コジゼラ

よもやま話を雑文で

2008年01月

どっこいしょ

コウバイ1月30日(水)
(コウバイ)

きょうは久し振りの暖かさで、日中には気温も13度に上昇するという、有難いお告げだ。10数日ぶりの暖かさだというが、ほんと、これまでは寒かったね。12月以来暖冬が続いていたので、体が慣れてしまって、急な寒波襲来に対応できなかったようだ。寒い、寒いと思っていると、心の中まで冷えてしまいそうで、暖かくなるのは大歓迎だ。

「あー、疲れた。ちょっと座ろう、ドッコイショっと。さて立ち上がるか、ヨッコラショっと」。自分でも気付かないうちに、いつのまにか掛け声を発しているね。年寄りっぽくてやだなあと思いつつも、知らず知らずのうちに声を発している。だけど、考えるまでもなく、自分はまぎれもない老人だもんなあ、仕方ないさ。この前会った息子たちも同じような掛け声を発していたので、年寄りくさいなあって冷やかしたが、考えてみれば、二人とも巨体を持て余して、立ったり座ったりするときに、勢いをつけていたのかもしれない。

セーノ、ワッショイ、フレー、オーエス、ドンマイ、などふだん使い慣れている言葉って、けっこう多い。「セーノ」は「一斉の」が短くなったものだし、「ドンマイ」は英語の「ドント・マインド」の略だ。ちなみに「フレー」については、下記のような記述がある。<「フレー、フレー、早稲田」の「フレー」とは英語の「Hurray」が語源であり、この年の早慶戦で感極まった一人の青年Yから発せられ、見事に早大応援席を一つにまとめ上げた。日本の組織的な応援はこの瞬間から始まるのである(早稲田大学の応援の歴史から)>。

運動会で綱引きをする時よく、「オーエス、オーエス」と掛け声をかけるが、この「オーエス」は、間違いなくフランス語だ。もっと正確にいうと、「Ho hisse」または「Oh hisse」(発音はどちらも オーイス)がもととなっている。「Ho/Oh」は間投詞、「hisse」は動詞「hisser」(引き上げる、持ち上げる)の命令形。「そら、引け!」ということだ。フランス語「Ho hisse」は、日本語の「よいしょ」または「えんやこら」にあたるかけ声で、もとは帆船の帆を引き上げるときのかけ声だと思われる。幕末に、ナポレオン3世のフランス軍が幕府を支援し、フランス軍人が幕府の新式軍隊の軍事顧問になったとき、兵隊の訓練として綱引きをさせた。そのときお手本としてフランス兵が「オーイス」といいながら綱引きをするの見て、それをまねたのが「オーエス」となった。

あおい

シラウメ1月28日(月)
(シラウメ)

あおいといえば「三つ葉葵」、いわずと知れた江戸幕府・徳川家の家紋だ。テレビ「水戸黄門」では、助さんだか、格さんだかが、菊の紋所の入った印籠を高々とかざし、「控えいー、この紋所が目に入らぬか」って啖呵を切る場面は見せ場だよねえ。勧善懲悪、最後は黄門様ご一行の見事な勝利となるのは分かってはいるんだけど、胸がすく思いになるねえ。

葵のご紋の葵とはフタバアオイのこと、賀茂社の神紋で、徳川氏の前の姓、松平氏が賀茂社の氏子だったので、フタバアオイをデフォルメしたのだろうといわれている。徳川時代には葵の紋は将軍家の紋となり、譜代の本多家を除き、他の大名たちはその使用を一切禁じ、違反したものは死罪とした。

「丸井」といえば、青井一族が経営する同族会社だが、ファッションを軸に、家具・雑貨・メガネ・宝石などあらゆるものを自前主義で展開、首都圏では圧倒的な若年層シェアを獲得している。駅前一等地に次々と出店することでブランド認知度を高め、かつてのDCブランドブームに乗って若者を取り込んだ。余談ながら、NHKアナ青井実は、創業者青井忠治の孫(現社長は従兄)である。

最近テレビのCMやドラマなどで、よくお目にかかる女優がいる。二人とも童顔で、少女のまんま大人になったような可愛らしさがある。蒼井優と宮崎あおいの二人だが、ともに青つながり、顔かたちもよく似ているので区別しにくい。ここへきて、蒼井優がJRAの年間CMに起用され、宮崎あおいがNHK大河ドラマ「篤姫」で主役を演じるようになって、ようやく違いが分かるようになった。

蒼井優は2006年に映画『フラガール』などでの好演が認められ、第30回日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞、第49回ブルーリボン賞・主演女優賞をはじめ、多くの映画賞を受賞した。2001年には、岩井俊二監督の「リリイ・シュシュのすべて」で映画初出演。その後、2005年、7本の映画出演作が公開され、「ニライカナイからの手紙」で単独初主演を果たした。

宮崎あおいは2005年中島美嘉とダブル主演を務めた「NANA-ナナ-」が、2005年度実写邦画観客動員数第2位、興行収入40億円の大ヒットとなった。 2006年、NHK朝ドラ「純情きらり」で、ヒロインを好演、お茶の間にも広く認知された。昨年、俳優の高岡蒼甫と結婚した。NHK大河ドラマ「篤姫」での主役は、放送開始時の年齢が22歳で、大河ドラマの主役としては歴代最年少になる。また、朝ドラのヒロイン経験者が大河ドラマの主役を単独で務めるのは初めてだそうだ。


プチプチ

スイセン1月26日(土)
(スイセン・佃)

初雪が降ったりして、東京も急に寒くなってきた。気温は例年と比べて、ことさらに低いとは思わないが、北風が吹き荒れて体感温度は2-3度は低く感じる。それと、日が暮れてからの気温の低下は従前にない寒さ、というより冷たさを感じるね。

運送業者が荷物を包む樹脂製の気泡シート、通称「プチプチ」は、そばにあると、無意識のうちにつぶし始め、気がつくと最後の一穴までつぶさないと気が済まなくなる。すっかり人を夢中にさせてしまう、この「プチプチ」をつぶす感触と音を再現したバンダイの小型ゲーム機「むげんプチプチ」
が爆発的な人気となっている。

そこへきて新打ちがさらに登場した。梱包用気泡シートの国内シェア首位で、「プチプチ」の登録商標を持つ、愛知県の川上産業が10年ほど前から、暇つぶしの道具として、包装用より破裂音が大きい小型シートを発売、昨年は気泡の直径が通常の3倍も大きい「セレブ版」が発売され、クチコミで大きな話題になっているという。

そこまですることもないと思うが、これだけ人気になるとは、人の目を盗んで、秘かにプチプチやっては喜んでいる愛好家がいかに多かったかの証明だ。閑人の最たる者、コチトラも絶対にほしくなる商品だ。日向ぼっこしながら無心にプチプチする姿は、いささかわびしいが、多分病み付きになるだろうね。そういうところに網の目のような関心を張り巡らしたニッチ産業たる、バンダイや川上産業もたいしたもんだ。

ヒトの心の奥底にひそむ「モノを壊す喜び」が、このプチプチをつぶす音で増幅されるわけで、このささやかな仕掛けが、多くの人々に愛されているのがよく分かる。不条理の時代になって、「安全なニッポン」という神話が崩れ、殺人事件が急増しているのも、ストレスがたまって、なにかを破壊したいという鬱屈した思いが最悪の道を選んでしまうんだろうか。そうなると、ささやかながら破壊する喜びを人に与えるプチプチのようなツールがもっと増えてもいい。

とどのつまり

初雪1月24日(木)
(初雪)

「とどのつまり(鯔の詰まり)」は「結局のところ」、いなせ(鯔脊)は「かっこい若者」の意味だ。ボラ(鯔)は出世魚といわれ、小さいときはオボコ、スバシリ、淡水に入り込んでからイナ、海に帰り成魚になるとボラ、さらに大きくなるとトドと名前を変える。出世魚としてたんび呼び名は変わるが、どれも鰡という字をはめている。その名前がトドで終わるところから、とどの詰まり、つまるところ、結局の意味になった。ボラの卵を乾燥させた「カラスミ」は、なまこの内臓を抜いて茹で干した「イリコ」や、干しアワビ、フカヒレなど俵物三品と同様に、高級食材として珍重されている。

「ごり押し(鮴押し)」の鮴はカジカの異名だが、ゴリを捕まえるのに、川底に敷いたむしろにゴリを押し込み、むしろの上の小石に隠れたゴリを、むしろごと押し上げて捕る漁法から、無理に物事を押し進める比喩となった。「ひっぱりだこ(引っ張り蛸)」はタコの干物を作るのに、肢体を引っ張り拡げることから、少ないものを手に入れようと求める意味となった。

「にべもない(鰾膠もない)」は無愛想なことをいうが、ニベとはニベ科の海魚の持つ「鰾」(浮き袋)から作るニカワのことをいい、粘着力が強いことから接着剤の原料として使われていた。強力な接着剤が切れたようだ、ということから粘りがない、お世辞がない、冷ややかという意味に転化した。

「めったやたら」(滅多矢鱈)、「たらふく」(鱈腹)食べた、なんて使うことがあるね。「めったやたら」または「やたらめったら」とは、考えもなく手当たり次第に何かをしたり、数量・度合いなどがむやみに多かったりするさまをいう。昔タラは海を埋め尽くさんばかりにたくさんいて、 矢を射っても当たるほどだった。 ここからはなはだしいさまを矢鱈と表すようになったという。また、非常に貪欲なことから、腹いっぱい食べるという意味の副詞「たらふく」の語源となったという。むろん、両方とも当て字、最近、日本近海でタラがめっきり獲れなくなったそうだが、やがて、言葉だけに名を残すなんてことになるかもね。

江戸前

東京湾1月22日(火)
(東京湾)

「ぶり はまち 元はいなだの 出世魚」という川柳があるように、ブリは出世魚を代表するサカナだ。地方により名前は異なっており、関東では、モシャコ→ワカシ →イナダ →ワラサ →ブリだが、関西ではツバス→ハマチ→ メジロ→ブリとなる。同じ出世魚といわれるのがコノシロ、関東地方ではシンコ→コハダ→ナカズミ→コノシロとなる。シンコやコハダは寿司ネタとして人気のある魚だが、古来、武士階級は食べることを禁じられていた。「この城を食べる」に通ずるとして、下克上すなわち謀反の思惑を抱いていると考えられたからだ。

江戸前には海も河川も含まれるが、河川でとれた代表的なものがウナギ。ウナギは地のものでなくては、おいしくないということで、ここ(江戸)でとれたものとして、売り文句が「江戸前」となった。つまり江戸前=鰻だったのだ。元来鰻は塩焼きか、ご飯にはさんだ「まぶし重」で食べていたが、江戸中期に「開く」調理法が生まれた。関西では腹開き、関東では背開きの違いがあるが、武士の文化がある関東は、切腹につながるものとして腹開きを嫌った。関西でも「自腹を切る」につながるとして腹開きを嫌う人もいる。

食卓に春を告げる「のれそれ」。お刺身を醤油やポン酢で食べると新鮮な食感がなんともいえないという。「のれそれ」は一見シラウオのようにも見えるが、実は、アナゴの稚魚(幼生)のことで、かつては高級料亭でしかお目にかかれない高級魚だった。高知県の名産品で、「のれそれ」というのも高知での呼び方で、東京湾のものは高値で取引されている。

千住ネギは千寿ネギとも呼ばれ、太くて巻きの数が多く、白い部分が長いのが特徴。江戸の頃からそのおいしさは料理人の間で評判が高く、すき焼きや蕎麦の薬味に重宝されてきた。トマトが日本に入ってきたのは江戸時代だが、当時は「唐なすび」「唐カキ」とよばれ観賞用として珍重され、日本でトマトが食用となったのは明治以降のこと、一般に普及したのは昭和に入ってからだ。

江戸時代に最も重用された調味料は味噌だった。味噌は飛鳥時代に朝鮮から製法が伝わったといわれ、当初は自家製が当たり前だった。江戸時代になると味噌を専門に作る味噌屋が誕生し売買が盛んになった。醤油も起源は大変古いものだが、誰でもが使える調味料になったのは江戸中期以降のことだ。砂糖も伝来は古く奈良時代にさかのぼるが、広く一般に普及したのは江戸時代後半のことで、和三盆など国産の砂糖生産が盛んになってからのことだ。

こがらし

湯島1月20日(日)
(神頼み・湯島天神)朝日新聞より

きのうはセンター試験だった。いつも寒い時期に行われる試練は大変だろうが、こればかりは神頼みというわけにはいかないだろうね。さて、こがらしは「木枯らし」って書くよりも、「凩」って書いた方が、吹きすさぶって感じが強いなあ。そして、きょう、空は一点の曇りもない快晴だったが、凩吹きすさぶ猛烈な寒さだった。こんな日の外歩きの寒さは、そりゃもう応えるね。コチトラは問答無用のハゲチャビン、しかも頭の恰好が卵型ときているから、風の当たる表面積も大きい。傍弱若無尽の強風が情け容赦なく吹き付けてきて、受けるダメージは人一倍強い。一応スキー帽らしきものをかぶってはいるが、百均で買った安物だから、ろくすっぽ役にも立たない。

豊洲再開発が始まって以来、建物は近代化したものの、乱立する超高層ビルの狭間で、風の道が閉ざされ、ビルの谷間を乱気流となって迷走する。その上、運河があちこちに配されているから、橋を渡るたんび、川風の強い流れにも翻弄される。きょうみたいな北風の強い日は、家へ帰るだけでもいつもの倍近くかかってしまう。近代化といえばかっこいいけど、残された傷跡も結構大きいのだ。

今年はずっと暖冬続きで、正月も連日好天気、このまま春になってしまいそうな雰囲気だったが、どっこい、そうは問屋が卸さない、ようやく冬将軍が牙をむき出したようだね。冬は寒いのが当たり前、こうじゃなくちゃいけないよね。矛盾するようだが、実をいえば、暑さよりも寒さの方が好き、気が引き締まってしゃんとする。風邪をひきやすい体質だが、寒い時には絶対ひかないときている。

そしてなんといっても冬だけしか味わえない醍醐味がある。そう、湯あみの後の至高の恍惚感、寒けりゃ寒いほど、そのボルテージは上がる。逆説をいえば、湯は熱けりゃ熱いほど効果が上がる。この温度差が高けりゃ高いほど、極楽に近づくわけで、多分その限度を超すとバタンキューで、それこそ天国行きとなっちゃうんだろう。時刻は気温が限りなく下がる「草木も眠る丑満刻」がいい。一陣の風がさっと吹いてくれりゃ、もっといい。

なんて、かっこつけているが、実をいえば、昨年ベランダで恍惚の時を味わっていた時、頭の中に光の輪を見てしまった。それ以来、いささか恐慌をきたし、極限の状態を止め、熱い風呂やベランダでの時間を半減して、負荷の減少に努めている。結果味わえる恍惚効果は2割がた減ってしまったが、やっぱり、命あっての物ダネだからね。

雪が降ってきた

神田明神1月18日(金)
(神田明神・初みそぎ)朝日新聞より

夕べ10時半ごろ都心に初雪が降ったとのインターネットからの便り。さっそくベランダに飛び出したが、こちらはひとひらの雪さえ舞っていず、氷雨がひっそりと路端を濡らしていた。雪ってどうして、このように人の心を揺するのだろうか。都会育ちのコチトラにとって、雪っていうものは常に憧れであり、神秘そのものなんだろうなあ。その幻想さと、夢幻さに憧れるんだろうか。ところで、雪っていうと口ずさみたくなる歌がいくつかある。

♪雪やこんこ あられやこんこ 降っては降っては ずんずん積る
山も野原も わたぼうしかぶり、枯木残らず 花が咲く♪

♪雪やこんこ あられやこんこ 降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり、 猫はこたつで丸くなる♪(小学唱歌「雪」より)

♪雪が降ってきた ほんの少しだけど わたしの胸の中に 積りそうな雪だった
幸せをなくした 暗い心の中に 冷たくさびしい 白い手がしのびよる♪

♪雪がとけてきた ほんの少しだけど わたしの胸の中に 残りそうな雪だった
灰色の雲が 私に教えてくれた 明るい陽ざしが すぐそこに来ていると♪
(「白い思い出」より)

♪雪の降る街を 雪の降る街を 想い出だけが 通りすぎてゆく
雪の降る街を 遠い国から 落ちてくる この想い出を この想い出を 
いつの日かつつまん 温かき幸せのほほえみ♪

♪雪の降る街を 雪の降る街を 足音だけが 追いかけてゆく
雪の降る街を ひとり心に 充ちてくる この哀しみを この哀しみを
いつの日かほぐさん 緑なす春の日のそよ風♪(「雪の降る街を」から)

「雪がとけてきた」で始まる歌の題名がどうしても思い出せない。悪戦苦闘の末、ようやく「白い思い出」だと分かったが、どうも判然としない。こんな題だったかなって思いが強いんである。だれが歌っていたのかも思い出せない。雪というと真っ先に口ずさむ曲なのに、題も歌手も分らなかったとは、これは決してど忘れなんてもんじゃない。奇妙なことに、最初から知らなかったんである。

「雪」の一節、「雪やこんこ あられはこんこ」は「雪やこんこん あられはこんこん」だと思い込んでいたなあ。「雪の降る街を」はNHKのラジオ歌謡から生まれた。内村直哉が作詞した、格調高い歌詞を、シャンソン歌手だった高英男がバタくさく歌っていた。その歌い方にとっても違和感を感じていたけど、結局は曲の素晴らしさのとりこになっていたね。冬に歌う愛唄書曲集の定番として、よく歌ったなあ。単調な導入部から徐々に盛り上げていくテクニックが要求された曲だった。

公社

ダイヤモンド富士1月16日(水)
(ダイヤモンド富士・共同通信より)

就職試験では必須問題だった時事用語に、「3公社5現業」という言葉があった。いまでは公社はすべて民営化されてしまって、この言葉は死語となってしまったようだ。3公社とは電信電話公社、専売公社、日本国有鉄道、5現業は造幣局・印刷局・郵便局・林野庁・アルコール専売だった。電信電話公社はNTT、専売公社はJT、日本国有鉄道はJR、5現業はそれぞれ独立行政法人に移管している。公社、現業とは公共企業体及び国の経営する企業の総称だった。
三公社は事業が全て特殊会社に移り、国の経営する企業(五現業)は国有林野事業を除き独立行政法人及び日本郵政公社に移管された。特定独立行政法人である国立印刷局及び造幣局、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)並びに国有林野事業を行う国の経営する企業(林野庁)である。ただし、アルコールに関しては専売が廃止され許可制になったため、アルコール事業はすべて新設の特殊企業、日本アルコール産業株式会社に移管された。

国鉄民営化が大騒動になったとき、大勢は国の赤字事業の切り捨てと話題になっていたが、いまになって分かるのは、それはペテンみたいなものだった。国鉄が全国に所有する一等地まで、JRがタダで持っていけるなんて、ダレも考えつかなかった。いまや、JRはその一等地の付加価値を最大限に生かして、不動さんがらみで巨大化する一方で、赤字路線の切り捨てを強行している。まさに「羊の皮をかむった狼」みたいな存在となりつつある。エキナカ、スイカなどの新語を生み出したように、他の公共事業継承会社と違うのは、経営改善に全力で取り組んだ結果と思えるね。

JRに匹敵する資産を保有するのが、昨年民営化された日本郵政公社だろう。巨大な預貯金を保有しているのもすごいが、その所有する資産たるや、とんでもない数字になる。JRと同じように、日本全国津々裏に資産を保有し、その形態はさながら疑似独立国のようだ。この妖怪みたいな巨大組織を野に放つことを国民に問うた小泉首相の郵政民営化って、一体何だったんだろうか。

派閥の谷間で呻吟していた三流代議士の怨念みたいだった誇大妄想が、政局のもつれから自民党の党是に格上げされ、挙句の果てには、郵政改革の是非を問う衆院選で、なにも知らない国民の圧倒的支持を得てしまったんだから、なにをかいわんやだ。国民を小馬鹿にした改革の矛盾さにアタフタさせられている福田政権はいつまで保つんだろう。

五月闇

名古屋駅前1月14日(月)
(名古屋駅前の風景)

1月14日、きょうは成人の日だそうだ。そうだというのは、一部の祝日が休日とダブると翌日の持ち越す制度のせいである。成人の日といえば1月15日と思い込んでいるから、どうも違和感を感じてしまう。ここ2日ばかり、いわゆる極寒ともいうべき寒さが続いている。今朝の気温は2度、上空の状態によっては待望の雪にお目にかかりそうだ。雪って、どうしてこうロマンを感じてしまうのだろう。

「五月闇」、およそ今の時期にはそぐわない季節の表現だ。こういう言葉が季語としてあるのかどうかも定かではないが、ずっしりと重みを帯びて迫ってくる。いつものように、順調に読み進んできた鬼平犯科帳だったが、巻きの14となって、ここ10日ほど机の上に眠ったままでいる。気が重くなってページを開く気になれないのである。切なくて、辛くて、いとおしくて、泣き出してしまいそうな自分が怖い。そう書いているいまでも、涙がにじみそうになっている。

この巻に収められた連作の中ほどに、このシリーズの名作中の名作「五月闇」が収録さられている。有能で忠実な密偵だった伊三次の壮烈な死を描いている。「平蔵は茶碗に手も出さずに立ち上がって、障子を開けた。雨気をふくんだ五月闇が重苦しく庭にたれこめている」。なんで伊佐治を死なせたのか、伊三次のお通夜をしましたなど、作者や出版社には手紙が殺到したといういわくつきの物語だ。

鬼平犯科帳では、主要人物、長谷川平蔵以外の登場人物にも作者の目が行き届いていて、個性豊かに描かれている。それだけに、それぞれの登場人物に対する読者の感情移入も強い。伊三次はふだん目立たないけれど、自分のことをあまり語らず淡々としていて、けれんみがないのがよく、好きな密偵の一人だった。伊三次の突然の死にコチトラも暗然となった。ただ、平蔵は勘ばたらきで、いつもと違う伊三次の、おかしらの自分にもいえぬ苦衷を察していたようだ。それだけに、伊三次の死は悲痛な叫びが聞こえてきそうな余韻に満たされている。

つけめん

新幹線1月12日(土)
(新幹線・名古屋駅)

コチトラ、もともとソバ党なんだけど、根っからの好物というわけではない。親の教育が悪かったんか、不器用だったんか、そのいずれだったんか、いまとなってはどうしようもないが、とにかく箸の使い方が悪く、ソバをきちんとつまめない。だから、本来のソバ党とは異なり、巧みな箸使いが必要なモリやザルを食するのが苦手なんである。ソバを器用にチョコンとつまんで、付け汁にチョットつけ、のどにすすりこむなんて芸当は間違っても出来っこない。

大量のソバをドバっと付け汁に放り込むから、すぐ付け汁が足りなくなる。そんなわけで、蕎麦屋に入ると頼むのは決まって、キツネやタヌキ、ニクナン、カレーなどの汁物になる。夏でもフーフーいいながら、汁物をすすることになる。ただし、カレー南蛮を頼むときは事前に必ず肉はブタかトリかを聞くのが必須条件だ。なぜならトリはコチトラの天敵、生まれてこの方、食わず嫌いのコンコンチキだかだ。テンプラソバがエビの場合は、揚げたて以外は絶対頼まない。揚げ置きで衣がタップリついた代物なんて、食べるだけでもおぞましい。

正月に息子たちが集まったとき、息子たちだけで、昼食を食べに行き、豊洲で食べたつけ麺が、ものすごく旨かったって話していた。ソバと同じように付け汁のラーメンなんて、生まれてこの方食べたことがない。むろん、箸の使い方の問題があるから、出始めたときからまったく無視し続けていたのである。だけど、息子たちがさかんに奨めるから、にょうぼと試しに食してみた。ところが、汁があまりにも油っこくて、半分ほど残してしまった。

あとで考えたのだが、これって、単なる箸使いの問題だけではないね。ラーメンの動物系と魚介系を混ぜた濃厚な出し汁がどうにも我慢できないのだ。あのしつっこさが年をとってくると、身体に受け付けない。味は間違いなくいいんだが、喉を素直に通っていかない。そういえば、近頃ラーメンを食べたいとか、モヤシソバを食べたいとかいう気には中々ならない。もう一つ、そういえば、未だにカップラーメンを食べたことがない。一世を風靡した商品群なのに、食べたいと思ったこともない。やはり本質的にラーメン文化っていうものとの相性が悪いのかもしれない。
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