コジゼラ

よもやま話を雑文で

2002年03月

ビリー・ワイルダー


きょうは、きのうの好天とはうって変り、春雷とどろき、菜種梅雨が断続的に降り続く3月最後の日曜日だった。

「さあ、今夜は名人芸とは何かっていうのを、ご覧くださいね。監督はあのビリー・ワイルダー」と淀川長治さんが嬉しそうに<
アパートの鍵貸します>について語り始める。
「この作品の心、人生の皮肉、そしてペーソスですね。都会の哀愁ですね。サラリーマンの悲哀ですね。それが見事ですね。
それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」

外電によると、映画「七年目の浮気」(55年)などの作品で知られる脚本家で映画監督のビリー・ワイルダー氏が3月27日、米ロサンゼルス郊外ビバリーヒルズの自宅で肺炎のため死去、95歳だった。

ワイルダー監督はオーストリア出身で、33年ヒトラー率いるナチスドイツが台頭すると、ユダヤ人だったため身の危険を感じ、パリに亡命し、後にハリウッドに移住した。

コメディからシリアスなドラマまで幅広く才能を発揮し、アカデミー賞に21回ノミネートされ、うち6回受賞した。
42年からハリウッドに監督として本格的に進出、アルコール依存症の男が立ち直る様を描いた45年、レイ・ミランド主演の「失われた週末」はアカデミー賞の作品、監督、脚本、主演男優賞など4部門を獲得、カンヌ国際映画祭の最高賞にも輝いた。
50年、グロリア・スワンソン主演「サンセット大通り」は過去の栄光にとらわれた老女優を通じてハリウッドの内幕を鋭く抉った代表作になった。
55年「七年目の浮気」、59年「お熱いのがお好き」ではマリリン・モンローの妖しげな魅力を、54年「麗しのサブリナ」、57年「昼下がりの情事」ではオードリー・ヘップバーンのキュートな魅力を引き出した。
60年、ジャック・レモン主演で自分のアパートを上司の情事に提供する会社員のほろ苦い喜劇、「アパートの鍵貸します」ではアカデミー賞の作品賞をはじめ5部門を制覇し、もう一つの代表作となった。その外にも、ジャック・レモンとウオルター・マッソウの喜劇も数多く手掛けた。
映画の職人監督がまた一人、この世を去っていった。

ビリー・ワイルダー


きょうは、きのうの好天とはうって変り、春雷とどろき、菜種梅雨が断続的に降り続く3月最後の日曜日だった。

「さあ、今夜は名人芸とは何かっていうのを、ご覧くださいね。監督はあのビリー・ワイルダー」と淀川長治さんが嬉しそうに<
アパートの鍵貸します>について語り始める。
「この作品の心、人生の皮肉、そしてペーソスですね。都会の哀愁ですね。サラリーマンの悲哀ですね。それが見事ですね。
それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」

外電によると、映画「七年目の浮気」(55年)などの作品で知られる脚本家で映画監督のビリー・ワイルダー氏が3月27日、米ロサンゼルス郊外ビバリーヒルズの自宅で肺炎のため死去、95歳だった。

ワイルダー監督はオーストリア出身で、33年ヒトラー率いるナチスドイツが台頭すると、ユダヤ人だったため身の危険を感じ、パリに亡命し、後にハリウッドに移住した。

コメディからシリアスなドラマまで幅広く才能を発揮し、アカデミー賞に21回ノミネートされ、うち6回受賞した。
42年からハリウッドに監督として本格的に進出、アルコール依存症の男が立ち直る様を描いた45年、レイ・ミランド主演の「失われた週末」はアカデミー賞の作品、監督、脚本、主演男優賞など4部門を獲得、カンヌ国際映画祭の最高賞にも輝いた。
50年、グロリア・スワンソン主演「サンセット大通り」は過去の栄光にとらわれた老女優を通じてハリウッドの内幕を鋭く抉った代表作になった。
55年「七年目の浮気」、59年「お熱いのがお好き」ではマリリン・モンローの妖しげな魅力を、54年「麗しのサブリナ」、57年「昼下がりの情事」ではオードリー・ヘップバーンのキュートな魅力を引き出した。
60年、ジャック・レモン主演で自分のアパートを上司の情事に提供する会社員のほろ苦い喜劇、「アパートの鍵貸します」ではアカデミー賞の作品賞をはじめ5部門を制覇し、もう一つの代表作となった。その外にも、ジャック・レモンとウオルター・マッソウの喜劇も数多く手掛けた。
映画の職人監督がまた一人、この世を去っていった。

しゅん


あしたで弥生3月も終わり、「1月は行く、2月は逃げる」という喩えと同じように「光陰矢の如し」といった早さで過ぎていく。
子どものころは、あんなに1年を長く感じていたのに、一体いつの間に時の過ぎ行くスピードがアップするようになったのか、不思議なんだよなあ。

何日かぶりに青空が広がり、しばらくご無沙汰していた陽の光がやけに眩しく感じる。両岸にさくら並木が連なった運河の川面は一面に花びらで覆われていて、折角の青空を映す隙間もないようにみえる。明日からはまた雨の予報なので、この花びらもきれいに洗い流されて、春の面影は一掃され、一気に初夏へと季節はうつろっていくのだろうか。

サクラが散ると若葉が広がり、やがてショウブ、アジサイの季節が到来する。思い返せば、昨年は菖蒲と紫陽花を求めて、都内各地をさ迷い歩いたし、その名花の写真を集めるのに狂奔したものだった。花っていうのは、どうして人の心をこうも妖しくときめかしてくれんだろう。日本の四季は自然の移り変わりで、季節のうつろいを教えてくれるから貴重である。

そうした意味でも今年はサクラの開花が半月も早まり、季節のバランスを崩してしまったのがものすごく気になるのだ。
「年々歳々人同じからず」とう漢詩があるが、どうやら「年々歳々花同じからず」といった感じなのはとっても寂しいことだ。
1月、2月、3月を代表するツバキとウメとモモが同時に見られたことが果たして良いことだったのか、悪いことだったのか判断できないが、ショウブとアジサイが同時期に咲くようになったら、本当につまらないことになる。

昔はイチゴ、寒ブリ、初カツオなど食べ物の世界ではしゅんというものが厳然と存在していたのが、温室栽培や養殖技術などバイオテクの進歩でいつでも食べられるようになり、季節感がなくなってしまったのと同じように、人間が地球を狂わせてしまったつけが季節という貴重な天からの贈り物をぶっ壊してしまったんだろうか。

驟雨(しゅうう)、霖雨(りんう)、五月雨、菜種梅雨、俄か雨、通り雨、狐の嫁入り、入梅、雷雨、小糠雨、霧雨、沐雨、夕立、青嵐、時雨、霰(あられ)、霙(みぞれ)など、雨の情景だけでも季節を感じ取れる情緒が益々薄れていくようだ。

しゅん


あしたで弥生3月も終わり、「1月は行く、2月は逃げる」という喩えと同じように「光陰矢の如し」といった早さで過ぎていく。
子どものころは、あんなに1年を長く感じていたのに、一体いつの間に時の過ぎ行くスピードがアップするようになったのか、不思議なんだよなあ。

何日かぶりに青空が広がり、しばらくご無沙汰していた陽の光がやけに眩しく感じる。両岸にさくら並木が連なった運河の川面は一面に花びらで覆われていて、折角の青空を映す隙間もないようにみえる。明日からはまた雨の予報なので、この花びらもきれいに洗い流されて、春の面影は一掃され、一気に初夏へと季節はうつろっていくのだろうか。

サクラが散ると若葉が広がり、やがてショウブ、アジサイの季節が到来する。思い返せば、昨年は菖蒲と紫陽花を求めて、都内各地をさ迷い歩いたし、その名花の写真を集めるのに狂奔したものだった。花っていうのは、どうして人の心をこうも妖しくときめかしてくれんだろう。日本の四季は自然の移り変わりで、季節のうつろいを教えてくれるから貴重である。

そうした意味でも今年はサクラの開花が半月も早まり、季節のバランスを崩してしまったのがものすごく気になるのだ。
「年々歳々人同じからず」とう漢詩があるが、どうやら「年々歳々花同じからず」といった感じなのはとっても寂しいことだ。
1月、2月、3月を代表するツバキとウメとモモが同時に見られたことが果たして良いことだったのか、悪いことだったのか判断できないが、ショウブとアジサイが同時期に咲くようになったら、本当につまらないことになる。

昔はイチゴ、寒ブリ、初カツオなど食べ物の世界ではしゅんというものが厳然と存在していたのが、温室栽培や養殖技術などバイオテクの進歩でいつでも食べられるようになり、季節感がなくなってしまったのと同じように、人間が地球を狂わせてしまったつけが季節という貴重な天からの贈り物をぶっ壊してしまったんだろうか。

驟雨(しゅうう)、霖雨(りんう)、五月雨、菜種梅雨、俄か雨、通り雨、狐の嫁入り、入梅、雷雨、小糠雨、霧雨、沐雨、夕立、青嵐、時雨、霰(あられ)、霙(みぞれ)など、雨の情景だけでも季節を感じ取れる情緒が益々薄れていくようだ。

胸キュン


まもなく長男の嫁さんになる人が到着する。
胸がドキドキして、さっきからとっても落着かない。
次男坊のときはどのように対応したっけなって、必死に思い出そうとするが、全然イメージが湧いてこない。
彼女もえらく緊張している筈だから、その辺も気を使わなくちゃいけないんだが、そうじゃなくてもかっての超絶ハンサムも、いまじゃ異形の顔相となっているから、怖がらせてしまいそう、弱ったな、まったく。

会ったしまえば、どうってこたないんだろうが、あれこれ考えてしまって、どうしようもない。その上、道が渋滞しているので、ちょっと遅れそうとの電話もあって、魔の時間がもっと延びてしまった。
うまくもないタバコをプカプカ、上の空でパソコンのキーをパチパチ、痒くもないのに足の裏をポリポリ、なんとも冴えない情景だ。

三人姉妹の真ん中だそうだが、東京へ送り出す彼女の両親の切ないだろう心境がよーく分かる。
いつも冷静沈着な、にょうぼも常になく落着かず、狭い部屋の中を用もないのに、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと慌ただしく動いている。

アッ!やっと到着したらしい。さーて覚悟を決めて、いざ見参とするか。

やはり案ずるより生むがやすし、との言葉通り、非常にいい雰囲気で迎えることができた。かっては営業の第一線で、口先を売り物にしてきた、こちとらはジョークを交え、彼女の極端な緊張を解きほぐし、つい体重を聞いてしまうなどの愚を冒しはしたけど総体的には和やかな顔合わせが実現できた。

いづ美さんはどちらかというと、日本的な美人で、肌の色が抜けるように白いのがとっても印象的だった。あまりあくがなく、内気で繊細そうに見受けられが芯は強そうで、大事に育てられたお嬢さんという感じで、いってみれば、竹久夢二描く大正ロマンの、あの雰囲気かな。
相手の目を見て、しっかりと話す態度には好感が持てた。
遅れて到着した次男研爾夫妻が合流して、俄然賑やかになり、場は大いに盛り上がった。帰路、次男の新居を訪れ、大いに刺激されたようだ。
いつもブスっとしている長男祐爾もいつになく多弁で、終始ニコニコと嬉しそうな表情が、やっと虹を掴んだなって感じだった。

いずれにせよ、我が家のビッグイベントは無事終了したが、二人が出ていった後、疲れがどっと出て、大好きな風呂もパスし、ベッドにもぐりこんだ。やはり、それなりに気を使っていたんだろうな。

胸キュン


まもなく長男の嫁さんになる人が到着する。
胸がドキドキして、さっきからとっても落着かない。
次男坊のときはどのように対応したっけなって、必死に思い出そうとするが、全然イメージが湧いてこない。
彼女もえらく緊張している筈だから、その辺も気を使わなくちゃいけないんだが、そうじゃなくてもかっての超絶ハンサムも、いまじゃ異形の顔相となっているから、怖がらせてしまいそう、弱ったな、まったく。

会ったしまえば、どうってこたないんだろうが、あれこれ考えてしまって、どうしようもない。その上、道が渋滞しているので、ちょっと遅れそうとの電話もあって、魔の時間がもっと延びてしまった。
うまくもないタバコをプカプカ、上の空でパソコンのキーをパチパチ、痒くもないのに足の裏をポリポリ、なんとも冴えない情景だ。

三人姉妹の真ん中だそうだが、東京へ送り出す彼女の両親の切ないだろう心境がよーく分かる。
いつも冷静沈着な、にょうぼも常になく落着かず、狭い部屋の中を用もないのに、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと慌ただしく動いている。

アッ!やっと到着したらしい。さーて覚悟を決めて、いざ見参とするか。

やはり案ずるより生むがやすし、との言葉通り、非常にいい雰囲気で迎えることができた。かっては営業の第一線で、口先を売り物にしてきた、こちとらはジョークを交え、彼女の極端な緊張を解きほぐし、つい体重を聞いてしまうなどの愚を冒しはしたけど総体的には和やかな顔合わせが実現できた。

いづ美さんはどちらかというと、日本的な美人で、肌の色が抜けるように白いのがとっても印象的だった。あまりあくがなく、内気で繊細そうに見受けられが芯は強そうで、大事に育てられたお嬢さんという感じで、いってみれば、竹久夢二描く大正ロマンの、あの雰囲気かな。
相手の目を見て、しっかりと話す態度には好感が持てた。
遅れて到着した次男研爾夫妻が合流して、俄然賑やかになり、場は大いに盛り上がった。帰路、次男の新居を訪れ、大いに刺激されたようだ。
いつもブスっとしている長男祐爾もいつになく多弁で、終始ニコニコと嬉しそうな表情が、やっと虹を掴んだなって感じだった。

いずれにせよ、我が家のビッグイベントは無事終了したが、二人が出ていった後、疲れがどっと出て、大好きな風呂もパスし、ベッドにもぐりこんだ。やはり、それなりに気を使っていたんだろうな。

四の字あわせ


先週、3月19日に出かけて、思わぬ満開に出食わしたのは、まさに幸運というべきで、今年は春から縁起がいいぜって思ったのだが、枝垂れサクラの幸運と融通無碍の神様の霊験あらたかだったのか、長男坊が結婚すると宣言した。

うすうす感づいてはいたのだが、本人が黙っている以上、問い詰めようもなかったが、大雑把な性格のかれは、けっこう証拠の品をあちこちに残していたのである。
車の中には後楽園ドームやデイズニーランドのテイケットが無造作に放り出してあったし、彼女らしい写真が裏返しのまま枕元に置かれているし、彼女からの手紙なんかも机の上に置きっぱなしになっていた。
言い訳しておくと、わたしは我が家の掃除番だから週に一度は彼の部屋に入るわけで、片づけついでに見つけてしまうのである。決して覗き見の趣味があるわけではないよ?念のため。
深夜には携帯電話で楽しそうに話している声が聞こえるし、この手のことは次男坊が恋愛中にひっきりなしにやってたことなので、こりゃ春遠からずだなとは思っていた。

相手のお嬢さんは愛知県碧南市に住む28歳のOL、杉浦いづ美さんだそうで、約3年のお付き合い、早手回しに先方のご両親とも面会済みだそうである。
7月始めに入籍し、都内に中古マンションを購入する計画だそうだ。新婦の希望もあり、両親だけに出席してもらい、ハワイの教会で結婚式を挙げたいそうだ。

今週後半には、いよいよ彼女が我が家に登場するそうで、あまりに急な出来事なので、嬉しさ半分、当惑半分の奇妙な気分である。
っていうのも今年9月には次男研爾夫婦の愛の結晶である初孫が誕生する予定だし、6月にはおばあちゃんの米寿のお祝いもある。このようにお祝い事が続いてしまうと、なんか空恐ろしい気がしてくるのである。
でも、本心を言えば、東家、万歳、万歳、万歳なのだ。
サーア!みなさん、お手を拝借、一本締めでヨーオツ!ポン!なのだ。

四の字あわせ


先週、3月19日に出かけて、思わぬ満開に出食わしたのは、まさに幸運というべきで、今年は春から縁起がいいぜって思ったのだが、枝垂れサクラの幸運と融通無碍の神様の霊験あらたかだったのか、長男坊が結婚すると宣言した。

うすうす感づいてはいたのだが、本人が黙っている以上、問い詰めようもなかったが、大雑把な性格のかれは、けっこう証拠の品をあちこちに残していたのである。
車の中には後楽園ドームやデイズニーランドのテイケットが無造作に放り出してあったし、彼女らしい写真が裏返しのまま枕元に置かれているし、彼女からの手紙なんかも机の上に置きっぱなしになっていた。
言い訳しておくと、わたしは我が家の掃除番だから週に一度は彼の部屋に入るわけで、片づけついでに見つけてしまうのである。決して覗き見の趣味があるわけではないよ?念のため。
深夜には携帯電話で楽しそうに話している声が聞こえるし、この手のことは次男坊が恋愛中にひっきりなしにやってたことなので、こりゃ春遠からずだなとは思っていた。

相手のお嬢さんは愛知県碧南市に住む28歳のOL、杉浦いづ美さんだそうで、約3年のお付き合い、早手回しに先方のご両親とも面会済みだそうである。
7月始めに入籍し、都内に中古マンションを購入する計画だそうだ。新婦の希望もあり、両親だけに出席してもらい、ハワイの教会で結婚式を挙げたいそうだ。

今週後半には、いよいよ彼女が我が家に登場するそうで、あまりに急な出来事なので、嬉しさ半分、当惑半分の奇妙な気分である。
っていうのも今年9月には次男研爾夫婦の愛の結晶である初孫が誕生する予定だし、6月にはおばあちゃんの米寿のお祝いもある。このようにお祝い事が続いてしまうと、なんか空恐ろしい気がしてくるのである。
でも、本心を言えば、東家、万歳、万歳、万歳なのだ。
サーア!みなさん、お手を拝借、一本締めでヨーオツ!ポン!なのだ。

白妙橋


二つの運河が交叉している場所に、白妙橋と雲雀橋が掛かっていて、その橋名のあまりにも対象的な名前に戸惑いを覚えてしまうのだが、雲雀を渡るとイトーヨーカドーの巨大な建物群が迫ってくる。白妙橋の立派な作りと比べると、雲雀橋はお粗末な作りで、この巨大な量販店の客を吸い寄せるには、余りにもちゃちで、混雑の元を作り出している。
最近になってようやく行政も重い腰を上げて拡幅工事に取り掛かっているようだが、どこでも見られる泥棒を捕まえてから縄をなう、いわゆる泥縄形式の見本みたいなもんだ。

狭い急な橋は前方から杖を突いた老人や、乳母車を押す母親が来たら、もうお手上げで、自転車を降りるしかない。なにせ急な坂になっているので、手前から勢いをつけて上らないとクリアーできないのである。先日は無謀にもこの橋を猛スピードで駆け下りてきた自転車と衝突したが、相手の高校生は御免の一言もなく逃げ去っていった。いずれは必ず歩道で事故が起きることは間違いない危険な場所の一つである。

ところで、白妙橋から雲雀橋を臨むアングルは、おやっと思うほど乙な風景だ。左手に何隻かの屋形船、下町を走っているラッピングバスでもお馴染みの瀬川丸がもやっており、平久水門の古めかしいただずまい、その脇にそっと寄り添うようにひっそりと立っている番屋のひなびた建物もいい。
急ごしらえだったのか、勾配がきつくて太鼓状に丸く盛り上がった雲雀橋(いつも自転車で苦労させられている、いまいましい橋)だが、見るだけだったら結構ナウイのである。
この一角だけが時代に取り残された異常空間を形成していて、とってもメルヘンチックなのだ。

わたしだけの感傷かと思ってもいたのだが、時々、素人画家がキャンバスに絵筆を走らせている光景に出くわすと、なにか嬉しい気分になる。ほんのちっぽけな空間だけど、ご用足し、ヨーカドーに出かけるたんびに、ほっとさせられる憩いの場である。

白妙橋


二つの運河が交叉している場所に、白妙橋と雲雀橋が掛かっていて、その橋名のあまりにも対象的な名前に戸惑いを覚えてしまうのだが、雲雀を渡るとイトーヨーカドーの巨大な建物群が迫ってくる。白妙橋の立派な作りと比べると、雲雀橋はお粗末な作りで、この巨大な量販店の客を吸い寄せるには、余りにもちゃちで、混雑の元を作り出している。
最近になってようやく行政も重い腰を上げて拡幅工事に取り掛かっているようだが、どこでも見られる泥棒を捕まえてから縄をなう、いわゆる泥縄形式の見本みたいなもんだ。

狭い急な橋は前方から杖を突いた老人や、乳母車を押す母親が来たら、もうお手上げで、自転車を降りるしかない。なにせ急な坂になっているので、手前から勢いをつけて上らないとクリアーできないのである。先日は無謀にもこの橋を猛スピードで駆け下りてきた自転車と衝突したが、相手の高校生は御免の一言もなく逃げ去っていった。いずれは必ず歩道で事故が起きることは間違いない危険な場所の一つである。

ところで、白妙橋から雲雀橋を臨むアングルは、おやっと思うほど乙な風景だ。左手に何隻かの屋形船、下町を走っているラッピングバスでもお馴染みの瀬川丸がもやっており、平久水門の古めかしいただずまい、その脇にそっと寄り添うようにひっそりと立っている番屋のひなびた建物もいい。
急ごしらえだったのか、勾配がきつくて太鼓状に丸く盛り上がった雲雀橋(いつも自転車で苦労させられている、いまいましい橋)だが、見るだけだったら結構ナウイのである。
この一角だけが時代に取り残された異常空間を形成していて、とってもメルヘンチックなのだ。

わたしだけの感傷かと思ってもいたのだが、時々、素人画家がキャンバスに絵筆を走らせている光景に出くわすと、なにか嬉しい気分になる。ほんのちっぽけな空間だけど、ご用足し、ヨーカドーに出かけるたんびに、ほっとさせられる憩いの場である。
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