コジゼラ

よもやま話を雑文で

2007年09月

ビー

京都・妙心寺の退蔵院に「瓢鮎図(ひょうねんず)」という絵がある。室町時代のはじめ、山水画の始祖といわれる如拙が、足利将軍の求めに応じて描いたものといわれ、国宝になっている。字づらからはアユの絵と早とちりしそうだが、描かれているのはナマズだ。中国では、「鮎」はナマズである。 ところが、日本のナマズはアユに本来の漢字を奪われ、中国ではあまり使われない「鯰」の文字を当てられている。ほっそりとした「若鮎」を、ズングリしたナマズと見誤るわけはないから、何か理由があるはずだが、真相はよくわからない。

 「アユ」の語源にも、(1)弱々しいという意味の「脆(あ)ゆる」(2)ごちそうするという意味をもつ「饗(あ)ゆる」(3)美しいことを意味する「あや」(4)川を下るつまり落ちるという意味の「あゆる」(5)「ア」は小さいことで「ユ」は白いこと――などの説がある。「古事記」の時代から、方言や地方名がほとんどなく、いつの世も、どの地方でも「アユ」で通用してきた。これも、日本人とアユのつながりの深さを示す証拠といえるかもしれない。

ソフトバンクモバイルが5月下旬に発表した2機種は、米マイクロソフトの携帯端末向け基本ソフトの最新版「ウィンドウズ・モバイル6」を日本で初めて搭載した。日本でスマートフォン市場が注目され出した最大のきっかけは、PHS最大手ウィルコムが05年12月に発売した「W―ZERO3」シリーズ(シャープ製)。予約開始の当日に1万件以上の申し込みが殺到するなど「予想の数10倍の人気」で予約サイトが一時アクセス不能になった。 通話とデータ通信を合わせて月額5000円前後の定額制を導入し、より多くの機能を求める携帯電話ユーザーと、小型化を望んでいたノートPCユーザーが飛びついた。07年春までに50万台以上が売れ、6月7日には新型機を発表。市場を引っ張り続けている。PHSなんて、とっくに消滅したんだとばかり思っていたが、しぶとい復活だね。

「黒いダイヤ」といわれた石炭を掘る炭鉱は、戦後の日本を支えた基幹産業だったが、乱堀により炭鉱閉鎖が相次ぎ、斜陽産業となった。いま、国内で唯一採掘しているのは、釧路沖の太平洋で水面下約320mのトンネルから掘り出している、途上国研修用の釧路コールマインだけである。あまり知られていないが、日本は世界最大の石炭輸入国だ。その6割を占めるのがオーストラリアで、日本では火力発電用のほか、製鉄の原料としても使われている。例によって、急速な発展でエネルギー資源が枯渇しそうな中国がちょっかいを出しているようで、価格の高騰は避けられそうもない。

バロック

だんじり9月25日(火)
(岸和田のだんじり)朝日新聞より

「まほろば」は優れてよいこと、「バロック」はゆがんだ真珠、「鯛中鯛」はタイのタイと読む。「阿」はほとり、おかとも読み、「阿る」はおもねると読む、「シバリング」は医学用語、寒さで体が震えること、「とび職」は英語ではスパイダーマン、「弥と航」はわたると読む。

着物の丈が短すぎるのを「つんつるてん」、着丈が長すぎるのを「ぞろっぺえ」といい、木綿の裏地を「正花」(しょうはな)といい、「剣客商売」で小兵衛が愛用していた普段着は「軽杉袴」と書いて「かるさんばかま」と読む。「蝋扇」(ろうせん)とは、冬の扇子のことで、夏の火鉢と同様に役立たず、無用なことを言う。

「朝露葱」と書いてちょろぎと読む。お節料理で黒豆の上に載っている巻貝風の赤く着色された野菜のことをいう。この風変わりな名前は、中国語の「朝露葱」を日本語読みにしたものだろうとされている。根が蚕に似ていることから普通は「草石蚕」と書くが、「千代呂木」や「長老喜」という字を当てて、長寿を表すおめでたい食べ物としておせちなどに使われるようになった。

トルコの一部族だったオスマントルコは、15世紀半ばに東ローマ帝国を滅ぼしてから版図を拡大し、たびたび西ヨーロッパに侵攻した。トルコといえば、いわずとしれたトルコの軍楽隊。太鼓やシンバルに合わせ、吹奏楽器が強烈な響きでメロディーをかなえる独特な音楽は、ヨーロッパ中に広がった。ベートーヴェンの第九の終楽章にもトルコ行進曲が用いられている。

トルコのクレセントと呼ばれる楽器は今日でもヨーロッパの軍楽隊で見られる。クレセントとは三日月のことで、回教(イスラム教)国の象徴で、楽器はこの月と星を模した形になっている。パン生地に良質の植物性マーガリンをパイ状にタップリと折り込んで焼き上げた、パンの「クロワッサン」の語源もこの三日月で、ウィーン包囲が解けた戦勝祝いに焼かれたのが始まりということだ。

窓のカギの主流は「クレセント」と呼ばれる三日月状の内カギである。建具用の金具で上げ下げ窓、又は引き違いサッシュの召し合わせ部などに取り付け内部の締め金具として用いる。三日月型をしているためこの様に呼ばれている。毎日使っているのに知らなかったなあ。

戦国時代、悲劇の英雄「山中鹿之介」は滅ぼされた尼子藩の遺臣として、お家の再興に尽力し悲願を達するが、武運つたなく再び滅ぼされてしまう。講談などで何度も読んで悲憤慷慨したもんだったが、彼が被っていた兜には三日月が擬せられていたのは有名な話だ。まさに悲劇を予感させるような兜の選択だった。

こぶくろ

餘部鉄橋9月23日(日)
(ライトアップされた餘部鉄橋・鳥取)朝日新聞より

日本でもっとも人気がある男性アーティストは2人組の「コブクロ」だと。こんな調査結果が出てビックリだ。これはオリコンが2万人を超える会員を対象にして実施した「07年好きなアーティストランキング」。トップは宇多田ヒカルで、2位コブクロ、3位ミスチル、4位aiko、5位ドリカムという順位になった。コブクロがすごいのは04年と05年は圏外、06年は30位だったのに、一気に2位に上り詰めたことである。発売中の「オリコン・スタイル」によると、30代総合と40代女性でトップ。意外な気がするのは10代での人気でYUIに続いて2位になっている。

コブクロの代表曲は05年発売の「桜」で、昨年発売されたベストアルバム「ALL SINGLES BEST」は230万枚を売り上げるヒットになった。今年は冬ドラマ「東京タワー」(フジテレビ)のために書き下ろした「蕾(つぼみ)」が3月に発売され、40万枚を売り上げた。コブクロはともに30歳の小渕健太郎と黒田俊介の2人組、小柄な小渕と193センチの長身の黒田のデコボココンビで、別々に路上ライブなどをやっていて出会い、ユニットを結成した。

「今のエンタメ業界のキーワードはC(子供)T(ティーン)プラスF2(35〜49歳)。この世代に受けるとヒットするといわれ、コブクロはこのストライクゾーンなんです。彼らのメロディーに昭和のにおいがするからF2層に受けます。それと、かつて吉田拓郎や井上陽水らのシャベリがうまくてコンサートで受けたけど、コブクロも同様です。シャベリが面白くて子供も親もライブで飽きないんです」とは識者の話だ。

ぼくらの世代でいえば、コブクロは焼き鳥の一種として、そして、刺身は臓物料理屋のメニューの中でも、ゲテモノの部類に属していた。須田町にある牛の臓物専門店で、珍味だからと無理強いされ、口に入れた途端、吐き気に襲われゲボってやってしまった。店主が奨めた友人に、ダレでも食べられるものじゃないからって、やんわりとお説教していた。ところでコブクロとはなんぞや。コブクロは漢字で書くと「子袋」、つまり女性またはメスの胎内にある「子宮」のことである。知ってか知らずか大変な名前を付けたものだが、ファンなんて無邪気なもの、語源なんてまったく知らないもんね。また、知ったところで、別段、興味もわかないだろうけどね。

敬老の日

そばの花9月21日(金)
(そばの花・信州)朝日新聞より

「行ってらっしゃーい」、「お帰りなさーい」って、幼児が声をそろえて叫ぶ、美しい日本語が、何度も快く耳に響いた。振り返ると、子連れの若妻たちが木陰で昼食の宴を開いていた。かたわらには、お約束事の数台のバギー、川面からの快い風が頬をかすめる昼下がり。行ったり来たりを繰り返しているのは豊洲駅発着のモノレールだった。それにしても子供って飽きずに同じことを繰り返すもんだねえ。

きのう、9月20日は秋分だったが、猛暑は収まらず、日陰を探して歩く始末。強烈な太陽は相変わらずだが、からっとしている分だけ楽には感じたね。きのうで、にょうぼも古稀の仲間入りした。長寿系の家系なので、これは新たなスタートラインに立ったっていうことにもなる。レデイーボーデンのアイスを食べて、ささやかにお祝いをした。話は変わるが、9月15日は「ひじきの日」。ひじきが長寿の食べ物と言われていることから、以前の敬老の日にちなんで制定されたという。ところで、ひじきは漢字で書くと「鹿尾菜」、なんとも難しい当て字だなあ。

敬老の日といえば、60歳を過ぎてから、年齢により次のように呼ばれるね。還暦(60歳)、古稀(70)、喜寿(77)、傘寿(80)、米寿(88)、卒寿(90)、白寿(99)、茶壽(108)、皇壽(111)。一般的に、還暦は満年齢で数えるが、それ以外は数え年で祝うことになる。喜寿は喜の草体が七十七と読まれるから、傘寿は傘の略字が八十と読めることから、米寿は米の字が八、十、八と分解できることから、卒壽は卒の通用異字体が九十と読まれることから、白寿は百の字から一を引くと白になることから、つけられた。まるで判じ物の世界だねえ。

めったに使うことはないが、茶壽は茶の字の草冠を二十、その下の部分を米という字に見立て八十八、合わせると百八になることから、皇壽は皇の字を白、一、十、一に分解、九十九を表す白に一、十、一を足すと百十一になることから、ということらしい。計算するだけでも面倒になるが、古人はよほど暇だったんだねえ。年中閑人のコチトラには及びもつかないことかもね。

追憶

夕焼け9月19日(水)
(枝川の夕焼け)

秋の気配を感じるようになると、感傷的になる。3年続きになるが、いつも思い出すのが、これらの詩、うた、ウタ。毎年としをとってくるから、詩の言葉に対する反応がかなり違って感じられる。思い出、郷愁といったヴェールに包まれていた言葉の一つ一つが鋭いやいばとなって、グサリと胸を刺す。

新しいカレンダーの表紙を破るのをためらったのが、
ついさっきのようだったのに。

月めくりのカレンダーがいつのまにか1枚だけになっていて、
すきま風で寂しそうに揺れている。

「光陰矢の如し」か。
なんか感傷的になってしまうな。

ヴェルレーヌ(上田敏訳)、松尾芭蕉、長恨歌、謡曲「敦盛」。
有名なフレーズが次々と頭に浮かんでは消えていく。

「秋の日の ヴィオロンの ためいきの 
身にしみて ひたぶるに うら悲し
げにわれは うらぶれて ここかしこ 
さだめなく とび散らふ 落葉かな」。

「月日は百代の過客にして、
行きかふ年も また旅人なり」。

「年々歳々 花相似たり 
歳々年々 人同じからず」。

「人間五十年 下天の内を くらぶれば 夢幻のごとくなり 
ひとたび生を受け 滅せぬ者の 有るべきか」。 

すると、季節に関係なく好きな詩が浮かんでくる。でも好きなフレーズの一部だったのに、やはり全部は思い出せなかったな。

「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ 
緑なす はこべは萌えず、若草も しくによしなし
千曲川 いざよふ波の 岸近き宿にのぼりつ 
濁り酒 濁れる呑みて 草枕 しばし慰む」。
(島崎藤村 小諸川旅情の唄より)

「ふるさとは 遠きにありて思ふもの 
異土のかたいとなるとても 
そして 悲しく うたふもの
よしや うらぶれて 
帰るところに あるまじや
ひとり 都のゆふぐれに ふるさと思い 涙ぐむ 
遠きみやこに かへらばや 
遠きみやこに かへらばや」。
(室生犀星 小景異情より)

◆フェルメールブルー

スイフヨウ9月17日(月)敬老の日
(スイフヨウ)

2007年6月29日、アメリカのFDAは中国産のウナギ、エビ、ナマズの1/4に発ガン物質が検出されたとして輸入方法を変更した。検出された物質のうちニトロフランとマラカイトグリーンは動物実験で発ガン性が確認され、中国でも魚介類への使用が禁止されている物質であった。マラカイトグリーンは以前に中国産のウナギから日本でも検出されたことがある。ウナギの日本国内消費量10万トンのうち6万トンは中国産であり、これをきっかけに日本国内でのウナギの売れ行きは激減した。

びっくりしたね。マラカイトグリーンを砕いた粉末がターコイズブルーになったわけで、その粉末が人体に有害な物質だったとはねえ。17世紀オランダの画家、フェルメールは生まれ育った町から生涯出ることなく、市井や庶民の姿を描写してきた。とりわけ人物像には目もさめるようなターコイズブルーを多用した。ターコイズブルーはウルトラマリンブルーともいわれ、フェルメールの絵が後世注目されるようになり、フェルメールブルーとして用いられるようになった。

この青はラピスラズリ(瑠璃)というアフガニスタンの一部地方でしか産出しない高価な宝石を砕き、絵の具として使った物である。地方の名もなき画家がどうして、この色に行きつき、どうして高価な宝石を手に入れ、どうして惜しげもなく砕いて絵の具に使ったのか、未だにナゾである。フェルメールの使う色は黄色と青、黄色は光、青(ウルトラマリン・ラピスラズリ)は影の表現に使った。黒はまったく使わず、茶褐色と青を混ぜた色で黒の代用としたそうだ。

葛飾北斎描く富嶽三十六景中の一枚、「凱風一晴」は別名「赤富士」として有名だが、南蛮渡来の青、プルシャンブルーで背景を見事に表現した。プルシャンブルーは貴重な宝石を砕いて作る高価な絵の具だったが、当時のドイツで学者が実験中に偶然に発見した製法により、人工絵の具として量産化された。北斎がこの絵の具を使ったのはちょうどこの時期に相当する。日本には古来より、群青や藍など独自で固有の青が多く使われていたが、北斎はかなりの高額を支払い、オランダ商人から、この色を手に入れたという。

一文字

深川よさこい29月15日(土)
(深川よさこい)

大相撲・平幕と十両を行ったり来たりしている中堅に「十文字」という力士がいるけれど、いい身体をしているのに相撲が下手で、いつも脇役に甘んじているのは情けない。むかし、「柔道一直線」という人気番組があっったが、宙に舞いながらピアノを両足で弾いてしまうような、軽妙なわざと強さを併せ持つ猛者が登場、その名を「一文字隼人」といった。

一文字を「ひと文字」と読むと雰囲気はがらりと変わってしまう。最近の銭湯はすっかり様変わりしてしまったが、とりわけ目立つのが銭湯組合の指導で、看板や暖簾に一文字で「ゆ」と書くところが多くなったことだ。ブルーの下地にピンクの一文字、このかな一文字ってけっこう目立つもんだね。いまはなくなっちゃったけど、ヒサヤ大黒堂の「ぢ」、そして、いまも健在、神田・出雲屋の「う」なんて、看板見ただけでも嬉しくなっちゃうね。

「湯文字」という艶かしい言葉もいつのまにか死語となってしまったなあ。大体、腰巻そのものが生活習慣から消えてしまったんだから、どうしようもないけどね。戦後もオバアチャンが愛用していたから、腰巻そのものについての知識は辛うじてあったけど、もっぱら時代小説や時代劇でしか見られなくなってしまった。「あれー!お代官様」なんていいながら、腰元が帯を解かれグルグル回され、気がついたら湯文字一つにさせられているなんてシーン、ドキドキさせられたっけなあ。そういえば、楊枝のことを黒文字っていうとしゃれた気になったなあ。

「みそ一文字」って言葉なんか、今の若い人にはまるでピンとこないフレーズだから、絶対流行んないね。五・七・五・七・七、合わせて三十一文字になることから、和歌、短歌のことをいうんだが、まず意味も分からないだろうし、味噌を付けちゃうのがオチだ。そういえば歌留多名人を13歳の女の子が前チャンピオンから奪取したけど、その手捌きの早さといったらないね、ありゃあまったくの格闘技だったよ。


悪友2

深川よさこい9月13日(木)
(「深川よさこい」から)

8月1日に亡くなった作詞家、作家の阿久悠さんを「送る会」が10日、東京都千代田区のホテルで開かれ、ゆかりの約1200人が参列した。祭壇には、今春、CM用に撮り下ろされたという、バーのカウンターでグラス片手に振り返る遺影が飾られた。「また逢う日まで」など多くのヒット曲が流れるなかを、ピンク・レディーの未唯さんや増田惠子さん、八代亜紀さんら、阿久さんの詞を歌った多くの歌手が献花した。

引き続き、前回書き切れなかった作詞家・阿久悠に関するオマージュ。なにせ、硬軟あわせて、5000曲近い楽曲があるんだから、印象に残っている曲も数多いが、その中で特に印象に残っている歌詞を羅列してみる。印象的な歌詞は沢田研二「時の去りゆくままに」、「勝手にしやがれ」、八代亜紀「舟唄」、「雨の慕情」だ。

<♪お酒はぬるめの燗でいい 肴はあぶったイカでいい 女は無口のひとがいい 灯りはぼんやりともりゃいい♪>(舟唄)

<♪心が忘れたあのひとも 膝が重さを覚えてる 長い月日の膝まくら 煙草プカリとふかしてた♪>(雨の慕情)

<♪窓ぎわに寝返り打って 背中で聞いている やっぱり お前は出て行くんだなあ 悪いことばかりじゃないと思い出かき集め 鞄につめこむ気配がしてる♪>(勝手にしやがれ)

<♪時の過ぎゆくままに この身をまかせ 男と女 ただよいながら 堕ちてゆくのもしあわせだよと 二人つめたいからだ合わせる♪>(時の過ぎゆくままに)

「舟唄」と「勝手にしやがれ」は、もうこのさびの部分だけで、曲の評価は決まっちゃったようなものだね。とりわけ、「肴はあぶったイカでいい」(舟唄)、「背中で聞いている」(勝手にしやがれ)。この殺し文句となるフレーズだけで、この2曲は名曲の仲間入りしたね。逆に「雨の慕情」と「時の過ぎゆくままに」は絶唱部分が最大のハイライト、なんとも味なセリフで盛り上げている。「心が忘れたあのひとも 膝が重さを覚えてる」(雨の慕情)、「時の過ぎゆくままに この身をまかせ」(時の過ぎゆくままに)。こういった感覚って、ぼくら凡人には気付かないことだよなあ。

話はガラリと変わるが、享年は人や動物が「天から享(う)けた年数」という意味で、この世に存在した年数を表わす。よく「享年70歳」という「歳」をつけた表記を見受けるが、「享年70」と表記するのが正しい使い方だ。阿久悠の場合、生年月日、1937年2月7日、没年月日、2007年8月1日、生存した年数、70歳と約6ヶ月、数え年で表記は享年71、没したときの年齢、満70歳(数え71歳)、表記は(70歳没)となる。(8月2日記)

悪友

阿久悠9月11日(火)
(9月10日、阿久悠を偲ぶ会・朝日新聞より)

「北の宿から」「UFO」など戦後歌謡史を彩る多くの名曲を送り出した作詞家・作家の阿久悠が、1日午前5時29分、尿管がんのため東京都内の病院で死去した。70歳だった。哀感あふれる演歌からコミカルなポップスまで幅広く手がけた。「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)、「北の宿から」(都はるみ)、「勝手にしやがれ」(沢田研二)、「UFO」(ピンク・レディー)といった日本レコード大賞受賞曲など、生涯に作詞した曲は5千曲に及ぶ。(スポニチ)

コジゼラを夏休みにした8月1日、はからずも作詞家・阿久悠が亡くなった。享年70歳、またしても同時代の戦友が逝ってしまった。まるで悪党のような顔つきからは想像もできない、美しい日本語を自在に操り、歌詞に紡いでいく手法は斬新だった。港、別れ、涙、雨、など演歌の定番語を排し、何気ない言葉で、情景を描写する。

いい詩を書くけど、売れない作詞家だった。その立場からの脱却を目指したターゲットが「ピンクレディ」だった。斬新な歌詞と踊り、華やかな衣装、ポップの要素一杯な音作り、などでたちまち「ピンクレディ」をスターダムへと登らせ、同時に一流作詞家としての地位を固め、上流社会に滑り込むのに成功した。だけど、このチャレンジは両刃の剣だった。以後、彼の作詞には、人生を斜め見する本来の特質が失われ、どこにでもいるような平凡な作詞家になってしまった。富の豊かさが詩情に勝ってしまったのである。

<♪あなた変わりはないですか 日毎寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます 女心の未練でしょう あなた恋しい北の宿♪>。都はるみが歌ってヒットした1970年代を代表する名曲。この歌詞が「女心の未練でしょうか」ではなく「女心の未練でしょう」と言い切っているところに注目したい。東京で不倫に破れた女の傷心旅行、北の宿でセーターを編む自分の未練を腹立たしく思う女心が描かれている。

<♪上野発の夜行列車おりた時から 青森駅は雪の中 北へ帰る人の群れは誰も無口で 海鳴りだけをきいている♪>。この津軽海峡冬景色は19歳の石川さゆりが歌うこと、そして題名と、曲が先にできていて、それを元に歌詞を阿久悠に依頼したもの。わずか三分間の歌詞に女の一生を織り込み、まるで映画のシーンを見ているような感動を覚えた曲だった。(8月2日記)


アスピリン

台風一過9月9日(日)
(台風一過も暗雲立ちこむ・豊洲公園)

アスピリンというと、頭痛、生理痛の解熱鎮痛剤のイメージが強い。っていうより、戦後しばらくは風邪薬として一般家庭に定着していたように思う。風邪にはアスピリン、ちょっとした怪我には赤チン、メンソレータム、下痢には正露丸、咬み刺されにはキンカン、整腸剤にはワカマツ、この辺りが家庭常備薬として整備されていた。ところが一部を残して、こうした常備薬はいつのまにか消えてしまった。特にアスピリンなどは副作用があるからって理由で家庭から遠ざかって行った。

アスピリン、実はリューマチ治療、心筋梗塞、狭心症、脳梗塞の再発防止薬として、中高年に広く使われている。この薬は血管内に血栓を作りにくくする作用があり、2000年から心筋梗塞、脳梗塞などの再発防止剤として保険適用され、医師による安易な調剤が急増している。ところが、その一方で、アスピリン常用者は一度出血すると止血が難しくなることから、50代以上の中高年で、胃から出血、突然吐血や下血が起き、胃壁に穴が開く胃潰瘍が頻発しているという。その病名は「アスピリン潰瘍」といい、低用量のアスピリンを常用しているだけで、健康な人に比べて2倍のリスク、他の抗炎症薬を併用すると、リスクは9倍に跳ね上がる。

以上は愛読しているタブロイド紙「日刊ゲンダイ」の記事である。この新聞、どちらかというと、エロイ、オフザケ、ゲバイといった記事が多いんだが、大新聞では報じられない現政権に対する八つ当たりの論調が、他紙には見られない激烈さがあって、痛快極まりない。それとともに、どういうわけか妙に医療欄が充実しているのが面白い。

なんで、突然思いもかけない胃潰瘍に遭遇したのか、この記事を見てやっと納得したね。アスピリンがそんな大事を引き起こすなんて夢にも思わなかったから、整形外科医に強い抗炎症薬を調合してもらうとき、それまで毎日アスピリンを1錠づつ飲んでいるのを申告しなかった。そして、抗炎症薬を飲み始めて2日目に、胃潰瘍を発症したんだから、アスピリン潰瘍だったことは間違いないね。

この記事を整形外科医に見せたら、思わず絶句してしまったという。それにしても薬の併用が、こんな大事を引き起こすんだから、安易に薬も飲めないし、違う病院で診察を受ける際には、既往の病院で調合された薬のリストを絶対見せるべきだっていうことを、つくづく思い知ったね。
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