コジゼラ

よもやま話を雑文で

2006年02月

用心棒

大谷戸2月28日(火)
(大谷戸・田端)

用心棒といえば、黒沢明と三船敏郎がすぐに目に浮かんでくるように、あの時代劇は画期的なものだった。いわゆる軽薄短小ではなく、重厚肥大で腹ん中にズシリと来るような重圧感があった。それまで時代劇っていえば、東映時代劇、勧善懲悪、お涙頂戴、踊りのような殺陣、豪華絢爛の衣装、スター主義、物語なんてどうでもいいいい加減な内容、とにかくなよなよした情けない時代劇が世の中にはびこっていた。

黒沢映画というのは、娯楽性を第一義と考えているから、どうにも品がないのは否めないけど、男至上主義を断固として貫き、秀抜なアイデイアを随所にばらまいた独創性とあいまって、その意外性とドッシリした物語の骨格とが抜群に絡み合っていて、非情のみならず詩情さえ感じさせてくれる。

実をいうと、「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」などの傑作時代劇は、それを翻案した、マカロニ・ウエスタンやハリウッドの西部劇の方がはるかに面白いという特徴がある。黒沢作品はどうしても巨匠の作品だから、一定の風格を伴わなければならないという制約がある。ところがパクリ物はそういう制約がないから、やりたい放題、なんでもありという奇想天外さ、その見事なまでのハチャメチャ振りには驚かされたね。

日本では昔、錠前が使われたのは商家の蔵や武家の御金蔵などで、普通の家屋の戸締まりにはつっかえ棒が使われていた。引き戸を内側から固定するこの棒は心張り棒や用心棒と呼ばれ、いざという時の武器でもあったことから、護衛役の腕の立つ浪人「用心棒」の語源にもなっている。

この心張り棒は外部からの侵入を完全に防げたわけはなく、蹴破れば簡単に突破できる程度のもの。それでも十分だったのは、商家は戸のそばからずらっと奉公人が寝ていたから、その他の庶民の家は盗むほどのお金が無く入っても物音ですぐ気付くから。また、夜は町ごとの木戸は閉められ木戸番や辻番が警備していたというのもある。

心張り棒はその仕組みから分かるように、在宅の時しか使えない戸締まり手段だ。外へ出掛ける時は、商家や武家は必ず誰かが残っているし、長屋など個人宅は隣近所の人が面倒を見てくれる。錠前・鍵に頼らない、人々の目や耳こそが当時の防犯手段だったというわけである。

モンスター

消防車2月27日(月)
(右折する消防車・田端)

毎晩、明け方近くまでのテレビ観戦を強いられ、寝不足な毎日が続いていたが、今朝がた放映されたであろう冬季五輪閉会式で、(これはギブアップしたが)ようやくギ・エンドとなった。荒川静香の金メダルがあったからいいものの、これがなけりゃ、まったく意味のない寝不足になってしまったろう。とはいえ、普段見たこともないカーリングやエアリアル、パラレルなどのスキー競技、リュージュなどのソリ競技には魅せられたね。4人乗りボブスレーで、レース終了後、湯気を上げながら雄叫びを上げるマッチョマンたちの姿には圧倒されたね。

山形市の蔵王温泉スキー場の樹氷が最盛期を迎え、訪れたスキーヤーやスノーボーダーたちを楽しませている。樹氷は、骨組みとなるアオモリトドマツなどの針葉樹に着氷と着雪を繰り返してできる。今シーズンは積雪量が多く、例年より早いペースで立派な「アイスモンスター」が仕上がった。

モンスターといえば、ちょっとは可愛げのあるのが特長だが、耐震偽装マンション・ヒューザーの小島社長、建築基準法もなんのその、自分仕様に勝手な改築を仕掛けた東横インの西田社長、この二人は見るからに悪党面、顔を見ただけでもまるで信用できないのに、自分の生涯をゆだねた人の多さには驚いてしまう。

こいつら、まるで悪びれた風でもなく、やることはまるで他人事、さらに国や公共団体を訴えたりして、他人のせいにして責任を回避するらしい。そんなのが通るはずのないのが世間の常識だが、この国土省が管理監督する世界では、どうやら当たり前の世界らしいようだね。この2社に対する関係各署の対応の遅さといったらないし、これじゃあ、やり得っていうようなもんじゃあないか。

何か起きると当座しのぎのザル法を作っちゃ、目先を誤魔化してきたから、その隙間をチョロチョロ動き回る悪徳業者が出てきたら、もうなんら打つ手がないっていうんだから、どうしようもないね。そして、挙句の果てには、罰則の弱い建築基準法では、相手の徳義に期待するしかない、だなんて「子給たまわく」調の言い訳、まったく冗談じゃあないね。

ハゲ

gルフボール2月26日(日)
(大きなゴルフボール・駒込)

11人の妻と暮らしていたハーレム男・渋谷博仁を引き合いに出すまでもなく、近ごろツルツル頭というのか、スキンヘッドの男たちが奇妙なほどモテモテだ。見た目はどう見たって、そのスジなのに人気抜群、野球の清原和博だけでなく、くそマジメなサッカーの小野伸二、女たらしのISSA、おばあちゃんの永遠のアイドル、松山千春、怪しげな日本語を操るボビー・オロゴン、怪力自慢のボブ・サップもツルツル頭だ。女優若村麻由美をゲットしたのは巨漢の宗教法人会長・小野兼広だったし、いつも美女をはべらせている怪しげなSEX教団の教祖、小島露観もスキンヘッドだ。

どう見たって汚らしいし、妖しげな感じの方が強いツルツル頭が、なぜ、こんなにモテるのだろうか。専門家によると、女性の中に触れてみたいと思う「接触願望」、赤ん坊のように母性を刺激する「保護意欲」、時の移ろいを感じさせない「安定感」心理までいろいろあるそうで、極めつけは巨根を連想させる潜在意識もうかがえるという。ただし、スキンヘッドは幼児的な外見と大人っぽい中身のギャップが必要だそうだ。

そうかねえ、あの清原なんて、どう見たって幼児性のひねくれ者だ。すぐダダをこねる、すぐ飽きる、開き直る、怠け者だ。不良っぽいダーテイな雰囲気が女心をとろかすんだろうか。スキンヘッドのパイオニアみたいな東風とらなんか、女性にもてるなんて思いはしたことないし、(毛がフサフサしていたころは別だよ)、巨根なんて夢のまた夢だったし、どうも学者というのは、自分の勝手な意見を正当化させるきらいがあるよ。

つるっぱげで、あまりいい思いをしたことはないが、ありがたかったのは、このスキンヘッドが世間に認知されたことだなあ。止むを得ず、スキンヘッドになったときは少数派もいいところで、昼間歩いていても、タバコをコソコソ吸っているような疎外感があった。それが今誰はばかることもなく、大手を振って歩けるんだから助かるよ。冬の寒さは人一倍骨身にこたえるけど、散髪代はいらないし、頭を洗うのも楽だし、汗をかいてもほんのひとなでで収まる便利さだ。

女王の舞い

女王の舞い2月25日(土)
荒川静香・フィギャー・エキジビジョン(朝日新聞より)

トリノ冬季五輪第14日の23日、フィギュア女子のフリーで、荒川静香が優勝した。日本勢として今大会初のメダルを金で飾った。五輪フィギュアでのメダル獲得は1992年のアルベールビル大会で銀メダルを獲得した伊藤みどり以来2個目で金メダルは史上初で、アジアの選手としてもフィギュアの金メダルは初めての快挙となった。

連日NHK−BSで放映されているトリノ五輪の中継を見ていながら、日本人選手が次々と惨敗して行く姿を見せられ、情けない気持ちばっかり抱かされていた。気に入らないのは、気合とか根性がまったく見られなかったことで、肝心の勝負どころや、レース終盤の我慢しどころの場面で、ことごとくこけた。そんな中で、上位3選手が僅差で並んだ女子フィギュアー・ショート・プログラムでの荒川静香の伸び伸びとしたスケーテイングを見て、若しかしたら金メダルもありうると直感した。

スルツカヤは存外に元気がないし、ジャンプがすばらしいコーエンには「ガラスの女王」というニックネームがある通り、必ず本番でミスをするという悪癖がある。夜中の3時半に寝て、ウトウトしながらも6時にピタリと目が覚めたね。なんかワクワク感が意識の下で高揚していたんだろうか。コーエンがこけたときには間違いなく優勝を確信したね。ジャンプで若干のミスはあったけど、それ以外ほとんどノーミスで、あとは世界一美しいスケーテイングを落ち着いて演じられたから、スルツカヤにも勝てるってね。

この日選んだ曲はイタリアの作曲家、ジャコモ・プッチーニの遺作となったオペラ「トゥーランドット」をバイオリンソロにアレンジしたもので、一昨年の世界選手権に勝った時と同じだ。トリノ五輪開会式でも世界三大テノールの一人、ルチアーノ・パバロッティがの「誰も寝てはならぬ」熱唱していたと聞き、「運命を感じた」とも話していた。

実況放送したNHKの刈谷富士男アナはまたもや名言を吐いた。「トリノ・オリンピックの女神は、荒川静香にキッスをしました!!」。アテネ五輪・体操男子団体で金メダル獲得したとき、「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!!」の実況で日本中を感動の渦に包んだのも、刈屋アナの名セリフだった。普段は大相撲中継でおなじみだが、スター・アナが多いせいか、その割には目立たない人なのに、やってくれたね。



バブルの塔

酒屋2月24日(金)
(入谷の酒屋)

東京一の高さを誇り、目を引く外観で東京のランドマークになっているのが、新宿副都心の東京都庁の庁舎だ。だが、完成からわずか15年で雨漏りに悩むなど傷みが目立ってきた。補修しようにも独特なデザインがネックとなり、余計な手間がかかり、全面改修するには、庁舎を作り直せるほどのカネがかかるという。このバブルの塔は首都東京の未来に大きな負の遺産となりかねない。

都庁舎は世界的建築家の故丹下健三氏がデザインした。最新の建設技術を誇り、48階建ての第1庁舎、34階建ての第2庁舎、7階建ての議会棟の3棟からなる。2本の上層部をねじったデザインの第1庁舎は「首都の顔となり、展望台には年間170万人が訪れる。しかし、その奇抜な形が修理や維持管理の作業にはネックになる。都がランイングコストを考えず、デザイン優先で決めた結果である。凹凸の多い複雑な壁面は作業用ゴンドラを沿わせるのも一苦労で、第1庁舎に配置されたゴンドラは9台にもなる。普通の寸胴のビルなら1台ですむという。

雨漏り以外にも給湯用パイプのパッキンが老朽化して蒸気が漏れ出したり、中央管理システムの故障で電気が消えない、暖房が入らないなどの不都合が目立つ。庁舎の総工費は1570万円だったが、民間会社の試算によると、本格的な修繕にかかる経費は約1000億円もかかり、10年ほどかけて修繕し終えたとしても、また初期の作業部分の更新時期が訪れ、改修は永遠に続くという。(以上、朝日新聞より)

なんともバカげた話だが、奇抜さを狙った故丹下氏の設計した建物は、東京オリンピックの時に建設された代々木体育館を初めとして、既に何箇所も同様な結果となっており、それぞれの補修費を負担する東京都の財政に大きな負担となっている。耐震偽装マンションが社会問題になっているが、こんな欠陥だらけの建物が果たして大きな地震に耐えられるのだろうか。石原知事が週1回しか出勤しない理由も、案外こんなところにあるんじゃないか、って疑いたくなるね。

弔辞

胡蝶2月23日(木)
(浅草伝法院通り・胡蝶)

巨人・長嶋茂雄終身名誉監督が20日、古希となる70歳の誕生日を迎えた。東京・大田区内の自宅で、関係者から贈られた祝福の花束に囲まれ、家族とともにバースデーを過ごした。球団広報を通じて「この歳になったら年を取りたい(減らしたい)からね」とコメントを寄せた。04年3月に脳梗塞で倒れて以来、懸命なリハビリで体調は徐々に回復している。先月15日の少年野球教室に飛び入り参加。今月14日には元巨人監督の藤田元司さんの通夜に、しっかりとした足取りで参列した。

<「石ダイを二十数匹釣って、船宿で褒められたことがあったよね。あの時は楽しかったなぁ‥‥」。藤田元司さんへの、川上哲治さんの弔辞だった。「あの時は楽しかったなぁ‥‥」という言葉が、85歳の川上さんから、享年74歳の藤田さんに語りかけられたのでした。いいなぁ。川上哲治さんの弔辞は、飾り気がなくて、まじめで、心がこもっていて、ほんとうにいいなぁと思いました。亡くなった藤田さんの身体を静かに撫でるような、友情を感じました。ぼくの「あの時は楽しかったなぁ‥‥」は、いつのどこだったろうか、と、思いました。そんなことを言いあえる時間を、ちゃんと持ちたいものだと、思いました>(糸井重里)。

仰木彬、藤田元司、川田正子など同年代を代表したヒーロー達が、次々と冥府へと旅立っている。あの元気一杯だった長島茂雄さえ、半身不随になっちゃったし、小沢征爾にも重病説が飛び交っている。こういう訃報や噂を聞くたびに、得体の知れぬ寂寥感に身が縮む思いがする。位や格はぜんぜん違うけど、明日はわが身という思いがいや増してくるのはどうしようもない。

毎日漫然と日を過ごしているけれど、こんなことじゃあいけないと改めて感じるね。あと何年生きられるか分からないけど、精一杯充実した毎日を過ごさなきゃいけない。と思いつつ、もう眠くなってきた。すぐに決意が鈍るのも情けない話で。そういえば、2月1日から禁煙を実行したが、もう既に節煙になっているもんなあ。やっぱり、チャランポランな生き方のほうが性に合っているんだろうなあ。

デカ

鷲神社2月22日(水)
(下谷・鷲神社)

米東北部一帯は11日から12日にかけて大雪に見舞われた。AP通信によると、ニューヨーク市のセントラルパークでは、12日午後1時までに観測史上最高となる68センチの積雪を記録した。これまでの最高記録は1947年12月の67センチだった。
 空のダイヤは2000便以上が欠航するなど大きく乱れ、鉄道も一部が止まった。雪の影響による停電も起きた。米東北部ではこれまで記録的な暖冬が続いていた。セントラルパークにはスキーやそりを持った人たちが多く集まった。

デカというと刑事を頭に浮かべるが、この言葉は本来はヤクザ同士の隠語だったのが、テレビドラマなどの影響で、大手を振って歩くようになったようだ。また、デカはデカイの略語でもあるねえ。デブと同じように、やや蔑視したようなニュアンスもある。ところで、東京競馬場で行われた7レースで勝ち上がったのは「ゲンキナシャチョウ」だった。この馬、馬体重600キロ、JRA史上最高馬体重での勝利を記録した。元気な、社長といえば、つい1ケ月前までだったら、文句なく思い浮かべたのは「ホリエモン」だったけど、いまは塀の中で冷飯を食わされている。なんとも皮肉なもんだねえ。

話し変わって、高知競馬第7レース「ホリエモン頑張れ特別」に「ホリエモン」が出走、1番人気に支持されたものの、3着に敗れた。堀江容疑者の逮捕後は出走を見合わせていたが、調教師は「状態はよかったし、馬は悪いことをしていないので走らせてやりたかった」。一度つけた名前は変えられない規則があるので、馬主が変わっても同じ名前で走らなければならない。変な馬主とかかりあった馬には気の毒だが、高知競馬場も、いかに客寄せとはいえ「ホリエモン頑張れ」というレース名を冠したのはいかがなものだろうかね。

ライブドア(LD)グループの証券取引法違反事件で、東京地裁は17日、LD前社長の堀江貴文容疑者(同法違反の罪で起訴)の弁護人が提出した保釈申請を却下する決定をした。

バヴァロッテイ

清澄駅2月21日(火)
(東京メトロ・清澄白河駅)

「バヴァッチイ」じゃあなかった、「バヴァロッテイ」のことを新聞記事で見かけた。軽く読みすごしちゃって、どこでその記事にお目にかかったのを忘れちゃって、トリノ五輪開幕式の報道を色々と調べたけど、バヴァロッテイに関する記事にはお目にかからなかった。ひょんなことから、近頃絶不調の「天声人語」だったと分かったが、以下その記事の一部。

<70才になったら、トイレでも歌わないし、シャワーを浴びるときも歌わない 。テノール歌手パヴァロッティが、2005年の70才の誕生日(10月12日)限りに引退すると述べたと報じられたのは4年前だった。その人が、トリノ冬季五輪の開幕式の大トリで「ネッスンドルマ」を歌った。「今こそ最悪の時だ。やるべきことはすべてやった。ついに舞台へ出る時が来た。最後の死の行進が始まる」。パヴァロッティは、舞台に立つ直前の心境をこう述べている>。

つまりオリンピックの選手も同じような心境だろうと言いたかったんだろうけど、さすがに稀代のオペラ歌手、「最後の死の行進が始まる」というのは、いかにも時代がかったセリフだなあ。どうやら天声人語氏、バヴァロッテイにあまり好感を持っていないようで、それはご同慶の行ったりきたりだけどね。ご同慶なのは汚らしいし、音を平気で外すし、まず第一に「三大テノール」コンサートと銘打って、高い入場料を徴収し、世界中で歌の切り売りしている、あこぎなやり方が気に入らないからだ。

2003年の「できちゃった離婚」で、「糟糠の妻」と分かれざるを得なくなった時から、彼の人生も計画通りには行かなくなったような感じだね。2005年70才の誕生日に、故郷のモデナで「ラストコンサート」という計画だったようだが、実際には昨年の12月まで上海とかニュージーランド等各地でコンサートを行っているし、今年の4月〜8月までコンサートを開催することになっているようだ。

日本では、2004年3月31日から日を置きながら3日間開催された(指揮者兼ピアノ伴奏者兼親友のマジエラに支えられながらの登場で、椅子に座っての歌唱だった)。あのドミンゴが嫉妬するくらいだったように、その美声と人好きのする魅力的な個性により、世界中でパヴァロッティの人気は絶大なものがある。パヴァロッティは動けないから、オペラは引退ということだが、なぜ醜態をさらしてまで、延々ツァーを続けているのだろうか。多分自家用ジェットでのツアー旅行のついでに、世界の美食を食い漁り、益々醜く太っていくに違いない。

チャコ

帝釈天山門2月20日(月)
(柴又・帝釈天山門)

サザンオールスターズのヒット曲「チャコの海岸物語」の中で繰り返し挿入される、「心から好き」と歌い上げる、チャコ、ミーコ、ピーナッツって、気になるっていえば気になるね。実はチャコとは『ルイジアナ・ママ』などを歌った飯田久彦(現テイチク社長)、ミーコとは『人形の家』を歌った弘田三枝子、ピーナッツとは『恋のバカンス』などでご存知のザ・ピーナッツのことだ。桑田佳祐がレスペクトしていた先輩たちだから、 全部「心から好き」であっても、別に何の問題もないわけで、どうりでハラ坊もヤキモチしなかったわけだ。

桑田佳祐の数多いヒット曲の中で、ボク的に一番好きな曲は「オー・クラウデイア」だが、この「チャコの海岸物語」「ミス・ブランニューデイ」「しおり」などとともにボク的ベストテンに入る名曲だ。桑田の歌う曲には、色んなジャンルの名曲が数多くあるけれど、やはり選ぶとなれば、どうしてもバラード風のものになってしまう。ただいつも悔しい思いをするのは、これらの曲をまったく歌うことができなかったことだ。キーが高すぎるのと、テンポが速すぎることがネックになってしまうのだ。辛うじて歌えた曲は「メロディ」ぐらいだったな。

しかし世の中、才人というのはいるもので、「チャコ」を実に巧みに歌う奴がいて、それもうまいと思えるのはこの曲だけ、カレがマイクを握るときは、絶対この曲以外はリクエストしなかった。そういえば、アリスの「チャンピオン」はB、陽水の「ジェラシー」はC、裕次郎の「恋の町札幌」はD、アリスの「秋止符」はこのボクチャン、っていうようにそれぞれに得意の持ち歌があって、これは絶対に侵せない不文律のようなものが厳然としてあった。

たまさか、別の会合などで、誰かが、いつも聞かされているどれかの絶唱を歌ったとしても、それぞれが持つ独特の雰囲気や歌い方を超えられず、決して様にはならなかった。あの頃の青春、いまさら取り返すすべもないけれど、あの緊張感ってたまらないものがあった。カラオケにはすっかりご無沙汰続きだけど、一人で行って歌う気にもなれないし、まず声が出ないんだろうなあ。



誤変換

帝釈天2月19日(日)
(柴又・帝釈天)

誤字脱字、誤変換が多いとの指摘を受けたが、まさにその通りで頭が痛い。生来不精な上に、そもそもが見直しをしないというおかしな癖があるので始末が悪い。予習は一生懸命やるが、復習は一切しないという、あの悪癖だ。書き終わると、それはもう終わったことだから決して見直さない。ブログに時々訂正が加えられているのも、実を言えば、掲載写真が重複しているのかどうかを見直す際に、たまたま目に入ったからに過ぎない。

パソコンに親しむようになってすでに10年は過ぎた。一丁前にほとんど右手人差し指一つで、機関銃とまではいかないが、水鉄砲ぐらいの速さでは打ち込めるようになった。その打ち方に伴って、当然のことながら文節変換に挑むことになるわけで。これが大問題、XPのワープロソフトのお粗末さの前に泣きを見ることになる。お見事と思わず声を上げたくなるほどのお粗末で独創的な意訳となるのだ。

それに輪をかけるのが、ものすごく増えた単語ツールの数である。省略するために、よく使う言葉はほとんどが単語登録されている。端的な例を挙げれば、「も」と打てばモーツァルト、「ベ」ベートーベン、「ちゃ」チャイコフスキー、「えぬ」NHK交響楽団、「し」新宿、新宿御苑、「ゆ」夢の島熱帯植物園、「む」向島百花園、「おそれ」は「畏れ入谷の鬼子母神」、「よ」が「よろしくご査証ください。」、「ま」が「まっこと、ご同慶の行ったり来たり」「お」が「驚き桃木山椒の木」。

たとえば、「お茶を飲んで湯にも入り、ベットで寝たよ。あまりの寒さに恐れ入ったよ。」はこうなる。「驚き桃木山椒の木チャイコフスキーを飲んで夢の島熱帯植物園にモーツァルト入り、ベートーベンットで寝たよろしくご査証ください。あまりの寒さに畏れ入谷の鬼子母神、よろしくご査証ください」。さすがここまで違約されれば、どんなバカでも気がつくけど、バラ打ちだとつい見過ごすこともある。言葉遊びしているみたいで、そのおかしさにしばし笑ってしまうけどね。

ケアレスミスも多いね。にとぬ、みとむ、ずとづ、しとひ、んとmm、きとじ、た行とれ行、多いのがバックスペースを打ったつもりで¥、−を打ったつもりで^。原稿を書いていて、あまりにも訂正が多くてウンザリしているのも事実、それでも網の目を抜けるように、幾つもが文章になってしまうやりきれなさ、もう、いやんになっちまうね。だからといって人さまに迷惑をかけていいわけではなし、精励刻苦して頑張るよ。


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