生活

2010年10月03日

出稼ぎを振り返って 2010 秋

現在クアラルンプールです。
昨日までは、パースで4000円も払ってトイレシャワー共同の清潔とは程遠い宿生活だったけど。そこから開放されて、オウンバストイレ、エアコン付きの生活で2000円という生活になりアジアに来たことを実感してます。
これも旅行の醍醐味。というか、値段対サービスのバランスでは明らかにアジアの方が上じゃないか?

さて前回言っていた通り今回はワーホリ生活を振り返ってみようと思う。

AUSに着いたのが去年の12月20日。金が足りないので出稼ぎに出ようという話になって、タイのネット屋でビザを取得して旅立った。
はっきり言ってなんにも下調べしてなかったので、彼女の妹を頼って行った。当初旅行中に出会った人たちからいい話ばかり聞いていたので、3ヶ月ぐらい働いてとっとと出ようと思ってた。しかしいざ来てみると彼女の妹ですら仕事のあてもなく、3人で物価の高い町メルボルンで時間をもてあましてた。
この時期に夜遅く通りを歩いていると、後ろから猛スピードで走ってきた車から生卵をぶつけられた。今までの人生でこんなことは初めてで、かれこれ1年以上各国を回って来てもここまで悪質ないやがらせは初めてで、はっきり言ってこの国が嫌いになった。というか、物価と町のギャップに最初から好意的な気持ちではなかった。それがこの出来事でマックスになった。

そんな気持ちを抱えながら、彼女の妹のツテでシェパートンというファームジョブで有名な町へ行った。
しかし、そこでも旅行始めてから初めて泊まるドミトリー(相部屋)が12人部屋で、あげく仕事も回って来ずという最悪な状況になった。この町ではホント辛酸を舐めさせられた。オージー嫌いに拍車がかかる一方。
仕事もロクにできず宿はうるさくて最悪だし、前にも書いたけどほんと毎日悩みっぱなしでスケボーするしかなかった。スケボーも毎日できていいだろうよ?なんて周りの人は思うかもしれないが、はっきり言ってやることないからって無理矢理滑っても面白いものじゃいよ。一人だし。でも、スケボーがあって救われてたのは事実。
そんなこんなで、この町では面白い人に出会ったぐらいしかいい思い出はないな。3ヶ月いて金を使い果たしただけだし、彼女が働いて俺が仕事しないでなんてことしたら自然と仲もギクシャクするもんだし。ほんと最悪だった。あげく借金までしたしね。今となれば笑って話せるけど、その時は笑えもせんかった。

そんな状態を打開するべく彼女が知ってた西海岸のとある町を求めて飛び立った。
ここからの話は、まぁ最近の出来事だし今こうしてマレーシアにいられるってことでみなさんもお察しいただけるでしょう。
西に移って初めてワーホリの楽しい部分というものを体験できた気がする。
いろんな国の人との交流はもちろん。オーストラリアの自然を初めて感じたのもこっちに来てから。人との交流という話では、こっちでは台湾人としょっちゅう一緒だったな。かれらはホントに優しくて気遣いができてピュアでいい人ばっかだった。
それはさておき、ワーホリの陰と陽を体験できたのもいい経験なのかも?
ワーホリは楽しそうだけど、ほんとツイてない人はツイてない。俺も片足突っ込んでた。全てが悪いほうへと向かっていく感じ。その横ではホクホクの笑みを浮かべた人たちがはしゃいでたり。そんなんでまた卑屈になってったり。
でも、いい流れに乗れればそれが嘘のように「あ、コレ来た!!」って瞬間が訪れたり。なんだか不思議なもんです。

話は変わって、実はわたし大学は一応英文科に通ってた。
しかし、はっきり言って英語ができるか?なんて言われたら全くで、大学でもbe動詞と一般動詞を間違えたり、外人の先生にも「お前の発音はひどい」って言われたこともあった。じゃぁなんで英文科に行ったの?っていうと、外国で暮らしてみたいと思ったことがあったので。
しかし、卒業しても皆さん御存知の通り英語とは無関係のサラリーマンになって、たまにふと「おれ大金払ってまで大学行った意味あったのか?」なんて思ったりしたこともあった。でも、9ヶ月だけどAUSで仕事して生活できたからなんとなく報われた気がした。でも、英文科でもない彼女の方が英語能力は上だったりで、ちょっとショックなんですが。
ちょっとは英語できるようになったんじゃないか?と自分では思ってます。
でも、もし自分に子供ができたら大学で英語を学ぶより海外に行かせることを薦めると思う。

あ、スケボー事情はやっぱりいいです。
うまい人一杯だし、スポット一杯だし。

AUSではハッキリ言って観光なんてしてない。ユミオくんにも「もっと楽しんだ方がいいよ」って言われたけど、もうこっちは先のことばっか考えてるからそんな気持ちになれなかった。色々ノリが悪くてごめんよ。
俺らはこれから楽しませてもらうよ。

なんだかよくわからない文章になってしまったけど、まとめるとこんな感じです。
最初は乗り気ではなかったけど、終わってみたら人生にとっていい経験だったと思う。冗談ではなくて。

今日は、旅行再開を祝って麻婆豆腐とワンタンメンとビールで乾杯しました。
昨日までラーメン食うのに10ドル払ってたのが今じゃ1ドル。

これからちょっと旅行に体を慣らしつつゆっくりします。

わたし元気です。

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koji1229 at 23:11|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2009年11月09日

ヨーロッパ 回想

旅行者にとって憧れと現実(旅費的に)が反比例な国々が数多くある地帯。
自分は当初は、トルコから南ヨーロッパの国々を渡ってさっさとモロッコ行って南米にでも渡ろうと考えていた。
しかし、実際には当初の計画とは全く違う国々を渡り歩いていた。どうしてそうなったのかというと、旅行中に色々な情報を知って行きたい国が増えていったからだ。
ブダペストなんて、行くつもりもなかった。しかし、行ってよかった。
ロンドンなんて、行くつもりもなかった。それも10日以上滞在するなんて思ってもなかった。しかし、行ってよかった。

でも、ヨーロッパはほんとにお金使ったな〜。
今回は、自分が訪れたヨーロッパの国々について書きます。あくまでも個人的な感想なので御了承願います。

実際に、ヨーロッパを旅行してみて思ったこと。
物価が高いのも確かだけれど、それは宿や食事、交通費の話でスーパーでモノを買えばそこまで高いと感じなかった。むしろ、安いと感じることの方が多かった気がする。だから欧米人は「ジャパンエクスペンシブ〜」って口をそろえて言うのかな?
水にしてもビールにしても野菜や肉にしても、とっても安かった。
前にも書いたが、プラハでビール大瓶とサラミを買っても?1。日本じゃまず考えられないことだ。
でも、レストランに行こうと思えば飲んで食って安くても一人10ユーロはいくんじゃないでしょうか。
ファストフードなどの安いとこ行けば、一人3ユーロぐらいで食えると思う。

宿は、自分達はドミトリーには泊まってないのでその部分についてはわからない。ましてや、こんなに長いこと旅行しててドミに泊まったことがないなんてちょっと変わった部類に属するんじゃないかと思う。
ヨーロッパで泊まった宿は、ギリシャのサントリーニ島の?26からプラハやアムスでは?50ぐらいだった(全部個室)。設備は値段相応といった感じ。でも、バルセロナで一泊?40も払ったガウディなんちゃらって宿は最低だった。今まで泊まった宿で一番料金と不釣合いな宿だった。フロントの雰囲気が良かったので、泊まる前に部屋を見るという最低限のことを怠った(ヨーロッパだから油断した・・・)ためにこんなハメに合った。あれはインドの宿と同等かそれ以下だったな。中東よりひどいかも。

交通費もやっぱりそれなりに高い。
ヨーロッパの町中では主に電車に乗って移動していたけれど、どこも?1以上してそれだけでもけっこうな出費になった。
国を越えるとなれば、?30以上は当たり前。でも、逆に国を越えるのにこんなもんでいいんだって思ったりもした。

その他雑費。
観光名所の入場料なども?10を越えることも多かった。ランドリーなんて怖くて頼めなかった。唯一ロンドンでコインランドリーに行ったぐらい。洗濯機と乾燥機を使って6ポンド。日本円で900円近くっすよ!宿代がタダじゃなかったらそんなんムリ・・・。

スケートスポットは、ヨーロッパは町の中心にあることが多かった気がする。
ブダペスト、アテネ、バルセロナなんてほんと町の中心だった。パークなどはちょっと電車で走ったとこにあった。

こんな具合で、ヨーロッパでは一日安くて20ユーロいかないぐらい、高くて40ユーロいかないぐらいで生活してた気がする。
「一生に一度だろうから」なんて具合で、そこまでキツキツに節約することもなかったので、そこまで苦しい思いはしていません。そのツケが回ってきて、今後の予定に影響を与えたのは事実ですが・・・。
それでも、ヨーロッパを周れて良かったと思う。
遺跡だけを見る観光にもいい加減飽きてきてたから。
やっぱりいろんな国で滑れて世界レベルのスケボーを肌で感じることができたし、いろんなカルチャーを生で見れたし、後は海外で暮らす日本人に出会えて良くしてもらったし。ロンドンでは、ほんとにロンドン人の生活に飛び込んでテンパることもできた。

出費は痛いけど、それ以上に得るものも多かったヨーロッパ周遊でした。

これ書きながら色々思い出せて良かったです。

最近はチェンマイで毎日滑ってます。やっぱりチェンマイ人うまいっす。
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以前会ったジェフ君に再会!
アポなしの再会にすっげぇ驚いてた。その表情が見たくて来たようなモノだから来てよかった。でも、今回は仕事で忙しいらしく一緒には滑れず。残念。

チェンマイ居心地良すぎて、いつ出ようかわからなくなってきてます。
日本食食えるし、こないだなんて某Y夫妻推薦の900円のしゃぶしゃぶ食い放題行っちゃった。
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ほんと、日本で食べるしゃぶしゃぶみたいでうまかった・・・。やっぱ豚肉とポン酢は黄金のコンビだということを再確認しました。

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チェンマイの虹。

以上近況報告終了します。

あ、一つ宣伝させてください。
彼女の友人が「VAGABOOK」という小冊子の様な雑誌を製作したそうで、そこに彼女が旅行先で撮った写真が掲載されました。
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最近ようやく第1号が発売されたそうで、日本のたぶんマニアックな書店に並んでいるんじゃないかと思います。第一書林じゃ売ってないと思うんであしからず。
もしどこかで見かけたら、手にとってみてください。値段は300円だそうです。

それでは!

koji1229 at 17:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年02月16日

サパ

a9497591.JPG今朝、サパから戻ってまいりまして。現在は再度ハノイに滞在しております。
サパへは、行きは寝台の上から2番目(多分5段階ぐらいある)のレベルの電車で向かい。帰りが最低ランクのいすは木のベンチ背もたれはほぼ直角のボックス席で9時間かけて帰ってまいりました。旅費をケチってわざとそうした訳ではなく、単純にそのチケットしか残ってなく仕方なしでそうなりました。料金も行きは約$17で帰りは約$5と3分の1も違います。サービスは100分の1ぐらいの違うんじゃないかと感じるぐらい壮絶な無法地帯でした・・・
まず、トイレの電気がつかない。よって、多分人々は的を外し、よって悪臭が生じます。自分も的を得てなかったと思います・・・。次に車内の喫煙は常識です。そして、横になりたい人がボックスシートの下に潜り込んでゴザを敷いて横になります。これをするのは大抵女性でした。自分らの下にも女性が横たわってました。邪魔です。で、赤ちゃんのオショウ水をペットボトルでキャッチするお父さんがいたり。窓からゲロを撒き散らすおばさんがいたりと話題には事欠かない9時間でした・・・。悪夢です・・・もちろん一睡もできませんでした。自分はけっこうどこでも寝れると思ってたんですが、ここでは通用しませんでした。

汚い話が続いて申し訳ありません。肝心のサパはというと素晴しい町でした!!
サパはベトナムの北部の中国国境に程近い山間の町で近くには少数民族の人々がたくさん暮らしており。街中にも土産物を押し売りしてくる民族の人をたくさん見かけます。
トレッキングツアーが盛んなのですが、自分らは宿でバイクを借りて($6)山道を走りまわってました。町から30分も行けばもう素晴しい景色が広がっていてもうたまらんのです。村が点在してて、山には棚田が一面に施されていて、その谷間を川が流れていてもう桃源郷か!?と思ってしまう(ちょっとオーバーかも)景色です。川に人がいるのが見えたのでバイクを降りて川まで歩いていくと子供たちが川遊びの最中で、混ぜてもらいました。子供たちは自然の中でたくましく育っているんだな〜としんみり思ってしまいました。鼻水たらしてすっぽんぽんでポークビッツをぶらさげた自然児がそこかしこにいます。一人ちょっと年上の子供がいてあどけない顔してタバコを吸ってました。彼女はタバコをご馳走してもらってました(年齢差約20・・・)。
一通り遊んでもらって、別れを惜しみつつ。格好良くバイクで立ち去ろうとバイクのエンジンをかけ方向転換しようとした時にやってしまいました・・・エンジンふかしながら方向転換した拍子に強くアクセルを握ってしまいバイクが暴走!、俺はバイクの横を併走、バイクは止まらずそのまま山肌にバイク共々突っ込んでしまいました・・・。一瞬状況が読めずふと顔をあげると子供たちが心配そうに駆け寄ってきました・・・。情けないやら恥ずかしいやら・・・。幸いバイクも体も無傷で良かったです。その場は平静を装いましたが汗が止まりませんでした。子供たちがこれから、変な東洋人が現れてバイクで山に突っ込んでいったって語り継いで笑ってくれたらそれでいいです。

そうして、サパを3泊してして帰りはバックハーという町の少数民族が集うサンデーマーケットという市場にツアー(一人$10)で見に行って帰ってまいりました。サパはホントいいとこです。ただ、おいしいごはんに恵まれない、しかも割高です。それを差し引いても行く価値ありです。

実はサパ入りする前に中国へも行ってきました。滞在30分ですが・・・
というのも、自分達はベトナムへノービザで入国してるんで2週間しか滞在できず。一度他国へ出国しないと行けなかったのです。ベトナム入国時にパスポートに滞在できる日にちを書いてもらうんですが、その日付を数えるとどう計算しても16日なんです・・・で、不安だったんで出会ったベトナム在住日本人3人にそのことを聞くと2対1でよくあることだからきにするなと大丈夫だよとのことでした、反対一人は間違っててもオーバーステイには変わりないから罰金を払わないといけないと言われ不安になりました。ちなみに自分らはすでにオーバーステイでした。
不安な気持ちでイミグレーションを訪ねるとあっさりと中国へ通過できました。
ベトナムってホント適当な国なんです・・・こういうとこはかなりストレスを感じます。そして中国行ってトンボ帰りしました。

以上報告終わります
今夜もレーニン像に見守られながら滑ってまいります!!

写真はベトナムスーパーハーコーカオス列車内の様子
写真じゃ伝えられないのがほんとに残念です

koji1229 at 18:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)