インドネシア進出サポート

中小企業の皆様のインドネシアへの進出を、ゼロから水先案内人としてお手伝いします。連絡先はkojiono@inh.co.jpまたは090-7866-9343まで。詳しい情報はホームページhttp://www.inh.co.jp/~kojiono/index.htmlからご覧になれます。

メーカーでの15年間に及ぶインドネシア工場駐在経験と、サプライチェーンマネジメントのコンサルティング経験を基に、進出前の企画、会社設立、事業運営をサポートします。連絡先はkojiono@inh.co.jpまたは090-7866-9343まで。詳しい情報はホームページhttp://www.inh.co.jp/~kojiono/index.htmlからご覧になれます。

インドネシアには現在約1,500社の日本企業が進出していると思われます。


その中には有名な大企業から、本社従業員が10名くらいの零細企業まで様々な規模の会社が含まれています。


最近、これらの現地企業に駐在している日本人社員の間に大きな違いがあることに気が付きました。


全員がそうだと言う訳ではありませんが、大企業の場合は自分が居る現地法人が仮に赤字でも、グループ全体の収益でカバーしてもらえると言う意識が見え隠れします。


しかし、中小企業、特に零細企業の場合は現地法人の赤字が、下手をすると本社の倒産をも引き起こしかねない場合もあり、正に背水の陣で臨んでいることがあります。


どちらが良いとか悪いとかの話ではなく、大企業のOBが中小企業に再就職してインドネシア現地法人に駐在した場合、この意識のギャップが経営問題を引き起こす危険があります。


最終的には本社社長の判断に委ねることになるのですが、長年培って来た仕事に対する意識の違いはなかなか簡単に変えられるものではないため、気を付けなくてはなりません。

今年も5月6日から6月4日までイスラムの断食が始まりました。


日の出前の最初の礼拝から日没まで、飲食喫煙を絶つ行ですが、割礼を終えていない7歳未満の子供、病人、妊婦などを除き、イスラム教徒は皆この断食を実行します。


知り合いのイスラム教徒に聞いたところ、やはり最初の頃は特に喉の渇きが辛いと話していました。私も若い頃に試したことがありましたが、一日で降参してしまいました。


しかし、日が暮れて毎日の断食が無事終わった時は、今日もやり遂げたと言う安堵感と充実した表情で、皆が一緒に甘いお茶やジュースを飲みながら、軽い食べ物を愉しんでいる様子を見る度に羨ましい気持ちになりました。


事務所で用意された軽食はおすそ分けをしてもらい食べれたのですが、あの皆が同時に共有する何とも言えない高揚感だけは、イスラム教徒ではない私にとっては叶わない望みでした。


断食期間と8月17日の独立記念日にインドネシア全土を覆う高揚感はただただ羨ましい限りです。

まるわかりインドネシアの労働組合Kindle表紙インドネシアの労働組合は、1998年のスハルト政権崩壊までは形式的に政府が認めた組織のみでしたが、その後は雨後の筍の如く色々な組織が結成されて来ました。


2004年に大統領が初めて国民の直接選挙で選ばれてからは、経済成長と民主主義の方針の下に、組合活動は益々活発になり、最低賃金の二桁引き上げが数年間続けられ、人件費の大幅アップによる価格競争力の低下と、その反対に国内市場での消費急増による経済成長というダイナミックな社会変動の一端を担って来たと言えるでしょう。


日本でも昭和時代には組合活動が盛んに行われ、デモやストライキのニュースも結構ありました。しかし特に平成時代に入ってからは組合活動がニュースになることはほとんどなく、その存在すらも知らないまま社会生活を送っている人達も多いのではないでしょうか。


そのような日本人にとって、一時よりは大人しくなったと言われますが、インドネシアの労働組合の存在は驚きの対象でもあり、注意を怠ると会社存続の危機に晒される可能性もあることを理解しておくべくものと思います。


労働法と共に、ローカルの従業員に任せきりにするのではなく、普段から関心を持って情報に接し、決して他人事とは思わずに、仮に組合が結成されたとしても、慌てずに対処出来る心構えを作るのに本冊子が役立てればと願っています。


目次

1. インドネシア労働組合の要点
2. インドネシアにおける労働組合の歴史
3. スハルト政権以降の労働組合活動に対する私見
4. 主な労働組合連盟・連合
5. 労働組合によるデモ・ストライキなどの事例
6. インドネシア共和国労働組合法

5月に入ってからインドネシアの到着ビザVOA代金が米ドル35から50万ルピアに変更されました。


利用通貨は以前と同様にルピアに限定せず、米ドルや日本円でも可能なようですが、なぜこのようなあまり意味が無いと思われる変更をするのかと(暇ですねえと言われそうですが)調べてみました。


この変更の基になっているのは、2019年4月18日発行の大統領令第28号2019年で、タイトルは『人権法務省における税収以外の国庫歳入の種類と料率』となっています。


この法律は203ページに及ぶ分厚いものですが、その中に30日間の訪問ビザ料金を50万ルピアと定めているため、それに従ったのだろうと思われます。


大統領令ですから従うのは当たり前でしょうが、聞くところによると新しいビザのスタンプや領収証が準備されないまま変更されたため、現場では大混乱を来したとのことです。


その様子が目に見えるようです。


写真は2017年5月の第三ターミナル開港当初の入国管理に並ぶ長い列

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今年に入ってからは到着ビザのスタンプを販売する窓口、貼り付ける窓口、そして審査する窓口を別々にして訪問客を混乱させる事態もありました。


中には不正な手段で入国しようとする外国人がいるかもしれませんが、国の顔である空港のサービスはとても大事であると痛感します。


インドネシアの場合は利用者に対するサービスよりも、管理する側の都合や便宜を優先する姿勢がいまだに強く残っているため、海外からの訪問者を落胆させていることを真摯に受け止めるべきです。

インドネシア労働法の解説Kindle表紙Amazon Kindle電子出版

インドネシアの労働法は2003年に大統領令として施行された労働に関する法律第13号です。


この法律は193の条項で構成され、補足も含めて88ページからなるものです。


インドネシアの労働法は世界有数の労働者保護を優先した内容であると言われています。


特に外資企業はこの法律に遵守した就業規則の作成が義務付けられており、たとえ日本人であって、現地法人の運営に関わる人間は一度目を通しておき、何か問題が生じた場合は関連する条項を参照することが望ましいと思います。


しかし、インドネシア語の原文を読み下すのはなかなか大変ですから、本書では日本語訳にした上で、重要と思われる箇所にマーキングをして、章毎にそれら重要箇所についてのコメントを記載しました。


インドネシアの労働法は知らないという理由でローカルスタッフに任せきりにしておくと、突然思わぬ事件を招いてしまうこともあります。

日々の仕事の中で気になった際に参照して頂ければ幸いです。

目次

1章 一般規定
2章 法令の基盤、基本原則、および目的
3章 機会均等と平等取扱い
4章 労働力計画と労働力情報
5章 職業訓練
6章 就職斡旋
7章 雇用機会の拡大
8章 外国人労働者の使用
9章 雇用関係
10章 保護、賃金及び福祉
11章 労使関係
12章 雇用関係の終了(解雇)
13章 指導開発
14章 監督
15章 調査
16章 刑事犯罪の規定と行政罰
17章 過渡期の規定
18章 結びの規定

首都移転先候補地

ジョコウィ大統領は歴代の大統領が課題として来た首都移転計画を具体的に進めると明言しました。


2020年から2025年の次期国家戦略の中に盛り込むとして、候補地の視察を始めていますが、最初に訪問したのが、中部カリマンタン州のパランカラヤ市とカティンガン県、そして東部カリマンタン州のカルタヌガラ県です。


パランカラヤ市は中部カリマンタン州の州都でもあり、地理的にインドネシア全土の中央に位置するため、初代のスカルノ大統領時代から移転先として何回か取り上げられた街です。


街の中央にはジャカルタのメインストリートであるタムリン通りとスディルマン通り、そしてそれを繋ぐ大きなロータリーを彷彿させるような道路があり、ジャカルタも昔はこんな様子だったのかもしれないと想像させてくれます。

Bendaran Besar Palangka Raya


現副大統領のカラ氏は、移転には10年から20年の歳月と、巨額な資金を必要とするから簡単な話ではないと慎重な姿勢を示しています。確かにそうでしょう。


移転の一つの理由として挙げられているのが交通渋滞ですが、生まれた土地から移ることを嫌うジャワ人の民族性を考えると、首都機能は移ったがジャワ島の人口集中は解決されず、渋滞解消にもならなかったとなるような懸念もあります。


また、巨額の資金を中国から借りるような話もあり、おいおい、そんなことをして首都を担保に取られたらどうするのかと心配になります。ジャカルタ-バンドンの新幹線で苦労していることを何も学習していないのかと言いたくなります。


しかし、もしも首都がカリマンタンのどこかに移転して、それを契機に未開発の無限の天然資源や観光資源が『適切』に活用されれば、インドネシアの経済成長にとって莫大な好機がやって来るものと期待されます。


何にしても底知れぬ可能性を秘めた国だと思います。

JJC商品グループ推移

Jakarta Japan Club(JJC)の法人部会が定期的に公表している商品グループ別の現地進出済み日本企業数を、2013年から2019年までにわたり見てみると、自動車、電子・機器、サービス業、化学品合樹で全体の半分近くを占めているのが分ります。


JJC商品グループ増加率

その中でもサービス業の伸びが86%と最も高く、インドネシア国内で急拡大しつつある中間層の消費市場をターゲットにした進出が増えていることを示しています。


JJCの法人会員はジャカルタとその周辺に限られ、進出しても会員にならない企業も多く、インドネシア全体ではこの約2倍の日本企業が存在すると推測されますが、昨今の傾向を良く現していると思います。

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第3回「インドネシア経営セミナー」(無料) を来たる 6月19日 (水) に開催いたします。


今回のセミナーのタイトルは
「経営者・担当者として知っておくべきインドネシアの全て」です。


インドネシアでビジネスをする上で知っておくべきことは宗教、国勢、歴史、地理などたくさんあります。

今回はそれら全ての分野を含んだビジネスに役立つ必須知識を、インドネシアフリークである小野講師自らが厳選し、90分に凝縮して提供します。

NKRI

インドネシアは1945年8月17日に独立を宣言し、それから約3年間はオランダからの独立戦争を経て名実共に独立国家となりました。


しかし、それまでに一つの国家として存在した時代はなく、多くの種族、言語、宗教、そして島々からなる民族を一つの国家として統一するには想像を絶する努力と智慧が求められたと思います。


独立から74年になる今でも、建国五原則であるPanca Silaや国是であるBineka Tunggal Ika(多様性の統一)と共にNKRI(Negara Kesatuan Republik Indonesia)単一国家インドネシア共和国を国民の合言葉にしていることにその苦労が感じられます。


翻って日本はどうでしょうか。


日本は海という防壁に囲まれた島国、日本語という単一言語、そして2600年以上続いている万世一系の天皇の存在という三つのことに国体が護られて来ました。


これまでの74年間、そしてこれからも単一国家であるために努力するであろうインドネシアと、74年まえの終戦以降、国体ということを忘れかけようとしている日本。


少なくともインドネシアで働く機会を得られた日本人だけでも、国体を護る事の大変さと大事さを、インドネシアから学んでもらえることを願っています。

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ジャカルタにはインドネシアの文化や歴史に触れられる名所がいくつかありますので、出張の合間にちょっと訪ねてみてはいかがでしょうか。
 

それでは北から南にかけてお薦めのスポットを紹介してみたいと思います。
 

1.ジャカルタ漁港 Fish Port

JICAが40年かけて改装工事を行った港地域は3000隻の漁船が拠点するインドネシア最大の漁港で、魚市場も最近新しくなりました。
管制塔の最上階にある展望デッキからは漁港だけでなく、ジャカルタの市街地も遠望出来る素晴らしいスポットです。
 

2.ファタヒラ広場 Fatahillah Square

オランダ植民地時代の古い町並みの中心にある広場では昼も夜も色々なイベントが行われています。
広場の北側には有名な『Batavia Cafe』レストランがあります。
 

3.イスラム礼拝堂 Masjid Istiqal

世界で三番目に大きいと言われるモスクで、30万人が同時に礼拝出来ると言われています。
外国人でも中に入ることは可能で、入り口を靴を脱いで手に持ったまま右手奥にある外国人用待合室では案内人が待機しています。
帰り際にお礼として10万ルピアくらいを支払ましょう。
 

4.独立広場 Monas

1945年の独立を祈念して作られた広場の中心に建てられた独立記念塔は120メーターの高さがあります。
塔の地下にはインドネシアの歴史を描写したジオラマの回廊があります。
北側には白亜の大統領官邸が鎮座しています。
 

5.国立博物館 National Museum

ジャワ原人の頭蓋骨が展示されている言われています。
独立記念広場の反対側の東側には国立美術館もあります。
 

6.軍事博物館 Satria Mandala

元々は初代のスカルノ大統領の第四夫人であったデビ夫人のために建てられたお屋敷で、当時は彼女の愛する弟の名前を取ってYASUO宮殿と呼ばれていたそうです。
今は軍事博物館となっており、正面玄関を入るとスカルノ大統領の声で読み上げられた独立宣言が聴こえてきます。
 

7.カリバタ英雄墓地 Kalibata

独立戦争とそれ以降に亡くなった軍人達が埋葬されており、独立戦争を共に戦った日本兵も英雄として埋葬されています。
 

8.インドネシアミニチュア公園 Taman Mini Indonesia Indah

インドネシア各地の実物大の住居や歴史上の記念物などが展示されており、インドネシアを短時間で体験することが出来ます。

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