コジゼラ

よもやま話を雑文で

2007年07月

しにせ

銀座歩行者天国7月31日(火)
(銀座歩行者天国)

明治30年代、東京の呉服業界は模様合戦にわいた。老舗の三井呉服店(後の三越)は京都に染め工場を構え、復古調の元禄模様に力を入れる。これに対し、より古く平安時代に想を得た御守殿模様で押したのが、創業間もない伊勢屋丹治呉服店だった。伊勢屋は、この模様を柳橋芸者の総踊りで着せたほか、両国の花火大会でも宣伝した。「御守殿模様の成功により、天下の三井呉服店と張り合って高級呉服店を目指す伊勢丹の姿勢に、衆目が注がれるようになった」(伊勢丹百年史)。

 三つの世紀にわたり競ってきた三越と伊勢丹が、経営統合を視野に提携交渉に入った。実現すれば国内最大の百貨店グループになる。三越のブランドと優良顧客、伊勢丹のセンスと収益力を「袷の衣(きぬ)」に仕立てる策らしい。三越は明治38年、主要紙に「デパートメントストア宣言」を出し、日本初の百貨店になった。元禄模様の芸者ポスターに列記した取扱商品の中、「欧米流行洋服類」は世紀を経て、今や伊勢丹の得意分野である。世事は有為転変だ。

 総売上高を減らし続けるこの業界は、呉服系も電鉄系も再編の渦中にある。そごうと西武に続いて、今秋には大丸と松坂屋、阪急と阪神が統合する。昨日の敵は今日の友。勢力地図がどんどん塗り替わる、いわば「百貨領乱」の相である。本来の百花繚乱は多くの才能や美が集い、競い合う様をいう。流行を争い、時代を導いた往年の百貨店がそうだった。のれん2枚を重ねて、巻き返しの模様が浮かび出るか。衆目が注がれよう。(天声人語)

ここんところ、ずっとつまらなかった天声人語。執筆者が交代し、俄然面白くなった。たかだか600字の中に、最新の出来事を織り込みながら、言いたいことを手際よく押し込むって芸当は、これは大変なことで、しかも毎日続けるわけだから、その苦労はよく分かる。だからといって、読んでいてピンとこないようじゃ、これまた問題だ。今回の執筆者は、文章のツボと引用文に熟達していて、読者に興味を与えながら、鋭い切り込みを入れてくる。いままでのぬるま湯に浸っているようだった筆致とは雲泥の差といえよう。最近好調な読売新聞「編集手帳」、東京新聞「筆洗」においつけ追い越せの気配が濃厚だ。なにせ、コチトラにとって、パソコン上達の先生だったんだから、頑張ってくれないとね。

ケーワイ

ススキ7月30日(月)
(アレ!もうススキが)

一部の若者が「KY」という略語を使っている。「空気読めない」「空気読め!」を略した言葉だ。例えば「あいつマジKY」と言えば、「あいつ本当に空気読めない奴だな」という意味になる。また「KYキャラ」は「空気が読めない人や性格」という意味。反対語は「空気読める」を意味する「KYR」である。場の空気にかかわる言葉は他の分野でも発見できる。例えば「2ちゃんねる」では、「空気嫁」という隠語がよく登場する。またバラエティー番組では、空気を読めずに場を一気にシラケさせる様子を「ドン引き」と呼ぶ。場の空気は、若者のコミュニケーションにおいても重要な要素の一つだ。
最近、永田町界隈では「安倍はKY」という陰口がささやかれている。「実感なき景気回復」への反感、地域格差に対する不満といった底流の上に起こったのが、いわゆる「消えた年金」問題だった。さらに、閣僚の失言、不祥事疑惑問題が続いた。柳沢伯夫・厚生労働相の「女性は産む機械」発言、松岡利勝・前農林水産相の事務所費用疑惑、久間章生・前防衛相の原爆投下「しょうがない」発言、赤城徳彦・現農水相の事務所費用疑惑。直近では、麻生太郎・外務相の「アルツハイマーの人でも分かる」発言。格差問題に悩む地方の人々のみならず、大都市部に住む人々も皆、安倍内閣に失望した。
相次ぐ閣僚の失言や疑惑に対して、安倍首相が的確な対応をしていれば、少なくとも首相への不信感はここまで募らなかったかもしれない。問題なのは、安倍首相自身の対応のまずさだ。赤城農水省の件では「適正に対処している」とかばい、久間前防衛相の失言にも「アメリカ側の論理を説明した」とかばったのは、ほかならぬ安倍首相である。新潟県中越沖地震が発生した日、安倍首相はその日のうちに被災地へ向かった。だが、被災地に首相がすぐに行ったからといって、事態が劇的に好転するわけではない。むしろ、被災した東京電力柏崎刈羽原子力発電所で次々に発覚する問題によって、マイナス面ばかり目立ってしまった。

きのうの参院選、安倍首相率いる自民党となんでもハイハイの公明党は記録的な大敗を喫した。ボケっとしていた有権者もやっと正気に戻ったらしい。改革の途上にあるからって理由で、続投に意欲を見せているが、カレのいう改革というのが、みせかけのエセ改革だっていうことは、もうみんな気がついている。土壇場になっても、KYの安倍首相は間違った方向を見据えているようだ。

アカシア

路地裏7月29日(日)
(コーリアタウンの路地裏)

雨の歌ってけっこう多いね。歌謡曲の定番、港、涙、恋、別れに次ぐくらいの出番があるようだ。「雨が止んだら お別れしましょう」って菅原洋一が歌い、「雨、雨、降れ、降れ、もっと降れ 私のいい人連れてこい」って八代亜紀が唄い、「小ぬか雨降る 御堂筋 こころ変わりな 夜の庭」って欧陽菲菲も歌う。「雨が続くと 仕事もせずに キャベツばかり かじってた」って、南こうせつが「赤ちょうちん」で謡い、「雨に破れかけた 街角のポスターに 過ぎ去った昔が 静かによみがえる」って、バンバンが「いちご白書をもう一度」で歌う。

「アカシアの雨に打たれて このまま死んでしまいたい」と歌う、「アカシアの雨が止んだとき」は垢抜けたベッピン・西田佐知子が囁きかけるようなハスキーボイスで歌う姿にしびれたもんだが、モダンな曲調なのに、歌詞はものすごく暗くて寂しい。あの曲がヒットしたのはいつごろだっただろうか。ご亭主の関口宏が老境に差し掛かっているくらいだから、かなり昔だったに違いない。1989年にシングル盤が発売されているが、これは再販のはずだから、それより20年ほど前だったか。

4−50年前にアカシアの雨なんて歌がはやったこと自体不思議な気がするね。50年後のいま、だいぶ花に詳しくなったコチトラでさえ、とっさにイメージがわかないくらいだから、花なんかどうでもよかったんだろうなあ。アカシアというしゃれた語感が、パリなど憧れの都市を連想させ、つかのまのエトランゼ気分を味わえればよかったんだろうかなあ。作詞者もそこまで読んで書き込んでいたかどうかは不明だけどね。

パリといえば、アカシア、ミモザ、マロニエ、パリをはじめヨーロッパ各地の街路樹として有名なマロニエ。フランス映画などにも風景としてよく出てくし、セイヨウトチノキのことだから、日本でもよく見ることができる。ところが、アカシアとかミモザとなると、いまいちピンと来ないよねえ。アカシアは明治時代に輸入されたニセアカシア(ハリエンジュ)を、当時アカシアと称していたことから現在でも混同されることが多い。また、花卉栽培されるフサアカシアなどが、本来はオジギソウを指すミモザの名前で呼ばれている。マロニエは春遅くに上向きに房状の白い花を咲かせ、ギンヨウアカシアは春先、吹きこぼれそうに黄色の花を一杯つけ、ニセアカシアは夏に地味な紡錘状の白い花をつける。

秘密のアッコチャン

ヘクソカズラ7月28日(土)
(ヘクソカズラ)

わざわざ遠くに出掛けなくても、自宅界隈には四季折々、色んな花が群生する秘密のアッコチャン的な場所がある。そろそろ、咲き始めるんじゃないかって、期待に胸をときめかせ出掛けるのは嬉しいものである。ところが、ここ数年、乱開発が進んで、そうした秘密の隠れ家がドンドンと姿を消していく。そのたんびに悲しい思いをさせられるわけだが、なにも乱開発だけじゃない、都営住宅の小さな庭に丹精込めて花を育てていた人、おそらく大抵がお年寄り、こうした人たちもこの世から姿を消しているに違いない。

アリッサムの群生は見事だったなあ。車がひっきりなしに行きかう幹線道路の信号脇、ガソリンスタンドの入口そば、街路樹の下のわずかな空間に色とりどりのアリッサムが咲き乱れているのを見たときは感動した。スタンドの人に聞いてみたが、ひとりでに生えて、ひとりでに広がっていったらしい。

スイフヨウといえばこの場所と決めていたのが、豊洲の路地裏にある保育園の裏手、見事な大木に育って、だれの手入れもないままに悠然と酔いにふけっていた。夕方になると、白い花にぽっと紅が差して、なんとも色っぽく陶然と見惚れていた。木の下にははかなく散ったつぼみの数々、一日花の宿命が、限りない寂しさを誘うのだった。それが、人口増加による保育園の増設工事で、見るも無残な姿に変わってしまった。小さく伐採され、移植されたスイフヨウが花をつけるのは何年先だろうか。

散在する都営住宅の一つ、その周りを囲む垣根に、夏になると、ヘクソカズラがびっしりと花をつける。雑草とはいえ、めったに見ることがないから、見つけたときは嬉しくて、嬉しくて、思わず大声で「ワオー」って叫んでしまったよ。紫がかった花は妙に上品で、整った顔をしていた。小さな花だから、風に吹かれたりして、中々うまく撮れないのが、これまた一興だった。それが、都営住宅の改築工事で、すっかり取り払われてしまった。取り払う方は邪魔な雑草って当然思っただろうし、仕方がないけれど、また一つ夏の楽しみが消えてしまった。

繁殖力が強くて嫌われる「セイタカアワダチソウ」、「ユキノシタ」なんかも道路端にどこでもあったけど、マンション建設のあおりを受けて消えてしまった。アワダチソウの黄色い花は悪くなかったし、ユキノシタの大文字型に咲く可憐な花は、一服の清涼剤だったのに。



院と庁

ヒマワリ7月27日(金)
(ヒマワリ)

日本政府の省庁管理体制はどういう組織図になっているのだろうか。例えば省は分かるとしても、内閣府などの府、林野庁などの庁、会計検査院などの院はどういう区別で仕分けされているんだろうか。多分、庁は省の外局、または現業部門、院は独立行政法人ということだろうが、府の意味がいま一つ明確でない。

院とは内閣の所轄の下に設けられた独立行政機関をいうらしい。いま、中越沖地震の放射能流失事件で、矢面に立たされているのが「原子力保安院」という聞きなれない組織だ。そんな存在があったのかって改めて知った次第だが、その院長というのか最高責任者というのか、その貧相なこと、これじゃ尊大かつ傲慢な東京電力にはとても立ち向かえないって思ったね。原子力保安院は経済産業省の一機関で、「資源エネルギー庁」の特別機関だそうだ。どうも推察するに「院」というのは、統計だとか測量だとか検査など、技術系の人間を集めた部門らしい。国土交通省傘下の国土地理院などもそうだが、人事院だけは内閣の管轄から外れた独立法人だそうだ。

ところで、宮内庁はどこの外局だろうか。従来の流れからすると、内務省、自治省、郵政省、総務庁などを併合した総務省だと思ってしまうが、実は内閣府の外局だ。内閣府っていうのはすごいところで、金融庁、警察庁も傘下にあり、そのヘッドがなんと内閣官房長官、記者会見などで黒子役に徹しているようで、実は大変な権力を与えられているわけだ。ちなみに、全官僚のナンバーワンは副官房長官、この地位は内閣が代わっても継続されるから、政治の中枢をずっと握っていることになる。おっそろしい話ではあるね。日本でのクーデターなんてちょろいね。総務省と内閣府を抑えてしまえばいいんだからね。

総務省っていうのもすごい官庁で、戦前東大卒のトップクラスは内務省か自治省に採用され、大蔵省、外務省などはその後塵を浴びせられたものだった。現実的に見ても、全国の知事および経験者の出自は自治官僚が大半を占める。消防庁は総務省の外局だが、東京消防庁は東京都の組織、ややこしい話だなあ。なお、海上保安庁は国土交通省の外局だ。これもちょっとおかしな話だなあ。



ケイタイ

フマワリの蕾7月26日(木)
(ヒマワリのつぼみ)

携帯電話のヘビーユーザーの4割強が、携帯をほとんど通話に使っていない実態が、民間研究所の調査で浮かび上がった。携帯サイト経由で調査の結果、9584人の有効回答を得た。約97%はデータ通信の定額サービスに入っており、携帯電話をよく使うヘビーユーザーといえる。 だが、1日の通話回数は「ほとんどない」が最も多く、44%を占めた。「3回未満」(35%)と合わせ、約8割がケータイを「電話」として活用していない格好だ。1日の平均通話時間も、最も多いのが「5分未満」(49%)。「5〜10分」(23%)、「10〜30分」(15%)と続き、「携帯の長電話」も過去の話のようだ。

NTTドコモによると、利用者が払う1人あたりの月額「通話料」は減少の一途。03年3月に6380円だったが、07年3月は4690円まで落ち込んだ。一方、メールや音楽ダウンロードなどネット利用によるデータ通信量は増え続けているのに、定額サービスなどの普及で、同じ期間のデータ通信使用料は、1750円から2010円と伸び悩んでいた。

この記事って、けっこうショッキングだよねえ。街を歩いていても、電車に乗っていても、ショッピングモールをさ迷っていても、目につくのは携帯を手放さない若者、サラリーマンばかり、そのほとんどが、くっちゃべってばかりいるのかと思っていた。だから、この数字を見せられるとびっくりさせられるのだ。そういわれてみれば、近頃、車内で目につくのは、携帯の画面を見たり、メールらしきものを打っている姿だね。周りを顰蹙させるような大声で、携帯相手にしゃべっている姿はオバタリアン以外はあまり見かけなくなった。

いつも思うんだが、耳では大音量でアイポッドを鳴らし、あんな小さな画面を見て、親指をひっきりなしに動かしてメールを打っていると、耳や目や指に障害が出てくるんじゃあないかな。メーカーが値下げ競争にうつつを抜かすのは分らないではないが、シャープ・ザウルスのようなパソコンを小型にしたような機種をどうして積極的に販売しないんだろう。原発と同じように、社会問題となってからでは遅すぎる。高校野球の選手がちょっと活躍すればハンカチ王子、アマチュアゴルフの選手がちょびっと活躍すればハニカミ王子。いまのマスコミは仇名をつけるのがうまいが、ケイタイという不細工な名前ももっとシャレタ表現に変えてほしいなあ。

定礎

アサガオ7月25日(水)
(アサガオ)

最近聞かなくなった言葉に「悪女の深情け」というのがある。悪女がいなくなったのか、そんなことはないね。ただ、ドロドロした情念とか、オドロオドロとした妖しさを持った女性が少なくなったのは事実だね。女性特有の押し付けがましさをソフィストケイトに隠してしまえるテクニックがいつのまにか身についてしまったんだろうか。それに引き替え、男性はちっとも変り映えしないようだね。ある意味で単純明快、ちっとも進歩してないようだ。

それにつけても「悪女の深情け」を思わすような鬱陶しい梅雨空、よくも飽きもせず頑張っているね。梅雨前線が日本列島にピタリと張り付いて離れそうもない。梅雨に居座られると、腰の痛みが疼き出すし、出かけるのも億劫になる。家にばかり閉じこもっていると、蒸し暑さなんかすっ飛んでしまって、部屋を通り抜ける風の涼しさに身震いしてしまう。それはそれで、ちっとも文句はないんだけど、欲求不満は解消できそうもない。なんてぼやいていたら、なんときのうは朝からピーカン、久し振りに見る青空がやたらとまぶしい。きょうも薄曇りだが、お天道とうさんが顔を出している。いよいよ本格的な夏の到来か。

ビルなど大きな建物の1階でよく見かける石や金属のプレートに書かれた「定礎」の文字。あれってけっこう気になるね。広辞苑を引いてみると、「礎石をすえて、建物の工事を始めること」とあるが、これじゃたいした説明にはならないねえ。建築関係者によると、「定礎はもともと、西洋建築のコーナーストーンに由来し、本来は建築初期の段階で行われるものだった。しかし、現在の日本では、基礎工事が終わり外装工事に入る前に、今後の工事の安全を祈願して、中締めとして定礎式を行うようになった。今では方角に関係なく、正面玄関近くに設置するのが、一般的で、併記される日付は工事の完成日」だそうだ。

定礎石の奥には鉛や銅、ステンレス製の「定礎箱」という箱が埋め込まれ、中には、発注者や施工者名を記した板など、建築物にとって記念になるものが入れられていて、建物が壊されるときまで取り出すことはできない。商業ビルではほとんどに設置されていて必須かと思われた定礎だが、義務とか決まりではない。「東京ミッドタウン」や「六本木ヒルズ」など、最新の複合ビルでは定礎の代わりに建築に関わった人たちの名前が書かれた記念のプレートが設置されているそうだ。

カルメ焼き

路地裏7月24日(火)
(枝川の路地裏)

何度やってもうまくいかなかったのが「カルメ焼き」だった。いわゆる駄菓子だったが、家で簡単に作れるという評判が広まり、道具一式を買い揃え、準備万端を整えて臨むのだが、砂糖の焦げるいい匂いを嗅ぐだけで終わってしまう。口悔しくて口悔しくて、縁日があると出かけては、プロがいとも簡単に作るのをじっと見つめたものだった。カルメ焼は直径10cmほど、厚み4−5cmほどの「亀の甲羅」に似た中央が膨らんだ楕円状のお菓子をいい、材料は簡単、水・砂糖・ふくらし粉、そしてお玉・割箸・濡れ雑巾と七輪があればいい。
当時の「テニオハ」を見ると<作り方は単純で、ザラメまたは赤砂糖(三温糖)に少量の水を加え加熱して融かし、重曹を加えて手早くかき混ぜ、炭酸ガスで発泡したところで、冷やしながら軽石状に固めたものである。ただ、砂糖と水の分量や、火から下ろすタイミング次第では失敗することがある。冷やす際には、水に濡らしたタオルの上に形を押し当てながら、溶けた砂糖が発泡状態のまま固まるようにさせる。>とあるが、失敗することがあるどころではない、成功したためしがないんだから、どうしようもない。

なぜ、こんなに熱くなっていたかっていうと、なにせ、甘いもの、特に砂糖なんてものは貴重品だったし、砂糖菓子なんて、滅多に口に入らなかった時代だった。それがわずかのザラメさえあれば簡単に菓子を作れるということが最大の魅力、それがわずかの費用と道具で、家庭で作れちゃうってんだから、たまんないよ。

しばらくして、甘い香りにひかれ、大枚?はたいて、夜店で立派な「カルメ焼き」を買い込み食したが、なんだ、こんなまずいものだったのかってガッカリした思いがある。形は立派だったけど、ガキ相手の商売だから、職人は利潤追求が先で、満足に砂糖を使っていなかったんだ。お菓子屋にいけば、そろそろ砂糖を使った大福だとか、饅頭なんかも買えるようになっていたから、こんなパサパサで口当たりの悪い菓子なんて、通用するわけもなく消えてしまったが、いまでも祭りや縁日の露店などで、見かけることもあるが、懐かしいねとは思うものの、買って食べたいなんて、ゼッタイ思わないね。

夏の風物詩

考え中7月23日(月)
(葉の形からすると、インパチェンス?)

休日になると、窓の下をマイクで案内しながら車がゆっくり通り過ぎる。「開化伝を無料で引き取ります」って聞こえてくる。なんのことやらって思っていたが、「廃家電」といってるらしい。要するに昔でいう屑屋の一種なんだねえ。今じゃあ、ほとんど見かけなくなっちまったけど、屋台を引きながら町を流し売りする商売ってけっこう多かったね。「風鈴屋」、「虫籠屋」、「チャルメラ」、「竿竹屋」、「鋳掛屋」、「羅宇屋」、「金魚屋」、「豆腐屋」、「納豆売り」、「しじみ売り」、「傘の修理」、「屑屋」。

「風鈴屋」は屋台に風鈴を沢山吊して、良い音をさせながら静かに歩いて行く。色とりどりで、図柄もいろいろあって、いかにも涼しげで、夏の風物詩だった。「虫籠屋」は、秋の虫たちも一緒に入っている、籠付きを売っていた。鈴虫など鳴く虫は沢山の種類があるし、虫籠も職人の手造りで、それなりに高価だったから、コドモには駄菓子屋で売っているキビガラの虫籠を買うのが精一杯だった。

金魚屋は春夏の昼下がり、「キンギョエー キンギョ」という勇ましい声を上げながら、天秤棒の前後に小さな金魚鉢を積んで、売り歩いていた。中に比較的大きな鉢があって、小さな金魚が沢山入っていたが、あまり良い金魚はなかったようだ。チャルメラとは特別なラッパのことで、支那ソバ屋が屋台を引きながら吹いてくる。あの一種悲しげな音は、冬の寒さと相まって郷愁をそそられたもんだった。昔はラーメンなんていわず、ズバリ「支那ソバ」。入っているものは、薄っぺらな焼き豚1枚と、ゆで卵の半分、支那竹少しと鳴戸1枚。

大八車の荷台に竹竿を沢山積んで「たけヤァー さおだけー」と勢いの良い声で叫びながら流して来たのが竿だけ屋。いまでも同じようなセリフがマイクで流れてくるが、軽トラックの荷台に積まれた中身はまったく様変わりしてしまい、情緒もくそもなくなってしまったね。豆腐屋は時計代わりになっていて、夕方にこのラッパを聞くと、遊んでた子供たちは一斉に家路を急いだものだった。あの変わった形の真鍮のラッパのような音は懐かしいなあ。この音を聞くと、オフクロに鍋とバラ銭を渡され、「何丁買っておいで」っていいつかったのを思い出す。年をとってくると、やたらと昔のことを思い出す。それも浮かんでくるのは、よかったことだけっていうのもご都合主義なのかな。

うつ

ららぽーと7月22日(日)
(豊洲ららぽーと)

札幌にいる次男坊からにょうぼに電話があったそうだ。用足しが終わった後、「で、トーチャンはやっぱり北海道に来るのはいやだっていってるの?景色はきれいだし、花も満開。来ちゃえば、きっと感動して駆けずり回ると思うんだけどなあ。それからさ、トーチャン、欝病にかかっているって、ホントー?」「なんで、そんなこというの」「だって、時々コジゼラを読んでいるからさあ」。欝病うんぬんはともかくとして、息子がコジゼラをたまには読んでいるんだって分かって複雑な気持ちになった。

数年前、コジゼラを書き始めたとき、長男にオレは絶対読まないよっていわれた。プライベートなことを面白おかしく書かれるのがイヤだってことだったと思う。5年前はまだブログ創成期で、今ほど人口に膾炙してなかったから、日記を公表するなんてことは、私小説を書くのと同じような印象があった。時代の先端を走る30歳半ばの長男坊でさえ、そんな認識だったから、容易ではなかった。

鬱という字をよく使うのは、この画数のやたらと多い難しい漢字が好きだということもある。齷齪、魑魅魍魎、矍鑠、顰蹙、霹靂、檸檬、篳篥、韜晦、讒言、咀嚼、鴛鴦、竈、竃、鼈。このような字画の多い漢字が大好きで、閑な時はよくいじっている。こういう字を100ケぐらいプリントして持ち歩き、電車に乗った時なんか、片っ端から頭の中で書いたりしている。何回書いても、すぐ間違えるという欠点もあるが、それが、また楽しいんだなあ、これが。

ストレスの多い職場では「飲む、打つ、買う」が流行っているそうだ。昔ながらの放蕩オヤジを指すのではない。飲むは胃腸薬や胃カメラ、打つは欝病、買うは宝くじだという。よく鬱という字を使うけど、これはここでいう欝病ではなく、どちらかといえば、身体の鬱だ。っていうより、この難字はマイナス志向の時を表現するのにうってつけだからだ。元々、無神経に生まれついているから、心的ストレスというのはほとんど起こらない仕組みとなっている。

小学4〜6年生の1割以上が抑鬱傾向にあり、自殺を考えるリスクは抑鬱のない子に比べて4倍高い。抑鬱の原因は、友人関係のストレスの度合いが最も大きかった。ただ、自殺を考える傾向には友人、教師との関係、学業などが複合的に影響しているという。 また、子どもの鬱は見過ごされがちなうえ、一部の抗うつ剤は18歳未満の服用が禁じられており、治療の難しさが指摘されている。 ショッキングな記事で、ほんと、嫌な時代になったねえ。

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