コジゼラ

よもやま話を雑文で

2002年12月

マイクロソフト


あっという間に大晦日、おおつもごりっていうわけで、どうやら元旦は雪が出迎えてくれるらしい。今年は個人的には多々益々弁ずといった年だったが、パソコンはあいも変わらず、マイクロソフトの蹂躙で終わってしまった。そこで、ニックきMSをおちょくって今年の最後としよう。

マイクロソフト社はビル・ゲイツが天才的ともいえる騙しのテクニックを発揮してソフト業界を席巻、一大王国を築いていったわけだが、そのきっかけになったウインドウ95はゲイツの巧みな弁舌と策略で、無知な開発者をたらしこみ、剽窃したというくだりは有名な話である。

ソフト業界から始まり、インターネット業界もほぼ独占してきたが、その強引かつ傲慢なビル・ゲイツだけに、やっかみもからみ毀誉褒貶が激しい。そんなわけで、ビル・ゲーツおよびマイコロソフトを痛烈に批判する数々の評論が発表されているが、その中でもグンバツに面白いのが「マイクロソフト・ジョーズ」というホームページである。これは文句なくおかしくて、読み出すと切りがなくなリ、抱腹絶倒疑いなし、たちまち笑いの渦に巻き込まれることになる。

あんまり過激なのでマイクロソフト社からクレームが出たのかどうか知らないけど、ウインドウ95以降についての論評が激減し、一抹の寂しさを感じているのだが、それでもそのユーモアとウイットにはちっとも古さを感じさせない鮮度がある。にょうぼが掲載させてもらっている「青のアトリエ」というユニークなホームページから、その一部を紹介してみよう。

ビル・ゲイツと彼の新妻が新婚初夜を過ごした翌朝、新妻はこう言いました。「どうしてあなたが自分の会社に 『マイクロソフト』という名前をつけたのか、やっとわかったわ」

ロータスの社長が手に拳銃を持ってエレベーターに乗り込むと、中には
サダム・フセイン、オサマデイン・ラデイン、ビル・ゲイツのの3人がいた。
弾は2発しかない!果たして彼は誰を撃ったんだろうか?
答えは、ビル・ゲイツ、とどめをさすために2発ぶち込んだ。

Q: 電球を取り替えるのに、ビル・ゲイツが何人必要ですか。A: 1人です。ビルは電球をソケットに差し込むだけで、世界に彼を回させます。

Q: 電球を取り替えるのに、マイクロソフトの重役が何人必要ですか。A: 当社では、電球をアンインストールする必要はないと考えています。従って、交換用の電球というのもありません。

Q:電球を取り替えるのに、マイクロソフトのサポートスタッフが何人必要ですか。A: 3人です。「電球の登録番号は?」と聞くのが一人、「再インストールしてみましたか?」と聞くのが一人、「こちらではちゃんと動いてますから、おたくのハードが原因ですね」というのが一人です。

Q:電球を取り替えるのに、マイクロソフトのプログラマーが何人必要ですか。A: 必要ありません。「真っ暗闇が仕様です」というからです。

註:電球を次のような言葉に置き換えるととっても含蓄があるよ。
独占、寡占、傲慢、怨嗟、僭越、横暴、恍惚、詭弁、権益、差別、非公開、ブラックボックス、発展の阻害、独り善がり、やりたい放題、余計なお世話、蓋、排他主義、うぬぼれ、略奪、一人勝、独禁法、京兆長者。

マイクロソフト


あっという間に大晦日、おおつもごりっていうわけで、どうやら元旦は雪が出迎えてくれるらしい。今年は個人的には多々益々弁ずといった年だったが、パソコンはあいも変わらず、マイクロソフトの蹂躙で終わってしまった。そこで、ニックきMSをおちょくって今年の最後としよう。

マイクロソフト社はビル・ゲイツが天才的ともいえる騙しのテクニックを発揮してソフト業界を席巻、一大王国を築いていったわけだが、そのきっかけになったウインドウ95はゲイツの巧みな弁舌と策略で、無知な開発者をたらしこみ、剽窃したというくだりは有名な話である。

ソフト業界から始まり、インターネット業界もほぼ独占してきたが、その強引かつ傲慢なビル・ゲイツだけに、やっかみもからみ毀誉褒貶が激しい。そんなわけで、ビル・ゲーツおよびマイコロソフトを痛烈に批判する数々の評論が発表されているが、その中でもグンバツに面白いのが「マイクロソフト・ジョーズ」というホームページである。これは文句なくおかしくて、読み出すと切りがなくなリ、抱腹絶倒疑いなし、たちまち笑いの渦に巻き込まれることになる。

あんまり過激なのでマイクロソフト社からクレームが出たのかどうか知らないけど、ウインドウ95以降についての論評が激減し、一抹の寂しさを感じているのだが、それでもそのユーモアとウイットにはちっとも古さを感じさせない鮮度がある。にょうぼが掲載させてもらっている「青のアトリエ」というユニークなホームページから、その一部を紹介してみよう。

ビル・ゲイツと彼の新妻が新婚初夜を過ごした翌朝、新妻はこう言いました。「どうしてあなたが自分の会社に 『マイクロソフト』という名前をつけたのか、やっとわかったわ」

ロータスの社長が手に拳銃を持ってエレベーターに乗り込むと、中には
サダム・フセイン、オサマデイン・ラデイン、ビル・ゲイツのの3人がいた。
弾は2発しかない!果たして彼は誰を撃ったんだろうか?
答えは、ビル・ゲイツ、とどめをさすために2発ぶち込んだ。

Q: 電球を取り替えるのに、ビル・ゲイツが何人必要ですか。A: 1人です。ビルは電球をソケットに差し込むだけで、世界に彼を回させます。

Q: 電球を取り替えるのに、マイクロソフトの重役が何人必要ですか。A: 当社では、電球をアンインストールする必要はないと考えています。従って、交換用の電球というのもありません。

Q:電球を取り替えるのに、マイクロソフトのサポートスタッフが何人必要ですか。A: 3人です。「電球の登録番号は?」と聞くのが一人、「再インストールしてみましたか?」と聞くのが一人、「こちらではちゃんと動いてますから、おたくのハードが原因ですね」というのが一人です。

Q:電球を取り替えるのに、マイクロソフトのプログラマーが何人必要ですか。A: 必要ありません。「真っ暗闇が仕様です」というからです。

註:電球を次のような言葉に置き換えるととっても含蓄があるよ。
独占、寡占、傲慢、怨嗟、僭越、横暴、恍惚、詭弁、権益、差別、非公開、ブラックボックス、発展の阻害、独り善がり、やりたい放題、余計なお世話、蓋、排他主義、うぬぼれ、略奪、一人勝、独禁法、京兆長者。

落ち武者


毎度お騒がせの歳末行事、きょうは自ら落ち武者となって、豊洲病院で点滴治療を受けた。
延々3時間もの長丁場、時を刻む針の音の果てしない饒舌さと退屈さを満喫させられた。

栄耀栄華を極めた平家一門が、密かに源氏の目を逃れ、移り住んだと伝えられている山郷は、ほとんどが人里離れたところにある。
世間と隔絶し、独自のしきたりを定め、孤高の文化を育て上げていて、我々の郷愁を誘う地の多いのが特徴である。

落人伝説のある山里は全国に2000ケ所もあるけれど、栃木の栗山村、鳥取の岩桜町、徳島の東祖谷村、奈良の十津川村、宮崎の椎葉村などには、平の惟盛、常盛、国盛などが落延びたなどと言い伝えられている。

宇喜田秀家は流刑地となった八丈島で一生を終え、かなりの子孫を残したようだが、豊臣秀吉に敗れ、領地を没収、改易された土佐の長曽我部家や相模の北条家などの一族はどうなったんだろう。
土佐では山内一豊率いる占領軍が上士として君臨し、長曽我部家の家臣たちは下士として差別されてきたようだが、それを潔しとしない、その他の家臣たちは、出奔して他の大名家に就職したんだろうか。北条氏康は高野山に配流されたが、一族郎党は散り散りになってしまったんだろうか。
戦国の常とはいえ、敗者の存在を示すものは徹底的に破壊されてしまったから、後世に伝わるものが極端に少ない。

明治維新の元勲、西郷隆盛でさえ、敗軍の将となったため、公式の記録は抹消されてしまったし、関東軍、満鉄事業部などの全体像も、厚いヴェールで覆われてしまった。僅か50年のことだった、マッカーサー率いるGHQの業績や失敗でさえ、歴史の蔭に潜り込もうとしている。

一大帝国を築いた、そごうや雪印乳業が蹉跌するや、あっというまに解体され、本体があっけなく雲散霧消してしまったのを目の当たりにすると、時の流れの残酷さを思い知るとともに、歴史の中で消えていった名門、名家も同じような運命を辿ったのか、と暗然たる思いだ。
でも、かっての名家は全てを失ったが、現在の経営者たちは、会社が潰れても、自分の財産を残し、悠々自適の生活を送り、仕事を失った大勢の社員たちは路頭に迷い、再就職先を探すのにも苦労する破目になる。

不況の中で、黒船来航に怯え、なんら、まともな政策を打ち出せず、周章狼狽していた徳川家と小泉内閣が、近頃物凄くダブって見えてくる。
国民不在をいいことに、内部の権力抗争に明け暮れる自民党、民主党の戯れ者たち、国の利益、しいては国民の利益なんかまったく無視して、自己の権益のみを死守しようと、躍起になっている自民党と役人たち、こんな状態で第二の明治維新、21世紀革命なんてできるはずがない。

落ち武者


毎度お騒がせの歳末行事、きょうは自ら落ち武者となって、豊洲病院で点滴治療を受けた。
延々3時間もの長丁場、時を刻む針の音の果てしない饒舌さと退屈さを満喫させられた。

栄耀栄華を極めた平家一門が、密かに源氏の目を逃れ、移り住んだと伝えられている山郷は、ほとんどが人里離れたところにある。
世間と隔絶し、独自のしきたりを定め、孤高の文化を育て上げていて、我々の郷愁を誘う地の多いのが特徴である。

落人伝説のある山里は全国に2000ケ所もあるけれど、栃木の栗山村、鳥取の岩桜町、徳島の東祖谷村、奈良の十津川村、宮崎の椎葉村などには、平の惟盛、常盛、国盛などが落延びたなどと言い伝えられている。

宇喜田秀家は流刑地となった八丈島で一生を終え、かなりの子孫を残したようだが、豊臣秀吉に敗れ、領地を没収、改易された土佐の長曽我部家や相模の北条家などの一族はどうなったんだろう。
土佐では山内一豊率いる占領軍が上士として君臨し、長曽我部家の家臣たちは下士として差別されてきたようだが、それを潔しとしない、その他の家臣たちは、出奔して他の大名家に就職したんだろうか。北条氏康は高野山に配流されたが、一族郎党は散り散りになってしまったんだろうか。
戦国の常とはいえ、敗者の存在を示すものは徹底的に破壊されてしまったから、後世に伝わるものが極端に少ない。

明治維新の元勲、西郷隆盛でさえ、敗軍の将となったため、公式の記録は抹消されてしまったし、関東軍、満鉄事業部などの全体像も、厚いヴェールで覆われてしまった。僅か50年のことだった、マッカーサー率いるGHQの業績や失敗でさえ、歴史の蔭に潜り込もうとしている。

一大帝国を築いた、そごうや雪印乳業が蹉跌するや、あっというまに解体され、本体があっけなく雲散霧消してしまったのを目の当たりにすると、時の流れの残酷さを思い知るとともに、歴史の中で消えていった名門、名家も同じような運命を辿ったのか、と暗然たる思いだ。
でも、かっての名家は全てを失ったが、現在の経営者たちは、会社が潰れても、自分の財産を残し、悠々自適の生活を送り、仕事を失った大勢の社員たちは路頭に迷い、再就職先を探すのにも苦労する破目になる。

不況の中で、黒船来航に怯え、なんら、まともな政策を打ち出せず、周章狼狽していた徳川家と小泉内閣が、近頃物凄くダブって見えてくる。
国民不在をいいことに、内部の権力抗争に明け暮れる自民党、民主党の戯れ者たち、国の利益、しいては国民の利益なんかまったく無視して、自己の権益のみを死守しようと、躍起になっている自民党と役人たち、こんな状態で第二の明治維新、21世紀革命なんてできるはずがない。

初詣で


テレビも新聞も雑誌も、すべて歳末大特集、それも大向こうを狙ってのものばかりだから、低俗一本槍、見たくもないタレントや記事が溢れかえっていて、ヘドが出そうになる。こんなときだからこそ、ベートーベンの交響曲を一番から八番(さすがに九番だけはモウケッコー)まで一晩中流すとか、そんな企画はないよなあ。しょうもないから古い映画を見て時間を過ごす破目になる。そんなに無理して深夜まで起きてることないんだけど、習い性となってしまっている。よくないよなあ。

若かりし頃、初詣はいってみればビッグイベントの一つだった。紅白が終り、除夜の鐘を聞き終えると、一斉に家を飛び出し、一晩中運転している国電に乗って、まず原宿へ向かう。雑踏で身動きの取れない明治神宮に紛れ込んで、本堂まで30分ほどかけて辿りつく。初詣そのものよりも、この雑踏の中に身を置いていることに意義があったような気がしてた。

やっとの思いで脱出すると、靖国神社まで歩いて参拝、九段下から乾門、あとはお堀端を回遊し、二重橋で夜明けを迎えるといった道筋だった。
深夜運転の電車に乗るのもワクワクしたし、友人たちと暗がりの中を、延々と取り留めない話をしながら歩くのも、これまた一興ということで、青春の一大ビックイベントだったような気がする。

東京の初詣というと、300万人が集まる明治神宮を初めとして、浅草寺、日枝神社、湯島天神、東京大神宮、富岡八幡、亀戸天神、西新井大師、
柴又帝釈天など、都内近郊だと成田山新勝寺、川崎大師、鶴見総持寺、大国魂神社、高幡不動、高尾山薬王院、大宮氷川神社などが有名だ。

万民の安寧を願って、明治天皇によって定められた「東京十社」というのもあって、根津権現、日枝神社、神田明神、品川神社、白山神社、富岡八幡、王子権現、氷川神社、芝大神宮、亀戸天神が抜粋されている。
根津はツツジ、白山はアジサイ、王子はサクラ、亀戸はウメの季節に人で賑わうのは有名だが、初詣でも賑わうらしいんだね、ちーっとも知らなかったよなあ。

今年は忙しさにかまけて、お礼参りを失してしまったので、年明け早々にも
一陽来復を祈願しにあちこち回ってこなけりゃいけない。たとえ、たった御縁ばかしとはいえ神様に借金のまんまじゃ、格好悪いもんね。

初詣で


テレビも新聞も雑誌も、すべて歳末大特集、それも大向こうを狙ってのものばかりだから、低俗一本槍、見たくもないタレントや記事が溢れかえっていて、ヘドが出そうになる。こんなときだからこそ、ベートーベンの交響曲を一番から八番(さすがに九番だけはモウケッコー)まで一晩中流すとか、そんな企画はないよなあ。しょうもないから古い映画を見て時間を過ごす破目になる。そんなに無理して深夜まで起きてることないんだけど、習い性となってしまっている。よくないよなあ。

若かりし頃、初詣はいってみればビッグイベントの一つだった。紅白が終り、除夜の鐘を聞き終えると、一斉に家を飛び出し、一晩中運転している国電に乗って、まず原宿へ向かう。雑踏で身動きの取れない明治神宮に紛れ込んで、本堂まで30分ほどかけて辿りつく。初詣そのものよりも、この雑踏の中に身を置いていることに意義があったような気がしてた。

やっとの思いで脱出すると、靖国神社まで歩いて参拝、九段下から乾門、あとはお堀端を回遊し、二重橋で夜明けを迎えるといった道筋だった。
深夜運転の電車に乗るのもワクワクしたし、友人たちと暗がりの中を、延々と取り留めない話をしながら歩くのも、これまた一興ということで、青春の一大ビックイベントだったような気がする。

東京の初詣というと、300万人が集まる明治神宮を初めとして、浅草寺、日枝神社、湯島天神、東京大神宮、富岡八幡、亀戸天神、西新井大師、
柴又帝釈天など、都内近郊だと成田山新勝寺、川崎大師、鶴見総持寺、大国魂神社、高幡不動、高尾山薬王院、大宮氷川神社などが有名だ。

万民の安寧を願って、明治天皇によって定められた「東京十社」というのもあって、根津権現、日枝神社、神田明神、品川神社、白山神社、富岡八幡、王子権現、氷川神社、芝大神宮、亀戸天神が抜粋されている。
根津はツツジ、白山はアジサイ、王子はサクラ、亀戸はウメの季節に人で賑わうのは有名だが、初詣でも賑わうらしいんだね、ちーっとも知らなかったよなあ。

今年は忙しさにかまけて、お礼参りを失してしまったので、年明け早々にも
一陽来復を祈願しにあちこち回ってこなけりゃいけない。たとえ、たった御縁ばかしとはいえ神様に借金のまんまじゃ、格好悪いもんね。

いいフレーズ


<モルトは深く味を整える。芳醇!清冽!なにも足さない、なにも引かない>(サントリーウイスキー山崎)
<恋は遠い日の花火ではない>(サントリー角瓶)
<そうだ京都、 いこう><「京」と「水」とでできた「涼」でした>(JR東海)、これらは悠揚迫らざるコマーシャルの名キャッチコピーの一節だ。

「はじめてなのに、なぜか懐かしい」をコンセプトにした大分二階堂焼酎のキャッチコピーは傑作ぞろい、鄙びた片田舎、臼杵の町を舞台に自然と刻(とき)の流れを演出するシーンには、なぜかほっとさせられる。
そこに時計の止まった、故里のただずまいがしっかりと残ってる。

<雨が連れてきた想いは、どこへ流れていくんだろう>
<刻の我侭に流されて、わたしは記憶の海にたどりつく>
<置き去りにされた刻の迷路の中で、物語はいまも続いている>

最近で異色のCMはやはり、広告の名手サントリーが手掛けた健康飲料水「ダカラ」の小便小僧の群像であろう。<「余分なものが出ているの?」「そんなわけないだろう。しかしその可能性は否定できない」>など一連のユニークで愉快な遣り取りの中に、さりげなくカラダバランス飲料のブランド名をからめていく。

小便小僧はパッケージの清潔感ある白を象徴しているらしい。
ペットボトルなどに白を使うことはタブーとされていたが、その禁じ手を敢えて使ったのは、女性スタッフの提案を取り上げたからだそうだ。
誰もが知っていて、その愛くるしい風貌から好感を持たれていることから、女性をターゲットにした商品コンセプトに、最もふさわしいキャラクターだと考え提案したそうだ。それにしても女性をターゲットとした商品に、よりによって小便小僧って発想は、進んでるなあ、イマドキの女の子は、っていうしかない。

あのCMの制作にはこんな裏話があるそうだ。
撮影はスタジオで行われたが、苦労したのは小便小僧から水が出るシーンで、木枠とシートで大きなプールをつくり、それぞれのカラダの下からコンプレッサーにつないだホースを入れ、「はいスタート」の声と一緒にコンプレッサーを回して水を出し、プールにたまった水が循環するという仕組みにした。しゃべり顔は、まず、小僧の顔の型に似ている人を選んで、その顔を撮影し、それを参考に編集作業で口を動かした。
ただ見ている分には面白いだけだが、その裏では大変な苦労をしていたようだ。

いいフレーズ


<モルトは深く味を整える。芳醇!清冽!なにも足さない、なにも引かない>(サントリーウイスキー山崎)
<恋は遠い日の花火ではない>(サントリー角瓶)
<そうだ京都、 いこう><「京」と「水」とでできた「涼」でした>(JR東海)、これらは悠揚迫らざるコマーシャルの名キャッチコピーの一節だ。

「はじめてなのに、なぜか懐かしい」をコンセプトにした大分二階堂焼酎のキャッチコピーは傑作ぞろい、鄙びた片田舎、臼杵の町を舞台に自然と刻(とき)の流れを演出するシーンには、なぜかほっとさせられる。
そこに時計の止まった、故里のただずまいがしっかりと残ってる。

<雨が連れてきた想いは、どこへ流れていくんだろう>
<刻の我侭に流されて、わたしは記憶の海にたどりつく>
<置き去りにされた刻の迷路の中で、物語はいまも続いている>

最近で異色のCMはやはり、広告の名手サントリーが手掛けた健康飲料水「ダカラ」の小便小僧の群像であろう。<「余分なものが出ているの?」「そんなわけないだろう。しかしその可能性は否定できない」>など一連のユニークで愉快な遣り取りの中に、さりげなくカラダバランス飲料のブランド名をからめていく。

小便小僧はパッケージの清潔感ある白を象徴しているらしい。
ペットボトルなどに白を使うことはタブーとされていたが、その禁じ手を敢えて使ったのは、女性スタッフの提案を取り上げたからだそうだ。
誰もが知っていて、その愛くるしい風貌から好感を持たれていることから、女性をターゲットにした商品コンセプトに、最もふさわしいキャラクターだと考え提案したそうだ。それにしても女性をターゲットとした商品に、よりによって小便小僧って発想は、進んでるなあ、イマドキの女の子は、っていうしかない。

あのCMの制作にはこんな裏話があるそうだ。
撮影はスタジオで行われたが、苦労したのは小便小僧から水が出るシーンで、木枠とシートで大きなプールをつくり、それぞれのカラダの下からコンプレッサーにつないだホースを入れ、「はいスタート」の声と一緒にコンプレッサーを回して水を出し、プールにたまった水が循環するという仕組みにした。しゃべり顔は、まず、小僧の顔の型に似ている人を選んで、その顔を撮影し、それを参考に編集作業で口を動かした。
ただ見ている分には面白いだけだが、その裏では大変な苦労をしていたようだ。

米式蹴球部


きょうは世間では御用収めの日、かってこの日はなんかせわしくて、そのくせ物悲しい日だったが、そんなこととは縁が遠くなった今日の日。
雲ひとつない紺碧の空、穏やかな陽光、微風に揺らめく色とりどりのゼラチャン、その強烈な自己主張の匂い、そんな日溜りの中でただ、ひたすら食い入るように空の青さを見つめてしまった。こんなにゆったりとした気分で正月を迎えられるなんて不思議な気がするなあ。

サッカーの語源はフットボール・アソシエイションを略しerを末尾につけたことに由来するようだが、サッカーの聖地、イングランドでは未だにフットボールと言ったほうが通りが良いそうだ。

今年1月に死去したサッカー・イングランド代表の名選手の死因が脳障害のためだったと検死の結果発表された。
このジェフ・アストルは1960年代に大活躍した選手で、イングランドリーグで137得点を上げ、とりわけその豪快なヘデイングシュートがトレードマークだった。当時のボールは革製で、現在のものより重く、水は染み込みやすいため、雨中戦では更に重さが増したといわれる。
まるでレンガの角に頭をぶつけていたようだと、未亡人が述懐している。

そうだろうなあ、頭を武器として使うスポーツなんて他にないもんなあ。ボクシングが脳障害を冒しやすいのと同じような危険があったんだ。
ボクサーは昔から、タコ八郎だとか、輪島功一だとか、ゴリラじゃなかったガッツ石松とか、一風変わったといえば聞こえがいいけど、パーでんねんな素材を輩出している。
こうなると、サッカーもほんとうに命がけの危険なスポーツなんだなってことがよく分かる。そういえば中山にも若干その素質が見られるようだけど、ヤッパその影響なんだろうかね。

「紺碧の空」っていえば、早稲田大学の応援歌だが、早稲田の体育部は数多の部が競い合っているが、サッカーの部名は米式蹴球部といい、ア式蹴球部はアメリカンフットボール、ラグビー蹴球部がラグビーと昔ながらの古いネーミングを頑固に踏襲している。
もっとも野球とラグビー以外はあまりパっとしないのはガッカリだけどね。
因みに慶大のサッカー部は慶応義塾体育会ソッカー部と、これまた古い。伝統の重みといえば聞えがいいけど、時代錯誤な気がしないでもない。

早稲田にはそのほかにも漕艇部、庭球部なんて古い名称が残っている。
さすがにバレーボール部が排球部、バスケットボール部が籠球部、ハンドボール部が送球部じゃなかったのは救いだったけれどネ。

米式蹴球部


きょうは世間では御用収めの日、かってこの日はなんかせわしくて、そのくせ物悲しい日だったが、そんなこととは縁が遠くなった今日の日。
雲ひとつない紺碧の空、穏やかな陽光、微風に揺らめく色とりどりのゼラチャン、その強烈な自己主張の匂い、そんな日溜りの中でただ、ひたすら食い入るように空の青さを見つめてしまった。こんなにゆったりとした気分で正月を迎えられるなんて不思議な気がするなあ。

サッカーの語源はフットボール・アソシエイションを略しerを末尾につけたことに由来するようだが、サッカーの聖地、イングランドでは未だにフットボールと言ったほうが通りが良いそうだ。

今年1月に死去したサッカー・イングランド代表の名選手の死因が脳障害のためだったと検死の結果発表された。
このジェフ・アストルは1960年代に大活躍した選手で、イングランドリーグで137得点を上げ、とりわけその豪快なヘデイングシュートがトレードマークだった。当時のボールは革製で、現在のものより重く、水は染み込みやすいため、雨中戦では更に重さが増したといわれる。
まるでレンガの角に頭をぶつけていたようだと、未亡人が述懐している。

そうだろうなあ、頭を武器として使うスポーツなんて他にないもんなあ。ボクシングが脳障害を冒しやすいのと同じような危険があったんだ。
ボクサーは昔から、タコ八郎だとか、輪島功一だとか、ゴリラじゃなかったガッツ石松とか、一風変わったといえば聞こえがいいけど、パーでんねんな素材を輩出している。
こうなると、サッカーもほんとうに命がけの危険なスポーツなんだなってことがよく分かる。そういえば中山にも若干その素質が見られるようだけど、ヤッパその影響なんだろうかね。

「紺碧の空」っていえば、早稲田大学の応援歌だが、早稲田の体育部は数多の部が競い合っているが、サッカーの部名は米式蹴球部といい、ア式蹴球部はアメリカンフットボール、ラグビー蹴球部がラグビーと昔ながらの古いネーミングを頑固に踏襲している。
もっとも野球とラグビー以外はあまりパっとしないのはガッカリだけどね。
因みに慶大のサッカー部は慶応義塾体育会ソッカー部と、これまた古い。伝統の重みといえば聞えがいいけど、時代錯誤な気がしないでもない。

早稲田にはそのほかにも漕艇部、庭球部なんて古い名称が残っている。
さすがにバレーボール部が排球部、バスケットボール部が籠球部、ハンドボール部が送球部じゃなかったのは救いだったけれどネ。
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