コジゼラ

よもやま話を雑文で

2003年08月

いろいろ


晴れ間が何日もない、中途半端な天気に右往左往させられた8月だった。普段涼しすぎたので、きのうのような暑さを物凄いそれと勘違いし、大嫌いなクーラーをつけたのが運のつき、風邪を引いたまま、9月を迎える破目になってしまったよ。まったくついてないよ、ハ!ハ!ハクショーイ、もう一つおまけにハクショーイときたもんだ。

日本古来の色名は白、黒、赤、青の4種しかない。これらは全て「白い」などのように「い」をつけた形容詞として使われ、区別されている。「茜」とか「紫」などの色名は、染料として利用した植物名をそのまま使い「い」はつかない。

江戸時代には奢侈禁止令などが何度か布告され、華やかだった元禄時代以後は、もっぱら地味な色の開発が進んできた。太平の時代が続き、武士の無力化が進む一方で、富を蓄えた町人文化へと移行したことも、その背景にある。落語に出てくるような表地は地味な装いながら、裏地は派手な花色木綿だなんて揶揄が生まれてくるのも、そうした時代の風潮を皮肉っているのだろう。

そのような時代背景の中で、黒や白、灰色など暗色系の色の開発が急速に進み、色は地味だけど、生地を絽や縮など凝ったものを使用するなど、江戸時代の町人文化では、粋でいなせな色調が大流行するようになった。当然のことながら、これら暗色系の色数は飛躍的に多くなるのである。そのような黒や灰色の幾つかを羅列してみる。

灰汁色(あくいろ)、灰汁のような色。薄墨色(うすずみいろ)、喪服の染色や喪に関する文字の墨色。空五倍子色(うつぶしいろ)、白にかわの葉に出来る五倍子(虫こぶ)で染めた薄い黒色。銀鼠(ぎんねず)、銀色を帯びた鼠色、シルバーグレー、ぎんねずみ。涅色(くりいろ)、涅(黒土)。黒色また褐色を帯びた黒色。漆黒(しっこく)、黒漆を塗ったような光沢のある黒色、真っ黒。鈍色(にびいろ)、濃い鼠色、むかし喪服に用いた色。鼠色(ねずいろ)、鼠の毛色のような淡い黒色、灰色、グレー。
その他、利休鼠色、藍海松色(あいみる)、木賊色(とくさ)、群青(ぐんじょう)など、ほかの色を混ぜ合わせた微妙な色合いのものも多い。

空五倍色は色名の中でももっとも難読の部類にはいるだろうな。ウルシ科ヌルデという木の枝にアブラムシ科の昆虫が寄生し、枝に虫瘤を作る。これを五倍子(ふし)と呼び、中が空洞であるので「空」がついて空五倍子(うつぶし)となる。この瘤には大量のタンニンが含まれているので、薬用や染料に利用されてきた。鉄片を酢等の酸に浸けた「鉄漿(かね)」を媒染にして五倍子を歯に塗りつけたのが、昔の既婚女性の風習「お歯黒」だった。

いろいろ


晴れ間が何日もない、中途半端な天気に右往左往させられた8月だった。普段涼しすぎたので、きのうのような暑さを物凄いそれと勘違いし、大嫌いなクーラーをつけたのが運のつき、風邪を引いたまま、9月を迎える破目になってしまったよ。まったくついてないよ、ハ!ハ!ハクショーイ、もう一つおまけにハクショーイときたもんだ。

日本古来の色名は白、黒、赤、青の4種しかない。これらは全て「白い」などのように「い」をつけた形容詞として使われ、区別されている。「茜」とか「紫」などの色名は、染料として利用した植物名をそのまま使い「い」はつかない。

江戸時代には奢侈禁止令などが何度か布告され、華やかだった元禄時代以後は、もっぱら地味な色の開発が進んできた。太平の時代が続き、武士の無力化が進む一方で、富を蓄えた町人文化へと移行したことも、その背景にある。落語に出てくるような表地は地味な装いながら、裏地は派手な花色木綿だなんて揶揄が生まれてくるのも、そうした時代の風潮を皮肉っているのだろう。

そのような時代背景の中で、黒や白、灰色など暗色系の色の開発が急速に進み、色は地味だけど、生地を絽や縮など凝ったものを使用するなど、江戸時代の町人文化では、粋でいなせな色調が大流行するようになった。当然のことながら、これら暗色系の色数は飛躍的に多くなるのである。そのような黒や灰色の幾つかを羅列してみる。

灰汁色(あくいろ)、灰汁のような色。薄墨色(うすずみいろ)、喪服の染色や喪に関する文字の墨色。空五倍子色(うつぶしいろ)、白にかわの葉に出来る五倍子(虫こぶ)で染めた薄い黒色。銀鼠(ぎんねず)、銀色を帯びた鼠色、シルバーグレー、ぎんねずみ。涅色(くりいろ)、涅(黒土)。黒色また褐色を帯びた黒色。漆黒(しっこく)、黒漆を塗ったような光沢のある黒色、真っ黒。鈍色(にびいろ)、濃い鼠色、むかし喪服に用いた色。鼠色(ねずいろ)、鼠の毛色のような淡い黒色、灰色、グレー。
その他、利休鼠色、藍海松色(あいみる)、木賊色(とくさ)、群青(ぐんじょう)など、ほかの色を混ぜ合わせた微妙な色合いのものも多い。

空五倍色は色名の中でももっとも難読の部類にはいるだろうな。ウルシ科ヌルデという木の枝にアブラムシ科の昆虫が寄生し、枝に虫瘤を作る。これを五倍子(ふし)と呼び、中が空洞であるので「空」がついて空五倍子(うつぶし)となる。この瘤には大量のタンニンが含まれているので、薬用や染料に利用されてきた。鉄片を酢等の酸に浸けた「鉄漿(かね)」を媒染にして五倍子を歯に塗りつけたのが、昔の既婚女性の風習「お歯黒」だった。

メガネ


「世界中どこへ行っても、未だかってお金を払ってタクシーに乗ったことがない」と豪語する人がいる。この人ってすごいなあって、ついうらやましくなって恐る恐る聞いてみたら、「降りるときに払っているから」だってさ。

世界最古の民族宗教の一つであるヒンズー教には特定の開祖や経典もないが、インドでは人口の80%がいまなお信仰している。日本ではあんまり目立っていない宗教だが、どんな宗教でも抵抗なく受け入れるのが日本人の特長だから、なんらかの影響を及ぼしてるんじゃないかって調べてみたら、やっぱりあった、ありましたよ。室町時代から始まった七福神信仰には、ヒンズー教の影響が強く出ているようだ。弁天様として親しまれている美貌の女神、弁財天はサラスヴァデイという女神、大黒様はヒンズー教三大主神の一つ、シヴァ神だ。護摩を焚いたり、先祖信仰などの習慣もヒンズー教が起源なのだ。

先頃、東風とらとしては望外の大金を払わされた新調のメガネがいま一つしっくりこないまま、お蔵入りしてしまって久しい。しゃあないから10数年前に作ったオールドファッションのメガネを愛用せざるを得ない。考えてみればもったいない投資だったなあ。
近視と乱視だけのレンズにしときゃあよかったのに、遠近両用にし、レンズに薄い色をつけた。デジタルやコンピューターを使った最新設備と称される検眼器械が誤ったデータを作り出してしまったのはまったくの誤算だったよなあ。

家では百均で買った老眼鏡を愛用しているが、このメガネのいいところは使いやすいだけでなく、適当な時期にほどよく壊れてくれることだ。いまじゃあ、あちこちに置いておき、例えば茶の間で新聞を読んでいて、居間に移ったら、別の老眼鏡がまっているという次第で、色んなデザインや形を楽しめる。時々メガネをかけたまま移動し、泡を食うなんてことがしょっちゅう起きるのが難点ではあるけどね。

先週一月に一階の病院眼科で検眼の際、担当者に百均の老眼鏡を自慢したら、とんでもない、目を悪くしますよって言われた。やはりそうだろうなあと納得しつつも、腹の中では、彼の言うことはあんまり信用できないなあとも思っていた。だって、彼は一流メガネ店からの派遣社員なんだもん?帰り道百均でまた二つの老眼鏡を買ってしまったがバカは死んでも直らないって、広沢虎蔵が唸っていたっけなあ。蛇足ながらスペイン語でバカは雌牛、アホはにんにくのことだそうだ。

メガネ


「世界中どこへ行っても、未だかってお金を払ってタクシーに乗ったことがない」と豪語する人がいる。この人ってすごいなあって、ついうらやましくなって恐る恐る聞いてみたら、「降りるときに払っているから」だってさ。

世界最古の民族宗教の一つであるヒンズー教には特定の開祖や経典もないが、インドでは人口の80%がいまなお信仰している。日本ではあんまり目立っていない宗教だが、どんな宗教でも抵抗なく受け入れるのが日本人の特長だから、なんらかの影響を及ぼしてるんじゃないかって調べてみたら、やっぱりあった、ありましたよ。室町時代から始まった七福神信仰には、ヒンズー教の影響が強く出ているようだ。弁天様として親しまれている美貌の女神、弁財天はサラスヴァデイという女神、大黒様はヒンズー教三大主神の一つ、シヴァ神だ。護摩を焚いたり、先祖信仰などの習慣もヒンズー教が起源なのだ。

先頃、東風とらとしては望外の大金を払わされた新調のメガネがいま一つしっくりこないまま、お蔵入りしてしまって久しい。しゃあないから10数年前に作ったオールドファッションのメガネを愛用せざるを得ない。考えてみればもったいない投資だったなあ。
近視と乱視だけのレンズにしときゃあよかったのに、遠近両用にし、レンズに薄い色をつけた。デジタルやコンピューターを使った最新設備と称される検眼器械が誤ったデータを作り出してしまったのはまったくの誤算だったよなあ。

家では百均で買った老眼鏡を愛用しているが、このメガネのいいところは使いやすいだけでなく、適当な時期にほどよく壊れてくれることだ。いまじゃあ、あちこちに置いておき、例えば茶の間で新聞を読んでいて、居間に移ったら、別の老眼鏡がまっているという次第で、色んなデザインや形を楽しめる。時々メガネをかけたまま移動し、泡を食うなんてことがしょっちゅう起きるのが難点ではあるけどね。

先週一月に一階の病院眼科で検眼の際、担当者に百均の老眼鏡を自慢したら、とんでもない、目を悪くしますよって言われた。やはりそうだろうなあと納得しつつも、腹の中では、彼の言うことはあんまり信用できないなあとも思っていた。だって、彼は一流メガネ店からの派遣社員なんだもん?帰り道百均でまた二つの老眼鏡を買ってしまったがバカは死んでも直らないって、広沢虎蔵が唸っていたっけなあ。蛇足ながらスペイン語でバカは雌牛、アホはにんにくのことだそうだ。

紀尾井坂


先日、道灌山方向から谷中に向かって歩いていたら、狭くて急な坂に出くわした。右側が高い土塀で覆われ、左側だけが見通せる坂を、お年寄りがゆっくりゆっくりと上っていた。田端から上野にかけては地形が馬の背のようになっているから、切り通しが多く、急坂も数多く見られる。どういうわけか、坂とお年寄は一見ミスマッチに見えそうだけど、非常に情緒があって絵になる光景だねえ。逆説的だが、地下鉄のエレベーターへ真っ先に飛び込むのが、若い連中だという現象と奇妙にダブって見えてしまう。

東京の坂といえば橋に次いで訪ね歩きたい被写体だなあ。東京はいたるところ青山ありじゃあなかった、坂ありだからある程度絞り込まなきゃならないが、やはり江戸の匂いや文化の香りが残っているとこがいい。そうなると谷中、本郷、麻布近辺と、むかし歩いた早稲田から関口台町界隈に絞られてくる。御殿坂、三崎坂、善光寺坂、団子坂、三浦坂、弥生坂、本郷菊坂、真砂坂、炭団坂、鐙坂、暗闇坂、あげだしたらきりがないね。

この字型に折れ曲がった長い坂がある。赤坂の紀尾井坂である。語呂合わせにしては、ところにぴったりと合った上品な雰囲気を感じられる命名である。千代田区紀尾井町はニューオータニ、赤坂プリンスホテル、上智大学などがある一等地だが、この町名は江戸時代からこの地にあった紀尾井坂の名前にちなんで名付けられた。ところで、この紀尾井坂の由来は坂の両側に中屋敷を構えていた大名家、紀州徳川家、尾張徳川家、井伊家の頭文字をつなげたものなんだそうだ。ただしこの紀尾井坂という名前は江戸時代には俗称としてつけられ、正式には「清水坂」と呼んでいた。明治の元勲、大久保利通が暗殺された場所でもある。

東京はすっかり近代的に装備されちまっているので、いくら由緒があるとかいっても、車の往来が激しく、広く拡幅されているような坂は、情緒もクソもないから敬遠せざるを得ないね。
例えば谷中辺り、団子坂とか、御殿坂、三崎坂など幹線道路になっている坂は捨てるとして、その周辺にある名もない小さな坂をいきおい激写することになる。坂の写真を撮るのはとっても辛い作業になるから、熱暑を迎えるこれからの季節は遠慮せざる終えない。せめて秋口になってからでもおっ始めようかなって思っている。

紀尾井坂


先日、道灌山方向から谷中に向かって歩いていたら、狭くて急な坂に出くわした。右側が高い土塀で覆われ、左側だけが見通せる坂を、お年寄りがゆっくりゆっくりと上っていた。田端から上野にかけては地形が馬の背のようになっているから、切り通しが多く、急坂も数多く見られる。どういうわけか、坂とお年寄は一見ミスマッチに見えそうだけど、非常に情緒があって絵になる光景だねえ。逆説的だが、地下鉄のエレベーターへ真っ先に飛び込むのが、若い連中だという現象と奇妙にダブって見えてしまう。

東京の坂といえば橋に次いで訪ね歩きたい被写体だなあ。東京はいたるところ青山ありじゃあなかった、坂ありだからある程度絞り込まなきゃならないが、やはり江戸の匂いや文化の香りが残っているとこがいい。そうなると谷中、本郷、麻布近辺と、むかし歩いた早稲田から関口台町界隈に絞られてくる。御殿坂、三崎坂、善光寺坂、団子坂、三浦坂、弥生坂、本郷菊坂、真砂坂、炭団坂、鐙坂、暗闇坂、あげだしたらきりがないね。

この字型に折れ曲がった長い坂がある。赤坂の紀尾井坂である。語呂合わせにしては、ところにぴったりと合った上品な雰囲気を感じられる命名である。千代田区紀尾井町はニューオータニ、赤坂プリンスホテル、上智大学などがある一等地だが、この町名は江戸時代からこの地にあった紀尾井坂の名前にちなんで名付けられた。ところで、この紀尾井坂の由来は坂の両側に中屋敷を構えていた大名家、紀州徳川家、尾張徳川家、井伊家の頭文字をつなげたものなんだそうだ。ただしこの紀尾井坂という名前は江戸時代には俗称としてつけられ、正式には「清水坂」と呼んでいた。明治の元勲、大久保利通が暗殺された場所でもある。

東京はすっかり近代的に装備されちまっているので、いくら由緒があるとかいっても、車の往来が激しく、広く拡幅されているような坂は、情緒もクソもないから敬遠せざるを得ないね。
例えば谷中辺り、団子坂とか、御殿坂、三崎坂など幹線道路になっている坂は捨てるとして、その周辺にある名もない小さな坂をいきおい激写することになる。坂の写真を撮るのはとっても辛い作業になるから、熱暑を迎えるこれからの季節は遠慮せざる終えない。せめて秋口になってからでもおっ始めようかなって思っている。

運気


狭い場所にじっとかがみこんで、ひたすら神のお告げを待つ。つまり、運賦天賦を神に任せて運気の訪れを待つのだ。運気が満ちてくると、ニュートンのリンゴが落ちるのを待つように、引力の法則を適用することになる。なんのことだって?狭い場所っていうのは、むろんトイレ、かがみこむのは便座のことなんだけどね。

最近、肉体的にはすべてが順調で恐いようなんだけど、唯一気に入らないのが便秘気味なことなんだ。雨降って痔固まるっていうけれど、体内のウンチ製造工場が狂っているらしく、こちこちに固まったウサギの雲古みたいな奴が出てくるのだ。情けないったらありゃあしないのだが、最近ちょっと悟ることがあって、やたらと力み返るのを止めて、引力の法則に従うことにしたわけなんだ。

古い友人が大腸ガンで手術したなんて話もあって、ややナーバスになってはいるんだけど、頑固に凝縮された小さな塊でも出てくれれば、痛いのは我慢するとして、やはりほっとするね。幸い毎日運気は訪れてはくれるんだが、如何せん、時間が掛かるから、狭い場所にこもる時間が多くなる。いままで原稿のアイデアなんかはもっぱら風呂の中だったけど、これからはトイレにメモ帖とシャープペンシルを持ち込んで、アイデアを練ることにしようかなって思っているんだが、これこそ運のつきっていうんだろうなあ。

にょうぼの親友や妹が旦那を亡くして数年経ち、すっかり若返り、生き生きとしてメリーウイドウを楽しんでいるのを見るにつけ、うちのにょうぼにも早く陽気な未亡人の仲間入りさせてあげたいって気も大いにあるんだけど、まさか下の病気でそんなことになるんじゃあ、目も当てられないし、悔いも残るしなあ。

裏っていえば、きのうか、おとといの「花おりおり」にソウタンムクゲって花が紹介されていたけど、このソウタンって名前、この花を茶花として取り上げた千宗丹に由来しているそうだ。茶道の有名な流派に表千家と裏千家とがあるが、千家というのはお茶を茶道にまで高めた千利休の家柄のことである。門外漢として、いつも不思議に思っているのだが、この表とか裏とはいったいなんなんだろうか。

これは簡単に言えば茶室の場所のことで、利休の孫である宗旦は、隠居する際に自らが建て、守ってきた茶室「不審庵」を三男の宗左に譲り、この流れが現在の「表千家」になる。そして当の宗旦は同じ敷地内にさらに茶室を作り、四男の宗室と共に移った。こちらが「裏千家」となっている。もう1つ、次男の宗守が京都の武者小路に茶室を建てて受け継がれている「武者小路千家」を合わせて「三千家」と呼び、現在はいずれも正統な千家茶道を継承しているとされている。なるほどなあ。

運気


狭い場所にじっとかがみこんで、ひたすら神のお告げを待つ。つまり、運賦天賦を神に任せて運気の訪れを待つのだ。運気が満ちてくると、ニュートンのリンゴが落ちるのを待つように、引力の法則を適用することになる。なんのことだって?狭い場所っていうのは、むろんトイレ、かがみこむのは便座のことなんだけどね。

最近、肉体的にはすべてが順調で恐いようなんだけど、唯一気に入らないのが便秘気味なことなんだ。雨降って痔固まるっていうけれど、体内のウンチ製造工場が狂っているらしく、こちこちに固まったウサギの雲古みたいな奴が出てくるのだ。情けないったらありゃあしないのだが、最近ちょっと悟ることがあって、やたらと力み返るのを止めて、引力の法則に従うことにしたわけなんだ。

古い友人が大腸ガンで手術したなんて話もあって、ややナーバスになってはいるんだけど、頑固に凝縮された小さな塊でも出てくれれば、痛いのは我慢するとして、やはりほっとするね。幸い毎日運気は訪れてはくれるんだが、如何せん、時間が掛かるから、狭い場所にこもる時間が多くなる。いままで原稿のアイデアなんかはもっぱら風呂の中だったけど、これからはトイレにメモ帖とシャープペンシルを持ち込んで、アイデアを練ることにしようかなって思っているんだが、これこそ運のつきっていうんだろうなあ。

にょうぼの親友や妹が旦那を亡くして数年経ち、すっかり若返り、生き生きとしてメリーウイドウを楽しんでいるのを見るにつけ、うちのにょうぼにも早く陽気な未亡人の仲間入りさせてあげたいって気も大いにあるんだけど、まさか下の病気でそんなことになるんじゃあ、目も当てられないし、悔いも残るしなあ。

裏っていえば、きのうか、おとといの「花おりおり」にソウタンムクゲって花が紹介されていたけど、このソウタンって名前、この花を茶花として取り上げた千宗丹に由来しているそうだ。茶道の有名な流派に表千家と裏千家とがあるが、千家というのはお茶を茶道にまで高めた千利休の家柄のことである。門外漢として、いつも不思議に思っているのだが、この表とか裏とはいったいなんなんだろうか。

これは簡単に言えば茶室の場所のことで、利休の孫である宗旦は、隠居する際に自らが建て、守ってきた茶室「不審庵」を三男の宗左に譲り、この流れが現在の「表千家」になる。そして当の宗旦は同じ敷地内にさらに茶室を作り、四男の宗室と共に移った。こちらが「裏千家」となっている。もう1つ、次男の宗守が京都の武者小路に茶室を建てて受け継がれている「武者小路千家」を合わせて「三千家」と呼び、現在はいずれも正統な千家茶道を継承しているとされている。なるほどなあ。

間抜け

世界陸上が始まったのはいいが、前置きばかりが長く、ダラダラと際限なく見せられるのには参ってしまう。今にも始まりそうだったハンマー投げも、室伏広治が最後の一投を投げ終わったのは午前2時半過ぎだった。マスコミのテンションが高い時ほど結果が伴わないことが多いんだけど、案の定、室伏はブロンズコレクターで終わった。本年度世界最高記録を持つ室伏は大会前に左手を負傷、出場すら危ぶまれていたくらいだから、むしろ当然の結果だったと思うが、解説者の感情論一辺倒の偏った解説も不愉快だったし、総合司会者、織田裕二のピント外れの熱狂振りはお愛敬とはいえ、五月蝿いばっかりだ。

皮肉なことに、世界体操でまったくノーマークだった鹿島丈博が、得意のあん馬で種目別金メダルを獲得した余勢をかって、鉄棒でも2ケ目の金メダルをもぎ取ってしまった。本命視された塚原直也は個人総合や種目別で、前半好位置につけながら、見せ場で相次いで落下、相も変わらず本番で弱いところを暴露してしまった。

世界の室伏だが、投げ終わるたんびに、スタンド上部で観戦している父親が階段を駆け下りてきて、息子を呼び止め大声でアドバイスしてた。父子鷹といえば聞こえがいいけど、世界的な名選手となった息子としては、いかに情けない光景だった。そういえば塚原の父親、塚原光男も女子監督の立場ながら、息子にアドバイスするのが目立っていた。世界的名選手(つまり息子)に余計なプレッシャーを与える親バカチャンリンも、あまりにも度を過ぎてしまうと、かえって滑稽に見えてしまうよなあ。

先日、川越の氷川神社で毎年行われる薪能を見に行った。以前より能舞台は退屈極まりないとの思いは強かったが、改めて、その認識を新たにした。様式美だとか全てを殺ぎ落とした簡潔美だとかいわれているが、つまらないことは間違いなく、町人文化が流行った江戸時代中期以降に、衰退したのも分かる気がする。「序破急」っていう言葉は立派だが、静から動に移る決定的な瞬間がいかにも緩慢なのは、人一倍せっかちで、気の短い下町っ子には、かったるいことおびただしい。

能の舞台はつまらなかったけど、つづみの音の素晴らしさには陶酔した。後半には目を閉じてつづみの音だけに聞きほれていたが、にょうぼは居眠りしてると勘違いしたようだ。「かあん、かあん、いようっ」。「かあん、かあん、ぽん、ぽん、いよーっと」。とりわけ大づつみは心の奥底をえぐるような鋭い音がする。なぜか分からないけれど、大きな川の流れを悠々と下っていく小舟で、揺られているような気分になってくる。


間抜け

世界陸上が始まったのはいいが、前置きばかりが長く、ダラダラと際限なく見せられるのには参ってしまう。今にも始まりそうだったハンマー投げも、室伏広治が最後の一投を投げ終わったのは午前2時半過ぎだった。マスコミのテンションが高い時ほど結果が伴わないことが多いんだけど、案の定、室伏はブロンズコレクターで終わった。本年度世界最高記録を持つ室伏は大会前に左手を負傷、出場すら危ぶまれていたくらいだから、むしろ当然の結果だったと思うが、解説者の感情論一辺倒の偏った解説も不愉快だったし、総合司会者、織田裕二のピント外れの熱狂振りはお愛敬とはいえ、五月蝿いばっかりだ。

皮肉なことに、世界体操でまったくノーマークだった鹿島丈博が、得意のあん馬で種目別金メダルを獲得した余勢をかって、鉄棒でも2ケ目の金メダルをもぎ取ってしまった。本命視された塚原直也は個人総合や種目別で、前半好位置につけながら、見せ場で相次いで落下、相も変わらず本番で弱いところを暴露してしまった。

世界の室伏だが、投げ終わるたんびに、スタンド上部で観戦している父親が階段を駆け下りてきて、息子を呼び止め大声でアドバイスしてた。父子鷹といえば聞こえがいいけど、世界的な名選手となった息子としては、いかに情けない光景だった。そういえば塚原の父親、塚原光男も女子監督の立場ながら、息子にアドバイスするのが目立っていた。世界的名選手(つまり息子)に余計なプレッシャーを与える親バカチャンリンも、あまりにも度を過ぎてしまうと、かえって滑稽に見えてしまうよなあ。

先日、川越の氷川神社で毎年行われる薪能を見に行った。以前より能舞台は退屈極まりないとの思いは強かったが、改めて、その認識を新たにした。様式美だとか全てを殺ぎ落とした簡潔美だとかいわれているが、つまらないことは間違いなく、町人文化が流行った江戸時代中期以降に、衰退したのも分かる気がする。「序破急」っていう言葉は立派だが、静から動に移る決定的な瞬間がいかにも緩慢なのは、人一倍せっかちで、気の短い下町っ子には、かったるいことおびただしい。

能の舞台はつまらなかったけど、つづみの音の素晴らしさには陶酔した。後半には目を閉じてつづみの音だけに聞きほれていたが、にょうぼは居眠りしてると勘違いしたようだ。「かあん、かあん、いようっ」。「かあん、かあん、ぽん、ぽん、いよーっと」。とりわけ大づつみは心の奥底をえぐるような鋭い音がする。なぜか分からないけれど、大きな川の流れを悠々と下っていく小舟で、揺られているような気分になってくる。


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