛い時にはムリしないで寝ていなさい。そのうち痛い時が多くなって、
寝ている事が多くなって、寝たきりになるでしょう。寝たきりになったら手術しよう。」
私「・・・カゼ 何が悪かったんでしょうか? 何が原因ですか?」
Dr.「いゃぁ、もう歳なんですよ。老化現象だからしょうがないよ。」
私 「・・・えっ 」

・・・だって私に何が言えますか?
ちなみにこの医師は腰痛の専門医で有名な先生だということでした。
でも、治療してないじゃんううっ...
しかも、まだ30歳そこそこなのに、歳のせいだなんて。

・・・ということで、別の病院にセカンドオピニオンに行きました
自分の事を「不治の病」みたい云う、この先生を全く信じられませんでした。

3. どっちを信じたらよいの?

次に行ったところの先生はレントゲンをみるなり、「黒人のような腰だね~」と訳のわからないコメントを残した
どういう意味

そして「脊柱側弯症と第5腰椎の分離すべり症、発育不全かな?」と言われる。
先生、30近くにもなって、発育不全と言われましても・・・みたいな気持になる。
そっちが重要ではないとは思うんだけど。
素人は、どうでも良いところにこだわっちゃうんだなぁ~。
でも、この前行った病院の先生は老化現象って言っていなかったか??

私「治りますか?」
Dr.
「痛みは取れるよ。かなり運動しないといけないから、覚悟があるなら   リハビリ病院を紹介するよ」
私「運動するんですか? 寝ていなくて良いんですか?
Dr.
「寝てばかりいると、筋肉が弱って起きられなくなるよ。
   自分の腹筋で天然のサポータを作りなさい。そうすれば腰痛は改善するから。」
私「・・・」

1
人目の先生は寝ていろというし、今度の先生は運動しろというし、全く逆の話なので大混乱に陥ることに・・・・。
同じ整形外科の先生で、こんなに意見が違うものなの?
(
今思えば、これはyesなのです。1人の先生だけを信じ過ぎてもいけないのですよ。
)

でも寝ているだけで特に何もせず、寝たきりになったら手術という方法には希望がないんですよ。

これは多くの病院で体験することですが、
検査の後、難しい病名を告げられ (理解不能)薬と湿布だけ渡されて、ポイっ。
今後の話を聞けば「もっと悪くなったら・・・」という話をします。

患者は【もっと悪くなったら】よりも、良くなるか、少なくともこれ以上悪くならない方法を探しに医師のところに行くのですよ。

で、いろいろ考えましたが、努力すれば腰痛がとれると言ってもらった先生を信じるべきなのではないか?
努力の余地がある分、こちらの方が希望を持てる

・・・というわけで、私は一生懸命運動するリハビリを選ぶことにしました。

4. 風変わりな入院

さて、そんな訳でリハビリ病院に入院することになりました。

が、実際は入院というよりは、スポーツ合宿のようなイメージでした。
リハビリ病院の紹介状を書いてくれたS先生の注意事項
・水着を忘れずに。
・運動着はたくさん必要。


よく考えてみるとすごいリハビリ病院で、国立大学の教授が監修の為に週1回来院、
オリンピック出場選手を養成するような本格アスレチックトレーナーが月・火曜で来院、指導する。
その他毎日、理学療法士の指導があって、個人のリハビリメニューを組まれます。

患者さんの半分は地元のお爺ちゃんお婆ちゃんで、他はみんな東京の病院から送られた人たち。
東京組のほとんどは怪我をしたアスリートで、手術後のリハビリ。
私のような「一般人」はほんの一部だけ。
ようするに、爺婆か、アスリートしかいない病院なんです。中間がいない。
で、どっちかって言うと・・・というノリでアスリートのカテゴリーに入っちゃったんですよ
すっごい適当。

5. 病院での1日

以下、通常の1日のスケジュール。

9:00  リハピリ室が開く時間。腰を温めるホットパックを貰う為に並ぶ。
9:30  プールでの歩行練習。ここから2時間位ひたすらプールを歩く。
        正しい姿勢で前歩き・うしろ歩き・カニ歩き・さらには大股でとか、ももを高く上げてとか、いろいろ
       ありました。
       (正しい姿勢で・・・っていうのができなくて、入院したのだけど?)  
12:00 昼食 
12:30 検温
13:00 午後のリハビリ開始。
     個々に必要なトレーニングメニューを紙で渡され、自分のメニューをこなす時間。
     1時間位、理学療法士とのマンツーマンの指導あり。
     他に超音波とかレーザー等、メニューに入っていると、機械の空きを見て使用。
17:00 リハ室終了、入浴タイム
18:00 夕食
23:00 就寝

いやぁ、朝の9時半からプールに浸けられちゃうんですよ
この時の理学療法士、「プールを1・2時間歩いて下さい」と簡単に言ってプールから去ろうとします。
なので思わず「1時間ですか2時間ですか」と突っ込んじゃいました。
だってすごい差じゃないですか、1時間と2時間では・・・。
この突っ込みはとても意外だったようで、後に再入院になった時に「あ私、あなたの事覚えてます。プール歩行は1時間ですか、2時間ですか?って聞いた人ですよね」って別の理学療法士に言われました。
逆になぜ、みんな突っ込まないの

普通に会社生活をしていた方が、よっぽど楽でしたね。
一応病院なので昼食後に検温があるのですが、最初の10日位は、午前中のプールだけで1日の体力全てを使い果たしてしまい、38度位の熱が出続けました。
怖い事にだんだん身体も慣れていくんですけど・・・。

そして午後はずーっと腹筋してました
理学療法士が来て運動を見てくれるんですけど、それも全部腹筋でした。
上部・中部・下部と、内側・外側に分けて、ピンポイントに筋力をつけるような腹筋です。
腹筋の無い私は、腹筋しようとしても起き上がれない
首や肩にばかり力が入るので、バリバリに凝る。
辛かった~。

6. 腹は割れているもの?

初めての入院の時には20代前半のアスリートが沢山入院しておりました。
バスケットやバレーなどの実業団組や、高校・大学のレスリング部、柔道部など様々なジャンルのアスリートの宝庫でした。
ある日の事、夕飯前ギリギリの時間にお風呂に浸かっていると、私よりももっと遅れて女の子たちがバタバタと入ってきました。

一般のリハビリ患者達を終えた最後の最後に、理学療法士は彼女たちにかなりハードなトレーニングをします。
【しごき】っぽいです
「できるまでだ」とか言って、若い理学療法士が限界ギリギリまで鍛えているので、夕飯がみんなと食べられない事もしばしばありました。
夕飯前にリハビリが終わるなんて、早い方なのです。

そんな彼女たちに「今日も頑張ったねぇ」なんて言いながら、ふと見ると・・・。
まだ幼さの残る可愛い顔をした彼女たち、みんな腹が割れているんですよ
「すごい腹筋だね」と言ったらキョトンとされて、
「腹筋、割れてないんですか」と逆に聞き返されました。
いやいや、普通割れてないから。
余計なことを言ったばっかりに、私のお腹をジロジロ見られてしまいました
「やだ~、ホント割れてない~

「普通の人は腹筋だって1回もできない人が多いんだよ。」
「うそ~ ありえない~」

彼女たちの感覚では、腹が割れているのは普通だし、カッコ良いことみたいですが、私の感覚では異常なわけで・・・。
でも長いことこんな状況の中にいると、みんなの腹が割れているから、だんだん自分の腹が割れていないのが異常みたいな感覚になってくるんです。
私の普通は彼女たちの普通でなく、何が普通で、何が普通じゃないのか、だんだん曖昧になってきます。

彼女たちのリハビリを見ていると、みんな首や背中に重りをつけて腹筋しているような強烈なモノです。
少なくともあのリハ室で、腹筋できない私はとても異常だった。
初めは腹筋しようと私的にはがんばっているのですが、見た目にはリハ室でゴロゴロ転がっている私は「何やってるんですか?」とよく言われました。

それでも入院後半、気づけば腹筋100回、ふうふう言いながらもやっている私がいました。
でも私の他はみんな重り付きの腹筋ですからねぇ。
この位は普通かもなんて・・・。
そんな感じで1回目の入院は終わりました。
腹筋ができるようになるまで、1か月半かかってしまいました。
退院時には、めでたく腹も少しは割れましたパチパチ

 

 

7. 真夜中の308号室

私が入院したのは整形外科ですが、病室には内科の患者さんもいるし年齢もまちまちです。
従って、生活習慣も時間もバラバラですから、かなり気を使います。
入院当初、6人部屋の、部屋に入って右側の真ん中のベッドが私の居場所でした。
私のまん前、つまり部屋の左側の真ん中は大学1年生、あとはお婆ちゃんたちです。
私の左の隣のおばあちゃんだけ内科の入院、他は整形のリハビリ目的の患者さん達で、それぞれリハビリで疲れているので、夜8時には寝てしまう人も多いのです。
9時になる頃には音を立てないよう細心の注意をしなければいけません。

入院初日の夜、11時の完全消灯で、痛い腰をさすりながらウトウトしていると、12時頃、大学生がそっと帰って来て起こされました。
本人はそっとのつもりなんだけど、物を落としたりすごい音です。
「シーッ」と、自分で突っ込み入れてかわいいから、うるさいけど憎めない。

2時頃、寝がえりを打った拍子に、腰がズキッと痛んで目を覚ましすと、左隣のカーテン越しにグビッ、グビッと喉を鳴らしている大きな音が・・・。
夜中の2時ですよ。

静まりかえった部屋の中では、かなり大きなグビッグビッという音・・・、何かを飲んでいる音ですけど、スポーツの後に勢い込んで、水を飲んでいるような?
もしくは砂漠のオアシスにやっとたどりついた人の喉を鳴らす音のような?・・・その位すごい音です。

img018眼を開けて、悲鳴を上げそうになりました!!
小さい電気をつけているので、その姿がカーテン越しに、大きな影絵のように私のすぐ横に映っているのでした。
そして美味そうに飲むグビッグビッ・・・は続く。

驚いてしまって、結局、そのお婆ちゃんが再び寝息を立てても寝られず、朝5時頃ようやくまた寝ついたと思ったら、夜8時から寝ていた他のお婆ちゃん達が起きだす時間。
耳が遠いので、おしゃべりの声が大きいのよ。
でも自分たちは気を使って静かにしているつもりです。
眠気がピークに達している中で、6時になると正式な起床時間。
看護婦さんがカーテンを開けにやってきます。
・・・もう寝ていられません。朝食を取ってリハビリの開始です。

この部屋、ジェラシックパークなんじゃないか、と思いました。
私の前に寝ている大学生は寝像が悪くて、夜中にベッドから落ちるし、寝言を言うし、ある晩すごい音がして何かが落ちたので、カーテンを開けたらシャンプーのビンが転がっていたこともありました。
何でシャンプーのビンをベッドの中に置いて寝ているんだか・・・?

そして左隣のお婆ちゃん。
初日の夜にグビグビ何かを飲んだのは偶然ではなく、毎晩のことだったのです。
気づいてしまったら、もう寝られません。
ある晩はグレープフルーツを丸かじり、ジュルッジュルッとやっていたり、とにかく夜中の行動としては不可解で、気になってしかたありません。
でも、本人に聞けないじゃないですか。

・・・・気がついてみると、3日間位、まともに寝ていなかった。
(このお話は次回につづく)

8. 朝の308号室

さて、昨日の続きです。

・・・・気がついてみると、3日間位、まともに寝ていなかった。
ある朝、どうしても起きられず、「ご飯だよ、けーこちゃ~ん!」と呼んでくれるお婆ちゃんに「ご飯いらない。寝てます。」と言いました。
そうしたら!

そのお婆ちゃん、まず看護婦さんを呼びに行っちゃいました。
今度は看護婦さんが「どうしました?具合悪いの?」と言うので、無視もできないし、同室の人たちが気になって寝られないとも言えず・・・。
「寝ていれば治ります」とだけ言いました
お婆ちゃん達は心配しつつも、朝食の為に食堂に出て行きました。
良かった、静かになった・・・・そしたら看護婦さんがベッドまでご飯を持ってきて、セッティングをしてくれるのです。
申し訳ないんだけど、放っておいてほしい・・・。

ご飯から帰ってきたお婆ちゃんは、一人ずつカーテンの中を覗きます。
「けーこちゃん、だいじょうぶ?」
「けーこちゃん、果物だけでも食べたら?」
・・・好意で言ってくれているので、文句も言えない

左隣のお婆ちゃんが、「けーこちゃんに野菜ジュースを買って来てやろう」と言ったら、右隣のお婆ちゃんが、「そういう時は牛乳だ、あたしが買いに行く」と言い出したのです。
「こういう時は野菜ジュースでしょ」「何言ってんの、牛乳の方がいいのよ」
・・・そのうち、口喧嘩が始りました

どうなることかとハラハラしながら閉めたカーテンの中から聞いていると、争うように2人は出て行き、しばらくすると、カーテンをジャッと開けて、牛乳と野菜ジュースをそれぞれ手に持った2人のお婆ちゃんが入ってきました。
「けーこちゃんは、どっち飲みたい?」
・・・あぁ、もう「寝ていたい」なんて、言うんじゃなかった

しかたなく、野菜ジュースと牛乳を飲みました。
もう寝るのは諦めて着替えだした時、2人のお婆ちゃんが言うのです。
「けーこちゃんは牛乳飲んで元気になった。」「野菜ジュースが効いたんだ。」
「けーこちゃん、よかったね。」
そして、「よかった、よかった、もう心配ないからリハビリ行きましょ」と部屋の全ての人が立ち去り、急に、病室はとても静かになったのでした。
し~~ん・・・・

・・・・私もノロノロ着替えてリハビリに行きました。
おなかがゴロゴロ言ってました

9. 恐怖の筋力測定機、サイベックス

私のいたリハビリ病院には、日本で数台しかないという筋力測定器がありました。
その時は膝のケガで入院したアスリート達が多く、みんな大腿の筋力測定をやるんですが、私とお相撲さんだけは体幹の筋力測定で、みんなとは違う機械を使います。
体を板のようなマットに貼り付け獄門にされて、腹筋を使って体を前に倒したり、倒したところから背筋を使ってまた立つ姿勢まで戻ったりを繰り返すのです。
ものすごい負荷がかかっていて、ちょっとやそっとでは体は動きません。
顔を真赤にしながら「う~んっ!」とか唸って、やっと前に倒れ、そこから起き上がる、の繰り返し。
理学療法士の「はい、いちっ。・・・もっと早く! にっ。」という掛け声が測定室に響き渡ります。
まさしく拷問です。だって、腹筋、無いんですから・・・(汗)。

でも、これ、他人がやっているのを見物するのは、すごく面白いんですよ。
私も自分がやるのはすごい嫌でしたが、お相撲さんがやる時は必ず見に行ってました。
だって、私と測定値が全然違うんだもん、当たり前だけど・・・。

入院中、私は3回程、これをやらされたんですけど、やっている私の周りにはイスを持って来て眺めているギャラリーがいっぱい。
みんなが「がんばれ~」なんて心にもない掛声をかけてニヤニヤする中で、脱腸にでもなるんじゃないかと思うほど踏ん張って、真っ赤な顔で体を前に倒したり後ろに起こしたり・・・。
ホント、これは嫌いでした。
「宇田川さん、今日の2時、サイペックスね」なんて、理学療法士から声がかかると、朝からブルー。
逆にみんなは、「おっ、じゃあ、今日は外練を早く終わらして来なきゃ」なんて具合です。


osumo-san私の退院時測定の前日のことです。
お相撲さんがサイペックスをやっている最中に、バキッという音がしました。
壊れちゃったんですねぇ、あまりに力が強すぎて。
修理には何百万もかかって、すぐには直せないということでした。
私は小躍りして喜びましたね。
・・・晴れて、退院時測定は中止のまま、退院しました。
その3年後、再入院になった時にも、体幹測定用サイベックスは壊れたままでした。
病院もお金がなかったんですかね。
それ以降、この機械には乗っていません。

10. 誕生日のこと

リハビリ病院に入院して1か月経った頃、私の誕生日がありました。
ちょうど日曜日で、外泊で自宅に帰ろうかな?なんて思っていたのに、夫の仕事の関係でそうもいかなくなり、結局、誕生日を病院で迎えることになりました。
その前日、土曜日の病院は、午前中に東京から医師が診察に来て診てもらい、今後の予定を決めたり、リハビリの内容を指示されたりされますが、リハビリは無く、診察が終わればフリーです。
午後、お相撲さんとマサという大学のレスリング部の若者と、フッチーという一般人お姉さんの4人で、近くのスーパーに買い物に行って、夜ご飯を食べてくる事になりました。
田舎のリハビリ病院は田んぼの中にあって、一番近くのスーパーと言えど、8Kmの距離があります。
入院して初めての外出で、大冒険のようなウキウキした気分でスーパーに行き、併設された美容室でカット、日常生活ではあり得ない事ですが「憧れのスーパー」なわけです。

焼き肉・しゃぶしゃぶ食べ放題を堪能した後、帰りのタクシーの中でマサが「コンビニに寄りたい」というのです。
まっすぐ帰っても3500円もかかるのに、何を言い出すんだ(怒)!!・・・と思いましたが、しょうがない、コンビニに寄りました。
何やら小さな袋を提げて、マサはすぐ戻ってきました。

夜、消灯時間が過ぎたころ、マサから携帯に電話がかかってきました。
「11:59にエレベーター前に来て下さい。」
・・・消灯後の、しかもナースステーションの近くですよ。・・・かなり迷惑・・・。

でも、どうしても、と言うので眠い目をこすりながら行きました。
マサは、帰りに寄ったコンビニの袋を持って、立っていました。
「何?・・・ なんか用?」
「もう少し待って・・・。」
「??・・・看護婦さんに見つかっちゃうよ、何なのよ。」
・・・なかなか話をしないマサ。時計なんか見ちゃっています。そして・・・。

「宇田川さん、12時になった。・・・誕生日おめでとう。」

マサがくれた袋の中には、カプセルのようなパックに入った120円のショートケーキが1つ入っていました。

病室に帰って・・・泣きました
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