コジゼラ

よもやま話を雑文で

2006年10月

どうでこうで

kiku10月31日(火)
(菊の太管・浅草寺)

この1ヶ月ほど、連日のように12,000歩以上歩いている。だけど、寄る年波、3日も続けて家にたどり着くと、どっと疲れが出てくるのには参る、足のあちこちが痛くなるのは当然として、肩や首周りも凝ったようになる。どうやら、ナップザックをいつも背負っているのが影響しているようだ。それでも1-2時間転寝をすると、なんとなく疲れも取れているようだ。

浅草では早々と菊の展示会をやっていた。早咲きを除けば、まだまだ蕾の方が多いけれど、ようやく秋が深まったという感じにはなるね。去年は菊を見るために、はるばる川越まで遠出したけれど、今年は日比谷公園、新宿御苑、浜離宮でお茶を濁そう。菊をきれいに写すのは好天では絶対ダメ、出来れば曇り空がいい。花に艶があるから、光を反射しやすいのだ。去年失敗した江戸ギクと嵯峨ギクは見逃せない。

月日の経つのは早いもので、ついこの間、家族そろって新年を祝ったのに、いつのまにか、もう11月が忍び寄ってきた。有明の広大な遊休地にはススキの大群が風に揺れている。ハゼの葉も真っ赤に染まり始めたし、イチョウも一段と黄色みを帯びてきた。年を取るに従い、月日の経つのが一段と加速している。「人は生きるために生まれるのか」というテーマより、「人は死ぬために生まれるのだ」という命題の方が、より身近に感じられる昨今だ。

日が経つのが早いなあって感じるのは、風呂を洗うときと、ベランダの水撒きだ。あれ、もうこんなに汚れている、あれ、もうこんなに乾いている、きのうやったつもりがもう3日も経っているっていうことだ。夫婦二人っきりの入浴なのに、まして、オイラは毛なしの一本杉だから、抜け毛なんてありようがない。それなのに、この汚れ、まだ二人の身体は、十分に水っぽいんだろうか。明日のことはともかくとして、元気ないま、なんでも前向きに考えるしかないようだね。

小旅行

haneda10月30日(月)
(羽田空港出発ロビー)

ゆうべ午前4時に寝たのに、午前9時に目覚めた。かりそめの最後の日だっていうのに、日常身についた悲しいさがやねえ。オシッコをし、再びフトンにもぐりこんで、目覚めたのは午後1時だった。やったぜ、ベイビー。今夜はカニが、カニが食えるぜ、毛ガニ食えるぜぇ、ってなわけですっかり寝坊してしまった。

にょうぼが2泊3日の小旅行に旅立った。生真面目なにょうぼ殿であるから、むろん物見遊山の旅ではない。次男坊の札幌転勤に伴う引越しのお手伝いである。わずかばかりの度なのに、相も変わらずにょうぼ殿の甲斐甲斐しいこと、痒いところに手が届く気配りだ。ご飯はちゃんと炊いておきました。冷蔵庫のどの段にコレコレが置いてあります。冷凍庫にはアレアレが入っています。味の素は買い置きしてあります。ほかにも、電子ジャーの使い方、食パンの在庫、秘密の金の隠し処などなど。金の隠し場所以外はコチトラ、いつものようにほとんど聞いていない。

ってなわけで、羽田空港までお見送りすることになった。むろん切なる別れを惜しむためではなく、屋上のロビーから飛行機の離発着を見たいがためである。そして帰りにしながわ水族館に行こう。新橋の京急食品売り場で、ちょっと高級な弁当を夜食に調達しよう、なんていう下心もバッチシである。かくして「鬼のいぬ間の洗濯」モードに突入した。だけどいつもはゆっくり時間が経過しているのに、もうその3日間があっという間に過ぎようとしている。ゆっくり朝寝ができただけで、あとは何も変わらずだから情けない。もともと、まともな生活を送っていないから、いくら気張ってもムリなんだね。

アタマがカユイ。きょうこそ頭を洗うんだって覚悟を決めて風呂に入る。だけど、またしてもしくじった。頭の芯から汗を絞り出すには、少なくとも5分以上はかかる。それを効率よくやるためには、湯を熱くしなければならない。熱くなった風呂の中で、無我の境地でいられないほど、熱さとの闘いは厳しいものだ。火照った身体を冷やすときの恍惚感を思い描くだけが、この試練に耐える条件となる。だから、風呂を飛び出すときは、アタマのカユイことなんか、すっかり忘れている。いいさ、また明日があるさ。

◆ギルグ

RUI10月29日(日)
(ルイ・ヴィトン)

銀座に店舗を出す商店の組合みたいな「銀座百店会」というのがあったね。ここで、機関紙みたいに発行していた「銀座百店」という無料の小冊誌は、池波正太郎などの文士たちも好んで執筆し、隠れたベストセラーだった。いまでも出版しているのかなあ(出版していたね)。銀座もバブルが弾け、投機にうつつを抜かした商店主が幾つも破綻し、代わりに外資企業が次々と進出を果たしてきた。外観もすっかり様変わりしてしまい、柳が似合う町並みではなくなってしまった。

「銀座百点」は1955年(昭和30年)に創刊され、情報だけでなく、銀座の文化を表現することにポイントを置いて編集されている。各界の有名人によるエッセイ、座談会が目玉で、創刊号から久保田万太郎、吉屋信子、源氏鶏太ら著名なメンバーが執筆陣に加わり、その伝統は現在まで受け継がれている。その連載からは向田邦子「父の詫び状」、池波正太郎「銀座日記」、和田誠「銀座ドキドキの日々」などベストセラーがたくさん生まれている。

G銀座の商店街連合会は、銀座通連合会、と全銀座会、ギルクの3団体だ。銀座に店舗を持つ海外の高級ブランド10社で構成されるのが、「ギルク」(Ginnza International luxury Committee)だ。加盟ブランドはバーバリー、ブルガリ、カルティエ、シャネル、ジョルジョ・アルマーニ、ハリー・ウエストン、エルメス、ルイヴィトン、サルバトーレ・フェラガモ、ティファニーなど錚々たる世界のトップブランドだ。

最近、日曜日になると、歩行者天国がある銀座8丁の車道を行ったり来たりして、普段歩道でしか撮れない光景をカメラに収めている。歩行者天国も以前のように混雑していないから、歩くのも楽になった。以前と違うのはい犬連れと自転車が多くなったことだが、なんといっても海外ブランドの進出の多さに目を瞠る。城のような外装と豪華な内装、厳重な警備体制で、銀座の町並みに治外法権を誇示する閉鎖的な仰々しさが持ち込まれた感じがする。それでも銀座は逞しい。異文化を堂々と受け入れ同化してしまう力があるようだ。


しんじょう

karute10月28日(土)
(銀座カルティエ)

日本ハムが44年ぶりの日本一を決めた26日夜の日本シリーズ第5戦「日本ハム対中日」(テレビ朝日系)の視聴率が発表された。札幌地区は52,5%、関東地区は25,5%、名古屋地区は31,4%、関西地区は26,5%、北九州地区は24,4%だった。札幌地区の瞬間最高は優勝決定後の73,5%だった。関東地区の25,5%は今シリーズ最高で、25%を超えたのは03年の第6戦「ダイエー対阪神」以来だった。

現役最後の試合、 「バッターは、6番新庄」。場内アナウンスがされた瞬間、観客席のファンが一斉に立ち上がり、大きな拍手が送られた。打席に立つと、ユニホームの左肩で、そっと涙をぬぐった。3球三振に倒れて、ベンチに戻ると、うつむいたまま泣き続けた。9回の守備で、最後の打者アレックスが左飛に倒れると、打球を処理した森本と抱き合った。

当分の間、マスコミは新庄を追いかけるだろう。優勝した日本ハムのことなんか、そっちのけにして。地味な選手ばかりの集団だから、マスコミ受けしないだろうし、移り気なファンもそれを期待するからね。日本ハムが新庄によって、華やかさと幸運を手に入れたことは評価したい。事実、シンジョウ効果で選手が実力以上の力を発揮したのも間違いない。だけど、今回の圧勝劇を担ったのは地味ではあるが、生え抜きの選手と若手選手の働きが大きかったことを忘れてはならない。

2番バッターの田中は7回あった送りバンドをことごとく成功させたし、第2試合で5番稲葉が放ったダメ押しのホームランは、地面すれすれで大きく曲がるスライダーだった。また最後の試合で同点スクイズを敢行した9番打者金子は外に低くはずされた難球をきちっと当てた。いずれも普段では出来ないことで、まさに超常現象、半ば神がかっていた。これは技術うんぬんという以前の精神集中の賜物だった。歴然たる差が出たのは心の問題で、絶対負けないぞという強い気持ち、チームプレーのための責任感だったと思う。

ここ4年連続で、パリーグが日本シリーズを制しているが、昨年と今年は外人監督。率いるチームには高額年俸の選手は数えるほど、活躍したのは、まったく無名な若手選手たちだった。無名な若手選手をじっくり育て上げた地味な成果の結果だった。あれも欲しい、これも欲しいと4番打者ばかりをかき集め、チームとしてまったく機能できなかった某球団とはえらい違いがあるもんだ。

休刊日

dasi10月27日(金)
(山車のミニチュア・川越大江戸祭展示会から)

「山田課長おりますか」。取引先に電話している部下に、電話を切らせ上司は言った。「ダメじゃないか。目上の人に対してその電話はないだろう、敬語を入れなさい」。すると部下は「山田課長はおられますか」って電話した。正式にはこの電話正しくないね。やはり、「いらっしゃいますか」が正解だ。「いる」、「おる」は謙譲語じゃないからね。

ところが地域によっては不正解とは言い切れぬところは日本語の不思議なところだ。関東で「家にいる」に相当するのが、関西では「家におる」、日常使われている言葉だ。そのおるに敬語をつけたんだから正しいという考え方もある。NHKのアンケートで「おられますか」と言う言葉に、違和感を感じると答えた人は関東で60%、関西で40%だった。日本語って本当に難しい、特に敬語とか謙譲語とかは面倒この上ないね。

機はまさに塾さんとしている。気も満ちてきた。久方ぶりにしびれる様な快感の予感がする。下半身をスッポンポンにして、一目散に個室へ突入する。だが、運気はまだ熟しておらず、必死の思いも通ぜず、玉門は閉ざしたまま、ウンでもスーでもない。ああ、悲しからずや、金斗雲は飛び去り、きょうもまた運に見放されてしまった。

毎日のように1万歩以上歩いていると、やはり、かなり疲れが残る。そこで、3日に1日の割合で、休刊日、休肝日、いや、休閑日を作っている。休閑日ともなれば、いまや人生最大の快楽の一つとなった転寝となる。ただ、いつもワンパターンじゃ、ちょっと芸がなさ過ぎるので、秋の快い日溜りの中で、ベランダから下界を見回す。おっ!やっとる、やっとる。道路の向こう側で街路樹の整枝作業をやっちょる。

引っ越してきた頃には、まだ若木だったのに、マテバシイ(待てば椎)はいまやこんもりと茂っている。大きなはしごを掛け、職人が手際よく、枝を切り揃えていく。見る見る形が整えられて、なんとも冬に向けては寒々しい姿に変えられた。見れば見るほど、ああ、オレもやりたいなあっていう思いが募ってくる。春夏冬(飽きないで)で見ていたが、日も陰ってくると、たちまち眠気が襲ってきた。にょうぼは外出中、なんの気兼ねなく夢の世界に入っていけそうだ。


丸の内

仲通10月26日(木)
(丸の内仲通・道路端「花のオブジェ」)

丸の内はすっかり様変わりしてしまい、見違える町になってしまったね。以前は目立つ場所には、ずべて銀行の支店が軒を並べ、それだけでも取り澄ました冷たい空気が満ち溢れていた。さらに悲惨なのは午後3時過ぎ、銀行がみんなシャッターを閉めてしまうから、人通りが途絶え、昼間なのにうら寂しいビルの谷間となっていた。

それがいまはどうだ、海外の一流ブランドが軒を連ね、たとえ気軽に入れない雰囲気を醸し出しているにせよ、町としての雰囲気は戻ってきた。バブルが弾け、結果として邪魔な銀行の整理統合が進んだのは、良かったといえるかもしれない。さらに三菱地所が手がける大掛かりな丸の内再開発が始まり、次々と立替工事が進み、さらに町は変化していく。この進化はあまり歓迎すべきではないけれど、時代の趨勢からいってやむをえないかもしれない。

豊洲あたりが大都会化している現状から見たって、土一升金一升の都心の一等地を、ほっとくわけには行かないだろうしね。まして新規の大型プロジェクトがライバルの三井不動産だから、ここに陣取る三菱としても頑張らざるを得ない。ただ、やみ雲に対抗意識だけで超高層ビルの建築ばかりやっても意義がないわけで、何年も先のことを意識した街づくりが望ましいね。

最近では都民を意識した積極的なアプローチも手がけている。先月は「カウパレード」と題して、実物大の牛の模型にアーテイストが様々なペントや造形を施し、それが街路や公共スペースに展示された。カラフルな牛に出会って、ギョっ賭させられたこともあったが、真っ赤な牛に色んな紋様が映し出されたものとか、非常に個性的なものも多く楽しめた。

今週は、日比谷公園をメインとしたフラワーショーが丸の内にも進出していた。また、川越の「大江戸時代祭」で使われる神輿や山車などが展示され、実物の1/10となる精巧な手作り模型が話題をさらっていた。そして、経営難で撤退を噂されているが、例年通りなら、12月には「東京ミレナリオ」もある。

飲料水

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません

kuri10月25日(水)
(古びた洗濯工場・古石場)

カルキくさいのを我慢すれば、長い間、日本の水はタダなのに安全だという意識が強かった。ホンコンなどへ行くと、水道水は危険だから絶対飲んじゃいけないとまず注意され、しかたなくボトル入りのミネラルウオーターを飲まされた。蛇口から直接水を飲めない不便さと、わざわざボトルで水を飲むわずらわしさが、やけに鬱陶しかった。そうした習慣の積み重ねで、水はタダという固定観念は未だに拭い去れていない。喫茶店やレストラン、立ち食いそば屋でさえも、必ず水はタダで出してくれるしなあ。

世間を見てみると、一昔前にはまったく考えられなかった、飲料水をボトルで買うという習慣がすっかり定着している。スーパーやコンビニでは飲料水の売り場が席巻しているし、数多くの飲料がしのぎを削っている。恥ずかしながら、コチトラもお茶のペットボトルを買うのが当たり前になっていて、歩くときに持ち歩く1Lボトルは必需品である。以前から大量の水を飲む習慣があるから、500mlではすぐになくなってしまうのだ。

ミネラルウオーターの出荷量は、この10年で3倍の伸びを示し、ボトルの内容を見ると、割高な輸入品も多い。特にフランスの水が人気となっているが、軟水である日本の水道水やミネラルウオーターに慣れている人にはカルシュームやマグネシュームの含有量が多い超硬水は飲みにくいようだ。カルシュームなど不純物の含有量が一般に100以下が軟水、300以上は硬水とされている。硬度を見てみると、サントリーの天然水が30なのに対し、フランスのコントレックスは1551、シャテルドンは1158、人気のあるヴィッテルでさえ、307もある。

家庭用の割安2Lボトルは1L換算で、だいたい90円前後、東京都の水道代金のほぼ1000倍に相当するという。価値観の問題もあるだろうけど、かなり高いね。公共料金であるのに、北海道池田町のように、全国平均の2倍も高いところもあれば、山梨県河口湖町のように、富士山の伏流水という良質の地下水なのに、1/4という安い価格の町もある。ちなみに家庭における水道消費量の内訳は、トイレ23%、風呂24%、炊事23%、洗濯17%となっている。なお、飲料は炊事用にに含まれている。

火事太り

katu10月24日(火)
(勝海舟の像・墨田区役所前)

ものを考えるのに最適な場所が3つある。暑い湯船の中、秋の陽だまり、電車の中である。ブログを例にとると、頭ん中に幾つかのテーマをあげ、それぞれについての構築を考えるのである。アイデイアの一番出るのは風呂場で、内容のフォローには陽だまりと電車の中がよい。ただどれもこれも致命的な欠陥があって、長続きできないのが口惜しい。風呂はたちまちユデダコに成ってしまうし、陽だまりと電車はあっという間に居眠りを誘発する。かくて、「考える人」になる時間は極端に少なくなっていく。

日本には昔から、「火事太り」という言葉があった。火事は災難に違いないが、結局は儲かったということだろうか。だけど、こんなことが多くの場合に当てはまるはずもなく、そうした幸運に預かれなかった庶民の憎まれ口だったに違いない。火事太りのように人口に膾炙してないが、「引越し太り」っていうのもあるんだねえ。あっと驚く為五郎といったところだ。

知人の息子が札幌転勤になった。札幌の新居はマンションで4LDKの広さがあり、家賃は8万円、半額は会社から補助が出る。一方、5年前に購入した、豊洲駅の至近距離にある高層マンションは、なんと22万円の家賃収入となる。豊洲再開発により地価が高騰、駅前に新しく出来た超高層ビルの旧住宅公団の設定した高額家賃が基準になったのである。

当人は僻地手当というのか薪炭手当というのか、そういう手当てが会社から出ないって、ぼやいているそうだが、それは贅沢というものだ。いくら札幌の物価が高いといっても、東京と比べれば月とすっぽん、ローンの支払いがあるといっても、札幌に赴任中、どれだけ貯金が出来るのか、まことに羨ましい限りである。

あの時は

vitn
10月23日(月)
(銀座・ルイ・ヴィトン)

早混OBOG合唱団の第7回定期演奏会が開かれた。会場の紀尾井ホールはほぼ満員の盛況、かなり難易度の高い曲に挑戦していたが、それなりの成果を収めたようだ。弱体だったアルトに優秀なメンバーが加入したようで、バランスの取れた音作りだったと思う。ただ、皆さん、寄る年並みなので、ソプラノの声の衰えが気になったし、アップテンポを刻む曲は相変わらず苦手のようで、高望みしない曲を選択した方が無難のようだ。会場の印象も、聞きやすい武満や林光の曲の方がおおむね好評だったようだ。

いつもは二次会に出席して、大いに盛り上がるのだが、今回は思うところがあって、欠席した。酒など飲んでいるより、歩き回った方がいいと思ったわけで。麹町から市ケ谷、九段下、そして再び市ケ谷へと歩き、いつも通り1万歩を確保した。長い坂道を上ったり下ったり、せわしい場所柄だが、しばらく見ないうちに、付近の光景はかなり様変わりしていた。

思い起こせば、6年前だったか、4回目の定期演奏会に初めて顔を出した。麹町駅の階段をフウフウとあえぎながら上り、長い清水谷坂を下り、紀尾井坂の上りにかかった途端、急に息が苦しくなり、けっこう長い間しゃがみこんでいた。ようやく息を整えて、上り始めたんだけど、酸素をうまく吸えなくて、思うように歩けない。紀尾井坂はさながら地獄の1丁目のよう、紀尾井ホールにたどり着いたときは息も絶え絶えだった。

その紀尾井坂をいまは鼻歌混じりで下り、長〜い清水谷坂も楽々と上っている。いまの体調の良さを考えると、息も絶え絶えだった6年前はなんだたろうって思う。健康である有難さを改めて実感したね。きのう聞いた情報では1―2期下の連中には色々あったようだ。すい臓ガン、重度の間質性肺炎、前立腺ガン、人口透析、軽度の静脈瘤など色とりどりで、中には予断を許せない容態になっている者もいるという。いやだねえ、まったく。元気でいられるのを神に感謝しなければね。神といってもお天道様だけどね。

人気投票

hato10月22日(日)
(銀座・鳩居堂)

欧州のベストオーケストラに、ウィーン・フィルが選ばれた。フランスの月刊音楽誌「音楽の世界」が初めて実施した音楽専門家によるランキングで、2位にはオランダの名門ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団が小差で入り、「3強」の中でベルリン・フィルを引き離した。ランキングは欧州の楽団を対象に、英仏独伊など欧州8カ国の音楽誌やラジオ局の批評家ら10人がつけた点数を、楽団ごとに合計して順位を決めた。

ウィーン・フィルは10人のうち4人が1位に挙げるなど合計86点、3人が1位に選んだコンセルトヘボウを1点差でかわした。ベルリン・フィルも3人が1位とした。ドイツから4つ入ったのに対し、フランスやイタリアはゼロだった。コンセルトヘボウは04年にラトビア出身のマリス・ヤンソンスを首席指揮者に迎え、人気上昇中だ。ヤンソンスは6位にランクされたバイエルン放送交響楽団の首席指揮者も兼ねている。

ベストテンの内容は、1位:ウィーン・フィル(86点)、2位:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(85点)、3位:ベルリン・フィル(79点)、4位:ロンドン交響楽団(55点)、5位:ドレスデン歌劇場管弦楽団(48点)、6位:バイエルン放送交響楽団(47点)、7位:ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(37点)、8位:サンクト・ペテルブルク・フィル(31点)、9位:チェコ・フィル(12点)、10位:フィルハーモニア管弦楽団(9点)。  

ベルリン・フィルが3位に落ちるとは意外な出来事だね。全世界レベルで投票したら、米国のニューヨーク・フィル、フィライデルフィア・フィル、ボストン交響楽団、日本のNHK交響楽団、それと進境著しいとされるイスラエル・フィルなどは、どの辺にランクされるのだろうか、非常に興味があるね。また、日本の管弦楽団を順位指定したら、やはりN響がダントツノトップになるのだろうか、これも興味深いね。

あくまで私的見解だが、管楽器の華やかさでは、コンセルトヘボー、ベルリン・フィル、フィライデルフィア・フィルの順、弦楽器のまとまりでは、ウイーン・フィル、N響、ベルリン・フィルの順だろうか。ただ、N響はアカデミック過ぎて平板、上手いけど深味に欠けて味がない。こういうランキングは、音楽ファンにとってはとても嬉しいもので、自分の贔屓にしているオケラが何位に入っているかは興味しんしんだ。でも、どういう基準でこういう結果になったのかも知りたいものだ。

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