コジゼラ

よもやま話を雑文で

2006年11月

メタポリック

富士11月30日(木)
(富士山・我孫子の自宅にて)松永保真氏撮影

毎日1万歩以上歩くとメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の予防につながりそうだ。名大の押田芳治教授)らがこんな研究をまとめ、神戸市で開かれている日本肥満学会で発表した。メタボリックシンドロームは、食べ過ぎなどで内臓脂肪がたまり、糖尿病や高血圧などになりやすくなった状態をいう。押田さんらは、兵庫県内の女性27人に協力してもらい、毎日の歩数を3カ月間記録し、その前後で血液中の濃度を調べた。その結果、毎日1万歩以上か、2000歩以上早足で歩いていた人たちは、運動前より2割以上高くなっていた。1万歩未満だとそれほど上がっていなかった。

喫煙するのに加えてほぼ毎日飲酒する男性は、どちらの習慣もない人たちと比べて食道がんになるリスクが9〜11倍あることが、宮城県の約2万7000人を対象にした東北大の石川敦庸医師らの調査でわかった。たばこの関与が特に大きく、患者の約7割は喫煙しなければ、がんにかかるのを避けられた計算になるという。食道がんと診断されるのは年に1万5000人ほどとされ、8割以上を男性が占める。

この2つのニュースはまさに天国と地獄みたいなものだったね。いいことといやなことを同時に知ってしまったね。歩くのが身体にいいってことは漠然と感じ、ここんところ、それをマジメに実行しているから、それがいいことなんだって実証されたのが嬉しい。歩きすぎて、家に帰りつくとぐったりするのが情けないけど、漫然と時を過ごすより、客観の筋肉痛が残るとはいえ、快い疲労感がいい。

だけど、タバコを吸っていると、肺ガンになりやすいとか、COPDになりやすいとかは、ある程度、知った上で覚悟はしているけれど、食道ガンもあるなんて、まったく意外だったね。最近新聞の死亡欄をよく見るが、その死因が肺ガンとか肺気腫かどうかをまず確かめるのが習慣になっている。それ以外の死因だったら、なにかほっとする気分だったが、知らないばっかりに食道ガンはまったく自分とは関係ないと見落としていた。タバコなんか止めちゃえばいいんだけど、それをいったらおしまいよ。それができないのが、浮世の義理の辛さってことさ。危険を承知の上で、リラックスを求めるスリルとサスペンス、長年親しんだハードボイルドだど。

むかし話

yoi11月29日(水)
(豊洲の夕暮れ)

元南極観測隊隊長として大活躍した村山雅美さんが亡くなった。享年88歳だった。計3回の越冬と4回の夏隊、2-3自隊で副隊長、5,7,9,15次隊で隊長を務めた。2次隊では樺太犬15頭を残して帰国、越冬断念以上の苦渋の選択だった。1年後、再び訪れた昭和基地で待っていたのは、奇跡的に生きていたタロ・ジロだった。

そんな記事を読みながら、にょうぼの昔話が始まった。「あたしが学生時代に家庭教師をしていたxxさん、彼女の憧れの先輩だったのが村山隊長の息子さんだったのよ」
(待てよ、そんな話初めて聞いたぞ。にょうぼの昔話は何度も聞かされているので、いつもフンフンと聞き流してはいるものの、耳にたこができている)。「その女性って、埼玉県小川町の病院に嫁いだんだろう」「そうよ、いまでも年賀状のやり取りをしてるわ」「それって、若しかして、村山隊長じゃあなくて、西堀隊長の間違いじゃあない?」「そういわれれば、そうね」。

にょうぼ殿は話のはしばしに回想録が入り込んでくる。だから、話しているうちに回り道に迷い込んで、なにを話していたかが分からなくなる。さらに、テレビを見ていても、お互いが俳優やタレントの名前が出てこない。だから最近のわれら夫婦の会話は、いつもチグハグな結果となる。もっともにょうぼの聴力が衰え、コチトラのぺしゃりが不明瞭ってことも、輪をかけているようだけどね。でも抜群の記憶力を誇っていたにょうぼは、最近とみに物忘れがひどくなった。これって若しかしてボケの始まりだったらどうしよう。

あちこち歩き回っていると、おかしなことに出会う。なんで京橋郵便局が築地にあるんだろう。五反田駅が品川区で、品川駅が港区、北千住が足立区で、南千住が荒川区とは、これいかに。神田がコチトラのファーストネイムと同じだったり。神田は英語で書くと「KandA」、コチトラの頭文字は「KとA」、ちょっとしたこじつけだけどね。

「ドジを踏む」は相撲用語で勇み足のこと、「ピッチを上げる」はボート用語、「一本取る」は剣道用語、「ばらす」、「ばれる」は漁師言葉、「的外れ」は弓、「しのぎを削る」「火花を散らす」は刀から来た言葉だね。

横文字

anka11月28日(火)
(巨大な錨・ららぽーと豊洲)

新聞など読んでいると、分かっているつもりで、読み流した言葉が、実は本当の意味を知らなかったということが多い。だが、「そういう意味だったのか」って、せっかく分かったつもりでも、すぐ忘れてしまうのが、この年頃の特性。余りに度重なるもんだから、「ってやんでえ!忘れるために覚えるんだなんて、憎まれ口も利きたくなる。これって他人に言うセリフじゃあないよ、情けない自分を戒めるセリフだよ。

とりわけ横文字に対する記憶力の衰えが抜群に目立つね。長い間、パソコンでローマ字打ちをやってきたから、たまに英語を入力するのに、とんでもない打ち方をしてしまう。例えばBeautyが正解なのに、byuuteiなどと打ってしまうわけだ。われながら情けなくなるね。

リテラシー、レームダック、シャングリア、エルドラド、トリトン、スーパーセル、順番に「自分で考えて判断する力」、「死に体」、「桃源郷」、「黄金郷」、「ポセイドンの子」「竜巻の原因となる巨大な積乱雲」となる。安倍政権になって、やたらと横文字が多くなったが、これって、かっこいいっていうより、本音を隠す曖昧語として捕らえた方が正解のようだね。いってる本人はちっとも理解できず、役人が用意した通りしゃべっているという感じのほうが強い。

中国はチベットを武力討伐して、自治国に編入し、仏教を弾圧した歴史を持つ。チベット族は中国全人口の20%を占める民族だが、住民たちはチベット以外にも四川、雲南、甘粛などに拡散して暮している。まあ、お堅い話は抜きにして、これらの地はヒマラヤを望める閑静な地、「桃源郷」として昔から有名だった。近年観光地として脚光を浴びているが、雲南省のある県は、こうした動きに対応して、県の名前をシャングリアと変えてしまった。これを契機にあちこちで桃源郷の本家争いが勃発しているそうだ。

ビルマ

onibasu11月27日(月)
(オオオニバスの花・新宿御苑)

ミャンマー(ビルマ)軍事政権のチョー・サン情報相は、首都機能の移転を進めてきた同国中部のネピドー(ピンマナ)を、すでにヤンゴンに代わる正式な首都としたことを明らかにした。国民会議で枠組みを審議中の新憲法にも明記する。軍政は昨年11月から首都機能の移転を始め、ほとんどの省庁がすでにネピドーに移ったが、新首都とは明言していなかった。

ミャンマー(ビルマ)の最高実力者タン・シュエSPDC議長の末娘の絢爛豪華な結婚式の様子を映したビデオが国内で出回っている。タイのメディアは「貢ぎ物の総額は5000万ドルを超える」と報道。「最貧国のどこにこんな金があったのか」とヤンゴン市民の嘆きの声を伝えている。7月2日、新首都ネピドーの議長の邸宅で結婚式が催され、翌日ヤンゴンの政府迎賓館で披露宴があった。費用は軍政に近い政商らが負担し、車、自宅、宝石などが祝いとして贈られたという。

新郎はハンサムだけど、新婦はすごいブス、しかも35歳過ぎの売れ残り、お見合いだったそうだけど、新郎は政商どもに因果を含められ、人身御供にされたに違いない。そんなに長期軍政が続くわけでもなし、今はいいけど、結果として危ない橋を渡ってしまったかもしれないね。

ビルマ、いやミャンマーといえば、東南アジアでは数少ない厳格な仏教国として知られ、「ビルマの竪琴」などからも穏健な国という印象が強い。ところが、現実を見てみると、長い間軍部による独裁政権が続いているという過激な国である。北朝鮮の金王朝 みたいな世襲制ではないが、ネ・ウイン独裁体制以降、度重なる軍事クーデターにより政権が転覆されてきた。現政権はいまでは珍しくなった、鎖国主義を標榜する左翼主義軍事政権で、中国や北朝鮮との親密度も高い。

民主化運動の旗印、アンサン・ウー・スーチーは未だに自宅での軟禁状態を解かれていない。国連特使と会見している写真を久し振りに見たけど、あの美人もすっかり年を取ってしまったなあ。この国は小国なのに、多民族国家で、山間部に居住する少数民族との衝突も絶えず、つねに崩壊の危機にさらされている。アメリカは珍しくちょっかいを出さないが、中国、ベトナムの綱引き具合で、どう変わるか分からない。


万歩計

ityou11月26日(日)
(新宿御苑のイチョウ並木)

万歩計を持ち歩くようになって久しいが、最近とみに肉体疲労を感じるようになった。毎日のように出歩くと、1万歩以上は必ず歩いているから、自然の法則だろう。なにも無理しなくてもいいんだが、万歩計がたとえば7000歩だとすれば、つい無理して1万歩を越えるような距離を歩いてしまう。これがよくないんだね。っていうわけで、今週は休養週間にすることにした。2-3時間かけて、ベランダの整理をすると、もう何もすることがない。

壊れかかったパソコンもいままでのように粗雑に扱えないから、用がなければすぐスイッチを切る。閑だから書棚から、古い本を引っ張り出して読み始めると、もう眠くなってくる。昼間のテレビは見る気もしないから、あとやることはタダ一つ、永遠の眠りにつくこと、じゃあなかった転寝をするしかない。日溜りの中での転寝は最高の気分になれるし、いうことはない。タダ、眠れば眠るほど、また、眠くなってくるのは困ったもんだ。いくら寝ても寝つくしたって感じにならない。

夕方、家路をたどる頃、途中で、豊洲の住人とは思えない華やかな雰囲気を持った一団に時々出っくわす。たいした格好をしているわけではないが、プロの連中だなっていうのが分かる。若い女性の化粧はあか抜けているし、そこそこきれいだし、男の連中にも、なんとなく芸ごとに携わっているんだという雰囲気を感じる。枝川の奥のほうにアクターズ・スタジオなるものがあって、そこで、リハ−サルをやったり、番組の収録なんかもやっているらしい。

先日、どこかの番組で、俳優のラサール石井が稽古によく通う、そして通しか知らないような枝川・韓国タウンの焼肉屋で仲間と一杯やるのが楽しみだ、なんていっていた。そうか、有名タレントに会わないのは、かれらは車でやってくるからなんだ。そういえば、スタジオ前の道路に高級車がよく並んでいるな。それが分かったから、有名人を見に行こうなんて、やじ馬根性にはならないね。ま、本心をいえば、そんな気持ちがないわけではないんだけど、年甲斐もなくミーハー気分になるのがこっ恥ずかしい。

よいしょ

kouyou11月25日(土)
(ようやく紅葉・新宿御苑)

「トリ」が寄席ボキャだったなんて、知られているようで知られていない。よく知られ、使われているのは「ヨイショ」、メジャーなところでは「セコい」。「ヨイショ」は寄席ばかりじゃなく、花柳界が職場のたいこもちなども使った芸人一般の隠語だ。お世辞を言ったり、おだてたり、ときにはまるで心にもないことを言って相手の機嫌をよくしておいて、うまく乗せてしまうことだ。「ヨイショッ」と、囃し言葉、掛け声のように使われているね。
語源は重い物なんか持ち上げるときの「よいしょ」という掛け声、相手の重い気持ちを軽く持ち上げてその気にさせる。さっき言った「乗せる」意味合いだろう。

寄席の世界で「ノセル」といえば飯を食うことだ。本格的な食事でなくても、ある程度まとまった量を食べるのを「ノセル」というんだ。「昼だね。どっかでノセようか」って具合に使う。「セコい」は粗末なこと、拙劣なこと、陳腐なこと、見所がないこと、きたならしいこと―、とにかく、いい意味には使われない。値段が安いことにも言う。ただしお買得の安さには言わず、安かろう悪かろうの場合に使うのだね。
 
もともとは仲間内で「あいつの芸はセコいね」とか、興行業者を目の前にして芸人同士が「ちょっとオタロがセコだよな」と内緒の相談をするなどの場合の隠語だった。オタロは金銭、ギャラのことだ。「セコタロ」といえばひどい報酬、低賃金のことさ。「セコタレ」はブス。「タレ」は女の人だから。

むかしは寄席がテレビのようなメディアの役をしていた。こんなに寄席ことばが外部で広まったのはわりあい近年のことで、落語家がタレントと一緒に仕事をすることばが多くなって、隠語を覚えたタレントがメディアで粋がってしゃべり、だんだん広まったのだろう。 しかし、実際の寄席の楽屋では、必要がない限り隠語は使うものではない。むしろ落語オタクが好んで使う言葉だから、決してほめられるものではないね。

森の歌の会

kosu11月24日(金)
(遅れ咲きのコスモス・木場公園)

早いもので、「森の歌の会」も12回目を迎える。12回ともなれば、ほぼメンバーも固定しているが、なにせ平均年齢70歳を越す面々の集まりである。いつなにがあってもおかしくないが、鬼籍に入った人が一人だけだというのは、ありがたいことだ。2000年に非公式な集まりで第1回を開催し、2002年から「森の歌の会」として正式にスタートした。第1回よりの皆勤賞は東さん夫婦、万年幹事だから、当り前の話だけどね。

長い間、幹事をやっていると、メンバーたちの性格などが分かって中々面白い。直ぐ連絡をくれる人、頃合を見計らって返事をくれる人、中々返事をよこさない人、必ずドタキャンしてくる人、いつも煮え切らない人、連絡されるのが迷惑そうな人、直前に出欠をいってくる人、こちらが電話連絡するのを待っている人、出欠の連絡だけでなく、おかしな文面のメールをくれる人などなど。

メールを持っている人は楽だけど、手紙を出す人への応対に最近では策略を使っている。よほどのことがない限り出席する人には、「欠席の場合のみご連絡ください」。迷惑そうな人には「出席の場合のみご連絡ください」と余白に書き込むことにした。催促がましい電話はかけたくないし、気まずい思いもしたくないしね。封筒書きも面倒くさいし、3回以上連続欠席の人には案内するのを止めようかとも思ったが、にょうぼにたしなめられた。

<11月5日、ショスタコーヴィチ・オラトリオ「森の歌」が金沢市の県立音楽堂コンサートホールで行われた。井上道義指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)、大阪センチュリー交響楽団、特別合唱団とOEKエンジェルコーラスの編成で、県立音楽堂でのコンサートでは最大規模の総勢約300人編成だった>という記事を読んだ。今年はショスタコービッチ生誕100年ということで、日本各地で、かれの作品が上演され、「交響曲第5番」以外、あまり聞くことがなかった交響曲8番とか10番とか、バイオリン協奏曲などが演奏されている。だけど、「森の歌」の上演というのは相変わらず少ないのが残念だ。ソビエト万歳という内容が嫌われているのかなあ。

差し金

itaya11月23日(木)
(イタヤカエデ・木場公園)

小さいころ、大工のオヤジがL字型をした金属製の物差し、曲尺の直角をちょんちょんと木材の接合部分にあてて、何かを測っていた。いま思えば、あのオヤジさんは「2つの方向から直角を確認する」作業をしていたんだ。ただ、その動きがあんまり速いので、いいかげんに測っているようにしか見えなかった。

「一体だれのさしがね(差し金)だ?」。陰で他人をそそのかし操ることをいうが、さしがねといえば、大工道具の差し金、つまり曲尺をイメージしてしまうよねえ。ところが違うんだなあ、これが。このさしがねとは、実は歌舞伎の舞台で使う小道具の名前なんだ。黒く塗った竹竿の先に針金などをつけたもので、黒子が蝶や鳥を生きているかのように操るために使われる道具をいう。簡単なようで技術のいる演出だが、ここから陰で操るという意味が生まれたと言われている。

もう1つ、人形浄瑠璃に由来するという説もある。人形浄瑠璃や文楽では、顔の表情などは中に入れた手指を使って操作するが、手首や指はその先にさしがねと呼ばれる細い棒をつけて動きを作る。これもやはり人形を陰から意のままに操るための道具である。どちらの説ももっともらしいけど、すくなくとも曲尺じゃあないわけだ。ところで曲尺と書いて「かねじゃく」と読む。

大工さんに憧れたことはないが、豊洲界隈を闊歩する男性群には、色とりどりのニッカポッカ姿の、お勇ましいオニイチャンが多くなった。意外に若者が多いのに驚くが、むかしはブルーカラーというと、一段下に見られていたものだった。考えてみれば、鳶の仕事は危険を伴うから、いまじゃ高収入、背広で身を固めたホワイトカラーなんかより、よっぽど実入りがいい。それと、彼らが5時になると、さっさと帰宅していくのが面白い。下手なホワイトカラーさんより、ずっと規則正しいサラリーマン世界なのが皮肉だね。突然だが、工事場にでっかくそそり立つクレーン、あれはガントリー・クレーンというそうだ。ガントリーの意味は分からないが、クレーンは鶴(クレイン)からきているという。

鈴木さん

hama11月22日(木)
(雪吊り・浜離宮)

きょう、11月22日は語呂合わせで「いい夫婦」、それにあやかった催しがアチコチで行われるらしい。いい夫婦っていうのは、どういう定義に基づくのだろうか。お互いを尊敬し、尊重し、利害をともにし、ともに助け合って生きてきた。そんな夫婦って果たして沢山いるものなんだろうか。タダ長い間、一緒にいただけって夫婦の方が多いんじゃあないかな。我が家はどちらの範疇に入るのか、おこがまあしくていえないね。

30万種類とも言われている日本人の名字。おなじみの順番に佐藤、鈴木、高橋・・・と並ぶ。1位の佐藤さんは日本全国にまんべんなくいるが、2位の鈴木さんはある地域に突出しているという。その地域とは静岡県、中でも、特に鈴木姓が多く住むのは浜松市だ。電話帳でチェックしてみると、一番多いといわれている佐藤姓でも4ページなのに、鈴木姓は34ページにも及ぶ。

この理由を探ってみると話は800年前にさかのぼる。戦さの中、消息が途絶えた紀州の鈴木伊勢三郎重家という武士を追ってきた家族が、この地に住んだのが篠原町の鈴木の元祖と言われているようだ。地元で有名な自動車メーカー「スズキ」に勤める「鈴木さん」は772人もいる。

ところで、富山県の氷見市といえば、「寒ブリ」の集積地としてつとに有名だが、も一つ意外なことで有名なのが氷見に隣接する新湊市だ。好事家の間で隠れた話題として囁かれているのが奇妙な名字の数々である。富山湾に面する小さな漁港だが、一番多い「釣(つり)」さんを始めとして「魚(うお)」、「草」、「菓子」、「餡」、「壁」、「酢(す)」、「菊」さんなど、他ではちょっとお目にかかれない名字が名を連ねている。中でもユニークなのは「分家」さんで、市内に数件あるが、肝心の「本家」さんがいないのも面白い。

政令指定都市

tukuda11月21日(火)
(豊洲から見た佃リバーサイド)

政府は先月24日、新潟市と静岡県浜松市が07年4月1日付で政令指定都市に移行することを決めた。道路管理や児童相談所の設置などで都道府県並みの権限が委譲されるほか、条例で区を定め行政サービスを行うことができる。両市の移行後、全国の政令市は計17となる。新潟市は05年に近隣の13市町村と合併し、昨年の国勢調査での人口は約81万人。本州の日本海側で初の政令市となる。浜松市は同年に11市町村と合併し、人口約80万人、全政令市のうち最大の面積を持つ。

近年は両市のほか静岡市、堺市のように合併で70万人以上に人口を増やした「第三世代型」が相次いで誕生した。引き続き、岡山市、熊本市、沼津市など予備軍も控えており、10年3月の合併新法の期限までにさらに増える見通しだ。

静岡と広島、この2つからピンと来る人は地元の人か事情通だろうか。食品や日用品などの新製品を全国で発売する前に、消費者の反応等を調べる「テスト販売」がよく行なわれる2県である。静岡や広島は市場の動向や消費者の購買力、その他の統計データが全国平均に近く、また地理的に山もあれば海もある、都会もあれば田舎もある、いわば日本の縮図というわけだ。

政令指定都市17の内訳は、北から、札幌、仙台、千葉、さいたま、東京、川崎、横浜、静岡、浜松、新潟、名古屋、京都、大阪、堺、広島、北九州、福岡となる。息子が転勤になったのは札幌市白石区、っていわれてもピンとこなかったが、札幌の中心に近い区域だった。ついでに札幌の区名を調べたら、中央、北、東、白石、厚別、豊平、清田、南、西、手稲と、10ケもあった。けっこう多いんだねえ。

北九州市は5ツの市が合併したことは知っている。門司、小倉、戸畑、若松まではスラスラでてきたが、残りの一つが出てこない。八幡市ってあったんだっけなあ、なんといっても新日鉄のお膝元だし、あったような気がするが、 なんか覚束ない。さっそく地図をひろげ区名を調べてみた。門司、小倉南、小倉北、戸畑、若松、八幡東、八幡西の合計7つ、やっぱり八幡市ってあったんだ。
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ