コジゼラ

よもやま話を雑文で

2005年06月

付加価値

ハナショウブ6月30日(木)

大手スーパーのイトーヨーカ堂が先日発表した05年2月期決算は単体の売上高が前期比1.4%減の1兆4735億円、営業利益は63.5%減の88億円と大幅に落ち込んだ。本業の総合スーパー(GMS)の不振が響いたもので、GMS事業では、食料品は堅調だったものの、衣料・住居用品が不振から脱却できなかった。(朝日新聞)

当然だと思ってこの記事を読んだね。例えばヨーカドーの、男性衣料品売り場をのぞいてみると、確かにシャツにしろパンツ、ジャンパーにしろ、数多く商品が並んではいる。だけど、悪いけど、欲しいなあって思う商品が極めて少ない。値段も必ずしも手頃とはいえないし、まずセンスがとても欠けている。ヨーカドーの付加価値、つまり利益ばかりを追求しているが、消費者の付加価値、つまり満足度をまるで満たしていないのだ。自分の利益ばかり追求しているから、仏作って魂入れずの製品作りになってしまっている。ヨーカドーに限らず、破滅したダイエーにしても然り、ジャスコも同じような経営者の考え方だ。

ゴテゴテ余計なものをつけて価格を水増しする、そして付加価値っていえば聞こえはいいが儲けを多くする。これは決して消費者のニーズとはいえないよ、あくまでも売る側の一方的なニーズに他ならない。例えば、電子辞書、欲しいのは広辞苑と英和、和英、ことわざ、四文字熟語程度で十分なのに、36種類ものソフトが入っているのが売りで、値段も当然高くなっている。旅行しない人間には韓国語も中国語もスペイン語もまったく無用の長物だし、レシピ、冠婚葬祭に至ってはまったく余計なお世話だ。携帯電話にしてもしかり、パソコン、デジカメ、ビデオにしてもしかり、多機能ばっかりをうたい文句にして、やたら余計なものをつけてくる。そのために無駄な時間と労力をかけさせられ、あげくのはて、本当に使いたいものさえ、どうやっていいのか分からず右往左往させられる。

それと、新製品を買うと必ずついてくるのが、あの分厚い説明書、あれは説明書じゃなくて、混迷と迷路へのいざない書だ。読めば読むほど分からなくなるのも、各社共通している。要するにお客に分かってもらえることより、与えられた膨大なページ数を以下に早くこなすかに重点が置かれているから、たまったもんじゃない。分厚い解説書がただでさえ狭い書斎に、埃を被って山積みされているのを見るたんび、不愉快な気持ちになる。

古稀

マーガレット6月29日(水)
(マーガレット・ベランダ)

ことし、精一杯花を咲かせてくれた宿根草の剪定をしながら、「今年もよくやってくれたね。来年も頼むよ」って声をかけながら、ベランダの隅に片付けている。来年、この花たちが咲くのを見る頃には古稀になっているんだと思うと、なんだか切なくなってくる。コキコキできないまま古稀になってしまうのも、うらぶれてものさびしい思いがする。大酒を食らうと、翌日は間違いなく体調不良に陥っており、簡単に回復しないのも口惜しいね。まあ、1晩の酒で3日分ぐらいは二日酔いの気分でいられるんだから、有難いっていえば、それもそうだけどね。

ことしは、日頃の養生がよかったのか、いつになく花がよく咲いた。今年初めて咲いた花も幾つかあったし、例年よりも大きく鮮やかに咲いてくれた花も多かった。春先に購入した株も概ね見事に咲いてくれた。今年我が家で初めて越冬するラナンキュラス、プリムラ・ポリアンサス、ボケなどは期待に応えてくれるだろうか、不安も一杯である。今年既に2回も剪定したゼラチャン、ベゴニアはもう3度目の花を咲かせようとしている。勝手知った我が家っていう感じで、すこぶるタフだし、こちらも気楽に対応できるのが有難い。

今年はじめて咲いた花で、ユキノシタとパンダ・ゼラニュームは絶品だったね。ユキノシタの花そのものはよく知っているけど、我が家に咲いたということがすごいことで、なんと12年振りだったのである。どこにでもある雑草だが、変な意地を張って頑固に花を咲かすことを拒んでいたっていうのに、いったいどうした風の吹き回しだったんだろうか。それにしても改めて観察したら、小花なれど品よく、カラーバランスが見事に調和しているのに改めて目を見張る思いだった。

バンダゼラはダメと知りつつ、ついつい注文してしまう生協のカタログ注文分のうちの一つ、予想通り、ほかのすべてが全滅したのに、この苗だけは葉っぱを伸ばしていた。今年で4年目か5年目になったんだろうか、突然、奇妙な花を咲かせ始めたから、それはもう驚木桃の木山椒の木という状況に陥った。奇妙といったけど、よくよく見れば、エンジとシロのバランスは絶妙だし、だいいち顔が可愛いのだ。もうメロメロになってしまったね。来年もちゃんと、咲いてくれるのか心配だけど、それをいったらキリがないもんなあ。

富士山

富士山6月28日(火)
(富士山上空)

降らず降らずみの空梅雨だが、こうクソ暑くては表へ出る気にもなれない。沖縄が梅雨明けになると同時に、東北地方が梅雨入りとのこと、どちらも平年より3〜4日遅いという。どうやら関東地方もろくすっぽ雨が降らないまま、真夏に突入しそうな雲行きだ。真夏っていうのは自転車で風を切って走る楽しみはあるんだけど、外は暑いし、室内は寒いから、体調維持など1年で一番要注意の季節だ。けがないように帽子は絶対に外せないね。

富士山といえば、ニホンの象徴として真っ先に思い浮かべる貴重な遺産なのに、未だに世界遺産に登録できないのはさびしい限りだ。「熊野古道とその周辺」だなんて、あまりにも広すぎて、すこぶる曖昧な場所や、そして今回の「北海道の知床地域」の世界遺産登録申請などの記事を見ると、忸怩たる思いにかられてしまう。ナゼ、いったいナゼなんだ、それは一にゴミの多すぎという、まことに恥ずかしい事実に起因しているだから、やんなっちゃうよ。

八合目まで自動車道路が完成しているっていうことも、登山者とゴミの増える大きな要因だが、根源は日本人が失った公徳心によるものである。さらに山麓を含めた広大な地域が幾つもの県にまたがっているというのも問題だろう。本来なら国家的見地から、行政がまとまって自然遺産を守ろうとする施策や規制を設けるべきなのに、そうした動きが盛り上がってこない。

昔から富士山は日本人にとって特別な存在、日本のシンボルである。だから富士山は全て国有地かというと実は違うのだ。山頂の土地を所有するのは富士山本宮浅間大社で私有地、山頂には浅間大社の奥宮がある。経緯はハッキリしないが、江戸時代には浅間大社が土地を所有し管理していたものを、明治に入って国に国有化、無償貸与という形にされた。

戦後浅間大社が所有権を主張、1974年には最高裁で所有権が認められ土地の返還を命じる判決が出て、そして30年経った2004年12月に返還されたのである。現在8合目から上が浅間大社の土地、それより下は国や県の土地となっている。土地の所有権は認められたものの、山頂付近の静岡県と山梨県の県境はまだ定まっておらず、土地登記が出来ずに住所は「富士山無番地」のままである。

スローライフ

NTTタワー6月27日(月)
(代々木・NTTタワー)

スローライフ、スローフード、癒しのミュージックなど、猛烈からビューテイフル、ビューテイフルから自然回帰と、世の中の流行りがゆっくりと廻り始めたようである。眠たくなりゃどんどん寝るし、食べ物はゆっくりかんで食べ、まずいものは食わず、歩くときはできるだけゆっくりと、自転車を漕ぐときはあせらず落ち着いて、写真をとるときは手早くブレ気味に、これが目下心がけてるスローライフである。「なにいってんの、歳をとって、なんでものろくなったんじゃないの」っていわれれば、まったく反論の余地はないけれど、世の中の流れは、ここへきていままでよりもずっと歩調を合わせ良くなっているのは確かなような気がする。

たとえば飲み屋、どこも明るくてこぎれいで、若い女の子に迎えられ、料理も半製品をチンする調理だけれど、種類も豊富で味もまあまあだし、なんと言っても値段が安い。酒の種類も驚くほど多いが、その分店の個性というものがなくなった。どのチェーンもそれなりに工夫をこらしてはいるが、しょせん人間が考え出すこと、とりわけ奇策などあるはずもなく、どこもかしこも同工異曲といった味わいになる。これもスローライフだよねえ。たまさか、どこの店で何時なんて約束しちゃうと、みんな同じようなイメージだから、待ち合わせ場所を間違えてしまいそうだ。

あちこちに無秩序な高層ビル街が出現し、東京の町はなんか廃墟と化したみたいな錯角すら覚え、そのモノポリー目指して集まり散じる人の群れをたまらなく鬱陶しく感じてしまう。文化ってなんだろう、文明って滅びることと見つけたりっていうことなんだろうか、下天の夢か幻か。丸ビル、シオサイト、六本木ヒルズ、品川と、新しい街が手品師のネタみたいに、次々と現われては消えていくような錯覚を覚えてしまうなあ。あちこちでシャッターチャンスを迎えカメラを向けると、必ずその一角に高層ビルが、我が物顔に顔を出してくるのは、まったく興醒めで、せっかくの意欲も減退してしまう昨今である。くたばれ!再開発って妖怪よ!

空梅雨

ハス池6月26日(日)
(中の池・新宿御苑)

日本列島は25日も全国的に晴れ間が広がり、真夏を感じさせる暑さとなった。梅雨前線が南の海上に下がったためだ。じめじめしたうっとうしさはないが、春先からの少雨に空梅雨が重なり、水不足が深刻になりつつある。各地でダムの取水制限が始まり、農作物への影響も懸念される。今後1週間は猛暑が続き、熱中症への注意も必要。94年以来の「大渇水の夏」となる可能性もあり、いつにも増して空模様が気になる梅雨になった。

25日、梅雨の晴れ間が広がり、各地で最高気温が30度以上の「真夏日」となった。35度を超える地域も相次ぎ、兵庫県・豊岡では37.2度と今年全国で一番の猛暑となった。気象庁によると、富山35.9度、前橋35.8度、鳥取、岡山35.7度、熊本県・人吉33.5度、東京都心31.6度などは、この夏一番の暑さだった。

25日午後3時45分ごろ、東京都千代田区皇居外苑で、都内の私立大学の陸上部員で1年生の男子学生(18)が練習中に気分が悪くなり、皇居のお堀に転落した。丸の内署などの調べでは、大学生は同日午後2時半ごろから、ほかの部員ら6人とともに皇居の外周(1周5キロ)を走っていたが、3周し終わったころに「気分が悪い」と言って離脱した。 近くにいた米国人の男性らがお堀に飛び込んで大学生の体を支え、救助隊員がはしごやロープを使って引き揚げたが、その時点で心肺停止状態だったという。

以上、いずれも朝日新聞の記事だが、二日酔いで家の中に閉じこもっていた東風とらには、室内の風通しがよすぎて、涼しさというより寒さすら感じる有様だった。酒を飲みすぎると、回復が遅過ぎるのは、明らかに年を取った証拠だろうなあ。それにしてもちっとも正露丸が効かないなあと思ったら、買ってから10年近く経っているというのが分かり、慌てて近所の薬局に飛び込んだ。道理で、あの強烈な匂いが感じられなかったわけだ。だけど逆に考えれば、我が家ではここ10年、そうした薬は必要なかったということで、改めて全員の胃腸が丈夫だったんだってことを痛感させられた。

まあ、これからはそういうわけに行かないだろうけど、滅多に飲むこともないわけだし、たまに飲みすぎるのも、ストレス発散には格好の場面だし、3日分も二日酔いができるんだから良しとしなけりゃあなあ。まあ、体力の衰えを認めたくない、曳かれ者の小唄かもしれないね。

酔いしれて

宇宙人6月25日(土)
(宇宙人・森の歌の会)

<春の名残が暁闇の冷えにあり、それが夜明けとともにぬくもり、あたりが明るくなるにつれ、しだいに夏めいた日差しに変わってくる>(池波正太郎「剣客商売」より。
明け方近く、何回も同じような夢を見た。汚穢屋が我が家の汲み取り口から、汚穢を入れた桶を天秤棒で担いで去っていく姿である。さらに汚穢船が悠々と川の上を走っている光景もフラッシュバックのように重なる。汚穢屋が浚って行ってくれた後の、トイレの爽やかさといったら喩えようがなかったね。あれ、早く爽やかになれってか、はっと目覚め、一直線にトイレに駆け込んだ。

かくして3回もトイレに駆け込み、激しいさしこみも天下無敵の正露丸で退治し、ようやく人並みに戻ったのは午後1時ごろだった。どういうわけか腹痛にはこれまで、あまり縁がなく来てしまったから、あの我慢できないさしこみの痛さと不愉快な脂汗にはほとほと参ったよ。

きのうは年2回の「森の歌の会」。メンバーも定着し、新メンバーも毎回増え、益々充実した貝になっているから、旧交を温めているうちに、談論活発、牛飲馬食、どうしても快飲してしまうことになる。おまけに有志一同で二次会にまで繰り込んだ。覚えているだけでも、生ビールを10杯は飲んでいたし、その割には帰りもしゃんとしていて、ちゃんとにょうぼのエスコートもできたようだし、やはりオレって酒に強いんだなどと秘かに自負していたんだけどなあ。

いつもニコニコ、口を開けばオヤジギャグな「ジサマ」、体調不良を補おうと、自己療法を試みては、ことごとくしくじっている「変なオヤジ」、いつもウロチョロしていて、いればこうるさいし、いなけりゃさみしい「妙な奴」、金持ちの楽隠居なのに、いつもクロコに徹して幹事役を補佐してくれる「有難い人」、宇宙人に変身してしまい、奇言変論をもてあそぶ「やつがれ」、あちこちのオケ付き合唱団に一宿一飯の草鞋を脱いでいる「マメ男」、いつも泰然自若、なんでもよく知っている「生き字引」、いつも目立たないけど業界では偉い「オッサン」、一番年少だけど、一番出世した「やから」、古風な趣味に没頭する割には下世話な「ご隠居様」。

元気な女性たちの論評はあえて避けるけれど、平均年齢70歳の面々は容姿風体はともかくとして、一堂に会すると、たちまち50年前に遡ってしまうから面白いね。過飲が過ぎた会長様がパーキンソン病で緊急入院してしまったのが心配だけど、電話の声は元気だったし、呂律も回っていたから、まずは一安心といったところか。

おかしな名前

mori6月24日(金)
(森の歌の会・新宿)

「草剛」は一種の英雄だね。普通なら分かりやすい芸名をつけるのだろうに、あんな珍しい名前を名乗り、それを全国区にしてしまったんだから大したものだよ。あの柔和な顔に似ず、青森県出身なのに「いごっそ」ぶりを貫き通したんだから根性ありっていうことだね。けっこうテレビでよく顔を見るわけだけど、偉ぶらず、驕らず、謙虚なのは好感が持てるねえ。

「一青窈」(ひとと よう)っていうのも奇妙な名前だが、シンガーソングライターとして歌った「もらい泣き」がヒットし、NHK紅白出演も既に二度、一応全国区に収まっている。父が台湾人だが、日本で生まれ日本で育った歌手だが、この一青という名字は母方の名字で、富山県のある地方ではそんなに珍しくない名字らしい。このなんとも難解な名前を芸名にして歌手になろうっていうんだから、よほど根性の座った女の子に違いないと思った。その後テレビ出演が多くなるにつれ、美人だが頤の張った意志の強そうな顔を見るたんび、成程ねってうなずいている。

雨上り決死隊の「蛍原徹」(ほとはら とおる)っていうのもオカシナ名前だねえ。相方の宮迫博之がすっかり売れちゃって取り残されそうだけど、ドンドコドンの山口智充の相方、平畠啓史とは違って根性見せてるねえ。山口ってのはかなり遣り手だから、とっくに宮迫は取り残されちゃたけど、蛍原は意外に座談の名手だから道は開くかもしれないね。なんていい加減なことを書いていたら、なんと、いつのまにか深夜のBSの番組「世界の競馬」のコメンテーターをやっていたよ。深夜とはいえ、そして、たとえ落ちぶれたとはいえ、天下のNHKに出られたんだから、すごいじゃないか。

「丹古母木馬二」は「たんこぼ きまじ」と読む。悪役専門の役者で、顔やよく知っているが名前を知らない典型的な俳優だが、この難しい名前はなんじゃ。「お代官様も悪じゃのう」にうってつけの名前ともいえるかもね。大抵は映画やの前半で斬られて死んでしまう。多分悪役商会から一本立ちしたんだと思うけど、たまにはトークやバライエテイ番組にも顔を出すようになったね。苦労人だっただけに、いうことも含蓄があって、なにより明るいのがいいね。

浜田雅功、温水洋一、塩野七生、小沢真珠、萩原流行、井口資仁、西原理恵子なんてのも、けっこう読みにくい名前だ。ハマチャンなんてけっこう有名なんだけど、さて、名前はっていわれると、思い出せないし、思い出してもなんと読むのか分かんないね。いずれにせよ、最近はタレントの名前って、ちっとも思い出せない。にょうぼとの会話で、「あのホラ、なんとか番組に出ていたあれっ?」なんて会話はすっかり定着している。(はまだまさとし、ぬくみずよういち、しおのななみ、おざわまじゅ、はぎわらながれ、いぐちただひと、さいばらりえこ)。

少子化

永代橋6月23日(木)
(永代橋)

少子高齢化が盛んに叫ばれているが、豊洲のような新興住宅地に住んでいると、小子化については、あまり深刻なものとは思えない。町を散策していても、行き合うのはバギー車を押す若い奥さんだったり、自転車ですれ違うのは、荷台に幼い子を載せたおかあさんである。公園に行けば、日陰にバギー車が何台も集まっては、若奥さんたちが井戸端会議の真っ最中である。図書館に行けば必ず子供たちが走り回っており、あちこちで赤ん坊の泣き声がする。

最近量販店に行くと、買い物客用に用意されたキャリアー・バギーを利用する客が多くなり、自分勝手にアチコチを動き回るので、邪魔でしょうがない。確かに便利なものではあるが、東風とらのように大量の買出しをしないものにとっては鬱陶しい以外の何物でもない。店側としては余計なものまで買わせようという魂胆なんだろうが、込み合ったところでは危なっかしくてしょうがない。いずれどこかで事故がおき、少しは自粛ということになるんだろうが、サービス過剰と便利さということについて考えさせられる。

ゴミの排出を抑制するために強化策を検討している容器包装リサイクル見直しの大枠が固まり、現在は無料のレジ袋を有料化する方針が決まった。環境保全のためという大義名分を掲げているが、なんにでも税金をかけたがる役人どもの暗躍ばかりが目にちらついてくる。たしかに、どこでも気楽にレジ袋を手渡してくれるから、たまってしまう大小のレジ袋は保存するだけの価値もなく、結局は捨てられてしまうことになる。これは大いなる無駄としかいいようがない。だからといって有料にすれば消費が減るかっていえば、決してそんなことはない。人間は環境に順応する動物だから、いとも簡単に新しいお仕着せを受つけてしまうからだ。

東風とらはA型人間のせいか、一枚一枚きれいに畳んで、普段持ち歩くリュックなりバックに数10枚忍ばせてある。畳んでしまうとかなり小さくなるからかさばらないし、草花を収集したり、吸殻入れに利用したり、手元にあるゴミ袋にしたりと、便利に使っている。家の中でも、パソコン周りとか、普段いる場所には常時折り畳んで置いてある。これって物を大切にするっていうよりか、貧乏性っていうことなんかなあ。

パリコレ

トリトマ6月22日(水)
(トリトマ・晴海)

この前久し振りにパリコレを見ていて、すっかり様変わりしているのに驚いたね。各デザイナーの新作コレクションはどれもこれも似たり寄ったり、ほとんどが申し合わせたようにコンサバ一辺倒だった。1940年代の優雅なニュールックや70年台のエスニックスタイルなど「過去に流行った形やデザインの焼き直し」の繰り返しばかりが目立っていた。シルバーフォックスなどの毛皮をコーデイネートしたものもあったが、かなり時代遅れって感じで見ていた。

まず一番先に気がついたのはモデルの若さだったね。美人というより、長い足とスリムなボデイのファニーフェイスばっかり、大人の色気を発散する妖艶な美女とか豊満な美女なんかまったく消えてしまって、なんだか、女子高校生の学芸会を見ているような錯覚に捕われた。黒人や東洋人のモデルも極端に減っていた。

され、その中身だが、ひどいのは有名デザイナーらしいが、サイレント映画後期にハリウッドで脚光を浴びたセクシー女優、ジーン・ハーローをイメージしたファッションだった。少女っぽいスレンダーガールに妖艶な格好をさせるんだから、そのミスマッチ、ちぐはぐさにはえらい違和感を感じちゃう。セクシーを訴えるには、あまりにも突飛な仕掛けが過ぎ、ノンセクシャルを通り越えて笑っちゃう場面設定だった。

数多い有名ブランドも特定のコングロマリットに併合されてしまって、たとえば「モエヘネシー・ルイヴィトン」(LVMH)グループは、ヘネシー、ルイ・ヴィトン、ロエベ、クリスチャン・デイオール、ジバンシー、ケンゾー、セリーヌ、タグ・ボイヤー、エミリオ・プッチ、フェンデイ、デビアスなど錚々たるブランドを傘下の収め、そのブランドの下で若手デザイナーが新作発表を行っているんだから、どうしようもない。

わずか17年で巨大コングロマリットを形成し、なんでも欲しがるLVMHだったが、内部抗争に乗じて簡単に手に入るはずだった「グッチ」は血みどろの抗争の挙句、ライバルのコングロマリットに白鳥の騎士の名誉をさらわれてしまった。LVMHが10年前に使った古い手法を、そっくり真似をしたのがホリエモン、それに引っ掻き回されて右往左往した日本の経済界も「ナサバナ」だったなあ。

回り灯籠

リコタマ6月21日(火)
(女王・リコタマ)

SL、オーデイオ、飛行機、熱帯魚、プラモデル、旅行など多彩な趣味で知られた漫画家、岡部冬彦が亡くなった。享年82歳だそうだ。週刊朝日に連載された「アッちゃん」で有名になり、絵本「きかんしゃやえもん」(阿川広之・文)はいまも語り継がれるロングセラーだ。後半生は漫画家より随筆家として有名だったが、昨秋、足が不自由になり、さいたま市内の介護施設に入園した。家族に「世界地図と時刻表が欲しい」と頼んだ。「それだけあれば知的な生活が送れるから」。

「どうも最近、月日の経つのが早まっていて、1年が回り灯籠のようにクルリクルリと消えていく」ってセリフは平岩弓枝「御宿かわせみ」の一節だ。いつまでも、「時の過ぎ行くままに からだをまかせ」なんて悠長なこともいってられないかもね。東風とらが介護施設のご厄介になるなんて、夢にも思ってはいないが、歳月はあっという間に通り過ぎていくから、どうなるかも分からないね。もし、そうなったら、やはり最低でも、世界地図、日本地図、大判の時刻表、広辞苑入りの電子辞書だけはもって行きたいね。岡部さんほど高尚でないから、知的生活云々は関係ないけれど、自分が慣れ親しんできた世界に逃避はしたいなあ。

岡部冬彦って漫画家、漫画集団ノメンバーだったが、横山隆一、杉浦幸雄、近藤日出造、松下井知夫、加藤芳郎などが大活躍した全盛期よりも後に世に出たわけだけど、漫画としての実績よりも趣味を生かした博学家という印象が強かった。漫画家というと、どういうわけか物知りが多く、手塚治虫、原たいら、黒金ひろし、東海林さだお、やくみつるなど、その漫画よりも多趣味、薀蓄学の泰斗といえる人が多い。「トリビアの泉」なんてぶっ飛んでしまいそうな、おかしな知識の持ち主たちである。

ぼくたが子どものころは漫画をぼんち絵だなんていってバカにしていたが、どうしてどうして、下手な学者よりも物事を深く極めている。劇画以降、漫画やアニメの類が飛躍的な伸びを見せたけど、その劇画のうまさはもちろんとして、背後にある物語の優秀さ、独創力、意外性、しっかりとした考証の裏付などが作品に厚みを及ぼしているに違いない。ただ、これら知的集団が金儲けばっかり追いかけ、時事批評などで辛辣な警句を呈するなんて、とんと見られなくなっちゃったのはさみしいね。


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