コジゼラ

よもやま話を雑文で

2005年12月

バレリーナ

朝日ビール12月31日(土)
(金色の雲古・浅草)

バレーというと、踊るクラシック・バレーとスポーツのバレーボールが頭に浮かぶ。バレーボールといえば、東京オリンピックで日本中を熱狂させた「東洋の魔女」が有名だったが、振り返ってみれば、東京オリンピックは1964年に開催されたわけだから、まもなく半世紀前の出来事になる。当時はカラーテレビがようやく導入され始めた頃、たしか中継放送は白黒テレビで見たような気がする。大松監督の鬼のような表情と河西主将の冷静さが際立って対照的に見えた。レフティ、宮本選手のしなやかな身体と、美人ぶりがとっても印象的だった。

さて、クラシック・バレーだが、これも50年ほど前、当時人気のあったバレリーナ、貝谷八百子が亡くなった実母とよく似ているからぜひ見に行けと、お節介な母の友達からチケットを手渡された。畏れ多いのと、こっ恥ずかしさがない交ぜになって、せっかくの機会もチャラにしてしまったけどね。そういうわけで、恥ずかしながら、まだ劇場公演をで一度も観劇したことがない。従って、いまだにテレビの画面でしかバレーを見たことはないが、構成や技術面などよく分からないわりには、けっこうよく見ている。

よく見る理由は芸術的見地とか、音楽性とかはまったく関係なく、単純に欧米のプリマ・バレリーナのしなやかな動きと肢体、それと美貌に見とれたいからだ。チャイ様の三大バレー、「白鳥の湖」、「くるみ割り人形」、「眠りの森の美女」は、どうしても上演回数が多くなるので見る機会も多いから、ただ単にうっとりと見るだけだ。「レ・シルフィールド」、「海賊」、「ドン・キホーテ」、「ボレロ」などは、あまり放映される機会が少ないので、ビデオに撮って何度も繰り返し見ることになる。

初台の新芸術劇場ができてから、かなり経つが、東フィルが専属オケラになったり、演出家を海外に委嘱したり、積極的な活動を行っている。今回たまたま、その上演舞台をテレビで見たのは僥倖だったが、プリマがスヴェトラーナ・ザハロフだったのはまさについているとしかいえなかったね。なにせ、あのゲルギエフの薫陶を受けた世界有数の美人バレリーナ、その鮮やかな踊りの数々には、それこそ、よだれをたらさんばかりの顔をして見とれちゃったね。美しいものに見とれるのは当たり前とはいえ、やっぱ助平ジジイのご面相だったかもね。


やんなっちゃった

伝法院通り12月30日(金)
(浅草・伝法院通り)

「秘蔵の扉」「片手で楽チン」「超近距離恋愛、0,03ミリ」、まったく関係ない3つのCMが一見無作為に、日刊ゲンダイ一面の三隅を飾っている。順番に長期熟成焼酎、日刊ゲンダイ携帯用ソフト、岡本ゴムの衛生用品、いわゆるコンドームの宣伝文句だ。下種の勘繰りで、下世話に考えると、けっこうイミシンではある。だからって、どうなのっていわれれば、ただ、それだけのこととしかいえないね。閑人って、けっこう斜め読みをする癖があるから、スケベー的に面白いなって感じただけさ。

こんなアホ噺を枕にしたくなる、っていうのもほとほとあきれ返ってしまったことがあるからだ。発売を待ちかねて、かなり早くから予約して、やっと手に入れた最新型のデジカメがなんと、12月までで既に3台目の新品に交換されているってことなんさ。手に入れて使い始めて1週間もしないうちにレンズの蓋が閉まらなくなった。恐る恐る購入先のビックカメラに出かけたら、「これは明らかに欠陥商品です」って、その場で新品と交換してくれた。すっかり嬉しくなって舞い上がっていたが、その新品が数日も経たずに、突然ウンともスーとも言わなくなった。

前回は裸のまんま持ち歩いたりした前科があったけど、今回はそれこそ腫れ物にでも触るような気の使いようだったのにである。そんでまた、ビックカメラにすっ飛んでいったら、またしても担当員が「これは明らかに欠陥商品です」って即座に新品と交換してくれたのだ。わずか3週間の間に3回も新品を手にしたことになる。担当者にそれとなく聞いてみると、「高級機種なみの多機能を、こんな小さな入れ物に凝縮しているからとってもデリケートなんですよ」ということだった。

確かに、旧型機種よりもがたいは小さくなっているし、重さも半分以下になっている。それなのに、機能としては画期的な7倍ズーム、手振れ防止装置、大型液晶画面、驚異的持続力を誇るバッテリー、被写体に1cmまで接近できるズームマクロと夢一杯の商品なのだ。ただ、使っていると軽すぎて、小さすぎて、はなはだ頼りないのも事実で、旧製品の重量感とは比べ物にならない入れ物となっている。だから、カメラがすぐに悲鳴を上げてしまうのも無理はないわけだ。

振り返ってみれば、発売日が何度も順延され、それだからこそ、なお一層の期待感もあったのだが。またいつ壊れるかもしれないという不安も増殖されるし、毎度毎度、ビックカメラだっていい顔してはくれないだろう。安物じゃあなかったのに、安物買いの銭失いってことになるのか、参ったよ、まったく。

どんづまり

仲見世12月29日(木)
(暮の浅草仲見世)

最近は30日に行われる、一発勝負「競輪グランプリ」を見ることが年の暮れの恒例となった。これを見ないと今年は終わらないって感じなんである。今年は復活したロートル選手の多いのが特徴で、例年に比べると小粒なのは否めないが、それなりに面白そうだ。3つのラインがしっかり決まっているのも、一発勝負のゲームには珍しく、その駆け引き、騙しあいも興味をそそられる。実力では断然小島だが、強いものが絶対勝つとはいかないのがかけひき勝負の面白さだ。

1年を締めくくる曲といえば、ベートーベンの「交響曲第9番」、今年もあの旋律がアチコチから聞こえてくる時期になってきた。丸ビル内に作られる特設スタジオ「マルキューブ」では、女声合唱だけによる年越しコンサートが開かれるという。混声合唱のために作られた曲を編曲し、女性だけで歌うという意欲的だが、極めて冒険的な試みだ。

「年末の第9」が恒例となったのは、第2次世界大戦後、47年12月に日本交響楽団(現NHK交響楽団)が演奏して以後、同楽団が毎年のように12月に演奏するようになった。これに倣い、ほかのオーケストラでも演奏されるようになっていく。60年代にはアマチュアの合唱団も第9を歌うようになり、あちこちのオーケストラで演奏されるようになったが、これは日本にだけ見られる特有の現象だそうだ。

年の暮れといえば、NHKの紅白歌合戦だが、年々興味が薄れていくのはどうしようもない。演歌中心の番組編成も問題だが、その中に媚びるように挿入される、コチトラにはまるで見たこともない、聞いたこともない歌手やグループが多いのにも違和感を感じる。小林幸子と美川憲一の衣装合戦が話題になるようじゃ本末転倒もはなはだしい。といいながら、その場面に一番興味があるのは、野次馬根性かもね。

ウイーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」、今回はマリス・ヤンソンスが指揮するから興味は尽きないが、発表されたブログラムを見ると、ヤンソンスさん、張り切っているようで、ウインナワルツのほかに、聞いたこともないポルカと、来年が生誕250年ということで、モーツアルトの作品を並べているようだ。去年はロリン・マゼールが自らバイオリンを弾いたりして、意表をついた演出をしたが、ヤンソンスにはなにか仕掛けでもあるのだろうか?




変換ミス

ナンジャ、これ12月28日(水)
(なんじゃ!これっ!)

パソコンに慣れてくると、ついつい文節変換が長くなる。変換ミスはもう当たり前の世界だけど、XPに変わってから、さらに倍増したのにはたまげたね。内容がぐっと改良されたはずのワード2003は、旧来使っていた2000よりもはるかに劣る文節変換をしでかしてくれるからたまったもんではない。その上単語登録も増えているから、その変換ミスの見事さといったら、怒る前に笑ってしまうほどだ。その例をいちいち書き出したらきりがないので、今回は見送る。

あのお堅い漢検(日本漢字能力検定協会)がパソコンやメールなどで体験した変換ミス・コンクールという興味深い催しを毎年やっているらしい。今年の年間大賞は「今年から海外に住み始めました」→「今年から貝が胃に棲み始めました」 だった。

今年ノミネートされた中から、ちょっと泣かせる誤変換を見つけたので紹介する。
「片田舎であったことは今も忘れられません」→「 固い仲で会ったことは今も忘れられません」(還暦を機に10年ぶりに中学時代のクラス会をするので幹事を引き受けた。山奥の小さな村の同級生20人足らずの学校で、既に廃校になったが皆んな健在なのは何より。返信はがきより先にメールが届いた。今回初めて出席のB子から。一瞬エッ?と思ったものの、彼女もつい最近パソコンを始めたばかりということで。)

「八日以後お願いします」→「要介護お願いします」 (しばらく留守にするため、資料請求先に送ったメール。気づいたときは後の祭りだった。因みに、私はまだ不要介護の65歳です。)

以下、過去のエントリー作品から。
「マイセン陶器の展覧会があります」→「マイ戦闘機の展覧会があります」
「500円でおやつ買わないと」→「500円で親使わないと」
「5季ぶり快勝」→「ゴキブリ解消」
「ぜんざい3杯の誘惑に負けた」→「全財産倍の誘惑に負けた」
「その辺大変でしょ?」→「その変態変でしょ?」
「地区陸上大会」→「チクリ苦情大会」
「規制中で渋滞だ」→「寄生虫で重体だ」

「クリスマス・イブは空いています」→「クリスマス・イブは相手います」
「今日は見に来てくれてありがとう」→「今日はミニ着てくれてありがとう」
「大阪の経済波及効果」→「大阪の経済は急降下」
「うちの子は耳下腺炎でした」→「うちの子は時価千円でした」
「同棲しよう!」…でも言えなかった。→「同棲しよう!」…でも家なかった。
「誰か、ビデオ撮ってるやついないか!?」→「誰か、美で劣ってる やついないか!?」

◆並べ替え歌

ミレナリオ12月27日(火)
(東京ミレナリオ)

東京駅の改装工事の影響で、しばらく中断される「東京ミレナリオ」へ出かけた。
当分見られなくなるから、期間中100万人の見物客が訪れるという前触れだったが、平日のせいか、いつもより人手は少なかった。華やかではあるけれど、単調な色彩の羅列なので、直ぐに飽きてしまう。途中寄り道した和田倉記念公園、イルミネーションの光の中で、夜空を鮮やかに彩る大小織り交ぜた噴水の方がズット魅力的だった。

「色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ(し) 酔ひもせず」…いろはにほへとで始まるいろは歌は、47音を1回ずつ使い、意味の通る歌となっている。他にもある並べ替え歌をいくつか紹介する。

[雨降歌]
雨降れば 井堰(ゐせき)を越ゆる 水(みつ)分けて 安く諸(もろひと)
下(お)り立ち植ゑし 群苗(むらなへ) その稲よ 真穂に栄えぬ

[鳥啼歌]
鳥啼く声(こゑ)す 夢覚ませ 見よ明け渡る 東(ひんがし)を 空色栄
(は)えて 沖つ辺(べ)に 帆船群れ居(ゐ)ぬ 靄の中(うち)

[君臣歌]
君臣(きみのまくら) 親子夫婦(いもせ)に兄弟(えと)群れぬ 井鑿(ゐ
ほ)り田植へて 末繁る 天地(あめつち)栄ゆ 世よ侘びそ 舟の櫓縄(ろなは)

[天地の詞]
天(あめ) 地(つち) 星 空 山 川(かは) 峰 谷 雲 霧 室(むろ) 苔
人 犬 上(うへ) 末(すゑ) 硫黄(ゆわ) 猿 生(お)ふせよ 榎(ア行のえ)の枝(ヤ
行のえ)を 馴れ居(ゐ)て

日本人がイギリスと呼ぶ国、正式名はUnited Kingdom of Great Britain and
Northern Ireland(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)である。国旗はユニオンジャックと呼ばれ、オーストラリアやニュージーランド、ツバル、フィジーの国旗の一部にもなっている。ユニオンジャックは3つの国の紋章(守護聖人)を組み合わせたデザイン。白地に赤い十字はイングランドの聖ジョージ、青地に白い×字はスコットランドの聖アンドリュー、白地に赤い×字はアイルランドの聖パトリックを表す。ウェールズは、ユニオンジャックを作る以前にイングランドと一体化していたからなどの理由で表示されていない。

ジャックというのは船の船首旗竿(jack staff)に掲げた旗だからだそうだ。連合王国としてはユニオンジャックだが、各地方では現在でもそれぞれの旗が登場する場面はある。例えばサッカーのワールドカップではイギリスは4つの地方がそれぞれ代表チームを作って予選に出場する。この時イングランド代表の旗はユニオンジャックではなく、白地に赤い十字のイングランド旗である。

ミレナリオ

初小川12月26日(月)
(初小川・浅草)

きらめく都心の冬の風物詩「東京ミレナリオ」がクリスマスイブの24日、東京・丸の内で始まった。主催者によると、24日は過去最高の39万7000人が訪れた。JR東京駅―有楽町駅の「丸の内仲通り」や東京国際フォーラムなどに、約50基の電飾アーチや光のオブジェなどが登場。午後5時、約14万個の電球に明かりがともった。99年から開催され延べ1439万人を集めたが、東京駅の改修工事に伴いこの冬で休止となる。主催者は過去最高となる約300万人の人出を予想する。

東京ミレナリオも東京の風物詩として、すっかり定着してしまったが、今年でしばらくはお休みになるらしい。東京ミレナリオは色々と悪い思い出がある。初めて開催されたときはコチトラが途中で具合が悪くなって、歩くのもやっとになった苦い思い出があるし、翌年、コチトラは元気一杯だったのに、にょうぼの方はひざの具合が悪くて、歩くのがきつく、途中から引き返したりといった具合である。

昨年だったか1昨年だったか忘れたが、ようやく二人揃って完走という条件になり、勇んで出かけたものだが、やはり途中で引き返してしまった。人の出も半端じゃなかったけど、単純な同じ光の羅列に辟易してしまったからである。遠くから見ると、それはそれで華やかなんだけど、中に入ってみると、意外につまらないし、感動らしきものを味わえないのだ。やはり人工で作られたものってものには、心の中から感動させる何かが欠けている。っていうわけで、未だに終着地点の東京駅までは完走していない。だから、中止になっても、いい年こいてミーハー気分にさせられる、余計なイベントが減っただけという感慨しかない。

久し振りに現れた四冠馬ということで「デイープインパクト」の話題が巷にあふれている。確かに久し振りに現れた天馬には違いなく、ほかの馬が止まったようにさえ見える、直線で見せる鋭い差し足はまさに「天馬空を行く」の喩え、胸のすく思いがする。今年は小泉首相、ホリエモン、村上ファンドなどの悪役がダーテイーヒーローとしてもてはやされた。英雄伝説を演出したいマスコミは大騒ぎしているけれど、この10年に1度しか現れない稀代の名馬を、だからこそ、もっと静かに見守ってやりたいなって思う。

有馬記念、武豊騎乗のハーツクライは半馬身届かず、2着に敗れ、A毅艦覇はならなかった。やはり、本物のヒーローは現れなかった。時の流れには勝てなかったんだ。けっきょく、今年はダーテイー・ヒーローの時代だったんだ。

クリスマス

和田倉門の大噴水12月25日(火)
(和田倉記念公園・大噴水)

コチトラにはまったく関係ない、3日レンチャンのクリスマス休暇に、日本中がわいているようだ。テレビ番組も次々と特集を組んだりして、人々を煽る。日本人全体がキリスト教徒ならともかく、ある程度は不思議ではないが、この狂乱振りにはただあきれ返るばかりだ。きのう神保町界隈を例によってさ迷い歩いていたら、妙にうら寂れた光景が目に入った。カソリック神田教会だった。玄関上に大きな赤い星がたった一つ、電飾も施されずにポツンと置かれていた。本場のクリスマスなんて、こんなものなんだなって実感したね。

とはいえ、最近増えだした高層マンションの窓辺に、小さな電飾が施されているのを仰ぎ見ると、ほっとした気分になる。ようやく手にしたマイホーム、若い夫婦と小さな子のいる家庭だなってことがよく分かる。引っ越してきて初めてのクリスマス、ほのぼのとした情景が目に浮かんでくる。コチトラにもああいう時代があったんだけど、電飾なんて今と違って、バカ高かったし、簡単には手に入らなかった。もっとも子供たちだって、そんなもの欲しがらなかったしねえ。

そして、まもなく正月、日本人全体が神道を敬っているならともかく、この正月だけはあちこちに俄か神道家ができあがり、どこの神社に行っても初詣客で喧騒を極める。クリスマスとは違って年の初めを祝うという伝統的な習慣があるから、それほど違和感なくお付き合いしている。毎年家族全員が集い、氏神様の富岡八幡宮に参拝するなんて恒例行事を続けている。墓参りをした後のような爽やかな後味が気分をよくしてくれる。ちょっと例が悪かったかも。

もっと早く行かなきゃいけなかったんだけど、往復6時間の長丁場が億劫で、ついつい後回しになっていた墓参り。重い腰をあげてようやく行ってきた。胸のつかえが降りるとともに、清々しい気分になって帰ってきた。でも、お墓は遠いところに作るもんじゃあないね。調布に住んでいた時、八王子辺りは、車で往復1時間足らずの行程だったが、車もないし、いまじゃあ感覚的に、岩手県の奥地に探検にいくような気分である。僕らがツチに帰った後、息子たちが墓参にも来てくれないからって、薄情者だと文句もいえないかもね。

寒気

和田倉門の噴水12月24日(土)
(和田倉記念公園の小噴水)

東京は雪こそ降らないけれど、朝から北風ビュービュ、文字通り「凩」の来週となった。あちこちに高層ビルがおったっているので、その周辺を突風が支配し、逆風の強さに吹き飛ばされそうになった。とはいえ、これが冬本番なんだし、あんまり苦にはならなかったけどね。こういうしばれる夜こそ天国と地獄を二つも味わえるってわけ。湯上りの火照った身体には最適の心地よさがあるからさ。

日本列島は22日、上空に強い寒気が残り、日本海側を中心に断続的に雪が降り続いた。北陸や近畿北部の山沿いでは積雪が1メートルを超え、平年の12月の2〜3倍の記録的な大雪となっている。雪による事故も相次いだ。23日には零下45度以下のこの冬一番の寒気が入る見込みで、気象庁は大雪に一層の警戒を呼びかけている。同庁によると、新潟県津南町では15日未明に積雪が231センチとなり、89年の観測開始以降、12月としては最高の積雪となった。
 
この大雪をもたらしているのは、「北極振動」と呼ばれる北極圏の動きだそうだ。極周辺では、寒気をためこむ時期と放出する時期が交互にあるが、12月に入って寒気が日本周辺の中緯度まで放出されるパターンが続いているという。95〜96年以来、10年ぶりの「寒冬」になる可能性が出てきた。

プロ野球の近鉄とオリックスで監督を務め、大リーグの野茂英雄投手やイチロー選手らを育てた仰木彬さんが先週15日、呼吸不全のため死去した。70歳だった。仰木監督は生涯パリーグの人だったから、あまり馴染みはない。だが、ジャイアンツが日本シリーズで、コテンパンに叩きのめされた憎っくき西鉄野武士軍団の一員だったことはよく覚えている。

テレビのコメントなどを聞いていても、高卒とは思えない識見の高さと明朗快活な応対が印象的だった。ただ、おつむがパンチパーマ、薄い色のサングラスといった風体が、インテリヤクザを思わせるところに違和感があったけどね。そういった印象はともかくとして、また同世代の人間が冥府に召されたという事実が、ぐっと胸に突き刺さる。明日はわが身と思うと暗然たる気持ちになってくる。長島監督にしたって、半身不随のまま、これからの人生を過ごすのだろうし、元気と勢いのあった同世代の人間が次々と倒れていくのを見聞きするのはほんとうに辛い。

大和

東京ステーションホテル12月23日(金)
東京ステーション・東京駅)

角川春樹が製作し、中村獅童、反町隆史主演の映画「男たちの大和」が記録的な大ヒットになっている。この立役者は獅童、反町という役者よりも春樹その人、その執念たるやまさに恐るべしだ。劇場に足を運んでいるのは40台以上の戦艦大和を見たいというファンだという。春樹は公開前に「1000万人がこの映画を見て、日本人としてのほこりや意識を取り戻せればすごい」と豪語したが、その思いがズバリ中高年に伝わっている。

ここに来るまでの春樹は波乱万丈だった。角川書店を経営する一方で、「角川映画」を興して「セーラー服と機関銃」などをヒットさせるが、93年に麻薬取締法違反で逮捕され、00年実景が確定し、2年5ヶ月服役し、昨年5月に出所した。角川書店社長の座を下ろされ、角川映画は雲散霧氷した。その間、角川春樹事務所から月刊誌などを刊行しながら、この映画に賭けてきた。原作は実姉の辺見じゅん、企画を東映に持ち込み、制作費は事務所の株券を売って捻出したという。セットがものすごい。広島県尾道市の造船ドッグに6億円を投じて、原寸と同じ戦艦大和を建造し、脚本は6回も書き直しさせた。このセットは一般にも公開され、いまや、尾道市の観光名所となっている。(日刊ゲンダイより)

「セーラー服と機関銃」で少女役のヒロインを演じた、薬師丸ひろ子が最近では、母親役をやっているシーンが多く見られるようになった。時代の移り変わりの速さを実感させられるが、けっこう様になっているから嬉しいね。先日、劇場公開されヒットとなった「三丁目の夕日」でも母親役を演じていたけれど、いい味を出していたよ。この映画、昭和30年代前半の西久保巴町(現在では虎ノ門三丁目)界隈を描いた作品だが、やたらとコチトラの懐旧を誘って涙腺を刺激された。子役二人の名演技には、さらに涙腺をくすぐられ、涙なみだにくれたのである。

東京タワーが徐々に立ち上がっていく姿もよかったけど、なんといっても都電が走る光景には郷愁を誘われたね。それと主人公が乗るダイハツ・ミゼット、なんともいかしたね。後で知ったことだが、山崎監督やスタッフのこだわりは半端じゃなかった。商店街のセットも凝りに凝っているし、都電は京都の姉小路交通博物館から、当時と同じ型を借り受け、ミゼットなどの乗り物は全国のコレクターから現物を、雑貨屋の店先に並ぶ、おもちゃや駄菓子の類いも、コレクターからわざわざ借りたものらしい。

同潤会

丸ビル12月22日(木)
(丸ビルのクリスマスツリー)

東京・表参道の同潤会青山アパート跡地に建てられた商業施設と住宅の「表参道ヒルズ」が初公開された。建築家・安藤忠雄さんの設計で、約250メートルに渡って面した表参道のなだらかな傾斜を建物内に再現し、吹き抜けをらせん状に回る全長約700メートルのスロープをつくった。ファッションや雑貨の店が軒を連ね、93店舗ある商業施設は、2月11日に開業する予定だ。 ケヤキ並木と調和させるため、高さは23メートルに抑えられ、地上6階・地下6階建てと半分が地下だ。1927年に建てられ、取り壊された同潤会青山アパートは、10棟のうち1棟がレプリカの「同潤館」として復元された。

同潤会アパートといえば、大正時代の代表的な建物として有名だったが、老朽化を理由に次々と立て替えられた。その場合、歴史的建造物としての価値を残すことよりも、経済優先の考え方が先行し、渋谷区の代官山アパートや江東区の深川アパートなどの代表的建物は、超高層ビルに生まれ変わり、かっての由緒ある風情などすっ飛んでしまった。そういう意味で、今回の安藤忠雄設計の青山アパートは歴史的建造物の面影を残しながら、近代化を図るという画期的な建物だと評価したいね。

オーナーが経済優先主義の森ビルだというのも意外だが、文化遺産の継承というより、多分に東京をめちゃくちゃにしてしまった贖罪の意味もあるのかもしれないね。と思ったけど、腹の中はそんな甘いものではないはずで、やはり、遅れて発表された内容を見ると、テナント料などは超高価、誰でも気楽に入れない、セレブばかりが集まるハイクラスのテナントを誘致するらしい。転んでもただでは起きない、羊の皮をかぶった狼らしさを、鎧の下からしっかりと顔をのぞかせている。

代官山も深川白河も、ともに勤務先が近かったという縁もあり、よく出入りしたりして愛着のある建物だった。もっとも、これはあくまで外野としての言葉であって、住んでいる人にとっては、長い間風雪にさらされたオンボロアパートでしかなかったには違いないだろうけどね。だからといって、やたらと高い建物にしてしまうって発想は、建てる側の思惑ばかりが先行し、情けなくなるよ。渋谷近辺で唯一豊かな緑を誇った場所もおそらく変わり果ててしまったんだろう。立て替えられてからは一度も訪ねていないんだけど、多分緑を残すなんてもったいないという発想の方が優先しているに違いない。


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