コジゼラ

よもやま話を雑文で

2007年05月

卯の花くだし

銀座交番5月31日(木)
(銀座4丁目交番・安全ガエル)

コチトラにとっては鬼門だった「卯月5月」がようやく終わる。卯月は卯の花が咲くころという意味合いでつけられたものだが、卯の花って月の名前を代表するような目立つ花でもない。この時期、牡丹や菖蒲、藤が代表的な花であって、華麗そのものである。それに引き替え、卯の花といわれた「ウツギ」は種類こそ多いけれど、きわめて地味な小花である。「もののあわれ」という平安時代の思潮が生んだあだ花なのかもしれない。「如月」、「弥生」、「皐月」と印象的な月名のあとだけに、尚更インパクトに欠けるのも致しないか。

5月の長雨を「卯の花腐し」(うのはなくだし)という、ちょっとしゃれた言い回しがある。文字通り「ウツギ」が枯れ始めるころ、梅雨の時期のような雨が始まるという意味だ。同じように、3月に降る梅雨のような雨を、「菜種梅雨」、4月は「筍梅雨」という。菜種梅雨、筍梅雨なんて、それまでは「梅雨」と言う言葉を使っていたのに、ここでは「くだし」を使っているところが、風流で、季節感もある。なんとなく綺麗さもあり、日本語が持つ独特の柔らかい和むな雰囲気がある。

今年の梅雨は気まぐれで、とち狂ったアプレガールの厚化粧って趣がする。梅雨前線が上空の高気圧や低気圧の変化によって、猫の目のように変化する。「雨がシトシト日曜日」ってな具合にはいかず、断続的に降ったり止んだりとダラダラ続く。むろん地球温暖化の影響だろうが、いやな時期とはいえ、日本人にとって、四季の折り目として大切な季節感が、膨満感に変わりそうだ。ついでながら、沖縄では梅雨をスーマンボウスウ(小満芒種)という。二十四節気の小満から芒種頃にあたるところからこう呼ばれる。

銀座4丁目交差点を挟んで和光、三越を見据えているのが銀座4丁目交番(旧銀座尾張町交番)だ。ちょびっと違和感があるけれど、その屋根には2匹の「安全カエル」がちょこんと座っている。14年前、交通安全週間の一環として作られたもので、「無事故で家に帰れるように」との願いが込められている。最近では銀座の目抜き通りに、次々と進出してくる外国金満企業に「あきれ蛙」っているという。

喫煙

ガクアジサイ25月30日(水)
(ガクアジサイ・古石場)

人気キャスター筑紫哲也(71歳)が肺ガン入院で、TBSの報道番組を降板した。1日3箱のタバコを吸うヘビースモーカーだっただけに、「やっぱりなあ」って思ったね。呼吸器科の医師によると、1日の本数が同じなら、より深く肺に吸い込む人のほうがリスクも高いという。タールやニコチンが軽いからとドンドン吸い込むのがよくないという。筑紫哲也っていうと、白髪が目立ち、以前から随分年寄りだなあって印象が強かったが、同い年だったとはねえ。早稲田の出身だから、同じ時期にキャンバスを歩いていたんだ。もっとも、今となっては、自分のほうがずっと年寄りっぽくなっちゃったけどね。

同じ日の別のページ、「社長の私生活」に登場したのが、光学機器メーカー、内視鏡が世界シェアの70%を超える、「オリンパス」社長(66歳)が登場した。「オギャーと生まれたときからの巨人ファン、でもここ数年の巨人の状態を見て、ファンを止めてしまおうって、何度思ったことか。だけど、今年は違うね。今では優勝を確信している」なんて可愛いことを言っていた。それはそれとして、「タバコは米国の「ピアニッシモ」を1日3箱吸っている。医者から止めろって言わるが、中々手放せない」とのたまっていた。内視鏡ではスッカリお世話になっただけに、他人事ながら、ちょびっと気になるね。それにしても同じ日の紙面に真逆のことが書かれているのが、なんとも皮肉だねえ。

タバコを吸って肺ガンで死ぬなら本望だなんていう人がいるけれど、あんなのは真っ赤なウソだね。先ごろ入院して鼻ネジをかまされ、呼吸困難と吐き気に再三襲われたけど、これって、タバコを吸っている後遺症だと言われた。あの苦しみは半端じゃあなかったね。だけど、懲りない面々だから、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の喩え通り、ソロソロ、タバコが恋しくなってくる。

嫌煙権が大手を振って歩くようになったきょうこの頃、タバコを吸うのが諸悪の根源のように見られている。人目を避けてコソコソ吸う、あの屈辱感はたまらない。日本って国はいつ頃から、右向け右っていう全体主義的風潮になったんだろうか。酒もタバコもやらないハードボイルドなんて、気が抜けたビールか鉄管ビールのようなもの、読む気にもなれない。気分転換、ストレス解消、満足感、いくつもいいとこあるんだけどなあ。

メロン

ガクアジサイ35月29日(火)
(ガクアイジサイ・木場)

マスクメロンといえば果物の王様として、値段も高いし、めったに口には入らぬ代物だ。それでも、接待で、料亭や銀座のクラブなどで供されたこともあったから、口にしなかったわけではない。上品ぶっている割には、そして周囲が喜ぶほど旨いものとは思わなかった。ふだん、メロンとして食べているのはプリンスメロンだろう。プリンスメロンは1962年に売り出された新製品で、それまで夏の果物といえばマクワウリだった時代だから、メロンの存在を身近な存在にした功労者といえる。ヨーロッパの露地栽培メロンとマクワウリを掛け合わせ、試行錯誤を重ね、誕生まで7年もかかったという。

イチゴやブドウなんか、年中食べられる時代じゃなかったし、スイカも夏のご馳走の一つだった。ビワやイチジク、ザクロ、カキなどは家の軒先で失敬して食べていた。この頃だったかな、ナシといえば「20世紀」といわれたほど、薄い皮に甘い果肉、あぶれんばかりの果汁。あれはうまかった。夜10時から始まるナイトショーには映画館前の果物屋で20世紀を買い込み、映画を見ながら食べるのが楽しみだった。近頃、20世紀の姿を見ないようだが、たまには丸かじりしてみたいもんだ。

ガキの頃、下町ど真ん中に住んでいたのに、駄菓子屋へ行った記憶もないし、駄菓子屋がどこにあったかの記憶も定かではない。駄菓子の類は夜店で冷やかすことはあっても、買い食いすることがあまりなかった。オフクロの教育方針もあったんだろうが、要するにあまりにも縁なき衆生だったのだ。昭和レトロの波で、団塊の世代では一種のブームになっているようだが、その輪の中に素直に飛び込んでいけない。

あの毒々しいほどカラフルでキッチュな駄菓子の数々、ほとんど触ったこともないんだから話にならない。ミニコーラ、信玄イカ、うまい棒、ソースせんべい、粉末ジュース、ベッコウ飴、ノシイカ、あんず飴、梅ジャムせんべい、酢コンブ、薄荷パイプ、ニッキ水、甘麩、あんこ玉、ボーロ、きなこ飴、ベビースターラーメン。名前は知っていて懐かしいが、口に入れた思い出がまるでないのも寂しいね。

アジサイ

ガクアジサイ45月28日(月)
(ガクアジサイ・越中島)

アジサイがちらほらと咲き出してきた。アジサイというと梅雨ってイメージが強いけど、カメラにとって雨は大敵だから、いくらアジサイと雨という情景と風情がいいとはいえ、ついつい敬遠してしまう。ショウブも同じ頃に咲き出すが、この二つが咲き終わると、花の世界も秋までは終焉の世界を迎える。せいぜい、タチアオイとかフヨウ、ムクゲなどが目を楽しませてくれるだけの侘しさとなる。

アジサイ(紫陽花)は、アジサイ科 アジサイ属の植物の総称。学名はHydrangea、「水の容器」という意味。学名のままハイドランジア、原産地は日本である。最も一般的に植えられている球状のアジサイはセイヨウアジサイであり、日本原産のガクアジサイを改良した品種である。花の色は、アントシアニンの発色に影響を与える物質のほか、土壌のpH濃度、アルミニウムイオン量によって様々に変化する。そのため、「七変化」とも呼ばれる。

日本原産の最も古いものは、青色で、つぼみのころは緑色、それが白く移ろい、咲くころには水色、または薄紅色、咲き終わりに近づくにつれて、花色は濃くなっていく。「あじさい」の名は「藍色が集まったもの」を意味する「あづさい(集真藍)」が訛ったものと言われる。また漢字表記に用いられる「紫陽花」は、唐の詩人白居易が別の花(ライラックか?)に名付けたもので、平安時代の学者源順がこの漢字をあてはめたことから誤って広まったと言われている。(ウイキペデイアより)

アジサイの名所といわれるのは、鎌倉など郊外は別とすれば、都内では白山神社ということになる。これがまことにお粗末な代物で、せまい境内に取ってつけたような植栽ぶりで、「名物にうまいものなし」を地にいったようなていたらくだ。アジサイは種類も多いので、自分なりに種類によって、これはどこ、あれはあそこ、といった具合に写真を撮る場所を決めている。ノリウツギ、アマチャ、ガクアジサイ、アジサイ、西洋アジサイ、スミダノハナビ、カシワバアジサイ、そして、アナベルで終わりとなる。アジサイは散り際が汚いのが難点で、画竜点睛を欠くのがとっても惜しい気がする。

薄紙をはぐ

海洋大学5月27日(日)
(海洋大学/旧商船大学)

にょうぼの家系は「加齢なる一族」だ。にょうぼの母親は92歳になるが元気だし、今年70歳になるにょうぼも、3歳年下の妹も元気いっぱいだ。ネットワークも完璧で、よくも飽きもしないなあって、はたで思うほど頻繁に連絡を取り合っている。ただし、元気一杯なのは女系家族だけで、数少ない加齢な男系としては、しっかりと褌を締めてかからないとね。褌ははいていないけど、矯正バンドをしっかりと締めて、「緊褌一番」、ひと踏ん張りしなくちゃ、ザマアないね。

薄紙をはぐように、日一日と腰の痛みも薄らいできた。出歩くときは矯正バンドを締めているけれど、家にいるときは、使わないでいられるようになっている。一時に比べれば用心深くなっているが、ここ数日、毎日5000歩以上は歩いていて、階段で多少息切れはするものの、足腰の痛みを感じない。とかくやりすぎる傾向があるので、出かけるのは1日おきと決めているが、天気がいいと、ツイツイ歩きたくなってくる。

今通っている整形外科は、近所でも評判の名医なので、いつ行っても混雑している。で、夕方に行ってみたら、なんと13番目、診察を受けたのは午後7時半過ぎだった。筋肉注射を先に受け、受付に断って、50分ほど周囲をそぞろ歩いた。そして、時間つぶしに思いついたのが、JR越中島駅への急な長い階段の上り下り。ふだんでも歩きたくない階段だが、3往復を試みた。さすがに息はすぐ上がってしまったが、足腰の痛みはなし。

医院に戻って、診察の時、先生に報告したら、「それはよかった。ほぼ回復しているね。よし、今後は週1回筋肉注射打つだけで、診察は月1回にしましょう」ってことになった。先生は、胃潰瘍の一因にもなった強力な痛み止めの薬を調合したことで、すごく責任を感じてくれていた。だからこそ、この回復ぶりをわがことのように喜んでくれたのは嬉しかったね。相手の立場になって考える、まさに名医たる所以だね。消化器と整形外科の先生から免罪符を手に入れて、どうやら、まっとうな生活に戻れそうだ。やはり、「時の流れに身をまかせ」なけりゃいけないんだねえ。(5月22日記)

ロングショット

相生橋5月26日(土)
(歩道橋から見た相生橋)

競馬で大穴のことをロングショットというけれど、JRAは3連単導入以降、マンシュウなんて当たり前となった。1〜3着を着順通り当てるんだから、的中するのはかなり難しいのは当たり前、だからこそ、当たると配当の多くなるわけで。ここ数年、馬券投資をピタリと止めてしまったが、今年になって、超大穴が続出するようになって、なんとなく腹の虫が騒ぎ始めている。

今年の特徴だが、G汽譟璽垢砲覆襪曚病膩蠅続出しているのが不思議な現象で、どうやら連鎖反応が起きているらしい。今年はいつになく武豊が不調な年で、クラシック・レースで持ち馬から下ろされるなんて前代未聞な事態も発生した。その一方で、地方競馬からJRAに移籍してきた安藤勝巳がG汽譟璽垢蚤膤萍するという逆転現象も起きている。だからこそ、レースも混迷を深める一方なわけで、異常事態が続出している。

まず4月15日のクラシック・皐月賞では、人気順7−15−2番と入り、3連単、1,623,250円、5月6日のG機■裡硲縫泪ぅ襦Εップでは人気順17−1−18番と来て、3連単、9,739,870円、5月13日のG機▲凜クトリア・マイル(牝馬)では人気順12−8−9番と来て、3連単、2,283,960円。優勝ジョッキーは穴男として名をはせる田中勝春、地方競馬の南関東で連続リーデイングジョッキーに輝いている内田博幸、デビュー4年目、新進気鋭のホープ、松岡正海、いずれも腕達者だが、人気薄の馬をよく連れてくるので有名だ。

ヴィクトリア・マイルで松岡騎手が乗った馬は「コイウタ」、歌手前川清の持ち馬だ。いつも後位凡走が当たり前の、こういう「珍名くん」がG汽譟璽垢砲らんだのも珍しい。今週はいよいよ競馬の祭典「日本ダービー」だ。約7000頭の一次登録馬の中から勝ち抜いてきた18頭だけが出走できる、3歳牡馬の頂点となるクラシック・レースだ。今年は3歳最強牝馬「ウオッカ」がオークスには見向きもせず、ダービーに挑戦してきた。もし勝つようなことになれば、64年ぶりの快挙となる。(5月22日記)

はしか

隅田川トサツキ5月24日
(隅田川と佃とサツキと・越中島公園)

早稲田大学は21日、学生30人がはしかを発症したとして、東京・西早稲田など7キャンパスの全16学部と大学院(北九州を除く)の授業を29日まで休講とし、学生の学内への立ち入りを禁止した。はしかは首都圏の大学を中心に広がりを見せており、厚生労働省が21日に発表したワクチンの在庫数は、17、18日の2日間だけで3割強にあたる約16万本も減っていることが判明した。
早大によると、感染の報告は約1か月前からあり、21日午前中だけで12人。このため、同日4限目から約5万5000人の学生を対象に休講の措置を取った。

麻疹(はしか)って、かっては伝染病に認定されていて、種痘と前後して必ず予防接種を強制的にさせられていた。あの注射が嫌で、大人になっても注射恐怖症は直らなかった。未だに月1回の血液検査でも注射針がブスリと刺さる腕からは目をそむけている、トラウマまなんだねえ。そういえば、死病と言われていた結核も、一時は完全に駆逐されていたようだが、最近はけっこうな速度で復活の兆しがあるという。結核は金持ち病とか、ロマンテイックな病気だなんてイメージを抱いていた時代もあったけど、あれは作家・堀辰夫など小説家の影響が強かったんだろうなあ。

泥でぬかるんだ場所を「ヌタ場」と呼び、イノシシは寄生虫等を防ぐために「ヌタ場」で転げ回って身体に泥を塗りつける。その行為を「ヌタ打ち」といい、その様から、七転八倒して転げ回っている様を「のた打ち回る」と呼ぶようになったそうだ。先月末には、それこそ「のた打ち回った」わけだが、きのうの再診で経過は順調なので、半年後に再診しましょうっていわれた。「先生は命の恩人です」って、お追従をいったら、「恩人ってことはないけれど、偶々、あの日の当直が消化器科専門医の自分だったこと、内視鏡スタッフが休日出勤していたこと、この二つが重なったから、内視鏡検査と潰瘍の摘出が即断即決でできたのがよかった」って言われた。お追従なんてとんでもない、本当に命の恩人だったんだって、改めて実感させられたね。(5月21日記)

祭りだ、ワッショイ

三社祭5月24日
(三社祭・女神輿)

雨でも降ればいいのに、って思うのは、ほんとに凡夫のなせる業。その期待を見事に裏切って、今日は朝から絶好のお祭り日和だった。4年も続いた浅草詣でもついに今年で途絶えてしまった。残念だけど、いまの体力では、この炎天下、神輿を追っかけて駆けずり回るなんて夢のまた夢。ひっそりと家で髀肉の嘆をかこっている。

浅草の三社祭は19日、町神輿連合渡御が行われ、男衆だけでなく女性の担ぎ手らも勇壮な姿で見物人を魅了した。浅草馬二町会では、10年ぶりに大中小の三基の神輿をそろって出した。このうち、中神輿は女性だけで担ぐ女神輿。小学生から30代を中心に、約20人が気勢を上げた。同町会が女神輿を出したのは初めて。中神輿とはいえ重さ約100キロで、以前は大人神輿として使われていた本格的なものだ。(東京新聞より)

3日目の20日、浅草神社の本社神輿が街に出る「宮出し」が行われ、クライマックスを迎えた。午前6時前、一本締めを合図に担ぎ手たちが一斉に神輿を担ぎ上げた。鉢巻や法被に彩られた人波の上で、神輿は、かけ声や笛、手拍子に合わせて激しく上へ下へ。3基の神輿はこのあと、地元を夜までかけて渡御した。 昨年、神輿の上に大勢の人が乗って担ぎ棒が折れた事故を受け、神社側は「神輿乗り禁止令」を出していたが、一部の人が神輿に乗った。(朝日新聞)

ああ、熱気が手に取るように伝わってくる。現場にいて、この熱気を肌で味わいたかったなあ。浅草寺裏に待機する100基あまりの神輿が順番を待っていて、順番が近づいてくるにつれに、徐々に紅潮してくる姿は乙なもんだ。そして順番に従って、次々と各町内へと担ぎ出されていく。その中から、目星をつけた神輿をひたすら追っかけて行く。むろんお目当てはあらかじめ見極めておいた粋な姐御の属する町会の神輿だ。髪の毛をアップに結びあげた首筋からほつれるおくれ毛の色っぽさ、祭り衣装の小粋さ、きりりとしめた鉢巻のいなせさ、もうたまんないものがあるね。

今年は体調不良で、先週の神田祭もパスしてしまったし、佃住吉神社の祭礼もアウト、なんとか行けるかなって、秘かに期していた三社祭もパー。8月中旬、地元で行われる、富岡八幡宮の連合渡御にはなんとか間に合わせたいもんだ。そうじゃないと、生甲斐を取り上げられたみたいな気がして、やるせなくなる。年に1度の「ハレとケ」だけは、なんとしても味わなくちゃ生きてる意味がない。(5月20日記)

栄光

セイヨウシャクナゲ5月23日
(西洋シャクナゲ・枝川)

東京六大学野球リーグ第6週第2日は20日、神宮球場で2回戦2試合が行われ、早大の斎藤佑樹投手(1年)が20日、3万大観衆を集めた明大戦でリーグトップタイの3勝目を挙げた。得意のスライダーに加え、新球ツーシームを駆使して6回無失点。早慶戦以外で3万人を集めるのは18年ぶり、NHK教育でも生中継された一戦で、自らの原点と進化を大観衆に知らしめた。5―0で快勝した早大は6月2日からの早慶戦で1勝すれば2季連続優勝が実現する。
きのう、久し振りに六大学野球・早明戦をテレビ観戦した。早稲田の校歌や応援歌「紺碧の空」のグランドでの斉唱を聞くなんて、ほんとうに何十年ぶりだったろうか。なんとNHKで六大学野球を中継するなんて、これもまた、何年振りだったんだろうね。たちまち学生時代の昔に戻って、ちょっぴり青春を味合せてもらった。これも、ハンカチ王子、斎藤祐樹効果なんだろうね。今年の優勝争いは早慶戦に持ち込まれることになった。これまた楽しみである。
早慶戦で「陸の王者テイノー」を倒すと、優勝争いに関係なく、スタンドでは早稲田側の全員が肩を組んで「早稲田の栄光」を歌うしきたりがある。あの歌は独特の雰囲気があり、夕暮れのスタンドで歌っていると、いつのまにか涙がこみ上げてくるんだった。あの感激をぜひ、スタンドで味わいたいものだが、今年は斎藤人気で、前売り券はまず売り切れ間違いないし、わずかな枚数の当日売りはおそらく、前の晩から並ばなくては手に入らないだろう。
野球の早慶戦と同じようにラグビーでも、伝統の一戦、早明戦に早稲田が勝つと、「荒ぶる」を歌う伝統がある。「荒ぶる」という歌がどんな内容で、どんな曲なのかも分らない。だが、息子なんかに聞くと、この曲も涙なしには歌えないそうである。「荒ぶる・北風」はラグビー部の第二部歌。大学選手権に優勝した時のみ歌うことが許される特別な歌で、そのときの最上級生のみ、結婚式のときにも歌うことが許される。それ故、優勝チームの下級生からは「自分の代でも荒ぶるを絶対歌います」という決意が異口同音に語られる。近年はフィールドに全部員・コーチ・OBが円陣を組んで、主将の発声に続いて斉唱する。 なお、第一部歌は「北風」と呼ばれ、試合前の出陣のときに歌われている。ちなみにラグビー部の正式名称は「早稲田大学ラグビー蹴球部」という。(5月20日記)

驟雨

シャリンバイ5月22日
(シャリンバイ)

きのう、待望のパソコンが到着、君に胸キュンと半ば興奮状態のまんま、1日が過ぎてしまった。同じ姿勢でずっと過ごしたため腰が痛くなった。きょうも午前中はどっぷりこと浸かっていたが、少しは歩かなきゃって、を断腸の思いでパソコンから離れた。
きのう、きょうと、矯正バンドをきちっと締めて、約5000歩近く歩いたが、やはり時々痛くなる。公園のベンチで周囲を見回しながら、強制バンドを緩める。あまりの気持ちよさに、しばし時を忘れ、うっとりとする。できれば、このまま芝生の上に仰向けに寝っ転んだら、さぞかし天にも昇る気持ちになるだろうね。

豊洲の交差点で信号待ちしていたら、豊洲病院の主治医にバッタリ出くわした。軽装な出で立ち、これから高輪まで、約10キロの行程をマラソンで走破するんだって、颯爽と駈け出して行った。あきれちゃうほど元気なもんだねえ。5000歩ぐらい歩いたからって、フウフウいってるようじゃ、まるで様にならないね。

しばらくすると、空模様が急に怪しくなってきた。家に着いて5分もしないうちに、東の空に雷雲が広がり、あっというまに大粒の雨が落ちてきた。主治医さんは今頃ビショ濡れになっているだろうなあ。一瞬、はしたないと反省しつつも、本音ではザマア見ろって思ってしまったよ。しばらく不健康な状態が続いていたから、健常者に対しては、人一倍嫉妬心が強くなるんだろうな。

新しいパソコンの引越しは思いのほか早く終わってしまった。ここ何回かやっているので、「灰色の脳細胞」もさすがに忘却の彼方とはならず、しっかりと覚えていたようだ。「にょうぼと畳は新しいほどいい」という古諺があるけど、こればっかりは我が家には通用しない言葉で、「にょうぼは古くて丈夫なほうがいい」って置き換えたいくらいだ。とはいえ、新しいものはいい。新しいパソコンの立ち上がりの早さには驚かされたねえ。そして写真入力の速さも新幹線並みだ。もっとも、これまで使っていたパソコンは在来線並みだったから、尚更そう思えるんだろうね。(5月19日記)
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