2011年06月16日

久しぶりのヒット

現在はオアハカに滞在中。

ここは街の規模が大きすぎず小さ過ぎず、気候もよく(今は雨期で夕方ぐらいにどしゃぶりの雨が降るけど)。のんびりしていて、なんだかんだ6日も経ってしまった。
街なかを散歩したり市場に行ったり教会をめぐったり、他の南米の街とやることは変わらないんだけどなぜか居心地がいい。
街中の建物もそれぞれ色んな色に塗られていて、それぞれが邪魔するわけでもなく調和してるのが不思議だ。
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オアハカの路地

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ここにもビートル

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メキシコとグ言えばアダルーペ。

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有名なサントドミンゴ教会。

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祭壇

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装飾も細やか


夜には街の中心の広場に楽団が出て、近所のじいちゃんばぁちゃんが思い思いに夫婦仲良くダンスをしていた。そんな光景を見ていると"年を取るのも悪くないなぁ"なんてほのぼのした気分にさせられた。
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オアハカは旅行者の間では"食の街"としても有名なようで、この街の発祥の"モーレソース"の料理を食べたりした。これは、チョコとたくさんのスパイスを混ぜたソースでチョコの甘みとスパイスが味に深みを与えていた。オアハカで食べた時は、なぜか地元の"ジャンカレー"の味を思い出させた。笑
そのほかにも、オアハカ名物のチーズを食べたりして胃袋も満足でした。

近郊の村へ訪ねた時。
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初めての織物体験。

キャンドル職人の家も訪ねた。
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かわいいキャンドルがたくさんあった。彼女がいくつかお買い上げ。

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工房?決して寸胴でスープを作ってるわでじゃないです。

とにかくオアハカの街は味覚、視覚、聴覚を刺激してくれて宿も290ソルと決して安くはないけれど、居心地もよくのんびりできた。
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宿のベッド。素敵な夢が見れそうでしょ?

明日、メキシコシティに移動します。
最近この旅行の終わりも近づいていることで、よく"あぁ、こんなに長時間バスに乗るのももう終わりかぁ"とか、"市場で食事するのももうないのかなぁ"なんてしんみりすることがある。

今回はネット屋から投稿しました。


koji1229 at 14:04|PermalinkComments(12)TrackBack(0) メキシコ 

2011年06月14日

パソコンが....

またブっ壊れました...。
旅行始めてからかれこれ3回目...。
症状が以前と同じだから、今回もメインボードの交換とかってなるのかなぁ...。
でも、もう保証期間過ぎてるし...、修理も出せないな。

ってことで、とうぶんブログのアップが難しそうです...。
ほんと、あのパソコン腐ってるなぁ。
使い方が悪かったのかな。

だれか助けてください。

koji1229 at 13:31|PermalinkComments(6)TrackBack(0) メキシコ 

2011年06月12日

サンクリストバル・デ・ラスカサス

サンクリストバル・デ・ラス・カサスという町に行ってきました。
そこはコロニアルな町並みが有名で、「ゆっくりできる」という情報を聞いていた。
パレンケを1時半のバス(90ソル)で出発して、夕方7時ぐらいにサンクリストバルのターミナルへ到着。しかし、今回も手持ちのガイドブックからこの町の項がごっそり抜かれていたので、宿のあてもなく心配だった。でも、バスから降りると宿の客引きが待ち受けていて「プライベート200ソル、しかも宿までのタクシー代出すよ」というので、あっさりそこに決めた。
その後はお腹が減っていたので町の中心へ。

外を歩いてまず思ったこと、「なんだか見たことのある町だなぁ」。この半年間南米を旅行して、「コロニアルな町並」という場所をたくさん見てきた。
正直飽きもきていて特別に第一印象で胸躍ることもなかった。結局この気持ちは滞在中ずっと心に残っていた。
町中を歩いていて、角から曲がってきた女性は三つ編みの民族衣装を着ている。一瞬自分がメキシコにいることを忘れてしまう。
町中にはかわいい色をした家が並び、道幅は狭くて石畳。NHKの深夜で流れているような町並みは嫌いではない。ただ見過ぎただけだ。


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自分が言うのも気持ち悪いけど、なんだかかわいい教会だった。中も素朴。

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コロニアルといえば、そうですワーゲン・ビートルです。この町でもたくさん見かけた。

この町では、終始町中を歩いて過ごした。
滞在最終日に土産物屋に入って、何気なく見た「サパティスタ」と呼ばれるゲリラ組織のステッカーを買った。デザインがなんだかかっこよかった。
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ステッカー

この人たちの存在は以前から知っていたけれど、政治的なことに興味のなかった自分には彼らの格好のみが印象に残っていた。彼らを最初に知ったのは雑誌で、その後好きなスケーターのMatt・Rodriguezが自分の板にこの「サパティスタ」を登場させていた。そして、ステッカーを買ったことで、なんとなく「この人達に会えるのなら、会ってみようかな」と思ってきた。
その日は夕方6時のバスで次の町に移動する予定だったけど、11時に宿を出た我々にはけっこう時間があった。なので、興味がない彼女を無理矢理誘ってサパティスタの人々のいる「オヴェンティック」という村へ向かうことに。
コレクティーボ(20ソル)に乗って、約1時間ほど山奥へと向かって走った。
ドライバーが「ここだよ」という場所で下車。
そこには、村と言うかコミュニティのような感じで有刺鉄線で区切られた一画があった。そこの入口には彼らのトレードマークの黒の目出し帽をかぶった門番のおじさんがいた。
この村に入るには、出身、職業、所属組織、村に来た目的などの質問を受け。それに答えて、彼らの許可が下りないと入れない。ネットで以前見たときに、そこに行った人は部屋に通されて何度か面接のようなものを受けたと書かれていた。
今回我々が行った際は、その入口の門で後から来た二人の男性に質問を受けた。そして、我々のパスポートを預かってどこかへ行ったまま、20分ぐらい戻ってこなかった。なので、スペイン語がイマイチいやイマヨンぐらいの自分は「ここまで来て入れなかったらどうしよう」と心配になった。連れてこられた彼女の顔は明らかに「テメェ、これで入れなかったら覚えてろよ」と言った表情だ。
その後ようやく一人の男性が戻ってきて、「許可が下りたから入っていい」と言ってくれた。
その男性が我々二人に付いてくれたのだけど、これはガイドという感じでもなく我々が「何かしないか」と見張りの意味でいるのではないかと思う。
この村にの建物にはそれぞれメッセージの付いた壁画が描かれている。それを写真に収めて、正味20分ぐらいの村めぐりは終わった。
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彼らの活動は↓で調べるとすぐわかるのでここでは省略させてもらいます(コピペしてください)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%91%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF%E6%B0%91%E6%97%8F%E8%A7%A3%E6%94%BE%E8%BB%8D

実際会った彼らはほんと普通のおじさんで、人の良さが覆面の下からでも滲み出ていた。だが、きっと厳しい生活も送られてきたのだろうと思ったら、興味本位で行って申し訳ないと思えてきた。
しかし、実際に触れ合えて生で見ることができてよかった。

帰りはサンクリストバル行きの車がなかなか通らず心配になったが、無事タクシーを捕まえられて帰れた。タクシーでも一人24ソルだった。
そして、町に戻ったら時間がカツカツになってしまい、いそいそとバスターミナルへ行き次の町へ移動したのでした。

おまけ
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こっちで見かけたビール、その名もINDIO。
ラベルもまんまインディアンで飲んだら強くなれそう。だけど、味は普通。


koji1229 at 13:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) メキシコ 

2011年06月09日

パレンケ

パレンケ遺跡に行ってきた。
トゥルムの町を夜6時半のバスで出発して、パレンケには朝5時半ぐらいに着いた。今回もバスの中では一睡もできず・・・。長いこと旅行しててもこれだけはどうも苦手だなぁ。
到着が朝早すぎて、「きっと宿もまだ開いてないだろう」ってことで待機してたら急にどしゃ降りの雨が降ってきた。湿気も凄くてすっごい気が滅入った。
空が白み始めたので、今回も彼女に荷物番してもらって一人で宿探し。
どうやらここはユカタンよりは宿が安いようで、200ソルできれいで広い部屋が見つかった。
その日は、例の如く宿で昼寝をしてパレンケの町を散歩して終了した。

翌日はメインの遺跡観光へ。
「チチェン・イツァでお腹いっぱいになった」とか言っておきながら、なんだかんだで遺跡結構見てるな・・・。
今回行ってきたパレンケ遺跡は、規模が大きくてジャングルの中にある雰囲気がまたよくてけっこう楽しかった。
町はから遺跡まではコレクティーボ(10ソル)に乗って、20分ぐらいで到着。
今回も敷地内の入園料25ソルと遺跡の入場料51ソル払った。
パレンケの気候も暑いのだけど、ユカタンの刺すような日差しよりは優しかった。ジャングルの中だから木陰もあった。
入場すると、さっそく大きなピラミッド型の神殿がお出迎え。今回は、手持ちのガイドブックからパレンケの項がごっそり抜かれているため詳細はなにもわからず。
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遺跡三兄妹がお出迎え。

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別の遺跡の上からは地平線が見渡せた。
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陽射しに負けずがんばってました。
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ロマン!?

この遺跡はいくつかのグループに分かれていて、グループごとに広い範囲に点在している。それに加えてこの遺跡は、階段で上まで登ることができるのでけっこう体力もいる。
800年もの間ジャングルの中に眠っていたそうで、中には朽ち果ててジャングルの木々と一体化している箇所もあって、個人的にはその風景が綺麗に整備されて修復されているものよりもひきつけられた。そっちの風景の方がより「古代の遺跡を見ているのだ」という印象を受けると思う。
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これとか
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イマジネーションを掻き立てられる。

敷地の中には小川も流れていて、「この小川でマヤの人々が洗濯やら川遊びをしていたのかなぁ(憶測ですが・・・)」と妄想した。
滝もあったりして、その水がまたすっごくきれいで今すぐ泳ぎたくなった。しかし、残念ながら立ち入り禁止だった。
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きれいでした。

そんなこんなで、けっこう見応えのあったパレンケ遺跡観光は終了したのでした。

パレンケからグァテマラのティカル遺跡のあるフローレスに行こうと思ったんだけど、遺跡一個のためにグァテマラ行って戻ってくるのが面倒になって結局ティカル遺跡はあきらめることにしました。
ということで、グァテマラ行きもあきらめたことになりました。
日程的に今回はこういう結果になってしまいました。


koji1229 at 08:24|PermalinkComments(2)TrackBack(0) メキシコ 

2011年06月04日

トゥルトゥルトゥルム

昨日はトゥルムの遺跡を見に行ってきた。
この遺跡の目玉はなんと言っても遺跡と海のコラボレーション(死語?)、マヤの遺跡はジャングルの中にあったりするのだけどこの遺跡は海のまん前に建てられている。
この遺跡を知ったのは、ボリビアのコチャバンバで歯医者に行った時。待合室みたいなとこに「National Geographic Magazine」が置いてあって、ちょうどマヤの遺跡特集だったのでスペイン語わからないけど写真だけ見ていた。その時に、この遺跡の写真が載っていた、それを見て「これは要チェックやで〜、アンビリ〜バブルや〜」と相田彦一ばりに興奮していた。
その後、メキシコに来てから再度ネットなどで調べたら「遺跡はあんまり・・・」などと辛口な批評ばかりだったので「う〜ん、どうしようか」と悩んできた。なので、最初はピステから西に行くつもりでいたのだけど、「やっぱりトゥルムに行こう」と思いなおしたわけです。

実際に行ってきた感想は、「やっぱり遺跡は・・・」って感じだった。
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これがここの目玉の遺跡。
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噂のコラボ(死語?)。この遺跡は風の神殿というらしい。

しかし、そこにある海がもうきれいできれいで、「やっぱりカリブ海ってすごいわ〜」ってなった。その遺跡では、ビーチに下りることもできて、かつ遺跡の目の前で泳げるというなんともユニークな体験ができる。
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トップレス調査中のイグアナさん。

我々も泳ぐつもりでいたので、さっそく入水。
「いやぁ〜、こんなキレイだとは思っとらんかったよ」とはしゃいでしまった。なんという色が正しいのかわからない水の色をしていて、その水がザッパ〜ンと押し寄せるたびに「きれいだな〜」と惚れ惚れするのでした。
だんだんと、真後ろの遺跡のことなど頭のどこかへ押しやられてしまって、すっかり海水浴に夢中になってしまった。
その後どのぐらい経ったのかわからないが、係員が「ピッピー」と笛を吹き始めた。どうやら閉園の様子で、水着姿のまま砂浜から出されてしまった。で、時間がないと思いながら、リュックにかけていた鍵を開けて写真を撮っていたら肝心の鍵をなくしてしまった。
それでも「こんなきれいな海が見られたから、いいや」と思うほどにきれいだった。

そして翌日の今日。最初「もうそろそろ移動しようか」と思ったんだけど、「この先の予定では、もう海に行くこともなさそうだし。せっかくだからもう一度カリブ海を拝みに行こう」ということにして、もう一泊することに。
今日はタクシーの運ちゃんにおすすめを聞いて、案内してもらったパブリックビーチへ行った。
そこはそんなに人もおらず、ゆっくりのんびり海水浴を楽しむことができた。このビーチは沖に行くと少しだけ珊瑚があったので、魚が見られたんだけど。そこまできれいな魚はいなかったな。でも、サヨリが泳いでいたんだけどそれが青くてきれいだった。
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この日の海。

この日も何時間いたんだかわからないけど、のんびりカリブ海を堪能しました。
今回の旅行で、海に来ることはきっと最後になると思う。その最後に、こんなにきれいな海が見られて「ごちそうさまでした」ときれいに締められた気がします。ありがとうございます。
夜は、最後にってことで「KUJAKU」に行ってきた。この日は「とんかつ」を食べたんだけど、久しぶりのとんかつに満足でした。とんかつ・・・っていいな・・・。
女性オーナーも楽しい方でよかったです。

その後は、先日会ったスケーターと一緒に滑った。
2時間ぐらい和気藹々とのんびり滑った。久しぶりのスケートだけど、楽しかったなぁ〜。
ここだけの話、わたし旅行に出てから新技一個も増えてないんですよ。内緒ですよ、内緒。


明日はパレンケというとこに夜行バスで向かう予定です。

おまけ
メキシコ来てからコンビニをよく見かけるようになった。しかも、そこにはカップラーメンがたくさん置いてあって、そして店内にテーブルと椅子があってその場で食べられる。
かなり日本人に感覚近くないっすか!?なので、ちょくちょく利用してます。クーラーがんがんだし。
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NISSINかMARUCHANか選べます。味は、日本のほうがうまい・・・。

それでは


koji1229 at 15:46|PermalinkComments(4)TrackBack(0) メキシコ 

2011年06月03日

トイレの紙様

ピステのネット屋にいたときのこと、ネットの最中に急にお腹が痛くなった。
ネット屋のトイレを借りたときのこと、トイレに入ると紙がない。
「あ、まずい」と思った次の瞬間、タンクの上には新聞紙が。これはどう考えても「現在紙切らしてます、紙は紙でも新聞紙でどうぞ」という無言のアピール。
今年で30歳になる自分だが、生まれてから今まで新聞紙を使うという究極のシチュエーションには遭遇したことはない。
今まではトイレットペーパーなんてなくても、そこにはティッシュペーパーかポケットティッシュがいつだってあった。
紙がなくても水があった。
「自分は恵まれていたんだ」と改めて感じた。
しかし、その時は「我慢して他探すか」なんて余裕はなかった。
一通り用事を済ませた後、最後に新聞紙・・・。
全く体に優しくない。こんな紙はトイレで使ってはいけない。というか痛い。
でも、そうでもしない限りトイレに一生こもりっきりになってしまうので仕方がない。
なんだか、心が汚された気持ちになった。

あなたならどうする?


そんな時はこんな曲でも

koji1229 at 02:02|PermalinkComments(6)TrackBack(0) メキシコ 

結局

再びカリブ海沿いの町に戻ってきてしまった。
名前は「トゥルム」といって、海のまん前に建つ遺跡やセノーテがいくつかあってけっこうアクティビティがたくさんある。
ピステからはバスで3時間ぐらいで到着。しかし、ピステからトゥルム行きのバスが朝7時半の一本のみ。「そんなに近いならもっと遅くてもいいじゃん」と思いながら、眠い目をこすってバスに乗った。
ピステに到着後は恒例の「どこに泊まろうか」という問題に直面。海沿いにも宿はあるらしいんだけど、「高いに違いない」ってことで、バスターミナル周辺で探した。結局350ペソのエアコンなしの部屋に落ち着く。しかし、エアコンなしで350って高い。同じ宿でエアコン付きで同じ部屋があったんだけど、そっちは窓なしの独房みたいな部屋で暗くてやめた。なんかいちいち面倒なんだよな〜。

そんなことはさておき、その日は特別なことはせずスーパー行ったり。ブラブラ散歩したりして終わった。
その日の夜に「なに食おうか?」となって、色々探し回った。なぜか「あ、良心的そうだな」と思ったお店にはビールが置いてなく、散々探し回ってタコス屋で「ビールある?」って聞いたら「ないけど、うちで食べてくれるなら特別に買ってくる」というのでそこに決めた。可もなく不可もない店だった。しかし、こんだけビール飲むくせに食堂にビールがないっていうのも不思議な話だな。まぁ色々と決まりがあるんでしょうが。庶民に優しくないな。
その店を出た後「なんだか物足りないな」ってことで、もう一件ビールでも飲みに行くことに。
その店は「KUJAKU」という日本食屋で、散歩したときにたまたま見つけて「あ〜、こんな町にも日本食屋があるんだ。しかし、ちゃんと日本人がやっとるのかね」なんて訝っていた。「まぁ、ビール飲むだけだし、とりあえず行ってみましょうか」と入店。お店にはしっかり日本人の女店主と日本人の調理担当の男性がいて一安心。
メニューを見てみると、寿司やらつまみやらがわんさか。欲望が爆発しそうになったけど、その日はつまみで我慢した。なかでも、ウチワサボテンのおつまみが最高で食感がヌルヌルでメカブのような感じ。味付けもビールが進む感じで「あぁ〜、うめぇっす」となった。そのほかにもサラダや枝豆や手まり寿司まで食べてしまって、結局欲望に負けてしまった。
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こんな味忘れてた・・・

翌日は、セノーテに行ってみた。
セノーテとは、ユカタン半島が石灰岩質の土壌のため、降った雨が地中に染みこみ地下に水の溜まる空洞を造る。その空洞の上が陥没してできあがったものらしい。
今回行った場所は「グランセノーテ」といって、中心からタクシーで50ソルで10分ぐらいで着く。歩きや自転車でも行けるけど、暑さでそんな気にもならず。
到着して100ペソ払って入場、高い・・・。期待に胸膨らませていると、陥没した部分が見えてきて中を覗き込むと透明な水を湛えたセノーテが見えた。想像以上の透明度に驚いた。
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上から

もういても立ってもいられなくなって、さっそく水着になって入水。水温が低く体がシャキっとした。
潜ってみると、10m先の人がはっきり見えるぐらいの透明度、いやはやこれはすごい。洞窟を抜けてみたり、洞窟の奥まで行ってみたりした。しかし、洞窟の奥まで入っていくと今まで味わったことのない恐怖感を感じた。
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この奥がちょっと怖い
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手前
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透明
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うかれる人

寒くなったらあがって、暑くなったらまた入水を繰り返して、結局1時間以上いたのかな。
上がった後も淡水だからベトベトすることもなく、水が冷たかったのでなんだか非常にすっきりした。
それにしてもキレイだったな、今まで行ってきた川などとはまた違った感じで透明度では今まで泳いだ淡水の川や湖では一番だった。また貴重な体験ができました。

町に戻って一休みしたあとは、近所でアイスを食べた。
その後は前日に発見した、スポットへ滑りに行った。そこにはやっぱりスケーターがいて、初のメキシカンスケーターと遭遇。そのスポットは公園で、周りがカーブに囲まれていてカーブ好きにはたまらない感じ。しかし、カーブの角が直角ではなくてななめにカットされているのが厄介。
そこでもやっぱりスケートゲームを挑まれた。この人もレイザーフリップやらのテクニカルなことをやってくるので、結果は敗退・・・。今まで何回外人とスケートゲームしたのだろうか、そして何敗したんだ・・・?
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写真はこれ一枚のみ。

その子もすっごい優しくしてくれた。名前は聞き忘れたけど。

一通り滑った後は、おなかも空いてきた。
その日向かったのはまた「KUJAKU」。彼女がどうしても照焼きチキンを食べたくなったらしい。
その日はお互いご飯を食べて終了。自分は昨日のサボテンと冷奴とご飯となんだか朝食メニューみたいになった。しかし、サボテンがご飯とよくあってご飯が何杯でも行けちゃう感じだった。日本食ってヘルシーでいいなぁ。
お店の方も感じが良くて、久しぶり日本の食事に二人とも大変満足でございました。

そんな感じでトゥルム2日目が終了したのでした。




koji1229 at 01:34|PermalinkComments(4)TrackBack(0) メキシコ 

2011年05月31日

マヤ文明に触れてみる

メキシコに来てから、初めて遺跡を見てきた。
行った場所は「チチェン・イツァ遺跡」といって、マヤ文明の遺跡の中でも規模が大きい方らしい。
しかし、その遺跡へ辿り着くまでがまた面倒で、二人で「なんだかメキシコ来てからうまく行かないなぁ〜」なんて凹んだ。
というのも、ホルボッシュを朝5時半に出発して、朝9時半ぐらいにピステに到着。その日はもう遺跡も見るつもりなかったので宿で昼寝してゆっくりしようと思った。バスが止まった場所のそばに200ソルとかなり安い宿があったので、値段につられてそこに決めた。しかし、その判断が間違っていたようで夜寝ようと思ったんだけど、もう暑くて寝られず汗だくになった。結局その日は一睡もできず・・・、後日チェックアウトして隣にあるもう一軒のクーラー付で300ソルの宿に移った・・・。結局その日も一睡もしていないので、宿を移って昼寝して終了・・・。もう暑くて寝不足なんかで遺跡観光なんて無理。最初の宿は、人がすっごい良かっただけに非常に残念。でも、窓なしの部屋があったりと設備的にはかなり改善が必要だと思う。
そんな感じで無駄に時間をつぶす始末・・・。

そんなこんなで、3日目にようやく遺跡観光となったわけです。
初めてのマヤの遺跡に胸躍らせてチチェン・イツァへ。しかし、わかってはいたもののその日も陽射しは殺人的。不安と期待を胸にチケット売り場へ。
まず最初に115ソル払ってチケットを購入。そして、入場しようと思ったら係りの人に「もう一枚チケットが必要だ」と言われた。「え?なんで?」と思いながらまた別のチケット売り場へ行ってもう一枚チケットを購入。こちらは51ソル。そしてようやく入場することができた。いつもだけど、観光に行くとチケット購入で少し気持ちが萎える。

そんなことはさておき、遺跡に入場して少し歩くといきなりこの遺跡の目玉のエルカスティージョというピラミッドが現れた。今までピラミッドと言えばエジプトのアレを思い出すけども、これはこれで形がかっこいい。
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でぇん!!
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形が漫画的な気がしませんか?

そしてこのピラミッドは四面に階段が作られていて、その一面にはククルカン(羽毛の蛇)がしつらえてある。このククルカンは、年2回春分と秋分の日に羽が影となって現れるそうだ。なんともすごい技術ですね。ロマンやわ〜。
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ククルカン。この階段側面に羽が浮かび上がる。夢あるな〜。

で、自分の某ガイドブック08年版には「遺跡に入場したら、まずピラミッドに登りましょう」と書いてあったのだけど、なんと現在は登ることができずに下から写真を撮るのみ。まぁ仕方ない。
いきなりの目玉の登場で「この先もっと興奮できるのか?」と不安を覚えながら歩く。「戦士の神殿」「ジャガーの神殿」「頭蓋骨の台座ツォンパントリ」「球戯場」などをブラブラ歩く。ガイドブックに書かれていたのだけど、球戯場で行われていた当時の球技は、勝ったチームのキャプテンが栄光を担い生贄として捧げられていたそうだ。なんだか理不尽な気もするが、力を持った人間を捧げた方が効果があるってことなのかな。
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手を使わず、サポーターを装着した上腕や足で壁に取り付けた輪にボールをくぐらせるらしい。難し過ぎでしょ。
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これが、生贄のキャプテンの斬首の図らしい。


その後見たセノーテというユカタン半島特有の泉があるのだが、マヤの人々は干ばつや疫病が流行ったりすると遠いところからわざわざここへ訪れて、生贄やら財宝を投げ入れたそうだ。その後の調査で本当にこの泉から42体の子供や男と女の骨。そして財宝が発見されたそうだ。
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セノーテ。昔はもっときれいだったっぽい。
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骸骨の台座。メキシコの人は骸骨大好き。
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これは土産屋の骸骨たち。1個欲しいんだけど、陶器製で割れるだろうから我慢・・・。

色々と彫刻やらが施されているのだけど、はっきりと「これは○○だ」とわかるものが少なく、なんとなく見て回るだけになってしまった。
遺跡マニアでもない自分にとっては、ピラミッドなどの迫力のあるものじゃないと良さがわからないってことなのかもしれない・・・。

しかし、それにしても暑い・・・。やっぱり炎天下の中の遺跡観光ってダレる・・・。日陰を見つける度に休憩を挟み、なんとか遺跡を見終えた。って、なんか嫌々まわったみたいな感じになっちゃってますね・・・。
ようするに、遺跡めぐりには気候がすごく重要ってことです。
暑すぎる気候は遺跡めぐりの感動を減らします。

ってことで、メキシコ・マヤ文明一発目の遺跡リポート終了します。
もしかしたら、この先メキシコで遺跡行くことないかもな。次はグァテマラのティカル遺跡のリポートでお会いしましょう。

次はどこに行こうか迷い中で、なんだか遺跡はチチェン・イツァでお腹いっぱいになってしまって(早すぎ・・・)、もしかしたらまたカリブ海沿いに戻るかもしれません。
どうなることやら。

koji1229 at 07:14|PermalinkComments(6)TrackBack(0) メキシコ 

2011年05月28日

タコスの国へ

ということで、今はタコスの国メキシコです。
今はカンクンを経てホルボッシュという島にいます。

ジャマイカを早朝に出発して、マイアミでトランジット。そして、メキシコに到着。
移動時間はそれほどでもないんだけど、国を越えたりするのはやっぱり色々心配事とかあって疲れます(やましいことは何もないけどね)。今回はメキシコ入国するのに片道切符しかないので、それで入国拒否されるのではと心配してたんだけど、結局あっさり入国できた。でも、こればかりは運次第なとこもあるしこのブログ見て「じゃぁオレも」ってなって入国拒否されても責任は取れませんので自己責任でお願いします。

カンクンの空港に着いてバスでダウンタウンまで向かった(45ソル。1ソル=約7円)。
そしてバスターミナルから目的の宿まで向かったんだけど、なかなか見つけられず暑さと疲れでイライラ。その後なんとか到着したのだけど、持っていたガイドブック(2007年版)の値段とは全然ちがう。しかし、もう他探すのも嫌になって泊まった。値段は330ソル。部屋は新しくエアコン付で快適。けど、なぜかトイレにドアがないのが理解できない。まぁいいや。
その日は何もせずに晩御飯を食べに行って終わった。でも、楽しみにしていたメキシコ料理が食べれて嬉しかった。
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初めてのメキシコでのメキシコ料理。豚のタコス。まぁまぁうまかった。
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ビールもメキシカンに。これはSOL。キンキンでうまい。


翌日は観光に出かけた。と言ってもショッピングモールへ行っただけだけど。
さすが世界屈指のリゾート地だけあって、ホテルゾーンと言われる一帯には有名なホテルが乱立。ソコだけ見るとどこの国にいるのかわからなくなる。そしてモールを何を買うわけでもなくブラブラした。
途中海が見たくなって、一軒のホテルへ入ってそのまま砂浜へ抜けた。ホテルの敷地にはプールがあって、欧米人がくつろいでいたのだけど、新小岩出身の庶民には住む世界の違いを感じさせられてショッキングな光景だった。笑 砂浜に抜けるとまたもショッキングなほどのブルーな海。そして、演出されすぎな光景。
海の色は自然なものとは思えないほど青く美しかった。実際溜息がでるぐらいきれい。しかし、その砂浜に並ぶホテルが用意したパラソルやらそびえ立つホテルを見ているとなんだか興ざめしてきた。「別にこの海は入らなくてもいいかな」と思ってしまった。
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絵みたい。
2011_0524Jamaica0204
不自然。

その後、結局カンクンで海に入ることはなかった。

カンクンで2日過ごしたあと、向かったのはホルボッシュという小さな島。
これはネットで偶然発見したばしょなのだけど、開発が進んでおらずのんびりできるというので気になって行ってみた。
カンクンのバスターミナルからバスでチキーラといとこへ行き(83ソル、4時間)、そこからボートに乗り換えて30分(70ソル)。ようやくホルボッシュへ到着。
この島は島民の足は車ではなくゴルフカートで、船を下りるとゴルフカート版タクシーに乗った人がたくさんいた。
宿のあてもない我々は、一人のドライバーの客引きについて一軒のホテルへ向かった。そこではけっこう値段を落としてくれたので、結局そこにお世話になることにした。値段は2泊の約束で550ソル。その日も晩飯を食べに行っただけで終了した。島を歩いてみたら、のんびりしていてカンクンよりはゆっくりできそうだ。車がほとんど走っていないというのがいい。静かだし。
2011_0528Cancun0012
中心の風景。

翌日は起きて食事に行こうと思って外を歩いたのだけど、日光が殺人的だった。ご飯食べて戻ってきただけなのに二人とももうぐったり。なので、部屋にクーラーがついてることもあって日が沈むまで部屋にいた。
日が傾いてきたのを確認して、ようやく外に出て散歩した。
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砂浜にはカブトガニの残骸がたくさんあった。

この島の海は残念ながらカンクンほどきれいではない。むしろ、海のキレイさを求めてる人にはおすすめしない。では、なぜこの島に人が来るかと言うと、ここでは船に乗ってイルカを見たりジンベイザメと泳いだりするツアーが有名だからだ。しかし、我々にはUS80ドル近いツアー料金は払えないので、島でのんびりするのみ。でも、ほんとに静かでいい感じ。
その日は散歩して、夕飯食べて終わり。
翌日は「さすがに海入らないとまずいでしょ」ってことで、日が傾くぐらいの頃を見計らって海へ。ぬるめの水に浸かりながら、泳ぐでもなく浮いたりしながらメキシコの海を味わった。
その日も晩飯を食べて、夜はゆっくりすごした。この島は夜は特別やることもないっぽい。

そうして、メキシコの海辺の旅を終えたしだいです。
明日は、朝3時半に起きてチチェン遺跡の町まで移動します。
メキシコあつい〜。


koji1229 at 12:30|PermalinkComments(6)TrackBack(0) メキシコ 

2011年05月27日

ヤーマン 最終回

ネグリルから帰ってきた翌日の土曜は、「日曜と月曜(祝日)はお店が閉まるから、お土産とか買物するなら今日しかないわよ」と宿の女主人に言われたので、「じゃぁ、今日はハーフウェートゥリーに買物でも行きますか」となった。
少しは慣れたローカルバスに乗って繁華街へ。自分達で来るのは初めてで、いまだに緊張。まぁ、警察もいることだし白昼堂々に繁華街で襲ってくる人もいないだろうと思う。
スーパーで買物を済ませ、若者向けの洋服屋などを覗いてみたけど、ここでも相変わらずニセモノの商品が多かった。お土産屋で「Redstripe」のTシャツを買いたくて探したのだけど、なんだか変なデザインのものしかなくて諦めた。あのシンプルなままでいいのに。そしてブラブラしてやることもなくなって、宿に帰った。
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繁華街中心のバスターミナル。空の感じがものすごく不穏。

その日は、前日に知り合った広島からやってきた若者二人がダブプレートを製作中だった(泊まってた宿にはスタジオがあって、そこでダブプレートを製作できる)。帰ったらジャマイカンが何人かいた。広島の人たちと話していたら、どうやら我々が戻ってくる前にはマーシャ・グリフィスとビッグ・ユースがいたらしい!!残念。しかし、そこには自分は知らないけどけっこう有名なミュージシャンがまだいた。その中の一人がかなり酔っていて変なテンションだったけど、歌がメチャクチャうまくてびっくりした。
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酔いどれシンガー、コジャック。

その日は、特になにもせずゆっくりのんびりと過ごした。

翌日は、最終日の日曜日。
この日は、彼女と「もう一度inna de yardを訪ねて、昼間の様子を見てみたい」と話していたので、勇気を出して自分達だけでinna de yardに行ってみることに。
今回は、その日「海に行く」と言っていたのに、前日の興奮で寝れず寝坊した広島の二人も一緒にinna de yardに行くことになった。
「早い時間に行っても何もやってないだろう」と判断して、宿でグダグダ時間をつぶし頃合を見計らって行った。一度しかその場所に行った事がないのに、自分が行きたいところだからか正確に道を覚えていた。無事にinna de yardの門に到着したけど、その日はスタジオ作業中で爆音で音が流れていて「すいませーん」と声を出しても聞こえず。不安になって何度か呼びかけるとようやく中からEarl"chinna"Smith氏が登場した!
我々のことを覚えてくれていて、また「よく来たね〜。さ、入りなさい」と家の中へ案内してくれた。その日は家の中で曲のミキシング作業中だった。
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作業風景

氏は我々に気を遣ってくれて、「庭でもなんでも好きなように写真撮っていいからね」って言ってくれた。なので、我々日本人4人はもう好き放題写真を撮りまくっていた。
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氏のジュークボックスに記録されている曲たち。アメリカのSOULが多目だった。
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愛金魚たち。でかい。
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やっぱりBOBっすね。
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氏の自転車。イチイチかっこいいな〜。おれも日本帰ったらピストじゃなくて、こんな自転車乗るかな。

すると、氏が中から出てきて「このギターは日本人からのプレゼントなんだ、いい音がするんだよ。まったく最高のギターをプレゼントしてくれたもんだ」みたいな感じで、おもむろにギターを弾き始め「ギターをありがとう」みたいな即興の曲を披露してくれた。
それを皮切りに、氏が家の奥からたくさんの楽器を持ち出してきてその度に色んなエピソードを話してくれる。例えば、「このfenderのギターは、昔銀座で買ったんだよ」とか、「この楽器も日本で買ったんだけど、弾き方がよくわからないんだ。いつかいい先生を見つけて教わりたい」と言っていた。そして「この楽器なんていうの?ちょっと読み方書いて」と言われたので、箱の余白に「KOTO、琴」と書いておきました、光栄です。自分の名前も書いてやろうかとも思ったのですが、小心者なのでやめました。
そんなやりとりをしていると、今度は別の男性が現れて「食事がどうこう」と話しかけてきた。いまいち内容がつかめないでいたら、なんと数分後に我々四人の食事が運ばれてきた!!
まさかの展開に一同仰天。普通ここまでしてくれる人もいないでしょ。
しかし、一緒に行った広島の二人は「ジャマイカの飯苦手ッス」な感じだった。笑 我々にはけっこうおいしく感じた。
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顔は笑顔だけど、喰い進むごとに手の動きが遅くなってた。笑

もうお世話されっぱなしで申し訳ないので、せめてものお礼に食器を洗わせてもらいました。ほんと感謝です。
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食事を作ってくれたおじさん。日本の心配もしてました。すっごいいい人。

その後も氏を囲んで色々雑談をしました。「忙しそうなので帰ります」って言ったら「全然忙しくないよ、気にしなくていいからね」なんて言ってくれた。
氏に「あなたのようなビッグな人間が、こうして生活しているのがびっくりしました。もっと、豪勢な生活をしてるかと思いました」みたいなことを言ったら、「わたしはこういう生活が好きなんだ。スーパーに行くのも、セッションしに行くにも未だにキングストンの街中を歩いてるよ。」と言っていた。そして「地に足のついていないような豪勢な生活は嫌いだ」みたいなことを言っていた(ように思う、英語があんまりなので感覚で解釈しました)。
「だからinna de yardのような温かな音楽が創れるのだな〜」とひどく納得しました。そんなありがたいお話を聞きつつ、「いい加減帰らないと悪いな〜」なんて思っておいとますることにした。と、その前に記念写真を撮ってもらった。
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家宝にします。わたしのファッションがひどい・・・。

玄関まで見送ってくれて、別れ際に日本人四人から一斉にカメラを向けられて困っていた。 笑
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夢のような時間が過ぎて、なんだか夢見心地で四人で歩いた。

その日の夜は、「ダンスに行こうかどうしようか」と悩んでいた。というのも、翌日の月曜の朝6時半にマイアミ行きのフライトがあって、ジャマイカのダンスは夜11時ぐらいから始まるそうだ。あげく雨も降り始めてだんだん気持ちが「だるいな」って気になってきた・・・。で、結局ダンスに行くのはやめてしまった。
chinna smith氏にも出会えたし、もうこのまま夢見心地のままジャマイカを去ろうと思った。
まぁ、自分の好きな選曲でかっこいい曲ばかりかかるダンスなら行ってみたい気もしたけど、今のジャマイカでは自分が好きな時代の選曲がかかるってことは稀らしい。まぁ、こればかりはしょうがない。

翌日は3時に起きて空港へ行く予定だったので、早めに寝たかったのだけど。なんだか、ジャマイカで起こったいろんなことが頭に浮かんできて結局寝ることができなかった。ジャマイカ来てから夜中にフッと目が覚めて、その日の出来事を思い出したら寝れなくなったことがよくあった。今までそんなことはあまりなかっただけに、今回のジャマイカ体験がどれほど自分にとって衝撃的だったかがよくわかった。
一週間じゃ物足りない気もしたけど、何事もやりすぎはよくない。「腹八分目もう少し食べたいけど」って時がいい
頃合なのかも。と自分に言い聞かせた。

翌日は朝の3時半に部屋を出て、宿の女主人を起こして鍵を渡した。
最後の最後までこの女主人には心を許せる感じがしなかった、今まで日本人経営の宿を避けてきたがまさかここジャマイカでお世話になるとは。笑

朝6時半に飛行機に乗りマイアミへ、マイアミのイミグレーションで嫌な審査官に当たってしまい「なんだかパスポートと顔が違うなぁ。」とあ「今いくら持ってんの?」なんて嫌がらせみたいな質問をなんとかかわして無事入国。
そしトランジットを経て、無事メキシコに入国した次第でございます。

これにてジャマイカ滞在記は終了です。
日本の秋田県ぐらいの広さなのに、世界中で愛されているレゲエ・ミュージックが生まれた国はやっぱりそれだけエネルギーやらが違うと感じました。やっぱり、ちょっとクレイジーぐらいじゃないとあんなもん生み出せないってことですね。




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