コジゼラ

よもやま話を雑文で

2002年01月

この字


関東と関西では「ばか」「あほ」といわれたときの気分が違うという。馴染んだ言葉は許せても、よその言葉には抵抗があるらしい。そんな東京人でも「人を小ばかにしやがって」と怒る。自慢の息子も「小理屈をこねる、小生意気な、小憎らしい、子せがれ」なんて陰口を叩かれたら最悪である。広辞苑によれば、「こ」には「いうに言われない、何となく」の意や「軽んじ侮る」意がある。前者にはこぎれい、こざっぱり、小気味よい、など誉め言葉があるが、後者となると小賢しいとか小童とか悪口ばかりだ。
「こずるい」にはみみっちい、せこい感じがある。輸入肉を国産品と偽って国に買い上げてもらおうとした雪印食品のケースは立派な犯罪だが、どこかの「こ」をつけたくなるやりきれなさも伴う。ボスの足を引っ張るべく、内輪のやりとりがぼろぼろと漏れた外務省。喧嘩両成敗で、この役所の「小役人」体質が改善されるだろうか。外務省に「小うるさく」介入した政治家は国会のポストを降りるという。だがNGO(非政府組織)を巡る圧力問題はうやむやで「小手先」の対応でもあった。(以上、朝日夕刊「窓」より)

それにしても、鈴木なにがしって代議士、小ざかしくて、小うるさくて、小ずるくて、小憎らしくて、こすからくて、小悪党面していて、小人閑居して不善を成すのことわざを地でいく、オールAの小物だが、こんなのが外務省に対すると大物に化けるってんだから驚き桃の木である。
この小物にわざわざ議員運営委員長という大役を申しつけ、見事に田中外務大臣と差し違えさせた、蔭の演出者はきっとほくそ笑んでいるに違いない。

鈴木なにがしは撒き餌にはうってつけの人物で、その撒き餌につられて大きな釣り針を迂闊にも飲み込んでしまった田中外相はまったく「ばか」を見たものである。
しょせん、お嬢さん育ちの田中外相と、海千山千の蔭の実力者とは修羅場を潜った数が違うから、まともに立ち向かったら、とてもじゃないが勝ち目なんてないんである。
さあ、次のターゲットは小泉首相、影の実力者は着々と準備をしているに違いない。

彼等にとっては明日の日本なんてどうでもいいのであって、目先の利権をどう有利に利用するか、そしてその利権を地元にどう還元していくかが最大の関心事で、そのためにどう政治を操っていくかが彼等の正義なのである。
NGO(非政府組織)の存在なんて、彼等の範疇には入っていないから、今回の騒動も起こるべくして起こったに過ぎないし、それを謀略の一環にまで取組んでしまうえげつなさには、まったく辟易させられてしまう。
熱しやすくて冷めやすい国民の支持を失って、有言不実行の小泉内閣もまなく浅瀬に乗り上げ、そして抵抗勢力の舵取り失敗で、もうすぐ日本丸は沈没してしまうのである。
おっとっと、小泉首相も「こ」の字だったな。

この字


関東と関西では「ばか」「あほ」といわれたときの気分が違うという。馴染んだ言葉は許せても、よその言葉には抵抗があるらしい。そんな東京人でも「人を小ばかにしやがって」と怒る。自慢の息子も「小理屈をこねる、小生意気な、小憎らしい、子せがれ」なんて陰口を叩かれたら最悪である。広辞苑によれば、「こ」には「いうに言われない、何となく」の意や「軽んじ侮る」意がある。前者にはこぎれい、こざっぱり、小気味よい、など誉め言葉があるが、後者となると小賢しいとか小童とか悪口ばかりだ。
「こずるい」にはみみっちい、せこい感じがある。輸入肉を国産品と偽って国に買い上げてもらおうとした雪印食品のケースは立派な犯罪だが、どこかの「こ」をつけたくなるやりきれなさも伴う。ボスの足を引っ張るべく、内輪のやりとりがぼろぼろと漏れた外務省。喧嘩両成敗で、この役所の「小役人」体質が改善されるだろうか。外務省に「小うるさく」介入した政治家は国会のポストを降りるという。だがNGO(非政府組織)を巡る圧力問題はうやむやで「小手先」の対応でもあった。(以上、朝日夕刊「窓」より)

それにしても、鈴木なにがしって代議士、小ざかしくて、小うるさくて、小ずるくて、小憎らしくて、こすからくて、小悪党面していて、小人閑居して不善を成すのことわざを地でいく、オールAの小物だが、こんなのが外務省に対すると大物に化けるってんだから驚き桃の木である。
この小物にわざわざ議員運営委員長という大役を申しつけ、見事に田中外務大臣と差し違えさせた、蔭の演出者はきっとほくそ笑んでいるに違いない。

鈴木なにがしは撒き餌にはうってつけの人物で、その撒き餌につられて大きな釣り針を迂闊にも飲み込んでしまった田中外相はまったく「ばか」を見たものである。
しょせん、お嬢さん育ちの田中外相と、海千山千の蔭の実力者とは修羅場を潜った数が違うから、まともに立ち向かったら、とてもじゃないが勝ち目なんてないんである。
さあ、次のターゲットは小泉首相、影の実力者は着々と準備をしているに違いない。

彼等にとっては明日の日本なんてどうでもいいのであって、目先の利権をどう有利に利用するか、そしてその利権を地元にどう還元していくかが最大の関心事で、そのためにどう政治を操っていくかが彼等の正義なのである。
NGO(非政府組織)の存在なんて、彼等の範疇には入っていないから、今回の騒動も起こるべくして起こったに過ぎないし、それを謀略の一環にまで取組んでしまうえげつなさには、まったく辟易させられてしまう。
熱しやすくて冷めやすい国民の支持を失って、有言不実行の小泉内閣もまなく浅瀬に乗り上げ、そして抵抗勢力の舵取り失敗で、もうすぐ日本丸は沈没してしまうのである。
おっとっと、小泉首相も「こ」の字だったな。

神社詣で2


きょうはバスで吾妻橋で降り、アサヒビールの黄金色したウンコのシンボルマークを見上げながら、隅田川を渡り、雷門から仲見世を通って浅草寺の観音様に御参りした。
地下鉄上野広小路で降り、妙見坂をだらだらと上り、湯島の天神様へ、ついで清水坂を経由して神田明神へ、更に足を伸ばして、湯島聖堂、ニコライ堂へと、デコボコとやたらと坂の多い場所を移動した。
神社仏閣は大体が高いとこにあるので、その上階段を幾つも上り下りさせられた。
この時期だっていうのに、どこもかしこも人で溢れていて、日本って本当にどうなってるんだろうと思った。

これで、御札のコレクションも天照大神、大国主命、八幡宮、天神様、観音様、お稲荷さん、融通の神様と一通り出そろったようだが、果たしてどこの御札が効力を発揮するのか楽しみだ。
富岡八幡宮、日枝神社、神田明神とわたしの好きな江戸三大祭りで有名な神社をすべてカバーしたから、多分孫も極め付きのお祭り好きになるのは間違いない。
それにしても、世の中デフレで物価はドンドン下がっているのに、神様の世界は別世界と見えてインフレ一辺倒、年々御札や縁起物の値段は上がる一方で、今まで300円くらいで売っていたお札でさえ、最低1000円に値上がりしていて、金儲けに一生懸命な神様の姿を垣間見せられた。
お陰様で交通費も含めて、かなりの額を諸々の神様たちにふんだくられてしまった。
地獄の沙汰も金次第とはいうが、神様の世界も同じようになってしまったようで、嘆かわしいと思うが神様に言わせば、そんなはした金で贅沢いうなってことだろうか。

久し振りに千代田線新お茶の水から地下鉄に乗ったのだが、上下4層からなるエスカレーターの壮大な事、まるで果てしない地下に一直線に引きずり込まれるような気がして、何度か乗ってはいるのだが、まんたびそこはかとない恐怖を覚えてしまう。

夕刊ゲンダイに連載されている社長の私生活ってコラム、毎度愛読しているが、きょうは味噌で業界3位、豆乳で業界2位の岡崎の大手食品メーカー「マルサンアイ」の社長の記事だった。
社長の名前は下村釟爾、長男が孝爾、次男が卓爾、孫が駿爾と、まったくどっかの家とおんなじ様に爾余りの名前がずらっと並んでいて壮観だった。
我が家もこうなればいいなって、羨ましく思ってしまった。
てか、違うのは親が成功した社長か、失敗した社長かっていうことだけ、まったくもって面目ない次第である。

神社詣で2


きょうはバスで吾妻橋で降り、アサヒビールの黄金色したウンコのシンボルマークを見上げながら、隅田川を渡り、雷門から仲見世を通って浅草寺の観音様に御参りした。
地下鉄上野広小路で降り、妙見坂をだらだらと上り、湯島の天神様へ、ついで清水坂を経由して神田明神へ、更に足を伸ばして、湯島聖堂、ニコライ堂へと、デコボコとやたらと坂の多い場所を移動した。
神社仏閣は大体が高いとこにあるので、その上階段を幾つも上り下りさせられた。
この時期だっていうのに、どこもかしこも人で溢れていて、日本って本当にどうなってるんだろうと思った。

これで、御札のコレクションも天照大神、大国主命、八幡宮、天神様、観音様、お稲荷さん、融通の神様と一通り出そろったようだが、果たしてどこの御札が効力を発揮するのか楽しみだ。
富岡八幡宮、日枝神社、神田明神とわたしの好きな江戸三大祭りで有名な神社をすべてカバーしたから、多分孫も極め付きのお祭り好きになるのは間違いない。
それにしても、世の中デフレで物価はドンドン下がっているのに、神様の世界は別世界と見えてインフレ一辺倒、年々御札や縁起物の値段は上がる一方で、今まで300円くらいで売っていたお札でさえ、最低1000円に値上がりしていて、金儲けに一生懸命な神様の姿を垣間見せられた。
お陰様で交通費も含めて、かなりの額を諸々の神様たちにふんだくられてしまった。
地獄の沙汰も金次第とはいうが、神様の世界も同じようになってしまったようで、嘆かわしいと思うが神様に言わせば、そんなはした金で贅沢いうなってことだろうか。

久し振りに千代田線新お茶の水から地下鉄に乗ったのだが、上下4層からなるエスカレーターの壮大な事、まるで果てしない地下に一直線に引きずり込まれるような気がして、何度か乗ってはいるのだが、まんたびそこはかとない恐怖を覚えてしまう。

夕刊ゲンダイに連載されている社長の私生活ってコラム、毎度愛読しているが、きょうは味噌で業界3位、豆乳で業界2位の岡崎の大手食品メーカー「マルサンアイ」の社長の記事だった。
社長の名前は下村釟爾、長男が孝爾、次男が卓爾、孫が駿爾と、まったくどっかの家とおんなじ様に爾余りの名前がずらっと並んでいて壮観だった。
我が家もこうなればいいなって、羨ましく思ってしまった。
てか、違うのは親が成功した社長か、失敗した社長かっていうことだけ、まったくもって面目ない次第である。

神社詣で


二日前に降った大雨のなごりで、しっとりと湿った玉砂利をシャカシャカと踏みしめながら歩いていると、気分がビシっとしまってきて厳粛な気分になるものである。
通称大鳥居といわれる、木造では日本一大きい「明神鳥居」を潜って大社殿に向かう。
それにしても、このように巨大で鬱蒼とした森が、大正時代に作られた人工森林だなんて、とても信じられない。

折しも、社殿では定時に行なわれる神官たちによる拝礼の儀式が行われていて、本人たちが生真面目にやればやるほど、その行動動作がとっても滑稽で結構楽しかった。
冗談は兎も角として、烏帽子、衣冠束帯、手に持つ笏、足につっかけたぽっくり、そこは時間空間を越えた無の世界だった。

明治神宮に参拝した光景だが、それにしても、この神社はどうしてこうも外人さんが多いんだろうか、とりわけ中国人の姿が目立って多いのである。
日本人と同じような顔をしているから、普通じゃ絶対に分からないのだけど、彼等はとっても饒舌で、常に大声で話し合いながら歩いているんで、直ぐに分ってしまう。
それも総体的に若い人が多く、日本人はほとんどが団体様ご一行の老人たちで、一様に胸元に旅行会社のステッカーを張りつけている。
この人たちもとってもおしゃべりで、聞くともなしに耳に入ってくる言葉は多種多様な訛りがあって、日本のあっちこっちから来ているんだなあということが如実に分かる。

きょうは朝からの好天気に誘われて、かねてより考えていた生まれ来る孫の誕生を祈願する神社巡りを決行した。
先週、娘を心配して、せっかく栃木から嫁の両親が上京してきたのに、タイミングが合わずに会えなかった借りを、神社巡りでお返しをするとの思いも強かった。

先ず、おめでたい東宮御所にあやかって、隣りに位置する豊川稲荷分院に参詣した。
節分が近いせいで、参詣道が真赤な旗で被われ、華やかな雰囲気だったが、にょうぼの祖父が設計した建物がどれなのか分からなかったのは残念だった。
屋根の曲線が独特の美しい曲線を描いているのが特長なのだが、どれもみな同じに見えてしまって、記憶にある小金井の幡随院さんの優雅な曲線と一致しなかったのだ。

御札を貰って、歩いて日枝神社へ向かったが、赤坂という地名の通り、坂の多い場所で、裏道を通ってみたら、団子坂なんていう急な坂を登る破目になってしまった。
赤坂日枝神社では、昼食時だったので、大理石で作られた110段もある、日当たりのいい階段のそこここに、どういうわけかサラリーマン姿の外人さんがテイクアウトしたハンバーガーなどを頬張っていて、ちょっと異様な風景だった。

ここから明治神宮まで歩いていったが、きょうの徒歩の行程は4キロぐらいあったのだろうか、さすがに帰路は脚の付け根が痛くなってしまったが、階段の上がり降りなどで気にしていた呼吸のほうに全く余裕があったのが、とっても嬉しいことだった。

神社詣で


二日前に降った大雨のなごりで、しっとりと湿った玉砂利をシャカシャカと踏みしめながら歩いていると、気分がビシっとしまってきて厳粛な気分になるものである。
通称大鳥居といわれる、木造では日本一大きい「明神鳥居」を潜って大社殿に向かう。
それにしても、このように巨大で鬱蒼とした森が、大正時代に作られた人工森林だなんて、とても信じられない。

折しも、社殿では定時に行なわれる神官たちによる拝礼の儀式が行われていて、本人たちが生真面目にやればやるほど、その行動動作がとっても滑稽で結構楽しかった。
冗談は兎も角として、烏帽子、衣冠束帯、手に持つ笏、足につっかけたぽっくり、そこは時間空間を越えた無の世界だった。

明治神宮に参拝した光景だが、それにしても、この神社はどうしてこうも外人さんが多いんだろうか、とりわけ中国人の姿が目立って多いのである。
日本人と同じような顔をしているから、普通じゃ絶対に分からないのだけど、彼等はとっても饒舌で、常に大声で話し合いながら歩いているんで、直ぐに分ってしまう。
それも総体的に若い人が多く、日本人はほとんどが団体様ご一行の老人たちで、一様に胸元に旅行会社のステッカーを張りつけている。
この人たちもとってもおしゃべりで、聞くともなしに耳に入ってくる言葉は多種多様な訛りがあって、日本のあっちこっちから来ているんだなあということが如実に分かる。

きょうは朝からの好天気に誘われて、かねてより考えていた生まれ来る孫の誕生を祈願する神社巡りを決行した。
先週、娘を心配して、せっかく栃木から嫁の両親が上京してきたのに、タイミングが合わずに会えなかった借りを、神社巡りでお返しをするとの思いも強かった。

先ず、おめでたい東宮御所にあやかって、隣りに位置する豊川稲荷分院に参詣した。
節分が近いせいで、参詣道が真赤な旗で被われ、華やかな雰囲気だったが、にょうぼの祖父が設計した建物がどれなのか分からなかったのは残念だった。
屋根の曲線が独特の美しい曲線を描いているのが特長なのだが、どれもみな同じに見えてしまって、記憶にある小金井の幡随院さんの優雅な曲線と一致しなかったのだ。

御札を貰って、歩いて日枝神社へ向かったが、赤坂という地名の通り、坂の多い場所で、裏道を通ってみたら、団子坂なんていう急な坂を登る破目になってしまった。
赤坂日枝神社では、昼食時だったので、大理石で作られた110段もある、日当たりのいい階段のそこここに、どういうわけかサラリーマン姿の外人さんがテイクアウトしたハンバーガーなどを頬張っていて、ちょっと異様な風景だった。

ここから明治神宮まで歩いていったが、きょうの徒歩の行程は4キロぐらいあったのだろうか、さすがに帰路は脚の付け根が痛くなってしまったが、階段の上がり降りなどで気にしていた呼吸のほうに全く余裕があったのが、とっても嬉しいことだった。

遣らずの雨


なんとなく粋な語感に惹かれて、先日つい「遣らずの雨」って言葉を使ってしまったが、「遣らずの雨」ってどんな雨なんだろうと調べてみたら、こちとらみたいに老境を覗いているような人間には、とてもじゃないが、ミスマッチな言葉だった。
「遣らずの雨」とは帰したくない人をまるで押し止めるように降る雨のことだそうだ。
愛しい相手を帰さない雨こそが遣らずの雨で、恋する女性にはとっても嬉しい雨だったのだ。
こちとらには、もう絶対に経験する筈がない悔しい雨だったんだ。

「にべもない」のニベとはスズキ科の海水魚のことで、昔はこの魚の浮袋からニカワを採集した。
ニカワ(膠)は接着剤なので、その粘着力を人間関係の親しみに喩え、その反対のことをにべもない、といったようだ。

「チャキチャキの江戸っ子」のチャキチャキは漢字で書くと「嫡々」、嫡は嫡子というように正妻の生んだ子で家督を相続する子の意味だから、正しい血筋のことをいう。
つまりチャキチャキの江戸っ子とは由緒正しい正統派の江戸っ子を指していたのである。
ついでに生まれてしまった次男坊や三男坊などはギヤマンの江戸っ子、妾の子の子はウラハラの江戸っ子、田舎出の子はカッペの江戸っ子と呼ばれたそうだ。(ジョークでーす)

理屈にもならない屁理屈を述べ立てるのは「こじつけ」というが、漢字で書くと「故事つけ」となる。
理屈屋さんが、なんでもかんでも故事来歴に無理矢理結び付けて、もっともらしく説明することから、こうなったという。

先日もいくつか、かついでしまったのが「縁起」、じゃあ、なんで「縁起をかつぐ」っていうのかっていうと、神主はお祈りをするとき御幣を振るが、これを御幣担ぎといい、転じてなんでもかんでも神頼みする人のことを「御幣担ぎ」というようになった。
これが神社仏閣の縁起と結びついて「縁起担ぎ」というようになったのだそうな。
もっとも縁起は幾つかついだって、ちーとも重くないので、年寄でも大丈夫、畏れ多くも畏くも、とっても有り難いことではある。

遣らずの雨


なんとなく粋な語感に惹かれて、先日つい「遣らずの雨」って言葉を使ってしまったが、「遣らずの雨」ってどんな雨なんだろうと調べてみたら、こちとらみたいに老境を覗いているような人間には、とてもじゃないが、ミスマッチな言葉だった。
「遣らずの雨」とは帰したくない人をまるで押し止めるように降る雨のことだそうだ。
愛しい相手を帰さない雨こそが遣らずの雨で、恋する女性にはとっても嬉しい雨だったのだ。
こちとらには、もう絶対に経験する筈がない悔しい雨だったんだ。

「にべもない」のニベとはスズキ科の海水魚のことで、昔はこの魚の浮袋からニカワを採集した。
ニカワ(膠)は接着剤なので、その粘着力を人間関係の親しみに喩え、その反対のことをにべもない、といったようだ。

「チャキチャキの江戸っ子」のチャキチャキは漢字で書くと「嫡々」、嫡は嫡子というように正妻の生んだ子で家督を相続する子の意味だから、正しい血筋のことをいう。
つまりチャキチャキの江戸っ子とは由緒正しい正統派の江戸っ子を指していたのである。
ついでに生まれてしまった次男坊や三男坊などはギヤマンの江戸っ子、妾の子の子はウラハラの江戸っ子、田舎出の子はカッペの江戸っ子と呼ばれたそうだ。(ジョークでーす)

理屈にもならない屁理屈を述べ立てるのは「こじつけ」というが、漢字で書くと「故事つけ」となる。
理屈屋さんが、なんでもかんでも故事来歴に無理矢理結び付けて、もっともらしく説明することから、こうなったという。

先日もいくつか、かついでしまったのが「縁起」、じゃあ、なんで「縁起をかつぐ」っていうのかっていうと、神主はお祈りをするとき御幣を振るが、これを御幣担ぎといい、転じてなんでもかんでも神頼みする人のことを「御幣担ぎ」というようになった。
これが神社仏閣の縁起と結びついて「縁起担ぎ」というようになったのだそうな。
もっとも縁起は幾つかついだって、ちーとも重くないので、年寄でも大丈夫、畏れ多くも畏くも、とっても有り難いことではある。

貴重な午後

土曜日、昔のように競馬に入れ込んでいたときはニョウボがいようといまいと、一日わたしの天下であったが、競馬に距離を置くようになったいまでも、ニョウボがコーラス、俳句といった具合に午後から出かけてしまう日は、依然としてわたしにとっては貴重な自分勝手の占有時間となる。

きょうは昼過ぎから何回も何回も、シツッコク電話が鳴っていて、ウルサイナーと思いながらも受話器は絶対に取らなかった。
わたしの折角の貴重な時間を邪魔なんか絶対させるもんっかっていう決意も強かった。
まして、味噌仕込みのおじやを時間をたっぷりかけて仕込んで、やっと出来上って、汗をシトドにたらしながら、ハフハフ、ガツガツと食べている時なんだから尚更である。
おじやを食べ終わったら、熱めに沸いている風呂に飛込んでいつもより速い悦楽の世界に耽るのである。
飛び抜けて寒いきょうなんか裸でベランダに出るなんて、そりゃもう最高の境地で、これを何回も繰り返せるんだから、こんな最高のときはない、
湯上がりのビールの旨さも、これまた格別なんだ、その境地を邪魔するように、また電話のベルが鳴り響く。少し遠慮しろよっていいたいくらい、うるさくてしょうがない。
湯冷めとほろ酔い気分のとこにニョウボが帰ってきて、嫁の両親が栃木から出てきて、次男の家に見えているという。
なんだ、さっきの小うるさい電話は息子からだったんかと初めて分ったのだが、もうすっかりと出来上っていて、湯冷めもしているので、この寒さの中をいくら近いとはいえ、出かける気力も失せている。
そんなこんなで、折角いらっしゃった両親には大変申し訳ないことになってしまったが、もう後の祭りで、ニョウボ一人で出かけることになってしまった。

実は今回両親が急きょ上京してきたのにはわけがある。
嫁の胎内に芽生えた双子のうちの一人が流産していることが分ったのである。
ショックである。それなりに心の準備をしていたのにとっても残念である。
意外に本人がケロっとしているのはとっても有り難いけれど、心の疵は負ってしまっただろうと思う。
思い起こせば、妊娠を知らされたとき、妊娠1ケ月だったことに、ふと疑問を感じてはいたのだが、ちょっと早すぎるんじゃないかって。
2月になると妊娠4ケ月目に突入するので、もう一人のほうは安全圏に達するわけだけど、こりゃあ心配の種が増えてしまった。

いつか宣言した、神頼みを早急に仕上げなけりゃならないと、決心したところだ。
明治神宮、豊川稲荷、日枝神社、水天宮、浅草寺、深川八幡、湯島天神、鬼子母神など神社詣でを2日掛かりで攻略しよう。
孫の安全を願って必死にお祈りしてくるぞ、たとえ神様の領域がかち合っても仕方がない、これこそ苦しい時のの神頼みなんだから。

貴重な午後

土曜日、昔のように競馬に入れ込んでいたときはニョウボがいようといまいと、一日わたしの天下であったが、競馬に距離を置くようになったいまでも、ニョウボがコーラス、俳句といった具合に午後から出かけてしまう日は、依然としてわたしにとっては貴重な自分勝手の占有時間となる。

きょうは昼過ぎから何回も何回も、シツッコク電話が鳴っていて、ウルサイナーと思いながらも受話器は絶対に取らなかった。
わたしの折角の貴重な時間を邪魔なんか絶対させるもんっかっていう決意も強かった。
まして、味噌仕込みのおじやを時間をたっぷりかけて仕込んで、やっと出来上って、汗をシトドにたらしながら、ハフハフ、ガツガツと食べている時なんだから尚更である。
おじやを食べ終わったら、熱めに沸いている風呂に飛込んでいつもより速い悦楽の世界に耽るのである。
飛び抜けて寒いきょうなんか裸でベランダに出るなんて、そりゃもう最高の境地で、これを何回も繰り返せるんだから、こんな最高のときはない、
湯上がりのビールの旨さも、これまた格別なんだ、その境地を邪魔するように、また電話のベルが鳴り響く。少し遠慮しろよっていいたいくらい、うるさくてしょうがない。
湯冷めとほろ酔い気分のとこにニョウボが帰ってきて、嫁の両親が栃木から出てきて、次男の家に見えているという。
なんだ、さっきの小うるさい電話は息子からだったんかと初めて分ったのだが、もうすっかりと出来上っていて、湯冷めもしているので、この寒さの中をいくら近いとはいえ、出かける気力も失せている。
そんなこんなで、折角いらっしゃった両親には大変申し訳ないことになってしまったが、もう後の祭りで、ニョウボ一人で出かけることになってしまった。

実は今回両親が急きょ上京してきたのにはわけがある。
嫁の胎内に芽生えた双子のうちの一人が流産していることが分ったのである。
ショックである。それなりに心の準備をしていたのにとっても残念である。
意外に本人がケロっとしているのはとっても有り難いけれど、心の疵は負ってしまっただろうと思う。
思い起こせば、妊娠を知らされたとき、妊娠1ケ月だったことに、ふと疑問を感じてはいたのだが、ちょっと早すぎるんじゃないかって。
2月になると妊娠4ケ月目に突入するので、もう一人のほうは安全圏に達するわけだけど、こりゃあ心配の種が増えてしまった。

いつか宣言した、神頼みを早急に仕上げなけりゃならないと、決心したところだ。
明治神宮、豊川稲荷、日枝神社、水天宮、浅草寺、深川八幡、湯島天神、鬼子母神など神社詣でを2日掛かりで攻略しよう。
孫の安全を願って必死にお祈りしてくるぞ、たとえ神様の領域がかち合っても仕方がない、これこそ苦しい時のの神頼みなんだから。
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ