コジゼラ

よもやま話を雑文で

2005年10月

おたまはん

川越の山車10月31日(月)
(川越の山車・日比谷公園)

最近は昼飯には卵かけご飯で済ませてしまうことが多くなった。それも、卵かけご飯の作法もなにもあったものでなく、お茶碗に盛ったご飯の上に卵を割りいれ、味の素を少々ふりかけ、醤油を流しいれ、かき混ぜて食べている。そうだね、ものの3分もあれば1丁上がりというお手軽さである。ご飯を食べるというより無理やりのどに流し込むという感じが、やけに貧乏くたく感じられてしまうのも切ないところだ。

以前の卵かけご飯には、それなりの神聖な儀式に則ったものがあったんだけどなあ。ご飯を盛った茶碗とは別の容器に卵を割りいれ、よくかきまぜ白い筋を慎重に取り出し、応分の醤油を垂らし、味の素と溶きワサビ、刻みノリを適量入れて、よーくかき混ぜる。ご飯の真ん中にくぼみをいれ、そこに溶いた卵を流しいれる。

最近どういうわけか、この卵かけご飯がちょっとしたブームになっているそうである。♪栄養満点〜たまごごはん、みんな大好きさ〜たまごごはん・・・と愛好家が作った「クルクルたまごごはん」が「おさかな天国」や「だんご3兄弟」に続く食べ物ソングとして注目を集め、ネットでは「たまごを直接ごはんにかけるか、別の容器でかきまぜてからかけるか」とレシピを巡って喧々囂々となる一方で、卵かけご飯専用醤油「おたまはん」は今年だけでも10万本を越えるバカ売れぶりだ。

ブームのきっかけは偶然がたまたま重なったからのようだが、卵かけご飯は世界に誇れる日本の元祖ファーストフード、ごくシンプルな料理だが、好みによって色んなトッピングを楽しめ、実に奥が深い。ご飯に不足しがちなアミノ酸を卵が補う完全食ということから、食べ物として見直す動きもある。「子供の頃の家族だんらんを思い出す」などと、熱く語りたいという人もけっこう多いようだ。ま、だけど、そんなにブームになるほどのことなんかなあ。

ポンポン蒸気

アサヒビール10月30日(日)
(アサヒビール・浅草)

隅田川沿いを歩いていると、行きかう遊覧船の多さにびっくりする。初めうちはツイツイ珍しくて、パチパチ写真も撮っていたが、いまじゃあまた来たよって感じである。ひところより確かに数も増えているようだし、相変わらず乗客も多い。いまは「水上バス」なんて洒落た名前が付いているようだが、昔は1銭蒸気とかポンポン蒸気とかいわれていた。浅草、両国間で運行開始したのが1885年とのこと、以来120年も走り続けていることになる。いまでは、全船が屋根つき2階建てで、冷暖房完備、暑さ寒さに関係なく快適な一刻を過ごすことができる。松本零士デザインによる近未来的な「ひみこ」も魅力だが、外ずらの割には乗り心地があまりよくなかったね。

そういえば、「つくばエキスプレス」が開通し、きのう浅草に行ったついでに、試乗してみようかとも思ったが、一駅だけ乗って秋葉原で下りるのも、あまりに芸がないのでやめてしまった。まあ、この路線は東風とらのライフラインとは決して結びつかないから、どうしようもない。浅草といえば、懐かしの「浅草大勝館」が立ち上げられて、大衆演劇の殿堂として復活していることに初めて気がついた。前身は洋画封切館として人気を博し、けっこう通ったものだった。昭和5年築の地上5階、地下1階の建物は風格もあったが、浅草六区の衰退とともに、長い間閉鎖されていたのだ。

きのうは日比谷公園へ「江戸天下祭」の山車や神輿えお見物に行った。あまり馴染みのない祭りだが、きょうは江戸時代に行われていた山車や神輿の行列を再現する。千代田区内のほか、八王子や埼玉、静岡などからも山車が集まり、総勢6000人が日比谷公園から皇居前広場まで2キロの道のりを4時間半かけて練り歩く。明治憲法発布を記念して1889年に山車100台が集まったのを最後に、大規模な引き回しは行われなかった。その後多くの山車が地方に散逸したが、今年は鴨川市から95年振り、石岡市から83年振りに山車がお里帰りするという。

晴海トリトンでは恒例のフラワーフェステバルが11月3日から6日まで開かれる。遊歩道にイタリア・ジェンツァーノ市で毎年開かれている花祭り「インフィオラータ」を再現、今年はアンデルセン童話などのデザイン画(タテ7m、ヨコ5m)21枚を約15万本のバラのはなびらで描く。贅沢に色とりどりの花びらを散らした絵は華やかな割には感動が少ない。まあ、近場だし、金もかからないから、毎日のぞいてみるか。


味覚

シュウメイギク10月29日(土)
(シュウメイギク・木場公園)

甘味と辛味とがそのどちらもが、これ以上相手の領分を侵してはいけない、ギリギリの線で折り合っている、その絶妙なせめぎ合いが、どういうわけか欠けているんである。エビとアミで得た素晴らしい感動がないんだなあ、これが。しょっからいなあ、満を持して買ってきたノリとコンブの佃煮をつまみながら、そう思った。不思議なこともあるもんで、具材によって味にばらつきがあるっていうのはどういうことなんだろう。違う工場で作っているのか、どちらかをよそから買っているのか、次ぎ次ぎと疑問がわいてくる。

そんなことはともかくとして、たかが佃煮、されど佃煮への決着!築地の佃茂ではアミとエビだけにして、コンブやアサリ、ノリなどの佃煮は佃の田中屋へと、試行錯誤を繰り返しどうやら結論が出たようだ。あんまり頼りにならなかった味覚の問題も、まだけっこうなしたたかさが残っているのに、ちっとはほっとはした。まあ、田中屋には悪かったけど、たまには浮気もしてみるもんだ。その結果、田中屋のいい処が再認識できたんだからね。

シビルロードつまり、男の制服、背広、いまじゃあスーツと呼ぶようだが、少なくとも背広をスーツと認識して買ったのはもう10年以上前になるだろうか。着る必要がないから買わない、当然の帰結であるが、ここへきてにょうぼ殿がしきりに新着スーツの購入を勧める。どうやらマゴの七五三に着ていく服のことを気にしているようだ。あるいは自分だけ買っちゃったのを気にしているのかもしれない。

いずれにせよ、そんな無駄なことをする気はまったくないんだけどね。比較的余裕があった頃の在庫が、腹がまた突き出てきた当今の大きさとピッタリだし、仕立ても入念、生地も抜群、ダブルだから流行に関係なし、いいことずくめなんである。それよりも、座るときや満腹のときに、そっとボタンを外すなんて不細工なことをしている窮屈な礼服?喪服?の方が今後も需要が多いのは間違いなさそうだろうから、新調すべきだろうね。皮肉なもんで、人より先にくたばっちまって、その必要がなかったりするかもね。


中秋の名月

キク10月28日(金)
キク・木場公園)

1ケ月半遅れの話題でいささかもふた坂も恐縮だが、せっかく調べたのに、先月のコジゼラに掲載し忘れたので、ネタ不足の昨今、敢えて取り上げた次第。2日ほど雨もよいの天気が続き、気温もぐっと下がったが、いかにも秋らしいしっとりした感じが戻ってきた。今頃の月は半月、いさか気味悪る気に、そして、ふた坂も恥ずかしそうに中天に上っている。

今年は珍しく夜の空気が冴えていて、3日続きの満月を鑑賞できた。中秋の名月よりも2日前の13日の満月が一番煌々としていたような気がする。満月が天空に昇っていった頃、南の空に火星がポツンと赤い光を放っていた。地球に一番近い惑星なのに、点のようにしか見えないんだから、宇宙の大きさを改めて認識させられのである。満月も確かにきれいだが、宇宙から見る地球のあまりにも美しい姿には見るものすべてが涙するらしいね。水色の惑星、地球、それを空から眺めることなんて、絶対ありえないのが辛いね。

毎年12ないしは13回の満月があるのに、なぜか特別扱いされる中秋の名月、「八月十五日」と書いて「なかあき」と読む名字の人もいるように、なかあきは中秋のことで、昔から8月15日の月を「中秋の名月」と呼んできた。秋は収穫の時期でもあったから、その年の収穫物を月に備える風習が各地に残っており、「芋名月」などとも呼ばれている。

「芋」は、「イモニーチャン」のような使われ方で「冴えない」というような使い方があるけれど、「冴えない月?」という意味ではないのは誰だって分かるよねえ。現在、月見団子を備えるのも、芋を備えた風習の変形だ(団子も芋も「丸い」ということ)。

中秋の名月を「芋名月というのに対し、9月十三夜の月を豆名月あるいは栗名月という。作物の収穫時期が芋より豆・栗の方が遅いと言うことらしい。中秋の名月は中国で行われていた行事だが、こちら十三夜の月見は日本独特の風習のようだ。 十三夜の月見は、1月前の中秋の名月の月見に対して後の月見とも呼ばれるようだ。

旅情

言問橋10月27日(木)
(言問橋・墨田区)

先日、最近上映される洋画の邦題のつけ方が、センスもなく情緒などまるでないと嘆いた。そして、かっての名画の邦題のつけ方がいかによかったかという一例に、「旅情」にも若干触れたのだった。奇妙な偶然というか、先見の明があったというのか、霊感がぴったしはまったのか、いずれか定かではないけれど、その日の朝日新聞「赤be」の一面特集が、なんと「旅情」に関する記事だったのである。あまりピタリとはまったので、気味が悪くもあったが、やはり、嬉しいのが先になって、夢中で記事を読み返しながら、しばしの懐旧にひたったものである。以下その記事から一部抜粋した。

ちょうど50年前に日本で公開された、映画「旅情」の主人公ジェーンも、この街ベネチアで愛を知ることになる。 38歳、独身。有能な秘書だが、ロマンスとは無縁だった彼女は、お金をため、休みを利用してベネチアを訪れた。カップルばかりの周囲にあてられて、はじめは落ち込むが、やがて、中年の骨董店主レナートと出会い、愛の炎を燃やす。運河沿いの骨董店。窓際に置かれた赤いゴブレットにひかれて、店に入るジェーンと応対するレナート。2人は初めて言葉を交わす。

ジェーン(キャサリン・ヘプバーン)は旅先のベネチアで骨董店主のレナート(ロッサノ・ブラッツィ)と恋に落ちる。が、このままでは永久に離れられなくなると悟り、別れを決意する。サンタルチア駅から出発する汽車の窓から、レナートに手を振るラストシーンが感動的だ。

ベネチアは愛の魔力で満ちている。そのシンボルの一つがゴンドラだ。刻々と表情を変える運河、歴史を刻んだ優美な街並みを、静かにゆっくりと水上から眺めるのは、まさにロマンチックの極みといえる。運河にかかる美しい「溜息の橋」のところで婚約指輪を渡したり、ゴンドラに花びらを敷きつめてプロポーズしたりする人もいる。欧州一美しいと評されるサンマルコ広場にあるカフェも、生演奏が奏でられ、愛を語るにふさわしいところだ。「旅情」の2人が最初に出会うのもサンマルコ広場のカフェだった。

決して美しいとはいえない、決して若いとはいえない初老の女性が、思いもしなかった恋に溺れ、悩み、別れる。そんな役柄をキャサリーン・ヘップバーンは見事に演じ、ロッサナ・ブロッツイも素敵な中年を演じてくれた。記事を読んでいるうちにドンドン記憶が甦ってくる、そうか、あの映画はもう50年も経っていたのか?


はてな

宮本商店10月26日(水)
宮本卯之助商店・浅草馬道)

保護者の7割が、学校よりも塾や予備校の方が優秀と思っている。内閣府が発表した学校制度に関するアンケート結果から、親たちが現状の制度に強い不満を抱いている様子が浮き彫りになった。9月にインターネットで、小学校から高校までの子供を持つ保護者に尋ねた。無作為抽出で3620人に聞き、1270人が答えた。子どもの学力向上の面で、学校より「学習塾・予備校の方が優れている」と答えた人が70.1%に上り、「学校」の4.3%を圧倒。現在の学校教育に「不満」「非常に不満」と答えた人が43.2%いた。教員に「不満」な人が28.4%で、「満足」の27.3%を上回った。

そうだろうなあ、学校関係者の不祥事は続出しているし、全般的にたるんでいるように見える。だけど、大元になる文部科学省の指導も、教育が国家100年の体系の礎になるという覚悟と決意がちっとも見られない。問題になるものはちょこっと手直しし、体裁を整えるだけで、なんら抜本的改革をしようともしない。そんな意気地のない文部省に嫌気がさして、国立大学の学生は次々と目標を変えているという。

だけど、一番の問題は家庭のあり方だろう。大学卒のキャリアウーマンや主婦がドンドン増え、先生よりも高学歴の女性も多くなった。そうした女性から見れば、先生なんか、自分よりずっと下の人間に見えてくる。ましてや少子化の時代真っ盛りだから、自分の子供は、優秀だと信じたいし、優秀に育て上げたい。その結果が先生をなめてかかり、バカにする風潮を生んでいる。要するに世の中どいつもこいつも、自分のことだけにかまけて、腐っている、狂っている。

教育といえば、熟年世代が多くなって、人は何かを始めたら、階段を一歩ずつ上がっていることを確認したくなり、それを趣味に求めるようになる。かくして、世の中検定ばかり、中には、かなりちんちくりんな資格検定も登場している。忠臣蔵にオタク、京都や沖縄、バカから焼酎、大人力まで、百花繚乱といった有様で、百聞は一見に如かず状態なのだ。たとえば「京都検定」、昨年の申込者約1万人のうち30%は京都府以外の人が占めた。ちなみに申し込んだ人がいなかったのは、青森県だけだったという。「忠臣蔵検定」も問い合わせは既に100件を超え、滑り出しは上々だという。いやはや、なんともはや。


なんじゃい

牛嶋神社10月25日(火)
(向島・牛嶋神社)

それにしても、和泉正弥のプロレス挑戦ってなんだい。やせ細った貧弱な肉体を人目にさらすだけでも許せないのに、よりによってプロレスときたもんだ。トチ狂ったのか、ゼニになれば何でいいというのか、ほんと、バカだねー。どうせなら、母親と組んでオヤ丼プロレスでもやったら、きっと受けるだろうにね。ところで、これは慈善興業なんだろうか?いや違うね、自分たちへの慈善なんだろう。

シルベスター・スタローン(59)主演、脚本による人気ボクサー映画「ロッキー」のシリーズ第6作「ロッキー・バルボア」が制作される。広報担当者が17日明らかにしたところによると、撮影は来年初めからで、ボクサーの内面に光を当てる。スタローンは声明で、本人の意欲があれば、年を取っても再び挑戦できることを訴えたいとしている。このわずか数行の外電からが、落ち目ということが俳優にとってどれだけ厳しいか、分かるような気がする。

米大リーグ・マリナーズのイチロー選手(31)が、来年正月に放送予定のフジテレビ系のコメディー推理シリーズ「古畑任三郎」に犯人役で出演する。ドラマでは、イチロー選手本人の役で、主人公の古畑刑事を演じる田村正和(62)と対決する設定で、3夜連続放送の第2夜に登場する。イチロー選手が番組のファンと聞いた同局が出演依頼し、快諾を得たという。イチローの場合、まだ落ち目ということはないが、確実に斜陽の道へ下りつつある。強いチームだと存在感がなくなるというのが、イチローの最大の弱点だから、トレ−ドでもあったら、目も当てられない。

イチローよりももっと危機感のあるのが松井秀樹だ。名門ヤンキースはメロメロだし、シーズンを通して活躍できなかったのが痛い。日本でもスランプに陥ると、抜け出すのに苦労していたが、それが何回ももろ出しになったのはまずかったね。ホームランが20本程度というのも、いかにもまずい、大いに期待を裏切ったね。松井の場合、真面目すぎて、イチローのようにせこく立ち回ることができないのもプロとして辛いところがあるね。どちらにしても落ち目の一本杉になりそうだね。

ロングショット

キク10月24日(月)
(赤いキク・木場公園)

22日に東京都府中市で行われた日本中央競馬会(JRA)の東京競馬第12レースで、1票100円の馬券が1846万9120円の高額払い戻しとなり、日本の公営ギャンブル史上最高配当となった。1〜3着を着順通りに当てる「3連単」で、的中は総票数450万4663票のうち18票だった。 ダートの1400メートルに16頭が出走。1着に単勝16番人気のゼンノエキスプレス、2着に12番人気のカネスベネフィット、3着に3番人気のケイアイカールトンが入る大波乱だった。

グリーンチャンネルの放送で、司会の庄司のり子ちゃんが、すっかりうろたえちゃって、速報値をどうしてもうまく読めない。そりゃあ、そうだろう、ケタが二つも違うんだからね。隣に座っていた貧相を絵に書いたような、うらなり風の落語家(これも司会者なんだけど、どうも名前が覚えられない)の声も裏返えちゃって、なにをいってるのかよく分からない、そんな一こまも垣間見られた大騒動だった。

朝日新聞の一面をなんと競馬が占領していた。スポーツ紙ならいざしらず、あのお堅い朝日新聞がですぞ。<第66回菊花賞(G1、23日、京都競馬第11レース)の前売りオッズが22日、中央競馬会から発表された。さつき賞、ダービーで勝利し、史上6頭目、無敗では21年ぶり2頭目の3冠に挑むディープインパクトは単勝1.1倍の断然の1番人気。さつき賞と、前走のトライアルレースでディープインパクトに続く2着に入ったシックスセンスが2番人気で20.8倍。発走は午後3時40分>

<さつき賞で444キロだったディープインパクトは、18頭のメンバー中、ダイワキングコンと並んで最も小柄だった。ダービーでの448キロも2番目の軽量だった。 近代競馬の歴史は、数十年に一度出現する「小さな巨人」によって大きく変えられてきた。1930年に英国で生まれたハイペリオン、52年にイタリアで生まれたリボー、そして、61年にカナダで生まれたノーザンダンサーである。我々は今、日本のハイペリオン、リボー、ノーザンダンサーを目の当たりにしているのかもしれない。21世紀初の3冠馬を目指すディープインパクトはそれほどの逸材だ> 以上、コラムではベテラン競馬記者、有吉正徳がわざわざ取り上げるほどの念の入れようだ。

さて、このお祭り騒ぎ、菊花賞の結末は?天翔ける馬、デイープ・インパクトの圧勝だった。

ウサギ跳び

キク10月23日(日)
(キク・木場公園)

かつての「スポ根モノ」には欠かせなかったトレーニング、ウサギ跳び。下半身・ジャンプ力を鍛えるにはウサギ跳びのような過酷な練習が良いとされていた時代の悪しき産物で、現在では絶対にやるべきではないものとして知られている。

膝を深く曲げたままピョンピョン前進するウサギ跳びは、足首や膝、股関節にかなりの負荷がかかる。動きも小刻みで筋肉や関節は常に緊張状態、筋収縮によるトレーニング効果もほとんど望めない。膝の半月板損傷、ジャンパー膝、アキレス腱断裂、疲労骨折など、引き起こす障害はかなりの数ある。これに代わるモノとして、足腰を深く曲げた状態から高く前方へ飛び上がり各関節を完全に伸ばすカエル跳びというのがある。ウサギ跳びよりは安全でトレーニング効果があるが、瞬間、瞬間にかかる関節への負荷は少なくはなく、やはり「ほどほどに」が重要である。

「柔道一直線」で、桜木健一ふんする主人公一条直也が、空中二段投げ、地獄車などの必殺技を会得するため、100段もある階段をウサギ跳びで軽々と往復、挙句の果てには友人を背負ったまんま、その階段をクリアーするなんて場面は息子たちと驚嘆のまなざしで見合っていたものだった。また、近藤正臣扮する結城真吾がピアノの鍵盤の上につま先立ちで飛び上がり、軽やかに足の指で起用に「ネコフンジャッタ」を演奏する奇想天外なシーンは未だに強く印象に残っている。そうそう、忘れられないのが、あのシーン。「直也」が柔道部に又、戻ってください!と、「結城真吾」に熱く呼びかけると?冷ややかな感じで、結城いわく「静かにしてくれ!これから第2楽章アンダンテ・カンタ〜ビレ・コン・エスプレッシオ〜ネに入るんだ」…とニヒルチックに言うんだった。気障な奴だったけど、魅力的だったなあ。

長男が入っていた調布リトルリーグでも、罰則として、よくウサギ跳びをやらされていた。あのせいで、ひざを故障してしまったんかなと、今ではうなづける気がする。だけど、ひざの故障で野球をやめたら、それまでに厳しい練習で押さえつけられていた筋肉類が活気を取り戻し、横太りの体があっという間に長身のスマートな体に変身したのには、正直言って驚かされた。過重な練習が決して体によくないのが分かり、それまで切望していたリトルリーグのコーチもあっさりと諦めたこともあったなあ。

題名

パンパス10月15日(土)
(パンパスグラス・小石川植物園)

映画評論家の水野晴郎がTVで話していたが、邦題は日本国内の配給会社の宣伝部員が考えるそうだ。 ところが、最近は、プロモーションフィルムが届いてから封切りまで時間が極端に短くなっているため、名訳を編み出す時間がなく、原題そのままで公開に踏み切ることが少なくないそうだ。

<洋画のタイトルが決まる過程はいろいろあるが、一般には国内の配給会社がプロモート会議において決めるようだ。 これは配給会社の専権事項で、制作会社が口を挟めるものではない。いくつかの候補を決め、その中から他社の権利を冒していないか、語呂のよさ、情報誌に掲載するときのおさまりの良さなどを考慮する。 しかし、ヒットすればよいが、ヒットしない場合には「タイトルが悪い」と突っ込まれることがあるので、最近は英文のままというタイトルが増えている。その中で「ショーシャンクの空に」は近年の名訳だと思っている>。 

<逆に宣伝費をかけられないミニシアター系のマニアックな映画は、日本語訳の完成度が映画の雰囲気を伝えるのに重要な宣伝要素となるため、ポスターのインパクトや口コミを狙ってコピーライターや感性の高い芸能人、アーチストに依頼することも多いようだ。 たとえば「THE WELL」の「女と女と井戸の中」などは見事に「宣伝係」の役を果たしていると思う>。以上「邦題の創られる経緯から」

そうかなあ、東風とらには、映画の配給会社がサボっているとしか思えないよ。近頃多いスペクタルやサスペンス物は、かえって変な意訳でもされると、大袈裟でおどろおどろしてしまいそうだから、横文字を並べただけでもいいとおもう。が、せめて文芸物やラブロマンス、アニメなどはきちんとした邦題をつけてもらいたいものだ。

「風とともに去りぬ」、「誰がために鐘が鳴る」、「白鯨」などは、原作者と原作を翻訳した翻訳家の大手柄だったけど、「逢引き」、「旅愁」、「哀愁」、「慕情」、「旅情」、「黄昏」などは意訳も意訳、完璧で見事過ぎる意訳だった。題名を聞いただけで、ストーリー、女優、感動の場面がたちどころに甦ってくる。
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