コジゼラ

よもやま話を雑文で

2007年02月

あっという間

鬼怒川22月28日(水)
(日光・鬼怒川)

せっかく温泉に行ったんだから、大好きな風呂、それも露天風呂に何度も入ろうと決めていた。だから、宿について直ぐに露天風呂に直行したのは当然の成り行きだった。だけど、宴会と部屋でのほろ酔い気分でのおしゃべりが12時過ぎまで続き、散会するや否や、たちまちバタンキューとなった。ところが、翌朝「なんということでしょう」、自他共に許す寝呆助が奇跡ともいうべきか、なんと5時半に目がさめた。早起き自慢の長老もまだぐっすりと眠っている。そっと部屋を抜け出し、早朝の露天風呂を満喫したのはいうまでもない。

そして、きょうは旅の疲れと寝不足を解消しようと、朝寝を楽しむはずだった。ところが緊急の野暮用が勃発、朝10時に家を出る羽目に。いつもなら歩く門前仲町だったけど、疲れてるんで、バスに乗り用事を終えた。ここでいつものスケベー根性が出た。せっかく出てきたんだから、永代橋の「オオカンザクラ」と「カンヒザクラ」を見に行こうって。そして、例によってバチバチ撮り終わって、川岸でタバコを吸ってたら、遊歩道を大きな柑橘類を持った二人連れのオバチャンが歩いてきた。思わず「なにを持ってるんですか」って声をかけた。道路端で見事に実っているのを見上げていたら、持ち主がくれたとのこと。

彼女たちがいうことにゃ、今日の朝刊に隅田川沿いに見事なハクモクレンが咲いているっていうので、見に来たが見当たらない。それは場所が違うから、バスに乗っていけって、行き先を詳しく教えて送り出した。さて、そこでだ、もうハクモクレンが咲いたのかって、自分の迂闊さが悔しくなり、絶対歩いていこうって覚悟を決めちゃった。隅田川沿いを永代橋から隅田川大橋、清洲橋と上がって行き、こんどは分流する仙台堀川に沿って歩く。清川橋、清澄橋を通り抜け、深川図書館で鳥羽亮の時代小説4冊を借り、海辺橋、木更木橋、亀久橋、末広橋、崎川橋を抜けて木場公園へ。

沢海橋、弁天橋を経て、やっとハクモクレン咲き誇る塩浜運河の南開橋際にたどり着く。悔しいかな、ほぼ満開、ああ、遅れを取ってしまった。塩浜橋から雲雀橋、白妙橋、浜崎橋、蛤橋を渡りゴーホーム。なにせ、この辺りは川が多いから、上り下りもほどほどにあり、けっこう応える。けっきょく、1万5千歩も歩いてしまった。撮った写真は400枚、後始末もタイヘン、いつもながら、まったく懲りない面々だよねえ。そして、いつものように2月が駆け足で通り過ぎていく。

旅日記

鬼怒川2月27日(火)
(日光・鬼怒川)

今回の鬼怒川一泊旅行は、何年ぶりかの海外旅行だった。この場合の海外旅行とは、都内から外へ出ること、団体旅行、一泊したことを指すわけだけどね。清水の舞台から飛び降りたような心境で参加したんだけど、行ってみればとっても楽しかった。いい天気、いい仲間、いい場所に恵まれた。

BOB会という年に1度集まる会だけど、今回始めて一泊旅行を敢行した。12人の参加者中、驚いたことに女性が5人も参加した。昭和50年代後半まで在籍した会社の仲間たちで、BOB会とは「バカな男とブス女」という意味(じょうだん、じょうだん)。総務部と経理部のOBが中心だから、メンバーが地味の上に極めておとなしい。それにどういうわけか、営業出身者が、コチトラを含め3名、この3名がいずれも年長組だから、宴たけなわとなれば、いつのまにか会の主導権を握っている。

気がつけば、普段人としゃべる機会の少ないコチトラが調子に乗って、ダレよりも多く、くっちゃべっている。家に帰り着き、いつにも増して妙に疲れを感じるなって思ったら、にょうぼに報告するのに声がかすれて、まともにしゃべれない。めったに使っていない器官を油もささないまんま、フル活動させちゃったから、ストライキを敢行されちまった。ビールをジャンジャンガブ飲み、タバコはプカプカ吸いすぎ、それにペシャリが加わったんだから、ノドも悲鳴を上げるわさ。

参加者中一番若いお嬢様(むろん奥様)がノリコおばさんのことをよく知っている。なんでかなあと思ったら、3年ほど前に教えた、「コジゼラ」と「青のアトリエ」をいまでも愛読してくれてるんだそうだ。これには感激したなあ、改めてアリガトサン。バカにしながら帰りに立ち寄った「東武ワールドスクゥエア」は大当たりだったね。日本を含めた世界の有名な建造物や遺跡などを、1/25の縮尺で忠実に再現したテーマパーク。21ヶ国102点の建造物が精巧に再現されていて、飽きさせなかったね。

世界の有名建築物が一堂に会しているんだから、ありがたい仕掛けというべきだろうね。
中でも、日本の法隆寺、京都御所、桂離宮、二条城の全体図なんか初めて見たよ。いまさらながら、こういう感じだったのかって思いが湧き起ってくる。機会があればまた行ってみたくなる場所だったね。東京から車でも電車でも2時間ぐらいで行けるんだから、海外旅行をやみくもに拒絶するのはアホっていうのが結論だった。

どうなってんの

ハクセキレイ
2月26日(月)
(ハクセキレイ・池上梅園)

久し振りに、古い友人たちと鬼怒川一泊旅行に行くことになった。っていうことで、明日の「コジゼラ」を現地から発信できない。今日の昼過ぎ出発なので、いささか早すぎるが、明日分を掲載しておく。

御茶ノ水を歩いていたら「二合半」というおでん屋の前を通りかかった。都内でも有名なおでん屋で2週間前からの予約で一杯という有名店らしい。つまり、店主にその気はなくても、「いちげんさん」はお断りという敷居の高い店なんだな。店の名前も半端じゃないぜ。
ついでだから、水道橋に出ることにして、景色は平凡だけど、東京一難しい名前の坂、「皀角坂」の古びた標識にご面会してきた。ここまできたら、神保町を通り抜け、九段下の手前、「俎橋」の裏手にある古びた眼科「春原眼科」にもお目にかかろうと、さらに足を伸ばしちゃったよ。

「二合半」は「こなから」、「皀角坂」は「さいかちざか」、「俎橋」は「まないたばし」、「春原」眼科は「すのはら」眼科と読む。この辺りはどうやら、神秘的なゴールデン・トライアングルみたいな雰囲気だね。最初に見つけたときは、ただもう嬉しくて、身体がゾクゾクしてきたよ。歩くことの醍醐味を痛感する一瞬だね。

パソコンで検索していたら、なんかの拍子で「ん」の変換をしてしまった。すると、どうだろう、「乎古上点」(おとこてん)という文字が浮かび上がってきた。なに?なぬ?いったいどういうことだ。さっそく調べてみた。ウイキペデイアによると、「漢文を読むときに、旧くは乎古止点によって、漢文に「を」や「こと」などの助字を補うのに興り、返り点で読む順番を示したり、送り仮名や句読点、片仮名などで日本語の訓で読む助けにしたりして発展した。乎古止点は字の周りに点などの符号をつけることによって、その符号の位置で助詞や助動詞など訓読の補助にする」とあった。

それはわかったんだけど、「ん」の変換で「乎古上点」という字が浮かび上がったのかは解明できてない。なんか無意識のままに、別のものを変換しちゃったのかなあ。ところで、「オノマトペ」、以前書いたように、オノマトペとは、擬態語,擬音語,感覚語などの擬音詞をいう。 たとへば、「犬がワンワンと鳴いた」「開幕のベルがジリジリ鳴った」の類である。オトコテンが漢語に由来する日本語なのは分かったけど、オノマトペって、フランス語が語源だっていうから、おかしいね。



見ごろ

オオカンザクラ2月25日(日)
(オオカンザクラ・永代橋)

今年は確かに異常な年であることは間違いない。梅は場所によってはもう散っているし、小石川植物園のようにこれからが見頃なところもある。先日初めて訪れた池上梅園、旧藤山雷太邸だったところで、贅を尽くした庭園と、斜面を利用した見事な梅園に感嘆させられたが、残念ながら、盛りはとっくに過ぎ、たなびいた白い霞を見ているようなモノクロの風景にがっかりさせられた。

いつもなら、今頃は「オオカンザクラ」が見頃な時節だが、新宿御苑も小石川植物園も花などほとんどなく、赤い萼だけが無残に残っている始末。今年は例年になく野鳥の数が多く、小さなメジロ程度なら愛らしいのだが、人相の悪いヒヨドリが大挙来襲してはハナビラを食い散らかす、ほんとうに憎たらしいったらありゃしないよ。御苑には野生のインコまでやってきて花をついばんでいたそうだ。これはゼヒ見たかったけどね。

例年にない暖冬のため、今年のサクラは極端に早く咲くんじゃないかって、誰しも思うけど、しかし、ことはそう簡単ではないらしい。ソメイヨシノなどのサクラのつぼみには、冬の一定の寒さが開花を促進する「休眠打破」と呼ばれる性質があるためだ。気象庁の開花予想の発表は来月7日だが、専門家からの「地域によっては開花が遅くなる所もありそう」との予測も出ている。サクラは花が散った後、夏までに翌年の春に咲く花芽を形成し、いったん、休眠に入る。その後、冬に5度前後の低温にさらされると、眠っていた花芽が目を覚ます「休眠打破」が起きる。さらに、2月以降に気温が上昇すると花芽が成長し、花を開かせる。

つまり、冬寒く、春先に気温がぐんぐん上がる気候条件が、サクラの開花に最も適している。「平成18年豪雪」と命名されるほどの厳冬だった昨シーズンは、休眠打破が進んだうえ、春先は一転して暖かくなったために開花は早まった。一方、今冬は昨年12月の気温が全国的に高く、年明け後も、その傾向が続いている。東京都心では初雪も観測されず、1月の平均気温は7・6度、休眠打破が必要なサクラには厳しい条件となった。


足慣らし

リンゴツバキ2月24日(土)
(リンゴツバキ・小石川植物園)

数日前、山道を走行中、ちょっとした呼吸困難があったので、翌日は大事をとって、終日休養した。といっても平地では通常呼吸に戻ったので、それほど気にはしてないが。終日家にいるとなると、不貞寝が常となるが、きのうは違ったね。机の前に正座し、藤沢周平の短編小説3冊を完読した。そして、3日前から続けている入浴法取り組んだ。天の啓示を聞いてから、ガンガンの熱湯に汗が額からタラタラと流れ出すまで、歯を食いしばって頑張るハードなやり方を改めたのだ。

タオル2枚と文庫本1冊、老眼鏡、タイマーを用意し、沸いた風呂に蓋をかぶせ、わずかの隙間からそっと身体を滑り込ませる。湯を心臓より下に来るように正座して、肩から上は風呂の外に出す。約30分の長丁場になるから、蓋の上にタオルを敷き、おもむろに老眼鏡をかけ、読書に没頭するのである。読書に身が入るのは、精々15分足らずだろうか、ひっきりなしに汗が出てくると同時にメガネが曇ってくる。こうなるともう読書なんていっていられない。ダク汗で体中がビッショリとなる。汗を拭いては意味がないから、目や鼻に汗が入り込まないよう、ひたすら目をつぶってタイマーの鳴るのを待つ。これがまさに地獄、時間の経つのをひたすら待ち続けるのだ。

この方法を取り出したら、身体のポカポカがいつまでたっても取れないのに参ったね。身体がポカついていると、眠れなくなるんだ。そして、おとといからテスト歩行を実施した。永代橋の「オオカンザクラ」、木場公園の「カンヒガンザクラ」、大横川の「カワツザクラ」がターゲット、行程距離は推定15,000歩だが、無理したくないので、門仲までバス、永代から木場までもバスを使った。

実質走行距離は7000歩だったが、収穫は二つあった。まず呼吸法、意識的に腹式呼吸を行うわけだが、大事なのは息を吸うことより息を吐き出すことのほう。肺に空気がなくなるまではき続ければ、自動的に吸うことはできる。前々日経験した息が吐けないのは解消していたね。あれはなんだったんだろう。二つ目はここんところちょっとマヒ気味だった左足のしびれが解消し快適な歩行ができたこと。たぶん温熱風呂で足の先まで暖めたのが好結果につながったかも。年を取ってくると、色々あるから、毎日が試行錯誤の連続だ。

惰眠

池上22月23日(金)
(池上本門寺)

2月初めに経験した「天の啓示」といえばかっこいいが、ある種の臨死体験をしてから、やはり考え方が変わったね。ある種割り切ったというか、悟りというか、そういったものが出てきたような気がする。ウジウジ考えていたマイナス志向が完全に吹っ切れたのは大いに意義があったし、人生をもっと楽しもうという気が強くなった。お陰で、チョット歩き過ぎて足の筋肉がパンパンだが、前向きな考えになったのは間違いない。

せっかく気持ちが盛り上がった矢先、3連休が始まった。しかも連日好天気、タイミングが悪かったよなあ。原則として出歩かないと決めているから、切歯扼腕しながら、毎日朝から惰眠にふけっていた。惰眠もいままでは遠慮しいしいだったが、一応堂々とやっている。寝ていようと、出歩いていようと、どう過ごそうと、一日は一日だからね。ただ、せっかく芽生えた前向きの気持ちが、怠惰という化け物に負けないよう気をつけないといけないけどね。

あれ以来自粛していることが一つある。ギンギラギンに熱した風呂を、ベランダの冷風で冷やす、この習慣の番付を大関級から前頭筆頭程度までに格下げしたことだ。あの目くるめき恍惚感は失われたが、臨死体験なんて2度と味わいたくないからね。だけど、唯一無二の楽しみが薄れてしまったのは悲しいね。これに代わる快楽をどうやって創造しようか、さし当たっての悩みとなった。惰眠をむさぼる快楽だけじゃちょと淋しいもんね。

3連休がやっと終わり、いざ出陣となったら、2日目は朝から雨が降っている。張子の虎じゃあないけれど、えらく気勢を殺がれるね。3日もサボちゃったから、身体もなまってしょうがない。アマゾンでまとめて購入した本も届いたが、読む気にもなれないし、にょうぼの冷たい視線を無視して、惰眠をむさぼるしかないね。転寝というと、のんびりした感じがするけど、にょうぼには不貞寝にしか見えないんだろうね。こういう日の快楽が惰眠というのも情けないが、今度は夜更かしが過ぎたものとなる。

天の啓示

池上2月22日(木)
(池上本門寺)

大げさのようだけど、2月上旬のある夜、とつぜん天の啓示を受けた。いつもとは違い、5分熱湯につかり、5分休む。頭の先から汗がほとばしり出た汗をしぼり出して、もう1度、熱湯に5分入る。再び汗がシトドに流れるまで我慢して、ベランダに飛び出す。うんこ坐りしてじっと目を閉じる。絶え間なく続く快感に身をゆだねていると、突然閉じていた目の中が光で一杯になった。それも明るくて淡いピンクの周りを、なんと金環食みたいな金色の王冠が彩っている。

慌てて目を開け、再び閉じると、金環は消え去っていたが、淡いピンクは相変わらず輝いている。再び目を開け、閉じると、もう漆黒の闇に変わっていた。けだるい恍惚感がいつまでも続いていて、とてもこの世にいるとは思えない心境だった。信じている神なんていないけど、一瞬天国を覗き見た気がしないでもない。初めての経験だったから、一瞬天に召されたのかって錯覚してしまったけど、翌朝目覚めると、天は生かしてくれたようだ。

湯上りの恍惚感をもたらす血液の異常な流れが、ついに頭に来たって感じがしないでもないが、どうやら、あれで吹っ切れたようだね。物事はよくとるに越したことがないってことを実感させられたからね。実は数日前の話だったんだけど、あれから、毎日15,000歩以上を歩いている。俄然気力が充実しちゃって、前へ前へと勝手に足が進んでしまう。目の光にも勢いが出てきたし、なんといっても、やる気が出てきたね。きょうなんか、疲れているのに、ブログ5日分を一気呵成に書き上げてしまったね。つい数日まではどうしようかって悩んでいたなんて、信じられないね。

ここんところ心身とも、マイナス周期に入り込み、髀肉之嘆をかこっていた。足がちょっと痺れると、いよいよ腎臓がいかれたか、ソロソロ透析を受ける羽目になるんじゃないかって強迫観念に捕らわれる。咳が止まらないと肺ガン、食事が不味い食道ガン、便秘気味だと大腸ガンかって憂えたり、とにかく考えることがすべてマイナス思考だった。相変わらずタバコはプカプカ吸っているし、しょ辛いものを食べてるし、午前3時まで起きて、間食してるし、毎晩熱い風呂は欠かしたことがない。思い当たるフシは数多あるんだから、やくたいもない。そのくせ最大の敵だった血糖値は下がる一方、お医者さんに褒められるくらいだから、どうなってんの。


再び未来

池上2月21日(水)
(池上本門寺の山門)

おいしいものを食べていると、幸せな気持ちになる。ところが、最近はなにを食べてもおいしくない。特に野菜炒めなどの豚肉などは、はじに寄せて食べない算段をする。好物だった和菓子もちっとも魅力を感じなくなったし、煎餅もパサパサ感ばかりで味気がない。三度の食事も厭わなかったライスカレー、またはカレーライスでさえも、近頃はうとましい。

「食べものの味がわからない」「味がうすく感じる」「口の中が苦い」など味覚の異常を訴える人が増えているそうだ。文字どおり「味けない」日々を送っているわけで、ご同慶の行ったり来たり、同好の士が多いのには元気づけられる思いだが、だからといって、ちっとも解決にはならないよね。味を感じるのは舌を中心に上あごやのどに分布する味蕾という器官だから、これがいかれちまったんだろうね。

思うんだが、味蕾は嗅覚とも密接な関係があるようで、鼻が利かないときは、何を食べてもまずく感じるのは事実だ。実をいえば、家の食事がまずいだけではない。最近昔の味が懐かしくて、思い出しては、かっての名店を食べ歩いたりしている。だけど、味わうのは失望のみ、来なきゃよかったって思いのほうが強い。 味覚に対する記憶の曖昧さにがっかりする前に、こちらの味蕾とは関係なく、作る側の味覚も衰えているんじゃないかとも思う。

 「服部栄養専門学校では、毎年新入学の生徒に甘味、塩味、酸味、苦味、旨味の5種類の味を4段階でテイスティングさせる味覚のテストをしているが、20〜30年前はもっともうすい味で56%、もっとも濃い味で88%の学生が当てられたのに、今はもっとも濃い味でも57%の学生しか当てることができない。味に関心がある当校の学生ですらそういう状況だから、治療を要する味覚障害とまでいかなくとも、味覚オンチの人が確実に増えている印象がある」(服部校長談)

確定申告

呑川2月20日(火)
(なつかしの場所、呑川・蒲田)

早々と確定申告に行ってきた。説明書を読みなながら、数分足らずで仕上げたものを持参したが、けっこう間違いが多かったのは、やはり年齢からくるボケなんかなあ。それにしても、税務署の指導員の親切なこと。終始ニコニコと笑顔を絶やさず、テキパキと処理してくれ、あっという間に、当初の予想通り納税することになってしまった。昼休み15分前に駆け込んだにもかかわらず、タイムオーバーだったのに、最後まで付き合ってくれた。たとえ僅かの納税とはいえ、国民の義務を喜んで果たせた思いで、さわやかな気分になった。やっぱり笑顔と親切って大事なんだな。

なんて柄にもないことを書いているが、事実そう思わせるものがあったのは間違いない。
しかし、改めて考えてみると、年金額の増大といい、介護保険料の天引きといい、老人控除額50万円の撤廃による新たな税金付加といい、タダでさえ少ない年金収入が年々減ってくる。税金を払うことによって、諸々の官費が連動してくるから、たまったものじゃない。都バス、都営地下鉄の無料パスもせっかくその資格を得たのに、もう来年からは有料となってしまう。年間1000円でいいものが、今年9月以降は2万円となる。

追い討ちをかけるように、来年4月以降、70〜74歳までの医療費自己負担率が1割から2割になる。入院すると、部屋代、食事代も自己負担となる(これは既に実施中)。民間の調査によると、病気になっても医療費を払えない不安を抱いている人が低所得層で8割もいることが分かった。年収300万円以下で、資産300万円以下のプア層では不安がある人が84%、そのため、この1年間で「具合が悪くても病院にいかなかった」が40%、「医師に勧められたのに検査や治療を受けなかった」という人も26%もいた。

いまの年金収入を見てみると、リッチ層(年収800万円以上、金融資産2000万円以上)よりもプア層に限りなく近い。医療費や課税金額は老齢者ということで、優遇されてはいるものの、去年実施された老人控除の廃止や医療費自己負担額の倍増など、弱い者いじめを得意技とする政府の施策により、いまや、着々と外濠は埋められつつある。いずれは内濠も埋めるつもりだろうから、他人事と看過しているわけにはいかない。じゃあ、どうする、っていってもなんら打つ手はないね。


東京マラソン

カワツザクラ2月19日(月)
(カワツザクラ・大横川)

新宿からお台場まで、都心を3万人が走り抜ける初の東京マラソンは18日午前9時すぎ、あいにくの冷たい雨の中、始まった。国内外からの招待選手のほか、多くの市民ランナーを含め約3万人が参加する国内初の大都市型市民マラソン。皇居、銀座、浅草など東京の名所を巡る、東京都庁から東京ビッグサイトまでの42.195キロで行われた。

石原知事の都知事選挙のための大デモンステレーションとも揣摩憶測されるビッグイベントだ。新宿方面はともかくとして、銀座から浅草、築地、豊洲、辰巳という後半のコースは、いつもの散歩コースだから、大いに興味がある。朝から冷たい雨が降り込める最悪のコンデイションだったが、さすがマラソン選手の早さには恐れ入ったね。先頭のダニエル・ジェンガ選手(ケニア)は11時に佃大橋から朝潮大橋に入ってきた。この朝潮大橋は、歩行中でも急坂なので、どういう走りをするか注目していたが、いともあっさりとクリアーしていった。この周辺は運河が巡らされているから、アップダウンが激しく、市民ランナーたちには辛い地獄の一丁目になるだろうね。

まもなく豊洲駅前を通過するので、にょうぼが見物しようと雨の中をすっ飛んでいった。テレビ画面では、一人旅のジェンガがまもなく豊洲地点に到達するぞって身構えた途端、なんとカメラは無情にも、各地を走っている市民ランナーに切り替わってしまった。再度切り替わったときは、もうすでにジェンガは辰巳地区に入っていたから、要するに豊洲周辺はカットされちまったわけだ。もっとも写っていたとしても、それこそあっという間に駆け抜けちゃったね。(2位の佐藤選手が通り過ぎるとき、一瞬豊洲のモノレールが写ったけどね)

大変なのはこれからだね。市民ランナーが完走目指して、ダラダラ走るわけだから、銀座、浅草の繁華街と、ゴール近くの豊洲、辰巳周辺は終日ごった返すことになりそうだ。最近スポーツのテレビ中継が多くなったが、ふだんNHKを見慣れているものにとっては、CMの多さには参ってしまうね。CMの合間に切れ切れのマラソンを見せられるわけで、この煩わしさといったらないね。日テレの野球中継は終始音を消して見ていたから、そんなに気にはならなかったけど、こんなのスポーツ中継とはいえないね。
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