コジゼラ

よもやま話を雑文で

2006年04月

看護師

フジ4月30日(日)
(フジ・浜離宮)

いよいよ、ながーい大型連休が始まったね。この期間、人出の少ない場所を探し出すのは至難の業だ。火中の栗でも拾うつもりで、繁華街に繰り出すのも案外名案なのかもしれないね。きょうは天皇賞をディープインパクトがどのような勝ち方をするか、じっくりとテレビで見るとしよう。

「保育士」「看護師」など、最近資格も多くなった一方で、呼び方も以前とすっかり変わってしまった。「看護婦さん」なんて気楽に呼んでいたのが、看護師さんでは気楽に呼べないもんなあ。なんだか急にえらくなったみたいで、えらい違和感がある。マッサージ師だって、いまや先生、先生ばっかり多くなって誰が偉いのか、偉くないのか、その辺の線引きが難しくなった。

「師」と「士」の使い分けはどうなってるんだろう。モノホンによれば、<「師」のつく職業は、明治維新以前の古くからあった専門職を指し、医師、薬剤師(薬師)、陶工(土師)、美容師(髪結師)、漁師、猟師などをいう。この時代の「士」は武士(もののふ)だけだったが、維新後に生まれた専門職は「士」だ(弁護士、飛行士、士官など)>そうだ。

看護師は、平成年代に制定された多分に政治的な名称と考えられる。つまり医療制度の本質はいじらずに、表面の呼称だけを変えて、男尊女卑のイメージを払拭しようとしたわけだ。弁護士にしろ公認会計士にしろ、1級建築士にしろ、肩書きはかっこいいけど、不正に手を貸す事件が多くなった。いくら難しいからといったって、人間性の本質までは見抜けないのが、資格試験の最大の難点だね。

浜離宮

ツツジ24月28日(金)
(ツツジ・浜離宮)

「古来稀なり」になって初めてのお外出。前途洋々とはいかないだろうが、出発進行するしかないね。澄み切った好天に恵まれ、幸先よしと飛び出したものの、さーて、どこへ行ったもんか。取り敢えず、いつものルンペン姿も凛々しく銀ブラとしゃれ込んだ。半袖姿で闊歩する女性たちをまぶしい思いで眺めながら、新橋駅へ。崎陽軒のシューマイ弁当を買って浜離宮で昼食にしようと思ったのだ。ところが売り切れ、仕方ないから、たまには奢ってみるかと、1,000円のホタテ貝柱弁当を買い込んだ。

早速包みを開いてみると、これが超豪華版、乾し貝柱をほぐして炊き込んだおこわ、ブリの照り焼き、でっかいシュウマイ、カニの春巻き、野菜の煮付け、シラウオの酢の物、卵焼きなどなどがギッシリと詰まっている。いつもろくな昼食しかとってないから、胃袋もビックリしただろうが、70年間なんの文句も言わず付き合ってくれてるんだから、たまにはいいことしたっていいじゃない?

さて、浜離宮、しばらく来なかったのには理由がある。薄汚い川に三方を囲まれ、シオサイトの超高層ビル群に睥睨され、森の一部はカワウの糞で汚染され再生不能の状態。そんなイメージがあったからだが、来てみてビックリしたのは、意外にもキレイだったこと、そして、65歳以上無料だったのが有料になっていたこと、ボタン園が見事に手入れされていたこと、自慢の池が無数の水草で汚染されていたことなどだった。

なんといったって、この浜離宮、生まれて初めて海で泳いだ場所、信じられないだろうが、あの頃東京湾はキレイだった。いまじゃあ、ダレカサンと初デートしたのもここだった。入口に蓋をされ、淀んだ沼みたいな海の残骸を眺めながら、50年前のことだったんだなあって、しばし感懐にふけってしまったよ。

文学賞

ツツジ4月28日(金)
(ツツジ・根津神社)

イギリスのサンデー・タイム紙が興味深い実験を行った。1970年代にブッカー賞を受賞した小説2編の原稿を入手し、それを合計20の出版社および出版エージェントに送りつけた。戻ってきた返事はすべて、出版をお断りするというものだった。さて、500近い文学賞がある日本、これほど多くの文学賞がある国は世界でも例を見ない。

日本では、文学作品そのものよりも、文学賞のほうが重要のようである。作家に会ったとき、「どんな作品を書いてきたか」とたずねるより、「どんな賞を受賞したのか」とたずねることのほうが多いからだ。今の若い作家たちは出版社から「芥川賞が取れるような作品を書いてください」とハッパをかけられるという。文学は賞を貰うことによって評価されるのである。((以上、作家ロジャーバルバースの寄稿文より)

もし同じ実験を日本でやったらどうだろう。芥川龍之介がどこかの出版社に出版依頼して返ってきたメールの文面、<芥川龍之介先生、正直申して、出版はムリでしょう。先生の小説は難解すぎるし、短すぎます。それに小説のタイトルはカタカナにしたほうがいいと思います。菊池寛先生にも同じことをお願いしたところ、「真珠夫人」という作品の書名を「マダム・パール」でもいいといって下さいました>

権威主義も極まれりといった感じだが、審査する先生方の中には、幾つもの賞を掛け持ちしている強者、いわば、これで食っている人も多いようで、やはり日本は平和ってことなんかな。いま海外で最も評価が高い村上春樹は芥川賞など登竜門となる賞には縁がなかった。芥川賞の傾向も、どちらかといえば内容よりも出版社主導による話題作りが主眼のようで権威は薄れるばかりだ。



古希

上野寛永寺4月27日(木)
上野・寛永寺)

コキコキ毎日を過ごしていたら、いつのまにか70歳だってさ。いやんなっちゃうよなあ、まったく。こんなのオトコの勲章でもなんでもないや。ノホホンと暮らしていれば、ダレだってなれる。だからといったって、なりたくてなったわけじゃあないよ。古来稀なりだなんて、先人もよく言ってくれたじゃあないか。せめて、回春とか再起とか勃興とか、気の利いた称号にしてほしかったな。

もっとも回春といったって、改悛とか悔悛とか、ましてや買春なんて意味はまったく含んではいないよ。これらは同義語ではなく同音語にしか過ぎないんだから、念のため。熟年、老人力、林住期など、この時期を表す言葉は多いけど、要するに冥府への一里塚にまた近づいたってことは間違いない。さて、どうするのか、まったく分からないが、ま、天命に任せるしかなさそうだ。

具体的なアクションとしては、都バスをふくむ都営交通のタダ券が手に入るはずだった。ところが、あにはからんや、老人控除の撤廃が可決され、課税される身分に格上げされちゃった。まるで、コチトラが70歳になるのを図っていたようにである。次に医療控除の改悪により、70歳以上でも医療費負担が9月より1割負担から2割負担にアップされた。たかだか5ケ月だけ1割の恩恵を与えるっていうお目こぼしはついているけどね。

小遣いは益々少なくなりそうだし、長生きするってことがおめでたかったのは、いつごろまでのことだったんだろうかって問いたくなるね。「あれー!お代官様。ご無体はお止め下さいまし」「お主もワルよのう」。そんな会話が聞こえてきそうな昨今だ。

名残んのサクラ

新宿御苑4月26日(水)
(新宿御苑)

大型連休前に、悔いを残さないよう新宿御苑に残んのサクラを見に行ってきた。花吹雪が巻い散る中、何種類かはまだ咲き残っていた。花が小さくなり、葉が目立つようになったが、花芯辺りを恥らうようにベニで染める風情は妖艶そのものだった。カスミザクラが満開を迎えていたから、新宿御苑のサクラもきょうで見納めだ。3月から4月にかけて何度訪れたか?これでしばらくはわがパラダイス、御苑通いともオサラバだ。

来月になると、舞台はあちこちへと変わり、ボタン、ショウブ、ウノハナ、アジサイと季節の連鎖は続いていく。サクラほどの華麗さには欠けるけど、地味なりにそれぞれの色合いを楽しめる。ただ、花木.から草花に変わるわけだから、写真は写しやすい反面、園芸愛好家が品種改良した種類が多くなり、戸惑うことになる。であるからして、今年からはそれぞれにつけられた優雅な名前は一切無視することにした。一々書き留めるのも面倒だし、その前にとてもじゃないが覚えきれない。

いずれにせよ、サクラが終わると、今年ももう終わったなという虚脱感でぐったりする。新しいカメラもやっと手に馴染み、もう壊れる心配もなさそうだから、これから本格的にいろんな技を試したいのに、なんか抜け殻みたいになっている。大型連休をじっくり休み、写真を整理しながら余韻に浸りたいのだが、今年は撮りすぎた。見るだけでイヤになりそうだが、ほおっておけばおくほど、判別が難しくなる。やんなっちゃうな。

いつの間に

ベニズオウ4月25日(火)
(ベニズオウ・小石川植物園)

新聞を見ていたら、近々、法律改正がされ、1分以上路上駐車すると、違反として写真を撮られ、それを証拠として罰金が科せられるという。これって、おかしな法律改正だね。ここまで、宅配便や引越便が発達して、市民の生活に不可欠な状況なのに、なんというバカな改正をするんだろう。民間ボランテイアを監視員に仕立て、無理やり税金を取り立てようとするインチキ改正だ。

小泉政権になってから、いつのまにか法改正がされているっていうケースが多く見られる。国会で満足に論議もされないで法案が通過してしまうから、それも、文句を言わないおとなしい庶民からの搾取なんだから頭にくる。財政が緊迫してくると、年貢米の取立てを迫る悪代官さながら、官僚が仕切っている世の中の常で、世情を考えない悪政だね。江戸時代の封建国家からちっとも進歩してないんだよなあ。

まもなく70歳になり、バス券がほとんどタダになる特典が目の前に迫ったのに、老人控除が廃止されたあおりで、わずかとはいえ税金を納めることになり、この特典もすっ飛んでしまった。同じように医療費も70歳以降1割負担になるはずだったのに、悪法のお陰で、9月からはまた2割負担、たった5ヶ月だけの恩恵ということになってしまった。その一方で、保険収入からは、年々増額される介護保険料が否応なしにさっぴかれてしまう。わずかな小遣いがまた減ってしまうことになるわけだが、お国のため我慢せいってことか。

ゼラチャン

ゼラチャン4月24日(月)
(ゼラチャン・ベランダ)

新宿御苑だ、小石川植物園だ、北の丸だ、木場公園だ、晴海トリトンだ、と戸外の花を求めて、日夜駆けずり回っている。ある日、窓越しに、ふとベランダを見やると、我が家もいままさに満開、花という花が咲いている。持ち主同様ボケてるのか、今頃になってボケまでがうれしそうに咲いている。あれっ、あの枯れかかっているのはなんだ、近寄ってみたら、典型的な金欠病ならに水欠症だった。慌ててタップリの水を注ぐとしばらくして、あれよあれよのうちに生き返ってきた。

自慢じゃあないが、当家のベランダはスパルタ教育、って言えば聞こえがいいけど、まったくの放任主義、水は週1回しかやらないし、エサなどほとんどやらない。手間といえば枯れ葉と咲き終わった花殻の除去ぐらいのものだ。そんなズボラさだから、お上品な草花はことごとく討ち死にし、スパルタ教育に耐え残ったものだけが生き残る。だから、我が家はゼラチャンとかとか、生命力あふれるもので一杯になる。

そのたくましく、愛するゼラチャンが、たとえ新入りで環境に慣れていなかったとはいえ、枯れそうになっているんだから、いかにほったらかしにしていたかがよーく分かる。反省の気持ちをこめて、1本1本、ねぎらいの言葉をかけ反応を探る。気のいいゼラチャンは、ちゃんと独特の匂いで応じてくれるのだ。いま、約12色、50本近いゼラチャンが満開である。

くたばるな

ツツジ山4月23日(日)
(ツツジ山・根津神社)

ジャイアンツが強いから、毎日毎日が楽しいね。大技、小技織り交ぜて攻め抜き、守りはちょっとドンくさいけど、各投手が必死に自分の仕事をこなしている。今年のジャイアンツが強いのは<(ヤクルト+ロッテ)−清原)だなんて、あるスポーツ紙がうまいこと書いていた。投手陣を引っ張るコーチ陣は尾花、伊勢など旧ヤクルトのスタッフ、その科学的分析には定評がある。大活躍しているのが李承と小坂誠、いずれもロッテからの移籍組だ。清原についてはなにも説明する余地なんてないね。

胸が躍るのは、3年目の内海哲也投手と4年目の矢野謙二外野手の大活躍ぶりだ。ジャイアンツで若い連中が活躍するなんてシーンはここしばらく見てないだけに、とっても新鮮に目に映る。きのうも宿敵ターガースを相手に、この2人が大活躍し、2連勝の立役者となった。原監督の采配はことごとく的中し、チームの勢いは当分衰えそうもない。

さらについているのは、主砲高橋由伸や亀井外野手の負傷欠場と時を同じくし、大リーグ挑戦を目指していた、元西武、小関竜也外野手がテスト入団してきたことだ。これで、ポッカリあいた穴もちゃんと埋まる計算だ。さあ、このツキに乗ってどんどん勝ちまくろうぜ。たまにはジャイアンツファンにも溜飲を下げさせたってバチが当たらないよ。


ツツジ

ツツジ山24月22日(土)
(根津神社のつつじ)

木々の花ばかりを追いかけて、上ばっかり向いて歩いているから、首は痛くなるし、ついつい足元の草花はおろそかになる。ツツジが咲き出したんだねえ。それもあっという間にね。改めてじっくり見てみると、ことしは去年よりも花の色が濃いし、鮮やかな気がする。道路端のろくすっぽ面倒も見てもらえない冷遇振りに文句一つたれるでなく、しっかりとつぼみを広げている。

ツツジっていうと、どこでも見られるせいか、どうも軽く見てしまいがちだ。現にきょうもきょうとて、同じ気持ちだったんだけど、どういうわけか、珍しく被写体に恵まれなかった。仕方ないので、道路端のツツジに目を向けたんだが。これがどうしてどうして、奥が深い。シロはあくまで純白で風格があるし、ピンクの紗模様はエレガントそのものだ。恥ずかしそうに俯いていながら、けっこう、ど根性の座った顔してる。

木場公園の行き帰り、道路端に植えられた花のほとんどがツツジだが、けっこうバリエーションが豊富で飽きがこない。例年かならず写している秘密の場所は、まだ咲いていなかった。ここは日当たりが比較的少ないから、時期が遅れる反面、一斉に咲き出すから、豪華絢爛、わざわざ、根津神社までなんか行くことはない。

なんといっている口も乾かぬうちに、根津神社に来てしまった。つい思い出してしまったのがウンのつき。来ちゃえばいいに決まってるよねえ。東京では珍しく種類も豊富で、狭い場所をうまく使って、見せ方を工夫している。まだ五分咲きだったけど、やっぱり来てよかったかも。

憂鬱

オオデマリ4月21日(金)
(オオデマリ・晴海)

サクラが咲き誇る春の季節は、待ちに待った至福のときである。ウメ、ソメイヨシノ、モモときて、いまサトザクラが真っ盛りである。ソメイヨシノはさっと咲いてさっと散る、その潔さがなんともいえない風情を醸し出す。その一方で、サトザクラ、つまりヤエザクラはやや鈍重な感じはするけれど、色の多彩さ、華やかさでは群を抜いている。

新宿御苑では14日、小泉首相が各界有名人を12000人も集める園遊会を催し、得意満面で、どこからか引っ張ってきた名句を披露したという。小泉首相の後ろで、鮮やかな淡いピンク色を出していたのは、多分イチヨウだろう。

この時期が憂鬱なのは、毎年大小の違いはあるものの、かならず酸素欠乏症に見舞われることだ。いわゆるCOPDだと思うが、年を取るにしたがって、程度は以前より軽いのに、深刻に考えてしまう負の構造へ陥るのがイヤだね。サクラの華やかさと酸欠に苦しむ暗さとが二律背反で迫ってくる。この対比の幅が広すぎるのもしゃくの種だ。

なんていっているうちに、急に調子よくなった。無理してでも毎日歩いているのがよかったんだろうか。気分屋だから、とたんに弾みがついて、世の中恐いものなんかないぞって思いになってくる。元気になってくると、いつも不調だったゴールデン・ウイーク(これも古い言葉だね)の暮らし方が気になってくるなあ。

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