コジゼラ

よもやま話を雑文で

2006年03月

インシュリン

英国大使館3月31日(金)
ソメイヨシノ・英国大使館前)

糖尿病治療のインスリンを大量に注射して夫の殺害を図ったとされる事件で、千葉県警捜査1課と匝瑳署は10日、妻で風俗店経営の鈴木詩織容疑者(33)とともに、知人で無職の田口久美子容疑者(41)を殺人未遂容疑で逮捕した。鈴木容疑者は「分からない」と容疑を否認、田口容疑者はインスリンを使う手法を教えたなど容疑を認めているという。鈴木容疑者は中国・黒竜江省出身。93年10月に茂さんと中国でお見合いし日本で結婚、03年4月に日本の国籍取得が認められた。

滋賀県長浜市の2園児殺害事件で、大津地検は10日、鄭永善(日本名・谷口充恵)容疑者(34)を殺人と銃刀法違反の罪で起訴した。鄭容疑者は一時期、精神的に不安定な状態にあったとされるが、「2人を殺すつもりで刺した」と明確な殺意を認め、犯行前後の行動に不自然な点がないことから、地検は刑事責任を問えると判断した。

ともに恐ろしい事件だったが、共通するのは中国人妻だったこと、それも吉林省、黒竜江州と、貧富の差が著しい中国東北地方出身者だった。この地方出身者は、よくいえば唯我独尊、当たり前にいえば自分勝手、悪くいえばジコチュウ、言葉が通じないもどかしさから、協調性を欠き、なんでも周囲のせいにしたがる傾向にある。

むかし会社をやっていた頃、この地方出身の留学生をアルバイトで雇っていたことがあったが、たまげたのは、洗濯物を家から持ってきて、倉庫に堂々と干しだした。扱っている商品は革製品、水分を最も嫌う代物だったから、これにはびっくりさせられた。注意してもわれ関せず、数日後も堂々と開陳する始末、早々にお引取り願ったね。

実をいうと、このニュースでもっとも恐ろしかったのは、インシュリン注射で、簡単に人を殺せるっていうこと。日常当たり前のように使っているインシュリンがその気になれば、殺人の道具に簡単に使えるってことだった。思わず背筋が寒くなったね。そんな気には絶対ならないけど、自殺の道具にも最適のようだ。でも、植物人間になってしまうんじゃ、あまりぞっとしないね。管理監督もいい加減にやっていたけど、これからは簡易金庫でも買って厳重管理しなくちゃね。

業界用語

豊洲駅3月30日(木)
(モノレール豊洲駅)

「海コン」は海上コンテナ用セミトレーラ連結車、「重セミ」は重量物運搬セミトレーラ、「一般セミ」は一般セミトレーラ連結車、「ポール」はポールトレーラ。特殊車両通行許可制度に記載されている用語集からだが、専門用語というのは、注釈がなければまるで分からないね。以下芸能界で通用している業界用語から。

「あご」、番組作りの際の食費、「あし」、番組作りの際の交通費、「オクターブ」、もともと演奏家たちの間で、ギャランティを支払う際に、音階(1オクターブ)が「ドレミファソラシド」の8つで構成されていることから数字の「8」を意味する言葉として、使われており、後々、芸能界全体の業界用語となっていった。「オンリー」、台詞だけを後で収録すること。後々の編集作業で映像とあわせる。むかしは「アフレコ」っていったよなあ。

「雨傘番組」、スポーツ中継が、雨が降って中止になった場合に備えて、かわりに放送する番組のこと。「ガバチョ」、「ばみる」ときに使うテープのみを指すときの言葉で、「ばみる」とは機器の位置や出演者の立ち位置を、ばみテープで印をつけること。「がや」、ドラマで、見物人やお店のお客さんなど特定の動きや台詞が設けられていない人たちのこと。収録の際、この人たちは実際に声を出しておらず、口パクで演じている。

「ステブレ」は「Station Break(ステーション・ブレイク)」の略。次の番組が放送開始されるまでの時間帯のことで、CMや番組宣伝が流されることが多い。「テレコ」、番組の素材などの順序を逆にすること。もともと歌舞伎用語から来た言葉で、2つの演目を交互に上映したことに由来する。「天丼」、同じネタを複数回繰り返すことによって、笑いをとること。

オクターブといえば、ぼくらもむかし、かっこつけてバイト料いくら?「ゲーセン!」だなんて粋がっていっていたが、実を言えば、波乱なんかで、いや腹の中で「ABCDEFG」と数えていたんだから、いいかっこしいも大変だった。ドイツ語なんてアルファベット7文字しか知らなかったもんね。「ぱくられる」とか「ちちくる」、「アゲマン」とか「ガセネタ」など特殊な社会で使われている用語がどういうわけか流行ったなあ。だけど、小泉首相の口から、ガセネタだなんて言葉がまさか出てくるとは思わなかったね。「ちちくる」なんていい響きがあったが、いまじゃ「内部告発」か、ちょっと味も素っ気もないね。

みず

ソメイヨシノ3月29日(水)
(サクラ満開・晴海)

気象庁は28日、東京都心と横浜で桜が満開になったと発表した。いずれも1953年の観測開始以来、3番目の早さ。九州よりも一足先に見ごろを迎えた。21日に開花した東京の満開は平年より8日、昨年より9日早い。満開から1週間程度が見ごろだが、関東地方は今後1週間、4月2日の日曜日以外は雨の心配は少なく、花見が楽しめそうだ。

伊那市にある水製造・販売「いすゞ」は2月から、クラシック音楽を聴かせた南アルプスの深層水「常和の命水(ときわのめいすい)」を郵送用に売り出している。波動値が自然水の中で世界トップクラス。波動値は、人間も含めて物質が発している目に見えない超微弱エネルギーを数値化したもので、健康な人は高いといわれる。味も「さらっとしてまろやか」と評判だ。

クラシックを聴かせたワインや焼酎、牛乳などがあることから、水はどうかと考えた。心をいやすモーツァルトの交響曲第40番を選び、命水が入った500リットルタンクにスピーカー12個を取り付け、振動で30分以上、音楽を聴かせる。水に取り組んだのは日本で初めてという。東京都にある波動値の検査機関に命水の測定を依頼したところ、自然水の中で波動値が高い結果が出た。命水と比べても23%アップ。水道水と違い、音楽を聴かせた後も波動値の高さが持続する。

「燃える氷」として、次代の燃料と注目されるメタンハイドレートが新潟県上越市沖の海底に露出し、海底の下約100メートルの地中まで柱状につながっているらしいことを東京大などのグループが見つけた。メタンハイドレートは、天然ガスの成分のメタン分子を水分子が取り囲み、シャーベット状に固まったもの。深海底下の低温・高圧の場所ででき、火をつけると燃える。

都市部の水道使用量が激減しているそうだ。そりゃあそうだろう。水道水を飲料として使う家庭はほとんどなくなり、我々みたいな下層社会の一員でさえ、ペットボトルを愛用している時代だもんね。スーパーにいけば2Lビンが200円以下で買えるし、これがまた旨い。トイレも洗濯機も食器洗い機も、メーカーの開発が進んで、節水が進化している。だけど、疑問に思えるのは、ペットボトルに使われる地下水や海洋深層水にしたって無限じゃあないわけで、こうジャブジャブ乱獲すれば、いずれは石油のように枯渇する恐れも強いわけで、いずれは値上げなんてことも起きてくる。これも一種のバブル現象だなあと思いつつ、きょうもまたペットボトルを飲んでいる。 

晴海大橋

晴海大橋3月28日(火)
晴海大橋(晴海ー豊洲)

中央区晴海と江東区豊洲を結ぶ「晴海大橋」が25日開通し、記念式典が開かれた。晴海大橋の全長は約580m、同時に開通した豊洲・有明間の「有明北橋」とともに、都心から臨海副都心に直結する大動脈の役割を担う。晴海での式典に出席した石原慎太郎都知事は「有力なアクセスが確保され、臨海副都心は、都にとってかけがえのない存在となっていくだろう」とあいさつした。テープカット後には、多くの人たちが渡り初めを徒歩で楽しんだ。(東京新聞)

地元の人間である東風とらにとって屈辱的だったのは、この橋の開通をまったく知らなかったことだ。花ばっかりを追いかけていたから、地元のニュースに疎かったかもしれないが、新聞記事でもまったく見かけなかった気がする。それにしても口惜しかったなあ、その日晴海界隈を1日中うろついていただけに尚更だ。次男坊に「なんだ、オヤジ知らなかったの」って、バカにされてしまったよ。さっそく屈辱を胸にしまって行ってきたよ。

豊洲といえば、きの(3月27日)モノレールが開通し、いままで、自転車で出かけていたお台場方面に気安く行けるようになった。これはけっこう有難いことで、自転車で行くともなると、意外に長丁場だから、それなりにきつい行程だった。自転車は現地についてからもあちこち行ける利点もあるが、途中坂道も多く、けっこう難儀する。これからは1日乗車券800円で、自由自在に動けそうだ。

隅田川は永代橋を過ぎてから、二つに分かれる。大きく右に蛇行するほうが本流で、直進するほうは相生橋を過ぎて、再度豊洲運河と晴海運河に分かれる。晴海大橋は、相生橋の下流にかけられた橋で、その先はもうレインボーブリッジになる。気楽に出かけたが、同じ豊洲といっても、けっこう遠くてモノレール新豊洲駅の先にあった。

橋はゆったりできてはいるものの、それなりの勾配もあって、しかも長さが600m近くあるから、自転車では気楽に渡れないことが分かった。橋桁を中央に据えた片側3車線の橋が2本平行して作られているのは、将来の築地市場移転を踏まえてのことだろうが、中々立派な橋だった。この橋ができたお陰で、ともすれば決まりきっていたご近所の散策路が一つ増えたわけで、これはこれで、けっこう毛だらけ猫灰だらけっていうことになる。

ガセ

ケヤキ3月27日(月)
(ケヤキ・新宿御苑)

ライブドアの送金指示メールと掛けて官邸筋の謀略と解く。その心は、「姉歯耐震強度偽装ヒューザ問題」の目晦まし、「米国産牛肉輸入問題」の目晦まし、「格差拡大問題」の目晦まし、「皇室典範改正問題」の目晦まし、「年金改革問題」の目晦まし、そして、「内閣支持率下落」の下支え、「小泉人気下落」の下支えなどである。このライブドアの送金指示メール謀略の予想以上も成功したことと永田寿康の毒気・鬼気に官邸筋も実はビックリ。官邸が始めからこの謀略(ガセネタを使ったこと)を知っていたかは、謎であるが、早い時機にガセネタ説を小泉が流して早々の幕引きを狙ったことから、恐らくは知っていたと観られる。

ガセネタとは、偽物、まやかしもの、うその情報をいう。元々はテキヤの隠語として使われる言葉で、語源はお騒がせの「ガセ」と、その元になる情報の種を隠語の「ネタ」として組み合わせて「ガセネタ」となったもの。ガセはこの他の活用法として、「ガセ○○」と○○の部分に言葉を組み合わせて、合成語に使われている。例えば「ガセパイ」はブラジャーにパット等を入れて、胸を大きく見せるものを指して使われた。

小泉首相を裏からサポートする「影の軍団」の手法は鮮やかだね。小泉人気が翳りそうになるたんび、巧妙な手を打っては人気挽回に務める。ハッタリをかませ、大向こうを狙うのは得意中の得意、ただ、そのどれもが国民に目くらましをかける睡眠療法で、まるで内容に乏しいのが特徴、いってみれば「三文オペラ」で演じられるガセネタの類と一緒だ。とにかく国民にこれほど不実な政府っていうのも珍しいんじゃない。大言壮語の割りには結果は常にバラ色決着、いってみれば役人どものいいなりってこと。

当面の敵だった民主党は世間知らずのお公家さんを頭に抱き、党内も右顧左眄って感じだから、いとも簡単に騙される。その都度、民主党の評価はガタ落ち、もはや政党としての体もなさないていたらくだ。ただ、この「影の軍団」、国内の権謀術数を操る手腕は見事だけど、国際情勢を旨く操る術は得意じゃないようだね。これは一貫して小泉首相の外交オンチにも起因しているようだ。


マナーとエチケット

ヤナギ3月26日(日)
(ヤナギ・新宿御苑)

マナーとエチケット、どちらも辞書には行儀や作法といった意味が書いてあるが、なんとなくニュアンスの違いがある。マナー(manner)は英語だが、ラテン語で「手」を意味するmanusが語源。もとは手の使い方を始めとする作法のことで、ある場所や場面において決まった立ち振る舞いを指す。例えば食事中のマナーと言えば、ナイフやフォークの使い方などを意味する。

エチケット(etiquette)はフランス語。宮廷に入るための通行札、庭に入るなという立て札、ここに汚物を捨てるなという立て札が語源とされている。こちらはある状況下での心配りや気遣い、思い遣りから来る行為や態度を指す。食事中のエチケットと言えば、食事中に汚い話をしないとか、ゲップをしないということである。

キレイな夜景のことを「100万ドルの夜景」と形容することがある。単に語呂がいいから使われることも多いが、日本三大夜景、函館の函館山・神戸の六甲山・長崎の稲佐山の中の1つ、神戸の夜景に関しては具体的な理由がある。神戸の100万ドルの夜景は、1953年(昭和28年)に当時の電力会社の副社長が命名したと言われている。六甲山から見渡す神戸・芦屋・尼崎・大阪の電灯にかかる1ヶ月の電気代が約4億円、当時のレート1ドル360円で換算すると約120万ドルとなり、キリのいいところで100万ドルというわけ。なお現在神戸の夜景は「1000万ドルの夜景」とも呼ばれている。

世界三大夜景は国によって諸説あるが、日本ではナポリ・香港・函館と言われている。ちなみに日本でも世界でも三大に入る函館では8月13日を夜景の日(や=8、けい=K=トランプの13)とし、家のカーテンを開けたり、イルミネーションで飾ったりして住民協力のもと夜景の演出をしている。

マナーとエチケット、なにかとわずらわしい世界だったが、あまり意識せずに過ごしてきた。洋食も面倒くさい食べ方はしたくないから、できるだけフォーク1本ですむ様な、例えば、ハンバーグとかメンチカツを主体に注文してきた。カツが食べたかったら、あらかじめ切ってあるカツ丼を選ぶ日常だった。だから、結婚式や宴会なんてしち面倒くさいのは、大の苦手。フォークの上にめしを乗せて食う様なんて、まさに噴飯物だったなあ。わざわざ食べにくくして食べるマナーなんて、それこそくそ食らえだったね。そのくせ、いい年こいて、箸の持ち方もままにならないんだから情けない。

痛しかゆし

ハクモクレン3月25日(土)
(ハクモクレン・新宿御苑)

ああ、どうしようもない。春が急にやってきて、あっというまに一斉に花が咲き出した。それが、ウメとツバキとサクラ、ほぼ時を置かずしてだよ、もう面食らっちゃって右往左往してる。木場公園ではカワツザクラが終わったと思ったら、今度はギンョウアカシア、トサミズキ、レンギョウ、エドヒガン、東陽橋遊歩道路と清澄公園ではハクモクレン、自然教育園ではニリンソウ、向島百花園ではクマガイソウ、海洋大学校庭ではユキヤナギ、木場親水公園ではアンズ、浜町公園ではナシノハナ、清水谷憩いの森ではカタクリ、新宿御苑と小石川植物園、晴海トリトンでは、それこそ、なんでもかんでも。

体が一つしかないから、新宿御苑と小石川植物園にはできるだけ張り付いて、その合間に各所をめぐらなければならない。去年の暮れから健康維持の観点から、できるだけ、自転車走行を止め、歩くことに徹しているから、なおさら時間に制約される。それにしても歩くのが遅くなった。別に急ぐ必要なんかないわけだから、それでいいのだけれど、やはり切ない気がするね。交差点の信号が変わりそうになると、以前だったら、無理しても駆け出したけど、いまじゃあせりもしなくなったね。駆けることなんか、とっくの昔に忘れてしまったし、よしんば走りでもしたら、息も絶え絶えになるのは間違いない。

東京の開花宣言を受けて、新宿御苑に一日張り付いていたが、ソメイヨシノは大木に一つか二つ、へばりつくように咲いているだけだった。ただ、つぼみははち切れんばかり、週末には満開間違いないね。サクラというと、さっと咲いてさっと散るというイメージが強いけど、これはソメイヨシノ特有の散り方。ソメイヨシノが散って里桜の季節がやってくると、けっこう未練たっぷりのサクラも多い。この未練たっぷりのヤエサクラたちはけっこうしつっこく咲いているから、見るのに時間的余裕はたっぷりあるから、安心できるのが特徴だ。ただ、あんまり頑張りすぎてへたり過ぎるのが欠点だね。


死に際

ギンヨウアカシア3月24日(金)
(ギンヨウアカシア・木場公園)

<森繁久弥さんと知り合ったのは、昭和39年、TBSのドラマ「七人の孫」でした。以来勝手に師匠として敬ってきました。だから週刊誌の連載で、人間、森繁を書くという企画を畏れ多いと思いつつ引き受けました。森繁さんが嫌がった「大遺言書」というタイトルは「100歳まで生きると思えば、それがかっこいいでしょ」と説得して始めたものの、1年くらいしたら疲れちゃって、編集者に「いつまでやるの」?と聞いたら、「どちらかが亡くなるまで」だって。森繁さんよりもボクのほうがふた回り近くも若いのに?ま、世間から見れば、同じ老人に見えるんだなと思い返し、それならどっちが先に死ぬかサバイバルをかけてやれるだけやってみようと続けているんです>(久世光彦談)

戦国武将・真田氏ゆかりの上田城を覆う700本のソメイヨシノ。この千本桜と名付けられたサクラを、昨年から照明デザイナー、石井幹子さんがライトアップしている。毎年少しずつ増やし、3年後の完成を目指している。東京タワーやお台場のレインボーブリッジ、東京駅レンガ駅舎など、なにもしなければ、夜の闇に消えてしまう物にも新しい命を吹き込んできた。そんな石井さんにとってサクラは特別、老いた母がここ数年、「今年が最後のサクラかな」と口にするようになった。人にそんな思い入れをさせる花はほかには知らない。何もしなくても美しく、崇高な存在をより引き立てるため、光は「最もサクラの花を引き立てる色を厳選した。

久世光彦は1935年生まれ、70歳だった。死の1日前まで喫茶店でスタッフと元気に打ち合わせしていたという。このインタビューにしても、まるで自分の死を予感していない語り口だった。「ウナ・セラ・ディ東京」などの歌謡曲で知られる宮川泰さんが21日未明虚血性心不全のため、自宅で死去した。75歳だった。前夜もいつもの通り家族と元気に談笑し、午前10時に家人が起こしにいったところ、亡くなっていたという。同世代を生きた人たちの訃報に接するたんびに、死に対する切実感を感じてしまう。

いずれもサドンデスだが、家族は一刻悲嘆のどん底に突き落とされるが、死ぬ側になったら、変な病気で長患いするより、ずっと気楽だなあ。今年もサクラが見られてよかったと思うような年齢になったが、どうせ一度しかない死に様は、眠るように死んでいたってことで終わりたいなあ。


天声人語

コヒガン3月23日(木)
(コヒガン・新宿御苑)

春めく風に誘われて、ふらりと旅に出たくなった。南アルプス(山梨)の、みどり(群馬)が芽吹くころ、つがる(青森)平野に、さくら(栃木)は咲くだろうか。ハイキングなら、妙高(新潟)、安曇野(長野)、八幡平(岩手)あたりが楽しそう。川くだりもいい。千曲(長野)、阿賀野(新潟)、四万十(高知)や紀の川(和歌山)、吉野川(徳島)の清流を堪能したい。島めぐりは淡路(兵庫)、佐渡(新潟)から江田島(広島)、長崎県の壱岐、対馬、五島を回り、天草(熊本)、奄美(鹿児島)、宮古島(沖縄)にも足を延ばそうか。

くつろぐには、やっぱり温泉でしょう。下呂(岐阜)、あわら(福井)、那須塩原(栃木)に行こうか、九州の雲仙(長崎)、嬉野(佐賀)にしようか。お湯につかって夜空を見あげれば、北斗(北海道)の星々が輝いているかもしれない。瀬戸内(岡山)で水遊びをして、阿波(徳島)で踊りあかすのも愉快だな。伊賀(三重)と甲賀(滋賀)の忍者の里ツアーは、子どもが大喜びしそう。おいしいものが食べたくなったら、さぬき(香川)うどんも、魚沼(新潟)産のコシヒカリもある。

いわゆる平成の大合併が、今春で一段落する。3月末までの5年で、市は100ほど増える。この間に誕生した新しい市の名前を並べただけでも、ちょっとした行楽気分に浸れる。でも、本当に出かける時には地図を持ち歩こう。伊達は北海道と福島にあり、山県は山形でなく岐阜にある。匝瑳(千葉)や宍粟(兵庫)なんて読みにくい名前も多いのだから。

以上、朝日新聞天声人語からだが、たまたま、このブログで同じ話題を先行させていたから、おこがましくも勝った気がして気分がいい。限られた紙面で、書きたいことをきちんと述べる術や、散文的な文章のもっていき方などは、とても及ぶべくもないのは当然として、参考にはなる。旧国名で、東風とらが見逃してしまった伊賀、甲賀、さぬき、阿波などを見つけ出したのはさすがとしか言いようもないね。なんちゃって、いつのまにか不遜にも対抗意識丸出しである。最近の朝日新聞は全般に低調傾向だから、読むほうもついついなめてかかっている。

土手すべり

シダレ3月22日(水)
(シダレ・新宿御苑)

荒川の昔の遊びを再現しようと、荒川ビジターセンター「土手すべり大会」と題した催しを行った。同センターは自然豊かだった昭和30年代に、当時の子どもたちがどんな道具を使っていたのかを学んでもらおうと、畳表やワラ、酒樽をくるんでいた菰などの道具を用意。参加した子どもたちは荒川土手に移動し、まずは、自分たちが持ち寄ったプラスチックのそりや段ボールなどで滑り具合を確かめた後、昔の道具に挑戦した。子どもたちはワラの扱いに苦戦しながらも工夫して巧みに乗りこなし、スピードを競っていた。さらに、大きな畳表を使って親子や友達同士で一緒にすべり、歓声を上げていた。(東京新聞)

そうそう、ガキの頃、暇になると(いつも暇だったが)、赤羽の鉄橋下の荒川放水路に仲間たちと、電車賃20円を握り締めながら出掛けたっけ。水遊びに興じたり、土手すべりを楽しんだものだ。橋脚の周りを水が渦巻いていて怖かったり、ドザエモンが川にプカプカ浮いているのに遭遇したり、思い出すなあ、あの頃のこと。たしか、土手すべりには焼跡で拾った「かます」が一番しっかりしていて、よく滑ったような気がするね。そういえば、オバアチャンとセリやヨモギ摘みにもよく行ったなあ。塩味の草餅だったけど、手作りの素朴な味がご馳走だった。

最近、各新聞の東京版などを眺めていると、荒川区や江戸川区など荒川に面している区ではこのような催しが復活しているようだ。とてもいいことなんだけど、飽食の時代に育った子供たちが素直に受け入れられるんだろうか。でも、飽きずに続けてもらいたいものだ。江東区にも川が一杯あるけれど、この手の企画はほとんどない。それはそうだ、江東区の河川はほとんどが頑丈な護岸設備で固められていて、斜面はおろか雑草が生えだす余地もないからなあ。


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