コジゼラ

よもやま話を雑文で

2007年03月

サクラ咲く

千鳥が淵・田安門3月31日(土)
(夕暮れの田安門から千鳥が淵を・紀子撮影)

とうとう聞きたくもない記事が新聞の三面記事を派手に飾り始めた、サクラ咲くと。いつもなら、新聞記事を見る側ではなく、花を写す側にいるだけに、このもどかしさと屈辱感には目を覆いたくなるね。例年ならば、必ずどこかの渦に紛れ込んでいるはずだが、今年はそれが出来ない。ソメイヨシノ、シダレ、オオシマザクラ、エドコヒガンなど、長年馴染んできたサクラ君とは親しい付き合いが出来そうもない。その代わり、4月半ば過ぎに満開となる里桜の季節には必ずカンバックして見せるぞ。

日本列島は29日、日本海の低気圧に向かって南から暖気が流れ込んだため各地で気温が上がり、栃木県の小山で最高気温が26・2度、群馬県の上里見、水戸、福島県の小名浜など、12地点で3月としては観測史上最高を記録した。気象庁によると小山と上里 見、水戸、小名浜の気温は7月上旬並み。 東京都心も24・1度と5月下旬並みで、平年より1週間早く全国のトップを切ってソメイヨシノが満開となった。

東京都の数多い桜名所のなかでも、千代田区の千鳥ヶ淵ルートは1、2位を争うほど人気がある。ソメイヨシノなどが1082本ほど咲く。江戸城の石垣の城壁、青い水面の内堀、浮かぶ手漕ぎボート、薄紅色の絢爛豪華な桜との組み合わせはまさに天下一品だろう。

靖国神社の標本木の桜が開花したのが、20日だった。都民は満開の桜を待ち続けていた。29日午前中はまだ6、7分咲き。昼前からは気温が急上昇(23.6度)したことから、夕方前には桜がほぼ満開になった。内堀通りから北の丸公園の武道館を結ぶ、清水門が人気スポットの一つ。橋の左右の清水濠、牛ヶ淵の桜は最高のシャッター・チャンスの場所だ。日本人のみならず外国人を含め、デジカメ、一眼レフ、ケイタイ・カメラなどで桜花や蜜を吸うメジロなどを撮る。

俗に鶯色というと黄緑色に近い色をさしているが、実は眼の周りに白い縁取りがあリ、そのさえずりが美しい鳥、メジロの背中の色がいつのまにか取り違えられて「鶯色」と呼ばれるようになったそうだ。ウグイスが鳴き出す3月頃、好物である梅の蜜をせっせと吸っているため、間違えられたらしい。枝に身体を寄せ合って止まる習性から、「目白押し」という言葉も生まれた。ふだん見かけないメジロが群れをなして花弁をつついているのを見るのは、本当に嬉しい。

まさむね

オオシマ3月30日(金)
(オオシマザクラ・朝凪公園)

半月ほど前宮内庁は、皇后さまに腸からの出血などの症状が確認されたと発表した。精神的なお疲れが原因とみられ、近く静養に入られる。皇室医によると、皇后さまは最近、口内炎や鼻出血に加え、腸壁から数回の出血がみられたという。年に1回行われている定期検診で過去2回、表層性胃炎も続けて確認されており、いずれの症状も精神的なお疲れが原因とみられている。関係者は、「週刊誌などで相次ぐ皇室バッシングも影響しているようだ」と指摘している。

憧れだった美智子妃殿下、あんなに美しかった人が、泣きそうな顔で猫背の、見るも無残な老女になってしまった。猫背になってしまった大きな理由は、小男の天皇につき従う形をつくれ、って権高な宮内省役人に要求されてのことだろう。その姿かたちからは、皇居の生活がおそらく半世紀にわたって、心身を苦しめてきたのだろうことがうかがわれる。皇太子一家の反乱も、その大きな原因となっているのは間違いない。発表が新聞各紙に比較的小さく扱われたのも、事の重大さを物語っているようだ。それを否定するかのように、7日以降も皇后さまは予定の中から、川越小旅行など小規模な公務を選んで出席されているのも怪しい。

宮内省御用達というちっちゃなつながりだが、日本酒の名前で特に多いのは「正宗」がつく酒。菊正宗、桜正宗、福正宗、由利正宗、変わったところだとアルプス正宗なんていうのもあり、現存するものでも200種類近くあるという。最初に正宗と名付けたのは、江戸時代の灘の酒造屋、酒につける良い名前はないものかと寺の住職をたずねた際、経本を見ていると「臨済正宗」という文字が目にとまった。この「正宗(せいしゅう)」と「清酒(せいしゅ)」が似ている、という言わばダジャレから正宗と名付けられたとか。

そして正宗という酒がよく売れたため、これにあやかろうと他の酒にも正宗の文字が入れられた。明治になって商標法が整備され元祖の正宗も登録しようとしたが、正宗はもはや一般名詞であると却下されたため、元祖は桜正宗と改名、現在に至っているという。鎌倉時代の名刀「正宗」にあやかったものとばかり思っていたけど、ダジャレから来たとはねえ、シャレにもならないね。


九牛の一毛

ヒゴミズキ3月29日(木)
(ヒゴミズキ)

ガス湯沸かし器による一酸化炭素(CO)中毒事故が相次いで報告されている。CO中毒事故といえば、一昔前は火鉢やコタツの炭、練炭、豆炭が主な原因だった。我が家でもオバアチャンが何度もコタツで倒れていた。コタツには火持ちのいい練炭が入っており、転寝しているうちに軽い一酸化中毒になってしまうのだ。でも大事には至らなかった。なぜなら、空襲で焼け残った我が家は、少し傾いており、窓や障子、唐紙もきちんと閉まらなかった。お陰で冬は隙間風がビュービュー通り抜け、雨が降れば雨漏りがし、タライやバケツを持って狭い家の中を駆けずり回った。

唐突だが、「汗牛充棟」は蔵書家のこと、牛つながりで、「牛耳を執る」は主導権をとる、竹富島を走るのは「牛車」(ぎっしゃ)、「蝸牛角上の争い」の蝸牛はカタツムリのこと、つまらないことにこだわった争いをいう。「九牛一毛」とはたくさんの中でもごく僅かの喩えだ。そして、一毛つながりで出てきた諺が「一糸乱れず」だ。改めて説明する必要もないが、ここで使われている一糸とは「針と糸」の糸のことではないのが面白い。

メートル法換算になるまでの度量衡で、比率を表わす表示として使われていたのが、割、分、厘、毛、糸である。いまでも野球などでは打率や勝率などで使われている。例えば3割3分3厘3毛3糸は0、33333ということになる。まあ、野球の場合では、精々厘止まりだが、いつだったか忘れたが、首位打者争いが厘では決着がつかずに毛の単位まで入ったことがある。ダレとダレだったかなあ。

そして何といっても伝説と化しているのは、1982年、大洋ホエールス・長崎啓一と中日ドラゴンズ・田尾安志との壮絶な首位打者争いだった。大洋は長崎に首位打者を取らせる為に10月18日の対中日戦でことごとく田尾を敬遠し、ファンのブーイングをかった事件である。この試合の結果によってリーグ優勝の帰趨が中日・巨人のいずれかに決するという重要な一戦でもあった。結果として首位打者は0,351で長崎のものとなったが心中さぞ複雑であったに違いない。

もったいない

都電3月28日(火)
(早稲田駅の都電)

しばらく寒さが続いて、咲きそうになったソメイヨシノも一休み、お陰で、例年よりも早めになりそうだったサクラの開花も平年並み。だけど、そうそういつまでも、コチトラの思惑通りに行くはずもなく、ボチボチ、サクラの便りも聞こえてきた。今年ばかりはそのような楽しい話しを、ただ指をくわえてみていなくてはならないのが辛い試練だ。ベランダでお辞儀を始める植物の水遣りも思いのままにならない身の上だから、情けないね。昨日も見るに見かねて手を出したものの、後始末が大変だった。

一昨年だったか、ケニアだかの女性がノーベル平和賞をもらった。新聞記事で「モッタイナイ」というカタカナが踊っていたのを思い出す。日本人の古来からの美徳であった「勿体ない」が、ご本家ではとっくにドブへ捨てられちまったのに、ケニアで生き返ったというありがたい話だった。いずれにせよ、エコロジーを提唱する「モッタイナイ運動」がノーベル賞につながったんだから、たいしたもんだ。

日本人は簡単に「すみません」、「ごめんなさい」を連発するが、誠意がこもっていなく、本当に心からお詫びの気持ちを伝えるっていうよりも、接頭語的な使い方となっている。若い女の子がなんにでも「チョー」をつけるのとおんなじ感覚だ。「江戸しぐさ」によると、「済みません」は、実は「澄みません」で、仏様に対して済んだ気持ちになれなかったという心からのお詫びの気持ちだった。ややこしいいのは、この場合の仏様、目の前の人を仏の化身と考えていたって説明しているが、ほんとうかな?まあ、いずれにせよ、「すみません」は「ごめんなさい」「申し訳ない」よりも、誠意をこめていうセリフらしい。

言葉の乱れが問題になっているが、それはいつの時代でもおんなじこと。年をとるにしたがって懐旧の念が深くなって、保守的になるのも当然のことだ。常用漢字の見直しが論議されているようだが、どうもその中心となっているのは、パソコンなどの情報機器の発達によって生じた、「書けなくても読める漢字」を取り込むことにあるようだ。これまでの人生で「書く」期間が長かった者にとっては、「書けなくても読める漢字」とは、「昔は書けたけれど、書けなくなり、読みだけは覚えている漢字」だった。書くことより打つ中心の世代が増えてくると、書く教育をしても打つだけになるのだから、「書けなくても読める漢字」って、どう教えるのだろうかね。日本の教育行政って、いつもピントがずれている。



ざれ言

甘泉園3月27日(火)
(ああ、早稲田・甘泉園)

弱音なんて決して吐きたくないんだけど、ついつい口を出てしまう。今まで、自分にとって一番重要だった天気のいい悪いなんかは、まったくカヤの外。好天に恵まれて、サクラの世界はすぐそこに迫っている。だのに、ただ、指をくわえて眺めざるをえないなんて、何たる屈辱、1年で最も華やかな季節を、あたら目の前にしながらの挫折、ああ、嫌だ。

とにかく後遺症として、生まれて始めて経験する腰痛という厄介な代物を抱えてしまった。食欲はちっとも進まないし、思考力は減退というよりもやる気まったくなしといった状態だ。パソコンは気にはなるけど、中々手を出す気になれない。たかだか1週間程度離れただけなのに、ちょっとさわったら、誤字脱字の繰り返し、せっかくその気になったのに、もうそれ以上チョッカイを出したくなくなる。これって、すべてグチばかりだよなあ。

生きるということについて、または死というものについて、あまり真剣に向かい合ったことはないが、今回はさすがに考えさせられたね。っていうよりも高熱地獄の中で、牢屋の壁に手を縛られて、ひたすら紅蓮の炎を追う幻想にさいなまれた。この炎が死の象徴であれば、いっそ気楽なんだけど、なんか倒錯した快楽って感じのほうが強かったのはどういうことだったんだろう。

倒れたその日は、早稲田の甘泉園ににょうぼといた。50年ぶりに手を携えて訪れた甘泉園は、そもそも二人が愛を語り合ったなれ初めの場所(あぁ、なんて恥ずかしい話だ)。50年ぶりに感じた青春のときめきが体調に異変をきたした一因だったとしたら、ロマンティックな話しだよねえ。だとすれば回復も早そうだ。だって青春ってあっという間に過ぎ去ってしまうもの。それにしても逑の献身的な看護には、ただただ感謝の一字のみ。


鳥たち

甘泉園3月26日(月)
(懐かしい早稲田・甘泉園)

ベランダがなんとなく騒がしい。そっと立ち上がって、遠めでのぞいてみると、ベランダに数10羽のスズメが集まって、ビオラの花びらをついばみながら学校を開いていた。窓辺に近寄ると、気配を察してさっと飛び立ち、電線にズラリと並んで、こちらの様子をうかがっている。思えば、今年は妙に小鳥たちの姿を見かける。ベランダにはスズメのほかにも、ヒヨドリの姿を何回も見かけた。いろんな花があるのに、どういうわけか、ビオラ、それも紫と黄色のまだら咲きにだけ興味があるらしい。

住宅地に住む小鳥たちは警戒心が強く、人の気配を察するだけで、逃げてしまうけど、公園や庭園の小鳥たちはかなり、すれっからしである。この前、晴海トリトンのベンチでおにぎりを食べていたら、突然羽の音、小道の反対側にある小木にヒヨドリがそ知らぬ顔して止まっている。米粒を遠くに投げるとさっと飛んできて木の上に。段々とベンチの傍へと米粒を落として行くと、用心深く近寄ってきてはついばみ、1mぐらい先の路上でそ知らぬ顔して待機している。その小憎らしい態度がおかしくて、ずいぶん遊ばせてもらった。

池上梅園では、いつもは用心深いハクセキレイがかなり近くまで寄ってきて、エサを欲しがる。隅田川では、カワウがワザワザこちらに飛んできて、川杭の上で色々と演技をしてくれた。カワツザクラを撮っていると、数匹のメジロが飛んできて、色んな姿態で熱心に蜜を吸う。さすがに動きが早すぎて写真を撮るのは難しいけど、どうなっちゃってんだ。鳥が人間に慣れたのか、オレの姿が仲間と認知されたのか、分からないけど、悪い気持ちはしない。確かに鳥の数が増えたのは事実で、それはそれで、「にけっこう毛だらけ 猫灰だらけ お前のカアチャンでべそ」ってなもんだ。

字体

アセビ3月25日(日)
(アセビ)

JR山手線の23駅名で唯一、古い字体を使っているのが鶯谷駅だ。構内に駅名を説明した額がかかっている。よく見ると略字の「鴬」、揮毫した人の筆癖と思われるが、なんか変。亀戸天神で毎年1月に行われるのが「鷽替神事」。雀の仲間である鷽(うそ)を模した木彫りのお守りが発売される。「鷽」は難読字だが、参拝者の質問に、神社側はこの字は「學」に似ており、学問の神様を祭る当社とえにしがあると説く。

戦後、当用漢字も多くで字体が簡略化された。例えば、冠に火が二つの「營」は「栄」に、「學」が「学」にと変わった。鶯も鷽も鴬になると、大混乱必至となるところだったが、どちらも当用漢字から外れたから事なきを得た。ただし、一般に鴬は鶯の略字とされている。おなじみの鳥のほうが漢字も世俗化しやすかったらしい。県立諫早高校が「諫」の字体についてアンケートをしたところ、全員が普段「諌早」ではなく「諫早」を使うと答えた。一方、「諫早」に引っ越すまで「諫早」と思っていたそうだ。(朝日新聞・言葉談話室より)

鶯谷駅が鴬じゃあなくて、鶯という字を使っているなんて、初めて知ったね。諫早も諌早だと思っていた。一般的にいえば、字体の違いなんて気付き難いものだけど、当事者には拡大鏡のように映るんだろねえ。

コチトラの姓名の一部である「爾」も、正しくは構えの中に「Xが4つ」だが、たいていの人は「人を4つ」書いて寄越す。なまじ学のある人は「璽」とご丁寧に玉まで付けてくれた。畏れ多くも畏くも「御名御璽」っていうわけで、恐縮至極ったらない。彌太郎、彌次喜多が弥太郎、弥次喜多とも略すこともできることから、パスポートやカード類のサインには「尓」という字を使っていた。漢字で書く「ニーハオ」の「ニー」って部分に当たる。当事者にとって、忙しいときにバツを4つ書くのは、けっこう面倒なんである。


突然の中断

千鳥が淵3月24日(土)
(未だ静かだった千鳥が淵)

パソコンのキーをたたきたい、でもできない。
そぐそばにあるのに、
わずかな決断ができない。

それは突然やってきた。
わけの分からない混乱の中、
気がつけば、点滴のくさりに縛り付けられて、
妄想と絶望にさいなまれながら、
数日間も狂気の世界を放浪してきた。

簡単に言えば、
まもなく71歳になろうとする、ジーサンが
遅れてやってきたインフルエンザの
ワナにマンマとはまってしまったのだ。

突然の中断から、何日か経ってしまったけど、
書くことの楽しさを味いながら
マイペースで再開します。

たくさんの励みの声、とっても力になりました。
今後ともよろしくご指導ください。


謙譲語

トサミズキ3月14日(水)
(トサミズキ・木場公園)

文化審議会は2日、「敬語の指針」を文科相に答申した。新しい分類は、(1)尊敬語(2)謙譲語1(3)謙譲語2(丁重語)(4)丁寧語(5)美化語。従来の謙譲語は、「伺う」のように行為が向かう先の人物を言葉の上で立てる「謙譲語1」と、「申す」のように自分の行為を相手に対して丁重に述べる「謙譲語2」に分けられた。丁寧語からは「お料理」のように物事を美化して述べる「美化語」を独立させた。

「敬語の具体的な使い方」Q&A(「敬語の指針」から要約)
大きな会社なのに「小社」、優秀な子供なのに「愚息」、自信がある原稿なのに「拙稿」などと表現するのは卑屈に感じる。【解説】自分にかかわるものを小さく表すことにより相手への配慮を示す言い方で、必ずしも実際にそう思うわけではない。自己表現として気持ちに合うものを用いる。

駅のアナウンスで「ご乗車できません」と言うのは適切か。【解説】「お(ご)〜できる」は謙譲語1なので不適切。乗客の行為に尊敬語を用いて「ご乗車になれません」と言う。
訪ねた会社の受付で「担当者に伺って下さい」と言われたが、妙な感じがする。【解説】「伺う」は謙譲語2であり、客の動作に用いる敬語ではない。客を立てるためには尊敬語を用い、「担当者にお尋ね下さい」と言う。

レストランで働いているが、客に「ご注文の品はおそろいになりましたでしょうか」と言うのは変だと思う。【解説】「お〜になる」は尊敬語だから注文の品を立てている。「ご注文の品はそろいましたでしょうか」と言う。

ずいぶんご親切なことだねえ。微にいり細に渉り懇切丁寧なこと。日本人って、こんなにバカになってしまったということを、国自らが認めているだから世話がない。言葉って、こんなに細分化する必要があるんだろうか。そんなことより、学校教育も含め、日常生活の中で、ひとりでに言葉の使い方を覚えられる仕組みのほうが大切なんじゃないかな。教養なんて、所詮そんなもので、人から押し付けられるものではない。

バブル

コブシ3月13日(火)
(コブシ・千鳥が淵)

先ごろ、07年の大学生の就職先人気企業ランキングが発表された。文系男子では、2年ぶりに1位に返り咲いた三菱商事をはじめ、大手商社5社がベスト10入り。理系男子でも大手商社の多くが順位を上げた。文系女子では、業績回復で大量採用に踏み切っている銀行に人気が集まり、三菱東京UFJ銀行が初のトップになるなど、メガバンクが軒並み順位を上げた。
 
07年人気企業ランキング(カッコ内は06年の順位。―はランク外)。「男子文系」は、1位(3)三菱商事、2位(1)三井物産、3位(2)三菱東京UFJ銀行、4位(7)住友商事、5位(12)伊藤忠商事。「男子理系」は、1位(1)日立製作所、2位(2)松下電器産業、3位(5)三井物産、4位(12)東芝、5位(6)三菱商事。「女子文系」は、1位(4)三菱東京UFJ銀行、2位(3)全日本空輸、3位(1)東京海上日動火災保険、4位(5)みずほフィナンシャルグループ、5位(13)三菱商事。「女子理系」1位(6)松下電器産業、2位(3)日立製作所、3位(―)カゴメ、4位(2)サントリー、5位(―)味の素。

ざっと見ただけでも、会社のロゴマークをアカにしている企業が多いようだね。色は大きく分けて、暖色と寒色の2種類がある。見て温かい感じのする色、暖色の代表は赤色で、見て涼しい感じがする寒色は、青色が代表といえる。この暖色のうち、鮮やかさ(彩度)が高いものには気持ちを高ぶらせる効果があり、「興奮色」と呼ばれている。

アカ色と聞いて連想するのは、太陽、火、血、イメージは「活気」「情熱」「勇気」などだろうか。アカという色に勇壮な、あるいは活発なイメージがあるのは、この興奮色の効果があるためのようだ。多くのヒーローは正義感が強く熱血漢で、赤色が持つ心理効果と合った性格だから、ヒーローには赤が使われている場合が多い。

ちなみに欧米では血を連想させることから、赤色には戦い・勝利のイメージも含まれている。古くは古代ローマの軍神マルスの象徴色が赤色であり、ローマ帝国のシーザーはそれにあやかって軍隊のマントを赤にしたという。反対色として、白が敗北を象徴している。これに対して、日本の紅白歌合戦や運動会の赤組白組は、源氏と平氏がそれぞれ掲げた旗の色に由来するもので、勝ち負けのイメージはあまりない。同じ色でも印象が異なるあたりに、欧米文化との違いが感じられるね。

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