コジゼラ

よもやま話を雑文で

2002年08月

鎮守様


もともと日本人は「神様」に対しては妙におおらかなところがあり、厳密な区別をしない傾向がある。仏教が入ってきてからは神仏混淆が進んだし、現代では、子供が生まれたら神社にお参りに行き、結婚するときはキリスト教の教会で式を挙げ、死んだら仏式で葬式を出すということになんの抵抗もない。
乱暴な言い方だが、日本人には、もともと自然を畏怖する素朴な信仰心があったが、外から入ってくる宗教に対しても比較的寛容で、排斥するよりは一部を取り入れてしまう方向に動いてしまうのかもしれない。
神社にもいろいろあるが、やはり自然と溶け合った神社が好きだ。
ご神体は山そのものであるとしている神社などは最も理想的だが、そうでなくても、うっそうと木が茂り、深閑としたたたずまいの神社には、どこかほっとさせられる。
古くから村の鎮守様として地元の人たちの暮らしに密着してきた神社は、今でも「鎮守の杜」を残し、周囲に違和感なく溶け込んでいることが多い。こうした神社は、周辺にある自然が、宅地開発などから守られ、残されているだけでも大きな意義がある。
逆に、広い境内にびっしりと敷石が敷き詰めるなどしてきっちり整備され、犬を入れるななどという看板が立てられている立派な神社には魅力を感じない。神様よりも「人間」の要素をより多く感じてしまうからだ。
明治以降の国家神道色が濃い神社も、どちらかというと苦手だ。
(以上「アエラ」、鐸木能光さんのコラムより)

昨年50年ぶりに訪れた、滝野川ガスタンク下の八幡様、狐塚通りを通り過ぎて、急な坂を降りていくのだが、ガキの頃との印象とあまりに違うのに驚いてしまった。まず、こんなに狭かったけっていうこと、次にこんなに大木に囲まれていたっけっていうこと。
空襲で焼き払われてしまったあの頃から、55年も経っているんだもんなあって感慨に、しばし浸ってしまったのも当然なのかもしれない。
でも嬉しかったね、懐かしの八幡様が鬱蒼とした森に囲まれた神社に変身してたのは。故郷のない東風とらにとって、とってもちっちゃな故里の象徴だったけど、それなりの感懐は感じてしまったよ。
だって、ここだけだったもの、ガキ時代の記憶にある面影を、たとえ僅かでも残していたのは。

墓参の帰りに訪れた多摩御陵、先ほどの弁を借りれば、国家的神道色の濃い場所ではあるけど、鬱蒼たる森を見上げながら玉砂利を歩いていると、やはり粛然として、身体が締まる思いがしてきたんだなあ。

鎮守様


もともと日本人は「神様」に対しては妙におおらかなところがあり、厳密な区別をしない傾向がある。仏教が入ってきてからは神仏混淆が進んだし、現代では、子供が生まれたら神社にお参りに行き、結婚するときはキリスト教の教会で式を挙げ、死んだら仏式で葬式を出すということになんの抵抗もない。
乱暴な言い方だが、日本人には、もともと自然を畏怖する素朴な信仰心があったが、外から入ってくる宗教に対しても比較的寛容で、排斥するよりは一部を取り入れてしまう方向に動いてしまうのかもしれない。
神社にもいろいろあるが、やはり自然と溶け合った神社が好きだ。
ご神体は山そのものであるとしている神社などは最も理想的だが、そうでなくても、うっそうと木が茂り、深閑としたたたずまいの神社には、どこかほっとさせられる。
古くから村の鎮守様として地元の人たちの暮らしに密着してきた神社は、今でも「鎮守の杜」を残し、周囲に違和感なく溶け込んでいることが多い。こうした神社は、周辺にある自然が、宅地開発などから守られ、残されているだけでも大きな意義がある。
逆に、広い境内にびっしりと敷石が敷き詰めるなどしてきっちり整備され、犬を入れるななどという看板が立てられている立派な神社には魅力を感じない。神様よりも「人間」の要素をより多く感じてしまうからだ。
明治以降の国家神道色が濃い神社も、どちらかというと苦手だ。
(以上「アエラ」、鐸木能光さんのコラムより)

昨年50年ぶりに訪れた、滝野川ガスタンク下の八幡様、狐塚通りを通り過ぎて、急な坂を降りていくのだが、ガキの頃との印象とあまりに違うのに驚いてしまった。まず、こんなに狭かったけっていうこと、次にこんなに大木に囲まれていたっけっていうこと。
空襲で焼き払われてしまったあの頃から、55年も経っているんだもんなあって感慨に、しばし浸ってしまったのも当然なのかもしれない。
でも嬉しかったね、懐かしの八幡様が鬱蒼とした森に囲まれた神社に変身してたのは。故郷のない東風とらにとって、とってもちっちゃな故里の象徴だったけど、それなりの感懐は感じてしまったよ。
だって、ここだけだったもの、ガキ時代の記憶にある面影を、たとえ僅かでも残していたのは。

墓参の帰りに訪れた多摩御陵、先ほどの弁を借りれば、国家的神道色の濃い場所ではあるけど、鬱蒼たる森を見上げながら玉砂利を歩いていると、やはり粛然として、身体が締まる思いがしてきたんだなあ。

けれんみ


外連味と書いて「けれんみ」と読む。意味としては“俗受けをねらったやり方。はったりをきかせたり、ごまかしたりすること”となる。使い方としてはむしろ否定的に使われることが多いようだ。もともと「けれん」という言葉は中世以降使われていたようで“まぎらわす”といった意味合いで使われていたようで、「外連」というのは当て字のようである。
この言葉が、観客を魅了する歌舞伎の世界に取り入れられ、“早替わり”や“宙返り”など、奇抜で大掛かりな芸によって意表をつく技法を「外連味」という言葉でさすことになり、一般化したようだ。

歌舞伎の世界から一般化していった言葉としては、十八番もそうだし、柿落とし、馴れ初め、大上段、見栄なんていうのもそうじゃないかな。
外連味たっぷりな歌舞伎の世界ということになるわけだが、芝居以外の世界では「外連味のない文章、外連味のないプレー」などと“ない”という冠頭語とセットにして使うことになる。

ギッチョっていうとけれん味って感じてしまうのはどういうことだろうか。
というのも、最近では当たり前のようになっているけれど、ギッチョの人が左手で箸を器用に扱っているのを初めて見たときは、正直言ってビックリ仰天した。なんて器用なんだという思いよりも、一体親はどんな躾をしてるんだろうとの思いの方が強かった。勇気があるなあっていうよりも、なんていけ図々しいんだろうって感じのほうが強かった。

東風とらがガキだったころ、以外に家庭の躾って奴はしっかりと行われていて、左手で字を書くとか、箸を使うなんてことは片輪のように思われていて、生まれつき左利きの子供たちは親から無理やり右手を使うよう仕込まれたもんだった。

いまになってみれば、これは全くの偏見だったわけであるが、ガキの頃仕込まれた知能は身体にこびりついていて、ギッチョ全盛の時代になっても、思わず眉をしかめてしまうのは如何ともし難い。

そのくせ、野球をやるにはギッチョが断然有利、勝手なもので、そんな偏見もあらばこそ、長男坊をなんとか右投げ左打ちに改良させようと、
頑張ったこともあったけど、直ぐに諦めた。その当時ゴルフに凝っていて、効き目が左右どちらかで、打ち方に影響することを知っていたので、指を丸めて、片目でどちらがちゃんと見えるかを実験したら、完全な右利きだったからである。

けれんみ


外連味と書いて「けれんみ」と読む。意味としては“俗受けをねらったやり方。はったりをきかせたり、ごまかしたりすること”となる。使い方としてはむしろ否定的に使われることが多いようだ。もともと「けれん」という言葉は中世以降使われていたようで“まぎらわす”といった意味合いで使われていたようで、「外連」というのは当て字のようである。
この言葉が、観客を魅了する歌舞伎の世界に取り入れられ、“早替わり”や“宙返り”など、奇抜で大掛かりな芸によって意表をつく技法を「外連味」という言葉でさすことになり、一般化したようだ。

歌舞伎の世界から一般化していった言葉としては、十八番もそうだし、柿落とし、馴れ初め、大上段、見栄なんていうのもそうじゃないかな。
外連味たっぷりな歌舞伎の世界ということになるわけだが、芝居以外の世界では「外連味のない文章、外連味のないプレー」などと“ない”という冠頭語とセットにして使うことになる。

ギッチョっていうとけれん味って感じてしまうのはどういうことだろうか。
というのも、最近では当たり前のようになっているけれど、ギッチョの人が左手で箸を器用に扱っているのを初めて見たときは、正直言ってビックリ仰天した。なんて器用なんだという思いよりも、一体親はどんな躾をしてるんだろうとの思いの方が強かった。勇気があるなあっていうよりも、なんていけ図々しいんだろうって感じのほうが強かった。

東風とらがガキだったころ、以外に家庭の躾って奴はしっかりと行われていて、左手で字を書くとか、箸を使うなんてことは片輪のように思われていて、生まれつき左利きの子供たちは親から無理やり右手を使うよう仕込まれたもんだった。

いまになってみれば、これは全くの偏見だったわけであるが、ガキの頃仕込まれた知能は身体にこびりついていて、ギッチョ全盛の時代になっても、思わず眉をしかめてしまうのは如何ともし難い。

そのくせ、野球をやるにはギッチョが断然有利、勝手なもので、そんな偏見もあらばこそ、長男坊をなんとか右投げ左打ちに改良させようと、
頑張ったこともあったけど、直ぐに諦めた。その当時ゴルフに凝っていて、効き目が左右どちらかで、打ち方に影響することを知っていたので、指を丸めて、片目でどちらがちゃんと見えるかを実験したら、完全な右利きだったからである。

キリン


キリンというと動物園の人気者、あの長い首を上手く使って、餌を食べる仕草は、どことなくユーモアがあってなかなかよろしい。
アフリカの草原では肉食動物の格好の獲物として追いまわされているから、巨体に似合わない素早い動きと、神経質なまでに注意深い動物で、時速50キロの速さ、身長5,5、陸棲哺乳類中、最も背が高い。

ところで、麒麟は中国古代の想像上の獣で、体は鹿、尾は牛、ひづめは馬、額は狼。頭に肉に包まれた一本の角があり、体の毛は黄色、背には五彩の毛がある。翼をもってよく飛び、生草は踏まず、生物は食わないという。聖人が出て王道が行われた時に現れると伝えられる。

以上大辞林の講釈だが、麒麟の姿を知りたければ、キリンビールのラベルを見ればよく分かる。その絵の中には絵解きが仕組まれていて、カタカナでキ、リ、ンが巧みに隠されている。「キ」と「リ」は比較的簡単に見つけられるが、「ン」はけっこう手間取ったもんだ。

キリンビールっていえば、昔はABCの等級がつけられ、上澄みがA、中層がB、最下層がC、その比率は上から10%、30%、60%の割合だったそうだ。当然のことだが、上澄み液が最高で、このAラベルは待合や高級料亭向け御用達ってわけで、酒屋の店頭は愚か、庶民の口には入らないレアものだった。接待で料亭などで出されたりすると、それこそ、欣喜雀躍、天にも上った心地になったもんである。

ところで樹木希林っていう珍優、知っている?
むかーし、郷ひろみと「林檎殺人事件」っていう素っ頓狂なテレビ番組に悠木千帆って源氏名で出ていた、あのけったいなおばはん。
その珍妙振りが評価されてか、最近のテレビコマーシャルの顔になっているが、そんな中でも、富士フィルムの屋形船編、これは何度見ても思わず笑っちゃうんだよねえ。
酒を飲んだついでに盃も飲み込むのだが、それをまた何気なく口から取り出す仕草が秀抜なのだ。きれいなオベベに身を包んでいるから、尚更可笑しさが倍増するんだ。いまが旬の若手女優、田中麗奈もすっかり食われてしまって、蔭が薄くなってるのも面白い。

ついでだが、このCM、違和感があってなんかおかしいなあって感じていた。
水面に写る屋形船の提灯、夜景を彩る大輪の花火、浴衣姿の美女たち?。
まず団扇をあおぎながら岸本加代子が「やっぱり日本の夏は」、続いて樹木希林が「蚊取り線香・・・・・」(アレッツ!)、間髪をいれず田中麗奈が「フジカラーですね」と締めくくる。
なんとこのCM、キンチョーをバロった、いま流行りのコラボレーションだったのである。不覚ながら、そこまで気付かず、ただただ笑い転げていたんだけど、CMっていう奴、空恐ろしいものが隠されてるんだよなあ。

キリン


キリンというと動物園の人気者、あの長い首を上手く使って、餌を食べる仕草は、どことなくユーモアがあってなかなかよろしい。
アフリカの草原では肉食動物の格好の獲物として追いまわされているから、巨体に似合わない素早い動きと、神経質なまでに注意深い動物で、時速50キロの速さ、身長5,5、陸棲哺乳類中、最も背が高い。

ところで、麒麟は中国古代の想像上の獣で、体は鹿、尾は牛、ひづめは馬、額は狼。頭に肉に包まれた一本の角があり、体の毛は黄色、背には五彩の毛がある。翼をもってよく飛び、生草は踏まず、生物は食わないという。聖人が出て王道が行われた時に現れると伝えられる。

以上大辞林の講釈だが、麒麟の姿を知りたければ、キリンビールのラベルを見ればよく分かる。その絵の中には絵解きが仕組まれていて、カタカナでキ、リ、ンが巧みに隠されている。「キ」と「リ」は比較的簡単に見つけられるが、「ン」はけっこう手間取ったもんだ。

キリンビールっていえば、昔はABCの等級がつけられ、上澄みがA、中層がB、最下層がC、その比率は上から10%、30%、60%の割合だったそうだ。当然のことだが、上澄み液が最高で、このAラベルは待合や高級料亭向け御用達ってわけで、酒屋の店頭は愚か、庶民の口には入らないレアものだった。接待で料亭などで出されたりすると、それこそ、欣喜雀躍、天にも上った心地になったもんである。

ところで樹木希林っていう珍優、知っている?
むかーし、郷ひろみと「林檎殺人事件」っていう素っ頓狂なテレビ番組に悠木千帆って源氏名で出ていた、あのけったいなおばはん。
その珍妙振りが評価されてか、最近のテレビコマーシャルの顔になっているが、そんな中でも、富士フィルムの屋形船編、これは何度見ても思わず笑っちゃうんだよねえ。
酒を飲んだついでに盃も飲み込むのだが、それをまた何気なく口から取り出す仕草が秀抜なのだ。きれいなオベベに身を包んでいるから、尚更可笑しさが倍増するんだ。いまが旬の若手女優、田中麗奈もすっかり食われてしまって、蔭が薄くなってるのも面白い。

ついでだが、このCM、違和感があってなんかおかしいなあって感じていた。
水面に写る屋形船の提灯、夜景を彩る大輪の花火、浴衣姿の美女たち?。
まず団扇をあおぎながら岸本加代子が「やっぱり日本の夏は」、続いて樹木希林が「蚊取り線香・・・・・」(アレッツ!)、間髪をいれず田中麗奈が「フジカラーですね」と締めくくる。
なんとこのCM、キンチョーをバロった、いま流行りのコラボレーションだったのである。不覚ながら、そこまで気付かず、ただただ笑い転げていたんだけど、CMっていう奴、空恐ろしいものが隠されてるんだよなあ。

すばる


夜空はもうとっくに、秋の空にシフトされてるんだろうが、中天高く瞬いている6ケの星たち(実際には7ケあるんだが、重なりあっていて肉眼では見えにくい)のことをプレアデス星団というが、日本ではスバルの名前で親しまれている。
1000年ほど前、枕草子で清少納言が「星はすばる」と断言して以来、日本人のすばる好きは変わっていないようだ。
日本最初の軽自動車にも、この「すばる」が冠されて一大ブームを引き起こしたし、国立天文台の大望遠鏡の愛称公募でも、大差ですばるが選ばれている。

肉眼で幾つかの星が連なって、統べられて見えることから「すばる」と名付けられた。漢字では昴という難しい字が当てられている。
カラオケの定番曲として、この難しい字も人口に膾炙しているようだが、この曲を歌いたがる輩は星の数ほど多けれど、未だに上手く歌う人に出会ったことがない。
蛇足ながら、谷村新司は「昴」の大ヒットに気をよくして、「天狼」を発表したが、世の中はそんなには甘くなく、トラタヌ(獲らぬ狸の皮算用)となった。因みに「天狼」とは冬の一番星、シリウス(恒星)のことである。

夏の夜空は星が多い割りに、1等星(恒星)が少なく地味な存在で、豪華絢爛たる冬の夜空には、到底及ぶべきもない。
他の季節よりも小さくて、光が薄いアルデバランやアルクトールスはとても主役にはなれないし、僅かに中天に不気味な色で瞬くアンタレスと牽牛織女星に擬せられている白鳥座のベガと山羊座を率いるアルタイルだけが恒星だけど、ともに2等星ほどの光量で夜空を支配するだけの器量がないのが残念だ。

その代わり夜空を壮大に彩ってくれる筈だった、ペルセウス座流星群による一大スペクトルも、生憎と東京の夜空はドンヨリと曇っていて、まるで見えなかったのはご愛嬌だったよなあ。

「星で思いつく歌」という調査結果では「星に願いを」(デイズニー映画ピノキオの主題歌)、「見上げてごらん夜の星を」(坂本九)、「昴」(谷村新司)の順番だった。九ちゃんの名曲は後にアメリカで「スキヤキ」という名前でリメークされ、大ミリオンセラーとなった。

最近では夜空を見上げても、いつも星は霞んでいて、僅かに識別できるのは木星、土星、火星などの惑星ばかりなのは寂しい限りである。

すばる


夜空はもうとっくに、秋の空にシフトされてるんだろうが、中天高く瞬いている6ケの星たち(実際には7ケあるんだが、重なりあっていて肉眼では見えにくい)のことをプレアデス星団というが、日本ではスバルの名前で親しまれている。
1000年ほど前、枕草子で清少納言が「星はすばる」と断言して以来、日本人のすばる好きは変わっていないようだ。
日本最初の軽自動車にも、この「すばる」が冠されて一大ブームを引き起こしたし、国立天文台の大望遠鏡の愛称公募でも、大差ですばるが選ばれている。

肉眼で幾つかの星が連なって、統べられて見えることから「すばる」と名付けられた。漢字では昴という難しい字が当てられている。
カラオケの定番曲として、この難しい字も人口に膾炙しているようだが、この曲を歌いたがる輩は星の数ほど多けれど、未だに上手く歌う人に出会ったことがない。
蛇足ながら、谷村新司は「昴」の大ヒットに気をよくして、「天狼」を発表したが、世の中はそんなには甘くなく、トラタヌ(獲らぬ狸の皮算用)となった。因みに「天狼」とは冬の一番星、シリウス(恒星)のことである。

夏の夜空は星が多い割りに、1等星(恒星)が少なく地味な存在で、豪華絢爛たる冬の夜空には、到底及ぶべきもない。
他の季節よりも小さくて、光が薄いアルデバランやアルクトールスはとても主役にはなれないし、僅かに中天に不気味な色で瞬くアンタレスと牽牛織女星に擬せられている白鳥座のベガと山羊座を率いるアルタイルだけが恒星だけど、ともに2等星ほどの光量で夜空を支配するだけの器量がないのが残念だ。

その代わり夜空を壮大に彩ってくれる筈だった、ペルセウス座流星群による一大スペクトルも、生憎と東京の夜空はドンヨリと曇っていて、まるで見えなかったのはご愛嬌だったよなあ。

「星で思いつく歌」という調査結果では「星に願いを」(デイズニー映画ピノキオの主題歌)、「見上げてごらん夜の星を」(坂本九)、「昴」(谷村新司)の順番だった。九ちゃんの名曲は後にアメリカで「スキヤキ」という名前でリメークされ、大ミリオンセラーとなった。

最近では夜空を見上げても、いつも星は霞んでいて、僅かに識別できるのは木星、土星、火星などの惑星ばかりなのは寂しい限りである。

新札発行


チビでデブッチョ、なんとなく憎めない風袋をして、ホモダッチ風のしゃべり方、テーマパーク大好き人間、これが当代随一の経済アナリストだってんだから、世の中、大いに様変わりしてるってことがよく分かる。
10チャンネルの久米ちゃんの番組「ニュースステーション」にコメンテーターとして登場するアナリスト、森永卓郎のことである。

先週そのチビデブが日本のデフレ政策について、聞き流すことが出来ないような重要な推論をした。さすがの久米ちゃんも思わず聞き返し、番組終了前に改めてその要旨を再確認したほどだった。
人を見かけで判断してはいけないなって思わせる卓見だった。
そのときなーるほど、そういう仕掛けも十分考えられるなって、慄然としたものだったが、きょうのことだって直ぐ忘れてしまう、ノー天気野郎の東風とらだけに、もうとっくに忘れていた。

それが、なんとあの「ゲンダイ」(アノって意味分かるよねえ)に堂々と掲載されていたんである。エログロナンセンス一杯の紙面の中に、なんと花一輪、見事に咲いてたんだなあ。
この好機を逸しちゃなるまいて、工期に間に合わせ、綱紀粛正しようと、好奇心一杯で、その卓見を拾い出してみた。以下後記する。

世論の反対を押し切って導入された住基ネットと、出し抜けに発表された2004年4月の新紙幣発行は実はリンクしている、という仮説だ。
リンクの裏側にはデフレ不況から脱し、景気を回復させる最後の切り札が隠されているという。つまり新しい税金、財産税の導入である。
課税の対象は国債、銀行預金、郵便貯金、生命保険、簡易保険、現金などで、株式、社債、不動産、外債、外貨預金は非課税となる。

これが実施されると、お金は大量に消費に向かい需要は拡大する。
物価は上昇するが景気も回復し、株式や不動産などの非課税品の売買が活発となり、相場は急騰、銀行の不良資産も大幅に減り、税収も増えるから財政再建も可能となり、日本経済は立ち直る。
結構毛だらけ、猫灰だらけって、いいこと尽くめのように見えるが、おっとどっこい、そうは問屋が卸さなってことで、狙われているのは、国民個人の財産そのものだから、こりゃあ、たちが悪いっていうこと。

おそらく、新紙幣に切り替える数ヶ月前に、政府は財産税導入を発表、「明日から1日預金封鎖する」って宣言し、個人の金融資産を住基ネットを活用し簡単に名寄せしてしまい、否応なしに預金残高から財産税3%を引き落としてしまう。同時に新紙幣の窓口交換も3%を徴収されてしまう。つまり、現金、預貯金を含めて、国民を丸裸にしてしまおうというシナリオなのだ。(窓口交換金額は住基ネットに記録されてしまう。)
どう恐ろしい説だと思わない。そして悲しいことに、かなり具体性があると思わない。こうなったら自衛策は非課税の外貨預金しかないかもね。

新札発行


チビでデブッチョ、なんとなく憎めない風袋をして、ホモダッチ風のしゃべり方、テーマパーク大好き人間、これが当代随一の経済アナリストだってんだから、世の中、大いに様変わりしてるってことがよく分かる。
10チャンネルの久米ちゃんの番組「ニュースステーション」にコメンテーターとして登場するアナリスト、森永卓郎のことである。

先週そのチビデブが日本のデフレ政策について、聞き流すことが出来ないような重要な推論をした。さすがの久米ちゃんも思わず聞き返し、番組終了前に改めてその要旨を再確認したほどだった。
人を見かけで判断してはいけないなって思わせる卓見だった。
そのときなーるほど、そういう仕掛けも十分考えられるなって、慄然としたものだったが、きょうのことだって直ぐ忘れてしまう、ノー天気野郎の東風とらだけに、もうとっくに忘れていた。

それが、なんとあの「ゲンダイ」(アノって意味分かるよねえ)に堂々と掲載されていたんである。エログロナンセンス一杯の紙面の中に、なんと花一輪、見事に咲いてたんだなあ。
この好機を逸しちゃなるまいて、工期に間に合わせ、綱紀粛正しようと、好奇心一杯で、その卓見を拾い出してみた。以下後記する。

世論の反対を押し切って導入された住基ネットと、出し抜けに発表された2004年4月の新紙幣発行は実はリンクしている、という仮説だ。
リンクの裏側にはデフレ不況から脱し、景気を回復させる最後の切り札が隠されているという。つまり新しい税金、財産税の導入である。
課税の対象は国債、銀行預金、郵便貯金、生命保険、簡易保険、現金などで、株式、社債、不動産、外債、外貨預金は非課税となる。

これが実施されると、お金は大量に消費に向かい需要は拡大する。
物価は上昇するが景気も回復し、株式や不動産などの非課税品の売買が活発となり、相場は急騰、銀行の不良資産も大幅に減り、税収も増えるから財政再建も可能となり、日本経済は立ち直る。
結構毛だらけ、猫灰だらけって、いいこと尽くめのように見えるが、おっとどっこい、そうは問屋が卸さなってことで、狙われているのは、国民個人の財産そのものだから、こりゃあ、たちが悪いっていうこと。

おそらく、新紙幣に切り替える数ヶ月前に、政府は財産税導入を発表、「明日から1日預金封鎖する」って宣言し、個人の金融資産を住基ネットを活用し簡単に名寄せしてしまい、否応なしに預金残高から財産税3%を引き落としてしまう。同時に新紙幣の窓口交換も3%を徴収されてしまう。つまり、現金、預貯金を含めて、国民を丸裸にしてしまおうというシナリオなのだ。(窓口交換金額は住基ネットに記録されてしまう。)
どう恐ろしい説だと思わない。そして悲しいことに、かなり具体性があると思わない。こうなったら自衛策は非課税の外貨預金しかないかもね。
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ