コジゼラ

よもやま話を雑文で

2003年05月

いい塩梅


5月最後の日だっちゅうに、台風4号の影響で朝から雨が降っている。梅雨前に台風が襲来し、各地で中規模の地震が多発しているのは吉兆を表してるとは思えないね。
さしずめ明日の日本ダービーはドロンコ馬場、正統派とはいえない重上手の馬が穴をあけることになるかもねえ。

風呂に入っていて、いい湯加減だったりすると、きょうの風呂はいい塩梅だねっていったりする。この塩と梅、日本料理のおいしい味を出す原点が塩と梅酢の配合によるものだったことから、日常語にも転用されるようになったようだ。

<あいついつもチンタラしてるなあ>なんて使われる、この「チンタラ」の語源は鹿児島発らしいね。いまじゃあ、あんまり使わなくなったけど、昔の芋焼酎の蒸留器はダンダン熱せられて高温になってくると、釜がチンチンと可愛い音を出し、蒸気となった焼酎アルコールは受け皿にタラーリ、タラーリとゆっくりと落ちてくる。このチンタラの描写がどういうわけか、悪い比喩に使われるようになった。思うに、現場に携わる杜氏には耐えられないくらい長い時間だったからに違いない。

得意な相手を「カモ」にするっていうけど、カモは鴨鍋にするのが一番うまいことから来ている。英語では「PIECE OF CAKE」、つまり食べやすいことから朝飯前ってことになったようで、どちらも「おいしい」「甘いから」を意味合いにする、相手を頭からなめきった言葉となったが、いずれも食べ物から発想されているのは興味深いよねえ。

「けんもほろろ」って言葉もよく使うけど、「けん」も「ほろろ」も雉の鳴き声のことで、これに邪険にするという意味の「けん」を掛けた言い回しなんだってねえ。雉も鳴かずば撃たれまいとか、野糞をすることを雉を撃つなんていうけど、雉はその姿形よりも過小評価されてたんだなあ。

「ピンからキリまで」のピンはポルトガル語のマイナスを意味するピンタ、キリはクルス(十字架)がその形からプラスの意味に転じたものに由来し、1から10までを意味する言葉として使われるようになった。キリシタン禁制の江戸時代に、どうしてこんな言葉が流行したのかわからないが、ポルトガルから伝来したカルタが流行し、そこから花札が生まれた経緯とも関係あるのかもね。

いい塩梅


5月最後の日だっちゅうに、台風4号の影響で朝から雨が降っている。梅雨前に台風が襲来し、各地で中規模の地震が多発しているのは吉兆を表してるとは思えないね。
さしずめ明日の日本ダービーはドロンコ馬場、正統派とはいえない重上手の馬が穴をあけることになるかもねえ。

風呂に入っていて、いい湯加減だったりすると、きょうの風呂はいい塩梅だねっていったりする。この塩と梅、日本料理のおいしい味を出す原点が塩と梅酢の配合によるものだったことから、日常語にも転用されるようになったようだ。

<あいついつもチンタラしてるなあ>なんて使われる、この「チンタラ」の語源は鹿児島発らしいね。いまじゃあ、あんまり使わなくなったけど、昔の芋焼酎の蒸留器はダンダン熱せられて高温になってくると、釜がチンチンと可愛い音を出し、蒸気となった焼酎アルコールは受け皿にタラーリ、タラーリとゆっくりと落ちてくる。このチンタラの描写がどういうわけか、悪い比喩に使われるようになった。思うに、現場に携わる杜氏には耐えられないくらい長い時間だったからに違いない。

得意な相手を「カモ」にするっていうけど、カモは鴨鍋にするのが一番うまいことから来ている。英語では「PIECE OF CAKE」、つまり食べやすいことから朝飯前ってことになったようで、どちらも「おいしい」「甘いから」を意味合いにする、相手を頭からなめきった言葉となったが、いずれも食べ物から発想されているのは興味深いよねえ。

「けんもほろろ」って言葉もよく使うけど、「けん」も「ほろろ」も雉の鳴き声のことで、これに邪険にするという意味の「けん」を掛けた言い回しなんだってねえ。雉も鳴かずば撃たれまいとか、野糞をすることを雉を撃つなんていうけど、雉はその姿形よりも過小評価されてたんだなあ。

「ピンからキリまで」のピンはポルトガル語のマイナスを意味するピンタ、キリはクルス(十字架)がその形からプラスの意味に転じたものに由来し、1から10までを意味する言葉として使われるようになった。キリシタン禁制の江戸時代に、どうしてこんな言葉が流行したのかわからないが、ポルトガルから伝来したカルタが流行し、そこから花札が生まれた経緯とも関係あるのかもね。

お浚い


先日の続きで恐縮だが、「お浚い」については、ちょっと長くなりそうなんだけど勘弁してね。「お浚い」っていうとドブ掃除のことかと勘違いされそうだが、さにあらず。
かって良家の子女が日本舞踊などを習っていると、ある日お師匠さんから「お浚いに出てみませんか?」と勧められる。総仕上げの練習だろうと思っていると、実はこれが発表会のことだと教えられ、驚いてしまうなんてことがあった。では本番でありながら、なぜこれを「お浚い」というのであろうか。

それは「女かぶき禁止令」とかかわっていて、寛永6年(1629)以降、女性は公開の場、劇場などの舞台に立つことを禁じられていた。 ところが、この法令は、当初の女かぶきを潰す目的は果たしたが、劇場側は、もっとしたたかで、女を一切使わない「女形」(おやま)という芸を開発完成させて、巧みに法の網を潜ってしまった。 この大ザル法によって大いに迷惑したのは、一般の女芸人たちで、練習という名目で公演活動せざるを得なかったのだ。だが皮肉なことに江戸時代ほど女性の「芸」が、物をいったときはなかった。

腰元奉公は武士の娘に限るという掟が空文化し、金の力で娘を大名家へ押し込む豪商が続々と現れた。娘に殿様のお手がつき、お世継ぎご誕生ともなれば、その豪商は大名の外祖父となり名字帯刀を許され、武家に出世できる。娘に稽古事をさせる親がふえ、豪商に出入する商人にも伝染し、豪商の若旦那あたりを標的に、娘のお尻をたたく中小企業がこれに続くようになった。

大名屋敷の奥向きでは、芝居の真似を腰元たちがやる、というのが流行し、指導に参上する師匠は、実演にあたっては、指導のほかに腰元では手に負えない役を助演するなど、大活躍をするようになった。 そうなると、腰元奉公と芸は、まさに表裏一体のものだから、親の力の入れ方も、おのずから違ってくる。どこかで発表会をやりたいが、前記の禁令があるので、しかるべき料亭を借り切り、酒肴を差し上げて、練習風景を見ていただく、ということになる。これがお浚いの原点なんである。(以上「観翁芝居噺」より)

お浚い


先日の続きで恐縮だが、「お浚い」については、ちょっと長くなりそうなんだけど勘弁してね。「お浚い」っていうとドブ掃除のことかと勘違いされそうだが、さにあらず。
かって良家の子女が日本舞踊などを習っていると、ある日お師匠さんから「お浚いに出てみませんか?」と勧められる。総仕上げの練習だろうと思っていると、実はこれが発表会のことだと教えられ、驚いてしまうなんてことがあった。では本番でありながら、なぜこれを「お浚い」というのであろうか。

それは「女かぶき禁止令」とかかわっていて、寛永6年(1629)以降、女性は公開の場、劇場などの舞台に立つことを禁じられていた。 ところが、この法令は、当初の女かぶきを潰す目的は果たしたが、劇場側は、もっとしたたかで、女を一切使わない「女形」(おやま)という芸を開発完成させて、巧みに法の網を潜ってしまった。 この大ザル法によって大いに迷惑したのは、一般の女芸人たちで、練習という名目で公演活動せざるを得なかったのだ。だが皮肉なことに江戸時代ほど女性の「芸」が、物をいったときはなかった。

腰元奉公は武士の娘に限るという掟が空文化し、金の力で娘を大名家へ押し込む豪商が続々と現れた。娘に殿様のお手がつき、お世継ぎご誕生ともなれば、その豪商は大名の外祖父となり名字帯刀を許され、武家に出世できる。娘に稽古事をさせる親がふえ、豪商に出入する商人にも伝染し、豪商の若旦那あたりを標的に、娘のお尻をたたく中小企業がこれに続くようになった。

大名屋敷の奥向きでは、芝居の真似を腰元たちがやる、というのが流行し、指導に参上する師匠は、実演にあたっては、指導のほかに腰元では手に負えない役を助演するなど、大活躍をするようになった。 そうなると、腰元奉公と芸は、まさに表裏一体のものだから、親の力の入れ方も、おのずから違ってくる。どこかで発表会をやりたいが、前記の禁令があるので、しかるべき料亭を借り切り、酒肴を差し上げて、練習風景を見ていただく、ということになる。これがお浚いの原点なんである。(以上「観翁芝居噺」より)

有閑マダム


有閑マダムって言葉ももはや死語になりそうだが、この言葉には若干品のよさって感じがあったけど、オバタリアンっとなると、こりゃあもうオバケそのもんだね。石原都知事がオバチャン不用論を吐いて物議を醸したけれど、とっても分かる気がするわい。

閑を持て余していて、やたら元気で図々しさが売り物のオバチャン軍団が、活躍の場を得て、全国各地から日替わりメニューで、連日大挙して東京目指して謂集しているらしいね。いわずとしれた新開発ビルに足跡を残し、みんなと同じ話題を共有しなきゃという強迫観念と、行ったという証拠写真を撮るためさ。

大規模都市再開発事業により、東京には暇つぶしには絶好の観光スポットが次々とヴェールを脱いでいる。まずは丸ビル、ついで塩留のシオサイト、そして六本木ヒルズ、もうすぐ品川駅港南口にもグランドコスモスという巨大空間が出現する。それらをざっと一回りしたら、今度は温泉テーマパークに入り浸る。こちらはただというわけにはいかないけど、色んな仕掛けがあって面白そう。お台場の「大江戸温泉物語」、東京ドームシテイの「スパラクーア」、そして豊島園の「庭の湯」もまもなくオープンするしなあ。

湯疲れしたら銀座を歩くだろうなあ。なんといったって天下の銀座は腐っても鯛、相次ぐ合併で閉鎖した銀行店舗跡地を、外資が次々と買収し自社ビルに改築の嵐、余波はまだ続いていて、いまや無国籍都市の象徴みたいになっちゃった。テイファニー、エルメス、グッチ、カルテイエ、プラダ、コーチ、アイグナー、フェロガモ、ソレル・ベリーネ、アルテイマーリなど、海外一流ブランドが軒を並べているし、三越、松屋、松坂屋、プランタン、西武、阪急などのデパートが目白押し、デパチカも充実してるしさあ。

かくして、どこへいってもオバタリアンで足の踏み場もない有様、無計画で衝動的な動きとあつかましさ、ひやかし専門で伝家の宝刀、おしゃべり皆伝ときているから、ペンペン草も生えないわけだ。町歩きをしていると、必ず名所旧跡のたぐいに行き当たることになるが、ここもオバタリアンの主戦場だ。
いま流行りの「ユピキタス」って言葉はいまいち分かりにくいから、どこにでも出没する「オバタリアン」って言い換えた方が、その概念はより一層普及するんじゃあないの。

有閑マダム


有閑マダムって言葉ももはや死語になりそうだが、この言葉には若干品のよさって感じがあったけど、オバタリアンっとなると、こりゃあもうオバケそのもんだね。石原都知事がオバチャン不用論を吐いて物議を醸したけれど、とっても分かる気がするわい。

閑を持て余していて、やたら元気で図々しさが売り物のオバチャン軍団が、活躍の場を得て、全国各地から日替わりメニューで、連日大挙して東京目指して謂集しているらしいね。いわずとしれた新開発ビルに足跡を残し、みんなと同じ話題を共有しなきゃという強迫観念と、行ったという証拠写真を撮るためさ。

大規模都市再開発事業により、東京には暇つぶしには絶好の観光スポットが次々とヴェールを脱いでいる。まずは丸ビル、ついで塩留のシオサイト、そして六本木ヒルズ、もうすぐ品川駅港南口にもグランドコスモスという巨大空間が出現する。それらをざっと一回りしたら、今度は温泉テーマパークに入り浸る。こちらはただというわけにはいかないけど、色んな仕掛けがあって面白そう。お台場の「大江戸温泉物語」、東京ドームシテイの「スパラクーア」、そして豊島園の「庭の湯」もまもなくオープンするしなあ。

湯疲れしたら銀座を歩くだろうなあ。なんといったって天下の銀座は腐っても鯛、相次ぐ合併で閉鎖した銀行店舗跡地を、外資が次々と買収し自社ビルに改築の嵐、余波はまだ続いていて、いまや無国籍都市の象徴みたいになっちゃった。テイファニー、エルメス、グッチ、カルテイエ、プラダ、コーチ、アイグナー、フェロガモ、ソレル・ベリーネ、アルテイマーリなど、海外一流ブランドが軒を並べているし、三越、松屋、松坂屋、プランタン、西武、阪急などのデパートが目白押し、デパチカも充実してるしさあ。

かくして、どこへいってもオバタリアンで足の踏み場もない有様、無計画で衝動的な動きとあつかましさ、ひやかし専門で伝家の宝刀、おしゃべり皆伝ときているから、ペンペン草も生えないわけだ。町歩きをしていると、必ず名所旧跡のたぐいに行き当たることになるが、ここもオバタリアンの主戦場だ。
いま流行りの「ユピキタス」って言葉はいまいち分かりにくいから、どこにでも出没する「オバタリアン」って言い換えた方が、その概念はより一層普及するんじゃあないの。

東京駅


一日の列車発着本数約4000本、総面積17万平米と日本一の規模を誇るJR東京駅には、実は二つの駅長室があるのはあまり知られていない。JR東日本とJR東海の二つの駅長が、それぞれの領域でしのぎを削っている。
14番線から19番線の東海道新幹線ホームと、それらの真下に位置する構内がJR東海の、それ以外はJR東日本の管轄になる。簡単にいえば八重洲口側は一部を除きJR東海の陣地となるわけだ。

東京駅には日本橋口改札が2ケ所あるが、23番線の東北新幹線ホーム真下の改札板にはJR東日本と標記され、19番線下の改札口にはJR東海と、しっかり表示されている。また、東海エリアにはJR東日本の駅弁は置いていないとか、水面下では激しいライバル争いが日夜行われているらしい。ちなみにJR東海が嫌いな向きは丸の内側の緑の窓口で、東海道新幹線のチケットを買えばいい、ということになる。

以下雑談になるが、茶道の有名な流派、表千家と裏千家はお茶を茶道にまで高めたことで知られる千利休の家柄のこと。利休の孫である宗旦は、隠居する際に自らが建て、守ってきた茶室「不審庵」を三男の宗左に譲り、この流れが現在の「表千家」になる。そして当の宗旦は同じ敷地内にさらに茶室を作り、四男の宗室と共に移った。こちらが「裏千家」となっている。もう1つ、次男の宗守が京都の武者小路に茶室を建てて受け継がれている「武者小路千家」を合わせて「三千家」と呼び、いずれも正統な千家茶道を継承しているとされている。

「月夜に釜を抜く」っていうのは「イロハカルタ」の中の一句だが、ガキの頃その意味が分からず、大人たちに聞くと、よく曖昧な笑いで誤魔化されたものだ。月夜とはにょうぼの月に一度のあれのことだし、釜は頭におをつけると、オカマとなる。そこから類推すると、亭主が催したんだけど、にょうぼのボボが使用不能なので、菊の座を狙ったのか、町へ出てオカマで抜いたのか、ってことになるわけだ。「割れ鍋に閉じ蓋」っていうのもイミシンな一句だけどね。

東京駅


一日の列車発着本数約4000本、総面積17万平米と日本一の規模を誇るJR東京駅には、実は二つの駅長室があるのはあまり知られていない。JR東日本とJR東海の二つの駅長が、それぞれの領域でしのぎを削っている。
14番線から19番線の東海道新幹線ホームと、それらの真下に位置する構内がJR東海の、それ以外はJR東日本の管轄になる。簡単にいえば八重洲口側は一部を除きJR東海の陣地となるわけだ。

東京駅には日本橋口改札が2ケ所あるが、23番線の東北新幹線ホーム真下の改札板にはJR東日本と標記され、19番線下の改札口にはJR東海と、しっかり表示されている。また、東海エリアにはJR東日本の駅弁は置いていないとか、水面下では激しいライバル争いが日夜行われているらしい。ちなみにJR東海が嫌いな向きは丸の内側の緑の窓口で、東海道新幹線のチケットを買えばいい、ということになる。

以下雑談になるが、茶道の有名な流派、表千家と裏千家はお茶を茶道にまで高めたことで知られる千利休の家柄のこと。利休の孫である宗旦は、隠居する際に自らが建て、守ってきた茶室「不審庵」を三男の宗左に譲り、この流れが現在の「表千家」になる。そして当の宗旦は同じ敷地内にさらに茶室を作り、四男の宗室と共に移った。こちらが「裏千家」となっている。もう1つ、次男の宗守が京都の武者小路に茶室を建てて受け継がれている「武者小路千家」を合わせて「三千家」と呼び、いずれも正統な千家茶道を継承しているとされている。

「月夜に釜を抜く」っていうのは「イロハカルタ」の中の一句だが、ガキの頃その意味が分からず、大人たちに聞くと、よく曖昧な笑いで誤魔化されたものだ。月夜とはにょうぼの月に一度のあれのことだし、釜は頭におをつけると、オカマとなる。そこから類推すると、亭主が催したんだけど、にょうぼのボボが使用不能なので、菊の座を狙ったのか、町へ出てオカマで抜いたのか、ってことになるわけだ。「割れ鍋に閉じ蓋」っていうのもイミシンな一句だけどね。

かんぴょう


中国や日本の食文化を考える時、いつもそう思うのだが、どうしてあんな異様なものを食すようななったんだろうか。調理法や味付けに工夫をこらし、美味にし立てた先人の知恵と味覚の凄さには感嘆せざるを得ない。

そうした水産物とは様子が違うんだけど、カンピョウについても同じような疑問を感じる。カンピョウは夕顔を収穫時にふくべを細長く皮をむき干したもので、中身は食べない。つまり皮だけを食べるわけで、この発想はどうして生まれたんだろうか。

干瓢は大好物の一つで、通ぶっていた頃、寿司屋のカウンターに座ると、まずカンピョウの手巻きを注文し、カンピョウの手巻きでラストオーダーとなった。初めての店では、カンピョウの味の出し方で、その店の良し悪しがだいたい判別できるし、酢飯のでき具合を判断するにも好都合だった。カンピョウの味付けは手間が掛かる割合には、あんまり人気がないから、寿司屋でもつい手抜きしてしまうところが多い。臭みを消し、煮過ぎないようにじっくりと自然の甘味を出させるのも、寿司職人の腕前の見せどころなのだ。ガリの手巻きもよく注文した。これまた、カンピョウ同様に、甘酸っぱさを出すためには手間隙掛かるからだ。

よくよく考えれば新鮮でいいネタがあれば、だれだって握れるわけだし、名人上手は必要ないかもしれないよね。寿司屋の腕前は作り物でこそ本領を発揮できるわけで、煮アナゴ、煮ハマグリ、光物、カンピョウ、ガリなどの味が本当は店の死命を制する。カンピョウとガリの手巻きだけで寿司屋の力量はほぼ判断できるから、まずけりゃ、予想できる干からびたアナゴなどは注文せずに、安物だけで終わりとする。

嬉しいことにカンピョウはいま健康食品として見直されていて、その優れた成分は動脈硬化、血圧、糖尿病などの生活習慣病の予防に役立つようだ。だからといって、いくら好物といっても、あの面倒な手続きをやってまで食べたいとは思わないね。百歩譲っても、スーパーで売られているカンピョウ巻きの方がいい。

かんぴょう


中国や日本の食文化を考える時、いつもそう思うのだが、どうしてあんな異様なものを食すようななったんだろうか。調理法や味付けに工夫をこらし、美味にし立てた先人の知恵と味覚の凄さには感嘆せざるを得ない。

そうした水産物とは様子が違うんだけど、カンピョウについても同じような疑問を感じる。カンピョウは夕顔を収穫時にふくべを細長く皮をむき干したもので、中身は食べない。つまり皮だけを食べるわけで、この発想はどうして生まれたんだろうか。

干瓢は大好物の一つで、通ぶっていた頃、寿司屋のカウンターに座ると、まずカンピョウの手巻きを注文し、カンピョウの手巻きでラストオーダーとなった。初めての店では、カンピョウの味の出し方で、その店の良し悪しがだいたい判別できるし、酢飯のでき具合を判断するにも好都合だった。カンピョウの味付けは手間が掛かる割合には、あんまり人気がないから、寿司屋でもつい手抜きしてしまうところが多い。臭みを消し、煮過ぎないようにじっくりと自然の甘味を出させるのも、寿司職人の腕前の見せどころなのだ。ガリの手巻きもよく注文した。これまた、カンピョウ同様に、甘酸っぱさを出すためには手間隙掛かるからだ。

よくよく考えれば新鮮でいいネタがあれば、だれだって握れるわけだし、名人上手は必要ないかもしれないよね。寿司屋の腕前は作り物でこそ本領を発揮できるわけで、煮アナゴ、煮ハマグリ、光物、カンピョウ、ガリなどの味が本当は店の死命を制する。カンピョウとガリの手巻きだけで寿司屋の力量はほぼ判断できるから、まずけりゃ、予想できる干からびたアナゴなどは注文せずに、安物だけで終わりとする。

嬉しいことにカンピョウはいま健康食品として見直されていて、その優れた成分は動脈硬化、血圧、糖尿病などの生活習慣病の予防に役立つようだ。だからといって、いくら好物といっても、あの面倒な手続きをやってまで食べたいとは思わないね。百歩譲っても、スーパーで売られているカンピョウ巻きの方がいい。
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