2009年01月03日

いい日旅立ち

皆さん あけましておめでとうございました。
 
 今とばかりに自分だけ毎日寝正月を過ごしております。

 クリスマスの夜に、長野県飯田市より、埼玉県東松山市に引っ越しをしてきました。

 飯田で過ごした1年半の期間は、神々しい南アルプスの景色とともに自分にとって生涯忘れられません。

 暖かい人々におくられて、飯田を出発しました。

 さて「エキップアサダ・チームリマサンズ厚木」の合宿所があった懐かしい土地である東松山で、人生の再出発を着るのは感慨ぶかいです。

 自転車を始めたころの思い出がよぎります。

 
 さてうれしい出来事がありました。

 それはアルバイト時代にさぼってばかりいたはずの郵便局のお兄さんが覚えていてくれたことです。
 8年ぶりくらいなのに、通りすがりに「何やってんの」と聞かれ、そのまま局の同じ班の皆さんにも挨拶させていただけました。

 お世話になった局員の皆様と年賀状仕分けの中、1分くらいの話でした。
 「あれからプロになったんだよ」そう誇らしげに話してくれるお兄さん。
 
 渡仏資金をバイトで荒稼ぎ(早く配って川原で昼寝)していた罪悪感のある僕は、あんな風に挨拶してもらえることがうれしかった。

 これから東松山で一生懸命生きていこうと思いました。


 さて1000トラで長年日本記録1分8秒井上三次さんのお店「井上レーシング」
に、僕はアマ時代に散々お世話になりました。

 そのお店に通う19歳の大学生と最近は走っています。

 だけどTD沖縄以来真剣に走る僕は、ちょっと緊張しながら彼を電話で誘った。

 彼は「一緒に走りますか?いや走ってくれますか?」と言い直した。

 「よしこいつはおれが引退して、これから育成のために走るという立場を理解している。よし明日は、みっちりしごいてやろう」

 そう思った。 
 
 走り始めて5分間は
 
 「なんだ、全然調子いいじゃん。引退早すぎたかな?」

 なんて思っていたら、、、



 「よし、おれの後ろからまくってこい」と言う前に、上りで彼につけない。
  のぼりでも平地でもスプリントは全く勝負にならない。

 「今日は調子が悪いんですか?」
 
 自信喪失の僕は、最後に彼に聞いた。

 「一緒に練習しているホビーレーサーのおじさんよりとどっちが強い?」

 僕は彼の率直な答えに、

 「お世辞という日本には相手を立てる文化がある。」
 
 とお説教してしまった。

 ボート競技でインターハイで活躍した彼は、まっすぐな性格だ。

 井上さんの紹介だけあって、これからが楽しみな若者である。 


 せめて練習相手になるように、頑張って自転車通勤だ!!

 これから僕がシクリズムジャポンで働らかせていただく日々を、チームブログにアップします。

http://www.cyclisme-japon.net/modules/staffblog/details.php?bid=3

 長年、このページを見ていただき、ほんとにありがとうございました。

 最後に今までボンシャンスHPを作ってくださった飯田ゆめ未来ITCカレッジ高橋伸幸さん ありがとうございました。

 そして応援してくれた皆さん ありがとうございました。  
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2008年12月16日

シクロ全日本無事終了

b61670a0.JPG けいちゃんの素晴らしい勝利で全日本シクロが終わりました。
 2位の小坂さんのベテランの走りにも、僕は心を打たれました。

 同時に飯田の活動をいつもえんの下で支えてくれている優しくたくましいおじさん達の走りにも、僕は感動しました。


 僕の担当させてもらったキッズの部も、大成功!!!
 それは子供の笑顔が物語ってくれました。
 ボンシャンスの選手たちは、2度の自転車教室からこどもたちから大人気でした。 彼らにはこれから飯田の子供たちからの応援を受けて、強く化けてほしいと思います。
 キャンパーズ・ビレージのちゃりんこゴーゴー隊の鈴木道郎さんはじめスタッフのみなさんご指導とご協力ありがとう。
 
 人にやさしくできるということは、自分に厳しくなれて、きっと競技の結果につながると僕は思います。

 地元川路の皆さんには、大変お世話になりました。
 コース準備の草刈りから、笑顔のやさしいお若いお姉さん方のトン汁まで、ほんとに応援してもらいました。

 地元とのつながりでイベントを陰で支えてくれた市役所のみなさん、
 
 坂道通勤隊の皆さんをはじめ、貴重なお休みを費やしてくださった皆さん。

 奈良から電車を乗り継いで泊まりがけで手伝ってくれたお兄さん。
 
 競技規則に疎い僕にも優しく指導していただいた県車連の皆さん。
 
 そして見えないところで努力しながらイベントの開き方を教えてくれた雷太さん。
 
 僕の初レースを10年前作ってくれて、現役の古賀さん

 僕はいちスタッフでしたが、さまざまな方と出会い、大変貴重な経験をできました。

 

 今は埼玉のシクリズムジャポンの事務所で、慣れない敬語やパソコンに固まりそうになりながら、やさしい同僚のスタッフさんにリラックスをさせてもらっています。
 
 新しい生活の中で、僕はまたやさしい方に囲まれて、自転車をはじめてのったような刺激的な毎日をおくれることに感謝します。

 写真は第2回自転車教室  
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2008年12月06日

小春日和の夢 タイムスリップ

埼玉でシクリズムジャポン就職見習の三日目、
毎日が新鮮です。

浅田さんが率いるリマサンズで自転車を始めたこの地で、
また新たな一歩を踏み出していることに、
妙な縁を感じます。

先日6年のアマ時代にアルバイトに必死でした。
郵便配達、新聞配達でいつもさぼっていた世間様からの死角の河原は、10年前と何も変わってません。
睡魔に襲われて、思わず日向ぼっこをしながら、眠りにおちそうになりました。

ツールをフランスを夢みていると、、、

そこにはバイト先のこわーい先輩が、、、「こらーなにさぼってんだー」



するとこの11年が夢で、目を覚ませば配達の自転車が傍らにあったらどうしよう。

そんな錯覚にとらわれました。

浅田さんに厳しくやさしくおこられながら、頑張っています。

まずは日本の社会では目上の人に握手をもとめないことや
いきなり下の名前で呼ばないこと

それじゃ僕にうまれかわれってことじゃないですか!

いろいろ勉強させてもらっています。

寝るのも仕事とというのは選手の最高の権利でした。

内容はまた明日のイヤーエンドパーティーで、

皆様の温かい書き込み

ほんとにありがとうございます。  
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2008年12月02日

ありがとう

 今まで応援してくれてありがとう。

 自転車を発明してくれてありがとう。

 素晴らしい世界に生んでくれてありがとう。

 落ちこぼれのぼくを、褒めてくれてありがとう。

 たがむしゃらなぼくを愛してくれてありがとう。

 フランス語もしゃべれない僕を、おだてあげてプロにしてくれてありがとう。

 バイトもすぐ首になるわがままなぼくを

 厳しくそして優しく育ててくれてありがとう。

 僕の勝利のために働いてくれてありがとう。

 そしてなけなしのアシストなのに勝ってくれてありがとう。

 こんな中途半端な僕に、お疲れ様と言ってくれるみんなにありがとう。

 今まで支えてくれた惨敗の中で勇気づけてくれたスポンサー様ありがとう。

 飯田の子供自転車教室に一生懸命支えてくれるぼんしゃんすの選手にありがとう。

 そして地獄の果てまでと約束したのに、まだチームを引っ張ってくれてありがと  う。

 僕は今ありがとうという言葉に、応援してくれた皆さんにこれから一生かけて、思 いをかけて、生きていきます。

 涙はエキップアサダがシャンゼリゼにたどりつくまで、とっておきます。
 
 みんなも一緒に泣きましょうねっ。

 ほんとに今まで走らせてくれて、ありがとうございました。

                               福島康司
 
  
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2008年11月30日

子供は風の子 大人も鼻水

a267363f.JPG皆さん

ツールド沖縄応援ありがとう。

最高のレースでした。

一生忘れられない、幸也と都貴のワンツーでした。

このチームで走っていることに、僕は誇りを感じました。



さて昨日2回に分けての飯田での

「プロ選手こーぢとはしろう。

 でこぼこみち がたごと道  

 どろんこきっず大募集」

自転車教室が無事終わりました。

1回目は14人 昨日は33人

5歳から中学生まで

みんな寒さなんてものとせず、

2時間 天竜川の河川敷

シクロのコースで

もちろん 僕が一番泥だらけになりました。

この2回ともボンシャンスの選手に仕切ってもらいました。

そう地元の子供が「シクロ全日本キッズの部」に走りたい。

と満点の笑顔を、

ボンシャンスの若者が、

またさらに貫禄のついた笑顔で受け止めているのに

僕は感慨部会気持ちになりました。


今回ご指導いただいた、中川村のキャンパーズ ヴィレッジ

鈴木道郎(みちお)さん率いる

ちゃりんこゴーゴー隊のみなさん

ご協力ありがとう。








  
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2008年11月07日

はいさい

 常夏の沖縄で、必死に走っています。
 走れるよろこびをかみしめて。

 ジャパンカップの応援では、チームメイトの走りと、ファンの皆様との再会に心が温まりました。

 思わず、遠くから来たバッソのサインももらいにいってくださいと、いいたくなるくらいの思いがけないぎっくり腰親父への老若男女のファンの皆さんありがとう。

 富士チャレも楽しかった。

 もう練習いってきます。

   
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2008年10月04日

飯田発ジャパンカップ観戦ツアー

76fc7e42.JPG飯田発ジャパンカップ観戦バスツアーを企画しています。
出発は10月26日大会当日の深夜、飯田インター付近です。
お申し込み、天竜峡のブレアサイクリングで可能です。


自分は選手として参加はできませんが、きっと梅丹GDRはすばらしい走りをしてくれるはずです。

今のところ参加者にまだ空きがあります。
皆さん振るってのご参加お待ちしております。

質問等はこのコメントでどうぞ。

詳細はまた書きます。

  
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 逃避

41811c7f.JPG長らく日記を更新せずに、だけど毎日このページを開いてくれていた皆さんに感謝の気持ちです。
 さて日本に帰国して一ヶ月があっという間に過ぎた。
 TD北海道では僕はメンバーに選んでもらえなかったが、宮澤崇史がすばらしい優勝を果たし、自分のことのようにうれしかった。
 その間自分は嫁さんと、自分の限界を見たくて、野生人になりたくて、電気の無いところに行きたくて、テントをかついで1泊2日で南アルプス光(てかり)岳2590mに登った。
  
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強制連行ならぬ連登 

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 登り始めて30分で音を上げた嫁さんを叱咤激励しながら、あっという間の8時間だった。
 だけど花や雷鳥、目が覚めるような景色を見るたびに、苦痛なはずの嫁さんのぱっと明るい笑顔がこぼれてうれしかった。  
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命の水 

77518220.JPG山頂付近まで歩き続けて、ちょろちょろ湧き水でのどを潤したときのうまさがたまらなかった。  
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山小屋まであと一歩 

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何とか夕焼けを背に山小屋に辿りついたときの安堵感と、月の光が忘れられない。
夕焼け雲が背中を押してくれえる。
初めてなのに懐かしい家に戻れるような暖かい気持ちに包まれた。  
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テントの中でも月見はできる♪

07c199f1.JPG寝袋をもってなかった僕らに、山小屋のご主人は内緒でといいながら、寝袋を特別にただで貸してくれた。ビールは高かったので飲まなかったが、カップラーメンと絵葉書を2つ山小屋で買い、テントの中で暖をとりながら沸かし、米も炊いて、たらふく食って、そのまま8時前に、いつしか深い眠りについた。   
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一生一度の朝日

d3438f60.JPG翌朝5時、おなりのテントから元気なおばさんたちの声が、さえずる鳥のようにさわやかな朝を教えてくれた。一大決心で起きてみた。そして富士山に昇るご来光を見るという幸運に恵まれた。
 僕はその輝く光に、まだまだ強くなるよと嫁さんに誓った。
  
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いきはよいよい 

3fe737e9.JPG 帰り道は余裕をぶっこいて、途中米をたき、昼寝もしながら、のんびり帰ってきたら、登山口付近で真っ暗になってしまった。
 迷わないように、トイレットペーパーを木に巻きながら目印にし、川の音を頼りに無事たどり着いたときの安堵感は大きかった。
 暗中模索の僕の人生だが、前に進むしかない。
 冒険を終えて家に戻ると自分の心が整理されて、何も考えずにただひたすら走りたいと思った。

  
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澄んだ水のこころ

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 僕はこの南アルプス登山口付近の上村・南信濃村の純朴な人々が好きである。
 
以前道路の横断溝(クレーチング)危険箇所を上村の役場に相談したときに、すぐに対応していただいたのを契機に、今年6月上村の小学校に遊びにいかしてもらった。
 その日財布を忘れた僕は、空腹のあまり授業前、親友に小銭をかしてもらい、隣の直売所に駆け込んだ。
 
 2ついり一袋200円でうっている揚げパンを、僕はお金が足りないからひとつだけ売ってくれとお願いすると、おばさんはいともたやすげに、「ふたつもっていきな」といってくれる。
 僕はほんのりあまみのただよう揚げパンにかぶりつきながら学校に戻り、子供たちの夢を聞いた。
 かわいい女の子は「パン屋さんになりたい」とはにかみながらいった。
 それまで緊張気味だった僕は、やっと調子が出てきた。
 「この村にはコンビニはないし、ゲームセンターもない。だけど大きな自然がある。神々の住む山がある。ほら近くにこんなにいい修行先があるじゃないか。あんなおいしい昔ながらの揚げパンやさんは都会にも今はそう無いよ。
 そう怖そうな主人に煙たがられても、毎朝掃除を手伝って、その秘訣を教えてもらいな。
 そしてフランスであげパン屋さんを開くんだ。
僕はもっと有名な選手になって、君のフランスあげパン一号店に投資をしたい。  
 そこまではいわなかったけど、僕はおいしい水と空気がすえるこの村にくると、心がきれいになった気がするのだ。
がらに無くずいぶん緊張した僕に、上村の子供たちはさらに緊張しながらも、時間をかけてほぐしてくれた。

 写真はいつも井戸水をくれる優しいおじさんと愛犬、ちっともほえないから番犬失格、だけど泥棒もいないのだろう。  
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小鉢の優しさ

80bab152.JPG  
 それから、上村の喫茶「かみ」のご主人さんとお美しいお上さんからも、「うちの村の子供のために」と深々と頭を下げられた。練習で通うたびに、ご飯と味噌汁しか注文しない僕に、小皿を何品もつけてくれる。
 いろんなお互いの夢の話、村で暮らす苦労も喜びも教えてくれる。
 そして元気をもらって、毎回レジでは300円だけしか受け取ってもらえない。

 初めていったときにはご主人が山を登りだした僕らに、埋没林で作った霜月祭りのお守りを私に来てくれた。すごいエンジン音で脇に寄ってきた車に、僕らは一瞬警戒したものだ。懐かしい思い出だけど、そのお守りのおかげで僕は大怪我をしていない。
 きっと今も乗り越えられる。

それからは毎日がボンシャンス飯田の若い選手のおかげで、規則正しく朝7時半からの練習に励むことができた。
 毎日走りこみながら、体・心に力がたまっていくのを感じた。
そしてその上村小学校の前を通るたびに、校庭にいた子供たちは僕を見つけるや否や、大声で歓喜の怒鳴り声をあげる。それはツールの山岳ステージの応援ほどの熱を持つ。
僕は若い選手と別れて、一人孤独な夕日とおっかけっこ特別トレーニングにはっと目が覚め勇気をくれるアクセントだ。 
  
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雨でもちゃりんこゴーゴー探検隊

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さて最近は子供と親のつくる自転車文化に興味がある。
飯田市の近く中川村に キャンパーズ・ビレッジ自然学校がある。
鈴木道郎(みちろう)さんが率いる子供と親御さんのサイクリング教室で、子供ばかりか親までが目を輝かして雨の中でも走る走る!!
子供好きな僕には、彼の子供からの絶大な信頼と愛情は、まさに憧れであり、嫉妬してしまうほどである。 
そうそう鈴木さんには去年のシクロ天竜峡大会からキッズレースの開催のアドバイス等大変お世話になってます。
自分も勉強中の子供と安全に楽しく走る技術の習得は、不思議なことに、自分が幼いころもっと遠くに生きたい、強くなりたいという気持ちを思い起こさせてくれるのだ。
あさって5日日曜日、ちゃりんこ・ゴーゴー探検隊のイベントが中川村である。
詳細はHP  http://www.odp.jp/
 子供さんの参加は基本的に年度締め切りがあるため制限があるが、
 経験をつまれたい大人の方の参加は当日スタッフもかね大歓迎とのことだ。
 質問等は、この日記のコメントに寄せてください。
 自分も腰の様子を見て、見学に行く予定だ。
 若さを盗もう。

 写真は前回の9月のイベント参加時に、
 子供は「雨も気持ちいいんだ」と感心し、口をあけて雨水でのどを潤した。
 僕もそう思ってはしってみたら、雨が好きになれた。  
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びっくりから復活宣言

cdb27b3f.JPG6日前この一番大事なときに、僕は実業団飯田前日のイベント中にぎっくり腰をやってしまった。
 うわさには聞いていたが、この痛さと、腰を曲げないと生きていけないかっこ悪さは自分がなってみないとわからない。
 イベント会場にいた方々に肩を借りて、労わってくれる飯田の方の優しさが身にしみる。 
急遽カイロプラティック師である飯田市駄科の近藤さんに見てもらう。
 この2年間、トラブルの際にはいつでも24時間対応していただき、危機を乗り越えさせてくれた。
一日目ははって歩けるようにしてもらう。そして痛みがないよう座って寝た。
楽しみにしていた実業団飯田のレースの日も結局家で寝て過ごした。
 3日目からトイレにいけるようになってきた。
 5日目には少しづつ背中が伸ばせるようになりつつある。
  
当面レースへの復帰どころか、日常生活レベルまで戻すことが目標だ。
だけど近藤さんの献身的な精神面までいたるサポートを受けている以上、なんとしても復帰したい。ぜったいしてやる。 
リハビリにゆっくり走りましょうと誘ってくれるサイクリストの方もいる。
今じゃ足手まといなのに。
飯田の方のそんなさりげない一言が、骨身にしみる。
今はきっとこの体験を糧にして、さらにトレーニングを積み、一回り大きな選手になりたい。

僕はぎっくり腰になって始めて、まわりに経験者がいることに気がついた。
そしてぎっくり腰の会なるものを勝手に結成した。
会員資格は経験のある方。
今のところ、男性会員は僕の記憶の中で20人を越えた。
女性会員は紅一点である。
複数癖になっている方には、Wポイントキャンペーン中で、その景品は僕の復帰レースのゼッケンとしたい。
また新人賞ならぬ僕より若くしてすでに体験を持っている方には、エスポワール賞として、学生奨学金はむりなので経験者からの長くぎっくり腰と付き合う再発防止アドバイスを伝授したい。
応募先はこの日記のコメントで。
それにしてもお年寄りが何で押し車を愛用するのかわかった気がした。
思わず下を見続けて歩いていると、思わず草を抜きながら歩く祖母の気持ちもわかった。
そう僕も世間様の役に立ちたいのだ。
道を横断中の虫も無視できなくなった。
そしてぎっくり腰から復帰した選手として、会員の皆さんがまた走り出す勇気となりたい。
わが嫁さんは看病疲れなど物とせず、きっと治ると励まして素敵な笑顔です。  
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2008年09月06日

Je suis toujour bien!(いつも元気がとりえ)

あっという間に欧州遠征が終わった。
今、思い出に残った印象的な場面を振り返ってみたい。
ポルトガルに初めて訪れた5年前、その深夜、キッチンから従業員のおばさんとお姉さんのどなり声で飛び起きた。その時、ここは情熱の国スペインではなく、発狂の国だと僕は知った。
そして幸運を呼ぶはずのおいらのポストカードをあげた女の子は二度と姿を現すことはなかった。
このラテンの国では、あいさつは朝から晩まで「オラ!」と単純明快だ。だから頭を悩ます必要はない。それだけで陽気な気分になってしまうから不思議なものだ。
ところが、いざレースが始まると、にこにこしていた地国選手たちの驚異的なスピードに、おらの気分は熱風地獄だ。焼けたアスファルトの上の干からびたミミズにシンパシーを感じる。

トレスベドラス(7月9日〜13日)では思う存分苦しませてもらった。厳しいレースのおみやげは不思議なほどの超回復だ。

さて、今年も老夫婦の営む海辺の美しい宿に戻ってきた。体格のいいおやじは対照的に手のこんだ家庭料理を口に合うかどうかと自信なさげにテーブルにはこんでくる。仕事を終えた老夫婦がハーモニカのご褒美に果実酒を一杯飲ませてくれる。
三日目、ホテルの前を通るコース設定だった。その日の朝、僕は元気にポルトガル人よりも先に通ると親父に宣言した。ところが、パンクしたチームメイトにホイルを渡した僕は、一人遅れて懸命にゴールを目指す。
巣にならんだ燕のひなのようにベレーボーをかぶった年老いたセニョールが、いつものようにのんびりカフェから通りを見つめている。その時間がとまったような雰囲気から、僕は一瞬にして現実にもどされた。
そう坂の中腹に道をさえぎるように仁王立ちしたおやじが待っていたのだ。絶叫する阿修羅の横をおそるおそる通り過ぎる時、振り上げていた手がおろされた。その瞬間、僕は咄嗟に頭を覆った。予想されていたパンチのかわりに大きな手が僕のケツを押し上げた。僕はその勢いで鬼が島から去る桃太郎のようにあわてて逃げだした。その夜、ハーモニカのお誘いはなく、僕は気を失って寝た。
やはり、ここは情熱の国だった。

さて、8月末最終戦に僕はメンバーから外れた。欧州戦ではほぼ初めての経験で、僕は根なし草になりかけた。ところが、韓国からの研修生ジュニオンをアマチュアレースに連れて行くという使命のおかげで、自分を取り戻すことができた。僕はその期間中ずっとベルナール爺さんのことを思い出していた。
結局今年も彼には会うことができなかった。
パリ・コレーズで都貴の優勝の報告電話をした時には、不機嫌な声で、「タ・フィニ・コンビアン?」と僕の順位を聞いてきた。
僕は彼のチームプレイがわかりきっているはずなのに、あえてそう聞くベルナールの僕に対するいつも独占愛にうんざりしながらも、内心嬉しかった。
僕は最初に「最終完走者だよ。」と言おうおとして、しわがれ声に脅されるたびに順位を上げ結局最後は2位まで虚偽報告をせざるを得なかった。
ところが、幸也がTDリムザンでステージ優勝した時、彼は「タ・トラバイエ・アンプ?(ちょっとはお前も働いたのか?)」と、生意気なことをぬかしやがった。
「ウィー・ビアン・シュル(ああ・もちろんだよ)」と自信ありげに言いながら、僕は我知らず首をかしげていた。
確かに微妙に遅れて最後の直線に入った僕の耳に、幸也の名前が響いてきた。
そうそこにはいかにも最高のスプリントアシストをして力尽きたとチームメイトをたたえよういう美しい構図が観客の頭の中で出来上がっていたのだ。
思いっきり誤解している観客からの、今までの競技人生で浴びたことのないような拍手喝さいと歓声の中、控え目なガッツポーズと満面の笑みでゴールしたのだ。
僕は優勝した都貴・幸也と抱き合っていたとき、感極まって思わず涙がこぼれてしまう。
そう最近は若手選手の活躍のおかげで、僕はありがたいことにアシストという一番の力を出せるチャンスをもらっているから大感謝だ。

10年前から数年にかけてノルマンディーに自転車留学した日本人のことを溺愛したベルナールに、今こうして日本人・アジア人が欧州で大きな成功を収めていることに、僕は感謝したい。

さて急遽2日目にもレースが見つかった。彼の希望で、2日目も走ることになった。
確かにスペインとの国境ビアリッツまで400km近く移動してきたので、1レースではもったいない。
DAXでやっと見つけたホテルでは、10E安い天窓だけの部屋に泊まった。
夜半雨が降り出し、冷えた風と隙間から入る体に当たるわずかな雨が気持よかった。
だけど日帰りを予定していたので、パンツが一枚しかなく、夜は二人で腰にバスタオルを巻いて過ごした。

一日目、先頭から遅れた彼に、僕はallez allezと激励しながら、あっ顔を真っ赤にして怒っていたベルナールと一緒だと思った。


翌日見違えるような走りで彼はフランス初優勝を成し遂げた。
観客も多く、花もあり、ミス・ミミザンもいて素敵なレースだった。
僕にもおめでとうという観客に「僕も選手なんだよ。」というと誰も信じてくれない。
ハーモニカを子供に吹いても、途中でどっかに行っちゃうし。
やっぱり選手でいられるうちが花なんだなと思った。

帰りの車で「ベルナールは僕がいくら賞金を稼いでも、ガソリン代は全部彼自身で払ってくれたんだよ。」
と言いながら、高級な中華ブッフェ(食べ放題)を無理やり?優勝賞金でおごってもらった。
さてベルナールの教えは単純だ。
選手に「勝ち」の味を覚えさせるとこで、もっと頑張ろうと思わせる。
だから彼はレベルにあったアマチュアレースを年間80レースも連れて行ってくれた。

僕はいまさらながら、今まで一人で走ってきたんじゃないなと思った。
後半戦応援ありがとうございました。





  
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Je suis toujour bien!(いつも元気がとりえ)

あっという間に欧州遠征が終わった。
今、思い出に残った印象的な場面を振り返ってみたい。
ポルトガルに初めて訪れた5年前、その深夜、キッチンから従業員のおばさんとお姉さんのどなり声で飛び起きた。その時、ここは情熱の国スペインではなく、発狂の国だと僕は知った。
そして幸運を呼ぶはずのおいらのポストカードをあげた女の子は二度と姿を現すことはなかった。
このラテンの国では、あいさつは朝から晩まで「オラ!」と単純明快だ。だから頭を悩ます必要はない。それだけで陽気な気分になってしまうから不思議なものだ。
ところが、いざレースが始まると、にこにこしていた地国選手たちの驚異的なスピードに、おらの気分は熱風地獄だ。焼けたアスファルトの上の干からびたミミズにシンパシーを感じる。

トレスベドラス(7月9日〜13日)では思う存分苦しませてもらった。厳しいレースのおみやげは不思議なほどの超回復だ。

さて、今年も老夫婦の営む海辺の美しい宿に戻ってきた。体格のいいおやじは対照的に手のこんだ家庭料理を口に合うかどうかと自信なさげにテーブルにはこんでくる。仕事を終えた老夫婦がハーモニカのご褒美に果実酒を一杯飲ませてくれる。
三日目、ホテルの前を通るコース設定だった。その日の朝、僕は元気にポルトガル人よりも先に通ると親父に宣言した。ところが、パンクしたチームメイトにホイルを渡した僕は、一人遅れて懸命にゴールを目指す。
巣にならんだ燕のひなのようにベレーボーをかぶった年老いたセニョールが、いつものようにのんびりカフェから通りを見つめている。その時間がとまったような雰囲気から、僕は一瞬にして現実にもどされた。
そう坂の中腹に道をさえぎるように仁王立ちしたおやじが待っていたのだ。絶叫する阿修羅の横をおそるおそる通り過ぎる時、振り上げていた手がおろされた。その瞬間、僕は咄嗟に頭を覆った。予想されていたパンチのかわりに大きな手が僕のケツを押し上げた。僕はその勢いで鬼が島から去る桃太郎のようにあわてて逃げだした。その夜、ハーモニカのお誘いはなく、僕は気を失って寝た。
やはり、ここは情熱の国だった。

さて、8月末最終戦に僕はメンバーから外れた。欧州戦ではほぼ初めての経験で、僕は根なし草になりかけた。ところが、韓国からの研修生ジュニオンをアマチュアレースに連れて行くという使命のおかげで、自分を取り戻すことができた。僕はその期間中ずっとベルナール爺さんのことを思い出していた。
結局今年も彼には会うことができなかった。
パリ・コレーズで都貴の優勝の報告電話をした時には、不機嫌な声で、「タ・フィニ・コンビアン?」と僕の順位を聞いてきた。
僕は彼のチームプレイがわかりきっているはずなのに、あえてそう聞くベルナールの僕に対するいつも独占愛にうんざりしながらも、内心嬉しかった。
僕は最初に「最終完走者だよ。」と言おうおとして、しわがれ声に脅されるたびに順位を上げ結局最後は2位まで虚偽報告をせざるを得なかった。
ところが、幸也がTDリムザンでステージ優勝した時、彼は「タ・トラバイエ・アンプ?(ちょっとはお前も働いたのか?)」と、生意気なことをぬかしやがった。
「ウィー・ビアン・シュル(ああ・もちろんだよ)」と自信ありげに言いながら、僕は我知らず首をかしげていた。
確かに微妙に遅れて最後の直線に入った僕の耳に、幸也の名前が響いてきた。
そうそこにはいかにも最高のスプリントアシストをして力尽きたとチームメイトをたたえよういう美しい構図が観客の頭の中で出来上がっていたのだ。
思いっきり誤解している観客からの、今までの競技人生で浴びたことのないような拍手喝さいと歓声の中、控え目なガッツポーズと満面の笑みでゴールしたのだ。
僕は優勝した都貴・幸也と抱き合っていたとき、感極まって思わず涙がこぼれてしまう。
そう最近は若手選手の活躍のおかげで、僕はありがたいことにアシストという一番の力を出せるチャンスをもらっているから大感謝だ。

10年前から数年にかけてノルマンディーに自転車留学した日本人のことを溺愛したベルナールに、今こうして日本人・アジア人が欧州で大きな成功を収めていることに、僕は感謝したい。

さて急遽2日目にもレースが見つかった。彼の希望で、2日目も走ることになった。
確かにスペインとの国境ビアリッツまで400km近く移動してきたので、1レースではもったいない。
DAXでやっと見つけたホテルでは、10E安い天窓だけの部屋に泊まった。
夜半雨が降り出し、冷えた風と隙間から入る体に当たるわずかな雨が気持よかった。
だけど日帰りを予定していたので、パンツが一枚しかなく、夜は二人で腰にバスタオルを巻いて過ごした。

一日目、先頭から遅れた彼に、僕はallez allezと激励しながら、あっ顔を真っ赤にして怒っていたベルナールと一緒だと思った。


翌日見違えるような走りで彼はフランス初優勝を成し遂げた。
観客も多く、花もあり、ミス・ミミザンもいて素敵なレースだった。
僕にもおめでとうという観客に「僕も選手なんだよ。」というと誰も信じてくれない。
ハーモニカを子供に吹いても、途中でどっかに行っちゃうし。
やっぱり選手でいられるうちが花なんだなと思った。

帰りの車で「ベルナールは僕がいくら賞金を稼いでも、ガソリン代は全部彼自身で払ってくれたんだよ。」
と言いながら、高級な中華ブッフェ(食べ放題)を無理やり?優勝賞金でおごってもらった。
さてベルナールの教えは単純だ。
選手に「勝ち」の味を覚えさせるとこで、もっと頑張ろうと思わせる。
だから彼はレベルにあったアマチュアレースを年間80レースも連れて行ってくれた。

僕はいまさらながら、今まで一人で走ってきたんじゃないなと思った。
後半戦応援ありがとうございました。





  
Posted by kojibernard at 19:00Comments(1)TrackBack(0)