コジゼラ

よもやま話を雑文で

2006年06月

呼び捨て

ooyoko6月30日(金)
(大横川・越中島)

「アルツール・アントゥネス・コインブラ」っていわれたって、だれのことか分からないよね。実はジーコの愛称で呼ばれるサッカー日本代表監督のフルネームなんだ。ジーコの名前がすっかり有名になっちゃって、マスコミも当然のように呼び捨てで使っているが、これって本当はすごく失礼なことじゃあないのかな。これじゃあ、ジーコさんも本気で指揮する気もなくなっちゃうよね、日本がちっとも勝てないのも、案外こんなところにあるんかなあ。

日本っておかしな国だよなあ。外人崇拝主義はちっとも変わっていないから、野球にしろサッカーにしろ、外国人選手にはろくな調査もせずに大金を支払う。それが当たればいいんだけど、読売ジャイアンツを見ても分かるように、毎年大金を投じて獲得する外人が、実は害人ばかりで、ちっとも役にたたない。あれだけうるさいオーナーがいながら、ここんどこだけはいつも大穴が開いている。

外国人スカウトや流暢な英語をしゃべる日本人を何人か手元に置いたって、たいした金がかかるわけでもないのに、そんなところをケチる。ジャイアンツのスカウトの大半は元ジャイアンツ選手、アタマで勝負してきた人間なんか一人もいないから、かれらを擁護するために、有能な実務経験者をシャットアウトしているとしか思えない。原監督にしたって、自分の周囲をかってのプレー仲間でがっちりと固めているから、いまのように連戦連敗の状態が続くと、仲良しクラブだけに手の打ちようがない。

先ほどのジーコさんに戻るが、プロ野球やサッカーの世界では、高給取りの外人さんには妙に遠慮しているのに、選手登録をするときだけは変なニックネームにするのも妙なもんだよなあ。外人さんたちはどうせ長く日本でやってるつもりはないから、金さえ稼げれば名前なんかどうでもいいってことなんだろうけど、本当はかなりの侮辱だと思うね。長ったらしい名前だから、ある程度はしょうがないとしても、ジーコの本名を初めて知ったなんて、おかしいよ。

マンネリ

jigi6月29日(木)
(ジギタリス・晴海トリトン)

相次ぐ殺人、適度な旅情やお色気、犯人との絶壁での対決――。そんな2時間ドラマの元祖、テレビ朝日系の土曜ワイド劇場が7月、放送開始から30年目に入る。マンネリとの批判も受けながら、平均15%前後の視聴率を稼ぐ安定した人気ぶりだ。

看板シリーズの一つが、市原悦子演じるのぞき見趣味の家政婦が上流家庭の秘密を暴露する「家政婦は見た!」だ。松本清張の「熱い空気」を原作に、83年7月に第1作を放送。84年10月放送の第2作が視聴率30.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)をとり、人気を決定づけた。その後も人気シリーズが次々と誕生。「西村京太郎トラベルミステリー」のような旅もの、「混浴露天風呂連続殺人」のようなお色気ものへも幅を広げた。

そんな土曜ワイドの魅力は大衆受けする作品の多さで、いかに心地いいマンネリを作るかを常に意識しているという。だが、2時間ドラマを取り巻く状況は甘くない。最近、各局とも勢いがなく、日本テレビは24年続けた「火曜サスペンス劇場」を昨秋、幅広いジャンルを取り上げる「ドラマコンプレックス」に切り替えた。熟年以上の視聴者に合わせているためか、主役もベテランが多い。これからの世代交代がかなり難しいのでは」と、長寿番組ゆえの問題も指摘される。

最近、ドラマの類はほとんど見ないから論評のしようもないが、以前見ていて、作品の筋立てがいかにも稚拙で、しかも主演以外に出演する俳優を見て、ダレが犯人なのかすぐ分かってしまうしらけさも再三味わった。新聞のテレビ欄に、出演者の名前が列記されているが、犯人はたいてい4-5番目の俳優だったという珍な統計もある。

ただ、けなすだけではなく、この偉大なマンネリの世界って、貴重かもしれないね。人間なんて、実は毎日がマンネリの世界にドップリと浸かり、それが分からないだけに、古風騒然たるマンネリを堂々と取り上げる、そのお節介さに感謝しなければいけないかもね。しかし、それにしても、たまには緻密な脚本の一つや二つあって欲しいもんだね。

ニッカポッカ

aoumi6月28日(水)
(青海パレットタウンの大観覧車)

月1回の定期診断はずっと午後1時を予約している。このほうが空いているはずだったからだったが、現実は厳しくて午後も待合室は患者で溢れかえっている。実質的に順番が回ってくるのは時によっては3時過ぎになることがある。何度も読み返した鬼平の1冊を、いつの間にか読み終わってる。鬼平は何度読んでも飽きが来ないだけでなく、そのたんび新しい発見がある。

昼どき、近頃の豊洲界隈で目立つのは二つの集団である。一つはバギー車を押す若い奥さんたち、申し合わせたように、黒っぽい帽子やキャップをかぶり、腰には大きめのウエストポーチを後ろ向きにぶら下げ、足を長く見せるジーンズを着用している。もう一つは色とりどりの華やかなニッカポッカをひるがせ、地下足袋で闊歩するトビのお兄ちゃんたちだ。

昼飯は当然病院で食べることになるから、行きがけにコンビニでおにぎりや弁当を買い整えることになる。さて、そこでだ、コンビニへ行くのは絶対12時前じゃなくてはならない。12時をちょっとでも過ぎると、食品棚はあっという間にカラになってしまうからだ。なにせ、ニッカポッカのお兄さんたち、食品棚にあるものを、片っ端からあっという間に鷲づかみしてさらっていってしまう。だから体制の整っているコンビニ以外はたちまち空っぽになってしまう。

先日、外人さんが参加するNHKの番組で、日本人の制服というテーマで、セーラー服など女学生の制服、会社の制服、原宿族の萌え姿、作務衣、ニッカポッカなどの取材を行い、実際に着てみたいものをアンケートしたら、女性群から圧倒的支持を得たのが、なんとニッカポッカだった。確かにそれを推したスエーデン女性が鮮やかに着こなして見せた。

あのニッカボッカの変な形、ちゃんと意味があるんだってね。狭いところで作業するから、腰を下ろすときには自由が利くし、色んな突起物があっても、肌に群れないですむそうだ。ポケットも沢山ついているし、熱いときには風を送ってくれるという優れものだそうだ。だけど、しゃがんで写真を撮ることも多いからって、さすがにこれははけないね。まるで老いたドナルドダッグがヨタヨタ歩いているように見えるだろうからな。

アバター

リコ6月27日(火)
(リコ)

「アバター」といっても何のことか分からない人が多いだろうが、ブログなどの脇に表示されるアニメのようなキャラクターのことだ。サンスクリット語の「化身」が語源だ。 利用者は自分の好きな顔や服、髪形を選んで飾たり、ペットなども選べる。いわば「ネット上の着せ替え人形」といったところだ。クレジットカードやコンビニ決済などで「仮想通貨」を事前に購入、それでアイテムを買う。アイテムは、現実のお金にすると数十円〜1000円程度で、飾れば飾るほど費用がかさむ仕組みだ。月に数万円使うアバターマニアも少なくない。期間限定の希少アイテムはネット競売で数十万円で取引されているという。

こんなクソジジーのところにも、よくアバターの宣伝が入る。以前使っていたブログがこのアバター方式を採用したから、一度試しにやってみた。なんと帽子から衣類、装身具の類、靴まで揃えられるようになっている。無料サイトで選んだから、提供ネタが少なすぎることもあって、こんなジジーがなんと、20歳過ぎの若者に変身してしまった。その姿が毎度ブログを開くたびに出てくる。初めのうちは面白がっていたが、次第にバカバカしくなって、とうとうそのブログを閉じてしまった。

変身願望って若者には強いらしいが、いくらハゲが気になるからといったって、いまさら髪フサフサの姿を装ったって、面白くもなんともない。いまだに一度も使っていないけど、たまたま会員になっていて、ブログも開設している「カフェスタ」は170万人の会員を持つ交流サイト。通信会社パワードコムと韓国大手ポータルサイト「ダウム」の合弁会社で、会員は自分のページをもち、日記風の文章や写真に加えてアバターを掲示する。ページ開設は無料だが、アバターにお金がかかる。たとえば、ストレートヘア200円、お姫様風ドレス250円……。アバターに凝る利用者も多く、同社はアバターで売り上げの半分を稼ぎ出しているという。
 

ペガサス

kannman6月26日(月)
(干満潮測塔・中央大橋)

第47回宝塚記念(G1)が25日、京都競馬場の芝2200メートルに13頭が出走して行われ、6枠8番のディープインパクト(武豊騎手)が優勝した。ディープインパクトは圧倒的な人気を背に、日本中央競馬会のG1で、史上5頭目の5勝(皐月賞、ダービー、菊花賞、天皇賞・春、宝塚記念)を達成し、10月の仏・凱旋門賞挑戦に弾みを付けた。

「天馬空を行く」、この言葉はまさにこの馬のために作られたように思われる。不良馬塲にもかかわらず、見事な三角まくりを敢行し、ゴール前では4馬身も離す圧勝だった。まったく次元が違う競馬で、違うのは人馬ともに顔面が真っ黒になったことだけだった。「この馬は走るんじゃなくて飛んでいる」とは、武豊騎手の蓋し名言だろう。いよいよ世界挑戦となるわけだが、凱旋門賞でも世界の名馬を蹴散らしてくれるだろう。

墨田区文花の東武亀戸線の「東あずま」駅先の踏み切りで、犬が電車を止めるという椿事があった。飼主の富田助平さんが愛犬純一郎を連れて踏み切りを渡っていたところ、純一郎が反対方向からやってきた新井八代さんの愛犬花子に発情し、踏み切り上でストライキを敢行したという。

浅草の三社祭のとき、橋場・待乳山聖天前の道路で花川戸と象潟町会の神輿同士が激突し、双方にけが人が出た。担ぎ手の「弁天山美家古寿司」の愛生宇恵夫さんと「美登里寿司」の賀来馨子さんが下敷きになり、全治2週間の怪我を負った。二人は恋人同士で神輿の先頭でいちゃついていたので、神様の怒りを買ったんだと、巷ではもっぱら噂している。

「ディープインパクト」以外はまったくの与太噺、以下真贋取り混ぜ、読み方をご披露するね。富田助平(とんだすけべ)、新井八代(あらいやよ)、象潟(きさかた)、待乳山聖天(まっちやま しょうでん)、美家古(みやこ)、愛生宇恵夫(あいうえお)、賀来馨子(かきくけこ)

おす

ea6月25日(日)
(青海沖合)

W杯出場国中、FIFA世界ランキング20位以内に入る14カ国の酢の一人当たり年間消費量を調べたところ、上位3カ国はドイツ、アルゼンチン、フランスだった。ドイツの消費量は日本の3倍だった。日本で酢といえば米酢だが、海外ではブドウ、リンゴ、トウモロコシなど、さまざまな原料から作られている。原料はさまざまだが、いずれも主成分は酢酸だから、疲労回復や高血圧など生活習慣病予防の効果がある。

「ワインビネガー」はドイツ、フランス、スペイン、ブラジルなど欧州や南米で広く使われている。ブドウ果汁をアルコール発酵させたあと、酢酸菌で発酵させる。ワイン同様、渋みがある「赤」と、酸味の強い「白」がある。イタリア料理でお馴染みな「バルサミコ酢」はが、煮詰めたブドウを樽詰めして、発酵・熟成させたもので、芳醇な香りと濃厚な風味が特徴だ。

イギリスの酢といえば「モルトビネガー」、大麦の麦芽やトウモロコシの抽出液を発酵させたもので、ビールに似た独特の風味がある。「アップルビネガー」はメキシコ、アメリカ、スエーデンなどで使われ、リンゴの酸味と香りがさわやかだ。アメリカやアルゼンチンで一般的なのが「ホワイトビネガー」、マヨネーズやマリネなどに使われ、トウモロコシが主原料、シンプルな酸味が特徴だ。中国の酢としては「香酢」、他にもシェリー酒が原料の「シェリービネガー」、シャンパンから造る「シャンパンビネガー」がある。

17世紀後半、フランスのドン・ペリニヨンという僧が、まだ発酵しきっていないぶどう酒を瓶に入れてコルクの栓をした後、数日放置していたところ、瓶の中で発生した炭酸ガスにより瓶が大音響とともに爆発してしまった。驚いてかけつけた彼が、瓶のかけらで残りの酒をすくって飲んで言った。「ああ、俺は今幸せを飲んでいる」。これが、シャンパンの誕生といわれている。ついでながら、「三鞭酒」はシャンペン、「火酒」はブランデー、「糖酒」はラム酒のことだ。 

バンク

komagata6月24日(土)
(駒形橋遠景)

銀行という文字が、日本で始めて出てきたのは明治5年だ。なぜ「銀行」なのかというと、明治5年に「国立銀行条例」を制定する際に、英語の「Bank」を翻訳する必要が出てきた。そのとき、中国語で「店」を意味する「行」の字を使って、「金行」もしくは「銀行」という案が出され、語呂の良さから「銀行」が選ばれたという説が有力のようだ(異説もあり)。(雑木林より)

まあ、いずれにせよ、明治時代初期の頃の先人たちの苦労がしのばれる話だ。初めて英語を日本語に訳した人たち、つまり無から有を生じさせる難しさは大変な経験だったろうね。だから、当時翻訳された用語のほとんどがいまでも使われているわけだ。
だから、おかしな用語も未だに使われているのも止むを得ないことかもしれない。でも、銀行って言葉、考えてみればみるほどおかしな言葉で、社長を頭取って呼ぶのも違和感がある。

いまでも一番役に立っているのが、いま、われわれが常時使っている口語体の文章だ。一説によれば、怪談ばなしで有名だった落語の名人、三遊亭円朝が寄席で使っていた言葉を坪内逍遥が文章に取り入れたのが嚆矢となったといわれている。あまり自信はないけどね。確かに夏目漱石の「坊ちゃん」は鮮やかな口語体で書かれているね。あの小説は、筋立てもつまらないし、内容もたいしたことはないが、当時の人にとっては、あのさわやかな言葉遣いと伝法な口調に、拍手喝采をおくったに違いない。

言葉というものは面白いもので、文語体が過去の遺物になってしまった今になって、未だに心に残っているのは、堀内敬三が意訳したシューベルトや外国民謡の歌詞の美しさだというのも皮肉な話だ。上田敏が「海潮音」でヴェルレーヌやシラーなどの詩を翻訳した文語体の格調高さにも驚かされたもんなあ。あれから文語体の格調の高さと美しさのとりことなった。

料亭

reibow6月23日(金)
(レインボーブリッジ・有明より)

墨堤をブラブラ歩いていくと、たどり着くのが向島界隈、この辺りには、未だに花街の濃厚な雰囲気が残っている。昼間は流石に閑散としているが、ついていると、スッピンの粋筋さんと出会うこともある。すっかり萌え上がっちゃってさ、すっとぼけ押上駅までの道順を聞いたこともある。むろん、知ってはいたがね。

ところで、料亭と割烹にはどういう違いがあるのだろうか。総務省の産業分類には料亭という定義はあるが、割烹という定義はない。料亭は「主として日本料理を提供し、客に遊興飲食させる事業所とあり、芸者・芸妓・女性を侍らせる飲食店と解釈してもいい。ただし、汚職の温床とは一言も書いてないけどね。割烹とは辞書によると「割るはさく、烹は煮る意、料理」とある。

日本料理の本場・京都では次のような明確な定義がある。<出産のお祝いに始まり、入学、卒業、還暦祝い、米寿祝いなど、人生の「ハレの日」に行くのが料亭で、店の雰囲気やサービスを楽しむ場所。対して割烹は客がカウンターで料理人と差し向かいに座り、純粋に料理を楽しむところ、通常の「ケの日」にもフラリと立ち寄ることができる場所>とある。ちょっとキレイ過ぎる気がしないでもないね。

駅弁屋の屋号を見ると、万葉軒、大船軒、崎陽軒、桃中軒など軒がつく業者が多い。そもそも軒とは、建物の軒先を意味しているが、絶対の権力を持つ鉄道業者への遠慮から、わざとへりくだった言い方にしたという。黎明期には地元で有名な旅館や料亭が圧倒的に多かったそうだ。ちなみに、シューマイ弁当で有名な横浜・崎陽軒の創業者は横浜駅4代目駅長で、その功績により構内営業を任された。その駅長でさえ遠慮が必要な雰囲気があったわけだから、他は推して知るべしだ。


女優の名前

tatumi6月22日(木)
(辰巳桜橋)

最近物忘れが多くなったなんて話題は当たり前の話だが、とにかくすぐに出てこないのが俳優だとか歌手などの名前だ。お笑い芸人の場合はコンビの名前さえ分からないのだから、出てこないのも当たり前の話だけどね。

特に美人女優の名前はすぐ出てこないのはどうしてだろう。CMでよくお目にかかる高島礼子、伊東美咲、矢田亜希子、天城祐希などは、すぐに出てこない(現にいまも調べた結果分かった)。いままでだったら、いまがしゅんで光り輝いている女優の名前なんか、一度聞いたら絶対に忘れるもんじゃなかったがね。脳のどちらかがとっくに賞味期限を過ぎているんだろう。高島礼子なんかは、毎週「御宿かわせみ」を見ていたんだけどなあ。

松島菜々子、山田優、仲間由紀恵、藤原恵理香などはすぐに名前が出てくる。これって見ていたテレビ番組の影響もあるんだろうか。松島菜々子はトンネルズの番組でアシスタントをやっていた頃からだし、山田優は「夜もひっぱれ」の準レギュラーで、下手な歌と踊りを披露していたが、スタイル抜群の子で、一際光り輝いていた。仲間由紀恵はメジャーになる前から知っていたし、遥は「フランス語講座」でいつも見ていたし。

こうして見てみると、下積み時代に音楽番組やバライエテイ番組に出ていた女優の名前はバッチシ覚えているわけだ。逆にテレビドラマはほとんど見ていないから、そうした番組でブレークした女優はほとんど知らないことになる。いま、大人気になっているエビチャン(蛯原友里)なんかも、どんな顔しているか分からないから、CMに出ていても、あれはダレ?ってなことになってしまう。

一方、未だにちゃんとした顔の分からないのが長谷川京子、けっこうCMに沢山出ているはずなのに、ちっとも印象に残らないとは、オバケのように不思議なパーソナリテイの持ち主だ。

サドンデス

yoko6月21日(水)
(カルガモとカメ・仙台堀公園)

きのうは暑かったね。かんかん照りの中を、1万歩歩き、汗だくになった。深夜熱湯に身を委ね、汗をガンガンかくのはなんといっても醍醐味だね。恍惚となりながら、フト考えた。待てよ、このまま死んじゃったら、それこそ極楽だけど、突然死ということになるわけだ。まして、お湯を炊きっぱなしだったら、熱中症ということになるんだろう。オイオイ冗談じゃないよって、慌てて湯船から飛び出した。

サドンデスという言葉はゴルフやアメフトなどで使われるスポーツ用語だ。ホンチャンの試合が引き分けとなった場合、延長戦を行い、先に点を取ったほうが勝つというルールをさす。最近新聞を開くと、一番気になるのが死亡欄だ。80歳を超える人の場合、ある程度しょうがないと思うが、同世代の人たちだったりすると、それなりにショックを受ける。それにしても同世代の死亡記事が多くなったね。明日はわが身だという思いが強くなるのは禁じえない。最近気になった著名人の死亡記事を見たが、いずれもサドンデスだった。自分の体力に絶対的自信のある人たちの訃報だったね。

ラグビーの日本代表監督を務めた宿沢広朗さん(三井住友銀行専務執行役員)が17日、心筋梗塞で死去した。55歳だった。友人と群馬県内に山歩きに出かけ、下山中に倒れて病院に運ばれたという。現役時代は、早大のスクラムハーフとして活躍し、2、3年時の70、71年度日本選手権で連覇を達成。89年、38歳で日本代表監督に就任し、同年5月には強豪のスコットランドを破った。91年のワールドカップでは、ジンバブエを破って日本のW杯で唯一の勝利を挙げた。

元国立がんセンター中央病院副院長だった成毛韶夫(つぐお)さんが心筋梗塞で亡くなった。72歳だった。講道館大道場で柔道の稽古中、突然倒れた。生粋の慶応ボーイで、幼稚舎から柔道を始め、高校2年で2段、3年で主将に推されたが、医学の道に進んだ。肺がん手術など、日本の呼吸器外科手術を世界最高レベルに導いた功労者だった。
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